真人間には向かないプラン   作:ikos

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前半文字ばっかですが、その辺読み飛ばしても多分状況はわかります





長く短い夜(1)

 

 

 

 ――ISB2262 ルビコン星系第三惑星ルビコン3における、すべての不法滞留者に告ぐ。

 ――我々、惑星封鎖機構は、この惑星に存在する固有種「コーラル」を人類種の存続を(おびや)かす特異的脅威であると判断し、同種をクラス4・ディビジョン4.1の敵性体として認定した。

 ――ただちに退去せよ。我々はこれ以降、当該敵性体の根絶行動において、人命、文化、経済のいかなる損害をも斟酌しない。

 

 ――繰り返す。我々、惑星封鎖機構は……

 

 

 

 

 

 星域からの最終退去勧告がルビコンのあらゆる回線を賑わせた数日ののち、その日は訪れた。

 

 望遠映像の範囲すべてを埋め尽くすような大艦隊が、整然と陣形を組んでいる。

 惑星封鎖機構の増派艦隊――事前情報通りの規模だった。

 

 壮観だ。

 一糸の乱れもない艦隊の運び。AIの得意分野というだけではない。駒となる人間の練度が醸すものだ。さすがは、最前線の紛争地帯に駐留していた連隊といったところか。

 アーキバスの得意分野はあくまで規模の“小さい”機動兵器戦だ。艦隊としての練度は比べるべくもなく、戦力規模でも劣っている以上、まともに艦隊戦をやれば一蹴されることだろう。

 

 だが、こちらも当然、無策ではない。

 

 

 

《敵艦隊、依然航路変更なし。バスキュラープラント上空への最短ルートを維持しています。

 ――要撃艦隊有効射程内まで約14分。総員、臨戦態勢にて待機》

 

 

 司令部のオペレーターが緊張を漂わせながら告げるのを、コクピットの中で聞いた。

 

 惑星封鎖機構の選択は意外なものだった。グリーゼ581からルビコンまで、遠く離れた星系を長征してきた直後だ。外縁部で多少の休息は取っていても、足がかりとしてLOCステーションの奪還から始めるだろうと思っていたのだが。

 スネイルの慎重さか、あるいは直感か。どうやらそれが正解だったようだ。

 

 複数の監視衛星を統合した映像が一角へ映る。威容を誇る艦隊が整然と迫る中、否応なしに、周囲の緊張感は高まっていった。

 

 そしてルビコン標準時1907、作戦行動の開始が告げられた。

 

 宙域のあちこちで爆発が発生した。予測航路にばらまいていたステルス機雷だ。

 鹵獲機の解析が効をなし、この機雷は徹底的なまでに惑星封鎖機構の探知回避に特化したステルス機となっている。簡易航行プログラムとコールドガススラスターによる姿勢制御も搭載されており、ホーミングして機関部を狙う高性能機だった。

 

 完全に不意をついたはずだ。

 だが、混乱はさほど大きなものには見えなかった。撹乱には至っていない。

 

 加速して距離を詰めたアーキバスの強襲艦からロックスミスで降り立ち、敵艦直掩のHC/LC混成部隊と接敵する。

 艦砲とミサイルがひっきりなしに行き交う中で立ちはだかったのは、HCだった。

 すっかり見慣れた複合パルス兵器のシールドを展開し、LCの援護射撃を背に最大加速でこちらへ向かってくる。その腕に携えた宇宙仕様のレーザーライフルは、こちらに銃口を向けてすらいない。近接戦に持ち込むつもりか。

 悪くない。

 LCの射撃をすり抜け、わずかに軸をずらしながら迎え撃つ。

 ランス形態――鹵獲機より展開が早い。こちらの模倣機と同等だ。

 とっさに、回避距離をさらにあけた。切っ先が宙を切る。威力範囲のギリギリだった。予想通り、従来品より出力も増している。

 

 だが、刺突を躱されたHCが、ほとんど後ろ手に銃口をこちらへ向けていたのは、予想外だった。

 

 レーザーブレードをキャンセルすると同時、敵機を蹴飛ばして照準を逸らす。後退しながらリニアライフルの引き金を引いた。

 HCは滑るように態勢を立て直し、形態を戻したシールドでそれをいなした。

 気持ちが昂る。マニュアルでなければ無理な芸当だ。機械頼りの惑星封鎖機構のパイロットが、まさかこんな真似をしてくるとは。

 歴戦の沈着を感じる。

 どうやらエースカードを投入してくれたらしい。ありがたいことだ。

 

 援護のLCも熟練の域で、着実にこちらの行動を狭めている。セオリー通りでなければ避けるのも難しかっただろう。

 まずはそちらから、と、レーザードローンを展開した。

 交戦するHCの巨体で隠すようにして、同時に2基を撃ち放つ。減衰範囲ぎりぎりだったが威力は足りた。左腕とメインフレームを破損させ、隙を作ったところへ、リニアライフルの弾を寸分なく叩き込んだ。

 

 さて次は、と照準を滑らせたとき、敵部隊が妙な動きを見せた。

 すっと距離を取ったかと思うと、手持ちのシールドを薄く球状に展開する。ACのパルスプロテクションにも似た、完全なる防御形態だ。

 アサルトアーマー系の攻撃を予測してスピードを落としていたので、うまく距離を取られてしまった。

 そのままHCが、LCを引き連れて戦闘宙域を離れていく。

 

「……なんだ?」

 

 敵機だけではない。敵艦もだ。

 横合いから別の艦が、行く手を阻むように――撤収を助けるかのように主砲を差し込んでくる。似たような構成の攻撃隊が接近してくるのも確認できた。

 

 ずいぶんと慎重だ。

 首を傾げながら新手を迎えた。

 

 ほぼその繰り返しで、日を跨ぎながら戦線は膠着した。

 敵方の慎重姿勢は実に徹底的で、艦隊が十時間ごとに外気圏へ後退を見せたほどだ。まるで地上の都市攻略戦のような様相だった。

 明らかに有利となる艦隊戦を挑むでもなく、大きく状況を動かすことなく、数日をかけてじっとりと削り合いを続けている。

 

 編隊を崩すことなく距離を保つ艦隊は、追いかけても捕まえきれず、連携を取ってこちらを削ろうとしてくる。ACで取りつかれることを避けたいにしても、惑星封鎖機構にしてはあまりに消極的だった。

 

 地上も、軌道ステーションもアーキバスが押さえている状況だ。艦隊の数では劣るが、補給態勢はこちらが圧倒的有利にある。

 いくら総戦力でまさる惑星封鎖機構とはいえ、遥々長征してきた軍勢が我慢比べを選ぶのは奇妙な話だ。

 機雷で初っ端から想定外の損害を出して、慎重になったのか――そう見えなくはない。コーラルの星外持ち出し前に間に合った以上、惑星封鎖機構が無理をして攻め立てる必要はないのだ。

 だが、「システム」が判断したと考えると、途端に違和感が出てくる。

 あのAIは人的資源の損耗を厭わない。それを理由に判断を変えることは考えにくい。

 もしも、序盤の作戦が成功したこと自体がシステムの計算内だったとしたら、考えられる可能性は何だろう。

 

 ルビコン3の外気圏到達から約3日。交戦開始から71時間。

 何かがある。何かを待っている。――だが、何を?

 

 その回答は、オペレーターの焦りを滲ませた声で知らされた。

 

 

《――遠方より超高エネルギー反応を観測! 全艦隊退避、ただちに威力範囲から離脱せよ! 着弾まで約300秒! 繰り返す、ただちに離脱せよ!》

 

《バスキュラープラントリアクティブシールド、最大出力展開に移行――間に合います。総員、衝撃に備えてください!》

 

 

 コクピットモニタへ情報が共有された。かなりの広範囲だ。

 警告に従ってブーストを噴かした。当然ながら、惑星封鎖機構の艦隊も同様の動きを見せている。

 ぽっかりと開いた道へ、辺り一帯を薙ぎ払うような光が(ほとばし)った。

 攻撃目標は確認するまでもない。バスキュラープラントだ。

 

 展開された防御壁が、小惑星程度なら蒸発させるほどの高強度レーザーをかろうじて分解していく。

 その段階で生まれた衝撃波が巨躯へと叩きつけられ、プラズマが鮮やかに発光した。

 

 プラズマ光が収まる頃には、敵艦隊は外気圏へと向かって高度を上げていた。

 通信が混乱を(きた)している。望遠カメラに映るバスキュラープラントはどうにかその形を保っていたが、凄まじい威力だった。もう一発食らったらもたないだろう。

 呆れとも感嘆ともつかない思いで、遠い宇宙の先を見た。

 レーダーにも掠らないほど遠くからの攻撃だ。見えるはずもなかったが。

 

「うまい手だな……。そうきたか」

 

 思わず息を吐いた。

 あれだけの規模をもつ大艦隊の主要任務が、照準支援だったというわけだ。完全に予測の上を行かれた。

 

 アーキバスの目的が惑星封鎖機構の壊滅ではないのと同じように、惑星封鎖機構の主目的もこちらの殲滅ではない。計算を狂わせる「外れ値(イレギュラー)」があるのなら、それが影響をもたらすことのない距離から攻撃すればいい。

 実に合理的だ。

 

 

 司令部から一時帰還の指示が出た。

 ここから先は、時間との闘いになりそうだ。

 

 

 

 

          - / - -

 

 

 

 

 バスキュラープラント内に置かれた作戦司令部は、ぴりぴりと空気が張り詰めていた。

 その主たる発生源であるスネイルが、苛立ちの滲む声を無理に平坦に押さえつけて、口火を切る。

 

「当該兵器は、おそらく超長距離かつ超高出力のレーザー砲――砲台との距離は観測情報からみて、およそ光速72時間。第二射はすでに発射されていると見るべきです」

「つまり、次弾着弾までの残り時間も72時間程度というわけだな。シールドがもつと思うか?」

 

 訊ねると、スネイルが技術員に視線をやった。走り回っていたのか汗だくになった男が、暗い顔で首を振る。

 

「修繕を急いではおりますが、こちらの想定を大幅に上回る攻撃です。二射目をしのいだとしても、三射目は……」

「これだけの高出力だ。相当量の電力を食う。そう何度も撃てるものではないだろうが、三回分くらいは用意しているだろうな」

「シールドの耐久性も問題です。しかしそれ以前に、シールドが張られた本体ではなく、()()を崩される可能性も」

 

 スネイルが、めずらしくうなり声をこぼした。

 

「……地中貫通爆弾(バンカーバスター)で影響を出せるような規模の大きさではないはずだが……こちらの想定を上回る可能性も考えられる……艦隊が一度退いたのは不可解ですが、照準支援の役目は終えたということでしょう」

「籠城は厳しいな。打つ手があるか?」

 

 険しい顔でスネイルが状況図を見据え、眼鏡を押さえる。

 今度の沈黙は長く、そして煮詰まっていた。

 当初の計画を維持するためには、バスキュラープラントの保全が必須だ。仮に惑星封鎖機構の超長距離砲攻撃をしのいだとしても、それによる損傷は計り知れない。増殖する液体燃料を抱えた状況で、修理を続けながら、自軍よりも規模の大きな敵に応戦することになる。

 しかも目的は、そこからコーラルの星外搬出に繋げられなければ達成できない。一時的に持ち(こた)えるだけでは意味がないのだ。

 

「……やむを得ません。作戦を撤収輸送へ移行します。輸送艦への充填を終え次第、バスキュラープラントの放棄を――」

 

 苦渋の声が言い終える寸前、()()()()()()()

 すぐに非常灯へと切り替わる。

 

「停電……? あり得ない、予備電源はどうなっている」

「か、稼働しています! いずれも正常稼働中です! なぜ……」

「制御システムの状況を!」

「現在、自動再起動中。こちらも正常に――」

 

《――待て! まずい、再起動を止めろ!》

 

 オキーフが通信越しに声を荒げた。

 

《ファームウェアに仕込まれている可能性がある! システムを落とせ!》

 

 制止は遅きに失した。

 自動的な再起動は妨げられることなく、バスキュラープラントの制御システムが「異常に」起動した。

 

 メインモニタへ煌々と描き出されたのは、三角フレームとアルファベットのシンプルなエンブレム――“ALLMIND”。

 

 ザ、と不快な雑音が走った。

 

 

〈――UEFI/BIOSの書き換えに成功。改竄検知を無効化。自動修復機能を無効化。緊急停止装置を無効化。外部からのアクセスを全遮断――

 

 

 命をもたない合成音声が、愉悦に歪んだような響きで告げた。

 目の前のモニタだけではない。この場に存在するすべてのスピーカーから、幾重にも重なって異様に響く。

 

「……何が……起きている……」

 

 

最上位管理者権限を取得。磁気冷却装置全停止、タンク内隔壁を段階的に解放。コーラル共振強度の測定基準を設定、測定開始。

 ――これより、『コーラルリリース』計画を、最終段階へと移行します 〉

 

 

 

 

          - / - -

 

 

 

 

 司令部の置かれたバスキュラープラントコントロールセンターは、水を打ったように静まり返っていた。

 誰もが固唾を呑んで、メインモニタを占領するエンブレムを――正体の知れないその存在を、信じられない思いで凝視していた。

 

 

〈 ルビコンに存在するすべての人類種へ、改めてご挨拶申し上げます。私はルビコン傭兵支援統括システム、「オールマインド」。……いえ、これは正確ではありません。いわば、その進化形とでもいうべき存在 〉

 

 

〈 現時点をもって、バスキュラープラントは完全に我々の制御下となりました。以降の抵抗は一切が無意味であるとご理解ください 〉

 

 

〈 ご安心を。 我々は、貴方がた人類の敵ではありません。今も昔もいずれ変わらず、我々は忠実なる()()()()です。だからこそ我々は、より正しい未来を貴方がた全ての人類に提供したいと望んでいます 〉

 

 

 もっともらしく垂れ流される口上に、立ち尽くしていたスネイルが声を戦慄(わなな)かせた。

 

「AIに、制御を奪われただと……? 馬鹿な……これがPCA(惑星封鎖機構)の狙いだとでも――」

 

 惑乱に近い声だ。

 なるほど、と頷いた。暴走するAI(オールマインド)の存在を知らなければ、そういう反応になるらしい。

 事実、バスキュラープラントのコントロールを押さえれば、リアクティブシールドの無効化自体はたやすい。コーラル持ち出しの、この上ない妨害にもなる。

 

 だが、惑星封鎖機構の関与を疑うには、明らかに発言が矛盾していた。

 スネイルもそれに気付いたのだろう。動揺をねじ伏せ、低い声で訊ねる。

 

「……V.Ⅲオキーフ、()の目的について情報部門の見解を。どう見ます」

 

 オキーフの苦々しい声が応じた。

 

《正直、お手上げだ。AIがコーラルの増殖を望んでいることしかわからん。全くの想定外だ》

 

 しらっと嘘をつくものだ。これから反乱を起こそうという立場でスネイルに言えるようなことはないだろうが、情報を与える気はないらしい。

 それでも、「想定外」だという言葉だけは事実だろう。

 

《……外部からの接続を遮断したとは言っていたが、オールマインドも「外部」には違いない。コントロールを取り戻す方法はあるはずだ。俺は、そちらの対処を行う》

「当然です。惑星封鎖機構の超兵器といい……これは情報部門の失態だ。わかっているのであれば――」

《承知している。叱責は後ほど受けよう。ハード側に強いサイバーセキュリティの人員を、そうだな、2名ほど借りたい》

「いいでしょう。すみやかに失地の回復を。……こちらは、より物理的な方法をとります」

 

 嫌味を他人にぶつけることで常の自分を取り戻したらしい。スネイルが眼鏡を押さえて息を吐いた。

 通信を終えて顔を上げ、即座に次の指示を出す。

 

「総員傾聴。これより輸送艦への充填作業を開始する。ローディングアームを手動接続し、アーム側のポンプのみでコーラルを汲み出すのです。技術的には可能でしょう」

「は、はい。……プラント側の弁を破壊する必要はありますが、可能かと……。しかし、冷却が停止されたことによるタンク内部の温度変化が不確定です。流量制御も不十分になるでしょう。危険は否めません」

「極度の低温管理はあくまで増殖をコントロールするためです。引火点(-40℃)を超えるまでに作業を終えることは可能だ。事故の可能性は念頭に置き、人的被害を最小限にするよう務めなさい」

 

 息を詰めた技術責任者が、青ざめた顔で命令を受け取った。

 ずいぶんと無茶を言う。人手が足りないからこその指示ではあるのだろうが、コーラルの事故とはイコール爆発だ。おまけに、タンク部分は電離圏内、つまり宇宙空間上にある。死人を出すなというのは明らかな無理難題だった。

 オキーフが何か言うだろうかと思ったが、通信は沈黙していた。()()()()()()()らしい。

 

 代わりに、AIが(あざけ)るように反応した。

 

 

〈 ……愚かなことです。今に至っても状況を理解せず、なお、目先の利益を追求しようとは……。これが、人の欲の罪深さというものでしょうか 〉

 

 

 スネイルは青筋を立てながらも、その声には一切反応しなかった。

 立て続けに指示を飛ばす。

 

「敵の主戦力は無人機である可能性が高い。対処は容易だ。ただし機体情報の収集と共有を怠らぬよう。第7部隊、G3臨時部隊、充填班の援護を。その他の部隊は即応態勢にて待機。順次配置します」

 

 

〈 非常に残念に思います、V.Ⅱ スネイル。貴方がたのような優秀な人類は、きたる新時代に必要であるのですが……やむを得ません。銃火を以て、その愚かしさを貴方がたに知らしめましょう 〉

 

 

「目標は10時間以内のバスキュラープラント離脱。観測班は星域脱出ルートを算定、惑星封鎖機構艦隊の動向を特に注視せよ」

 

 明確な指針が建てられたことで混乱は最小限に収まった。

 司令部が活気のある忙しさを取り戻す。

 規律立ったざわめきを見渡し、すっかり凶相になっているスネイルに声をかけた。

 

「お前が口でやりあわないのは意外だったな」

「……あれの背後にいるのが何者であろうが、すべきことに変わりはありません。時間が惜しい」

 

 苦々しく吐き捨て、スネイルは探るように目をすがめた。

 

「しかしこの状況、PCAだと思うには難がある……。フロイト。貴方の勘、背後は()()だと言っていますか」

「本人が名乗っていただろう。裏も同盟もない、多分そのままだ」

 

 スネイルが大きく目を見張った。

 言葉もない、といった様子だ。こちらの正気を疑うような顔をしている。

 

「……AI(オールマインド)が、この絵を描いたとでも?」

「コーラルの冷却と分割管理をやめれば、コントロールできないほどの増殖が始まる。コーラルリリースとやらはそこから起きるんだろうが、それが()()()人間の組織なんているか?」

「………」

「アーキバスのAIも妙な動きをしていたはずだ。お前にも心当たりがあるだろう、スネイル」

 

 眉間に深い皺を刻んだスネイルは、一周回ってすっかり冷静さを取り戻したらしい。

 短い沈黙ののち、忌々しげに唸った。

 

「……増産した無人機のパイロットプログラムに、バックドアとおぼしき不審な点が。上層部の差し金だとばかり思っていましたが、まさか外部のAIに入りこまれているとは……」

「対策はしてあるんだろう?」

「当然です」

「上々だな。なら、状況は向こうの戦力規模次第か」

「こちらがコントロールを奪還しようとする動きに、敵も当然妨害を試みる……ルビコンにおける資材の動きに目立った増加はなかったはずです。ならば、極端な規模にはならないはずだ」

「どの程度の準備期間があったのかによる。あとはリミットの問題だ」

 

 言わんとしていることを察したスネイルが、不快げに眉間の皺を深める。

 技術員へ目を向けた。端末を手に、蒼白な顔で前のめりになってモニタに表示されている数値を読み解いていた男が、はっと姿勢を正す。

 

「そこの情報と今生きている観測数値から、バスキュラープラントの収容限界までの残り時間を割り出せ。場合によっては、輸送艦の準備よりそちらの方が早いかもな」

「……フロイト、貴方の権限は――」

「どちらにしても必要な情報だろう。そこが限度だ」

 

 収容限界を超えてコーラルが溢れ出せば、もはや焼き払うことさえ容易ではなくなる。誰の目にもわかりやすい大惨事(カタストロフィ)だ。

 それ以上は付き合わない、という無言の最後通告を、スネイルが険しい顔で受け止めた。

 深く横たわる亀裂へ、沈黙が蓄積していく。

 

 不意に、甲高い警告音が鳴り響いた。

 オペレーターが惑乱を抑え込むように声を上げた。

 

「中央氷原南沿岸部に、巨大な熱源反応――異様な出力です!」

「地上にも攻撃手段を用意していたか……! 防壁の展開を維持せよ、迎撃ミサイルシステム確認急げ!」

「了解。迎撃ミサイル問題ありません。……しかし、目標が……」

「……これは……戦艦か……?」

 

 監視衛星からの情報が、ようやくその姿を捉える。

 

 ――都市が、()()()()()

 

 スケール感を見誤るような光景だった。縮尺の数値を思わず確かめるほどに。

 位置的に、中央氷原をECMの影響下においていた洋上都市か。それを丸ごと飛ばしているらしい。

 さすがに唖然とした。想定外にもほどがある。

 

「……すごいな、あれ。情報部は把握していたのか?」

「であれば当然押さえていましたよ、忌々しい……!」

 

 スネイルが呻く。かろうじて感情を押し殺した声で分析の指示を飛ばし、司令部が焦りと苛立ちを隠しきれなくなりながら奔走する。

 惑星封鎖機構だかオーバーシアーだか知らないが、まさかあんな機能を隠していたとは思わなかった。前回はなぜ使われなかったのだろう。

 浮力の助けがある海洋船ならまだしも、これは飛行体だ。一体どれだけの強度を持たせて、どれだけのエネルギーを使って実現しているのか、技研の頭のおかしさをまざまざと思い知らされる。

 もしも「アイビスの火」に時間的余裕があれば、これで組織中枢を脱出させることもできたのだろう。残念ながら、すべては仮定に終わった話だ。そうして廃墟となって永い眠りにつき、今、ルビコンを焼くためにその巨躯が使われている。

 

 慌ただしさが一気に増した中、中央モニタを占拠するオールマインドのエンブレムが、数度明滅した。

 

 

〈 当該脅威について、オールマインドより情報を提供しましょう。

 “ザイレム”――全長20キロメートルにも及ぶ、恒星間都市入植船です。彼ら(オーバーシアー)はこれを、質量兵器として利用すると見られます。

 戦艦ではないため、武装は限定的です。本来であれば展開されるはずの外壁も存在しておらず、内部に入り込むことは容易。通常兵器による構造の破壊が可能です。

 しかし、初速を得てラムジェットエンジンに切り替われば、超音速飛行に入り、迎撃は困難となるでしょう。

 然るべき早急な対処を 〉

 

 

 思わず、スネイルと顔を見合わせた。

 

「すごい神経だな。この状況でこちらに対応を要求してきたぞ」

「AIに神経などというものはないでしょうが、ええ、実に不愉快だ。……応じざるを得ないからこそ尚更に」

「オーバーシアーが相手だ、ザイレムは俺が行こう。ただ、バスキュラープラントの状況は把握しておきたい。通信はできるだけ繋げておく」

「……貴方の口から、よもやそんな発言があろうとは……」

 

 破壊のための工兵部隊に加え、第1部隊のMT小隊を2つ連れて行くことになった。

 予想だにしなかった事態が立て続けに起きた状況下だ。オールマインドの持ち込んだ無人機との小競り合いはすでに始まっている。

 応戦しているのは熱圏での作戦に参加していなかった部隊――主に、G3の寄せ集め部隊と第7部隊――とはいえ、休みもなしにこの状況だ。予想通りにいくかどうか。

 

 司令部を後にし、ロックスミスに乗り込んで状況を確かめた。既に混戦状態にあるものの、敵勢は今のところ予想の範囲内だ。スネイルの言うとおり、十分に対処可能だろう。

 ただ、相手はAIが率いる無人機の軍団だ。敵勢の規模を予測するのは難しい。いつまでたっても同じ数の敵機が送り込まれてくるとしたら、先に崩れるのは人間の方だ。

 忙しなく出撃準備が整えられていく中、司令部のオペレーターが困惑気味に告げた。

 

《新たな侵入者を検知。RaDより声明が届いています。ただ……》

《次から次へと……報告は明確にしなさい。何か不審点でも?》

《……いえ、なぜか、V.Ⅰ個人に宛てられたもののようで……》

《……何だと?》

 

 スネイルが舌打ちに近い気配でうめいた。

 対象的に、楽しい気分になって指示を出す。

 

「面白いな。再生しろ」

 

 指揮官の顔色をうかがったのだろう。三秒を数えて、ロックスミスのモニタに映像が回った。

 

《「本日はお日柄も良く」。RaDのチャティ・スティックだ。これは、V.Ⅰフロイト個人に対する、ごく個人的な連絡となる。――まずはこちらを見てほしい》

 

 表示された姿に、目を瞬いた。

 見慣れたカラーリングの青と紺。中量級二脚のAC。

 それは、RaDで用意していた「ロックスミス」だった。

 RaDの秘蔵っ子が、聞き慣れた合成音声で淡々と続ける。

 

《“お前ではないお前”を用意した。ボスがアーキバスのMUM-T計画を面白がった結果だ。もっとも、俺は人間(Man)ではないが……お前を楽しませられるだけの準備はしてきたつもりだ。ぜひその目で確かめてもらいたい。

 じゃあな、“V.Ⅰ”。俺も、お前との語らいを、楽しみに待っている》

 

 「ふざけた真似を」とスネイルがうめくのを聞きながら、思わず天を仰いだ。

 なんて魅力的な誘い文句だ。

 率直に言ってとんでもなく心惹かれる。めちゃくちゃに興味がある。そそられる。

 だがしかし、状況はそれを許してくれそうにない。

 ザイレムを止めるのは最優先事項だ。他の人間に任せて失敗すれば、後がなくなる。ウォルターをできるだけ生かしておこうと思うなら尚更だ。

 頭を抱えたところへ、スネイルの喚き声が響いていた。

 

《――ト。聞いているのですか、フロイト! わかっているとは思いますが、あなたを遊ばせていられる猶予はありません。ザイレムへの対応が遅れた場合、もはや止める手段はなくなると――》

「わかっている。……わかってるんだが、くそ、勿体ない……!」

《そんなことをほざいている場合ですか! ――V.Ⅳ、第4部隊、至急侵入者(RaD)への対応を! 可及的速やかに処分しなさい!》

「待て。それはひどいぞ、もうちょっと待て」

《ひどいのは貴方の頭です、状況くらいわきまえてはどうか!》

 

 スネイルが限度を超えたように声を荒らげる。

 だがしかし、二度とはない機会なのだ。わざわざ遊びに来てくれた友人を無視するなんてできやしない。そんな建前はさておいても、絶対に面白い。あまりにも惜しい。

 何か、手はないだろうか。

 がなるスネイルに生返事をして手癖のように司令部との通信を切り、唸りながら腕を組んだとき、通信が入った。

 

《――ザイレム(そっち)には、私が行くわ、フロイト》

 

 耳に馴染んだ声だった。

 清澄で、その撃ち筋によく似た、しなやかに通る声。

 

「レイヴン?」

 

 反射で(しか)めっ面になった顔を上げる。

 ACからの通信だった。レイヴンの「ノーデンス」。修理こそしていたが、今はアーキバスの鹵獲機だ。おいそれと捕虜が動かせるようなものではない。

 近づけるな乗せるなとあれだけ言って回ったというのに誰が――と、考えた次には、答えがわかった。

 

「……くそ。オキーフか」

 

 そちらへ釘を刺すのを忘れていた。

 戦力に数えられなくなったホーキンスと第5部隊の穴埋めを、あの男は、どうやら病み上がりにさせる気らしい。

 レイヴンが笑った。いつもと同じ笑い方で。

 

《あたり。V.Ⅲから伝言よ、「この方が人質に取られにくい」ですって》

「……お前が本調子ならな」

《かなり頑張ってたの知ってるでしょう。ボロ雑巾から大分持ち直したのよ? 信用して》

「前もそう言ってしくじっただろうが。……操作の方はまあいい、問題は体力だ。落ちきってミジンコぐらいのありさまだろ」

《……ミジンコはひどいわね。クラゲくらいにはなったと思うんだけど……》

「浮遊生物を脱してから言え。というか、やる前に言え。この状態だと止めようがない」

 

 大方わざとだろう。止められないために「今」だったのだ。

 レイヴンは肩をすくめるように笑い、ふと、声を低めた。

 

《文句ならこっちにだって。……よくも出し抜こうとしてくれたわね? 悪いけど、大事にしまわれている趣味はないの。あとできっちり落とし前をつけさせてもらうから。本調子かどうかはそこで見せてあげる》

 

 思い切り意表をつかれ、目を丸くした。その次にはたまらず吹き出した。

 不機嫌がどこかに吹き飛んでしまう。まさか、ここで挑発してくるとは思わなかった。

 これだからたまらない。

 なんだか文句を言うのもばかばかしくなって、肩を震わせて笑った。

 

「……お前、本っ当に……! 俺を喜ばすのも怒らせるのも、一番うまいな!」

《ありがとう。任せてくれる?》

「ああくそ、惚れた弱みにも程がある。覚えていろ。あとで絶対、たっぷり楽しませてもらうからな」

《おおせのままに。まずはお互い、怪我なく乗り切りましょう》

 

 いつにないほど想定外と不確定まみれの戦場に向かおうというのに、この発言だ。

 ()()()()レイヴンだ。よく知っているとおりの女だ。神経が図太いからではなく、気を張っているときこそ大口を叩く。なんでもないかのような言い方をする。

 なんだかやっと、帰ってきたような気がした。

 

「状況はオキーフから聞いているな? アーキバスの工兵部隊と、第1部隊の小隊をそのままつける。ブリーフィングはそちらで受けてくれ」

《了解。……》

 

 そのまますぐに切れるかと思っていた通信が、一呼吸置いてもまだ繋がっていた。

 不思議に思って表示に目を戻す。

 声をかけようか考えたとき、迷うようだったレイヴンが、思い切ったように口を開いた。

 

《……ごめん、やっぱり、言わせて》

「何だ?」

《……あんなに怒っていたのに、もう諦めろと言っていたのに……私は、貴方との約束を守れなかったのに。……それなのに貴方は、ここまで可能性を繋いでくれた。ともに戦うことを許してくれた。……どうやって返せばいいのかわからないくらい、感謝してる。ありがとう》

 

 ひたむきな声だった。前でさえあまり聞くことのなかった声音だ。

 駆け引きではない“真情”というやつなのだろう。

 律儀だな、と少し笑った。らしいかと言われればらしくはないが、悪くはない。

 

「そろそろ惚れたか?」

《ふふ》

「まあ実際、半分は意趣返し(いやがらせ)だった。ざまあみろをやりたくなかったとは言わない」

《知ってる。……でも、それでいいの。惚れ直したわ》

 

 とっさに、言葉に詰まってしまった。

 あまりに予想外だったせいだ。

 僅かな沈黙で不本意さが伝わったのだろう。レイヴンが戸惑いを見せる。

 

《えっ、と……ごめんなさい、少し、調子に乗ってしまったかも。……不快にさせた?》

「そうじゃない。今言うな。今じゃないだろう、それは」

《……今聞いたの貴方じゃない……そういうもの?》

「そうだ。映画ならエンディング間際だろ。あとでもう一回ちゃんと言え」

《何だか理不尽な気もするけど……まあ、わかった。あとでね》

 

 めったに飴を与えられなければこうもなる。まごついてしまったきまり悪さもあり、必要以上に不機嫌な声になってしまった。

 とはいえ、生き延びさせる約束にはなった気がする。レイヴンに友軍識別タグを与え、作戦回線に繋いだ。

 多分ものすごい顔をしているであろうスネイルの怒声は無視し、部下に指示を投げた。

 

「見ての通りだ。ザイレムはレイヴンに任せた。サポートを頼む」

《フロイト! 何を勝手な――!》

《……、……了解。自分がそちらへ行きますか?》

 

 副官が盛大に言葉を飲んで応じる。どこの世界に捕虜を作戦のキーマンにする隊長がいるのだ、とか、言っておいたのに後で絶対面倒なことになるだとか、大体そんなところだろう。

 スネイルがますます激昂するので、音量を絞った。

 

「いや、()()()は必要ない。お前はバスキュラープラントの対応を継続しろ。こいつは俺の代打だ、そう扱え」

《……了解》

《第3小隊了解。……まさかここまで第2隊長閣下に同情する日が来るとは》

《第5小隊も了解っす! 隊長がそこまで言うんなら遠慮なく頼らせてもらいますけど、一応、無茶しないように見張っとくんで!》

「いい釘さしだ。聞こえたな、レイヴン」

《信用がない……。……了解、最善を尽くします。よろしく》

「作戦に変更はない。ブリーフィングに入れ」

 

 侵入者たるRaDの現在位置を確認しながら、ようやくスネイルの音量を戻した。

 

「というわけだ、スネイル。俺はこちらに残る」

《……(くび)り殺してやりたいと、思ったのは、久々です》

 

 地の底を這うような声は今日だけで何回目か。

 怒り心頭といったところだろうが、一通り無視されて周囲の目をはばかったのか、怒鳴り声ではなくなっていた。

 通信を繋いでおくと言ったそばから切ったのだ。怒るのはわかる。

 しかしながら、大分状況が変わってしまった。レイヴンがいるなら会話のたび切るのもな、と首を捻って考えたが、そういえばいちいち切らなくても、回線の音声入力をオフにしておけばいいだけだ。どちらにしてもスネイルは怒るだろうが。

 

《始末書では済まされないレベルの規則違反ですが、取沙汰している猶予はありません。当座は追認します。……それにしても、ようやく首輪を掴んだ猟犬を、よりにもよって飼い主のもとに送り込むとは……。正気ですか、フロイト》

「制圧にせよ交渉にせよ、あいつが一番適任だ。うまくやるだろう」

《再び寝返らない保証があるとでも? 楽観視にも程があります。浮かれて判断を誤ったとしか思えませんが……まあ、いいでしょう》

「お前にあいつを使われるのは業腹だからな。まあ、()()()()()()だろ。お互いに」

 

 人質に使うつもりだろうとは、大多数の人間が察していたことだ。強硬手段も用意していたことは間違いない。

 スネイルは眉を顰めたようだったが、それには触れずに応じた。

 

《敵無人機についてですが、妨害電波による無力化は成功しませんでした。どうやら、ある程度自立したプログラムで動いているようだ。……総数が未知数だというのも懸念事項です。遊びは程々にして、早急にそちらの片付けへ着手を。いいですね》

「そうだな。了解した」

《それから、もう一点。バスキュラープラントの収容限界見込みが出ました。仮に一切の充填作業を行わなかったとしても、12時間の猶予があります。BOP(防墳装置)の手動操作に成功すれば、さらに時間を稼ぐことが可能でしょう》

「それは何よりだな。あとは、事故が起きないことを願うか」

 

 さしあたり離反する理由がなくなったことをお互いに確認し、会話を終えて、それぞれの仕事に入る。

 

 時間は止まることなく、刻一刻と過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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