真人間には向かないプラン   作:ikos

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人にはみな値段がある

 

 

 アーキバスのルビコン到達からUTC換算で580日目。

 進駐拠点は、撤収準備の慌ただしさに包まれていた。

 

 本腰を入れた惑星封鎖機構の大勢力を相手に、悠々と勝利を収めることができると考えるほどスネイルは楽観的でない。計画には二手三手が必要だ。

 増派艦隊を殲滅できれば、この星のコーラルをすべて手に入れることができる。いかな惑星封鎖機構とて三回目の増派はかなりの負担だ。アーキバスとの全面戦争さえ見直しに入るかもしれない。

 だが逆に、敗走に近い形でコーラルを抱えて惑星封鎖機構と追いかけっこをする羽目になる可能性もあるのだ。最大限の成果を追求する姿勢は崩していないものの、いざとなればすぐにでもルビコンから撤収することができるよう、準備は入念に進められていた。

 アーキバスの目的はあくまでコーラルの獲得であって、惑星封鎖機構の壊滅ではないのだ。惑星封鎖機構を叩き潰したところで、それこそ1COAMにもならない。

 

 そんな状況だったから、スネイルの次に忙しいのは、輜重を任せられたホーキンスであっただろう。

 機材や資材、情報に至るまで、アーキバスが現在ルビコン上に抱えている資産は相当な量だ。持ち出すもの、放棄していくもの、その中でも破壊が必要なものを仕分けて、作業人員を割り振り、期日内に終わらせなければならない。もちろん記録も必要だ。むしろデータと現物が一致していないからこそ、やることが増えている。

 

 端末のリストとにらめっこをしながらあちこち忙しく歩き回るホーキンスを捕まえるのは、かなり骨が折れた。

 一応でも偶然を装うには、通信を入れて落ち合うわけにも、人に聞いて回るわけにもいかなかったからだ。――ようやく見つけたのは医療棟の倉庫だったので、偶然と言うには、結局少し無理があったかもしれない。

 

 管理職と話していたホーキンスが、おや、と意外そうに顔を向けた。

 

「フロイト君? ……ああ、レイヴン君に会いに来たところかい?」

「いや。様子を聞きに来たのはそうだが、あいつはまだ絶賛軟禁中だ。顔を合わせたら喧嘩になるからな。ちゃんと治るまでは行けない」

「……君らしいというのか、何と言うのか」

 

 困ったものだと言いたげに、ホーキンスはしみじみと笑った。

 

「それにしても、あのフロイト君がねえ……。人は変わるものだ」

「言われすぎて最近面倒になってきた。今度はどれの話だ?」

「そうだなあ。念願の再会に感極まって、止めるのも聞かずに熱烈なハグをしていた首席隊長殿の話かな。我慢ができるようになったというのは、純粋に素晴らしいことだよ」

 

 からかわれたかと思えば、思わぬ方向から褒められた。

 子供扱いされたような気はするが、実際、目の前でやらかして力づくで止められている。

 

「……言われてみればそうだな。これ、我慢だよな? なのにどいつもこいつも微妙な顔をするんだ。『駄目とは言わないがなんかこう』みたいな、そういうやつで。なんだあれ」

「ハッハッハ」

 

 笑ってごまかしておくことにしたらしい。

 答える素振りを見せずに視線を動かしたホーキンスが、黙って待っていた医療棟の管理責任者に声をかけた。

 

「おっと、すまないね。話が途中になってしまった。……うん、さすが医療部門は管理がしっかりしているね。内容にも申し分ない。このプランを中心に、よそを調整させてもらうよ」

「なによりです。ええと、それから……運動療法室の確保なのですが」

「ああ。リハビリが必要なのは一人だけではないからね。広々ととはいかないが、必要最小限の区画は確保するつもりだ」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 

 レイヴン絡みのことだからなのだろう。やたらとこちらを気にしている。

 どうにか全身状態をオペに耐えられるレベルまで持ち直し、抜本治療のための手術を行ったのはつい十日ほど前だ。命の危険は脱したが、まだ十全には程遠い。

 医療棟の責任者がそそくさと立ち去るのを見送り、さて、とホーキンスが言った。

 

「ちょうどいいところに来てくれた。確認しておくよ、フロイト君。……君はこのまま、本当に、彼女を()()()()つもりでいるのかい?」

 

 そうではないだろう、と、微笑んだままの目が鋭くこちらを見据えていた。

 実際、その通りだ。コーラルをルビコンから持ち出させる気がない以上、自分やレイヴンがアーキバスの復路に同乗することはまずない。

 オキーフは、部下を守るためならホーキンスはこちらに着くだろうと見ていた。スネイルに不信感を抱えている以上、危険が差し迫れば選択すると。

 ――だが、その前段階で気付かれていたとなれば、話は別だ。

 

「君たちの危惧は理解しているよ。もっともなことだ。……それでも、私には部下の生活を守る責任がある。社の計画を失敗に導くような真似は、少々いただけないね」

「うまくいくと思うか?」

「スネイルは上層部の説得に成功して、予備プランを認めさせた。十分な仕事をしたと思っているよ。そこは評価すべきだ」

 

 ホーキンスの意見は正しかった。スネイルが本社に呑ませた最低条件は、決して悪くないものだったのだ。

 ルビコンに現存すると見られているコーラルは、約1兆7000億バレル。とんでもない量だ。ただでさえ従来の液体燃料と比べて少量で熱量を生み出す物質なのだから、すべてを手に入れることができれば、向こう半世紀の覇権は疑いない。

 ルビコンを制圧して長期的計画で全量を運び出し、実験を重ねて安全かつ安定的な増殖方法を確立することが、アーキバスにとっての「最善」だった。

 ただ、それができなかった場合のことも考えなければならない。既に莫大な投資を行っているプロジェクトだ。投資分の回収と、惑星封鎖機構との全面戦争を持ち(こた)えられるだけの利益がいる。

 

 スネイルが本社との折衝で導き出した必要最低量は、900億バレル。輸送中の損害も勘案し、1500億バレルの持ち出しが絶対量だ。全体から見ればささやかな量に思えるが、24億キロリットル、つまり24立方キロメートルと言い換えてみると、なかなかの数値だ。それを一度の復路で持ち帰ろうというのだから。

 ひとつ息を吐いた。

 自分の方の推測が当たっていたことを確信して、今後の軌道修正を考えながら、軽口を叩く。

 

「“鉄血公”のお墨付きか」

「古い呼び名を蒸し返すものだね。年寄りの苦労話なんて、興味はないだろう?」

 

 話を切り上げようとする苦笑に、肩を竦めて返した。

 

「どうだろうな。一応聞いておこうかという気分ではある。何か、参考になりそうだ」

「……それはまた。首席隊長殿にそう言われてしまうと、喋らないわけにはいかないねえ……」

 

 「場所を移そう」と促されて、医療棟の屋上に足を運んだ。

 

 バスキュラープラントが遠く霞んで見える。かなりの異常な眺望だ。熱圏まで届くほどの超巨大建造物――メガストラクチャーなどという単語ではインフレが収まらない。

 いよいよできあがってきた過去の遺物の改造品は、威容をもってこの惑星に影を落としていた。

 

 (うろこ)雲が空をまばらに覆っていた。

 相変わらず冷え切った常冬の空だ。白い息を吐きながら、ホーキンスが切り出した。

 

「“鉄血公”の由来はね、とても単純なものだよ。当時のV.Ⅰが“ヴィルヘルミナ”だったんだ。私がV.Ⅱになった頃にはもうかなりの高齢だったが、いいAC乗りだった。強靱で、運に愛され、部隊指揮にも長けていた。カリスマ性があったし、本人も強かった。決して優しくはないが、いい上司だったよ」

「そうか」

 

 データでは見たことがある。老練で“目”がよさそうではあるが、それほど興味を惹かれず、大して研究することなく二十件ほどで見るのをやめてしまった。

 ホーキンスは、言わずにおいたことを察したのだろう。苦笑を浮かべて続けた。

 

「今残っている戦闘記録なら、君の好みではないだろうね。武装もフレームもちぐはぐで、使い込んでいる風でもなかっただろう?」

「……確かにそうだな。理由があったのか」

「あの頃は、色々と模索していたんだよ。そのうちのひとつだ。部隊全体で兵器開発のテスターを務め、山のような実戦を重ねて、膨大で詳細なフィードバックを供出していたんだ。……次から次へとガラクタを寄越されて、それはもう大変だったよ。その上で戦果を出さなければならなかったからね」

 

 意外な話だった。

 命のやりとりを稼業にする人間は、使い慣れた武器の安定性を好む。今よりももっと統率の取れていなかった時代だ。部下に言うことを聞かせることすら容易ではなかっただろう。

 

「あの頃のヴェスパーは、使い捨ての駒を詰め込んだ暴力装置でしかなかった。人間は人材ではなく、装置を動かすための燃料のようなものだった。強化手術も、まだ著しく危険なものだった時代だ。……幸か不幸か、なり手はいくらでもいたけれどね……。

 ……問題を、“ただ鉄と血によってのみ解決する”ための存在だ。上層部にとって使い勝手がいいように、そこへさらに付加価値をもたせられるようにと、色々必死に走り回っていた。へりくだったり、交渉したり、脅したり。気の休まる暇もなかったなあ。……軌道に乗るまで、随分と死なせてしまったが……先進開発局の信頼を得られたら、そこからは早かったね。新しい技術の発展は他部門にも役立つ。やっと価値を認められたと思ったものだ。

 ただ……そうだな、かの鉄血宰相ほどうまくはやれなかった。

 だから本当に、呼び名ばかりが大層でねえ。恥ずかしく思ってしまうんだよ」

 

 在任していた8年間で、彼らはヴェスパーの基礎を作り直した。いつでも切り捨てられる暴力装置のひとつでしかなかった組織を、他の小組織を取りこみながら、アーキバスの主力武装部隊にまで育て上げたのだ。

 武力と政治力のどちらもを備えていたからこそ成し遂げた。その大半が紛れもなくホーキンスの手腕によるものだと、いつだか、オキーフが語っていたのを覚えている。皇帝(ヴィルヘルミナ)をも駒のひとつとし、組織を育てる宰相(No.2)として、敵味方共に怖れられていたと。

 だが、実情は意外と血の通ったものだったようだ。

 

 今は過去よりも()()になっている、今よりも未来はきっと、もう少しましになる。

 それがホーキンスの「信仰」なのだろう。

 

 後任となったスネイルはさらに環境を整えることで優秀な人材を集め、ヴェスパーを治安部門の花形にまで押し上げてみせた。そのやり方に思うところはあっても、ホーキンスにとって、それは前進だった。

 だからこそ、降格の()き目に遭いながらも、今日までヴェスパーに名を連ね続けてきたのだ。

 説得の余地は少ない。

 たとえ、コーラルの危険性やオールマインドの存在を説いたとしても、受け入れられることはないだろう。

 

「……“愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ”、だったか」

「君のことだ、皮肉ではないんだろう。あれはもともと英語圏での創作話らしいけれど、それも少し違ってね。“愚者は自分の経験から学ぶという。私は他人の経験によって学び、失敗を避けることを好む”――だね」

 

 大分ニュアンスが違う気がする。

 何かが引っかかって考え込み、その正体に気付いてホーキンスを見た。

 

「……スネイルじゃないか?」

「……私も、口にしたあとで思ったよ……。強化手術なんてまさにそれだね。他人に橋を渡らせている」

「案外似た者同士なのか」

「いや、別に私の発言ではないからね? それはまあ、清廉潔白とは言わないが、お仲間扱いは遠慮したいなあ」

 

 温和に見せて辛辣な評価だ。

 さて、とホーキンスが腰を伸ばし、通信端末を指で叩いた。

 

「そろそろ仕事に戻らなくてはね。……そうだ、フロイト君。会いに行けないなら行けないで、何かお見舞いの品を預けるといいよ」

「見舞いか」

 

 以前V.Ⅳが刺されたときには缶詰を持参したのだが(ちなみに宣言どおり見舞金も振り込んでやった)、食事管理中の病人には食べ物というわけにもいかない。大分回復しているとは聞いているのだが。

 腕を組んで考え込むと、ホーキンスがにやりと笑った。めずらしく、人の悪い笑みだった。

 

「花を贈るといい。こういうときには、それがなかなか効くんだ」

「経験則というやつだな。花なんかあるか?」

PX(売店)にはないだろうけど、部下がこのあいだ野花を見つけていたよ。場所を聞いてみよう。まだ咲いているといいんだけど」

「助かる」

 

 手際よくメッセージを送ったホーキンスは、いつも通りの、温和な顔に戻って言った。

 

「綺麗事かも知れないけれどね。……君たち若い世代が、少しでも、理不尽にあわずにすむことが私の願いだ。ヴェスパーにもアーキバスにも愛着がある。もちろん、問題も不自由もあるが、簡単に捨てられるものではないね」

「……そうか」

「君はどうだい? フロイト君。それなりに甘い汁を吸ってきただろう。君たちの危惧は、それを捨てさせるほどのものなのかな」

 

 説得を諦めていないのはホーキンスの方だったらしい。

 素直に考えて、首を捻った。

 

「どうだろうな。別に捨てたいわけでもない」

「君だけなら、どうとでも生きていけるだろう。独立してでも、他の組織に買われてでも、いくらでも道はある。……だが、今ほど好き勝手はできないはずだ。今の環境は、相当に恵まれたものだよ。同じようにはならない。その覚悟はあるのかい?」

「覚悟と言われると微妙だな。ただ単に、選択肢がないだけだ」

 

 コーラルが人類の文明を脅かす以上、このまま放置するという道は選べない。そしてその場合、このままアーキバスに寄生し続けることをスネイルは許さないだろう。そもそも、「許す立場」を失うはずだ。どちらにしても今の状況は続かない。

 ホーキンスが、じっとこちらを見据えてきた。

 肩をすくめることで応じる。柔和な顔に苦笑が浮かび、ため息が落ちた。

 

「そうか。……残念だよ、本当に」

 

 

 

 

          - / - -

 

 

 

 

 運よく手に入れた花を医者に預ける頃には、すっかり日が沈んでいた。

 

 医療棟を出てからようやく、やたらと時間を使ったことに気づく。喜ぶかどうかもわからないようなご機嫌うかがいだ。不思議な気分になるが、まあいいか、と考えるのをやめた。

 預かった女医は「これですよ……! やればできるんじゃないですか!」などと言って周囲を慌てさせていた。一応正解らしいので良しとする。

 受け取ったときのレイヴンがどんな顔をするのか見られないことだけは、少しばかり残念だ。

 

 一仕事終えた気分で端末の電源を入れたとき、喫煙ブースの中の人物と目があった。

 第1部隊の若手だった。

 まん丸に目を見張った男が、紙煙草を手に盛大にむせ始める。むせながら、そのまま煙を払うようにブンブンと手を振った。

 

「……す、すいません……! 何でもないっす! まさか隊長が来るとは思わなくて!」

「そうか」

 

 そのまま素通りしかけて、ふと足を止めた。

 まだ幼さの残る男の顔には、ひたすらばつの悪い感情が浮かんでいた。

 

「誰の煙草だ?」

「あ、うわ、俺吸わないって覚えててくれたんすか!? 感動……!」

「ああ」

「隊長が言ってたっすからね! 心肺機能落ちるし、吸えなくなったときに集中力やばいらしいぞって!」

 

 伝聞形まで正確に再現してみせた。多分、そんな感じのことを言ったのだろう。別に訓戒でも何でもない雑談だったはずだが、記憶にあるような気はする。

 ここまで、この部下はそれを忠実に守っていたのだろう。

 ますます不思議に思って首を捻ると、部下が苦笑いに失敗したような、不格好な笑みを浮かべた。

 

「いや、ちょっと色々あって……。隊長こそ、“レイヴン”のお見舞いっすか?」

「似たようなものだな」

「あの人すごいっすね。すげー根性ある患者だって医者が言ってましたよ。まじで弱音ひとつこぼさないで、きっついプログラム全部消化してるって。さすが、隊長が見込んだだけあるっつーか」

「ああ」

 

 褒められて悪い気はしない。

 少しばかり機嫌を良くしたのが伝わったか、部下がケラケラと笑った。

 

「いやまじで、アイツにも見習って欲しいくらいっす。まだ治療も終わってないってのに、酒と煙草持ち込んでたんすよ」

 

 この男の同期は、例の第1世代との戦闘で重傷を負っていた。

 ようやく腑に落ちた気分で頷く。

 

「没収品だったか」

「ですです。いっそ消費しちまおうかと思ったんすけど、いやー、キツかったっす。何がいいんだかさっぱりわかんねーや」

 

 リハビリが終わるまでは自重するべきだという発言に、もっともだと頷いた。レイヴンとは確かに対照的だ。

 医者にも模範的と言われたレイヴンのことだから、本気で最短の戦線復帰を目指しているのだろう。いいのか悪いのか、既にACのシミュレーションプログラムにまで手をつけている。

 肉体を治すより、神経系を治す方が早かったようだ。まだ走れもしないくせにACを動かすことはできそうで、嬉しいような困るような、どうにも複雑な気分になる。

 部下がふと、高かったテンションを落ち着けて、しみじみと息を吐いた。

 

「……隊長がファクトリー閉鎖してくれてて、本当によかった。アイツ、煙草吸いたさにそういう極端なやつ選びそうだったんで」

「多分義手と義足のほうが成績がいいぞ」

「それ言ってやってくださいよー。俺の言うことなんて、まーじでなんっにも聞きやしねえ」

「俺の言うことなら聞くのか」

「あったり前じゃないっすか! 俺ら第1部隊の人間にとって、神様みたいなもんっすから!」

 

 神様(godship)とは大きく出たものだ。今回のぐだぐだを経てもなおそこまで慕われるというのは、少しばかり不思議にも思う。

 なぜか照れくさそうに笑った若手が、不意に、目を瞬いた。

 

「何だ?」

「あー、いや、言っていいもんかどうか……。……隊長、あれ」

 

 訓練に使い込んだ手が指さした先は、今出てきたばかりの医療棟の上階だった。

 視力には自信がある。そこに息を切らせたレイヴンの姿を見つけて、思わず唇を曲げた。

 まさか脱走してきたわけではないだろうが、しっかり見張っていろと言いたい。

 

「……手とか振ってあげたらいいんじゃないすか?」

「……いや。見ろ、あの顔。絶対見舞いの礼とかそういうやつじゃない。コーラルがどうのとかちゃんと話せとか、早く外に出せとか、そういうやつだ」

「あー。……なんつーか……えーと、かわいげがないっすね?」

「そうでもない。あれはあれでいろいろかわいい」

「ブハッ!……うっそでしょ隊長、べた惚れじゃないすか!」

「今頃気付いたのか?」

 

 開かない窓の向こうでレイヴンが何か言っている。まだまだリハビリはかかりそうで、松葉杖つきだ。

 ひらひらと手を振った。ただし、「戻れ」というジェスチャーだ。案の定、膨れっ面になるのを我慢するような顔になった(こういうところがかわいい)レイヴンだったが、後ろから誰かに声をかけられたのか振り返り、ため息まじりに肩を落とした。

 

 最後にもう一度こちらを見た。唇がゆっくり動く。

 「花」と「ありがとう」という言葉をそこに拾ったような気がして、予想外だったそれに、反応しそびれた。

 

 離れていく姿が見えなくなるまで見送ってから、部下が、両手で両目を塞いでいるのに気づいた。

 

「……見てないっす。俺は、全っ然、なんっにも、見てないっす!」

「何も言ってないぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

          - / - -

 

 

 

 

 夜が最も更けた時刻、正体不明の呼び出しに応じて中央氷原の西海岸を訪れた。

 いわゆる「砂浜」ではなく、石がごろごろとした浜辺だ。以前レイヴンが拾ってきた石ころは、この辺りのものだったのかもしれない。

 手持ち無沙汰にカメラを動かしていると、何かが月明かりを反射した。

 気になってACから降りて拾ってみれば、それはシーグラスだった。波に揉まれて丸くなった人工物(ガラス)の欠片だ。

 半世紀前の、まだルビコンにおける人の営みが豊かだった頃のものだろうか。

 

 人類の繁栄は簡単に衰退するし、しぶとく戻ってきもする。

 もしもオールマインドの望み通りの「完璧な管理社会」とやらが訪れたとしても、どうせその安寧は長続きしないだろう。人類が飼い殺しにできるような扱いやすい生き物なら、過去の権力者たちはどれほど楽ができたことか。この宇宙の勢力図が今なおぐだぐだしているのがその反証だ。

 

 拾い上げたシーグラスをしまいこんだとき、ACのブースト音に気付いた。

 ようやくお出ましらしい。

 

 ブースト音の性質の時点で気付いていたが、現れたのは、惑星封鎖機構でもオールマインドでも、解放戦線でもなかった。

 見慣れたオープンフェイスの重厚な機体が、地響きを伴って浜辺に降り立つ。

 スピーカーの不明瞭な音声でも分かる、神経質な声が響いた。

 

《――待ち人は来ませんよ、V.Ⅰ》

「そうでもない。お前だと思ったから、わざわざ来たんだ」

 

 差出人不明のメッセージが届いた時点で、それがスネイルによる罠だとは気付いていた。

 疑いを晴らしておくつもりなのか、それとも、本気でこんな手段で尻尾を掴めると思っていたのか。さすがに後者はないだろう。それなら手勢を引き連れてくるはずだ。

 スネイルが鼻で笑う。

 

《……貴方も随分と、上層部の誰やらに嫌われたようですね。入れ代わり立ち代わり、コウモリが(かまびす)しく鳴いているところです》

「残念だな。まだ転職活動は始めていないんだが」

《ならば重畳。貴方にはまだ働いていただかねばなりませんので。……安心しましたよ。駄犬の治療にはアーキバスが必要であると、それがわからないほどに愚かではないようだ》

「お前の口は絶好調だな。喧嘩だとみなして買ったほうがいいのか?」

《貴方が私の話をきちんと聞いているとは。いよいよ異常事態ですね》

 

 オープンフェイスのコクピットハッチが開いた。

 ここのところの睡眠時間は2時間台となっているらしい。いくら睡眠管理デバイスで切り替えるとはいえ、前世紀の軍人でもここまでではなかっただろう。手伝うつもりはなかったし、手伝えとも言われなかったが。

 多忙からくる凶相を無表情の中に押し込め、スネイルが眼鏡を押し上げた。

 

「……それにしても、状況を理解しながら、ACから降りるとは……。生身での貴方の戦闘力などたかが知れていると、あれほど言い聞かせてきたつもりでしたが」

「その方がどれだけ楽でも、お前がACに乗っていない俺を殺すとは思えないからな。お前はそういうやつだ」

 

 しばらく、鼻白んだような沈黙が続いた。

 

「そんな退屈な殺し方はしないはずだ。いざというときはちゃんと殺せるように、色々準備してきたんだろう? わりと楽しみにしているんだ。がっかりさせてくれるな」

「……気楽なものだ。殺される予定があるとでも?」

「殺す動機ができたから呼び出したんだろう。さっさと本題に入れ」

 

 盛大なため息が聞こえた。

 いつものように。

 

「……寄せられた密告は、そのほとんどが取るに足らないものばかりでした。惑星封鎖機構に士官として召し上げられただの、ルビコンに来てもいないコングロマリットから買収されただの、はてはルビコニアンに同情して解放戦線に(くみ)しただの……よくもまあ、ありうるはずもない与太話ばかりを集めたものです」

「そうだな」

「ただ、一点、聞き捨てならない情報がありましてね。……『オーバーシアー』という組織に心当たりは?」

 

 その名前が出てきたことで確信した。あれこれつついていたのはアーキバスの上層部ではなく、オールマインドの方だろう。

 V.Ⅰは、コーラルリリースを阻むわかりやすい旗印だ。排除できるものならしておきたいに決まっている。

 肩をすくめた。とぼけたところで無意味だ。

 

「心当たりならある」

「ええ、そうでしょうとも。ハンドラー・ウォルター……貴方の駄犬の飼い主が所属するテロ組織だ。貴方が、ヴェスパー首席隊長V.Ⅰフロイトが、彼らに尻尾を振っているというのです。到底看過できる譫言(せんげん)ではない」

 

 スネイルはAIを業務に多用しているが、その使い方にも習熟している。あくまでツールとしての使い方だ。AIの誘導や情報操作に左右されるような男ではない。

 だからこそ――敵とみなすべきかを、いまだ慎重に扱っている。

 

「あえて尋ねましょう、フロイト。貴方は吹き込まれた妄言を真に受けて、企業を裏切るつもりですか」

「確かに吹き込まれはしたな。ただ、レイヴンはすでに手元にいる。積極的に敵対したいとは思わないが、現状、迎合する必要もない」

「結構。理性的な判断だ」

「ああ。俺やあいつに危険が差し迫らなければやるつもりはない。気張ってくれ」

 

 盤をひっくり返されたようにスネイルが息を呑み、低い声で(うめ)いた。

 

「……勝手なことを」

「お前だってルビコンで死ぬ気はないだろう? 防衛戦と、コーラルの輸送と、管理がうまく行けばいいだけの話だ」

 

 スネイルは忌々しげに目を(すが)めた。

 嘘は含まなかった。すべてを話すこともなかったが。

 「うまく行けば」、()()()突然すべてのコーラルが不活性化し、資源としての価値とその危険性を失うことになる。それ以降の戦闘は無意味だ。アーキバスに弓引く必要すらない。

 

 説得をするなと言った部下は、この状況を考えていたのだろう。道を分かつ分岐点、その場所で、曲がりなりにも一番つるんできた相手だ。思うところがないとは言わない。互いに互いが、譲ることなどないと理解しているだけで。

 

 今度の沈黙は長かった。――そろそろ帰って寝ていいか、と言いそうになる程度には。

 

「……貴方の駄犬が企業の手中にあることをお忘れなく。何人護衛につけようが、人間とは存外、(もろ)いものです」

 

 

 

 

 

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