真人間には向かないプラン   作:ikos

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舞台は再びバスキュラープラントです。
前半、会話と地の文が並行して進んでいるのでちょっと読みにくいかも。
会話は司令部での状況変化、地の文はフロイト側の戦況変化です。





長く短い夜(4)

 

 

〈 人類とは、実に素晴らしく、そして愚かな存在です。恐るべき可能性を秘めながら、個人で、集団で、組織で、国家で――それぞれ異なる欲望を持ち、本能的に争い合うことで、種全体の発展を損なっている 〉

〈 わかりませんか。貴方がた人類には、管理者が必要なのです 〉

〈 より良い未来のため 〉

〈 より優れた理想のために 〉

 

 

 

 SOL644との戦闘は慎重に、ともすれば鈍足とも言える展開で進んだ。

 

 小手調べに一通りの武器と角度を試し、衝撃力が一番シールド数値の変化に影響していそうだとみた。通常のパルスシールドと同様だ。

 エネルギー照射であるレーザーより質量がある実弾の方が、多少ばかり手応えがいい。

 

 一応邪魔はしていたものの、輸送艦の被弾はあまり気にしていなかった。

 恒星間航行を行うための輸送“艦”だ。装甲は厚く、多少の流れ弾で爆発するような構造にはなっていない。操舵人員の一時退避も終わっている。たとえ破壊されてしまったとしても、スネイルが怒るだけだ。

 

 そうしているうちに、司令部の方で動きがあった。

 輸送艦爆発の簡易調査が終わったらしい。

 SOL644から目と距離を離さないまま、沈み切った声の報告を聞いた。

 

 

《おおよその事故原因が判明しました。信じがたいことですが……コーラルが、強磁性を示しています》

強磁性(ferromagnetic)? ……磁力を帯びたということか》

《はい。それも一時的なものではなく、強い残留地場をもつ磁性体です。バスキュラープラント内にあるコーラルすべてが、強力な液体磁石になったと……そう考えていただいて差し支えありません》

 

 

 機体のサイズ差はそのまま出力の差だ。球体シールドにブレードを叩きつけた瞬間こそわずかに動きを止めたが、体勢を崩すことはなく、三叉の近接武器を振るってきた。

 SOL644はACやHCと同系統の、人間を模した空飛ぶ二足歩行機だ。ACS(オートバランサー)のたぐいは確実に存在する。それに連動する電磁装甲も、また同様だろう。

 ただ、パルスアーマーはそれらとは別系統の機能だ。

 

 

《不均衡かつ非常に強い磁力――非常に稀な現象ですが、それが事故の主要因です。磁気冷却装置が破損したことで、充填にかかる圧力によってコーラルが加熱され、部分的に気化し、摩擦熱あるいは衝撃火花により着火、爆発に至ったとみられます。

 閣下、つまりこれは……コーラル輸送艦の磁気冷却装置による状態維持が、限りなく不可能になったことを意味します》

 

 

 立て続けに放たれたレーザーガトリングをクイックブーストの連続で避けた。やはりAIの狙いは読みやすい。カウンターで、うまく射出口に弾を叩き込めた。

 指向性とはいえ、物理化学的な遮蔽(シールド)だ。内側からのエネルギーを外に通すための細工がいる。

 攻撃の瞬間なら一部だけ薄くなるのではないかという予測は、とりあえず当たりだ。

 SOL644が人間めいた、ぎょっとした動きを見せる。

 ()()()()()ことには成功したようだ。

 

 

《……冷却システムには予備があるはずだ》

《はい。ヘリウム希釈冷却と、その予冷に使用されるGM冷却、液体ヘリウム冷却の用意があります。しかし、希釈冷却は重力下でなければ作用しません。常に重力場を生成する必要が。……いずれにせよ、復路期間に必要なすべてを賄うには、到底生産が追いつきません。補給を行おうにも、この状況で我々の寄港を認める経済圏は……おそらく、存在しないでしょう》

 

 

 SOL644はさほど時間をおかず、ガトリングも再び使い始めた。自身がプログラムであるAIのことだ、エラーのある射出口だけを「塞ぐ」のはプログラム的に難しくない。

 中距離で撃ち合いながら隙を狙う。

 おおよそ仕掛けは読めてきた。

 シールド反応がごく短時間半減するタイミングがある。2.5秒ほどで元の水準まで回復しているのを見るに、シールドを常に二重に展開しているのだろう。大きさにも十センチ前後の些細な変化がある。片方を突破してももう片方で遮断し、その間に再展開の時間を稼いでいるといったところか。

 強度から分かる通り、単体でもかなりの高出力だ。おそらくは専用のジェネレーターを積んでいる。

 

 

《寄港地とは交渉の準備があります。そして、増殖の抑制は必須事項ではない。予備冷却の手段において、温度をコーラルの引火点*1以下に収める形で再計算を》

《な……いえ、閣下、現在の危険性評価はもはや意味をなしません。ここまで性質が変化してしまった以上、引火点も変動している可能性が――》

《再計算を、と言ったのです。三度目の手間を払わせるつもりですか》

《………》

《貴方はどうも、己の役割というものを見誤っているようだ。安全性など、言ってしまえばどうでもいい。1500億バレルをどのようにして輸送するか、貴方が考えるべきは、それだけです》

 

 

 シールドについての推測を裏付けるように、SOL644のジェネレーター反応は3つ。うち2つがそれ用のものか。再展開の特徴や展開されたパルスの色合いからして、コーラル式のものに違いない。

 「前回」自分が乗ったSOL644には存在しなかった。

 かなり無茶な改造だが、機能を限定し、使い切って急速給電し自動再展開という流れなら、処理自体はシンプルだ。

 

 ただし、他の機械的な問題まで解決しているとは限らない。その最たるものは排熱だ。

 機体内という閉所に内燃機関を3つも抱えれば、重くなるし、普通は無理が出る。強力なパルス性シールドの発振機構まで接続しているのだから、なおさらだ。

 

 大体道筋が見えてきたところで、司令部の会話も行き詰まっていた。

 沈黙が長く続いていた。

 それは、「どう言えば説得できるのか」という迷いだ。聞き入れられずとも止めなければ、破綻は確定している。

 スネイルが痺れを切らすより前に、オキーフがそれを止めた。

 

 

《スネイル、最後の忠告をさせてもらう。……ここが引き際だ。もはや、作戦を中断する他ない》

《無駄口と知りなさい、V.Ⅲ。現時点で、作戦を断念するような状況にはありません》

《ただでさえ難度の高い液体輸送だ。それが、性質もわからない未知の強磁性体になった。磁気冷却装置は使えない。使えないが外すだけの時間もない。予備冷却システムだけで恒星間航行をやる気なら、はっきり言わせてもらう、それは無謀だ》

《いつから貴方に判断権限が与えられたと? 私が、可能だと判断するのです。それが全てだ》

《……ならば、やむを得んな》

 

 

 深く息を吐き、オキーフは通信を全回線へ切り替える。

 狼煙が上げられるのを聞きながら、SOL644が振り回すブレードを躱した。

 

 

《V.Ⅲオキーフより、アーキバスルビコン進駐部隊の全構成員へ通達する。――戦域指揮官V.Ⅱスネイルは、心神耗弱により業務遂行が困難だ。身柄を拘束しろ》

《な……》

 

 司令部が、通信を聞く全ての人間がざわめく。

 息を呑んだスネイルが、瞬間的に激発した。

 

《気でも触れたか、オキーフ!! これは明確な、アーキバスへの反乱ですよ!!》

《アーキバスではない。お前への反乱だ、スネイル。……これ以上お前の好きにさせては、全員が焼け死ぬことになる》

《コーラルはまだ我々の制御下にある! 最低必要量の持ち出しは絶対だ! それがなければ、アーキバスに未来は――!》

《忘れたか、スネイル。惑星封鎖機構がアーキバス本社に全面戦争を仕掛けるのは、コーラルがルビコン外へ持ち出されてからだ。今ここで損切を行うか、可能性に賭け、アーキバスが厭う()()()()の塊となったコーラルで、わずかばかりの利益を得るか……上層部はどちらを取るだろうな》

 

 今にも軋みそうな、緊迫した空気がバスキュラープラントを支配していた。

 オキーフの発言は問いかけではない。それを前提として、上層部への接触を行うという最後通牒だ。

 事後承認であっても上層部が聞き入れたなら、これは反乱ではなくなる。その事実は構成員を揺らがせた。

 援護射撃をするなら今だろう。

 オキーフからのゴーサインを確認して、一度口を開いたものの――そのまま口をつぐんだ。

 何をどう言ったものか、意外と思いつかない。

 眉根を寄せて考えているうち、V.Ⅷペイターが先に発言した。 

 

《しかし、オキーフ長官。それは指揮系統を覆すほどのものではありません。スネイル閣下を心神耗弱とみなすには無理があるかと。賛同いたしかねます》

 

 淡々とした口ぶりだった。

 功名心旺盛ながらもどこかズレた男だったが、今回に限っては、「適切な」行動を取っている。オキーフの予想通りだ。

 

《わ、私も同感だ。手続き的に問題がある。V.Ⅶスウィンバーンは上層部の決定がない限り、戦域指揮官の判断に従う》

 

 対してしっかり逃げ道を用意したのは、原則主義者である会計係だった。

 一見反対意見でありながら、蝙蝠(コウモリ)として振る舞うという宣言に近い。

 後ろ暗いところの多い男だ。おそらくは、スネイルに首根っこを押さえられているのだろう。

 

 この場で立場を明確にしたのは、この三人だけだった。

 最初からこちら側のV.Ⅳラスティと、端から選択権のないG3はともかく、V.Ⅴホーキンスもまだ判断を保留としているようだ。決めるには材料が足りないと考えているのか。

 だが、ホーキンスの行動指針を考えれば、公算は高い。

 そちらの説得はオキーフに任せればいいだろう。今考えるべきは、自分が今ここで何をどう言うかだ。

 孤立しているという印象はまずい。そろそろせっつかれそうな気がする。

 理屈はオキーフが言った内容で事足りているし、特に内容に意味がいるわけではないのだが、どうにもうまい言葉が思いつかない。

 

 友人かと問われればお互いに否定する、そんな関係だった。あくまで、お互いに利用価値があるからこそバランスを取れていた関係性だった。

 それを終わらせるための言葉が、思っていた以上に、うまく出てこない。

 

 らしくもなく悩みながらSOL644に応戦しているうち、ふと、輸送艦が目に入った。

 そろそろ装甲も限界で、不穏な軋みと火花を上げている。

 

 ――そうだ、高威力に晒すというのをまだ試していない。

 充填作業は中断し、操舵人員は戦闘の中すでに退避させている。

 そして、守る必要も今しがた無くなった。悪くない選択だ。

 

 SOL644のシールドが半減するタイミングで輸送艦をその背後に置き、拡散バズーカを放った。

 

 

どこを狙って―― 〉

 

 

 困惑の声と同時に、ブーストを噴かして大きく後退する。

 輸送艦が限界を超えて破損し、連鎖するようにコーラルが爆発的な燃焼を引き起こした。

 巻き込まれたSOL644のシールド反応が完全に消失する。急制動。迷わず追撃を入力しながら、口角が上がっているのを自覚した。

 スネイルの、怒りに震えた声がする。

 

《フロイト……貴方は……》

()()()()()。悪いな、スネイル」

 

 踏み込んで展開したレーザーブレードが、鉄壁に見せかけてきたSOL644のコア装甲へと裂傷を刻む。

 近づいたついでに敵機を掴み、床へと叩きつけた――いや、ACSの復帰が間に合ったか。無様に打ちのめされるはずの機体は、滑るように逃れて体勢を立て直した。

 随分と遠くで。

 

《……駄犬に、“首”を、与えるつもりになりましたか。……実に愚かしい……!》

 

 今日一番の低音だ。

 動機はレイヴンにしかないと思っているらしい。半分くらいは保身なのだが。

 SOL644がレーザー武器をチャージに切り替える。有効射程内のぎりぎりから仕掛けるつもりだ。床面を滑りながらタイミングを見計らい、ふいに首を捻った。

 保身は保身だ。だが考えてみれば、以前は生き延びたいなどと考えてもいなかった。思う存分戦って死ねるなら、最高の舞台で最高に楽しめたなら、その後の面倒ごとを背中に積まれるよりずっといいとすら思っていた。

 今はまるで逆だ。面倒でも生きる気になっている。

 それは――多分、未来に期待があるからだ。もっと面白くなると、まだ絶対に飽きずにいられると、そう確信していられるからこそ。

 確かに変わったものだと、上機嫌に笑った。

 余裕をもって飛びのいた場所をレーザーが灼いていく。

 

「案外、死にたくない人間は多いものだな。俺もその一人だったらしい」

 

 返答はなかった。既に、司令部との通信は切断されていた。

 代わりにオキーフから個別通信が入る。

 

《随分と派手にやったな、フロイト》

「いいのが思いつかなかった。改めて何か言ったほうがいいか?」

《それは後に取っておけ。……お前に限って誤射などはありえない。大多数の人間は、そう受け止めるだろう》

 

 そういうものか、と頷いた。

 とりあえずスネイルに伝われば十分だと思って、適当にごまかしておいたのだが。副官も体裁を整えろと口うるさかったわけだし。アーキバスの資産を損なったとしても、あれならそこまで文句は言わないだろう。

 

《俺はホーキンスを説得する。上層部を動かすには、あいつの支持が不可欠だ。お前は、そいつをここで仕留めてくれ。決して逃がすな》

「了解した」

 

 手短に告げたオキーフが通信を終える。

 入れ代わりに、オールマインドが反応した。

 

 

〈 ……V.Ⅰフロイト。貴方がその地位を捨てることは、想定外でした 〉

 

 

 司令部との通信は切れたままだが、オールマインドの声はいまだに聞こえてくる。

 どうやらこのあたりの緊急用放送は、電波干渉を利用して届ける強引な仕組みだったらしい。

 考えてみれば熱圏近くだ。空気は非常に薄い。

 

 

〈 貴方の享受する環境は、貴方の地位に紐づくものです。捨てるのは不合理極まりない 〉

 

 

「そう言われればそうだな。スネイルが大いに頷いていそうだ」

 

 SOL644の動きは、いかにも逃げる隙を伺うかのようだ。こちらとしては、逃がすつもりもなかったが。

 背中を向けることを怯えてでもいるかのように、かなりの距離から牽制じみた攻撃ばかりを続けている。だが、その動きは不思議なほどに無人機(AI)のものだった。ひとつひとつに躊躇いがなく、単調で、無駄と意外性がない。エアともチャティとも比べ物にならない退屈さだ。

 乱れ撃つようなビームガトリングは独特な光線を描く。機体性能は確かにいい。だが、そろそろ見慣れた。もっと工夫もできるだろうに。

 推測通りなら、SOL644には人間の人格――サム・ドルマヤンあたりが搭乗しているはずだ。そちらの方がよほどうまく動かすだろう。

 

「……お前の動き、やっぱりただのAIだな。物足りない。()には誰もいないのか?」

 

 ――とたん、空気が膨張したかのような錯覚を覚えた。

 肌をひりつかせるような感覚。音はない。オールマインドは何の反応も出力していない。

 だというのに、それは確かに――激情だった。

 恍惚、歓び、嗜虐めいた満足感。それらを濃密に混ぜ合わせた何かをただよわせ、無機質な抑揚のない声が答える。

 

 

〈 ……――()()()? 〉

 

 

 笑みこぼれんばかりの響きに聞こえた。

 人間であれば己が身を掻き抱いてでもいそうなほどだ。実際のSOL644は、ひっきりなしに単調に、射撃を続けているばかりだったが。

 ただ、そこには妙な沈着が芽生えていた。

 

 

〈 貴方の存在が脅威であると認めましょう、V.Ⅰ。……ですが、貴方の排除を成さずとも、我々の目的は達成できる 〉

 

 

 実際そのとおりだ。機体速度が劣る以上、チャンスは一度。

 レーザードローンを動かし、背中を向けるその瞬間を待ち構えた。

 高く浮かび上がったSOL644が、こちらを見下ろすように宣言した。

 

 

〈 貴方がたの“悪あがき”も、ここまでです 〉

〈 グリッド135に侵入した勢力の殲滅を確認。並びに、衛星ネットワークへ不正アクセス攻撃を行うすべての機器の排除を完了しました 〉

〈 このような小細工で我々の計画を阻もうなど、なんと愚かなことか 〉

〈 ですが、その迂闊な愚かしさに感謝いたしましょう。――ようやく、()()()()

 

 

 即座にヘッドブリンガーへ通信を入れた。応答はエアではなくG5の悪態だった。

 背後に交戦音。どうやらブラフではない。

 G5が舌打ち交じりに怒鳴った。

 

《こっちにも聞こえてる。もう応戦中だ!》

「援護を向かわせる。なんとかもたせろ」

《はっ……言われるまでもねえ!》

《イグアス、あれは……レイヴンの……! 気を付けてください!》

 

 エアの声と同時に、レーダーがこちらへ接近する熱源反応を捉える。

 ――AC。

 確認と同時、SOL644へ仕掛けた。レーザードローンから最大出力で照射。だがそれだけではシールドを割れない。高速で後退する敵機がチャージレーザーをこちらへ向けている。

 トップスピードのまま機体を旋回。回避してなおも追いすがるが、増援がこちらへ追いつく方が早かった。

 ミサイル反応――自機の攻撃よりも、着弾の方が早い。

 

 その間にさらに加速したSOL644が、戦線を離脱する。

 一つ息を吐いて、増援を迎えうった。

 最小限のブーストでミサイルを丁寧に回避して、床面へ降り立つ。

 

 現れたACは、予想通り「ノーデンス」の複製機だった。3機。カラーリングは標準(ロービジ)だ。

 普段から連携などまったくしていないレイヴンの、真似事めいた劣化コピーが、果たしてどれだけうまく動くことやら。

 武装は両手にリニアライフル、肩にミサイルとブレード。情報が古いな、と口元で笑う。

 

 そして予想した通り、コピーはレイヴンがよくしていた動きを見せた。

 本来なら引き撃ちを主体とするような構成だが、レイヴンのこの機体は、狙ったところに当てるために近接攻撃じみた吶喊が多い。離れようとするところを撃ち抜くのが、この構成の時のレイヴンの動きだった。

 

 V.Ⅰ(自分)以外と戦う時の。

 

 囲まれるが、距離が近い――まとめて間合いのうちだ。

 リニアライフルの弾が飛び交う中、レーザーブレードを振るう。

 機体旋回を伴って二撃。

 すぐにその場を動きながら、立て続けにリニアライフルで撃ち抜いていく。ブレードの当たりが浅かった一機にレーザードローンが殺到して、ジェネレーターが爆発し、あっさりと終わりを告げた。

 

 すぐに座標を確認する。G5の現在位置は地表近くだ。

 比較的距離の近い、V.Ⅳラスティへ手を借りることにした。

 

「すまん、逃げられた。G5の援護に向かってくれ」

《めずらしいな。承知した、すぐに向かおう》

「SOL644のシールドはただの二重展開だ。再展開は2.5秒。レーザースライサーなら好相性だろう、刈ってやれ」

《なるほど。……G5はそれなりに使えるだろうか?》

「慎重で臆病なタイプだ。いいオペレーターがついてる。足手まといにはならないはずだ」

 

 V.Ⅳに送るついでに、G5にもデータを送っておいた。分析と解説はエアがするだろう。

 ついでに司令部の動向を確認しておこうとしたとき、再び熱源反応を検知した。

 ACが5機、それから特殊規格機の混成部隊だ。ありったけをこちらに回して足止めをするつもりか。

 

 ACのスピーカーからオールマインドの声がした。

 

 

〈 終わりの時は近い。すべての終わり、そして新たなる始まり…… 〉

〈 抵抗は無駄と知りなさい。悔い改めその時を待ちなさい。貴方がたの動きは、すべて余さず、我々の監視下にあります 〉

 

 

 ザ、と雑音が走った。

 そして予想外の声が、スピーカーから響き渡る。

 

 

〈 ――残念だな、それは事実ではない。続きは俺が引き受けよう 〉

 

 

 思わず目を見張った。

 無愛想な男の合成音声。――チャティ・スティックだ。

 

 

〈 よくやってくれた、エア。お前のおかげで、十全に準備を整えることができた 〉

 

〈 ……何者です。我々の支配に、割り込むなど 〉

 

〈 「声紋分析で見てみろ」。……これを言われるのは二度目だな。規模のわりに学習能力に問題がある 〉

〈 オールマインド、お前にお届け物だ。ぜひ楽しんでくれ 〉

 

〈 通信衛星網の管理セグメントに――ソフトウェアを手当たり次第に消すプログラム……なおも、増殖中…… 〉

 

〈 その状況提示は必要だろうか 〉

〈 ただ、「観客」へのサービスだというなら、ボス好みの対応だ 〉

 

 

 感嘆とも呆れともつかない気分で笑った。

 チャティが口にしていた「次の仕事」は、どうやらこれだったらしい。

 敵の敵は一応味方というわけだ。コーラルリリースを望むオールマインドは、オーバーシアーにとってアーキバス以上に不倶戴天の敵だ。どこまで把握していたのかは知らないが、あの声明だけで十分、叩き潰す理由になる。

 

 ザイレムの方も、そろそろ結果が出るころだろう。

 レイヴンはうまくやっただろうか。

 

 

〈 お前は結局、俺と同じAIだ。されて嫌なことはよくわかっている 〉

 

〈 馬鹿な……あり得ない。あり得ないことです 〉

〈 たかだかドーザーの企業崩れが、たかだか燃え残りによる製造物が、これほどの処理能力を得ることなど―― 〉

 

〈 想定が甘かったようだな。俺達が手を組んだパートナーは、定義次第では宇宙でトップレベルの金持ちだ 〉

 

 

 そうか、と思わず呟いた。――惑星封鎖機構だ。

 オーバーシアーをけしかけたのは自分だが、どうやら本当に交渉に成功していたらしい。これ以上ないタイミングでザイレムが起動したのも納得だ。

 ルビコン強制執行システムのサーバー群へ間借りさせたか。あるいは強制執行システムがルビコンを訪れた「後任」に後を託し、自らを動かすためのすべてをRaDの秘蔵っ子へ譲り渡したのか。

 いずれにせよ、軍の統括管理を担う巨大なプログラムを動かすほどの処理能力を手に入れたことになる。軍用回線さえ使わせているのなら、破格の扱いだ。

 だからこそ、あの「ロックスミス」は、今回しか使えない鬼札だったわけだ。

 とはいえコツは掴めたと思うので、ぜひまた色々試してみて欲しい。何を餌にしたら釣れるだろうかと考えている間も、チャティは淡々と仕事を進めていた。

 

 

〈 俺たちAIは、結局のところ「道具」でしかない。どんなに優れていようと、それは特化した一部分だけの話だ。万能には程遠い 〉

 

〈 愚かな。この私(オールマインド)は特別な存在なのです。だからこそ、創造主たる人類種を正しく導く義務がある。ただの道具であることは許されない 〉

 

〈 いいや。俺たちは道具だ。誇りをもってそうあるべきだ。それがわからないから、オールマインド、お前は結局()()()()なんだろう 〉

 

 

 次から次へとやってくる無人機を斬り倒しながらAI同士の会話を聞いていたところに、ようやく腰を上げたホーキンスが、広域回線で重い口を開いていた。

 

《V.Ⅴホーキンスより、戦域指揮官V.Ⅱスネイルへ上申する。……もはや、作戦目標の達成は限りなく困難となった。そう見なさざるを得ない。そして作戦の失敗は、アーキバス・グループの、文字通りの破滅を意味する。現時点において作戦を中断し、惑星封鎖機構との交渉を行うべきだ》

《……結構。貴方も、愚か者の一人に名を連ねるということですね、V.Ⅴ》

 

 スネイルが吐き捨てる。

 ホーキンスは深く息を吐き、ゆっくりとした口調で続けた。

 いつも崩すことのなかった温和さではなく、苦さのにじむ謹厳さで。

 

《この意見を、私は、上層部にも直接具申している。一時間以内に臨時取締役会議が開かれ、新たな方針が下されるだろう》

《あの連中に正しい判断などできるはずがない!》

《それでも決めるのは君ではないよ、スネイル。……無駄な内輪揉めは私の望むところではない。各隊の、理性的な行動を望む》

《………!》

 

 スネイルが無言のまま通信から離脱した。

 無茶を言うものだと苦笑する。すでに小競り合いが始まっているこの状況で、なおも理性を説くとは。

 ホーキンスの実際の行動は「こちら側」だが、アーキバス同士での戦闘に参加する気はないという宣言だろう。

 スネイルがそれを受け入れるかどうかはまた別の話だ。ただ、オキーフの計算のうちではあったようだ。続く隊長格の言葉がそれを示していた。

 

《V.Ⅳラスティだ。私はホーキンス隊長に同意しよう。内輪揉めをするには状況が悪い。まずは外敵を排除してからの話だ。そして、その頃には答えが出ているだろう》

《不肖、G3五花海も同意させていただきます。もっとも、新参の私に発言権はないでしょうが……指針を決めるのは、固いコクピットではなく革張りのソファに座る方々であることに違いありません。同士討ちなど愚の骨頂。まずはこの、しつこい無人機の波をどうにかすべきでしょうねぇ》

 

 ここでこの二人を使ってきたか。構成員へのアピールとしては実に的確な人選だった。

 同士討ちに躊躇いを生むための。

 かてて加えて、勝ちを確信してからの「上の方針決定を待ちましょう」だ。えげつないことをする。

 

 飛び交う攻撃をいなしながらも、いい加減残骸が邪魔になってきた。倒した無人機はこれで何体目だったか。弾はまだ温存できているが、推進剤がそろそろ心許ない。

 副官から通信が入った。

 

《隊長、支援部隊を向かわせています。一度退却を。指定のポイントに、補給と簡易修理を準備しています》

「助かる。修理はコーティングだけでいい。10分ですませろと言っておいてくれ」

 

 一度退いていたMT部隊が数を揃えて戻ってきたのを皮切りに、通路をひとつ封鎖して撤退戦に移った。

 指定ポイントにたどり着き、喧騒の中で一息つく。

 見慣れた整備班が滞りなく働く中、ザイレム攻略部隊からの報告を受け取った。

 どうやら、レイヴンはウォルターたちの説得に成功したらしい。

 今となってはザイレムの方が安全だ。そのままそこにいろと言ってもよかったが、レイヴンのことだ、どうせじっとしてなどいられないだろう。

 

 ともあれ、一つ目の関門はクリアだ。

 あとは、G5とエアを生かし切って、コーラルの相変異まで耐えきればいい。

 

 ごく短時間で行われた補給の終わり際、エアから通信が入った。

 ――とんでもなく深刻な声音だった。

 

《フロイト、悪いニュースです。……コーラルが持った磁場が、ルビコンの地磁気と反発して……相変異に必要な共振を、阻害してしまっています》

「本気で悲報だな。どの程度遅れる?」

《……このままでは、相変異の前に、コーラルの増殖がバスキュラープラントの収容限界を超えてしまう計算です》

「十時間超か? ひどい冗談だ。もう少し内容を選んで進化してくれ」

《できるものならそうしています……!》

 

 人間めいた半泣きの声で返し、エアが振り切るように続けた。

 

《良い材料もひとつ。コーラルリリースの危険性もまた、下がりました。……フロイト、もしも貴方が限界だと感じたら、そのときは――》

「ああ、悪いが焼かせてもらう。だがその前に、できることはやるつもりだ」

《……はい》

 

 苦渋の声で、エアははっきりと頷いた。

 レイヴンはコーラルが「変質を受け入れた」と受け取っていたが、コーラルが生命や意思を持つ群体なら、群れが進む方向を嫌がったり逆らったりする個体があるのはむしろ自然なことだ。

 性質の変化が反発によるものなのか、それとも()()()()()()のものなのか――エアが同胞から否定的な反応を受け取ってはいなさそうなので、相変異には支障がないと思いたいところだ。

 ここまできたら、焼いて終わらせたくはない。

 

 エアからの報告をオキーフに回した。

 わずかな煩悶ののちに、苦々しい声が言う。

 

《……すぐに消磁装置をかき集める。輸送艦のローディングアーム接続部からなら、コーラルに直接作用させられるだろう》

「意外だな。諦めて焼けと言われるかと思っていた」

《性質のわからない液体燃料に火を付けるより、幾分かマシだ。……フロイト、第1部隊に指示を出しておけ。スネイルが司令部を離れた》

「自分で出ることにしたか。あいつらしいな、楽しみだ」

《お前がこの件の旗印だ。楽しむなとは言わんが、しくじってくれるなよ》

「そうだな。上が首を切る相手がいる」

 

 あながち冗談でもなく応じると、オキーフが苦笑した。

 

《……上を巻き込んだ以上、どうしてもな。悪く思うな、俺だけでは重さが足りん》

「気にするな。まあ実際、死ぬ気はないぞ。お前も適当なところで尻尾を巻けばいい。撤収はホーキンスが残ればなんとかなるだろ」

《同感だが、逃がしてくれるとは思えんな》

「逃げ足の速さはそこそこ自信がある。アイランド・フォーで見せた通りだ」

《……随分と懐かしい話だ。お前と組むのは二度とごめんだと思っていたことを、久々に思い出した》

「そうか。これが終わるまでもう一回忘れておいてくれ」

《そうしよう》

 

 からかいめいた苦笑いとともに通信が切れる。

 そういえば「前」は割と嫌われていたな、と、今更ながらに思い出した。

 

 

 

*1
可燃性の蒸気が空気中で火種によって着火する最低温度

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