ちょっと流れが悪いなーということで本編ではさらっと触れるだけにした「菓子折持ってウォルターにご挨拶」の中身です。
いちゃついてると思う。
拠点引っ越しの雑務に忙殺される周囲をよそに、レイヴンに連絡を取り、訪問の約束を取り付けた。
メーテルリンクの菓子は航海中の貴重な楽しみとして、第6部隊のみならずヴェスパーの番号付きの間で大いに吟味を重ねられ――つまりは予想以上に大量かつ頻繁に試作を重ねる羽目になり、否応無しにその腕を向上させていた。
中でもほぼ全員から太鼓判を押されたのは、コーヒーゼリーだ。ローカロリーの極みのような菓子はスネイルの気に入りで、これではカロリーが足りないというこちらの文句も勘案し、クリームか何かで水増ししてサイコロ状に切ったヌガーを混ぜるという完成を見せた。
こうなると女性陣にも好評で、レイヴンに写真を送ったところ、さんざん遠慮した後にようやく「食べたい」と申告してきた。ルビコンにはまともな菓子がないのだから、さもありなんという話だ。
メーテルリンクは他にも種々の焼き菓子を手土産に包んでくれたので、太らせる準備は万端だ。
前回、惑星封鎖機構が全面攻勢に出たのは、アーキバスの中央氷原進出から一ヶ月ほどの時点だった。
拠点への襲来が始まれば、撤収対応に追われることになる。今のうちに色々と片付けておきたいところだ。
訪れた新しいベースヘリでは、渋面のウォルターが出迎えた。
場違いにきちんとした身なりの男だ。濃茶のスリーピーススーツに身を包み、杖をついてはいるものの、体幹はしっかりしている印象だ。こうしてみると、こいつもACに乗る人間なのだなと納得する。
そういえば、前回自分が死んだ後は「再教育」を受けたこの男がレイヴンの前に立ちふさがったはずだが――まあ、レイヴンのことだ。多分うまくやったのだろう。
ともあれ、無難に初対面の挨拶をしておくことにした。
「会うのは初めてだな、ウォルター。レイヴンはどうした?」
「二の句がそれか。……準備に時間がかかっている」
「準備?」
「……寝過ごしたようだ。先ほど起きたらしい」
「へえ。あいつにしてはめずらしいな」
そんな会話を交わしながら中に通されると、想定外の姿を見かけた。
二回りほど年上の男だ。作業着だがエンジニアという風体でもない。人を雇ったのかと怪訝に思って訊ねれば、例の大陸間輸送用カーゴランチャーの実験台になったRaDのAC乗りだった。
なんと、ウォルターの元で世話になっているという。
「は?」
しかも中央氷原にはまともに人間が住める場所がないため、ベースヘリのガレージに寝袋を持ち込んで住んでいるという。
「……は?」
ちょっと納得が行かなかったので、「そこで待っていろ」という言葉を無視してウォルターを追い回した。杖を突きながらも忙しそうに早足で歩くウォルターは、苦り切った様子で目を合わせようとしない。
「人手は足りているとか言ってなかったか」「部外者の男を寝泊まりさせているとか話が違う」「なあ聞いてるのか」などとしつこく話しかけているうち、渋面のウォルターがようやく足を止めて振り返った。
「いい加減にしろ。子供じみた真似をするな、V.Ⅰ。十歳児でももう少し聞き分けがいい」
「だってあんまりじゃないか。なんで俺は駄目なのにあいつはいいんだ」
「……昔馴染みの頼みだ。貢献もした。お前よりもよほど分を弁えている」
「
「薬物中毒者ほどの危険性はない。油断のないよう、両者ともに言い含めている」
「住まわせておいてか。もうそれが油断だろ」
「最大の危険因子に差し出口をされる筋合いはない。……不在期間のやらかしについて、俺が何も聞いていないと思うか」
それは正直予想外だった。
レイヴンのことだから、そのまま全部を説明したとは思えないのだが。
「なるほど。……どこまで聞いた?」
「……段階があるのか」
低くなった声に、墓穴を掘ったかと頬を掻いた。
とはいえ大したことはしていないのだが、たぶんあれは言っていないんだろうなと当たりをつける。喉の痕もとうに消えて、証拠は隠滅されているところだ。
ごまかすように手提げ袋を差し出した。
「そうだ、今日は手土産を持ってきた。確認してくれ」
「ごまかし方があからさますぎる。……今度は何を持ち込むつもりだ、V.Ⅰ」
「ただの菓子だ。安心しろ、妙なものは入っていない」
どんな感情なのか、ウォルターが目を丸くして絶句する。
首を捻った。
「レイヴンには先に言っておいたんだが。本当に妙なものは入ってないぞ? 作っているところも材料も見ているし、俺も一緒に食べると言ってある」
「…………」
「……駄目か? 減った分の体重を増やさせたいだけなんだが」
ウォルターが許さなければ、レイヴンも断ってくるだろう。
段取りを間違えたな、と思いながら反応を待つと、大きなため息が返ってきた。
「……コーヒーで良いか」
「ああ。ちゃんと
再びため息が落ちた。
むしろ驚かれたのはそこだろうと、のちにホーキンスが教えてくれた。「菓子折りを持って親御さんにご挨拶、みたいなシチュエーションだと思われたんじゃないかな」と苦笑されて、なるほどと頷いたものだ。別に親ではないのだが。
そこにゆっくりした足音が近づいてきて、レイヴンから怪訝そうな声を掛けられた。
「どこにいるのかと思ったら……。二人とも、こんな隅っこで何してるの?」
「気にするな。……というかちょっと待て、シャワー上がりでうろうろするな油断だろうが油断!」
「なんでわかっ……しかたないじゃない、寝落ちちゃったのよ……!」
「やっぱり駄目だろウォルター。見ろ、この危機感のなさ」
「ご心配なく、貴方相手にはきっちり警戒するから!」
「どこがだ」
ウォルターが頭痛をこらえるように眉間を押さえる中、至って真剣に侃々諤々と言い合っていると、寄ってきたドーザーが呆れたような声をかけてきた。
「何こんなとこでいちゃついてんです? ウォルターさん困ってやすぜ」
「いちゃっ――……違うから! ラミーさんまでそんな――」
憤懣やるかたない、とばかりに振り返ったレイヴンが、きょとんと言葉を呑んだ。
ドーザーが両手に抱えているのは、薄茶の毛糸の編み物だ。何だろうかと思っていれば、レイヴンが明るい声を上げる。
「もうできたの? すごい上達速度ね!」
「最初の方の編み目、ガタガタなのが気になるんすよ。これってうまいことほどいて編み直せるもんなんすかねえ」
「第一号作品だもの、これも味じゃない? ねえウォルター。これくらいなら気にしないでしょう?」
「……なぜ俺に聞く」
「なんでって……ウォルターさんのだから?」
「よね?」
「…………」
「膝が痛むなら暖めた方がいいんじゃねえか」
「そうそう。せっかく作ったんだもの、使ってあげたら?」
ウォルターがどうにも居心地の悪そうな顔になる。気持ちだけもらおう、とは言えない流れだ。
特に助け船を出すつもりではなかったが、気になったので口を挟んだ。
「……そもそも、なんで毛糸と編み棒なんてものがあるんだ?」
「私がウォルターに頼んだから。手の運動になるの」
答えたのはレイヴンだった。意外に思って顔を見つめる。
「できるのか」
「料理よりは得意ね。設計図通りに手を動かせばいいだけだから」
「俺も欲しい」
「いや」
スパンと断られ、思わず唇を曲げた。
取り付く島もないとはこのことだ。不満をありありと浮かべてレイヴンを見たが、なぜか彼女も同じような顔をしていた。
「セーターとか定番だろう。できないのか?」
「できるけど、やだ。すごく気が進まない。貴方がいま着ているジャケットのほうが高性能だもの。軽さも保温性も格段にね。もらった時点で満足して、ほとんど使わないのが目に見えるわ。クローゼットの置き物をわざわざ作る気はないの」
「……見てきたように言うな?」
「見なくてもわかる。賭けてもいいわ」
「いいぞ。何を賭ける?」
「……だから、作らないってば」
「わかった。いくら出せばいい」
「わかってない。そうやってお金で解決しようとするの、貴方の悪いところよ」
「お前が金以外で動かないからだろう。いくらにする?」
「5億COAMとでも言ってほしい?」
「……本気で作る気がないのは理解した」
「何よりだわ」
つん、と冷たく言い切られた。つれないことこの上ない。
まあ実際、欲しかったのは確かだが、手に入ったら満足してしまい込んだだろうとは思う。レイヴンの予測どおりだ。多分使わない。
前回ごねてレイヴンからもらった石ころは、一体どこにやったのだったか。最後に見かけたのは、旧技研都市への移転前あたりだった気がする。
しばらく黙っていたレイヴンが、なんだか居心地の悪そうな顔で、ちらりとこちらを見た。
「……もうちょっと手がかからないものなら、作ってもいいけど」
ぽつりとこぼした言葉に、笑いそうになって口元を押さえた。
なんだかんだ甘いのは相変わらずだ。
「検証データとか、いろいろ、貰ってるし……今度ラミーさんに、タティングレースでも教えようかと思ってたから……見本を作るし、その、それくらいなら」
「いいな。欲しい」
「……どんなものかわかってないでしょ」
「お前がくれるなら何でもいい」
ぐ、と言葉に詰まってレイヴンがうつむく。
これはいい反応なのではと、顔を覗き込もうとして逃げられた。
「……なあウォルターさん。こいつらデキてないって何の冗談なんすかね」
「随分と目が曇っているようだな。少しコーラルを控えろ」
「いやどう見てもいちゃつ――」
「
「ウィッス」
タティングレースは簡単に言うと、刺繍糸で結び目を作って構成するタイプのレースです。
可愛らしくなるものが多いですが、この方の作品などシンプルで格好いいものも。
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