真人間には向かないプラン   作:ikos

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レイヴン側:ザイレム攻防戦です。






長く短い夜(3)

 

 

 強化人間C4-621「レイヴン」は、祈っていた。

 ザイレムに向かう艦の中、振動を伝えるACの狭いコクピット内に収まって、冷えきった両手を組みあわせていた。

 背中は丸まり、目蓋を閉じて組み合わせた手に額を押し当て、身を縮めている。

 祈りの姿というにはいびつだった。実際、そこに確かな形は持たなかった。神に祈ることをやめて久しい。だから「どうか」という言葉を向ける先は、人間と、確率だけだ。

 

(大丈夫。……大丈夫、落ち着いて)

 

 脳内物質の調整は先ほど終えている。じきに効果をみせるはずだと自分に言い聞かせ、浅くなる呼吸を宥めた。

 すっかり忘れていたほどに、久々の感覚だった。

 強化手術を受けたことで恐怖や嫌悪感が麻痺した。感情が回復し始めた頃には、既に戦場に慣れきっていた。

 だからだろう。これが()()()()()()()なのだと気づくまで、ずいぶんと時間がかかった。

 固く目蓋を閉じたまま、ひたすらに、繰り返し言い聞かせる。たとえ上っ面や取り繕いだとしても、続けていれば形になると経験が知っていた。

 

(……大丈夫。できる。心配いらない、やってみせる……)

 

 命のやり取りだけならシンプルだ。勝ったほうが生き残る。

 だが、今回はそれではない。強い信念を持つ相手をどうにか説き伏せて、妥協を引き出さなければならないのだ。

 時間的猶予もない。一度退いてやり直すことはできない。ウォルターの説得に失敗すれば、おそらくは――殺すしかなくなる。

 それは嫌だった。

 どうしても、それだけは嫌だった。

 

(大丈夫)

 

 我が儘に我が儘を重ねてここにいる。

 だからこそ、全部を手に入れなければ意味がない。

 ザイレムがもたらす被害を最小限にすること。ウォルターやカーラたちを死なせないこと。人類とコーラルをともに守ること。

 そして、フロイトが預けた彼の部下たちを裏切らないこと。すべてに誠実であること。

 

(……大丈夫……大丈夫、できる。私ならできる。そうでなきゃ、何のために――)

 

 言い聞かせる言葉にネガティブが混じり、とっさに、奥歯をきつく噛み締めて止めた。

 ――そうではない。それではだめだ。

 

(しっかりして)

 

 こんなざまをフロイトが知ったら、どう思うだろう。

 呆れるだろうか。それとも面白がるだろうか。

 どちらもありそうだが、簡単に想像がつくほど彼のことを深くは知らない。ただ、曲がりなりにも少し笑ったことで、肩のこわばりがやわらいだ。

 大丈夫だと、ちゃんと思えた。

 深く息を吸い込み、四秒止めて、ゆっくりとすべて吐き出しきる。

 それを何度か繰り返した。

 

(大見得を切ったでしょう。やれるって言ったでしょう。だから、できるの。不安がってる暇なんてない、やるのよ)

 

 ぴしゃりと両頬を叩く。顔を上げて目を開ける。

 見計らったかのように通信が入った。

 

《投下60秒前――準備はいいか、傭兵》

「いつでも」

 

 ひとつひとつ片付けていけばいい。

 まずは、露払いだ。

 

 

 

 

 

          - / - -

 

 

 

 

 

 先んじて投下された強襲部隊が、ザイレムの防衛勢力を蹂躙し、その航路を確保していく。

 作戦は想定外を起こさず順調に進んでいた。

 味方に大きな損害も出ていないようだ。作戦指揮官の声を聞きながら、最後の火点を潰した。

 

《着艦に成功。強襲部隊は武装勢力を制圧しつつコントロールタワーを目指す。工兵部隊は周辺の安全確保まで待機》

 

 すっかりおなじみのRaD製無人機――カーラいわくの「かわいい我が子」たちが、あちこちで無惨に拉げて黒煙を上げている。

 一仕事を終えて振り返ると、それはまるで、オフィス街に戦艦が鎮座しているような光景だった。

 くらりと違和感を覚え、それ自体が奇妙な話なのだと気づいた。

 そういえば、ウォルターは一度も、非戦闘員を標的とするような仕事を与えなかった。仕事はお前が選べとことあるごとに言っていた。()()だったのだろうと今ならわかる。

 苦笑が浮かんだ。

 自他ともに認める悪人でありながら、彼は善性を捨てずに生きている。――持て余しながら。

 

《独立傭兵レイヴン、貴方には陽動の中心を担ってもらう。ブリーフィングどおり、MT部隊の随伴以外に細かい制約はない。派手に暴れてくれ。要所と使用武器はこちらで用意する》

「了解」

 

 指示がいやにざっくりしているような気はしたが、そもそもが、頼まれてもいないのに作戦へ割り込んだ部外者だ。大人しく返事をするに留めた。

 フロイトの代役ということは、つまりは普段がそういうことなのかもしれない。

 

 かなり久しぶりの実戦だったが、状態に問題はなかった。新世代型への転換も、シミュレーションで擦り合わせてきた感覚とそこまでずれがない。加えて、慣れた機体に、慣れた武装。事が終わるまで完全に蚊帳の外へ置く気でいただろうに、ACは完璧に修理されていた。

 おそらくはフロイトがパーツや武器を回してくれたのだろう。腕など購入ルートの限られるオールマインド製だ。簡単に手に入れられるものではない。

 甘やかすにも程がある。あれほど渋っていたというのに。

 

《区画制圧完了を確認。作戦を次フェーズへ移行せよ。目標、ザイレムコントロールタワーまで距離9km。船体構造に事前情報との差異はない。工兵部隊は速やかに作戦(LSC設置)地点へ向かえ》

 

 支援MTを伴い、巨大な恒星間移民船の中心へと踏み出す。

 

 迎え撃つザイレム防衛戦力のほとんどは無人機だった。

 死出の旅に手下を付き合わせることはしなかったのか――そう考えてから、自分で否定した。これからルビコンを丸ごと焼こうというのだ。意味がない。

 ならばただの人手不足で、そのうち有人機を差し向けられるだろう。

 こちらの場違いな「趣味」については、カーラもウォルターも重々承知している。

 

 本気で対抗する気なら、人間を使わない理由はない。

 

 やがて再びビル街に入り、高く聳えるコントロールタワーが長距離砲の射程に入った。

 支援MT小隊が確認を行う。

 

《そろそろっすね。運搬ドローン呼びます》

「了解。狙撃ポイントの指定を」

 

 周辺の敵機を一通り片付け終える頃、完璧なタイミングで運搬ドローンが到着した。

 大きめのビルの天井に場所を構える。

 追随するMTがこちらからリニアライフルを受け取って弾倉の交換を始め、別のMTはAC用の大口径レーザー砲を引き渡した。至れり尽くせりだ。

 最大出力に切り替え、ACの膝を落とし――狙いを定めて引き金を引く。

 衝撃とともに、青い光が迸った。

 ディフェンスシステムが作動して分解されたが、目を引くことはできたはずだ。続けてもう二発放ってから、エネルギー切れになったレーザー砲を下ろした。

 

《着弾確認、シールド反応18%減衰。……なかなか固いっすね……全部同じ場所にブチ込んでこれとは》

「動力源から切り離さないと厳しいかもしれません」

《そっちは工兵部隊に任せましょ。囮としては十分っす》

「了解。引き続き攻撃を試みます」

 

 素直に頷いた。無理に破壊する必要はない。最優先で排除しなければならない脅威だと思わせられたらいいのだ。

 IFF情報には「レイヴン」の名と「ノーデンス」の機体名を入れてある。すぐにこちらに気づくだろう。

 その時点で、放置されることはまず考えられない。

 

 ACの武装を戻し、コントロールタワーへの進軍を再開する。

 随伴するMTが、陽気な声で話しかけてきた。

 

《にしても、“レイヴン”? なんかやたらお硬いっすね。普段からそんななんです?》

「……押し売りした立場なので、身をつつしもうかと思って」

《あ、普通に答えてくれるんすか。そんで意外にマジメ。……うーん、イメージしてたのと結構違うなあ……》

 

 どんな想像をされていたのかは聞かないことにして、わずかばかり進行速度を上げた。

 ザイレムの船体の向こう側、眼下にルビコン3が見える。

 ここまで上空から雲を見下ろす機会など多くはない。コーラルの赤で、惑星が丸ごと夕焼けに包まれているかのようだ。見入ってしまいそうな目を引きはがして口を開いた。

 

「この先は、巻き込まれないよう少し距離を取ってください。MTの装甲だと、ちょっと心もとないので」

《それ俺らに言います? あのフロイト隊長についてってる、ヴェスパー第1部隊っすよ?》

 

 きょとんとした調子で返された。

 言われてみれば、それはそうだ。彼らの矜持を損なう発言だったかもしれない。

 

「ごめんなさい、共同作戦に慣れていなくて……言い訳になるけど、MTはどうしても脆い印象が」

《そりゃACに比べればそうっすね。でも、MTなしじゃどうしても戦略が限られるんで。自力で生き延びてサポートするのが俺らの仕事、オーダーどおりに作戦目標を達成するのがアナタの仕事。ま、そういうことっす》

 

 少し考えて、素直に訊ねた。

 

「第1隊長さんも、ちゃんとそうしていたの?」

《……そうっすね!》

 

 なかなかの間があった。嘘ではないが「ただし書き」つき、といったところか。

 

 そこから少し進むと、地下構造をくぐる場所に出た。上部へ迂回できなくはないが、MTの出力では難しいだろう。

 

《レーダーがちょっち気になるな……閉所だし罠張ってるでしょうね。ジェネレーター反応はないんで、爆発物かEMP装置ってとこかと》

「先行して突破しましょうか?」

《お気遣いなく、ただ40秒お待ちを。隔壁をネットワークから切り離して退路確保します》

 

 小隊長が指示を出す前に別のMTが動いていた。閉じ込めを防止するための工作が進められる傍ら、小隊長のMTがレーダー反応と構造物の解析データを送ってくる。

 この辺りの仕事は、今までならウォルターやエアが担ってくれていた部分だ。

 彼らの自負どおり、ACが単独で何もかもできるわけではない。

 

 宣言どおり40秒で準備が整った。入口付近から天井の反応へまず一発――落下してきた自走兵器が、傾きながらも強力なEMPを出力した。MTが即座に射撃を集中させ、その機能を潰す。

 任せてばかりはいられない。レーダーに乱れが生じる中、まるで連鎖反応のように次々と落ちてきた兵器を、立て続けにリニアライフルで撃ち抜いていった。

 

《威力範囲、半径約27メートル! 距離注意!》

《これだからMTは、なんて言わせるなよ!》

 

 協働作戦を取ることの少ない身では、多少窮屈ではあるが頼もしい。

 EMPがぴりぴりとした感覚を伝えてくる。コクピットまで影響を及ぼすようなら機体がダメージを受けているので、錯覚か神経過敏のどちらかなのだが、あまり好きになれない感覚だった。

 すっかり片付いて、場の残留EMPが落ち着くのを待っているうち、指揮官から通信が入った。

 

《レイヴン、敵勢に動きがある。ACを含んだ部隊がそちらへ向かっているようだ。陽動としては、まず順調に進んでいるとみていい》

「何よりです。別動隊の進捗は?」

《そちらも予定通り進んでいる。進行方向600メートル先、指定したポイントでコントロールタワーへ狙撃を。運搬ドローンを向かわせている。

 ……交渉を試みるなら、開けた場所がいいだろう。相手が通信に応じるとは限らない》

「了解。……感謝します」

《受け取ろう。ぜひ成果で返してくれ》

 

 少しばかりの気安さを含んで指定された狙撃ポイントは、ビル街を覆うアーケードのような天井だった。

 確かに、開けていて、高い場所で、この上なく目立つ。出力の低いMTや無人機は下部でMTが迎撃し、より脅威度の高いACをこちらへ引き付けるという分担だ。

 

 指示通りに一回目の狙撃を終えたところで、出所不明の通信が入った。

 

《――誰かと思えば、脱走犬じゃないか。飼い主を変えでもしたのかい? まったく、薄情な話だねえ》

 

 RaD頭目のハスキーな声が、あざ笑うように皮肉を放った。

 あからさまな揺さぶりだ。

 最悪は外部スピーカーで話しかけるつもりだったので、まずは胸を撫でおろした。

 意識して軽口を返す。

 

「確かに脱走はしたけど、飼い主はウォルターのままよ」

《企業にエスコートされての台詞がそれとは、恐れ入ったね。……まあいい、RaD流の歓迎を見せようじゃないか。あんたの「趣味」がまだ続いてるんなら、どこまでやれるか試してみるといい》

 

 言っている間にACが姿を見せた。

 ラミーのマッドスタンプだ。思わぬ再会だった。

 武装をリニアライフルに換えながら応じた。

 

「……ラミーさん? 予想外だわ。貴方がいるなんて」

《そいつぁ俺の台詞だ、レイヴンさん。なんでアンタがこんなとこいんだよ?》

「なぜって、ザイレムを止めに来たからね」

《マジか。悪ィが、止められんなってボスの命令でよぉ》

「……本当に予想外だわ。このままだとこの船、コーラルを根こそぎ焼き払うことになるんだけど……それはいいの?」

《マジか!? えっ聞いてねえ! ボスー!?》

 

 コミカルな動きを見せたACがあわてて問いただす。

 カーラが苦り切った声でそれに応じた。

 

《やかましいね、似たようなオピオイド作用薬を作ってやるよ!》

《ならいいや! よくわかんねえけどヨシだ、勝負だぜレイヴンさん!》

「いやよくないでしょう。大体、死んだらオピオイドも何も……」

 

 そういえばドーザーだったなあ、と呆れ混じりに思った。ザイレムをバスキュラープラントにぶつけた結果は頭にないらしい。

 説明しても通じるかどうか。「よくわかんねえ」で流されて、最後まで聞いてもらえない気がする。

 

《前の俺と同じじゃねえぞ! 見ててくださいよぉ、ボス!》

 

 カーラのコメントはなかった。少しばかりの違和感に眉を顰める。

 ともあれ、確かにマッドスタンプは武装が変わっているようだ。空だった両肩にミサイルを載せている。

 ファーロンの四連。癖のなさと機体負荷の少なさを考えると、意外なほどまともな選択だ。

 

 ただ、手数が多くなるということは操作が複雑になるということでもある。

 チェーンソーを繰り出すのを待って、左手側へステップで回り込んだ。

 

《あ!? 消え――うぉあ!》

 

 リニアライフルの弾を立て続けに浴びせる。工夫のない射撃は狙い通り電磁装甲に弾かれたが、確実にACS(姿勢制御)へ負荷を与えていった。

 

《くっそう、そっちか!》

 

 パルスシールドをランス形態へと切り替え、そのまま背後へ滑り込んで踏み込む。

 狙うなら頭部だろう。

 多分、メインカメラを潰されて戦闘を継続できるほど、ちゃんとした訓練はしていない。

 

 その瞬間、マッドスタンプが思わぬ行動に出た。真下に向かってチェーンソーを振るったのだ。

 シールドランスの切っ先が前傾姿勢になったACの肩武器を削る。

 

「驚いた」

《へっ、一発でやられるようじゃ――》

「じゃあ、次ね」

 

 そのまま頭上を取った。パルス出力を切ったシールドで、強かに肩を打ち落とす。

 体勢を崩していたマッドスタンプは姿勢制御を維持できない。濁った悲鳴と共に強化ガラスの上へ叩き伏せると同時、冷却が終わる。

 躊躇なく、頭部を貫いた。

 

《……お、俺のマッドスタンプがぁ!?》

 

 沈黙を守っていたカーラが、呆れ混じりに口を開いた。

 

《まったく……大口が本当にただの大口じゃないか。せめて一分くらいはもたせて欲しかったんだが……仕方ない、次はこいつと遊んでもらおうか》

 

 レーダーに大型兵器の反応があった。

 データがない。兵器には似つかわしくないその形状は、どこかヤドカリに似た奇妙なものだ。

 表示された認識コードは、EC-0804「スマートクリーナー」。

 

「変わった形ね……待って、妙に温度が高くない? これ、基幹部の冷却はどうなってるの」

《そいつは企業秘密だ。解体と溶解をこれひとつですませられるお得なやつさ。うちの製品らしく頑丈に仕上げてある。ぜひ楽しんでくれ》

 

 カーラが通信を終える。

 唸りを上げて迫る大型機へミサイルを放ちながら、天井から降り立った。

 少しばかり早くなった口調と、長かった沈黙――それが意味するところを察して、作戦指揮官へ通信を入れる。

 

「多分、別働隊の存在と目的に気付かれました。襲撃に注意を」

《承知した。急がせよう》

「預かったMT部隊を使ってください。こちらは私が対処します」

 

 着地しながらミサイルの着弾を確かめる。紹介通り、なかなか固い。

 小隊のMTが慌てて声を上げた。

 

《ちょっ、待った待った! せめて支援を4機――》

「そちらの隊長さんなら、この状況で仲間の介入を許す?」

《っあー、そうっす、ねえ! ……すいません隊長、これ止めるの無理っす!! くっそ、あんま無茶しないでくださいよ!!》

 

 ここにはいない上司に嘆いてみせ、MT部隊が後退する。

 スマートクリーナーの動きを視界の端に留めながら、味方を援護すべくいくつかの敵機を撃ち抜いていった。

 厄介なのは、この場に展開していたのが有人機ばかりだったことだ。

 巻き込むのを避けるには、場所を誘導するしかない。

 カーラが再び口を開いた。

 

《レイヴン、あんたは選んだんだろう。それがフロイトと同じものだかどうだかは微妙なところだが……まあ、選ぶのはいいことさ。選ばない奴とは、敵にも味方にもなれない》

「実は驚きなんだけど、まだ裏切ったつもりはないの」

《はッ、ウォルターが聞いたら何て言うかねえ? とんだ孝行娘だ》

「大人しく孝行させてくれたら助かるんだけど。『ウォルターの目的は達成する』。そう伝言した通りよ。何も変わらない」

《……だったら舞台から降りな。これ以外に方法はない。何も選ぼうとしない人間こそがすべてを滅ぼすのさ。それがわからない奴がここに立っているなんて、笑い話にもなりゃしない》

 

 カーラの低い声とともに、スマートクリーナーが両腕を掲げて突進してきた。

 すべてを破砕するその攻撃を、空中のクイック機動で避ける。

 そのまま小さな開口部へ、ありったけの弾を叩き込んだ。

 たいして効いている感触はない。

 

《目的は何だ? 金か、地位か? ……違うだろうね。あんたみたいな奴のことは、よーく知ってる。うんざりするほど、よく知っているさ》

 

 解体から溶解までこれ一つ、というキャッチフレーズ通り、赤熱する破砕腕の根本にも炉口が開いている。いかにも「口」だ。

 大喰らいという言葉を連想して、ひとつ頷いた。

 処理能力を超える量を食わせたら、多分故障する。

 

 カーラが大仰にため息を吐いた。

 

《ウォルターがあんたを拾ったのは、失敗だった。今ならよくわかるよ。あんたは一番選んじゃいけない駒だった。“汝、殺すなかれ”――ああ、大いに結構さ。だがよそでやってくれ。この星で通じる理論じゃあない》

 

 破砕腕が薙ぎ払われる。危ういところでビルの背後へ回り込んだ。

 異常な強度を持っていたビルが、加熱と衝撃の二段構えでぐにゃりと歪み、ひび割れる。それでも障害物としては役に立った。

 そのままコントロールタワーを背後にとり、後退する動きで相手を釣り出す。

 

「通じなくても、押し通そうかと思って」

《はッ、三十万人のために百億人を殺す気か?》

「トロッコ問題?」

《ああ、わかってるじゃないか。まさしくそれさ。“レバーを引けば三十万人が死ぬ。引かなければ百億人が死ぬ”……何も、あんたにレバーを引けとは言っちゃいない。レバーを引く邪魔をしないでくれと言ってるんだ。それがそんなに聞き分けられないことかねぇ》

 

 レーダーにはまだ山ほどの敵機が映っていた。あとは、それが無人機であることを祈るばかりだ。

 大振りな攻撃を避けながら誘導していく。

 

「いっそ、原因(トロッコ)を吹っ飛ばすのもありじゃない?」

《空想でならいくらでも言えるがね、あいにくこいつは思考実験じゃない。まったく……恨むよ、ウォルター。なんて災厄を持ち込んでくれたんだか》

 

 三度目の突進を避けた先に、無人機を捉えた。

 滑るように接近。がっと掴んで、振り払われる破砕腕を避け、その炉口へと放り投げる。

 いい具合に入った。ジェネレーターが破損したのか、小さく爆発が起きる。

 取って返してミサイル型を捕まえ、もう一回。

 呆れたようなカーラの声がした。

 

《おいおい、無人機だからって情け容赦もないねえ。思いついても普通やるか?》

「思いついたら――やってみたくなる、でしょう?」

 

 言いながら手近なもう一機を蹴飛ばす。ジェネレーターがその時点で破損してしまったが、ついでなので放り込んでおいた。

 スマートクリーナーが怒ったように溶岩めいた融解物を撒き散らす。投入量よりは明らかに少ない。蓄積はできている。

 マグマめいた融解物はかなり温度が高いようだ。接地してもなかなか温度が下がらない。

 うかつに踏むのはまずそうだ。

 

《思いつきに人類の存亡を賭けられちゃたまらないね》

「それがだめでも次がある、そういう状況ならどう?」

《そんなものがあるなら、ぜひともご教示いただきたいもんだが……無いんだよ、レイヴン。そんな夢物語は、この星のどこにもね》

 

 ようやく、手応えを得た。

 まともに聞く耳は持たないまでも興味を引けたなら、まずは上々だ。遠慮なく混ぜ返した。

 

「本当にそう思ってる、カーラ? 自分に言い聞かせているみたいに聞こえるわ」

《そいつはお互い様さ。……いや、違うね。あんたの方がよっぽどタチが悪い》

 

 腕部を掴んで持ち上げた無人機が、狙いを定めないままライフル弾を撒き散らす。

 構わずに引っ張っていった。

 

《そうだね、自覚がないなら言ってやろうか。あんたは帳尻を合わせようとしているんだ。――あんたの、今までの人生を肯定するために。山ほど殺してきたんだろう、それに大した感慨さえ覚えずにいたんだろう? ……あんたは汚れ切った手を(すす)ぎたいのさ。できもしないっていうのにね》

 

 心を抉ろうとする言葉に、笑って肩をすくめた。

 期待した反応ではなかったからか、小さく唸り声が聞こえた。

 意外にも、彼女は喧嘩を売るのが上手くないのだろう。感情的に喚いてまくし立てるということができないから、罵倒でさえ論理立ててしまう。

 

「フロイトにも似たようなことを言われたわ。よっぽどそう見えるのね」

《余裕じゃないか。もう答えは出てるとでも?》

「そうね。赦されたくはないわ。救われたくもない。……誰にも、誰からも」

 

 スマートクリーナーの巨体が迫ってきた。

 重機というより玩具めいた動きで、凶悪な破砕アームを薙ぎ払う。

 飛び散る融解物をシールドで受けながら滑るように回り込み、暴れる無人機を炉口に叩き落した。

 

「結局、そういうことなのよ。罪は罪で、いつか罰が訪れる。地獄行きは確定済みで、あとは、生きている間どうするかってことだけ」

《……つける薬もないね》

「実は同類なんじゃないかと思ってる。何となく分かる部分はあるんじゃない? ……貴方も、神様に祈るのをやめたんでしょう」

 

 暴れる重機兵器の上空を取る。

 トン、と炉口を蹴って角度を取り、直線距離でミサイルを叩き込んだ。巨体を戦慄かせるようにスマートクリーナーが動作不全を起こす。

 どうやらACSが搭載されていたらしい。今なら――と、片腕の接続部へブレード形態のパルス兵器を振り下ろした。

 ギリギリと拮抗して食い込む。再起動の兆候をみて飛びのいた。

 寸断することはできなかったが、衝撃を与えれば折れるだろう。

 

《……科学の世界に、神様は長らく不在さ。人間はそうやって世界を変え続けた。バチカンの連中がどれだけ倫理を喚こうが、止める手段なんてありやしない。祈りは届かない。なんの意味もなさない。ただまあ、そんな不信心な連中でもね、手の打ちようがないほどやばい事態になれば、さすがに何割かは気づくのさ。……ああ、こいつは――()()()、とね》

 

 なるほど、と頷いた。

 それが彼らの使命感の源泉なのだろう。

 半世紀前、惑星一つを焼いたからではない。人類すべてを滅ぼしかねない脅威を生み出してしまったことにこそ、彼らの使命感は存在している。

 

「それは、科学者としての誠実さ? きっと正しいことなんだろうとは思うけど……貴方たちが直接引き起こしたことでもないでしょうに」

《それでも責任はあるさ。こっちにつく気になったかい?》

「最初から敵対する気はないもの。ただ、死ぬ人間は少ない方がいい。目の前の犠牲を避ける方法があるのに、諦めてしまうのは趣味じゃないの」

《……平行線だね》

 

 球状になったトイボックスが行く先に転がるのを見て、とっさに、ターンしながら蹴り飛ばした。

 拉げながら飛んだ球は破砕腕の隙間をくぐり抜け、気持ちいいほど見事に炉口へ飛び込んだ。

 Yes、と思わず無声音で呟く。

 サッカーならゴラッソだ。あとで戦闘記録を見返したい。

 処理限界を迎えたのだろう。スマートクリーナーの巨体がわななくように振動し、動作不全を起こしてその両腕を地面に落とした。

 

《やれやれ。楽しめとは言ったが、ちょっと楽しみすぎじゃないか?》

「そうかも。久しぶりに動かすと、楽しくて」

《あの戦闘狂(V.Ⅰ)の同類だけある。揺さぶりのかけがいがありゃしない。とんだ無駄骨だ》

 

 実際のところ、体力が心もとない身体は疲労を覚え始めていた。

 まだ反応速度に影響が出るほどではないが、両腕が重い。目の奥が痛みと違和感を訴えている。

 だが、まだだ。引き延ばさなければならない。

 アドレナリンの量を慎重に調整した。

 

《さて、いい加減お喋りも尽きたことだろう。……そろそろ最終幕と行こうか》

 

 その言葉と前後して、レーダーに反応があった。

 AC「フルコース」――アーキバスの情報によれば、RaD頭目であるシンダー・カーラの乗機だ。

 そして、少し遅れてもう1機――見たことがないフレームのACがそれに追随する。

 AC「HAL 826」。

 重苦しい声が、通信越しに聞こえた。

 

《……お前は既に選んだ。それが事実だ、621。もはや言葉を交わす必要もないだろう》

「ウォルター……」

 

 まさか、彼までもがACで立ちはだかるとは思っていなかった。

 考えてみれば納得の話だ。自分や先輩の主たる教官は、ハンドラー自身だったのだから。

 ――冷静に、と自分に言い聞かせる。

 ここからが本番だ。

 

《お前が夢を見た“未来”は、陽炎のようなものだ、621。遠からずコーラルがすべてを覆い飲み尽くす》

「……それは置いておいて、ごめん、空気を読まずに言わせて。そのフレーム、かなりいい。脚が特にすごく素敵。どこのメーカー? それとも特注? ひどいわ、隠していたの?」

《………》

 

 苦虫を嚙み潰したような沈黙があった。

 カーラが乾いた笑い声をこぼす。

 毒気を抜くことには成功したようだ。取り掛かりとしてはまずまず、といったところだろう。

 

《あんた一体、どういう教育をしてきたんだい、ウォルター》

《……こいつに(しつけ)を施した覚えはない》

《そのせいだろ。一見いい子ちゃんの方が手に負えないってことさ、過去の経験に(おご)ったかね》

 

 ウォルターは勿論、カーラも、その本質は狂信的なほどに直向(ひたむ)きだ。そうでなければ半世紀もの間、こんな「使命」を抱え続けられたはずがない。

 真面目に真正面から説得するのは悪手。

 それこそフロイトくらいに図々しく、マイペースに予想外を積み重ねなければ、耳を傾けさせることさえできない。

 ゆっくりと息を吸い込み、その通りに続けた。

 

「私は変わらず()()()のつもりよ、ウォルター。お友達に伝言をお願いしたとおり。――貴方の目的は必ずかなえる。貴方たちとはやり方が違うだけ」

《……それを信用できないということは、十分に理解できているはずだ》

「言い分を聞いてもいないのに?」

 

 交渉に必要なのは、相手をこちらのペースに引きずり込むこと。

 鈍感に、厚かましく、まるで真理のすべてを知っているかのような態度で。

 有効札を持った状況なら、それは十分に優位に働く。

 

《もはや状況は決している。可能性の話をする余地はない。……引け、621》

「引かないし、聞いてもらうわ。力ずくでも」

《………》

《ま、そうくるだろうね》

 

 カーラが鼻で笑い、ミサイルで口火を切った。

 

 工兵部隊がザイレムに仕掛けた装置は彼らも既に把握しているだろう。

 そちらを全て解除して回ることはもはや不可能。その時点で起爆されるだけだ。

 だとすれば――残る手段は、V.Ⅰが執着している「レイヴン」を手中に収めての()()のみ。

 

 立て続けに放たれたミサイルを横手に避けたが、ほとんど静止しているような鈍足から、急速に伸びてくる。

 二連目を前へくぐり抜けたところへ、赤いレーザーの射撃が重なってきた。こちらはウォルターだ。いかにも威力が高い。

 回避したところへ三連目のミサイルが襲いかかる。その向こうに赤い色を見た。

 ひゅっと息を呑んで急減速、シールドを展開しながら旋回。

 コーラルそのもののような赤い塊が、弾けるように丸く燃焼する。

 警戒して距離を取ったというのに、とんでもない衝撃だ。

 

「コーラルの……ミサイル? それともランチャー? 秘密の多い人ね、ウォルター」

《切り札は伏せておくものだ。……お前が学習する前に片付ける》

《同感だ。さあ、どんどん行くよ!》

 

 ウォルターの機体にアサルトブーストで迫った。突き出したランスは、球形のシールドに阻まれる。

 近接機と支援機なら近接機から無力化するのがいつもの流れだ。手の内は読まれている。

 ライフルの銃口が狙っていた。

 こちらもシールドに変えて受け流す。――負荷が高い。相性か。

 ミサイル接近の警告音。接近数が違う。手持ちミサイルのほうだと判断して、ウォルターの射撃を受けながら、レーダーを頼りに振り切った。

 そこへ、カーラが回り込んでいた。至近距離の離合。強かに蹴り飛ばされ、機体姿勢が崩れる。

 とっさにACSを切り、強引にブーストを噴かした。

 ぎりぎりを赤い帯が掠めていく。いや――

 

(曲がった……!?)

 

 赤く空間を灼きながら、ぐにゃりと寄ってくる。目を疑うような光景だった。

 

「本当、コーラルって何でもありね……!」

 

 速度はそれほど早くない。だが、躱す先にミサイルが置かれているとなると、対処は格段に難しくなる。

 二人がかりとはいえ、まるで長年ともに戦ってきたような連携だ。

 

 強い。――そう感じて湧き上がった昂揚感に、はたとブレーキを掛けた。

 苦笑いが浮かぶ。

 

(なんて、ろくでもない)

 

 ACは戦争の道具だ。それを動かすのが好きだという時点で大概「普通」からは外れてしまっている。恩人を相手に戦って楽しいだなんて、さらにひどい。

 間違いなく、ろくでもない生き方だ。きっとろくでもない死に方をするだろう。

 

 けれど、わざわざ悪人ぶる必要もない――今はそう思える。

 守りたいものを守ろうとしていいのだ。()き人ではないのだから、理由など好き嫌いで構わない。

 きっと、フロイトに出会わなければ、こうまで開き直ることはできなかった。

 

「ウォルター。今更だけど、私は貴方に感謝してる。だから、こんなところで死なせない」

《俺達の契約は対等なものだった。……貸しも、借りも、そこには存在しない》

「でも、貴方は()()()()()()()()()()

 

 ミサイルは降り注ぐというよりも、引っ切りなしに食いついてくるかのような動きだった。

 かいくぐりながらリニアライフルの弾を打ち込んでいく。同じ場所を意識した成果か、思ったよりも早く割れた。

 近接武器の到達距離内――だが、カーラがアサルトアーマーを展開してそれを阻んだ。

 威力範囲のぎりぎりへ逃れたところへ、ミサイルが追ってくる。

 

「ここに至るまで、役には立ってきたつもりよ。だけど、それ以上に色々と面倒をかけたことも自覚してる。もっと使いやすい駒なんて、きっといくらでもいた」

《……仮定の話に意味はない。……621、お前でなければ死んでいた仕事は、いくらでもあった。数えきれないほどに。俺は――》

《ウォルター。思い出話をしにきたわけじゃないだろう》

 

 カーラが義務的に掣肘する。

 ウォルターがそのまま沈黙した。図星だったのだろう、情に流されかけた。やはりどうにも根が善人だ。

 たいした時間も経っていないのに、なぜか懐かしく感じる。

 

「死んでもおかしくはなかったわ。でも、私は生きてここにいる。……ここにいるのが私なんだから、きっと、まだ全部おしまいじゃない」

《はっ、夢物語の中身を語ろうって?》

「そういうこと」

 

 再びカーラが会話の主導権を握った。

 ウォルターは沈黙を守っている。内容の可否を判断できるのは、彼女の方だからだろう。

 

「今、私たちには、ザイレムを細切れにできるカードがある。ザイレムをバスキュラープラントまで飛ばすことはできないわ」

《おいおい、脅迫か? とんだ平和主義者だ》

「とっくに気づいていたでしょう。だからわざわざ貴方たちが出てきた。……ただ、この手段はできるなら使いたくない。被害が大きくなりすぎるから」

《お優しいことだね。それで?》

「コーラルの危険性は異常な増殖性にあるわ。それがなくなれば、人類という括りで言うなら大した脅威ではない。そうでしょう?」

《……なるほど、理想的な解決方法だ。それが可能だったらの話だが》

「その理想論にめどをつけるために試行錯誤していたの。いろいろと振り回して、悪かったと思っているわ。でもその甲斐があった。……与太話としては、きっと貴方たちも知っている内容よ。紹介するわ、ウォルター、カーラ。()()()()()()()()()()()を」

 

 二人が息を飲んだ。

 ようやく攻撃の手が止まり、銃口を向けたまま沈黙が続く。

 仮説としては知っていただろう。だが、実在を信じるかどうかは別の話だ。

 G5からの通信越しに、エアが満を持して声を発する。

 硬質な少女めいた声が、意識して柔らかく、その場に響いた。

 

《初めまして、カーラ。そしてウォルター。私はコーラルのCパルス変異波形……自分でつけた名前を、エアといいます》

 

 驚愕は相当なものだったのだろう。

 カーラが無理やりに乾いた笑いを押し出し、ため息めいた声で言う。

 

《……ずいぶんとまあ、笑えない冗談だ。おしゃべりをするコーラルだって?》

 

 ペテンではないかと疑っているような、うそ寒そうな口調だ。

 対して、エアは柔らかな物腰を崩さない。そして懸命に言い募る。

 

《ヒトの常識からすると、奇妙な生命体であることは認識しています。コーラルの潮流の中には無数の意識が存在し、その中で生まれた特殊な波形が、ごく稀に、人類と酷似した明確な人格を持つのです。……それが、私です》

《植物に心があるなんていうのと同レベルの話だと思っていたんだがね。……で? だから何だって言うんだい。命がある、人格がある、だから一方的に踏みにじられる()われはない――そんなところか? 生憎と、そんな哲学を持ち込めるような話じゃないね。私らの判断は変わらない》

《承知しています。私たちがヒトとともに生きるには、私たちは、私たちのままではいられない。だからこそ、私たちは、私たちの“かたち”を変えるのです》

《……どう変える気だ》

 

 警戒に近い反応だった。

 おそらく彼らは、コーラルリリースの方を予期しているのだろう。

 その警戒を宥めようとするように、エアは誠実な声音で続けた。

 

《物質としてのコーラルを、すべて不活性化させます》

《……そいつはすごい。種族ごと自殺してくれるっていうのか、助かるね》

「カーラ」

 

 思わず口を挟んだ。挑発にしても、さすがに行き過ぎだ。

 

「言い方ってものがあると思うわ。いくら敵扱いしてたって――」

《いいのです、レイヴン。……カーラ、貴方の質問への答えは、(No)です。私たちは、生き延びるためにそれを選ぶのですから》

《……そんなことが可能だとでも?》

《はい。相変異を利用して、生命のありかをルビコンの地磁気上に移すのです。貴方であれば、それが可能であるのではないかと理解できるはず》

《………》

《私たちはヒトの利益ではなくなる。私たちは、ヒトの脅威ではなくなる。そうなれば、私たちはもはや火種ではない》

 

 沈黙は続いた。

 おそらく今、オーバーシアーの二人は意見を交わしあっているところだろう。

 エアが声を尖らせることはなかった。ひたすら穏やかに、真摯に告げた。

 

《相変異まで、あと50分ほどです。50分だけ、可能性を信じてはいただけませんか。……私たちは、生きたい。そして、ヒトとともにありたいのです。何の利害もなく、ただ存在する隣人として……。私たちは、そのために選びました。己の存在を変えようとも、私たち(コーラル)を育んだ、貴方たち(人類)の友となるために》

 

《……そのために、これほどのリスクを冒したのか、621》

 

 口を開いたのはウォルターだった。

 

《俺の元を離れた時点から、お前はこの状況を作り出すつもりでいた。人類すべてを脅かすと知りながら、コーラルのために危険を冒した》

《ウォルター、それは……!》

「そうよ」

 

 構わずに肯定した。

 ザイレムの存在こそ想定外だったが、ウォルターの言葉は、間違いなく事実だった。

 

「非難されるべきことだと思う。貴方たちがそれを嫌うのもわかってる。私だって、人類とコーラルのどちらかを選ばなければいけないなら、間違いなく人類を取るもの。勝算については十分考えたつもり」

《………》

「オールマインドはバスキュラープラントの存在を知っていた。アーキバスを利用して、コーラルを集めるつもりだともわかっていた。だから、もしこれが失敗しても、フロイトが始末をつけてくれる。だから踏み切れた」

《……だが、今やそれも危うい。バスキュラープラントはオールマインドの手に落ちた》

「取り戻すわ。フロイトだもの」

 

 全幅の信頼を口にして、笑った。今度はきちんと。

 

「でも、もしどちらも失敗したとしたら……それはもうお手上げね。そのときこそザイレムを頼るわ。相変異までなら1時間足らず、バスキュラープラントの制圧も夜明けまでには趨勢が決まる。そんなに難しいお願いでもないでしょう?」

《……断れば、お前たちはザイレムを落とすだけだろう。この交渉に意味はあるのか》

「もちろん。私は、貴方たちに生きていて欲しいから」

 

 苦々しい唸り声が聞こえた。

 カーラが今回も止めるだろうかと思ったが、今度は呆れたようなため息をついただけだった。彼女の方が早く、白旗を揚げたようだ。

 

《この負債は、今、俺達が清算せねばならない。そのために払ってきた犠牲に応じた結果を出さねば……死地に送り出した猟犬たちの仕事に、報いることができない》

「……あの人たちは、別に、貴方の目的なんてどうでもよかったのよ」

《………》

「それが他でもない貴方の望みだったから、従っていただけ。貴方がどれだけ否定しても、貴方がくれたものに返せるすべてを返したいと……貴方に喜んでほしいと、そう思っていたから、命を懸けていただけ。きっと、彼らがここにいたら、半分くらいは説得に応じてくれたんじゃないかしら。どう思う? ウォルター」

 

 ウォルターは答えなかった。

 その沈黙は、肯定だった。ただ、自分でそう認めるには難しいらしい。

 

「私は、人類のためにも、これが一番いい方法だと思ってる。だってそうでしょう? ルビコンは一度焼かれたのに、たった五十年でこうなっているのよ。ザイレムをバスキュラープラントにぶつけて、同じように焼いても、それで本当にすべてが片付くなんて思えない。貴方たちが死んだら、五十年後には誰がそれを止めるの?」

《……PCAが後始末をする》

 

 目を瞬き、少しばかり考える。

 その回答は正直なところ、意外だった。

 視線を空に上げる。星しか見えないが、今もまだその先には、惑星封鎖機構がコーラルの持ち出しを警戒して待機しているはずだ。

 

「それを信じられるなら、貴方たちはもっと早く手を結べたでしょうね。……まあ、保険がひとつ増えたと思えば、とてもいいお話だわ」

 

 深い(そら)の色。

 その深淵を渡って人類はこの場所までたどり着いた。……たどり着いてしまった。

 その結果がどんな悲劇を生み出してきたとしても、まだ、すべてが終わったわけではない。

 

「もう一度言うわ。私は、貴方たちに生きていて欲しいし、生きているべきだと思う。責任があるというなら、最後まで見届けるべきよ。可能性は私が――私だけじゃない。たくさんの人たちが手を貸してくれたから、作り出せた。だから、信じて。どうか私たちに賭けてほしい」

 

 いつの間にか戦闘音が静まっていた。

 静寂に包まれたザイレム――カーラが「降りろ」と言った舞台で、幕引きを祈って言葉を重ねる。

 

「すべてのコーラルを不活性化させてみせる。もしそれに失敗しても、フロイトがバスキュラープラントを取り戻して、必ず焼いてくれる。時間はあるはずよ。その二つを試すまで、どうか、待って欲しいの」

 

 カーラが大仰に息を吐いた。

 照準警告がひとつずつ減っていく。

 楽観的だと笑ってもらえるように、口角を上げて、明るい声で言った。

 

「この星にも生き延びて欲しい人がたくさんいるわ。コーラルから人類を守って、人類からコーラルを守って、火を上げないまま夜明けを迎えたい。そのための道筋はまだ見えてる。それでようやく、私の望むハッピーエンドになる」

《……強欲だな、621》

 

 苦笑じみたウォルターの声に、笑って答えた。

 

「フロイトを見習うことにしたの」

《随分と悪い虫がついたものだ。……お前たちの勝ちだ、621。夜明けまで待つと、約束しよう》

 

 一瞬、うまく言葉を受け取ることができなかった。その次には泣きそうになった。

 あわてて唇を結び、眉間をぐりぐりと押し揉む。感傷に浸っている暇はないのだ。

 「夜明け」という曖昧な定義からも、最大限の譲歩を引き出せたことはわかっている。あとはそれに報いるだけだ。

 

 それからの調整はかなりばたついた。戦闘の終了を作戦指揮官に伝え、今後の監視とバスキュラープラントへ戻る人員を整理する。

 ザイレムの航路変更は、すでにアーキバスにも惑星封鎖機構にも認識されているはずだ。ただ、バスキュラープラントの状況も大きく変動していた。おそらく、そこは問題にならない。取沙汰するだけの余裕もないはずだ。

 

 そうしているうちに、こちらも忙しくしていたエアが、動揺しきった声で通信を入れてきた。

 

《レイヴン……ごめんなさい、とても悪いニュースです。……実は――》

 

 

 いかにも言いにくそうなエアの話を聞いて、思わず天を仰いだ。

 さすがにちょっと、このタイミングで聞くには、あんまりな内容だった。

 

 

 

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