真人間には向かないプラン   作:ikos

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個をして個たらしめるもの

 

 

 休暇を取っているとはいえ、第1部隊は副官の指揮下で稼働している。昨日に引き続き時間の都合をつけたホーキンスにレイヴンを任せ、あからさまな寝不足の状態で報告を受けた。

 

 なにしろ一晩中同室に居座っていたのだ。それはもうお行儀良く。まともに眠れるはずがない。

 ウォルターに聞かれたら「誰がそこまでやれと言った」とでも言われそうだが、ここのところの(自分の)やらかしで、スネイルからレイヴンへの心証は真っ黒黒の黒だ。妙な気を起こすとは思わないが、念には念を入れておいた方が良い。見張りはついていたので、一応良しとしてもらいたいものだ。

 

 端末に表示される作戦内容は、今日到着予定の物資輸送船の護衛だった。ルートを確認しながら欠伸を噛み殺す。

 

「――ここと、ここだな」

「自分も同意見です。両地点での襲撃を想定したブリーフィングを行います」

「ルートを変更させるか?」

「いえ。スネイル閣下のご意向どおりに」

「そうか。なら、頼んだ」

「お任せください」

 

 レッドガンの投入は予想されていない。独立傭兵程度なら、残りの第1部隊だけで特に問題のない任務だ。

 そこで仕事の話は終わりだった。どうにも眠気が抜けないまま端末を置くと、副官が揶揄を交えて訊ねてきた。

 

「そちらの進捗はいかがです? 少々思わしくないように見受けられますが」

「……まあな……会話の累計時間は増えたんだが……あれだな、綱渡りをしている気分だ」

 

 副官が意外そうな顔をした。

 

「あなたらしくもない。随分慎重になっていますね」

「そうか? ……そうかもな」

 

 思わぬ指摘に、腕を組んで考え込んだ。

 言われてみればそのとおりだ。

 

「思いのまま動いて一回と言わず失敗してるから、そのせいか」

「なるほど……。しかしまあ、この手のものは落とす前の駆け引きが色々と楽しいものですよ。存分に振り回されてはいかがです? めずらしい体験でしょうからね」

 

 こいつも男前(と書いて敵と読む)の側だったかと半眼になる。言われてみれば第4隊長ほどわかりやすく女に受ける風体ではないものの、男ぶりに余裕のある面構えだ。散々世話をかけてもどうにか乗り越えていく根気と能力もある。

 妙に納得して頷いた。

 

「それでお前は女と長続きしないのか。常に新鮮味が欲しいんだな」

「いや自分が長続きしないのは隊長のお守で忙しくて恋人に時間を割けないせいですが。貴方が主たる原因ですが。状況をご存じならもう少し無茶振りを減らしていただけませんかね!」

「そうか。わかった」

「期待の持てないご返答をありがとうございます。……ところで隊長、因果応報という言葉はご存知でしょうね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな具合で最低限の仕事を片付け、レイヴンの病室へ足を運んだ。今日は一日安静だ。暇をしているところだろう。

 さて次は何を話すかと考えて、はたと気づいた。

 時間を持て余している。相手はあれだけ待ち望んだ女だというのに、会話が億劫(おっくう)になっているのだ。

 なかなか衝撃的だった。

 立ったまま黙り込んでいたからか、起こしたベッドに(もた)れているレイヴンが端末から顔を上げ、不思議そうに首を傾げた。

 

「何?」

「――やめた」

 

 目を瞬くレイヴンに構わず、大きくため息を吐いて椅子に座った。

 投げ出すような乱雑な動きに、ギイと濁った軋音が上がる。

 

「周りに助言されていたんだ、とにかく話をしろと。それで、ああだこうだと色々聞き出そうとしていたんだが」

「なるほど……。それをやめるの?」

「ああ。何か違う気がする」

 

 確かに前回の自分たちは、ほとんどACのことしか話していなかった。お互いのことをよく知っているようでいて、まるで知らないままだった。

 けれど、それでも十分楽しかったのだ。会話は情報収集じゃなくて、楽しむためのものだと、今になって実感する。

 それだけでは足りなかったとしても、自分たちの間にある核はACだ。きっと何回やり直したところで、それだけは変わらない。

 

「俺が気に入っているのは()()お前だ。ACに乗って戦ってる女だ。過去を掘り起こしたところで、お前のことがわかるとは思えない」

 

 レイヴンが、小さく息をのんだ。

 揺れるような眼差しがこちらを見る。迷うことなくそれを見返していると、やがて、吐息のような笑みを浮かべた。

 

「……ずいぶんと、極端から極端に振れるわね」

「別に聞きたくないわけじゃない。お前が言いたくないんだろ」

「どうかしら。……じゃあ、何が聞きたい? 第1隊長さん」

「そうだな、とりあえず、今一番好きな武器」

 

 レイヴンが笑い声を転ばせた。

 そして、からかうように小首を傾げて目を細める。よく知っている笑い方だった。――やっぱり、この方がいい。

 

「ここは、貴方に贈られたLR-037 HARRIS(リニアライフル)って答えるべきかしら」

「そうでなくても、割と好みだろ?」

「そうね。実際好きなのよ。威力が高いし弾速も早いし、弾数が多いところもいいわよね。近々もう1挺買うつもり」

「両手持ちか。だったら重視すべきは反動制御だな。腕フレームは何を持ってる? とりあえずNACHTREIHER(ナハトライアー)は向いてないからな、変えないとな!」

「やけに乗り気ね」

「あとあれ、結構重量があるんだよな。軽量脚じゃ厳しいだろ。中量2脚はいいぞ、もうちょっと積めるし素直に動くし何よりカッコいい。MELANDER(メランダー)なんてどうだ、俺も使ってる」

 

 端末にデータを表示させてレイヴンに見せる。

 覗き込んだレイヴンが、悩むように口元へ手をやった。

 

「……うーん……そうね、MELANDER(メランダー)だったら、C3の方が好みかも」

「ああ、性能は良いな。そのぶん積載量が落ちるが……行けるか? 一度組んでみるか」

「性能もそうなんだけど、ここの、膝から下のラインがね。すっとしていて綺麗じゃない?」

「なるほど、わかる。そういうのが好きなのか」

 

 とりあえず計算してみたが、手持ちの腕フレームではやはり少々厳しそうだ。反動制御が高い腕は総じて重量が嵩む。他で調整するにも、かなり無理をすることになりそうだ。

 

「アホみたいに軽くて反動制御がそこそこで射撃適性がまあまあな腕……」

「……無理難題感があるわね……」

「……いや、ひとつ心当たりがある。系列企業にそういうのを作りそうな変態(とこ)がいるんだ、試作品ぐらいあるんじゃないか」

 

 脳裏にあるのは当然のごとく、例のLAMMERGEIER(ラマーガイアー)だ。

 とにかく速く飛ぶこと(だけ)を追求した設計は最後の最後まで腕をつけることを渋っていたが、渋りに渋って出してきた腕は装甲こそペラペラだったもののとんでもなく軽く、性能も悪くなかった。あれを先に作らせる代わりに開発を後押しするという選択はありだろう。レイヴンなら使いこなせるはずだ。

 

「試作品って……修理パーツとかどうするの?」

「そのうち色々手を回す。それまで脚は無印の方にしておいたらどうだ」

「貴方を相手にするなら機動力が欲しいのよね。いま市場にある中量機だと、最大でどのくらい確保できるもの?」

 

 何の裏もなくそんなことを言うものだから、うっかり抱きつきそうになった。看護士(みはり)がすかさず咳払いで割り込んだので未遂に終わったが。

 機体構成を考える際に、自分の存在があると思うだけで浮かれてしまう。

 ごまかすようにホールドアップして、スペック表を脳裏に流した。

 

「だったら総重量は70000程度に抑えて……反動制御と射撃適性……。ああ、良いのがある。04-101 MIND ALPHA(マインド・アルファ)だな」

「知らない名前だわ。どこのメーカー?」

「オールマインド製だ。この間のトランスクライバーが使っていた」

「ああ、あの」

「それだ。強請(ゆす)れば売らせられるだろ」

「もう。強請るとか言わない」

「じゃあなんて言うんだ?」

「誠心誠意“お願い”するのよ」

「内容は同じやつだな。よし、次は肩の武装か」

「そうね、軽いミサイルとか――」

 

 ああでもないこうでもないとアセンブリを相談しているだけで、あっという間に2日目は過ぎた。

 

 看護士から情報を得たらしい4番が呆れたような顔をしていたが、自分たちは、多分これが基本でいいのだ。それが確信できただけでも収穫だった。

 

 

 

 

 

 

 3日目はリハビリ室における歩行訓練だ。もしやこれこそ合意的にさわれる機会なのではないかとそぞろだったものの、初老の理学療法士から「素人が何を言っているんですかね」と冷たい目で返された。どうも最近、非戦闘要員からの扱いが雑になっている気がする。前回はもうちょっと全体的にビクビクされていたような気がするのだが。

 そちらが全力で呆れてくれたおかげか、レイヴンはおかしそうにしているばかりだった。

 当然介助は断られた。

 

 もともと歩行用装具を使っていたとはいえ、しっかり歩いていたことで、最低限の筋力は維持できていたようだ。早々に走動作訓練に移っていた。

 短期間でリハビリのプログラムを把握し、あとは自分で続けなければならないのだ。集中しているから無駄口を叩くこともなく、ちっとも相手をしてもらえなかったので、すっかり仕事が片付いてしまった。

 手持ち無沙汰になってレイヴンの姿を眺めていると、なんだかうずうずしてきてしまう。

 仕方なしにスネイルへ連絡を取った。

 

「スネイル、やることがなくなった。もう少し書類仕事を回してくれ」

 

 医者を呼ばれた。

 何がそんなに面白かったのか、レイヴンは呼吸困難になるくらいの勢いで笑いを(こら)えていた。

 

 

 

 

 

 

 4日目も好天に恵まれた。

 カワセミを思わせるAC「ノーデンス」がブーストを噴かして空を行く。軽量機の機動にかかるGは相当なものだ。それでも手術の影響は見られず、むしろいつもよりも軽やかに見えた。

 再会した当初よりも動きが良くなっている。きっとあれから、かなり訓練を重ねてきたのだろう。

 

 ヴェスパーの訓練教程の影響を受けた以前の彼女とは少し違う、それでもなお滑らかで思い切りの良い機動は、いかにもレイヴンらしかった。飛び回るというより跳ね回るといった印象で、やはり鳥よりも獣だ。以前よりもその印象が強い。

 自由ではない代わりに目的意識がはっきりしていて、粗削りでもどこか研ぎ澄まされている。

 

 “Nodens(ノーデンス)”――犬を従えた医神の名だ。

 女はそこに、どんな思いを込めたのだろう。

 

 きれいだな、と思いながら、地上からそれを見上げていた。

 青空によく映える機体だ。少々くやしいが。

 

 ふと、背後から声をかけられた。

 

「……言うだけのことはありますね。悪くない」

「だろう?」

 

 忌々しげなスネイルの言葉に笑った。なぜかスネイルがぎょっとして言葉を失い、ついで、思い切り眉間に皺を寄せる。

 

「……無邪気な笑顔とやらが、こうも薄気味の悪いものだとは……」

「そこまで言うか」

 

 腐った死体が踊っているのを見てもここまでの顔はしないだろう。さすが不快顔のバリエーションに定評があるだけのことはある。

 感心に近い心持ちでいると、スネイルは表情を隠すように眼鏡を押さえた。

 

「そこまで執心なのであれば、そろそろ手元に置く算段を立ててはいかがです。懐に入れてしまえばまだしも制御が効きそうだ」

「算段か。お前のことだ、どうせろくでもない案があるんだろうな」

「不要だと?」

「ああ」

 

 内容を聞きもせず答えたことで、スネイルが眉を顰めた。

 

「大人しく鳥籠に入ってくれる女でもないからな。まあ、手応えがないわけでもない。地道に口説くさ」

「……よもや貴方の口から、『地道』などという言葉が出てくるとは」

「そうか? わりとコツコツやる方だと思うが」

「ああ……そうでしたね。(こだわ)るところには偏執的に拘る……」

 

 随分な言い方だ。

 レイヴンのACが、一通りの動作確認を終えたのか、最後にゆったりとカーブを描くようにターンした。思わず、また笑みが溢れてしまう。

 スネイルがため息のような声で言った。

 

「……のんびり構えていられる環境下だとは思えませんが。我々の稼業を忘れているわけでもないでしょう」

「生き残るさ。俺も、あいつも」

 

 気負いなく言ってのけた。

 生き残るか否かは腕よりも運だというのがオキーフの持論だが、そこは不思議なほどに楽観していた。ACは歩く棺桶ではない。戦闘機や2脚MTに比べれば格段に頑丈で、多少の被弾で死ぬようなものではないのだ。相応の腕があって、機を見て退くことができるなら、そう簡単には死なない。

 それでも楽観ではあるのだが、それだけではないような気もする。

 ――死なないし死なせない。ひとつひとつ拾っては進んで、たどり着く場所でもなお生き残らせる。そんな、腹を括った感覚だ。

 ここまで遠回りを受け入れることにしたのだ。何がどうなろうが最後にお互い生き延びていればどうとでもなる。なるはずだ。多分。

 そのために必要なものは手に入れるし、邪魔なものは片付ける。

 

 ふと思い出して、親切心で言った。

 

「ああ、お前も無理はするなよ、スネイル。いなくなられると面倒が増えるってかなり実感したからな」

「もう少し言い方というものを……! いえ、貴方に何を言ったところで無意味だとは解っていますがね、それにしても……!!」

 

 何故か憤慨された。

 あとでレイヴンに話したところ、「何故か、じゃないと思う」と真顔で言われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最終日、ここで検査に問題がなければ短い滞在は終わりとなる。

 

 ウォルターからは朝も早くから、釘を乱打するような具合で念押しの連絡が入っていた。

 もっともらしい言葉で取り繕ってはいたが、ようは「ちゃんと帰らせろ」という話だ。

 

 信用されていないというよりは、妙な気を起こすなという保険の意味合いだろう。なかなか性格を読まれてきたようだ。

 きっかり30分ごとに送ってきているあたり、感情にまかせた行動ではなさそうだった。

 

 メッセージのやりとりをレイヴンに見せると、なんだか微妙そうな顔をしていた。思春期の娘が門限を破ったかのような勢いだ、というのが、彼女の感想だった。

 

 はたして検査に問題はなく、アーキバスの医療班からリハビリ器具など山のような土産を贈られて、目を白黒させているレイヴンに笑った。コンテナで持ち帰るしかない量だ。

 出資したのは自分だが、選んだのは他の社員だった。まったく、と言いたげなレイヴンの顔からして、多分ばれていた気がする。

 

 拠点内を自由に歩き回らせることはスネイルが許可しなかったが、寄り道をしないと再三約束して、最後にレイヴンを連れ出した。

 行き先は、進駐拠点のだだっ広い屋上だ。周囲に遮るものもなく広がる空は、ACの全方位モニタとはまた違ったスケールで、視界を覆い尽くす。

 

 そこまで自信があったわけではない。けれど、以前の彼女が好んでいた場所だし、自分の気に入りの光景でもある。

 喜んでくれれば良いとは思っていた。

 けれどまさか、ここまでとは思わなかったのだ。

 

 軽く瞠られたままの目が、空を滑る積雲を映している。

 まるで瞬きを惜しむかのように。一心に、身動ぎすらしないで、その光景を目に焼き付けていた。

 

 あのときの彼女も、こんな顔をしていたのだろうか。

 その唇から、感嘆のような吐息が漏れた。

 

「……綺麗ね」

「だろう?」

 

 自慢げに言うと、レイヴンがこちらを見て笑った。

 

「晴れていたのは幸いだったな。お前に見せたかったんだ。ずっと晴れが続いていたから、最後の最後で曇らないか結構ひやひやした」

「ひやひや?」

「ああ。晴れているうちに見せたかったのに、スネイルが渋るからどうしてくれようかと」

「基地みたいなものだもの、部外者をうろつかせたくはないわよね」

「どうせそのうち移転するだろうにな」

「そういう問題でもないでしょう。……苦労しているわね、次席さんは」

 

 すこし気安くなった笑い声が耳に届く。

 ルビコンの気温はいつでも低いが、今日は上着が必要となるほどではない。

 レイヴンが一歩一歩、自分の足の動きを確かめるように踏みしめた。

 

「違和感はないか?」

「ええ、大丈夫」

 

 その足取りにあやうさはなく、手を差し出す必要はひとつも見られなかった。嬉しいような残念なような気分だったが、やはり、前者の方が割合が高い。

 支えなければいけないほど弱くはない、強情で、自分で道を選んで歩く女だ。

 そうでなければ戦えない。追いかける甲斐がない。

 

「色々と手を貸してくれてありがとう、フロイト。感謝してる。次に会うときには、新しい機体にしっかり慣れておくわ。期待していて」

「ああ。楽しみだ」

 

 吹き抜ける風に髪がはためいて、レイヴンが両手で()かすように押さえた。

 ほっそりした首筋が(のぞ)く。黒銀色のジャックコネクタが光を弾いた。

 おとがいを上げ、また空を仰ぐ。

 

「……ちょっとだけ、だれかに聞いて欲しかったことがあるの。聞いたあとは忘れてくれる?」

「難題だな。まあ、努力する」

 

 素直に答えた。レイヴンがまた笑った。

 イエスの返答ではなかったが、少しのあいだ迷うようにして、それでも口を開いた。

 

「私はもう、引き返すつもりはないの。殺したり殺されたりが当たり前の世界を選んだのは私で、そこには何の大義名分もなくて、ただ自分が生き延びるためだけに選んだ生き方だから。……とっくに手は汚れているし、これからだってそうやって生きていく。たぶん、いつか死ぬ順番が回ってくるときまで、ずっとそうしていく。だから……そこに毎回、罪悪感を抱えたくないの。それって、殺された人間からしたら、すごく無意味で身勝手だと思うから。……ちゃんと、その覚悟を固めたい。揺らがないようにしたい……」

「そこまで思い詰める必要があるか?」

 

 不思議になって問いかけると、レイヴンが目を瞠ってこちらを見た。

 以前の彼女はその辺りをかなり割り切っていて、苦悩を見せたことはなかった。それが変わったのは、度重なる会話で、過去の価値観を掘り起こされたためなのだろう。

 そんなところに揺らいでいれば早々に潰れるのが世の常だ。そうならなかったのは、たまたま(たぐい)まれなる才能があったからで、あとは、心を病まない程度に図太いからだ。

 

「別に、お前の仕事は()()()()じゃないだろう。できるだけ殺したくないならそういう戦い方をすればいい。お前の腕なら、コツを掴めば大抵の相手にはうまくやれるはずだ。……まあ、難易度は上がるからな。無理をするようなら勧められないが」

「……殺さないように? でも……」

「俺達が戦う相手は機体だ。わざわざ中身を殺さなくても、そいつが乗っている機械を壊せば、その仕事は達成できる。そうだろう? お前は組織で戦争をやっているわけじゃない。敵勢力なんていないし、相手の戦力を減らそうと考える必要もない。お前が()()でそれを選んだところで、誰に迷惑がかかる? せいぜい少し効率が落ちて、心配するウォルターの寿命がちょっと縮まるくらいだな」

 

 呆然とした様子で、レイヴンが髪を(まと)めていた手を下ろす。

 通り過ぎる風がまた髪をなびかせて、表情をなかば隠すかのようだった。

 垂れた右手を取って持ち上げる。振り払われなかった。自分のものよりは小さいが、女のものとしては細いながらに大きめで、ACの操作に向いた手だ。

 透き通るような瞳が、どこか揺らいで見上げてきた。

 

「この手が汚れてようがいまいが、俺はどっちでもいい。どんな戦い方をしていても、それを選んだのがお前なら、俺にとっては同じことだ。一緒に色々研究するのも面白そうだと思ってる。それが効率的な殺し方でも、殺さないやり方でも。悪いが、俺の倫理観はお前よりずっと()り減ってるからな。うまい助言はできそうにないんだが。……ただ、そうだな……ウォルターのためだ、命令だ、なんてお(ため)ごかしをしないところは、お前らしくていいと思ってる」

「……根が甘ったれているだけよ。そうしない方法を考えもしていなかったくせに」

「いいんじゃないか? 別に誰が責めるわけでもない。ただお前が納得するための選択だ」

 

 ふ、とレイヴンが息をつく。腹が決まったようだ。

 重ねていた手を握手のように握り返してくる。意思を持つ目が、まるで挑むかのように、こちらをまっすぐ見据えた。

 

「そうね、()()だわ。……そういう割り切りなら呑み込めそう。手伝ってくれる? フロイト」

「ああ。とりあえずは照準補正を切って、当てたいところに当てるところからだな」

「初っ端から高難易度ね……」

「燃えるだろ?」

「言ってくれるわね。頑張るわ」

「あ、でも待て、俺はまず死なないからな。俺とやるときは殺す気できてくれ。絶対だぞ」

 

 レイヴンが目を瞬き、そして、頭痛をこらえるようにこめかみを押さえた。

 

「……いい話で終わるかと思ったら……」

「いや、だってな、そこは絶対駄目だ。譲れない。安心しろ、死なないから」

「……フロイト。弱いって馬鹿にしているのか、それとも根っからの変態なのか、どっち?」

「なんだその二択」

 

 

 

 

 




問:
ヒロインが「本当は人を殺したくない(超意訳)」と弱音をこぼしました。
主人公が取るべき行動は?

 1)もう戦わなくていいと諭す
 2)甘いことを言っていると自分や仲間が死ぬと叱咤する
 3)当面納得できる正義を提示する

……どれでもない辺りが、フロイトのフロイトたるゆえんだなあと。
でもそれが彼女にとっての正解だったりするから、男女の仲って不思議ですね(男女の仲とは)


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