解放戦線の拠点制圧という、今までならひたすら退屈なのでやらなかった仕事を選んだ理由は、至極明快だった。データ収集のためだ。
04-101 MIND ALPHAほどではないが、ロックスミスに使っているVP-46Sも反動制御はそれなりに悪くない。フレームは変えず、より精度の高い右手の武装をレイヴンの使う
途中で飽きたときのために、レーザードローンは引き続き載せている。レーザー出力の個別調整機能を追加したので、解放戦線の脆いMTが相手でも、頑張れば撃墜せずに行けるはずだ。
準備を万端に整え、スネイルが連れて行けと言って聞かなかった第1部隊の最小ユニットをお供に、解放戦線の拠点を襲撃した。
作戦時間は日中だった。偵察情報を得ていたのか、解放戦線の防衛戦力に思ったほどの混乱はなく、障害物を活用して応戦してきた。
集中する射線を動き回りながら掻い潜り、じっくりと狙って引き金を絞る。
初回のレイヴンは脚を狙っていたが、機動力を失ったMTを大量に作ると逃がすのも一手間だ。別のデータを蓄積するという意味合いでも、こちらは、腕に集中してみることにした。
障害物へ隠れながら銃を向けてくる腕へ入射角40度ほどで着弾、装甲は削れたが破壊には至らない。追加で同じ箇所にアサルトライフルを3発。断線したケーブルが露出した。ダメージが蓄積したせいか、機体がバランスを崩して転倒する。
次の一機は関節部を狙った。ステップで回り込み、上空を取ってすれ違いざま
肩の破損は本体への衝撃こそ大きいものの、腕側面と同様、単発では破壊できなかった。逆に肘関節は、火花を立ててだらりと垂れ下がった。こちらは入る角度によって変わりそうだ。
乱れ撃つような射撃に飛び退きながら、別機体の肩へチャージしたリニア弾を撃ち放つ。腕は弾け飛んだが機体も吹き飛ばしてしまった。多分生きてはいるだろうが、中身が無事かどうかは微妙だ。
《くそっ、V.Ⅰだと……!? アーキバスめ、いよいよ我々を潰しにかかるか!》
《迂闊に近づくな! 壁を使え、足を止めずに動き回れ!》
何体か、角度を変えながら肘関節を破壊していく。感覚的には、入射角が左右70度以上、上下45度以上あればよさそうだ。
確かめながら15機ほど破壊して、残りの数をあらためる。20機程度か。今回は肘の破壊検証だけで終わりそうだ。他の部位はまた後日。
《……なんだ、こいつ……!? まさか……まさか、狙って腕を破壊しているのか!?》
《馬鹿を言うな! ありえない!》
《そうとしか考えられん! だが、企業が、なぜ……!》
残りの中に
MTの援護を受けながら、オレンジと翡翠色のBASHOフレーム二脚が撃って出る。少し前までのノーデンスと同じようなオレンジだ。両手のバズーカ以外に武装はない。
大味なその攻撃を回避しながら、さてどこを狙うかと考えた。
《くそっ……! これ以上好き勝手されてたまるか……!》
《待て、ツィイー! 前に出すぎるな!》
ACや4脚MTは
視界から消えるようフェイントを入れたはずだが、意外にも、ACはそれに反応してきた。
目と反射速度は悪くない。――だが、それだけだ。
「なるほど……“
《余計なお世話だ! 企業の犬め!》
言いながらも、距離を取るべく退きながらバズーカを放つ。これも悪くない。が、足を止めるし速度がないので、躱したついでに追いつけてしまった。
《うっ……そ、だろ……!》
《ツィイー!》
リニアライフルのチャージ弾を肩に撃ち込む。衝撃でACが半身下がる。そのままさらに距離を詰めて腕を掴み、体勢を崩させてから関節部へダガーを捩じ込んだ。
それを救うためだろう。4脚MTが大きく跳躍して飛びかかってきた。ちょうどいい位置関係だ。内側の脚部関節を狙い、レーザードローンを展開する。
息を呑む気配。即座にブーストを噴かすことで、4脚MTはドローンの射撃を振り切った。そのままこちらの背後へ回ろうとする。こちらがそれを追えば、破損したACから距離を開けさせる位置だった。
いい判断だ。おそらくACではなく、この4脚MTが指揮官だろう。あとは挟撃なり撤退なり、どちらにでも体勢を立て直せる。
ACから墜とすか、と自然に考えて、はたと目的を思い出した。
――そうだ、殺さずに無力化する実験中だったのだ。
ついでにそういえば、解放戦線の……何と言ったか、アーロンだったかイーロンだったかそんな感じの名前の、「いいやつ」とも手加減を約束していたのだった。
4脚MTの検証はまた後だ。レーザードローンに追わせるのをやめ、残りのMTに狙いを戻す。ACは味方を巻き込みかねないバズーカなので撃つことはできない。4脚だけが追従してきた。
背後から迫る4脚の攻撃を躱しながら、追加でデータを重ねていく。
角度、距離、加速度、機動方向。さらに5機を無力化したところで、機動力でACに劣る
《……拠点を放棄する、全機撤退しろ! ツィイー、MTの援護を!》
《隊長!? でも……!》
《急げ!》
これは
放棄を選べる拠点ということだ。それなりに戦力が集められていたが、死守しようとするほどの必死さは感じられなかった。スネイルは「井戸」の存在を期待したようだが、それがあるなら、最後の最後まで食い下がってきたはずだ。
第1部隊へ指示を回す。
「追わなくていい。残存勢力を確認して、制圧に移れ」
《了解》
レイヴンが掃討戦をするとも思えないので、撤退する部隊は放っておいた。
あとはこの
だが、腕は悪くなかった。シールドを展開しながらマシンガンの弾をばらまき、その間もブーストで間断なく動き続けている。ブーストジャンプで距離を開けようとする、その動きの着地点を狩った。
リニアライフルのチャージ弾がマシンガンをもつ右手の肩関節に着弾した。さすがに重量があるので、
地面を削るような動きに、派手な土煙が上がった。相手は止まらず回避機動を繰り返し、レーザードローンが振り切られる。
「へえ……。読んだか。面白いな」
こちらも背面へ回り込みながら笑った。損傷した右肩関節へ2発目のチャージ弾を当て、今度こそ撥ね飛ばす。
あとは足の一本も折れば十分だろう。それともカメラを壊してみるか。うっかり興が乗って殺してしまわないようにしなければ。
そんなことを考えながら戦っているうちに、撤退が終わったらしい。
3本足になった4脚が、初めて、こちらに向けて話しかけてきた。
《殺さなかったのは意図的か。……何の必要性があって、こんなことを》
「いいデータが取れた。お前も多分、ブレードの方が合っていると思うぞ。次までに準備してきてくれ」
《聞きしに勝る、意味のわからない男だ……。だが、その遊び、享受させて貰う》
誇りだの矜持だののために死ぬタイプではなかったようだ。苦り切った声とともに遠ざかっていく4脚を一応見送り、部下からの報告を受ける。
やはりここには「井戸」はなかったようだ。通信設備なども破壊され、大した情報は得られそうにない。
そろそろ上層部が短期的な成果を要求してくる頃だろう。解放戦線の拠点制圧だけでは、少し足りなさそうだ。
少し考えて、まあいいか、と結論づけた。
多分スネイルがどうにかするだろう。
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戦闘ログを分割して、ACが取得した距離や風向きなどの観測データを諸々追加していくと、なかなか力作の分析レポートになった。
我ながら良い出来だと自負していたのだが、送りつけたその日の夜に、レイヴンから通信が入った。
いつものメッセージではなく、めずらしくも通信だ。
《……ねえ、これ、タダ働きさせていい内容なの……?》
困惑しきった第一声だった。
「気に入ったか?」
《あまりにすごすぎて、ちょっと気が引けるレベルだわ……。編集だけでかなり時間がかかってるんじゃない?》
「そうだな。まあ、喜んでもらえたなら甲斐がある」
《嬉しいし、助かるのは確かよ。でも……》
「一緒に研究するって言ったろ。遊びの範疇からは出ていない。気にするな、レイヴン」
レイヴンは複雑そうに黙り込んで、何かを考えているようだった。
その律儀さに口元だけで笑い、冗談で応じる。
「じゃあ、あれだ。この間のハグの代金――」
《それは非売品》
ぴしゃりと入った合いの手に、今度は声をたてて笑う。レイヴンも呆れたように笑って、吐息まじりに返した。
《そうやって、ふざけてごまかすんだから。……ありがたく活用させてもらうわ、フロイト》
「あ。それだ」
《それ?》
「お前、あんまり名前を呼ばないだろ。呼んでも半分くらいは“隊長さん”だのなんだので」
《……そう? 意識してなかったけど……》
「ここからは事あるごとに呼んでくれ。礼ならそれでいい」
《……“フロイト”?》
「ああ」
《コールサインでしょう? 呼ばれて嬉しいものなの?》
レイヴンは不思議そうだった。
――なるほど、そういう齟齬があったらしい。納得して、どう説明したものかと頭を捻る。
名前はただの記号だが、その記号は呼ばれることによって意味を持つ。呼ばれたいし呼びたい。回数を重ねれば自己定義にもなる。レイヴンには、その名前を“自分の名前”だと思って欲しかった。かなうならば、お互いにだ。
「ロックスミスに乗っているのは“フロイト”だからな。お前は“レイヴン”以外がいいのか?」
《……そうでもないけど……そうね、まだ、自分のものだって感じがしていないのかも》
「俺はわりと呼んでるのにな。まあ、ウォルターには負けるが……いや、負けてたら駄目か。これからもガンガン呼んでいく」
《――なら、そのうち馴染みそうね。
レイヴンがおかしげに言った。なんだかこの先の許可をもらえたような気がして、悪くない気分だ。
「訓練の進捗はどうだ? レイヴン」
《やっとシミュレーションに気候条件を追加したところ。風の影響の把握に手間取ってる。……だから余計に驚くのよね……よくあんなにピンポイントに当てられるなって。最新の強化手術って、そのあたりの能力も向上するの?》
「そういえば言ってなかったか。俺は手術を受けてない」
《……ん? ええと……どういう意味?》
「そのままの意味だ。強化手術を受けていない。いわゆる“真人間”だな」
レイヴンが絶句した。
言葉もない、といった様子で、前と同じ反応だなと面白くなる。
《……神経接続も耐G強化もなしで、これ……。真人間以前に、人間かどうかが疑わしくなるレベルね……》
「よくわかったな、実は電子生命体だ。頭部を開けると脳味噌の代わりに処理装置が」
《なんてことなの、アーキバスの科学技術は恐ろしいわね。見た目を人間そっくりにする意味はまったくないけど》
「そう言われるとそうか。設定が甘かったな」
《まあ、冗談はこのくらいにして……ともかく、
「最終的には慣れと勘だな。無風状態なら当たるようにはなったんだろ、進歩は早い」
《……だといいんだけど》
「焦るなよ」
《わかってる、無理はしない。ウォルターにも叱られるもの》
10日たらずでここまで来たのだ。照準補正なしの射撃が後は誤差調整程度であるのなら、実戦で使える日もそう遠くない。特に気負いは見られなかったので、さほど心配はしていなかった。
おやすみの挨拶を告げられ、名残を惜しみながら通信を切って、時間を見る。
日付が変わるまであと1時間ほどだ。
この時間帯に連絡してきたということは、レイヴンも今日この後の仕事は特にないということだろう。
なら今片付けておくかと、その足でオキーフの部屋に向かった。
そして、まさかの先客に出くわした。
「……こいつがいるとは思わなかったな。どういう状況だ?」
酒の匂いが漂う中、V.Ⅳがローテーブルに突っ伏している。意識があるのかどうかは微妙なところだ。
「押しかけてきて文句を言うものじゃない。……少々、愚痴に付き合っていた」
「
「さあな」
間諜が潜伏先で酔いつぶれるというのはどうなのだろう。危機感が足りない気がする。
土産だと言ってボトルを押し付けると、オキーフが意外そうに眉を上げた。
「バーボンか……。めずらしいな」
「調べ物の礼だ。飲むだろ?」
「ありがたくいただくが、あまり見ない銘柄だな。お前は、特に酒は好んでいなかったように思うが……」
「元々はレイヴンにやろうと思ってたんだ。やめたから余った」
「なるほど、処分に困って押し付けに来たか」
その名前がトリガーだったのか、むくりと4番が身を起こした。
目の焦点があっていない。明らかに泥酔状態だ。
また文句をつけられるのかと思うと、ずっと寝ておけと言いたくもなる。
「……やめた、とは。V.Ⅰ」
「……やっても喜びそうになかったからな。それだけだ」
思い出話に出てきたから取り寄せたものの、その「思い出話」自体が好ましくないとわかってしまった今、オキーフの言う通り持て余していたのだ。
本来は大衆的な部類の酒で、値の張る物ではない。ただ、ルビコンでは他に要求する人間がいなかったようで、わざわざ取り寄せの希望を出すことにはなった。
何を言うだろうかと身構えていると、新参者の第4隊長はそのまま居住まいを正し、妙にかしこまった様子で口を開いた。
「……私は、貴方に謝らなければならない」
「は?」
唐突な発言に虚を突かれた。
どういうことだとオキーフを見れば、苦笑いで返される。どうやら事情を把握しているようだ。
「……私の助言は、所詮、訓練されたものに過ぎなかったんだ。ただの大多数に通用するフォーマットでしかなかった。だが、君は……上っ面に流されず、きちんと相手を見て、相手のためになることを判断した。……それを、本当に、幸いだったと思っている……」
「待て、何の話だ」
「君と、レイヴンの話だ。……君は、押し付けられたフォーマットにとらわれず、君たちにとっての正解を掴み取ったのだと思う。正直、その中身は私には理解が及ばないが……君の、その嘘のなさが、彼女の笑顔を引き出したのだろう。君は常に、彼女に対して誠実だった」
そうか?と疑問に首をひねった。
そういうことにしておけ、とオキーフが目で言ってくる。
放置していいものだろうか。酔っ払いの言うこととはいえ、どうも色々と別の意味で目が曇っているような気がするのだが。とはいえ訂正するのも面倒くさい。
そんなことを思っていると、4番がおもむろに両手で顔を覆った。
「……それをしたり顔で……! 恥じ入るばかりだ……!」
「……なあオキーフ。どれだけ飲ませた?」
「合成の蒸留酒を2/3本ほどか。俺が飲ませたわけではないが」
アルコール度数40として比重0.8、約450mlで純アルコール量144g。所要時間はせいぜい2時間といったところか。普通に急性アルコール中毒を起こしそうな量だ。
酔っ払い加減に納得しつつ眺めていると、面白い具合に煩悶していた。
「本当に情けない。私の経験則は、所詮、失敗を織り込んだ戦略的なものでしかないんだ……だというのに……」
「つまり本命を相手にしたことがないと」
「おい、やめてやれ」
「……その通りだ……。……正直、自分の中で……どれが本音でどれが嘘なのか、わからなくなっている……」
「喋りすぎだ、ラスティ。水を飲め」
そんな名前だったかと思いながら、オキーフに世話を焼かれる色男を眺めた。
人それぞれに苦悩はあるものだということか。しかし、こうまで全面的に伏して謝られると、それに苛立っていたことが馬鹿馬鹿しくなってくる。
このまま帰ろうかとも思ったのだが、まだ肝心の用件が済んでいない。とりあえずソファに腰を下ろした。
「オキーフ、俺にも酒をくれ」
「お前は王様か」
「上司だろ」
「まったく……」
そんなことを言いながらも、飲み方を聞いてくる。「ロック」と返すとため息交じりに冷蔵庫へ足を向けた。
差し出されたグラスを受け取って、一口含む。久々に飲んだが、喉を焼く感覚は悪くなかった。
「へえ、うまいな。滑らかで引っかかりがない感じだ。……ちょっと甘いか?」
「確かにな。めずらしい味だ」
「……私も飲んでみたい」
「馬鹿を言うな。もうやめておけ、ラスティ」
「ここで死なないなら別に良いぞ。もう二日酔いは確定だろ」
机の上の、空いたグラスへ洗いもせずに注ぎ足してやった。どうせ味などわからないだろう。
オキーフが渋い顔をするが、ラスティは喜んでそれを手に取った。間違いなく酔っ払いだ。演技ではない。
随分気を抜いているものだと思い、呆れ混じりに声をかけた。
「お前はああだこうだ言っていたが、まあ、無駄だったとは思わない。好きな色なんて、お前が言わなければ多分聞かなかったしな」
前回のレイヴンは機体の色にこだわりを持っていなかったようで、スタッフに識別のための塗装を丸投げしていた。それを今回、答えたとおりの「オレンジ系」にしてきたということは、思わぬ影響があったということだろう。
家族のことにしてもそうだ。聞かない、と表明したからこそ、距離が縮まった部分はある。
考えてみれば、いずれもこの男の助言によるものだ。自分一人ではきっと、何をどうして良いのかわからないままだっただろう。
「いろいろ聞き出そうとした上で、これ以上はやらないと判断しただけだ。最初から聞かないのとは違うだろ」
「……そう言ってもらえると、救われる……」
「何でも良いが、変に思い入れてないか? 正直、距離の詰め方が気持ち悪いぞ、お前」
オキーフが吹き出した。
肩を震わせて笑う横で、男前ががっくりと肩を落とす。
「……気をつけよう……」
「そうしろ。まあ、そのうち助言は頼むかもしれない。余計な口を挟まないならそれでいい」
「肝に銘じる……」
「あとは、ついでだ、絶対あいつに手は出すなよ」
「ああ、誓おう」
そこは無駄に決め顔で頷いた。酔っ払いの誓言に信憑性はないが、本人が真面目なのはわかったのでよしとする。
なぜかオキーフがますます肩を震わせていた。
話が一段落したので、そちらに水を向ける。
「ところで、オキーフ。例のレッドガンとベイラムの件なんだが」
「……待て。ここで話すのか」
「こちらが本題だ。別に聞かれたところで困らない」
解放戦線が得ても意味のない情報だ。日を改めるのも面倒だった。
オキーフが急に苦々しい顔に戻って、眉間を揉んだ。
「……お前の予想通り、情報の改竄が見られた。内容としては損害を軽微に、成果を過大に――ごく標準的な情報の撹乱だ」
「なるほど。作戦立案権がレッドガンにないなら、潰すには効果的だな」
「問題はここからだ。……その改竄を何者かが復旧した痕跡がある。サーバー上でだ」
アーキバスもベイラムも、通信衛星は自前のものを用意している。惑星間通信は衛星から行われるが、軌道衛星である関係上、星外への通信に多少のタイムラグがある。その間に改竄を検知し、修正したということか。
考えるまでもなく、奇妙な話だった。
「……わざわざ修正したのか。レッドガンに改竄を知らせるだけで十分だろうに」
「今のところ把握している範囲では、そのようだ。アクセスポイントも妙に分散している。レッドガンの仕業ではないな。そいつは、正体を知られたくないのだと考えていいだろう」
「理由がさっぱりだな……まあ、状況はわかった。引き続き探ってくれ」
オールマインド、ということもないだろう。むしろオールマインドはバスキュラープラント延伸の技術力を持つアーキバスに肩入れしていたはずだ。改竄者側である可能性が高い。
オールマインドに対抗する存在だとするならオーバーシアーくらいだろうが、技術力はともかく、ベイラムを助ける理由はない。
複数回その攻防が続いているのなら、愉快犯という可能性も低い。――そういえば、元々のレイヴンが所属しているという「ブランチ」は、どの程度のサイバー戦能力を持っているのだろう。そこなら、アーキバスへの対抗馬としてベイラムを支援する可能性はある。
考えているうちにグラスが空になった。すっかり静かになっていると思えば、4番はテーブルに撃沈している。呼吸は安定しているので、まだ生きているようだが。
「とりあえず、用件は終わりだ。……こいつはどうする、オキーフ。一応治療室にでも放り込んでおくか?」
「……さすがに摂取量がまずいからな。そうしよう。お前の手を借りられるなら助かる」
「面倒だな……。まあいい、こいつに貸し付けておこう」
ふと、オキーフが苦笑を零した。
「変わったな、フロイト」
「ここでそれか?」
「むしろ、ここだからだ。惚れた女が相手ならわかるが、それ以外でも視野が広がったようだな。……以前は本当に、AC以外のものが全く視界に入っていないように見えたが……」
「ああ、なるほど。そうかもな」
以前はまったく気にしなかったことが、意識に入るようになっているのは確かだ。
「人の気持ち」とやらを考えるようになった影響だろうか。別に必要のない部分だとはわかっているのだが、目に入るならそれなりに、無視しない頻度も増える。
「懸念するとしたら、引きずられすぎて自分を見失うことだが……まあ、お前に限ってそれはないだろう。結果的に、以前言ったとおり、良い変化なんだろうさ」
「“自分”か」
元々やりたいことをやりたいようにやって生きてきた分、自分がどんな人間なのかとは考えたことがなかった。快不快はあっても大してこだわりがない。
今だって同じだ。目標があるだけで、わりとやりたいようにやっている。
むしろ、その辺りはレイヴンの方がこだわっていた気がする。かくあるべき、を自分で決めてしまうタイプだ。
「よくわからないが、自分が自分であるというのは、そこまで重要なことか?」
「大半の人間にとってはそうだろう。お前こそ、ACに乗らない自分を自分だと思えるか?」
「乗っていなくても俺は俺だ。乗り続けたいのは変わらないが」
「……その言葉が、実際に、お前の真実なら良いんだがな」
妙に含みのある言い方だった。なんだかんだ、この男も酔っているのかもしれない。
怪訝に思って首を捻る。苦笑するオキーフが、やけに穏やかな目をしていたのが、印象に残った。