真人間には向かないプラン   作:ikos

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変わるもの、変わらないもの

 

 

 

 レイヴンの到着は予定より1時間ほど早まると連絡があった。そこにウォルターの何らかの意図があったのかはわからない。

 よりによって上層部との会議が入っており、最短で強引に終わらせてブリーフィングルームを出る。スネイルのため息を背に、もどかしくなりながら走った。

 社内をハンガーまで一気に駆け抜ける。

 機体の前でホーキンスと話している姿を見つけ、たまらず声を上げた。

 

「レイヴン!!」

 

 驚いたのか、レイヴンが目を丸くしてこちらを見る。物怖じしないが理知的な目、肩口を滑るようにひるがえる柔らかな色の髪。何ひとつ変わらない。

 こんな風に大声を出すなんて久し振りだ。ああ本物だ、と感極まってしまって、湧き上がる衝動のままに抱きすくめた。

 

「え!? ちょっ……と、何……!?」

「フロイト君!? 待つんだ、それは駄目だよ! 落ち着きなさい!」

 

 慌てたホーキンスがばしばしと背中を叩いてくる。

 失敗しているとわかっているのだがもうだめだ、あまりにも会えない時間が長すぎた。びっくりしたレイヴンが身を固くしているが、どうにも抑えられずに額をぐりぐりと押し付ける。柔らかさも温度も匂いも記憶のままだ。念願の再会だった。一方的に。

 ――と、そこで、膝裏に衝撃が走った。

 

「……やめなさいって、言ってるんだよ。フロイト君」

 

 体勢を崩したところを羽交い締めにされて、ようやく我に返った。

 開放されたレイヴンはあっけに取られた様子だった。それから、はたと気づいたように、3歩ばかり距離を取る。

 呆れ声のホーキンスが、そちらに苦笑を向けた。

 

「いやあすまないね、驚かせてしまって。止めるのが一歩遅かった。……言い訳になるけど、ちょっと感極まっちゃったみたいでねえ。ずいぶんと楽しみにしていたんだよ。本当にすまない」

「……あ、いえ……」

「ほらフロイト君、謝って」

「……………」

「フロイト君?」

「だって無理だろやっと会えたんだぞ!?」

「フロイト君」

 

 ぎり、と後頭部を組んだ拳で圧迫された。痛い。

 ホーキンスの方が身長が低いので、この体勢はかなり腰に来る。

 

「このまま帰られても不思議はないよ。それが嫌なら謝りなさい」

「ゴメンナサイ」

 

 棒読みで謝ると、ため息とともに解放された。レイヴンがなんとも言えない微妙な顔をしている。

 虫ケラを見るような目でもされていたらさすがに堪えただろうが、嫌悪感めいたものは見られなかった。――たぶん。おそらく。希望的観測でなければ。

 ホーキンスが間に入るように立ち、いかにも人のよさそうな笑みを浮かべた。

 

「すまないね。ええと、レイヴン君だったかい? 早速だけど、医療棟の方に移動しようか。もうあちらの準備はできているそうだよ。まずはカンファレンスで施術内容を確認して、それから術前検査だね」

 

 ホーキンスはテキパキと話を進めることで退路を塞ぎ、ごく自然にレイヴンを促した。帰ると言い出すような隙を与えない、見事な手際だった。

 「今日は少し暖かいね、天気が良くてよかった」などと、ごく自然に雑談を始めている。

 さすが、ヴェスパーの番号付きで唯一の家庭持ちといったところだ。害のなさアピールがあまりに巧みだった。

 歩行用の補助装具をつけたレイヴンの歩みは遅いが、気遣いを気付かせない自然さで歩調を合わせている。

 それでいてこちらに対しては、近づかせないようしっかり警戒していた。あまりの頼りがいに涙が出そうだ。出ないが。

 

 やらかした自覚はあるので大人しく後ろについていったが、なんだかもう、視界の中にいるだけで胸が一杯になる。――いや嘘だ。本音を言うならさわりたい。手を伸ばせば届くところにいるのにさわれないとか何の拷問だ。

 

「フロイト君」

 

 ホーキンスがぴしゃりと名前を呼んだ。

 察しが良すぎる。まだ何も行動に起こしてはいないのに。

 

 

 

 医療棟では既に症状や治療記録などの共有が済んでいたため、特に長々とした説明は行われなかった。ウォルターが選んだ通りの内容になっているかどうか、手術支援ロボの設定や使用機材に妙なものが混ざっていないかなどを一通り確認している間に、全身の術前検査を済ませる。

 今回の手術はあくまで歩行や走行機能の再建だけだが、根治のためには、今は強化手術のバイパスが代理機能を賄っている脳と脊髄の神経をまるごとどうにかしなければならない。手術は大掛かりで、極めて高度な医療技術が必要だ。当然値も張る。

 いずれはその辺りも受けさせたいので、検査だけはオーダーしておいた。ウォルターが無言で見逃してくれたということは、望みがないわけでもなさそうだ。

 

 以前はレイヴンが主体的に動いていたので、口を利いただけでほとんど関与していなかったのだが――あらためて詳細を詰めてみると、なかなかに大変だった。確認事項と必要な前提知識が多い。

 

 一仕事終えた気分で、ウォルターに最終確認を行った。さすがに基地内部の映像を送ることはスネイルが断じて許可しなかったが、オペ室だけはウォルターも譲らなかったのだ。いっそ本人が来れば良いだろうにと思わないでもなかったが、警戒しているのか、あるいはまだルビコンに来ていないのかもしれない。

 内容に問題はなく、ゴーサインが出た。

 終始レイヴンの傍についていたホーキンスが、頃合いを見計らってか、こちらへ近づいてくる。

 

「問題はなさそうかい?」

「ああ」

 

 頷いて、レイヴンの方を見た。目があったので首を傾げる。

 不安でもあるのだろうか。

 ホーキンスが声を潜めてつついてきた。

 

「何か、安心できるようなことを言ってあげるといいよ」

「何かって何だ……」

「――わかった、指定しようか。『大丈夫だ、ちゃんと見ている』だよ。いいね」

 

 押し出されるようにして前に出た。

 真っ直ぐにレイヴンが見つめてくる。なんだか妙に落ち着かなくて、うまく声が出てこなかった。もしかしたら、柄にもなく緊張していたのかもしれない。なにしろ初っ端からやらかしたばかりだ。

 

「……不安か?」

「……そうね。こんな場所で意識を手放すわけだもの。……でも、貴方が私の足を直したいって思っていることは、信用するって決めたから」

「ああ。大丈夫だ、ちゃんと見ている」

「うん」

「ウォルターへの通信も、ちゃんと繋いでおく。心配するな。……そうだ、今話すか?」

「いいわ。そんな大げさな話でもないんだし」

「……そうか」

 

 会話が、どうにも上滑りしている気がした。

 まだもっと他に、話すことがあるような――このまま送り出す前に伝えておきたいことがあるような、そんな気がする。

 大分前にも、覚えのある感覚だ。

 見つけられず黙っているうちに、レイヴンが話を切り上げた。

 

「じゃあ、手間を掛けるけど。お願いね」

「ああ。任せろ」

 

 とりあえず拳を突き出してみた。

 目を瞬いたレイヴンが笑って、こつんと拳を合わせてくる。

 どうもぎこちない。まるで十代の子供のようだ。見守るホーキンスの視線がやたら微笑ましげだったが、務めて気にしないようにした。

 

 

 

 

          - / - -

 

 

 

 

 手術は特にトラブルもなく終わり、病室に移ったレイヴンが目を覚ますのを待つばかりとなった。

 滞在予定は5日間だ。本日と翌日の2日目は人工神経の生着を阻害しないために要安静、3日目に歩行機能訓練、4日目にAC操作確認、5日目に最終的な精密検査となる。一通りのスケジュールをあわただしくこなすことにはなるが、自分がこの先やることはそう多くない。

 

 ホーキンスはなにやら仕事が入ったとのことで、看護士に見張りを預けてこの場を離れていた。代打はいかにも仕事ができそうな若い女だった。強化人間でもないので腕っ節は強くなさそうだ。猫の鈴というやつか。

 

 ウォルターに手術の終了を報告して一息ついていると、長身の男前(4番隊長)が様子を見に来たので、思い切り顔をしかめてやった。

 

「……何があっても顔を見せるなと言ったはずだが」

「あれは“彼女に会うな”という意味だろう? 条件は守っていると思うが。念のためにこんなものも持ってきたくらいだ、安心してくれ」

 

 そう言って、脇に抱えていたものを示した。

 アーキ坊やの着ぐるみだった。頭の部分だけどこからか調達してきたらしい。いっそのこと最初から全身装着して来て貰いたいくらいだ。

 4番は爽やかな笑みを看護士に向け、「しばらく私が見張りをするから、少し休んでくるといい」などとのたまった。ぽうっとなった女がそこで食い下がってくれる肉食系なら良かったのだが、残念ながらあっさり手玉に取られていた。

 

「噂の女性を一目確認するくらい良いだろう。興味はある」

「お前はいるだけで厄介そうだからな……。というか、見るな。減る」

「減るのか」

 

 同じ微笑ましげな反応でも、ホーキンスのそれと違って舌打ちしたくなるのはなぜだろう。人徳の違いか悋気なのか。

 ヴェスパーの会議でも、最初にストッパー役を名乗り出たのはこの男だった。一も二もなく断固として拒否したが。

 別に、レイヴンがこの男に一目惚れしてしまうなどとは思わない。

 ない。

 ……ないはずだ。前だって別にそんなことはなかったのだから。

 結果的に解放戦線にかっさらわれてしまったとはいえ、この男にもレイヴンにも、そんな感情は見られなかった。今よりずっと親しかったにもかかわらず、だ。

 だがしかし、こうも足りないものを突きつけられてしまうと、万が一を考えてしまうのは仕方がない。そして万に一つでも許容できない。

 憮然と黙り込んでいると、4番が苦笑を漏らした。

 

「最初の最初から暴走したと聞いたので、心配していたんだが……。落ち着いたようで何よりだ」

 

 絶対にその話だと思っていた。お前に何がわかるんだ、という気分で睨みつける。

 これだから女を転がし慣れている男は。今度ヴェスパー有志の「某イケメンを呪う会」に1万COAMくらい出資しておこう。

 

「手術は成功したんだろう? 妙に機嫌が悪いな」

「お前のせいだろ」

「私? ……何かしただろうか」

「……あいつのAC」

「ああ、センスの良い軽量機だったな」

「……NACHTREIHER(ナハトライアー)がまた増えていた……」

 

 男前が首を傾げた。

 「ノーデンス」と名前を与えられた機体は、速さを追求したのか随分と軽量寄りになっていた。それはいい。何の気が変わったのか塗装にも手を加えていた。それもいい。だが、カワセミを想起させる紺とオレンジの色合いが、この男のスティールヘイズと並べると、まるで対であるようなしっくりくる佇まいだったのだ。面白いわけがない。

 

 スティールヘイズは良い機体だ。乗っている人間は最近そろそろちょっと気にくわない気分が積み上がって来たが、機体に罪はない。コンセプトがしっかりしていて悪くない構成だ。

 だが、ロックスミスだって負けていないはずだ。それはまあ強さだの速さだの固さだのといった特化はさせていないが、どんな状況にでも対応できる良い子だ。

 前のレイヴンの機体(アンラヴル)は、V.Ⅰ(じぶん)との戦闘に勝つことを主眼に置いていた。軽量化と高速機動を極めたところで被弾をそう落とせそうにないと、装甲と機動力のバランスを探って同じ中量2脚に行き着いていたのだ。

 ノーデンスは違う。あれはウォルターとの仕事のための機体で、スティールヘイズと似ているのは、結果的にそうなっただけの偶然だ。

 どれもこれも散発的な理由だが、色々とあれこれ引っかかるところが多い。

 総合してみると、八つ当たりだった。

 

「……装甲が足りないと思わせるしかないか……見ていろよ……」

「発言が不穏なんだが……。嫌われないよう、程々にな」

 

 そのとき、レイヴンが目を覚ます気配があった。

 着ぐるみの頭を掴み、叩き込む勢いでV.Ⅳに被らせる。

 抗議の声を黙殺してから顔を戻せば、レイヴンのぼんやりした視線が宙を泳ぎ、はっと焦点を結んで身を起こした。

 

「待て、大丈夫だ。……安静にしておけ」

 

 強張った肩から力が抜けた。

 ほっとしたような表情のレイヴンがこちらを見て、怪訝(けげん)そうに眉をひそめる。

 目を覚ましたら妙な被り物をした大男がいるのだ。いぶかしくも思うだろう。

 

「……どちら様?」

「気にするな。ただの不審者だ」

「初めまして、レイヴン。私は――」

「名乗るな。必要ない。さっさと仕事に戻れ」

 

 レイヴンへ差し出した手をはたき落とし、げしげしと足を蹴って追い出しにかかる。

 芝居がかった様子で頭を振られた。ずんぐりしたアーキ坊やの顔がやたらと癇に障る。今度見たら拳を叩き込んでしまいそうだ。さすがに今はやらない。

 

「やれやれ。度量の小さい男は嫌われるぞ」

「余計な世話だ。いいから失せろ、目的は達成しただろう」

 

 威嚇するように言うと、Ⅳが肩を竦めた。けったいな頭を被っていると言うのに何故かイケメン感がある。張り倒したい。

 

「しかたない、退散しよう。……そうだ、レイヴン。君は自覚がないかもしれないが、この厄介な上司がここまで人間らしくなったのは、君のおかげなんだ。どうか見捨てないでやってほしい」

「お前はいつから俺の保護者になった」

 

 ぷ、と吹き出すのが聞こえた。

 顔をしかめたままレイヴンを見ると、口元を押さえて肩を震わせていた。

 満足そうに笑った4番が病室を後にする。

 まだくすくすと笑っているレイヴンに、思わずため息を吐いた。

 

「仲が良いのね。兄弟みたい」

「悪い冗談だ」

 

 うんざりして言った。椅子に腰を下ろして足を組む。

 

「体調は?」

「悪くないわ。……疲労感は、まあそれなりに。あとはちょっと、副作用でむず痒いけど」

「薬を切らさないようにしろよ。むず痒いどころじゃなくなるらしいぞ」

「そうね、気をつける」

「横になっておけ。眠くないなら、リクライニングを上げるが」

 

 レイヴンが首を振って、ベッドに戻った。

 彼女もここのところずっと働きずくめだったはずだ。少しは休めればいい。

 視線を引き剥がし、ごまかすように端末を手にとって、書類仕事を始めた。

 再び引き継ぎを受けた看護士が、銅像のように部屋の隅へ待機した。――頬が上気しているのはあの男の仕業だろう。これはどうあっても買収できなさそうだ。

 

「……ずっとここにいるつもり?」

「ウォルターとの約束だからな。落ち着かないか?」

 

 言ったあとで己の所業を振り返り、それはまあ警戒するし落ち着かないだろうな、と納得した。

 納得はしたのだが、これ以上謝りたくはない。先走りすぎたのはわかっている。それでも、どうしてだめなんだ、という憮然とした感覚が、どうしても(ぬぐ)えないのだ。

 どこか他人でもさわっていいところはないのかとホーキンスに訴えたところ、無言の真顔で首を横に振られた。ないらしい。あんまりだ。

 

「まず問題は起きないとは思うが、絶対に危害を及ばせずに返すと約束したからな。我慢してくれ。……あとはまあ、話し相手くらいならできる」

「話ね……FCSのことでも話す?」

 

 思わず、ぱっと顔を上げてしまったが、いやいやそうじゃないと首を振った。せっかく顔を突き合わせて話すのがそれというのは、いや絶対に楽しいのだが、すさまじい機会損失なのだと理解している。主に距離を縮めるという意味合いで。

 後ろ髪を引きまくる誘惑にどうにか抗って、端末に目を戻した。

 

「……いや、それはまた今度だ。お前が話せる範囲でいいんだが……お前のことが聞きたい」

「そんなに面白いこともないと思うけど」

「なんでもいい。家族のことでも、故郷のことでも、最近食って美味かったものでも」

 

 顔をじっと見てしまわないよう、端末に表示される文字列を目で追った。

 決裁内容は先日の整備班への大盤振る舞いだ。自費のつもりだったのが誤って会計処理に回ったらしい。注釈をつけて差し戻しておいた。別途支払い手続きも済ませておく。

 考え込んでいたレイヴンが、ぽつりと呟いた。

 

「……メイワット社のエナジーバーのチーズ味、かな」

 

 一番最後で、一番最近のものを答えることにしたらしい。

 そうか、と応じた。

 

「食べたことはある? 黒胡椒がちょっときいた感じで、あんまりぱさぱさしてないの」

「ああ。ちょっとしっとりしてるよな」

「ね。ベースはポテトなのかな、味のバランスもいいと思う」

「今度箱で」

「送ってこないでね」

「……いいだろ、もうすぐサンタクロースの出動時期だ」

「まだ結構先じゃない? ……というか、日付感覚があやふやになってくるわよね」

 

 イベントごとはコロニーでも開拓惑星でも、地球のカレンダーを基準にしていた。宇宙コロニーなら時間の人工的な調整ができるが、開拓惑星は一日の長さがそのサイズと自転速度に依存する。短かったり長かったりするのだ。ルビコンは前者だった。そして、年の数値を地球と合わせるためにR-Sol-1から計上して395日が一年となる。週の概念はあるが月の採用はなく、ただのカウントアップ形式だ。

 一年の長さが公転周期と一致しない以上、季節も毎年ずれていくので、同じR-Sol-100でも夏だったり冬だったりする。――もっとも、今のルビコンは一年中が冬なのだが。

 

 レイヴンがいう「あやふや」とは、いかにも地球出身者の発言だった。

 要するにクリスマスの主役たる宗教指導者の誕生日が、その場所においては12月25日とは限らない、ということだ。

 そしてさすが政治的な最大勢力というのか、宇宙開拓時代になっても、その日は多くの地域で後生大事に祝われている。とてつもなくスケールの変わったこの事態を本人がどう思っているのか、少し興味はあった。

 

「……クリスマスプレゼントといえば、覚えているのだと、子どものころの恐竜図鑑が嬉しかった」

「へえ……。案外、普通ね」

「ああ、わりと普通だ。そっちは、何かあるか」

 

 平穏な世界の住人だったことも、環境に恵まれた“ごく普通の中流家庭”だったことも、はっきりと聞いたわけではないが大体察している。聞いてはいけない質問ではないだろう。

 レイヴンがしばらく沈黙した。

 ちらりと目線を向ける。

 どこか懐かしげな――痛みのある表情をしていた。

 

「内緒」

 

 すこし迷いは含んでいたものの、それは、明らかな拒絶だった。

 以前の彼女も、思い出を話すときには時折こんな顔をしていた。話したくないというほど強いものではなく、そっと埋めて置きたがるような、そんな表情だった。

 理由は、よくわからない。もっとちゃんと聞いておけば良かったと、今になって思っている。

 

「……そうか」

 

 口を曲げつつも、とりあえず追求せずに頷いた。

 端末で隠れなかったそれを見つけたのだろう。レイヴンが困ったように眉を下げて笑う。

 

「恐竜だったら、私も子どものころ好きだったわ」

「トリケラトプスとか」

「そう。定番」

「“皆が好きだから定番”、なんだったか」

「わかってるじゃない」

 

 以前の彼女の言葉だ。いわばカンニングだったが、嬉しそうなのでまあいいだろう。

 重ねる会話は探り探りで、要領を掴めば、触れられたくない部分が見えてくる。

 

 

 それをどう扱えばいいのかは、まだわからなかった。

 

 

 

 

 

 

 





ルビコンのカレンダー方式とか一年の日数とか一日の時間とかは、勿論まるっと捏造です。
惑星間航行が短時間で行える世界、UTCは極力生かすでしょうけど後はどうかなー……

公転周期に合わせた暦が必要なのは農業のためで、作るのはどこの星でも一大事業だと思うんですよね。地球とはもろもろ条件が違うでしょうし、色々考え方もあって紛糾しそう。




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