真人間には向かないプラン   作:ikos

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道の途中

 

 

 解放戦線の拠点制圧という、今までならひたすら退屈なのでやらなかった仕事を選んだ理由は、至極明快だった。データ収集のためだ。

 

 04-101 MIND ALPHAほどではないが、ロックスミスに使っているVP-46Sも反動制御はそれなりに悪くない。フレームは変えず、より精度の高い右手の武装をレイヴンの使うHARRIS(リニアライフル)に変えて、左手はTURNER(アサルトライフル)、パルスキャノンを外してVP-67LD(レーザーダガー)を肩に回した。

 途中で飽きたときのために、レーザードローンは引き続き載せている。レーザー出力の個別調整機能を追加したので、解放戦線の脆いMTが相手でも、頑張れば撃墜せずに行けるはずだ。

 

 準備を万端に整え、スネイルが連れて行けと言って聞かなかった第1部隊の最小ユニットをお供に、解放戦線の拠点を襲撃した。

 作戦時間は日中だった。偵察情報を得ていたのか、解放戦線の防衛戦力に思ったほどの混乱はなく、障害物を活用して応戦してきた。

 

 集中する射線を動き回りながら掻い潜り、じっくりと狙って引き金を絞る。

 初回のレイヴンは脚を狙っていたが、機動力を失ったMTを大量に作ると逃がすのも一手間だ。別のデータを蓄積するという意味合いでも、こちらは、腕に集中してみることにした。

 

 障害物へ隠れながら銃を向けてくる腕へ入射角40度ほどで着弾、装甲は削れたが破壊には至らない。追加で同じ箇所にアサルトライフルを3発。断線したケーブルが露出した。ダメージが蓄積したせいか、機体がバランスを崩して転倒する。

 次の一機は関節部を狙った。ステップで回り込み、上空を取ってすれ違いざま2脚MT(BIPEDAL)の肩接続部に撃ち込む。そのまま反転しながら、逆側の肘関節を狙撃。観察しながら着地して次へ。

 肩の破損は本体への衝撃こそ大きいものの、腕側面と同様、単発では破壊できなかった。逆に肘関節は、火花を立ててだらりと垂れ下がった。こちらは入る角度によって変わりそうだ。

 乱れ撃つような射撃に飛び退きながら、別機体の肩へチャージしたリニア弾を撃ち放つ。腕は弾け飛んだが機体も吹き飛ばしてしまった。多分生きてはいるだろうが、中身が無事かどうかは微妙だ。

 

《くそっ、V.Ⅰだと……!? アーキバスめ、いよいよ我々を潰しにかかるか!》

《迂闊に近づくな! 壁を使え、足を止めずに動き回れ!》

 

 何体か、角度を変えながら肘関節を破壊していく。感覚的には、入射角が左右70度以上、上下45度以上あればよさそうだ。

 確かめながら15機ほど破壊して、残りの数をあらためる。20機程度か。今回は肘の破壊検証だけで終わりそうだ。他の部位はまた後日。

 

《……なんだ、こいつ……!? まさか……まさか、狙って腕を破壊しているのか!?》

《馬鹿を言うな! ありえない!》

《そうとしか考えられん! だが、企業が、なぜ……!》

 

 残りの中に4脚MT(TETORAPOD)とACが混ざっていた。

 MTの援護を受けながら、オレンジと翡翠色のBASHOフレーム二脚が撃って出る。少し前までのノーデンスと同じようなオレンジだ。両手のバズーカ以外に武装はない。

 大味なその攻撃を回避しながら、さてどこを狙うかと考えた。

 

《くそっ……! これ以上好き勝手されてたまるか……!》

《待て、ツィイー! 前に出すぎるな!》

 

 ACや4脚MTは2脚MT(BIPEDAL)ほど脆くない。手っ取り早く片付けるかと、レーザーダガーに持ち替えながら横合いに回り込んだ。

 視界から消えるようフェイントを入れたはずだが、意外にも、ACはそれに反応してきた。

 目と反射速度は悪くない。――だが、それだけだ。

 

「なるほど……“ありあわせ(ポットラック)”か。戦闘スタイルに合っていないな。ブレードでも持ったほうが一発を狙えるだろうに」

《余計なお世話だ! 企業の犬め!》

 

 言いながらも、距離を取るべく退きながらバズーカを放つ。これも悪くない。が、足を止めるし速度がないので、躱したついでに追いつけてしまった。

 

《うっ……そ、だろ……!》

《ツィイー!》

 

 リニアライフルのチャージ弾を肩に撃ち込む。衝撃でACが半身下がる。そのままさらに距離を詰めて腕を掴み、体勢を崩させてから関節部へダガーを捩じ込んだ。

 それを救うためだろう。4脚MTが大きく跳躍して飛びかかってきた。ちょうどいい位置関係だ。内側の脚部関節を狙い、レーザードローンを展開する。

 息を呑む気配。即座にブーストを噴かすことで、4脚MTはドローンの射撃を振り切った。そのままこちらの背後へ回ろうとする。こちらがそれを追えば、破損したACから距離を開けさせる位置だった。

 いい判断だ。おそらくACではなく、この4脚MTが指揮官だろう。あとは挟撃なり撤退なり、どちらにでも体勢を立て直せる。

 ACから墜とすか、と自然に考えて、はたと目的を思い出した。

 ――そうだ、殺さずに無力化する実験中だったのだ。

 ついでにそういえば、解放戦線の……何と言ったか、アーロンだったかイーロンだったかそんな感じの名前の、「いいやつ」とも手加減を約束していたのだった。

 4脚MTの検証はまた後だ。レーザードローンに追わせるのをやめ、残りのMTに狙いを戻す。ACは味方を巻き込みかねないバズーカなので撃つことはできない。4脚だけが追従してきた。

 

 背後から迫る4脚の攻撃を躱しながら、追加でデータを重ねていく。

 角度、距離、加速度、機動方向。さらに5機を無力化したところで、機動力でACに劣る4脚MT(TETRAPOD)が必死に前へと回り込んできた。体当たりに近い勢いで、シールドをぶつけてくる。

 

《……拠点を放棄する、全機撤退しろ! ツィイー、MTの援護を!》

《隊長!? でも……!》

《急げ!》

 

 これは()()()だなと、特に感慨もなく思った。

 放棄を選べる拠点ということだ。それなりに戦力が集められていたが、死守しようとするほどの必死さは感じられなかった。スネイルは「井戸」の存在を期待したようだが、それがあるなら、最後の最後まで食い下がってきたはずだ。

 第1部隊へ指示を回す。

 

「追わなくていい。残存勢力を確認して、制圧に移れ」

《了解》

 

 レイヴンが掃討戦をするとも思えないので、撤退する部隊は放っておいた。

 あとはこの4脚MT(TETRAPOD)で最後だろう。武装はマシンガンとシールド、3連バズーカ。ACと組んでいるからか、火力は低めだ。ただまあ――その肝心のACの武装とは噛み合っていないので、こちらもただの“ありあわせ”なのかもしれない。

 だが、腕は悪くなかった。シールドを展開しながらマシンガンの弾をばらまき、その間もブーストで間断なく動き続けている。ブーストジャンプで距離を開けようとする、その動きの着地点を狩った。

 リニアライフルのチャージ弾がマシンガンをもつ右手の肩関節に着弾した。さすがに重量があるので、2脚MT(BIPEDAL)のように吹き飛ばされはしない。だが体勢を崩すには十分だった。背部バズーカ接続部への攻撃をレーザードローンに指示しながら距離を詰める。レーザーダガーを突き込むが、寸前で4脚MTが回避行動を取った。

 地面を削るような動きに、派手な土煙が上がった。相手は止まらず回避機動を繰り返し、レーザードローンが振り切られる。

 

「へえ……。読んだか。面白いな」

 

 こちらも背面へ回り込みながら笑った。損傷した右肩関節へ2発目のチャージ弾を当て、今度こそ撥ね飛ばす。

 あとは足の一本も折れば十分だろう。それともカメラを壊してみるか。うっかり興が乗って殺してしまわないようにしなければ。

 

 そんなことを考えながら戦っているうちに、撤退が終わったらしい。

 3本足になった4脚が、初めて、こちらに向けて話しかけてきた。

 

《殺さなかったのは意図的か。……何の必要性があって、こんなことを》

「いいデータが取れた。お前も多分、ブレードの方が合っていると思うぞ。次までに準備してきてくれ」

《聞きしに勝る、意味のわからない男だ……。だが、その遊び、享受させて貰う》

 

 誇りだの矜持だののために死ぬタイプではなかったようだ。苦り切った声とともに遠ざかっていく4脚を一応見送り、部下からの報告を受ける。

 やはりここには「井戸」はなかったようだ。通信設備なども破壊され、大した情報は得られそうにない。

 そろそろ上層部が短期的な成果を要求してくる頃だろう。解放戦線の拠点制圧だけでは、少し足りなさそうだ。

 少し考えて、まあいいか、と結論づけた。

 多分スネイルがどうにかするだろう。

 

 

 

 

          - / - -

 

 

 

 

 戦闘ログを分割して、ACが取得した距離や風向きなどの観測データを諸々追加していくと、なかなか力作の分析レポートになった。

 我ながら良い出来だと自負していたのだが、送りつけたその日の夜に、レイヴンから通信が入った。

 いつものメッセージではなく、めずらしくも通信だ。

 

《……ねえ、これ、タダ働きさせていい内容なの……?》

 

 困惑しきった第一声だった。

 

「気に入ったか?」

《あまりにすごすぎて、ちょっと気が引けるレベルだわ……。編集だけでかなり時間がかかってるんじゃない?》

「そうだな。まあ、喜んでもらえたなら甲斐がある」

《嬉しいし、助かるのは確かよ。でも……》

「一緒に研究するって言ったろ。遊びの範疇からは出ていない。気にするな、レイヴン」

 

 レイヴンは複雑そうに黙り込んで、何かを考えているようだった。

 その律儀さに口元だけで笑い、冗談で応じる。

 

「じゃあ、あれだ。この間のハグの代金――」

《それは非売品》

 

 ぴしゃりと入った合いの手に、今度は声をたてて笑う。レイヴンも呆れたように笑って、吐息まじりに返した。

 

《そうやって、ふざけてごまかすんだから。……ありがたく活用させてもらうわ、フロイト》

「あ。それだ」

《それ?》

「お前、あんまり名前を呼ばないだろ。呼んでも半分くらいは“隊長さん”だのなんだので」

《……そう? 意識してなかったけど……》

「ここからは事あるごとに呼んでくれ。礼ならそれでいい」

《……“フロイト”?》

「ああ」

《コールサインでしょう? 呼ばれて嬉しいものなの?》

 

 レイヴンは不思議そうだった。

 ――なるほど、そういう齟齬があったらしい。納得して、どう説明したものかと頭を捻る。

 名前はただの記号だが、その記号は呼ばれることによって意味を持つ。呼ばれたいし呼びたい。回数を重ねれば自己定義にもなる。レイヴンには、その名前を“自分の名前”だと思って欲しかった。かなうならば、お互いにだ。

 

「ロックスミスに乗っているのは“フロイト”だからな。お前は“レイヴン”以外がいいのか?」

《……そうでもないけど……そうね、まだ、自分のものだって感じがしていないのかも》

「俺はわりと呼んでるのにな。まあ、ウォルターには負けるが……いや、負けてたら駄目か。これからもガンガン呼んでいく」

《――なら、そのうち馴染みそうね。G13(ガンズサーティーン)よりは頻度が高いし》

 

 レイヴンがおかしげに言った。なんだかこの先の許可をもらえたような気がして、悪くない気分だ。

 

「訓練の進捗はどうだ? レイヴン」

《やっとシミュレーションに気候条件を追加したところ。風の影響の把握に手間取ってる。……だから余計に驚くのよね……よくあんなにピンポイントに当てられるなって。最新の強化手術って、そのあたりの能力も向上するの?》

「そういえば言ってなかったか。俺は手術を受けてない」

《……ん? ええと……どういう意味?》

「そのままの意味だ。強化手術を受けていない。いわゆる“真人間”だな」

 

 レイヴンが絶句した。

 言葉もない、といった様子で、前と同じ反応だなと面白くなる。

 

《……神経接続も耐G強化もなしで、これ……。真人間以前に、人間かどうかが疑わしくなるレベルね……》

「よくわかったな、実は電子生命体だ。頭部を開けると脳味噌の代わりに処理装置が」

《なんてことなの、アーキバスの科学技術は恐ろしいわね。見た目を人間そっくりにする意味はまったくないけど》

「そう言われるとそうか。設定が甘かったな」

《まあ、冗談はこのくらいにして……ともかく、()()人間の能力でできる内容ってことだものね。負けていられないわ》

「最終的には慣れと勘だな。無風状態なら当たるようにはなったんだろ、進歩は早い」

《……だといいんだけど》

「焦るなよ」

《わかってる、無理はしない。ウォルターにも叱られるもの》

 

 10日たらずでここまで来たのだ。照準補正なしの射撃が後は誤差調整程度であるのなら、実戦で使える日もそう遠くない。特に気負いは見られなかったので、さほど心配はしていなかった。

 

 おやすみの挨拶を告げられ、名残を惜しみながら通信を切って、時間を見る。

 日付が変わるまであと1時間ほどだ。

 

 この時間帯に連絡してきたということは、レイヴンも今日この後の仕事は特にないということだろう。

 なら今片付けておくかと、その足でオキーフの部屋に向かった。

 

 そして、まさかの先客に出くわした。

 

「……こいつがいるとは思わなかったな。どういう状況だ?」

 

 酒の匂いが漂う中、V.Ⅳがローテーブルに突っ伏している。意識があるのかどうかは微妙なところだ。

 

「押しかけてきて文句を言うものじゃない。……少々、愚痴に付き合っていた」

情報収集(いつもの)か」

「さあな」

 

 間諜が潜伏先で酔いつぶれるというのはどうなのだろう。危機感が足りない気がする。

 土産だと言ってボトルを押し付けると、オキーフが意外そうに眉を上げた。

 

「バーボンか……。めずらしいな」

「調べ物の礼だ。飲むだろ?」

「ありがたくいただくが、あまり見ない銘柄だな。お前は、特に酒は好んでいなかったように思うが……」

「元々はレイヴンにやろうと思ってたんだ。やめたから余った」

「なるほど、処分に困って押し付けに来たか」

 

 その名前がトリガーだったのか、むくりと4番が身を起こした。

 目の焦点があっていない。明らかに泥酔状態だ。

 また文句をつけられるのかと思うと、ずっと寝ておけと言いたくもなる。

 

「……やめた、とは。V.Ⅰ」

「……やっても喜びそうになかったからな。それだけだ」

 

 思い出話に出てきたから取り寄せたものの、その「思い出話」自体が好ましくないとわかってしまった今、オキーフの言う通り持て余していたのだ。

 本来は大衆的な部類の酒で、値の張る物ではない。ただ、ルビコンでは他に要求する人間がいなかったようで、わざわざ取り寄せの希望を出すことにはなった。

 何を言うだろうかと身構えていると、新参者の第4隊長はそのまま居住まいを正し、妙にかしこまった様子で口を開いた。

 

「……私は、貴方に謝らなければならない」

「は?」

 

 唐突な発言に虚を突かれた。

 どういうことだとオキーフを見れば、苦笑いで返される。どうやら事情を把握しているようだ。

 

「……私の助言は、所詮、訓練されたものに過ぎなかったんだ。ただの大多数に通用するフォーマットでしかなかった。だが、君は……上っ面に流されず、きちんと相手を見て、相手のためになることを判断した。……それを、本当に、幸いだったと思っている……」

「待て、何の話だ」

「君と、レイヴンの話だ。……君は、押し付けられたフォーマットにとらわれず、君たちにとっての正解を掴み取ったのだと思う。正直、その中身は私には理解が及ばないが……君の、その嘘のなさが、彼女の笑顔を引き出したのだろう。君は常に、彼女に対して誠実だった」

 

 そうか?と疑問に首をひねった。

 そういうことにしておけ、とオキーフが目で言ってくる。

 放置していいものだろうか。酔っ払いの言うこととはいえ、どうも色々と別の意味で目が曇っているような気がするのだが。とはいえ訂正するのも面倒くさい。

 そんなことを思っていると、4番がおもむろに両手で顔を覆った。

 

「……それをしたり顔で……! 恥じ入るばかりだ……!」

「……なあオキーフ。どれだけ飲ませた?」

「合成の蒸留酒を2/3本ほどか。俺が飲ませたわけではないが」

 

 アルコール度数40として比重0.8、約450mlで純アルコール量144g。所要時間はせいぜい2時間といったところか。普通に急性アルコール中毒を起こしそうな量だ。

 酔っ払い加減に納得しつつ眺めていると、面白い具合に煩悶していた。

 

「本当に情けない。私の経験則は、所詮、失敗を織り込んだ戦略的なものでしかないんだ……だというのに……」

「つまり本命を相手にしたことがないと」

「おい、やめてやれ」

「……その通りだ……。……正直、自分の中で……どれが本音でどれが嘘なのか、わからなくなっている……」

「喋りすぎだ、ラスティ。水を飲め」

 

 そんな名前だったかと思いながら、オキーフに世話を焼かれる色男を眺めた。

 人それぞれに苦悩はあるものだということか。しかし、こうまで全面的に伏して謝られると、それに苛立っていたことが馬鹿馬鹿しくなってくる。

 このまま帰ろうかとも思ったのだが、まだ肝心の用件が済んでいない。とりあえずソファに腰を下ろした。

 

「オキーフ、俺にも酒をくれ」

「お前は王様か」

「上司だろ」

「まったく……」

 

 そんなことを言いながらも、飲み方を聞いてくる。「ロック」と返すとため息交じりに冷蔵庫へ足を向けた。

 差し出されたグラスを受け取って、一口含む。久々に飲んだが、喉を焼く感覚は悪くなかった。

 

「へえ、うまいな。滑らかで引っかかりがない感じだ。……ちょっと甘いか?」

「確かにな。めずらしい味だ」

「……私も飲んでみたい」

「馬鹿を言うな。もうやめておけ、ラスティ」

「ここで死なないなら別に良いぞ。もう二日酔いは確定だろ」

 

 机の上の、空いたグラスへ洗いもせずに注ぎ足してやった。どうせ味などわからないだろう。

 オキーフが渋い顔をするが、ラスティは喜んでそれを手に取った。間違いなく酔っ払いだ。演技ではない。

 随分気を抜いているものだと思い、呆れ混じりに声をかけた。

 

「お前はああだこうだ言っていたが、まあ、無駄だったとは思わない。好きな色なんて、お前が言わなければ多分聞かなかったしな」

 

 前回のレイヴンは機体の色にこだわりを持っていなかったようで、スタッフに識別のための塗装を丸投げしていた。それを今回、答えたとおりの「オレンジ系」にしてきたということは、思わぬ影響があったということだろう。

 家族のことにしてもそうだ。聞かない、と表明したからこそ、距離が縮まった部分はある。

 考えてみれば、いずれもこの男の助言によるものだ。自分一人ではきっと、何をどうして良いのかわからないままだっただろう。

 

「いろいろ聞き出そうとした上で、これ以上はやらないと判断しただけだ。最初から聞かないのとは違うだろ」

「……そう言ってもらえると、救われる……」

「何でも良いが、変に思い入れてないか? 正直、距離の詰め方が気持ち悪いぞ、お前」

 

 オキーフが吹き出した。

 肩を震わせて笑う横で、男前ががっくりと肩を落とす。

 

「……気をつけよう……」

「そうしろ。まあ、そのうち助言は頼むかもしれない。余計な口を挟まないならそれでいい」

「肝に銘じる……」

「あとは、ついでだ、絶対あいつに手は出すなよ」

「ああ、誓おう」

 

 そこは無駄に決め顔で頷いた。酔っ払いの誓言に信憑性はないが、本人が真面目なのはわかったのでよしとする。

 なぜかオキーフがますます肩を震わせていた。

 話が一段落したので、そちらに水を向ける。

 

「ところで、オキーフ。例のレッドガンとベイラムの件なんだが」

「……待て。ここで話すのか」

「こちらが本題だ。別に聞かれたところで困らない」

 

 解放戦線が得ても意味のない情報だ。日を改めるのも面倒だった。

 オキーフが急に苦々しい顔に戻って、眉間を揉んだ。

 

「……お前の予想通り、情報の改竄が見られた。内容としては損害を軽微に、成果を過大に――ごく標準的な情報の撹乱だ」

「なるほど。作戦立案権がレッドガンにないなら、潰すには効果的だな」

「問題はここからだ。……その改竄を何者かが復旧した痕跡がある。サーバー上でだ」

 

 アーキバスもベイラムも、通信衛星は自前のものを用意している。惑星間通信は衛星から行われるが、軌道衛星である関係上、星外への通信に多少のタイムラグがある。その間に改竄を検知し、修正したということか。

 考えるまでもなく、奇妙な話だった。

 

「……わざわざ修正したのか。レッドガンに改竄を知らせるだけで十分だろうに」

「今のところ把握している範囲では、そのようだ。アクセスポイントも妙に分散している。レッドガンの仕業ではないな。そいつは、正体を知られたくないのだと考えていいだろう」

「理由がさっぱりだな……まあ、状況はわかった。引き続き探ってくれ」

 

 オールマインド、ということもないだろう。むしろオールマインドはバスキュラープラント延伸の技術力を持つアーキバスに肩入れしていたはずだ。改竄者側である可能性が高い。

 オールマインドに対抗する存在だとするならオーバーシアーくらいだろうが、技術力はともかく、ベイラムを助ける理由はない。

 複数回その攻防が続いているのなら、愉快犯という可能性も低い。――そういえば、元々のレイヴンが所属しているという「ブランチ」は、どの程度のサイバー戦能力を持っているのだろう。そこなら、アーキバスへの対抗馬としてベイラムを支援する可能性はある。

 

 考えているうちにグラスが空になった。すっかり静かになっていると思えば、4番はテーブルに撃沈している。呼吸は安定しているので、まだ生きているようだが。

 

「とりあえず、用件は終わりだ。……こいつはどうする、オキーフ。一応治療室にでも放り込んでおくか?」

「……さすがに摂取量がまずいからな。そうしよう。お前の手を借りられるなら助かる」

「面倒だな……。まあいい、こいつに貸し付けておこう」

 

 ふと、オキーフが苦笑を零した。

 

「変わったな、フロイト」

「ここでそれか?」

「むしろ、ここだからだ。惚れた女が相手ならわかるが、それ以外でも視野が広がったようだな。……以前は本当に、AC以外のものが全く視界に入っていないように見えたが……」

「ああ、なるほど。そうかもな」

 

 以前はまったく気にしなかったことが、意識に入るようになっているのは確かだ。

 「人の気持ち」とやらを考えるようになった影響だろうか。別に必要のない部分だとはわかっているのだが、目に入るならそれなりに、無視しない頻度も増える。

 

「懸念するとしたら、引きずられすぎて自分を見失うことだが……まあ、お前に限ってそれはないだろう。結果的に、以前言ったとおり、良い変化なんだろうさ」

「“自分”か」

 

 元々やりたいことをやりたいようにやって生きてきた分、自分がどんな人間なのかとは考えたことがなかった。快不快はあっても大してこだわりがない。

 今だって同じだ。目標があるだけで、わりとやりたいようにやっている。

 むしろ、その辺りはレイヴンの方がこだわっていた気がする。かくあるべき、を自分で決めてしまうタイプだ。

 

「よくわからないが、自分が自分であるというのは、そこまで重要なことか?」

「大半の人間にとってはそうだろう。お前こそ、ACに乗らない自分を自分だと思えるか?」

「乗っていなくても俺は俺だ。乗り続けたいのは変わらないが」

「……その言葉が、実際に、お前の真実なら良いんだがな」

 

 妙に含みのある言い方だった。なんだかんだ、この男も酔っているのかもしれない。

 怪訝に思って首を捻る。苦笑するオキーフが、やけに穏やかな目をしていたのが、印象に残った。

 

 

 

 

 

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