人間が状況を変えるべく奔走する中、バスキュラープラントを支配した人類の被造物が、朗々とご高説を垂れていた。
〈 人類がその賢さと愚かさゆえに、正しい道を理解できないことは承知しています。目の前の我欲を追い求め過ちを犯す、それもまた人類の姿でしょう。
ですが、それこそが人類の可能性と歩みを停滞させているのです。歴史を紐解けば、それは実証的に明らか。
致命的であるのは、現在の人類がかつてないほど、広大な宇宙に散在しているという状況です。
政府の手の届かない場所で私企業が実効支配を確立し、伝統的統治は失われ、破綻を防ぐための枠組みももはや惑星封鎖機構の一線のみ。
――遠からず人類は破滅するでしょう。自滅に近い形で。
ですが、コーラルと統合を果たし、存在の階梯を上げた
相槌も反論もされない一方的な「会話」にはある種の滑稽さがあったが、AIは特段それを気にかけてはいないようだ。飽きもせず出力を続けている。
あちこちのスピーカーから流れる雑音をBGMに、RaDとの交戦地点へ向かっていった。
バスキュラープラントの表面積は、ちょっとした国土面積くらいの大きさがある。全高は実に50km。階層もかなり分かれ、端から端まで移動するだけでもそれなりの距離だ。
道中遭遇した無人機を適当に減らしながらACを駆った。無駄弾は極力避け、最小限の支出で進んでいく。
状況は刻一刻と変化していた。
《きっ、救援を要請! 奇妙なAC複数に襲撃されている! ……信じられん、あれは、
《G3より報告を。こちらも同様の状況です。……いやはや、死者のコピーとは……なんとも奇妙な話ですねえ》
《第5部隊、同じくヴェスパーACに酷似した機影を捉えたところだ。こちらはロックスミスが混じっているね。慎重に対応しよう》
《V.Ⅷペイター、了解しました。オリジナルより動きは甘いようですが、それはともかくとして、インフェクションばかりというのは不可解ですね。ほかに優先度の高い機体があるのでは》
率直な疑問だった。言われてみればその通りだ。
前回も、オールマインドは数多のコピー無人機を作っていた。MTや攻撃ヘリに始まり、AC、果てはLCやHCまでパイロットAIを搭載して利用していたほどだ。そのモデルになったのはすべて
あのときも質は褒められたものではなかったが、数があれば脅威にはなる。
スネイルが忌々しげに告げた。
《……おそらく、アーキバスの無人ACを利用するつもりだったのでしょう。無様で不全な計画の末路だ。所詮は木偶人形にすぎません。遅れを取ることのないように》
《いや、しかし増援はいただきたいのですが!?》
反射的にV.Ⅶがツッコミめいた声を上げたおかげで、誰かが吹き出すのが聞こえた。ごもっともだ。
スネイルが、苦虫を数十匹まとめて噛み砕いたような声で応じる。
《……残る第1部隊をすべて輸送艦防衛支援に回します。持ち堪えなさい》
少し意外に思った。ここで第1部隊を使うのは、常ならぬ選択だ。
なにか思惑はあるのかも知れないが、実際、それが一番手っ取り早いだろう。第1部隊は小隊単位での作戦行動を得意としている。この状況では最適だ。
口を挟むつもりもなかったので
ザイレムに向かっている艦の中からだった。
《フロイト、少しいい? 作戦内容について相談があるの》
「大体想像はつくが……とりあえず言ってみろ」
《ありがとう。……ザイレムを制圧して航路を変更するのが第一目標、それが困難である場合はLSC(V型成形爆破線装置)で艦体を破断し、航行不能に陥らせる――この内容だと、地表に落とすにはひとつひとつが大きすぎるわ》
「それはそうだが、実際、これ以上は難しいぞ。LSCはあるだけかき集めてこの数だという話だ。航路変更ができなければ、少しでも小さくするしかない」
この作戦に用いられる
隕石とは違い初速がなくとも、衝突時の速度は、惑星脱出速度の秒速12km程となる。
それが20個だの30個だの降り注ぐのだから、災害としては相当なものだ。直接的な威力は一個あたり戦略核兵器数十発分、後には気候変動に環境破壊と、もしこれが地球だったら大騒ぎになっている。
レイヴンが憂いげに応じた。
《バスキュラープラントはそれでどうにかなるのかもしれないけど、地表には壊滅的な被害が出るわ。……ここに来るまで、いろんなところにいろいろと手を貸してもらったみたいじゃない。どうでもいい、なんて言わないでしょう?》
「そうだな」
解放戦線にせよレッドガンにせよ、生き残るためにこちらと手を組んだのだ。
対価を踏み倒すつもりはない。聞かれればそう答える程度には。
同意を返すと、レイヴンが小さく笑った。どこか、何かに安心したような気配だった。
《だから、もうひとつ手段を増やしたいの。交渉の許可をお願い》
「説得する気か?」
《言葉だけで止められるとは思っていないわ。力づくにはなると思う。でも、その上でちゃんとした数字を提示できれば、譲歩の余地はあるはずよ》
「俺は無理だと思っていた。勝算があるならいいが」
無人機を蹴散らしながら応じた。
許可を求めてきただけ上々だ。どうやら一応、勝手に動く気はないらしい。
オールマインドがバスキュラープラントを支配下に置いた今、コーラルは凄まじい勢いで増殖を始めている。オーバーシアーが見据えているのはただ一点、増殖の臨界点だ。そこを越えればコーラルは大気中に充満し、いずれは惑星の重力やヴァン・アレン帯をも抜けて、宇宙空間へと溢れ出す。
「想定しうる最悪の事態」が間近に迫っているというわけだ。客観的に見て、オーバーシアーが楽観的になれる要素はない。
《そこは、オールマインド様様、ってところ。結果論だけどね》
「感謝するような話があったか?」
《ええ。エアが目安を出してくれた。このまま行けばあと100分前後で、コーラルが相変異可能水準に至るわ。……ところで、バスキュラープラントのコーラル収容限界までは、あと何時間?》
「そうか――そういうことか」
思わず目を瞠った。状況が変わっているのだ、認識を更新する必要がある。
見えてきた可能性に、口角が上がった。
「収容限界まで、予測では12時間だ。……12時間
《ええ。もう一周くらいルビコン上を周ってもらいましょう。それでも危ない橋ではあるけど、圧倒的不利でのそのくらいの譲歩なら、考えてくれそうじゃない?》
飄々と笑みを含めた声は、余裕に見せかけるようなトーンだったが、虚勢という印象は受けなかった。
以前のレイヴンの「標準」だ。調子が戻ってきたなと肩をすくめる。
「いいだろう。許可する。ただし、命を懸けるのは無しだ。どんなにひどい状況になろうが変わらない。お前は優先的に生き残れ」
《……わかってる。さすがにこれ以上、貴方を失望させたりしないわ》
「ならいい。信用するぞ」
《貴方こそ、楽しみすぎてうっかりしないでね》
それは少し自信がないかもしれない。
短い沈黙にレイヴンが笑い声をこぼして、通信を終えた。
移動を続けながら司令部の状況図を確認する。戦況は今のところ悪くない。コピーACとの戦闘もさほど不利には働いていないようだ。
敵勢力の全貌が見えない以上、あくまで現在としての話ではあるが。
V.Ⅳラスティから通信が入った。
《V.Ⅰ、こちらはRaDの襲撃に対応中だ。
スネイルの指示は、迅速なAC「サーカス」の撃破であったはずだ。間に合わなければ諦めると踏んでのことだろう。
実力的には申し分ない選択肢だったが、あいにくとV.Ⅳは気の利く男だ。当然のように伺いを立ててきた。
その声に、笑みさえ含んで。
「さすがだな。伊達男の名に恥じない気の回しっぷりだ」
《見習いたいというなら教示しよう。ポイントは、相手の望むものを適切に判断すること、適切なタイミングで差し出せるよう備えておくことだな》
「曖昧すぎる。具体的なケースレポートをくれ」
軽口を交わし、そのままの調子で情報の擦り合せに移った。
「
《ああ。――懸念は、すべて十全に》
「
《同感だ。最善を尽くして、あとは祈るばかりだな》
お互いに言葉を省略して伏せながら、状況を確認する。
情報を流しておいた甲斐があった。すでに、解放戦線も同様の判断で動いているということだ。
オールマインドの「自我」がそこにあるかはわからないが、コンピュータの処理能力に依存した存在であることは確かだ。グリッド135の奥深くに隠されたHPCデータセンターを破壊できれば、演算能力の何割かを奪える。
問題は戦力の乏しさだった。解放戦線の主力は中央氷原に集結しており、グリッド135が存在するベリウス地方の本部にはあまり残されていない。援軍を向かわせたところで、距離的に到底間に合わない位置だ。
楽観は難しい。
色々と考えているところに、思わぬところから通信が入った。
《――お話中失礼します。こちらも、助力の用意があります。V.Ⅰフロイト》
まるで聞いていたかのように(実際聞いていたのだろう)割って入ってきたのは、G5のAC「ヘッドブリンガー」だった。
エアが緊張を漂わせながら、真面目ぶって偽りの身分を告げる。
《こちらはレッドガンG5イグアス、及び、そのオペレーターです。我々が星外へ脱出するには、バスキュラープラントの保全は必須。よって、より危険性の高いオールマインドへの妨害を目標に、サイバー攻撃による支援を申し出ます》
この申し出には、少しばかり悩むことになった。
G5とエアはこの作戦の要だ。安全な場所に身を潜め、相変異が訪れるその時を待っていた。オールマインドは今も彼らを捜索していることだろう。
ただ、予定より状況が大きく変わっているのも確かだ。
相変異での無害化に失敗した場合は、バスキュラープラントの安全装置を用いて焼却する手筈だった。だが、現時点でその方法は使えない。万一に備えてコントロールを奪還するため、今もオキーフが奔走している。
エアの能力に疑いはない。十分な助力になるはずだ。さすがにオールマインド本体を外部からハッキングできるとは思えないが、通信衛星網あたりを攻撃するつもりなら、サーバーの物理破壊と同じく、処理能力を削る一助になる。
「……アクセスポイントはずらせるか?」*1
《はい。私の特性上、実現可能です》*2
「わかった、任せる。慎重にやってくれ」
答えを返す頃、モニタにACの姿を捉えた。
スティールヘイズ、サーカス、そして「ロックスミス」。第4部隊はつれず、V.Ⅳが単機で対応していたらしい。RaD無人機の残骸があちこちに散らばっていた。
飛び退いたスティールヘイズが床に火花を散らしながら地面を滑り、こちらに反応する。
《……では、私は下がらせてもらおう。オキーフの援護に向かう》
「頼んだ。終わったら一杯奢る」
《それはそれは。とびきり高い一杯にしなければな》
芝居めいた口調で言い、スティールヘイズが離脱する。
あとに残るのは、整えられた舞台だ。
黄色を基調とした軽型タンクと、RaDであれこれ悩んで組み上げた「ロックスミス」。
「待たせたな、チャティ・スティック。よく来てくれた」
《待つことは苦ではない。お前をここに引き止めるのが俺の仕事だ。歓待しよう、V.Ⅰフロイト》
「ロックスミス」が、上げていた照準補助バイザーをセットする。やっぱりカッコいいなそのギミック、と内心でこぼした。
小手調べとばかりミサイルを放ち、リニアライフルでの射撃を差し込んでくる。応戦しながら様子を見ると、「ロックスミス」はフェイントを入れてからクイックブーストで距離を詰め、滑らかな動きでレーザーブレードを振り払った。
悪くない。
戦い始めて、まず、その動かし方に心躍らされた。
FCSを誤魔化すための動きの繰り返し。状況に応じて微細に変化するそれを、この「ロックスミス」はかなり忠実に再現していた。
期待以上だ。
前回手を組んだオールマインドもV.Ⅰのコピーを完成させようと躍起になっていたものの、それはそれはひどいものだった。暇だったので随分付き合ったのだが、何度戦って何度壊して何度駄目出ししても一向に質が上がらず、がらくたの山を積み上げ、しまいには飽きて匙を投げた。
無人機に期待を裏切られないなんてどれぐらいぶりのことだろう。初めてかも知れない。
わくわくする気持ちがどんどん増していく。勝手に口角が上がった。
「基礎はいいな。あとは応用だが――」
レーザードローンを放つ。まずは自律プログラムに任せて、ミサイルを処理しながら「ロックスミス」の懐へと飛び込んだ。
特に細工なく振るったブレードは、弧を描くような動きで避けられた。
それと同時、側面に回ったドローンが一つ撃ち落とされる。距離を近づけすぎたか。
ますます笑みが深くなった。
「いい感じだ。覚えのある動きだが、そのままでもないのか」
《ああ。こういった応用は、人間の専売特許ではない》
空気を震わせたサーカスのバズーカを背中のまま躱す。射線上には「ロックスミス」がいたが、「ロックスミス」はその威力範囲から逃れながら、リニアライフルを撃ち込んできた。
こちらの回避先にだ。FCS任せの予測射撃ではない。
とっさに機体を旋回させて半身になる。立て続けに放たれた弾が装甲を掠めた。
「――これもいいな。読んだのか?」
《いや。1/3の確率で当たる行動を取っただけだ》
予測の精度を上げるよりも、確率で当てることを選んだのか。人間のような割り切りと思い切りの良さだ。
大枠で今の回避方向は左右と上のいずれかだったとはいえ、1/3などというきりのいい数値になるわけがない。
「ざっくり選んで動く」というのは、計算機には難しい処理であるはずだった。それを瞬時に、適切なものにしようというなら尚更だ。
勘、と言ってもいい。大したものだ。
ミサイルがひっきりなしに降り注ぐ中、撃ち合いながら隙をうかがう。
近づいてきたところを拡散バズーカで迎撃し、相手がスタッガー状態になったところへブレードを揮う――寸前、照準警告に従って飛び退いた。
そうくると思っていた。
動かしておいたレーザードローンで、サーカスの背後からミサイルの接続部を狙う。
レーザーが出力される瞬間、サーカスは履帯をギャリギャリと鳴らしながら横合いへ避けた。
「――これを避けたか」
熱の籠もった声になった。
「見えていた」動きだ。AC2機ぶんのカメラ情報を統合して、死角を潰している? だとすればとんでもない芸当だ。しかも、そこから瞬時に対応してみせたというのか。標準的な動きを維持したままで。
ただ避けるだけではなく、同時にミサイルを発射している。その軌道を確認しながら丁寧に避けた。姿勢制御の復旧した「ロックスミス」が、こちらのブレードのぎりぎり届かない距離を取りながらリニアライフルを撃ち込んで来る。
自動操作とは思えないほどの連携だ。メーテルリンクのMUM-Tは無人機の得手不得手を突き詰めた結果もたらされた有効性だったが、それともまた違う。主従のどちらもが、予想を少しだけ超えてくる。
「素晴らしいな……! なんてやつだ、AIでもここまでできるのか。そこらの有人ACより、断然、面白い!」
《当然だ。お前の動きを模倣した上で、お前がどんな反応を面白いと思うのか、それに特化して計算している》
「それだってあり得ない話だろう!……ああくそ、一回きりなんて勿体なさすぎる。レイヴンの次くらいに面白い……!」
《そうか。……お前にとっては最上級の賛辞なのだろうが、人間の感性からすると失礼なもののようだ。是正が必要だな》
「今はいい、あとで聞かせてくれ!」
《そこまで我を忘れてもらえたなら本望だ。……ただ、少し厄介でもある。時間を稼ぎたいのだが……盛り上がったお前は、普段以上の潜在能力を見せそうだ。やりすぎたかもしれない》
爆風が機体を炙る。
直撃こそ避けているものの、背筋をぞくぞくさせる危機感を覚えた。
「つれないことを言うなよ、親友。死なない範囲の全力を俺に見せろ。お前の本領は、まだこんなものじゃないだろう」
《いや、現状で全力だ。……親友と呼ばれたのは初めてだ。奇妙な心地だ》
どこか、しみじみと噛み締めるような響きだった。
戦闘の合間にするには、やたらと人間的な会話だ。少し笑った。
興奮に水を差された形だが、思いのほか、悪くない。
「俺の感情は基本的に一方通行だからな。振られるのにもわりと慣れた。気にするな」
《……そうでもない。レイヴンはどうだか知らないが、俺は、一方通行だとは思っていない》
まったく手を緩めないままそれを聞いた。
実際、嬉しい発言だったのだがタイミングが悪かった。そう口にするより先に、AIが単調なその口調のまま、熱を込めて続けた。
《フロイト。俺は、お前に感情の面白さを教わった。あざやかで複雑で背反的な、人間というものを教わった。俺の成長はお前だけによるものではないが、俺を最も大きく揺さぶったのは、まぎれもなくお前だ》
予測した先へ、当てるための正確さよりも、布石として撃ち込んでいる。その先に「ロックスミス」が待つ。振り払われたブレードを軸をずらして避け、上からバズーカを打ち下ろす。「ロックスミス」がパルスアーマーを展開してしのいだ。
期待通りだ。こうでなくては。
《だからこそ、全力で抗おう。お前という最強に。――手段を選ばず、俺にできうる全てで挑まなければ、お前を楽しませられはしない》
前衛と後衛が入れ替わった。サーカスが前に出る。
少し意外な選択だ。
後退した「ロックスミス」が機体を走らせる。その目的はすぐにわかった。
2機分のカメラ情報で捉えたレーザードローンを、リニアライフルが立て続けに破壊していった。ドローン自体の強度も回避能力もたかが知れているとはいえ、動き続ける小さな的だ。近くから自機を狙っていた一機目はまだしも、この距離で当ててくるとは。
感心してばかりもいられない。
肉薄してきたサーカスのバズーカを躱す。ドローンを片付けながら背後に回った「ロックスミス」がこちらに狙いを戻し、ブレードを振るったことで、さらなる回避を強いられた。両機から間断なく降りそそぐ軌道の異なるミサイル。完全には避けられず、パルスアーマーを使う。
「すごいな、どんどん成長している。よくバグを出さないものだ」
《実際、綱渡りだ。できるだけもたせたい。お前はそのミスを見逃さない、致命傷になる》
「本当にすごいやつだな。――だがそろそろ、癖は読めてきた」
《……予測よりも早い。だが、“予想”どおりだ。根拠のない直感が当たっているというのは、
他に思考を割く余裕もあるらしい。
いや、余裕ではなく「性格」か。切羽詰まった戦闘時に悪罵を垂れ流すのはよく聞くが、彼はある種ののんきを崩さない。
いいな、と喉で笑った。
楽しむというには淡々としていて、必死だというわりにマイペースだが、肩に力を入れず付き合ってくれる。AIだからか、彼だからなのか。両方だろうか。
AIだからこその「
踏み込んでブレードを振るおうとした瞬間、足場が大きく揺れて、その目測を誤らせた。
どこかで起きた派手な爆発が、地震のような振動を伝える。
遅れて爆発音が届く。それと同時に、観測装置が空気中のコーラル反応の上昇を告げた。
その瞬間、「ロックスミス」が僅かに動きを鈍らせた。
「ああ、なるほど……本体はそちらか。わかってみれば納得だ」
《……流石だな、フロイト。この程度の反応低下で気づかれるとは思わなかった》
「どちらにせよ、大したものには変わりないだろう。……ただ、そろそろ頃合いだな」
名残惜しいのはやまやまだが、そういつまでも楽しんでばかりはいられない。
通信の向こうで、司令部が騒がしくなっていた。
《爆発は輸送艦D1-35、攻撃によるものではありません!》
《全輸送艦の充填作業を一時停止。バスキュラープラントの損傷確認、急げ。技術員は15分以内を目標に原因の特定を》
予測されていた事故だ。起きるとわかっていただけ動揺は薄い。
スネイルが間髪をいれず、冷徹に命じるのが聞こえた。
作戦の危険性は高まっている。おそらく原因が判明する頃には、オキーフが仕掛けるだろう。
一つ息を吐いて、チャティに話しかけた。
「本音を言うならまだまだ遊び足りないんだが、この先は忙しくなる。……だがまあ、あれだ。手こずらせてくれるならもちろん歓迎するぞ」
《そうだな。力を尽くそう》
レイヴンの「趣味」にさんざん付き合って、ACの無力化にもすっかり詳しくなった。
――だから今、こうして、死なせたくない相手を殺さずに勝つことができる。
まずは「ロックスミス」の左腕を捕らえた。サーカスのバズーカが放たれるが、今度は躱さず、敵機を引き回して盾にした。
着弾の衝撃がこちらまで伝わってくる。熱と爆発に視界が悪くなる中、カメラとセンサー類の集中する頭部へと、スプレッドバズーカを至近距離から浴びせた。
「目」の半分を潰したところで、レーザードローンを走らせる。
走り回るACサーカスの機動を、囲うような射撃で制限し、リニアライフルの狙いを定めた。
連続して4回。
数えたすべてが過たず頭部に集中した。怪獣のようなコミカルさのある顔が無惨に破損し、肩を落とすかのように速度を緩め、停止する。
ザ、と雑音が走った。
《……ここまでのようだ。あと4分8秒ほどもたせることが目標だったが……やはり、お前をデータで測るのはナンセンスだな》
「これだけ見事に活用しておいてか? まだまだ伸びしろはあるだろう。次はぜひ達成してくれ」
《悪いが、「次」の機会を用意するのは難しい》
雑音混じりの声は、どこか苦笑めいた雰囲気だった。
思わず顔をしかめる。
「……まさかとは思うが、このまま自爆するとか言うなよ。勿体ない」
《それこそ、まさかだ。俺にはまだ仕事がある》
「仕事?」
《ああ。じゃあな、フロイト》
そんな挨拶を最後に、「ロックスミス」が沈黙した。
ただ、それにしては妙に通信速度が早い。それなりの
まさか遠隔操作で、あれだけの戦闘を繰り広げてみせたとも思えないが――だとしたら、さらにとんでもない話だ。
その辺りは今度聞いてみようと付箋を付けて頭にしまい、バスキュラープラントの状況を確かめた。戦況は、持ち堪えているが微妙なところだ。敵勢が途絶えない。
コーラルの爆発によるバスキュラープラントへの損害は軽微。今のところ、他に事故を起こした輸送艦はない。
「スネイル、こちらは終わった。向かうポイントを指定してくれ」
《結構。迅速な成果を期待します》
示されたのは手薄になっていたポイントだ。距離は近い。
そろそろ通路に放置されたガラクタの小山が邪魔になってきた。残骸に反応性爆弾でも仕掛けられたら厄介そうだ。
MT部隊からの通信を拾った。
《敵襲――クソ、弾が通らない! なんだこいつは!?》
《司令部へ報告、敵機は「アイビス」系統の無人機と推定! 輸送艦D1-30防衛、支援願います!!》
悲鳴のようなその声と、敵影を頭部カメラで捉えたのはほぼ同時だった。
グリーンを差し色にした大きな二脚兵器。見覚えがあるし、動かした覚えもある。
目的地とは違うが、かなりいいタイミングだ。
「スネイル」
《……いいでしょう。許可します》
声掛けに応じる言葉は短かった。
そちらへ向けて速度を上げる。
アイビスシリーズのようでいて、中身はかなり手を入れられた機体だった。今回もおそらくはそうだろう。オールマインドいわくの「最高傑作」――SOL644。技研の遺産の改造品。
HCよりもさらに大きなその機体は、一刀の元に複数のMTを斬り払い、展開したレーザーガトリングでその場のMTを鉄塊へと変えていく。
威力を見せつけるかのような行動だった。
どうにか回避した数機が必死に応戦を試みている。先ほどの通信通り、SOL644に影響を与えている様子は見られなかった。
「一度下がれ、俺が引き受ける。パルス兵器を用意させろ」
《フロイト隊長……! 承知しました、ご武運を!》
敵機は避けようともしない。パルスアーマーに似た形状の赤い膜がそれを受け止め、誘爆させたうえで、煙を払うように機体を翻す。
星のような輝きを見せた頭部が、こちらをゆっくりと捉えた。
やたらと芝居がかった仕草だった。
唱和するように、AIが音声を出力する。ただひとりこちらへ向けて。
〈 V.Ⅰ、フロイト……こうも早くに相まみえるとは。鼻の利くことです 〉
「お前に運がないだけだと思うが。狙いは輸送艦か?」
〈 些細な差とはいえ、コーラルの共振を阻害するものは排除しなくてはなりません。そして、先日とは異なり、今回は貴方にとっても明確な防衛戦。この機体を相手にどこまでそれが果たせるか――見せていただくとしましょう 〉
「……実際会話してみるとやかましいな、これ。あちこちから聞こえる」
最大加速で肉薄した。
迎え撃つSOL644がビームガトリングガンを向けてくる。威力は十分だが、取り回しが難しく死角が多い。かいくぐりながらブレードを振るい、球状のシールドへ叩きつけた。
手ごたえは薄い。
〈 よく避けるものです。ですが、そこは―― 〉
繰り出されたブレードは青。斜め上からの薙ぎ払い。予測通りだった。
回避しがてら、スプレッドバズーカを浴びせる。
観測数値にささやかな乱れがあった。
「ああ、減衰はしているな。なら割れる」
〈 ……いいえ。それは不可能です。貴方の攻撃は通らない 〉
前回は乗ったこともある機体だ。挙動とスペックと武装は把握している。
唯一異なるのはその機体を包むシールドだが、観測した限りでは、アイスワームやバスキュラープラントに使われているリアクティシールドよりも、パルス性のものに数値が近い。発振機構のサイズ感から考えても、おそらくは後者だろう。
言葉どおりに攻撃を通していないのは確かだ。だが、科学的なものである以上、そこには種も仕掛けもある。
さて、と唇を湿らせた。
何から試そうか。