カプリコンからの宣戦布告を受け、事態は一気に―――それがどんな形であれ―――収束を目指して動き始めていた。
得られた時間は3日、決戦の舞台は旧モーメント。
その間に各々出来ることをやっておこう、ということになり、その場はいったん解散となった。
そして、
「………ポッポタイム、か」
「どうした、ブルーノ?」
曇天の空の下、連れだってかつての拠点にやって来た遊星とブルーノ。
懐かしそうな表情のブルーノが言う。
「僕は……ブラックホールに飲まれるあの時に思ったんだ。もし叶うのなら、もう一度みんなのところに帰りたいと」
「……………」
「そうしたら、こんな形でだけど、本当にこの場所に戻って来ることが出来た。今度こそ、君たちの仲間として」
「……ああ。ジャック達がいないのは残念だがな。それと、お前に言っておくことがある」
「?」
Dホイールを押してガレージに足を踏み入れる間際、振り返る遊星。
「お帰り、ブルーノ」
「……ああ。ただいま、遊星」
笑いあう二人だが、ガレージに踏み入った二人を待っていたのは思わぬ代物だった。
「……って!? な、何だいこのマシーンは!? イリアステルの置き土産!?」
「いや……これは涼のDホイールだ。ライディングデュエルどころか、公道を走ることも出来ない規格外だと……」
「そ、そうなのか……これがDホイール……」
自他ともに認めるDホイールマニアのブルーノだが、さすがにここまで巨大な機体は見たことがない。
決して低くはないガレージの天井ギリギリまで空間を埋めている。デルタイーグルは前後に長いが、この機体は上下にもでかい。
もはやロードローラーか戦闘機だ。
「確かにこのサイズじゃ道は走れないね……けど、どうしてこれがここに?」
「あいつが言うには、この巨大なパーツは全て、機能を安定させるための後付らしい。ヒマがあったらバラして、本体だけにしてほしいと言われていたんだが……お互いゴタついていて、ほったらかしになっていたんだ。今あいつが使っているのはダウングレードした予備機らしいが」
「えーと……もしかして僕に手伝えと?」
「ああ。長期休暇を取らされたから、本格的に取り掛かろうと思っていた矢先に、この騒ぎだ。だが、お前が戻ってきてくれたのは二重の意味で嬉しい」
「そ、そうか。……まあ、こんな規格外のDホイールをいじれる機会はそうはないだろうし……手伝わせてもらうよ」
本当はそんなことをしている場合ではない、というのは二人ともわかっている。だが、気を詰めすぎても空回りするだけだ。
気を紛らわして肩の力を抜くためにも、これはちょうどいい機会だった。
「とはいえ……こんなデカブツのどこから手を付けたものかな。遊星、設計図みたいなものはないのかい?」
「ないらしい。何でも、本体のDホイールは、1万年以上前のオーパーツだとか言っていたな」
「1万年!? ……なんでそんな時代にDホイールが? 石板の儀式だったはずだよね、当時は」
「さ、さあ……? 何故だ」
デュエルモンスターズというゲームは、元々古代の儀式の模倣としての側面を持つ。ゆえに、カードには魔術的、霊的な側面が存在するのだが、それにしたってカードの概念自体がない大昔に、なぜDホイールがあるのか?
持ち主である涼自身にも、たぶん永遠にわからない謎だった。
というか未来人であるZ-ONEはともかく、紅蓮の悪魔のしもべも石板のカードを使用していたし、遊星は知る由もないが別の異世界でははるか昔にデュエルの概念とカードに対応する石板があったのだから、そこら辺は追求するだけ無駄なのかもしれない。
「ともかく、そうだな……まずは外装を剥がしてみようか。これだけのサイズだと、もはや重機の解体だね」
「前に聞いた話では、オゾン層を突破できるが代わりに死ぬと……」
「いや、大気圏突破したら普通に死ぬからね!?」
律儀にツッコミを入れつつ、常識ってなんだっけ? とぼんやり思うブルーノであった。彼自身も時間を超えている時点で何をいまさらであるが。
というかそもそも、対流圏をD・ホイールで突破した男が目の前にいる。
「そういえば、涼は?」
「牛尾にこの件を連絡しに行っている。事情を把握した人間で、話が通せるのはあいつくらいだからな」
同時刻、ハイウェイパトロール本部。
たまたま巡回から戻って来た牛尾を捕まえた涼は、その場でざっと事情を説明していた。
さすがに精霊絡みとなると頭痛を覚え始めた様子の牛尾だったが、事態の全容を把握して口を開く。
「本当にこの町にいると退屈しねえぜ、全くよぉ」
笑う牛尾だが、目は全く笑っていない。何だかんだで生まれて育ったこの町に愛着を持つ彼は、特異な力こそないものの遊星たちとの付き合いも長く、ダークシグナーとの戦いではそれこそ最終決戦の場にも同道している(参戦こそしなかったが「冥界の王」は目撃した)。
だからこそ、彼らのもたらした惨禍は身に染みて理解している。それをも上回る悲劇を起こそうというのなら、看過するつもりはこれっぽっちもない。
「しかしよ、そのエクリプスだったか? そいつらに勝てるのかよ」
「……埠頭で戦った奴は強いというかしぶとかった覚えが」
「相手にするのは一番いやなタイプだな……よっしゃ、ならこの件、俺も出張るぜ」
「えっ、牛尾さんが?」
「この手の物事は遊星たちが向いてるってのはわかるが、だからって何もしねえのはセキュリティの沽券にかかわるんでな」
「ハイウェイパトロールじゃないんですか」
「うるせえ、似たようなもんだ」
明確に別の組織である。
とはいえ通りの良さから基本「セキュリティ」で通っているのも事実だ。
「根回しとかは御影さんの領分だから任せときゃいいとして……今のうちにデッキの再調整しとくか。下手すりゃアンリミットモードで行かなきゃならねえかもな」
「再調整って、牛尾さんデッキ一つしか持ってないんじゃ?」
「実はまだ発表前なんだが、パトロール用の新しいカードが完成したんだよ。そいつを組み込んで強化するつもりだ」
「なるほど……俺もデッキを改造するか。獣族デッキからパーツ持ってくるとして……」
「……つくづくお前さんも変わったデュエリストだよ」
デュエリストの慣例として、持ち歩くデッキは一つであることが普通だ。
デッキとはデュエリストの魂そのもの。ゆえに、一つのデッキを使い続けることが強さを高める基本であり、事実そうして大半のデュエリストは強くなる。
しかし、涼は例外的に複数のデッキを場合に応じて使い分け、時に混合させて使っている変わり種だ。
「まあ……なんてんですか、学生時代の同級生を真似たと言いますか」
「は? 学生時代ってお前、サテライト生まれじゃねえのか?」
「そうとも言いますかね」
「……よくわからねえが、多分説明されても理解できそうにねえからやめとくぜ」
牛尾が頭をガリガリとかきつつそう言ったそのタイミングで、涼のディスクに着信が入った。
発信者は鬼柳だ。
「おう、どうした京介」
『涼、ちょっといいか? ついさっきラモンから報告が上がったんだが、ダイン鉱山の大穴のところで怪しい人影を見たって話だ』
「大穴?」
『ロットンがダイナマイトで吹っ飛ばしたあれだ。様子を見て回ってるようだったが、どうも危険な予感がしたんで全速力で逃げてきたんだと』
かつてあの町がクラッシュタウンと呼ばれていた時期、町を二分した勢力の片方でトップを張っていただけに、ラモンは危険を嗅ぎ取る能力が高い。何しろ死線を潜った回数だけなら鬼柳達よりよっぽど上である。
その彼が逃げることを最善と判断したのなら、恐らく余人の手に余る事態、ということだ。
そしてこの状況において、それは一つの意味を持つ。
「エクリプスか?」
『そうだと考えて動くべきだろうな。違ったらそれでいい。とりあえず、現状鉱山は進入禁止にしてあるが、3日後に合わせてオレが行ってくる。悪いがそっちは頼む』
「わかった、遊星にも伝えとくぜ」
カプリコンの宣戦布告から3日目の零時。
この時まで、遊星たちの周りでは、サティスファクションタウンで目撃された謎の人影を除き、何も変事は起きていなかった。
不気味なほどの平穏、しかしそれがかりそめであることを知っているがゆえに、遊星たちは一切気を抜くことなく、この時に向けて牙を研いでいた。
ボルガニック遊星号を駆り、旧BADエリアに向かう遊星と並走するのは、ようやく分解修理の終わったホバー型のD・ホイールに乗る涼、未だに旧式のセキュリティ用機を吹かす牛尾、そしてアンチノミーとしての本来のスタイルでデルタイーグルを飛ばすブルーノだ。
「しかし、牛尾が出てくるとは」
「野暮は言うなよ、遊星。俺だってこの街が大事だ」
会話は最初のそれっきり。
旧BADエリア、かつて作られたモーメントが位置するゼロ・リバースの爆心地は、現在でこそ整備がなされ、ダークシグナー事件時の荒野ではなくなっているが、それでもネオ童美野の住人はその場所を忌避し、整備に携わる人員―――定期点検はまだ先である―――以外は近づこうとしない。
これは、遊星たちにとっては有利に働いた。人払いや封鎖の必要がなく、またその口実を持たなかったからだ。
俄かに厚みを増してきた曇天の下、4台のD・ホイールは目的地へとたどり着く。
鉄壁によって厳重にガードされ、今もゆっくりと回転を続ける、最初のモーメントの場所へと。
虹色の光をたたえたそれを背に、
「ようこそ、デュエリストよ」
カプリコンが一人、佇んでいた。
「一人で出迎えとは、ずいぶん寂しいな」
「まあ、こちらにも事情がありましてな」
探りを入れるついでの涼の挑発に、カプリコンはさらりと流すことで応じる。
泰然自若とした佇まいは見かけだけではなく、精神的にも強い相手のようだ。
「さて、我々の目的はお気づきでしょう?」
問いかけられたのは遊星。
険しい表情で、その問いに応じる。
「ああ。つまり……」
「マイナスのエネルギーを生み出し、モーメントを逆回転させることで、時空の狭間に消えたアーククレイドルを呼び戻し、その上でこの街にぶつけ消し去る……かつてZ-ONEがやろうとしたことと、同じことをするつもりか」
いかにも、と頷くカプリコン。
「そのために地縛神の抜け殻を使い、ダークシグナーの力を生み出しても見たのですが……究極神の介入が速かったようで。まあ、どのみち限界が来ていたので切り上げざるを得なかったのですが」
「ん? だとしたら、俺たちを呼び出した意味は何だ?」
呟いた牛尾の言葉に、涼が「そういやそうか」と何かに気づいた様子で目線を巡らせた。
「お前の言ってることが本当なら、肝心のマイナスエネルギーを生み出す方法がないんじゃないのか? それで俺たちと戦おうって話だろ?」
「なるほど、それで戦いを放棄すれば我々の目的が頓挫すると? 残念ながらそれは甘い考えですな」
しかし、涼の予想はあっさりと否定された。
「確かにマイナスエネルギーを新たに生み出すことはできませんが……既に集まった分を増幅するだけなら我々だけでも可能なのですよ。ただ、それを待っていると、アーククレイドルを呼び出すには10年単位で時間が必要でして」
「待ってられねえってわけか」
「まあ、そういうことですな。……言いかえれば、ここで貴方方が戦いを放棄したとしても、滅びが先延ばしになるだけです。理解できましたかな?」
暗に、それ自体は手段でしかないと語るカプリコン。
つまり本来の目的が別にあるということだが、さすがにそれを聞き出す余裕は遊星たちにはなかった。
何より、ここまで来ればそれを聞いたところで何も変わらない。
沈黙を肯定と取り、「それでは」とカプリコンが動き出す。
「決戦と行きましょうか」
おもむろに、手袋をはめたままの手で器用に指を鳴らす。
瞬間、遊星以外の3人の姿がその場から消失した。
「!?」
「さすがに一人で全員は相手にできませんのでね。ワタシ以外の神官が控えておりますので、そこに向かっていただきました」
「なら、オレの相手はお前と言うことか」
「ええ。……ただし、そのためにはしばし待たねばなりません。まだ、我々の戦いの舞台は用意が出来ておりませんので」
否応なく、カプリコンと対峙したまま待たされることになった遊星。
ならば、と疑問をぶつける。
「鬼柳の町にも刺客を送ったのか?」
「一応は。今回出撃したのはワタシを含め5人、既に所定の場所で待機させていますが……我々の部下を何人か足止めに向かわせています。さすがに決闘竜の介入はよろしくありませんので」
「!」