走る。走る。逃げるように、目を背けるように。もう見たく無い。知りたく無い。ただ、それだけ。森の中の走る。樹々は生い茂り自分の居場所さえも無くしてくれる。
脳裏に過ぎるはさっきの戦闘。不意打ちを喰らって諦めてしまった自分がいた。立ち上がった自分もいた。だけどもう一度あの場面になったとして、もう一度立ち上がれるかは分からないし多分立てない。あの黒い光の人が居なければ私は死んでいたのだろうか?まぁ一般人が星の運命なんて守れなくて当然、どうせ誰かが何とかしてくれるでしょ。
そういえば、あの燕尾服は誰なんだろうか。せめて最後に一言だけでも。だってこれからはあの人が何とかしてくれるでしょ。だから私は倒さなくてもいいんだ・・・きっとそうなんだ。
「心が折れたか」
そうぼやくのは一人の男子中学生。白い髪をポニーテールのようにしてマフラーを巻いている。
「しかして立つしか無いのだよ。まだ変身が出来るなら戦わなければ生き残れないのだから」
手には黒い宝石。それを薬指にはめると、どこかに向かい出した。
「さぁ、立て。それしかお前が出来ることはないのだから」
男は指輪に口付けをすると、邪悪とも形容の出来る笑顔をすると、黒い光に包まれて変身した。
燕尾服を基調とした服装に所々アレンジを加えたその姿。見るものが見れば戦闘用の服装だと理解するだろう。そして彼はどこかに去って行った。
少女は独り森の中で泣いていた。塞ぎ込むように、遮断するように。
何の為に守るのか。何の為に変身するのか。誰の為?自分の為?分からない、分からない。そもそも流れで変身したんだしそこに自分の意思は無かったかのようにすら感じる。
「分からない・・・分からないよ・・・何で戦うの?何で私だけなの?誰も助けてくれなかったじゃん!それならあの人だけで充分だよ!」
その様子を少し遠くから見ているのはラミアである。
「桜花・・・」
確かに彼女はまだプリキュアに成りたての一般人ではある。だからこそ精神の不調はある程度考えてはいたがここまで酷くなるのは想定外であった。ここまで塞ぎ込むのならいっその事全て記憶を消してプリキュアを再度探すべきか・・・とまでは考えている。しかしそれも容易な事ではない。だからこそ、もう一度立ち上がるのを待つのである。
街では怪人が暴れている。それは先程確かにプリキュアに倒されたはずの怪人である。一度倒されたからなのか大きさがかなり縮小され【化け物】よりも【怪人】が妥当だと思う程度には。
その様子を見て笑っているのはオーガである。
「ふっふっふっ、まさか一度倒された状態から暫く放置されると闇の粒子が圧縮されもう一度素体の中に入り込み強化されて復活するとは。一度も聞いた事のない仕様だ。これは最後まで見届け、報告しなくては」
そして回想するは先の戦闘。
(プリキュアが一般人である為必ず隙は出来る。そこを潰せば良いという作戦自体に間違いはなかった。実際プリキュアを追い詰めることには成功し、あと一撃か二撃で殺せたのだろうから。しかし想定外の事象が起こった。あの男だ)
そして思い出すのはあの男。燕尾服のあの男はプリキュアなんかよりも格段と強かった。不意打ちを喰らってからのコンボは鮮やかすぎる程に鮮やかで抵抗しようにも間に合わなかったくらいなのだから。その衝撃で人体構造の一部が破損しており、今死ぬ気で戦っても相手に致命傷は与えられないのは明白なのだった。
(プリキュアの様に光の力は感じなかった。どちらかというと【影】や【闇】に近い力の様に感じるがその様な存在は聞いたことがない。これも一度持ち帰り相談するしかないのか。にしても・・・)
今この街周辺には誰も居ない。軍隊の様なものが来る気配と無ければプリキュアに燕尾服の男も来ない。
(プリキュアはいい。先程心をへし折ったのだから。すぐに復活できるとは思えない。燕尾服の男は何なのか分からないから一旦省く。あいつが俺達の敵なのかただの戦闘狂なのかはまだ確定しないのだから。まぁ戦闘狂なのならば来るだろう。しかし軍隊だ!この国にも警備機構は存在するだろう!?なぜ街の治安を守ろうとしない・・・まさかこの街を捨てるのか!?それは俺達にはかなり有利な話ではある。なんならその判断を俺が止める理由もない。もしこのまま来ないなら俺はこの街の征服をするぞ!)
オーガは笑う。笑う。二度目で征服出来るほどにこの世界は生温くなっていたらしい。
少女は塞ぎ込んでいる。立ち上がる気配は無く、街の惨状からは目を背ける。何も聞きたくない。聞こえなければいい。そうしたら私は戦う理由なんて無いんだから。
別に死にたいわけでは無い。まだまだやりたい事はある。誰かに恋をしたことも無いし仕事をしたことも無い。明確に誰かに褒められる事もなかったし慕ってくれる人も居なかった。だからまだ死ぬ訳にはいかないのだ。それでも、それでも。もう一度戦いに行くのは怖い。怖いのだ。死ぬかもしれない。それは元々知ってた事だ。しかしいざ直面すると・・・
森の中、一人泣き叫ぶ、孤独な声。届くはずなく、ただ響くのみ。