G5との交渉で口にしていたとおり、「当て」はいくつかあった。
前回とは異なり、現在のルビコン3には複数の旧世代型強化人間、あるいはそれに準ずる存在が何人か生き残っている。
一人目はC1-249 スッラ。オールマインドの走狗で、現在Cパルス変異波形との交信を得ている第1世代強化人間だ。
二人目は、ルビコン解放戦線「帥父」サム・ドルマヤン。ただし、重篤なコーラル中毒による中枢神経障害とその政治的な立場から、交渉には一手間も二手間もかかる。
三人目は、推測ではあるが解放戦線寄りの独立傭兵である六文銭。オールマインドが接触していた以上可能性は高いが、はずれである可能性もある。
そして四人目が、敵対企業であるベイラムの直属武装部隊「レッドガン」の、G5 イグアスだ。
一人目は論外、三人目は不確定、二人目と四人目はどちらでも似たような手間だ。
その上でG5を選んだのは、奪還対象がエアだったからに他ならない。
レイヴンもさんざん振り回されたほどの執着ぶりだったのだ。エアがいま待っているのはレイヴンだろうが、この男が相手なら嫌とは言わないだろう。むしろ必死に頑張って戻ってこようとするはずだ。
《隊長、全ユニット配置完了しました。……現時点で、問題は発生していません》
「そうか。何よりだな」
そして、この秘密裏の奪還作戦に、
スネイルから優先度の高い仕事を回されていたためだ。
地下深くに埋蔵する
3Dプリンタによる製造は一定水準までしか精密さを担保できない。つまりは、それ以上の精密性を求められる機械は、直せないなら星外から運んでくるほかないのだ。
その代表例である、
汲み上げ蓄積した膨大な量のコーラルを
アーキバスは強欲だが、同時に原点の株屋らしく「計算できること」を価値の最上とする組織だ。水素ボンベ内で火花を立てるような、負けの分かる博打は打たない。これを失った場合は一度計画を止めるだろう。そして現在、計画の停滞は、取り返しのつかないものになる。
逆を言えば、惑星封鎖機構にとっては何としても叩いておきたい目標だ。
だがしかし、アーキバスは惑星封鎖機構の襲撃計画を掴んでいなかった。
――表向きはそうなっている。
情報部が得ていた情報をわざわざ伏せさせた理由は至極単純で、オールマインドの目をここに引きつけるためだ。日程をずらすのではなく、むしろぶつけて利用することにした。
搬入直前になって逆に情報を流すことで、演算能力と保有戦力の幾分かをこちらに回させる。その狙いがうまく嵌まれば、本命の作戦の成功率が上がる。
スネイルに勘付かれるリスクも同時に上がるが、この巡り合わせを好機にするにはこれしかない。
現地にも特に問題はなさそうだ。モニタを切り替えながら待ちぼうけを食らっているうち、司令部のオペレーターから通信が入った。
《運搬船が惑星封鎖網を突破。およそ30分で合流地点に到達します》
「予定通りだな。めずらしい」
《第1部隊、周辺情報の再確認を》
オペレーターは軽口に応じず、淡々と要請を繰り返した。
衛星砲が数を減らしたことで、安全な入星ルートは増えていた。出ていくほうも同様だろう。
無事に合流した運搬船から輸送ヘリへの移し替えを待ちながら、報告を受けた。
囮となる輸送ヘリは3機。十分な数だ。
手持ち無沙汰に視線を上げた先は、雪や雨こそ降っていないが、重苦しい曇天の空だった。
《――司令部より緊急。惑星封鎖機構の襲撃情報が入りました。伏兵の予測配置地点を示します》
「確認した。俺が先行して叩く」
同行した副官のACはプロテクションを備えている。そちらに護衛を任せ、予測ポイントに潜む敵部隊を手早く潰していった。
ポイントA、長距離攻撃型MT5機。
ポイントB、移動砲台のみ。
ポイントC――何者かにより、すでに敵勢力が壊滅。
かかったか、と別動隊に指示を送った。
高出力なレーザーとプラズマの痕跡は、44-142 KRSVのわかりやすい特徴だ。
予想通りだ。あの自己主張が激しいAIは、わざわざ自らACを動かしてこの場にやってきたらしい。新しい機体を用意し、相当量の思考リソースを割いてまで。
作戦は、解放戦線との茶番で口火を切った。
《こちらM1-40、巡回中に解放戦線のACと接触。現在交戦中。増援願います》
《なんだと? ……M1-40、対応不能であるなら撤退しろ。周辺に防衛目標は存在しない》
《情報の上がっていた新型です。隊長より、遭遇時の足止めを指示されています》
《……いつの間にそんな根回しを……》
《副隊長には黙っておけと命令が。報告できず、申し訳ありません》
かろうじて体裁を取り繕っただけの通信だった。
手筈通りにやってきた「増援」が、笑いをこらえて口を挟む。
《すげえ棒読み。M1-44、現地到着しました! まーじであの新型っすね》
《まったく……。隊長、お聞きですね。ご待望の“暇潰し”です》
C1-249の潜伏地点、コーラルデバイスの操作発信元として絞り込まれたポイントは、アーキバスの旧燃料生産基地だった。
少し前「ブランチ」の襲撃に遭い、対艦ナパーム弾の大量投下というおまけがとどめを刺して、再建を諦め場所を移すことになった施設だ。
星外企業がお行儀よく更地に戻しておくわけもなく、使えるものを回収したあとは、破壊されたそのままの廃墟となっている。
そもそも企業の施設は、古くからある残存設備を再利用しているにせよ新設したにせよ、所有権のない土地を勝手に使っているものだ。第一種封鎖惑星に指定された時点で法的権利はすべて惑星封鎖機構に移行しているとはいえ、地元民に害虫のごとく嫌われるのもむべなるかな。力というものの理不尽さを余す所なく体現している。
ともあれ、潜伏場所としてはなかなかいやらしい選択だった。
運搬のための地下構造が四方に伸び、あちこちを破壊されたことから地上との行き来ができる箇所が増えている。罠を仕掛けるもよし、撹乱して逃げ延びるのもよし。手数の多い場所だ。
「よくやった。ただ、どうにもタイミングが悪いな……司令部から邪魔が入らないようにしておけ。30分もたせろ」
《キッツ。頑張りますけど!》
《44、無駄口やめて集中》
《喋ってたほうがテンポ取れるんだっつの》
《どうだか》
餌に使ったのは、解放戦線の新型機――ACオルトゥス。エルカノがファーロンと手を組み、戦争の切り札として開発していたエース機だ。
伏せられた正式名は、「スティールヘイズ・オルトゥス」という。名前からして隠す気がない。スティールヘイズのパイロットを乗せるための機体だった。
当然ながらこの作戦では、いまだ軌道上にいるV.Ⅳ ラスティが乗っているわけではない。つまりは本当に茶番だ。第1部隊と解放戦線を、この場所に展開させるためだけの。
司令部との通信回線を閉じた副官が、口調を改めて告げた。
《プランAの目標は、独立傭兵スッラの身柄確保。困難である場合はプランB、対象の殺害だ。旧式だと侮るな。各員、全力で当たれ》
《了解》
《了解!》
《地下に複数の熱源反応。すでにこちらを警戒していることを前提に作戦を開始する。M1-40、M1-44、及びACオルトゥス。交戦を偽装したまま、現在地から方位131へ移動せよ》
約500メートルまで接近したところで、熱源反応が動きを見せた。
分散して脱出口へ向かう様子だ。4機。出力に大きな差異はなく、おそらくすべてが囮のステルス無人機だと思われた。
ただ、そう見せかけての脱出もありうる。見送ることはできない。
予定通りに現着したさらなる増援が、その行く先へと立ち塞がった。こちらは4機一組の最小ユニット、解放戦線は慎重を期してか、一個中隊を寄越している。
《敵機はMDD型のステルス機である可能性が高い。1機はスキャンで補足しデータリンク、レーダーでの索敵を怠るな》
《了解。――M1-19、目標捕捉。IA-27射撃型。生体反応なし》
《生体反応なし、確認。破壊せよ》
ACを手こずらせるほどの高性能機とはいえ、結局は無人機だ。十分なデータと数的優位があれば、第1部隊が戦闘で遅れを取るようなことはない。
だが、シンプルな機体性能にだけは、無視できない差があった。
《M1-06、目標に生体反応確認――クソッ、振り切られました!》
《こいつ、こんな加速を!? 正気か!》
無人機には基本的に、人間が乗ることのできる空間などない。
覚悟が決まりに決まっていれば、コンテナでも接続して乗り込んでいるかもしれないと冗談交じりに話してはいたが、出せる速度は大幅に制限される。――そのはずだった。
解放戦線のACが声を上げた。
《援護する!
《やる気あんなあ。隊長が来るまで墜とされんなよー》
《ムッカつく……! こっちは遊びじゃないんだ、皆の分の命運かけてやってるんだよ!》
広域回線の使用は自軍・友軍共に禁止している。
この作戦のためだけに用意された中距離通信回線で子どもっぽい言い合いが響く中、副官が低い声で呻いた。
《……交戦した敵機が戦闘機動に移行。これは……》
「ハズレだな。“中身”がどこの誰なのかは知らないが」
コクピットのように慣性制御装置もないコンテナの中身は、おそらく相当スプラッタなことになっている。本人ではなさそうだ。
加速したACの光点が瞬く間に距離を詰め、敵機を照準内に収めた。
《……目標捕捉! 撃っていいね!?》
気を利かせた部下から映像が来た。許可を待ってから放ったミサイルが、射貫くように敵機へと食い込む。
ミサイルというよりランチャーのような挙動だ。面白い。
ACはスピードを落とさず、スタッガー状態となった無人機へ肉薄した。使いづらそうにレーザースライサーを叩き込み、沈黙させる。
オルトゥスは元のスティールヘイズに比べると機動力は落ちるが、その分、手綱はとりやすいのだろう。
本気で戦局を変えるつもりであるなら、これをベースにした量産機があるはずだ。そちらで訓練を重ねていたか。
《M1-40、M1-44、周辺に生体反応は見つけられたか》
《いえ。それらしき反応がありません》
《Cビーコンはめっちゃ反応してるんすけど……くそ、絶対この辺……うぉッ!?》
《攻撃――いえ、トラップです!》
《――違う! 後ろだ、避けろ40!!》
烈しい音がノイズとなって通信に乗った。
M1-40の信号が途絶える。その間も交戦音は続いていた。
塗り替えるように現れたACの機体反応が、即座にその場から離れていった。
《「エンタングル」確認! ……くそ、40を盾にしやがった! 逃げられます!》
《AC「エンタングル」を広域レーダーにて補足。対象は地下、周辺部隊は急行せよ。M1-44、お前は引き続き周辺の調査を行え》
《っ……了解》
僚機を盾にされたところで、撃てない人間は第1部隊にはいない。撃てなければ自分まで死ぬだけだと叩き込まれている。反射に感情は含まれず、できうる限りの応戦をしただろう。
ただ、理性と感情は別問題だ。今はそれを知っている。
エンタングルの行く手を塞ぐようにMTが距離を詰めていく。
最大限の警戒を漂わせながら進む途中、通路に仕掛けられていた爆弾が起爆し、崩落を引き起こして道を塞いだ。予想通りだったためか、MTは無事だ。
《敵機高度上昇。地上に出たか――
《ああ、これ以上好き勝手やらせてたまるか!》
加速したオルトゥスに、解放戦線側から待ったが掛かった。
《待てツィイー、突出するな。お前では厳しい相手だ!》
《わかってる! それでも、邪魔くらいなら!!》
頼みの新型機を壊したくないのではないかと思ったが、意外にも、そこそこ真剣に取り組んでいるらしい。
友軍のカメラが捕捉したエンタングルは、こちらのMTを
接触はオルトゥスのプラズマミサイルからだった。無理に距離を詰めず、息を呑むようにして相手の挙動を睨み続けている。
思いのほか、悪くない。
だが敵は、その集中を切らせる手段を熟知していた。
エンタングルがわざとらしく狙いを定めてバズーカを放つ。オルトゥスが回避した背後で、後続MTが数機巻き込まれた。
はっと、オルトゥスがそちらに気を取られる。
わかりやすく晒された隙へエンタングルが距離を詰め、強かに機体を蹴り飛ばす。あと一歩遅れればバズーカの冷却が終わっていただろうが、かろうじて、オルトゥスが姿勢制御を取り戻すほうが早かった。
追いついた解放戦線のMT部隊も援護に入る。
オルトゥスがもたつくように閃かせたレーザースライサーは、掠めもしなかった。エンタングルがプラズマミサイルを放つ。オルトゥスがその処理に追われている間に十分逃げられただろうに、振り切ろうと機体を走らせるオルトゥスを
今度も避けた。2回目となればまぐれではない。
悪くないなと独りごちたところへ、ACの外部スピーカーから、粘つくような声が聞こえた。
《……そら、お前が下手な避け方をしたものだから、また味方が死んだぞ?》
《この……!》
《愚かで哀れな“ルビコニアン”とは、よくもまあ言ったものだ。揃いも揃って、企業の口車に乗せられたか。ただ搾り取られ、打ち捨てられ、そうしてようやく己の愚かしさに気づく……喜劇としても捻りが足りんなァ》
《黙れ! お前に何が――》
《ツィイー、相手にするな。集音マイクを切れ!》
《……くそっ》
完全に遊ばれている。
悪態とともに指示に従ったようだったが、その一秒が明暗を分けた。
隙になると予測はしていたはずだ。おそらくは、相手から目を離すことなく距離を取った。
だがその一秒で、エンタングルは
無数に重ねてきた命のやり取りがもたらす技術と経験をもって、揺さぶり、翻弄し、死角へと滑り込んで見せた。
解放戦線の新型機は、そこで無惨にも鉄塊と化すはずだった。
照準照射に反応したエンタングルが、素早くオルトゥスから距離を取る。
シンプルで十分な能力を持ったミサイルがそれを追う中、突き刺すようなリニアライフルの弾が背面装甲を抉った。
通信が入る。――G5 イグアス。
響いたのは、いかにも斜に構えた、皮肉げな声だった。
《よお、ランク1。遅刻してんのか? 随分と計算違いを起こしてるようじゃねえか》
予想以上に到着が早い。ついでに言うなら、この男が自分から不利な戦況に割って入ってくるとは思わなかった。
エアのことを色々と喋られても厄介だ。作戦回線へ繋ぐことはせず、友軍識別タグだけ付与した。同時に、友軍へ作戦目標の変更を送る。
解放戦線といいG5といい、勤勉さの理由は、報酬が後払いだからだろうか。
紛争の平定にせよ、惑星外への脱出にせよ、彼らの本番はそこからだ。
「計算違いといえば、まあそうだな。お前が来る前には片を付ける予定だったんだが」
《はっ、大口だったな。……俺がここにいるなら、これ以上そいつを生かしておく必要はねえ。そうだったな? せいぜいありがたく思ってもらおうか》
「下手を踏むなよ、お前が死ぬと予定が狂う」
《言われるまでもねぇ。誰がこんなところで死ぬかよ》
鼻で笑って答え、濃緑の中量二脚機体――ヘッドブリンガーがエンタングルと対峙する。撃ち、防ぎ、決して踏み込ませないよう鋭く挙動を予測して。
第1部隊も、遅れて地上での展開を終える。
敵機の退路は断たれた。
激しい交戦の中、老兵が
《ああまったく、実に哀れなものだなァ、負け犬。必死に尾を振って媚を売らねばならんとは……レッドガンの矜持も擦り切れたか》
《ほざいてろ、イカレ爺が。テメエの妄言に付き合う気はねえ》
《さて、お前は正気であるつもりか? それは、どこの誰が、保証するというのだ?》
《……はァ?》
《人間など誰しもがとうに狂っている。その手を宇宙に伸ばしたそのときから、人類には滅亡が運命づけられていたのだ。そうは思わんかね》
《はっ、そういうクソか。前世紀から何百回
ひび割れた嘲笑が響いた。
最初はくつくつと低く。そして段々と大きくなった声は、やがて哄笑に至って戦場を震わせる。
異常に慣れているはずの第1部隊ですら一瞬動きを止めるほど、それは、狂気の突き抜けた笑い声だった。
《……死や滅びを救いと考えるなら――おお、あるいはそうかもしれんなァ?》
《あ?……おい、まさか、テメエ……》
《なあ負け犬。お前は死に方を考えたことがあるか? 死を隣人にし、溢れかえらんばかりの死を
《っ……ねぇなぁ! ンな、クソナードみてえな発想はよ!!》
パルスガンでシールドが割れ、G5が焦りを滲ませながら怒鳴った。
対象的に熱のない声が、ゆったりと台本をなぞるように続ける。
《私は、お前とは比べ物にならぬほどに長い時間を、この戦場で生きてきた。そしてようやく「死」がその輪郭を見せてきたのだ。コーラルと人類の統合……ああ、そうだ、それは人類の進化などではない。ただの滅亡だ。純然たる滅びだ。だからこそ――
《……クソが》
態勢を立て直したオルトゥスが、連携を取れないながらにミサイルで援護を始める。
第1部隊も予定通りに遠距離射撃の準備を終え、照準を定めにかかる。
《……あと少しというところだ。なるほど状況は厳しいが、ここで捨てるにはあまりにも惜しい。……わかるか、負け犬。これが現実のものとなれば、老いも若きも、悪人も善人も、すべて等しくその生命の意味を失うのだ。なんとばかばかしい平等さか。なんとすばらしい終末か!》
《グダグダと――ようは全人類巻き込んだ自殺かよ、こじらせやがって!》
なかなか言うな、と思わず笑った。
まさしくそのとおり。ただの愉快犯ののたまいだ。
問答を重ねながらも、ヘッドブリンガーの操作には一縷の綻びもない。これぞレッドガンといった気迫だ。
だが、形勢は徐々に不利へと傾いていた。
死なば諸共という姿勢と、ここで死んでたまるかという慎重さの差が、武装の相性もあいまってG5を追い詰める。
第1部隊が割って入るような動きを見せたそのとき、G5ががなり立てた。
《……おい、エア! いつまで見学してやがる!》
《無駄なことを。呼びかけたところで――》
《お前、首根っこ抑えられたところで大人しく引っ込んでるタマじゃねえだろうが! 囚われの姫気取ってんじゃねえぞ、とっととそいつをぶっ飛ばしてみせろ!!》
空気が膨張したような錯覚をみた。
一瞬だけ響いた耳障りな高音を最後に、ぶつりと音が切れる。
そして同時に、エンタングルが不自然な操作ミスを見せた。障害物に脚を引っ掛け、体制を崩したまま奇妙な動作不全を繰り返している。その姿は、苦痛にのたうち回っているかのように見えた。
少女めいた声が、G5の通信回線から聞こえた。
《――もう! もう少し言葉を選んでくださいッ! 私にだってわかりますよ、乙女に向ける言葉じゃないです!》
G3経由で届けていた、コーラル式インカムにアクセスしたのだろう。
場違いな苦情にG5が呆れ声を出す。
《普通自分で言うか? 「乙女」とか》
《何ですか、なにか文句でも?》
ヘッドブリンガーが軽口を叩きながらリニアライフルをチャージに切り替える。
気の抜けるような応酬――だが、戦闘が終わったと見るには早かった。
パイロットの声は聞こえない。音声は切られたままだ。
動きもままならない。おそらくカメラさえろくに動かせていない。
だが、確かにエンタングルはヘッドブリンガーの追撃をかわした。最大速度で後退しながらミサイルを放つ。
《……ちっ、クソしぶてェ……!!》
《……そんな! 人類がこれで、動けるはずが……!》
エアが悲鳴めいた声を上げた。
ACのハッキングなどという離れ業をしてのけたのでなければ――いつだか言っていた、大音量での攻撃か。コクピット内にあるスピーカー単体のセキュリティはそこまで高くない。機を伺って、虎視眈々と準備をしていたのだろう。
だが、今、エンタングルは動いていた。
それは生き
この男の戦闘を見るのは初めてではない。
だというのに、十全に操作ができていないそのさまを見て、初めて――
照準のロックを手がかりにしているのだろう。エンタングルの攻撃はミサイルが中心だ。それを困惑気味にいなしながら、G5が苛立った声を上げた。
《しつこいんだよ、クソが!》
《……それでも、動きは落ちています! ……イグアス、どうか冷静に……!》
ひっくり返った蝉が暴れるような有り様だった。痛覚は切ることができても、三半規管が狂って方向感覚を喪失しているはずだ。神経接続だからこそ余計に、機体を安定させるのは難しい。
その無軌道なあがきが、不意に変わる。
背後から迫ったオルトゥスの斬撃を躱し、高度を上げた。
意識喪失によるオートパイロットではない。戦闘機動だ。
副官が叩きつけるように指示を飛ばした。
《
遠隔で機体を動かす存在から、妨害電波の不可視の腕がマリオネットの糸を断ち切る。
操作を失い、自由落下に入ったエンタングルへと、MTが四方から集中砲火を浴びせる。みるみるうちに電子装甲が削り取られ、物理装甲へと食い込み、その輪郭を崩していく。
蜂が敵に群がるように。
やがて敵機のジェネレーターが爆発を起こした。撃ち方やめの号令とともに、誰かが大きく息を吐いた。
《……機体反応消失。M1-04、コクピット内を確認しろ。速やかに負傷者の回収に移り、撤収する》
作戦は終わった。V.Ⅰの到着を待たずして。
目標の達成を確認するため、第1部隊のMTがエンタングルのコクピットをこじ開ける。確かに絶命したパイロットは、奇妙なヘルメットを被っていた。
思った以上に物理的だ。
《目標の死亡を確認。……見たことのないスーツだな……。回収しておきますか、隊長》
「コーラル対策だろう。回収は不要だ、目標は達成している」
《まったく、またコーラルですか。……もうこの際、どんなオカルトが出てきても驚きやしませんが……了解、撤収に移ります。機体のほうはどうします?》
「スネイルが面倒だ。解放戦線が欲しがればくれてやれ」
適当に答えると、解放戦線のオペレーターが苦笑いで応じた。
《……ここまで破壊された機体となると、こちらとしても利用価値は低いな。そちらが解析を希望するならば引き受けよう》
「オールマインドに狙われる可能性もある。本拠地に持ち込むのは勧めない」
《ならば、使えそうな部品を取るのみに留めるべきか》
事後処理を話し合っているうち、G5からの通信が入った。
予想した通り、話しかけてきたのはエアだった。
《……すみません、フロイト……本当にお手数をおかけしてしまいました……》
「お前にどうにかできた話でもない。しくじったのはレイヴンだ」
《っ、そう、レイヴン……! レイヴンは無事ですか!? 助けに来てくれるなら、てっきり、彼女だとばかり……!》
《……んだよ、俺じゃ不満だってか》
《そんなことはないです! 全然ないです、嬉しいです!! ……でも、レイヴンは……私にとって、初めてのお友だちで……》
エアといい、RaDのドーザーといい、ずいぶん色んなところへ友人が増えたものだ。以前よりも警戒心が減っているせいだろうか。それとも、前回もこんな具合だったのか。
釈然としない気分で答えた。
「一応は無事だ。かなりボロボロだが。症状は安定しているし、治療のめども立っている」
《ああ……よかった……!》
「それより、状況を申告してくれ。うまくG5と交信を確立できたか」
《あっ……ええと……。……はい! 大丈夫です!》
《こっちは欠片も実感がねえが……》
《そうですね、では交信での「会話」を……》
解放戦線と第1部隊が撤収を進める中、しばしその場に沈黙が流れた。
《……聞こえは、したが。……妙な感覚だ》
《あの、不快感とか頭痛とかがあったら、通信機越しにしますから……無理はしないでください、イグアス》
《……いや、耳鳴りが――》
《えっ! やっぱり交信というのは、人にとって負担が大きいのでしょうか……。あの、無理はしないでください。大丈夫です、私、静かにできます! 練習しましたから!》
必死になって言うエアの声は正直うるさかったが、応じるイグアスの声は、不思議と、いつもの苛立ちが消えていた。
《早合点すんな。……あー……別に、邪魔じゃねえ。クリアだ》
《……ほ、本当に本当ですか……? 不都合があれば、遠慮せず聞かせてください、イグアス》
「そうだな。簡単に切れるものでもない」
《……おい待てV.Ⅰ、聞いてねえぞ、そんな話!》
「言い方が悪かったか。そこまで難しくはない。死ぬか、脳内のコーラルを洗浄するかの二択だ」
《だからそれを聞いてねえっつってんだよ!!》
《ご、ごめんなさい……あの……私、どうにか、方法を――》
《……ちっ……お前には言ってねえ。契約は守ってもらうぜ、V.Ⅰ》
「ああ」
副官から、撤収準備完了の報告が入った。
筋書きとしては、V.Ⅰの要求で解放戦線の新型を足止めしようとするも、未確認機から想定外の襲撃を受けて損害を出したため、今回は諦めるよう説得して了承を得た、といったところか。
他に話しておくことがあっただろうかと考え、大事なことを思い出す。
「そうだ、エア。レイヴンだが、今は集中して治療を受けさせる必要がある。ついでにいうなら一応捕虜だ。接触しようとするなよ」
《わかりました。貴方を信じます、フロイト》
きっぱりとした返答に片眉を上げた。
少しくらいはごねると思っていたのだが。
「……即断か。振りじゃないぞ、本当に動くなよ?」
《そんなことはしません。貴方じゃないんですから》
呆れたように返し、エアは小さく笑った。
《コーラルをただ焼くだけなら、私を助ける必要なんてなかったはずです。貴方はレイヴンを悲しませたりしない。私は、貴方を信じます》
「……駄目だったら普通に焼くぞ」
《焼かれないように頑張ります。与えられたチャンスを、ふいにはしません》
そこでふと、エアが急に気まずそうな声になった。
《そのためには……イグアス、貴方の協力が必要なんです。それに見合う報酬を、今の私は持ち合わせていませんが……必ず、何年かかってでも用意して、お支払いします。どうか、力を貸してはいただけませんか》
《………》
「お前が焼かれたら空手形にならないか?」
思わず口を挟んでしまった。
うぐ、とエアが子どもっぽく言葉に詰まった。
《そ、その場合は、フロイトに支払って貰ってください! そう、“慰謝料”です! 私たちを焼くならそれくらい――》
《馬鹿言うんじゃねえ》
G5が地の底を這うような声を出した。びくりと、エアが身を竦めるような気配がする。
わかるぞ、とG5の肩を叩きたくなった。
《……おい、V.Ⅰ。俺たちが脱出できるのは、ルビコンに片が付いた後だな?》
「そうだな。そうでなければ、PCAと行き会って宇宙の藻屑になるのがオチだ」
《なら、それ以上の話に意味はねえ。無事に生き残るためだ。打てる手は全部打つ。誰に言われるまでもねえ》
《えっ……あの、イグアス――》
《俺はもう行く。準備段階でしくじるんじゃねえぞ、ランク1》
一方的に通信を終え、ヘッドブリンガーがその場を離れる。
あれはずいぶんと
使命感だか何だか知らないが、わざわざ助けにきた相手がこっちも見ずに自己犠牲の話をするのだ。「死んだとしても」だの「死んだとしたら」だの、ようはそういう前提の話など聞かされて、面白いわけがない。
教育に悪いのはどっちだと、レイヴンへの土産話をストックした。
- / - -
後始末は滞りなくすんだ。負傷者とその機体を回収して拠点へ戻り、ついでに輸送ヘリの無事も確認して適当に報告書を出し、スネイルから雷まじりの駄目出しを食らって副官がため息をつきつつ加筆した。
スネイルは何かがあったことをおそらく察知していたが、特に口を出してはこなかった。藪をつつく危険を厭ってのことか。
何を企んでいるにせよ、少なくともコーラルの輸送を始めるまでは必要な駒だ。まだ捨てるには早い。裏で動いてはいるだろうが、表だって対立するのはもう少し先だろう。
日付が変わる頃、医療棟を訪れた。
こちらを出迎えた老医は、穏やかに眉尻を下げて一礼した。
「睡眠管理デバイスを使ったという話だったが」
「ええ、当人の希望です。……全身の掻痒と悪心で、十分な睡眠を取ることが難しい状況ですからな。これ以上の投薬よりも、そちらのほうが、まだしも影響が少ないので」
「副作用も話してあるか?」
「ええ。記憶障害と精神状態の悪化、いずれについても」
「……信用されたものだな」
そうしなければ話にならないとはいえ、彼らから危害を加えられることはないと判断したからこそだろう。医療チームからの報告は確かに、入室権限の厳格な管理を始め、常に細心の注意を払っていた。
医者はほろ苦い笑みを浮かべ、ゆるやかに首を振った。
「……模範的な患者ですよ。医者の話を聞き、わからない部分を確かめ、納得した上で忍耐強く指示に従うことができる。これを続けられるのであれば、さほど心配なく快癒するでしょう。ただ……」
言葉を切った医者が、苦笑を浮かべたままこちらを見た。
「……ご訪問いただけて何よりです。闘病というものは、心の支えを何よりの薬としますからな」
「どうだかな。“やるべきこと”がある方が気を張るやつだ」
「さてはて、それはどうでしょう。……今回の訪問について、患者にお伝えしても?」
「ああ」
「それはよかった。なにしろ、当人以外が我慢の限界でして」
「当人以外」の意味を問う前に病室へ着いた。虹彩認証で扉を開けた医者が、恭しく入室を促す。
医者は戸口から動かず、そのまま扉が閉まった。
暗がりの中で、レイヴンが横たわるベッドに近づいた。
呆れるほどの種類の点滴に繋がれ、脳を強制的に非覚醒状態に保った眠りの中、ひどく静かに呼吸をしていた。
心電図が規則正しく、つつましやかな音を立てている。
ひとつ息を吐いて、ベッドサイドに椅子を寄せた。
この状態でなければ、たぶん会いに来ることはできなかっただろう。
エアを助け出せたことを言うべきかどうか、まだ答えが出ていなかった。
オキーフは、伏せておくべきだと言った。教えて状況が好転するとは限らない。今が安定しているなら、それを維持するべきだと。
ラスティは話すべきだと言った。エアの無事は、レイヴンの心を安らがせる情報だ。包み隠さず、伝えることが誠意だと。
少しばかり肌艶はマシになった気がする。顔色は暗くて分からない。
手を伸ばして頬をつまんだ。特に攻撃として判定されなかったのか、目覚めることもなく、心拍は安定したままだった。
「……エアは取り戻したぞ。だが、この後はお前ほどうまくやれないかもな。何が悪かったんだか、前よりかなり状況が悪い」
惑星封鎖機構がコーラルの制圧を諦めていないのが最大の違いだ。
以前の惑星封鎖機構は早々にルビコンの強制執行システムを失ったためか、ここまで苛烈な手は打たなかった。情報収集に追われていたか、それともアーキバスルビコン進駐部隊の弱体化と解放戦線の攻勢を見てか、やすやすとバスキュラープラントの完成を許したのだ。
かなうなら、今回も間に合わないで欲しいのだが。
「まあ、やれるだけやる。うまく行っても行かなくても、お前は怒るだろうし、許すんだろうが……ちゃんと元気になって、ちゃんと怒れよ。レイヴン」
相手が聞くことのない話を一方的にこぼして、腰を上げた。
名残惜しいがそろそろ頃合いだ。老医に一声かけて医療棟を後にし、ハンガーへ足を向けた。
いつもと違うルートをたどったので、MTのエリアを通ることになった。
損傷した機体が多かったことと緊迫した情勢下のためか、日付もとうに変わっているというのに、整備班が忙しく作業音を立てていた。
「あー、やっぱ駄目だなぁ。こいつ、新品なのに歪んでやがる」
「つける前からよく分かりますねー、主任。交換分まだあっかなあ」
「なかったら資材部を叩き起こして――おっと、隊長? どうしました」
こちらに気付いたメカニックが、目を瞬いて手を止めた。
「ロックスミスの整備は終わってますよ。ま、さすがにこれから出掛けるって格好でもなさそうですが」
「そうだな。深夜残業もいいところだが、まだやるつもりか?」
「状況が状況ですからね。明日いきなり必要になったらまずい。最低限、すべての機体を動かせるレベルまで持っていきますよ」
たしかに、スネイルがいきなり「処分」を決めないとも限らない。
メカニックとはいえ相応の訓練を受けた面子ばかりだ。一日の徹夜程度で仕事の精度は落ちないと胸を張って請け負われ、頷いて返した。
「そうだ、例の傭兵のACですがね、あっちも色々と
「ああ。そちらは急がない、暇になってからやってくれ」
レイヴンのACは投降時にウォッチポイント内へ捨てられてきたのだが、意外にもオールマインドは破壊も確保も試みなかったようで、調査に赴いた第3部隊が回収してきた。
その調査が終わったということだ。色々と情報は抜かれただろうが、ウォルターの元を離れたレイヴンが残しておいた内容だ。特に支障はないだろう。情報がオキーフというフィルターを通してアーキバスに渡る以上、わざわざ口出しする必要もなかった。
「直せないものがあれば俺の所有分から回していい。妙な細工がないかどうか、よく見ておいてくれ」
「了解。しっかり目を光らせますよ」
作業に戻る整備班と別れ、愛機の居所まで、迷路のようなだだっ広いハンガーを歩いていった。
ずらりと並ぶ戦闘用機体の光景は、いつ見ても妙な満足感を覚える。そういえば随分前に、レイヴンも同じようなことを言っていた。アーキバスのハンガーは綺麗すぎて、なんだか現実感が薄くなる、と。
ベイラムなどではそんなところに技術と予算を使ったりせず、使い込んで煤けたり油汚れが染み付いていたりするのだろう。個人的にはそちらの無骨な佇まいのほうが好きだ。
コクピットに乗り込み、同盟相手へ通信を折り返す。深夜だというのに、相手はすぐに応答した。
《……V.Ⅰ フロイト、アーシルだ。今回の作戦の成功、とても喜ばしく思う。だが……残念ながら、貴方に凶報を伝えなければならない》
「大層な前置きだな。聞こう」
《帥父ドルマヤンが何者かに
「今日のうちに動いたか」
ずいぶんと判断が早い。失われた交信役を早々に再調達するとは。今日の結果をもってというよりも、最初から計画していたかのような動きだ。
警告の甲斐はなかったわけだが、こうなっては解放戦線も「帥父」を生かして返せとは言い出すまい。現在実権を握るミドル・フラットウェルは相当に現実的な男だ。
考えを巡らせながら続けた。
「一応、聞いておく。自分から出て行った可能性はないのか? 土壇場で裏切って逃げ出したとはいえ、一度はやろうとしたことだ。今度こそやり遂げようとしても不思議には思わないが」
《それはありえない》
いつになく、強い口調の否定だった。
いつも温和で誠実な印象の声が、少しばかり低くなって続ける。
《“大いなる脅威よ、コーラルを解き放ってはならぬ。
そこを越えれば、人間世界の悲惨が待つ――”
……レイヴンと交戦した際に、帥父が口にされていた言葉だ。やり方も、判断も間違っていただろう。だが……あの方は確かに、ルビコンを、そして人類を、守るべきだと思っておられる。我々はそう信じている。胡乱な傭兵と同一視はしないで欲しい》
肩を竦めた。
そろそろ、特技欄に「相手を怒らせること」とでも書いたほうがいいかもしれない。
「大した求心力だな。だが、
《……理解している。帥叔ミドル・フラットウェルより、ひとつ要望を伝えさせてもらう。“かなう限り、その正体を明らかにすることなく葬って欲しい”と》
「その程度ならいいか。できるだけ努力する」
《ああ。……願わくは、これが杞憂であればいいと……そう思っている》
「そうだな」
適当極まりない相槌だったが、相手は少し笑ったようだった。
「何だ?」
《……いや。この先も最後まで、よろしく頼む。フロイト》