真人間には向かないプラン   作:ikos

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強制監査妨害

 

 

《V.Ⅰフロイト、アーシルだ。……不審な連絡になってしまうが、記憶してくれているだろうか》

 

 暗号通信での連絡だった。

 一瞬誰だったかと考えたが、最近話した組織外の男となれば相手は限られる。ルビコン解放戦線だ。

 

「……ああ、思い出した。連絡をくれて助かる。情報提供か?」

《BAWS第2工廠との連絡が途絶えている件で、レイヴンに調査を依頼したのだが――どうやら、別件で類似の依頼が入っていたらしい。競合する内容ではないとのことで、受諾はしてもらえたものの……このタイミングだ。……少し、不穏であるように感じる。予定では本日2200時に作戦を開始するそうだ。貴方の助力を願いたい》

「そこまで俺に言っても良かったのか?」

《ああ。レイヴンから承諾を得た。……『どうせ来ると思うから』だそうだ》

 

 声が、わずかばかりの笑みを含んでいた。

 

《少し呆れ気味だったが、自分から時間を教えてくれたよ。脈はありそうだ。ぜひ、うまくやってほしい》

「……お前、いい奴だな」

《ははっ。次に解放戦線を相手取るときは、少し手心を加えてくれると嬉しく思う》

「ああ、考えておく」

 

 本心から頷いて、今日のスケジュールを書き換えた。

 レイヴンが「来ていい」と言ってくれたのは朗報だ。待ち合わせ(ではない)に遅れないよう、きっちり仕事を片付ける必要があった。

 

 

 

 

          - / - -

 

 

 

 

 BAWS第2工廠は、奇妙に静まり返っていた。

 通信を入れるとレイヴンが現在地を送ってくれた。少し浮かれ気分で合流する。いつもどおりの、清澄な声が聞こえた。

 

《早かったわね。最初から来るとは思わなかった》

「せっかくのお誘いだ、遅刻するほど野暮じゃない。適当に手伝うさ。手出しするなと言うなら、それでもいいが」

《……相手がPCA(惑星封鎖機構)みたいなんだけど、立場的に問題はないの?》

「偶然巻き込まれただけだからな」

《なるほど、偶然、ね》

 

 レイヴンが含みのある言い方で応じる。スネイルは大騒ぎするだろうが、少しばかり対立が早まるだけのことだ。

 ウォルターから何らかの指示があったようで、レイヴンが少し沈黙を挟んだ。

 

《……状況を共有しておくわ。依頼主は独立傭兵ケイト・マークソン。内容は、PCAによるBAWS第2工廠強制監査の妨害。……まあ、言ってしまえば実力排除ね》

「ただの監査にか? かえって刺激するように思うが」

《見られたらまずいものでも隠しているか、あるいは――》

「そもそも監査とは名ばかりの武力制圧を想定しているか、だな」

《そうね》

「ウォルター、お前はどう見る? ……というかまどろっこしいな。こっちにも回線を繋いでくれ」

 

 しばらくして、機体に通信が入った。

 図々しい、と言いたげな、苦り切った様子だった。チャンネルを提示されたのでそちらへ繋ぐ。

 

《……まず前提だが、こちらは助力を必要としているわけではない。……ただ……この依頼には、奇妙な点が多いことも事実だ》

「この内容で、依頼主が独立傭兵というのがな。身元は割れているのか?」

《いや。実績はなく、アリーナにも登録がない》

「ますます怪しい話だ。そいつは高みの見物か?」

《……別ルートで侵攻するとは言っている》

「そうか。どんなACで来るのか、楽しみだ」

 

 使っているパーツや武装と戦い方で、大体の身元や性格はわかるものだ。

 こんなに怪しい相手がどんな機体構成をしているのかと思うと、さすがにワクワクする。もちろん、その後に待っているレイヴンとの戦闘ほどではないが。

 ウォルターが呆れ声で応じた。

 

《……遊びは仕事の後にするものだ、V.Ⅰ》

「わかっているさ、なあレイヴン」

《私にとっては全部仕事だけどね》

「本当ブレずにつれないな!」

 

 のんびりしているうちに時間が来た。

 レイヴンが依頼主からの通信を回してくる。慌てふためく惑星封鎖機構の機体へライフルの弾を撃ち込みながら、それを聞いた。

 もの柔らかな女の声だった。

 

《独立傭兵レイヴン、ご協力に感謝します。ただ……招かれざる客人を、お連れのようですが?》

《気にしなくていいわ。ただの野次馬だから》

 

 ひどい言われようだなと思ったが、とりあえず黙っておいた。聞かれていることを感づかせないほうがいいだろう。

 それにしても、どこかで聞いた覚えのある声だ。前回どこかで縁でもあっただろうか。あまり他人のことを覚えている方ではないので、自分でも少しめずらしく感じる。

 

 背後へ回り込んできたSGの歩哨MTを蹴飛ばして、アサルトライフルで片付ける。

 その間に横合いへ回った敵機にレーザーダガーを突き込んだ。

 

 惑星封鎖機構と戦うのは久々だったが、あいかわらず、シミュレート通りの戦い方といった印象だ。洗練されてはいるし、LCなら機体性能は高いが、意外性がなくて面白みはない。

 だんだん飽きてきて、レイヴンのサポートに回ることにした。

 とはいっても、単機で問題はなさそうだ。のんびり眺めていられた。

 レイヴンがちらりとこちらを伺ったのがわかる。まったく、と言いたげな気配がした。

 しっかり働けというならやぶさかではないが、あまり手を貸しすぎるのも経験を積む上で良くないだろう。

 

 めずらしく天気が良く、上空には丸い衛星が浮かんでいた。

 白っぽい天体の周囲に(かさ)がある。ハロ現象が出ているということは、天候はこれから崩れそうだ。

 

 ふと、ウォルターが重々しく零した。

 

《これは……監査にしては戦力が過剰だ》

「なら、制圧が目的か?」

《それにしては部隊運用が散逸している。……不審な点が多い、油断はするな》

了解(コピー)

 

 レイヴンが短く答える。

 短い単語だが、彼女の声で聞くと妙に響きが良い。惜しむらくは自分に向かって言って貰う機会がほとんどないことか。

 

 高低差の大きなエリアを片付けると、これで工廠内部の部隊はすべてだったようだ。レーダーにも反応がない。

 ケイト・マークソンとやらはまだ現れない。肩透かしだったかと考えたとき、レイヴンに通信が入った。

 

《お疲れさまです、レイヴン。こちらも片付きましたが……ひとつ報告が。封鎖機構に想定外の動きがあります。ひとまず合流しましょう》

《……聞いたとおりだ。マーカー情報を更新する》

 

 ウォルターの声は、いつになく苦り切っていた。いや、自分に向けられる声も大体わりと苦々しいのだが、少し性質が違う気がする。

 その差を考えているうちに、マーカー地点に着いた。

 接近する機体反応を確認し、カメラを向ける。

 

 へえ、と口の中で呟いた。

 どうやらちゃんとお出ましのようだ。

 

 識別名は独立傭兵ケイト・マークソン、AC「トランスクライバー」。

 

 変わった風体の機体だったが、見覚えはある。オールマインド系列のパーツばかりだ。購入資格がある傭兵は限られていて、前回はレイヴン経由で横流ししてもらったのだった。

 

《独立傭兵レイヴン、V.Ⅰフロイト。……壁越えの傭兵と親睦を深めたいところですが……その時間はないようです》

 

 淑女めいた声で言い、ACが一方を見上げる。

 増援が来たようだった。数は3。大型がひとつ、エクドロモイが2機。後れを取るようなものでもないだろう。

 

《コード23、現着。被害状況は31Cです》

《監査部隊は全滅か……やってくれたな》

《被害は甚大だ、システムより承認が下りた。強制排除を執行する》

 

 スネイルが頭を抱えそうだな、と考えた。まさか初っ端から特務部隊にぶつかるとは思わなかった。IFFを切ったところで、相手は十分なデータを持っているだろう。

 依頼主が歌うように告げた。

 

《……近く、制圧艦隊がルビコンに来るでしょう。これはその先遣部隊……》

「わざわざACメーカーの強制監査にか? よくわからない話だな」

《フロイト》

 

 レイヴンが咎めるような声を出す。思わず口を挟んでしまったが、そういえば、聞こえていないふりをしているつもりなのだった。

 まあ、久々に名前を呼んでもらえたので、悪くはない。結果的には良しだ。

 

《……いずれにせよ、逃げられる相手ではない。排除しろ、621》

《了解》

「カタフラクトとエクドロモイか。レイヴン、俺はどうする? 見物していろと言うならそうするが」

《……そうね。見物していて》

 

 レイヴンの返答に笑う。おそらくは、「助力を求めているわけではない」という飼い主の言葉を証明するつもりだろう。

 依頼主が困惑の声を上げた。

 

《待ってください、本気ですか? 相手は惑星封鎖機構の――》

「まずそうなら手を出すさ。お前は好きにするといい」

 

 そう言って距離を取った。敵方も認識しているだろうが、こちらを攻撃してくる余裕があるかどうか。あったとしても適当に相手をするだけだ。

 惑星封鎖機構の通信が聞こえる。広域回線を使っているわけではない。周波数の突き止めと暗号の解読が既に終わっていることを、惑星封鎖機構側が知らないが故だ。

 

《3機中2機、素性が割れました。1機はIFFの応答がありませんが、機影から一致する情報を検出。企業所属、V.Ⅰフロイトです》

《……なんだと? アーキバスが他社の護衛をしているというのか?》

《続く1機、独立傭兵です。……信じがたいことですが……識別名、“レイヴン”……》

《あのレイヴンなら死んだはずだ。……企業と死人、残る1機は?》

《情報がありません。未登録傭兵かと》

《とんだ計算外だな……。だが、我々はシステムに従って処理するまでだ》

 

 やはり早いうちから、「レイヴン」の存在は注視されていたようだ。

 惑星封鎖機構が警戒する傭兵は別人だという話だったが、本来の「レイヴン」とは前回でも交戦できずじまいだった。3機がかりでレイヴンに返り討ちにされたという話なので、まあそれほど面白い相手でもないのだろうが、今度は一回くらい戦ってみたいものだ。

 

 考えている間にも戦況は展開していく。

 レイヴンはまず大物から片付けるつもりのようだ。こちらが特に口を挟む必要もなく、カタフラクトの特性を即座に見極めたウォルターの助言へ忠実に従って中心の機体操作MTへ攻撃を加えていく。

 カタフラクトはレーザー兵器の火力こそ高いが攻撃は大振りで、レイヴンは危なげなく相手をしていた。さすがにエクドロモイ2機の集中攻撃を受ければ苦戦しただろうが、そちらは依頼主のトランスクライバーが引きつけている。

 少し興味を惹かれて、そのACへカメラを向けた。

 シールド持ちだ。それでいて妙に複雑そうな機構の、高威力な射撃武器を使っている。面白そうな武器だった。非常に使い勝手は悪そうだが、ちょっとアーキバスにもない設計思想のEN兵器だ。

 動きも均一で冷静、悪くはない。ただ――人間ではないな、と感じた。

 アーキバスの無人ACほどではないが、実に均一で無機質だ。用意されたプログラム通りの動きで十分に戦力になっているのは、ひとえに、機体性能の高さがゆえだろう。ケイト・マークソンの代替か――もしくは、ケイト・マークソンがAIなのか。どちらであっても、戦って楽しめそうな相手ではなかった。残念なことに。

 

 早々に見切りをつけてレイヴンにカメラを戻すと、カタフラクトにパルスブレードを叩き込むところだった。

 かなり順調に進めたようで、撃墜までもう少しといった様子だ。ただ、肩武器のミサイルでは、ここぞというときの有効打が足りない。もどかしげに機体へ張り付き、ごく至近距離から直線距離でミサイルを叩き込んでいた。面白い動きだ。

 次はキャノンをいくつか送りつけるかな、と考えているうちに、決着がついた。

 

《強すぎる……システムに……照……会……》

 

 最後の言葉に、なんだか自慢めいた気分が起きてしまった。

 そうだろうすごいだろう、という、共感を求めてしまうような感情だ。

 間を置かずにレイヴンが転回し、僚機が交戦するエクドロモイへとリニアライフルのチャージ弾を叩き込む。その機を逃さず、トランスクライバーが重そうなEN兵器を撃ち放った。

 

《引きつけ、ありがとう。助かったわ》

《……いえ。残るは1機です、レイヴン》

《損傷がひどいわね。下がっていてもいいけど……まあ、任せる》

《いえ、問題はありません》

 

 少しばかり疎外感を覚えた。だが、今さら参加しても良いところをかっさらっていくだけになってしまう。

 どうにももやつく感情を持て余しながら、残るエクドロモイが撃破されるのを見守った。

 

《特務機体の全機撃破を確認した。……よくやった、621》

 

 ウォルターの固い声音には、少しばかりの安堵が感じられた。

 さすがに、この時期から特務機体とやり合うことになるとは思っていなかったのだろう。実際、前回執行部隊が投入されたのは、企業が調査拠点を中央氷原へと移してからのことだった。

 火器を収めたトランスクライバーが、レイヴンへと向き直る。

 

《お疲れ様でした、レイヴン。貴方と共に戦えて良かった》

 

 妙に嬉しげな声音だったが、感情は感じられない。

 はたと、その正体に思い当たった。

 

「ああ。お前、オールマインドか」

 

 5秒、応答が途絶えた。

 レイヴンもウォルターも同じく絶句している。

 もの柔らかな合成音声が、怪訝そうな音色で言った。

 

《……確かに当方とオールマインドとは関係性が深くありますが、どういう意味です?》

「呼気の入れ方が単調だ。生物特有のブレがない。ごまかすつもりなら、もう少し強弱とバリエーションを増やしたほうがいいと思うぞ」

《……なるほど。違和感があったけど、それだったのね……》

《独立傭兵レイヴン、貴方まで何を――》

 

 声の抑揚まで平坦になっている。人間なら逆に強くなるところだ。

 図星だと言っているようなものだった。

 

「設定を押し通したいならまあいいが……いや、そうだな。この話を大っぴらに言い回られたくなかったら、オールマインド製品の購入権限をくれ。集めたい」

《言われている意味を理解しかねます。私はただの独立傭兵で――》

《ねえ、それ脅迫って言わない?》

「口止めしておいたほうが安心だろう? ……いや、これは人間の話か。AIだとどうなんだ?」

《ですから私は――》

《AI相手の取引か……。私も興味があるわ。実際、どうなの?》

《……お二人共、会話相手の言い分は最後まで聞くべきでは?》

 

 AIに礼儀を説かれた。なんだか面白いことになっている。

 オールマインドもといケイト・マークソンが、ため息を出力した。

 

《V.Ⅰフロイト、貴方の要望はオールマインドへお伝えします。それ以上はご期待なく》

「それはまあいいんだが、あれだ。質問に答えてもらえると楽しい」

《同じく。AIにも個性ってあるの? まあ黙秘でも別に良いんだけど》

《……ですから当方は傭兵支援システムと同一存在ではなく、あくまで別個の存在であり、その質問に答えることができません》

「会話プログラムが退化したぞ。頑張れ」

《ひどい煽りを見たわね……可哀想になってきたわ》

「人間ぶるのが悪いんだろう。あくまでAIとして振る舞うなら相応に優しくしてやった」

《本当に? どっちにしろおちょくってたりしない?》

「実際やってみないとわからないな。やってみるか、オールマインド」

《ですから当方はオールマインドと同一存在ではないと再三申し上げています》

《……AIの動揺ってこんな感じに出力されるのね。興味深いわ》

 

 自覚はないのだろうが、自分以上に酷薄なことを言っている。

 皮肉ではなく、言葉通りに興味深そうにしているレイヴンに笑った。前回の彼女がオールマインドと接触する機会は、ほとんど敵としてのそれだっただろうが、意外とやりとりが面白い。

 

「それにしても、傭兵支援システムがPCAと事を構える理由がわからんな……。まあ、BAWSを潰されるのは俺も困る。文句があるわけじゃないんだが」

《こちらの依頼は完遂していただきました。感謝します、レイヴン。――それでは、またいずれ》

 

 否定を諦めたのか、ケイト・マークソンは取り繕ったような定型文を残して去って行った。

 ただ、中身がオールマインドである以上、機体が離脱したところで()()の不在は確認できない。ネットワークに繋がっている部分は把握している可能性がある。

 少し考えて、違和感の原因を片付けておくことにした。

 

「レイヴン、ウォルター。俺は第2工廠の様子を確認しに行く。そっちはどうする?」

《……何が目的だ?》

「工廠内部の様子だが、どうも静かすぎた。BAWSの哨兵がまったく見当たらないなんて、おかしな話だと思わないか」

《……確かに、機影どころか残骸一つ見当たらなかった。奇妙な話だ……。ケイト・マークソンとやらにすべて任せて、引きこもっていたとでもいうのか? 実績のない、怪しい傭兵の忠告に従って……?》

「隠れてるだけならいいんだがな。状況は把握しておきたい」

《……621。同行しろ》

《了解》

 

 手分けをして工廠内を調べたが、やはり、残骸の一つさえ見当たらなかった。それだけではない。社員の一人すら姿がない。

 戦闘の痕跡も僅かなものだ。制圧された施設と言うには、あまりに綺麗すぎた。施設の警備室をウォルターが調べたが、データは大半が消されていた。今夜のものだけではなく、少なくとも10日以上の記録がない。何者かの意図があることは明らかだった。

 ウォルターが唸るように言う。

 

《おそらくこの工廠は、PCAが来るよりもかなり前に制圧されていたはずだ。そして、ケイト・マークソン……オールマインドは、それを把握していた。手を下したのも、おそらくは奴らだ。……その上で俺たちに依頼をしてきたか……PCAの強制監査は、偶然か……?》

 

 考えに沈むような声だった。コツコツとコンソールを指で叩く音がする。

 

《BAWSはルビコンの最大兵器生産元だ。企業も解放戦線も、そして独立傭兵も、戦力の大半を依存している。PCAがその供給を抑制したいと考えたのであれば、それは理解できる話だ。……だが、オールマインドの方は……》

「確かに、微妙だな。動機がない」

 

 そして、最奥の施設へたどり着き、その理由の一端を知ることとなった。

 

《これは……!》

 

 ウォルターがうろたえた声を上げる。

 施設内には円形のプールがいくつも並び、そこから幻想的な赤い色が立ち上っていた。

 なるほど、と胸中に零す。大体のところが見えてきた。

 

《……微量だがコーラルが混じっている。地中支脈からの湧出現象……BAWSが「井戸」を隠していたということか》

「そうだな。オールマインド側の動機になるとしたら、これくらいか」

《いや……だが、やはり不自然だ……》

 

 何かを考え込むウォルターに、レイヴンは沈黙を守っていた。基本的に判断を任せているのだろう。どうにも物足りない気分になって水を向ける。

 

「お前は何か気にならないか、レイヴン」

《……ウォルターの言うとおり、オールマインドの考えがわからないわ。「井戸」を抑える必要性もそうだけど、秘密裏に占拠なんて、そう長く続けられるものではないでしょう? 隠すことに意味がある?》

「確かにな。解放戦線が異変に気付いて様子を探ろうとしていたくらいだ、BAWS本社でも把握はしているだろう。動いていないのか、動いたが失敗したのかはわからないが」

《BAWSとオールマインドが手を組んでいる可能性は?》

「だったら、一番被害が少ないんだがな。望み薄だ」

 

 まずオールマインドがBAWSを説得できる筋道が思い浮かばない。そして何より、オールマインドはその必要性を感じないだろう。

 

「……逆に考えてみるか。この異変を把握していなかったのは?」

《販売ルートとは切り離された施設だ。アーキバスやベイラムのほか、他社は把握していなかった可能性が高い。……むしろ、解放戦線が把握していたことが不自然だ。その他は――そうか。PCAか……!》

 

 ウォルターは得心が行ったと言わんばかりだったが、少し思考が追いつかなかった。

 レイヴンも同じだったようで、カメラがこちらを向く。

 

《異変を察知すれば強制監査の実施は見送られた可能性がある。オールマインドは、強制監査を行わせることを目的に情報を秘匿していた。こう考えると筋が通る。おそらくは、占拠後に強制監査の情報を得たのだろう》

「わざわざ呼びつけてから妨害したのか? 意味がわからないな」

《監査に来て人っ子一人いないとしたら、まず考えられるのは情報の漏洩だ。重大なインシデントとして、徹底的な調査が行われただろう》

「そうか――オールマインドは、()()()()()()()()()()()()()

《ああ。一度襲撃が行われていれば、二度目の襲撃時には放棄されていても不思議はない。今回の強硬対応で、PCAはこの工廠に対する脅威判定を上げたはずだ。近いうちにより多くの戦力が送り込まれる。そして、この井戸を封鎖するだろう》

「つまり目的は、自分の関与を隠したまま、BAWSから『井戸』を取り上げ()()()ことか」

《……ああ。ただの推測だが》

 

 頭のいい人間にはままあることだが、つい熱が入ってしまったらしい。

 トーンダウンしたウォルターに苦笑を堪えた。本来なら、こちらには聞かせたくなかった内容なのだろう。その理由は十分に理解できる。

 

「俺は見なかったことにする。そちらの良いように対処してくれていい」

《……企業はコーラルの存在を探しているはずだ。発見を報告しないつもりか?》

「今日のはV.Ⅰとしての仕事でもないしな。第一、お前たちが探しているのも、この程度のものではないんだろう?」

 

 ウォルターが沈黙した。困惑するような、推し量るような沈黙だった。

 話しておくなら、今だろう。

 

「正直、俺はコーラルに興味がない。目の前の仕事は片付けるが、それだけだ」

《……無責任な話だな、ヴェスパーの首席隊長ともあろうものが》

「無責任というなら企業(アーキバス)の方針そのものじゃないか? 十分な量のコーラルが残っているというなら、それこそ“アイビスの火”がもう一度起きないとも限らないだろう。よくそんなものに夢が持てるものだとは思わないか」

 

 歓心を買うための虚言ではなかった。そこまで器用な性格はしていない。

 前回「世界の敵」になったのは自分だったが、要はそれだけの――悪い意味での()()()をもつ物質だ。他人がそれを実行したらと思うとぞっとしない。実に勝手な話ではあるのだが。

 大して興味がなかったから深く調べはしなかったが、「アイビスの火」によって引き起こされた汚染がコーラルの性質によるものならば、おそらくはもっと、物理化学的な危険性もあるはずだ。

 だからこそ、前回のレイヴンはコーラルを焼くことを選んだ。おそらくは長期的な計画で、それを実現するためにあれだけの勢力を巻き込んだのだろう。

 

「まあ、ここだけの話ということにしておいてくれ。スネイルが聞けばうるさいからな」

《……意外ね。貴方でもお小言なんて気にするんだ》

 

 ずっと黙っていたレイヴンが、思わずといった様子で呟いた。

 

「気にしなくてもうるさいものはうるさいだろ」

《お気の毒に。苦労していそうだわ。確かに嫌味なひとではあったけど》

「あいつの本領はあんなものじゃないぞ? 根気強いというか執念深い。良くも悪くも……いや、悪いな。普通に」

 

 少し、ウォルターが笑うような気配があった。

 苦笑いに近くはあったが、初めて向けられる感情のように思えた。

 

 

 

 

 


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