決着がつくと同時に、周囲を囲んでいた光が消えていく。
がっくりと膝をついたキャンサーをよそに、涼が駆け寄って来た。
「さすがだな、京介。さて……出口はどこかなと」
「乗って来たエレベーターは消えちまってるしな。……出られそうなのはあそこか」
視線が向いたのはキャンサーの背後、彼が現れた通路の入り口。
とはいえ元いた場所に戻れる可能性は低いが、ここで棒立ちになっていてもどうしようもない。
だが、歩き出そうとした二人を、俄かに立ち上がったキャンサーが阻んだ。
「待て! ここから逃げられると思うな!」
「なっ、負けたやつが邪魔すんのかよ!?」
「それでもデュエリストか!」
当然のごとく涼も鬼柳も反駁する。
特に鬼柳の方は、自身のホームがクラッシュタウンと呼ばれていた時期にやりあった某リアリストのこともあり、嫌悪感を隠そうともせず噛みついている。
デュエリストという人種は、デュエルによる結果をある種神聖視・絶対視するミームを共有している。
それは彼らにとって常識である以上に、本能ですらあった。
だからこそ、その結果を腕ずく力ずくで覆すような者には、本能的、生理的に強い嫌悪感を覚える。
「負けたからと言ってやすやすと通しては、エクリプスの名に泥を塗ることになる! どうあっても貴様らはここから帰すわけにはいかん!」
立ちはだかるキャンサーがそう吼えるや否や、周囲の石板が一斉に発光・鳴動し始め、空中にモンスターの姿が浮かび上がる。
その数、ゆうに100を超えている。
「おいおい、やべえぞ京介!」
「だが、どうする!? さすがにこんな状況に打つ手はねえぞ!」
「今更後悔しても遅いわ! 我々の敵に回ったことを悔やみながら地獄に行けェッ!!」
「何をしている、タルフ」
奇妙なほど平坦なその声と共に、全てが止まった。
キャンサーが凍り付いたように動きを止め、周囲に現れたモンスターたちも時が止まったかのようにその場で静止している。
何より、涼も鬼柳も、その声の主の姿を認めた途端に全く体が動かなくなった。声を出そうにも喉が硬直したように固まり、思う通りにならない。
つかつかと通路の方から歩み出てきたのは、サングラスのようなものをかけた痩せぎすの男。
黒を基調としたスーツのような装束に身を包んでおり、見かけだけなら裏社会の人間に見えなくもない。だが、全身にまとった純粋極まる殺気が、尋常の人間であることをこれでもかと否定していた。
その男は、キャンサーの後ろにやってくると、壊れたおもちゃのような挙動で振り返る彼に再度問いかけた。
「何をしている?」
「キャ、キャンサー様……こ、これは」
その応えに、涼と鬼柳は違和感を覚えた。
今凍り付いているこの巨漢が、先ほどキャンサーと名乗ったのではなかったのか?
声に出せないその疑問を読み取ったのか、男がキャンサーを名乗る巨漢を睨み付けると、視線を二人に向けて言った。
「……なるほど、そういうことか。ふざけた真似をしてくれたな、タルフ」
「も、も、申し訳」
「俺が求めるのは事実だけだ。……まあいい」
「改めて名乗ろう、デュエリスト。俺は、エクリプスに属する、十二人の決闘神官の一人……第四座“
その名乗りと共に、一帯を支配していた死の気配が薄れる。
ようやく体の自由を取り戻した二人は、改めて目の前のキャンサーを名乗った二人の男に目線を向け直す。
「どういう意味だ? さっき、そこのでかいのがキャンサーって名乗ってたが」
「ふん。こいつは俺の部下、名はタルフだ。……従士である貴様が神官を騙るとはな」
「お、お待ちくださいキャンサー様!」
「これには理由が、とでも言いたいのか? 貴様が神官の座を狙っていることを俺が知らんと思ったか」
「!!」
「……愚か者が。我々が何のためにここにいるのか忘れたか。かの方の名を穢す者め」
狼狽する偽キャンサーことタルフから、鼻を一つ鳴らして視線を切った本物のキャンサーは、あらためて涼と鬼柳に向き直して言った。
「まあいい、それは後だ。どこから入って来たのか知らんが、アクエリアス、いやタウルスが出た時に結界を閉じていなかったようだな」
「何?」
「運がなかったな。……タルフのしもべで構わんだろう」
瞬間、場を支配する圧倒的な存在感。
涼と鬼柳が弾かれたようにキャンサーの背後に視線を向けた、そこにあったのはモンスターの巨大な影。
巨大なハサミを持った、ゴルガーに似たシルエットを持つ巨体。
「何だ!? エーリアンなのか!?」
「そこじゃねえよ京介! こいつ、精霊だぞ!」
「
まずい、と危機感を覚える暇もなかった。
ゼロオルというらしいモンスターのハサミが二人へ向けて振り下ろされ、次の瞬間後ろから割り込んだ何かの手がそれを掴みとめていたからだ。
見れば、鬼柳の後ろに突然姿を現していたのは、先ほどまで目の前にいた赤銅色のドラゴン。
「オーガ・ドラグーン!?」
「こいつも精霊のカードなのかよ!?」
だが、驚いたのは二人だけではなかった。
キャンサーがサングラス(のようなもの)の奥で驚愕を隠そうとして果たせず、瞠目する。
「決闘竜だと……!? 馬鹿な、この時代に奴らが存在するはずは!」
せめぎ合いは数秒。
オーガ・ドラグーンが不意打ち気味に放った尾の一撃がゼロオルを転倒させ、粉砕された石畳から盛大な土煙が上がり一同の視界をしばしの間奪う。
その間隙に煉獄龍は首を天に振り上げ、腹の底からの咆哮で大気を揺るがした。
「ぐうっ!?」
「な、何つう大声だよ!?」
「ゲートを開くつもりか……! ここはやむを得ん」
土埃の煙幕の向こうからキャンサーの気配が消える。
それを二人と、取り残されたタルフが知覚したときには既に、偽りの夜空に無数のひび割れが走り始めていた。
あっと言う間もなくそれは決壊し、光が一帯を包んだ。
視界を支配した光が去っていく。
ようやっと周囲の状況を確かめられるようになった時、涼と鬼柳の目に映ったのは、ネオ童美野シティの一部とは思えぬ荒涼とした大地と、その中に佇む時代と国を間違えたような街並みだった。
「ここは……サティスファクションタウンか?」
「おいおい、シティから一気にここまで飛んできたのかよ。一体何が起きたってんだ」
シティ中心部に近いネオドミノ記念病院からここまでは、結構な距離がある。
それを1時間に満たない短時間で飛び越えたあたり、先ほどの戦いも含めて超常的な力が働いたことは想像に難くなかった。
それを成さしめたのは、
「オーガ・ドラグーンか……京介よ、そのカードは何なんだ?」
「オレにもよくわからねえ。病院でも言ったが、夢の中で、オレじゃねえオレが持ってたのは覚えてるんだが」
「不気味だな……なんだ、前世から飛んできたわけでもないだろうに」
鬼柳の手にある謎のシンクロモンスター、オーガ・ドラグーン。
強力なモンスターではあるが、どこから来たのか、どんな存在なのか、何もわからない。というか、今起きている事態もそもそもよくわからない、というのが本音だ。
「……いったん情報の整理が必要だな。涼、悪いがちょっと付き合え」
「仕方ねえな……」
サティスファクションタウンは元々、海外から出稼ぎに来ていたダイン採掘者たちの休息所だった場所が発展してできた町である。
そのためかネオ童美野シティの一部でありながら明確に別の町として扱われている、なんとも変わった場所だ。
町並みは完全に西部開拓時代の某国であり、この場所ではむしろ涼の方が異物として目立つ。
今となっては過去の話だが、かつては強制労働を巡る本物の決闘が(むろんデュエルで)行われていたこともあるなど、治安は決して良くはない。
それでも、この町で最強の男にして、現町長でもある鬼柳にケンカを売ろうという身の程知らずは、さすがにもういない。
「さて、どっからまとめたもんか」
役場として機能している建物の一室が、鬼柳の現状の仕事場にして、ねぐらである。
一応自宅はあるのだが、ほとんど帰っていないとか。
執務机ではなく、応接用に置かれた椅子にかけ、テーブルをはさんで涼に意見を仰ぐ。
「そうだな……まずよ、シティの方で、恐らくダークシグナーの力を使うらしい謎の襲撃事件が起きてたわけだ」
「そんで、その一つがこの町にも昨日現れたわけだな」
「で、俺は恐らくその日の昼間にネオダイダロスブリッジの近くで、恐らくその裏で糸を引いてるらしい連中と出くわした」
「そいつらがエクリプスって組織で、神官だの何だのが所属してる、と」
これらをひっくり返すと、エクリプスというらしい組織がこの町を襲ってきた、という話だ。
現状分かっているのはカードの精霊を使役できること、ダークシグナーに絡む何かを知っているらしいこと。
「……実質、何もわかってねえのと同じか」
「敵の姿が見えたってだけマシだ。それに加えて、ブルーノらしいD・ホイーラーと、なぜか現れたもう一人のジャックか」
「オレはそのブルーノってやつは知らねえが……まあ、この件に何かしら関わってるのは事実だろうな」
一番困るのはこちらからとれるアクションが、実質的に警戒する以外に何もないということだ。
相手がどう動いて来るのか読めない、知らない、わからない。
手がかりになりそうなのは、涼が盗み聞きした謎の男女の会話の内容。
「抜け殻のカードとか、残留思念とか、黄泉の力とか言ってやがったな、あいつら」
「病院でも言ってたな。……そういえばオレが言うのもなんだが、地縛神のカードってあれからどうなったんだ?」
「それは……あ? 待てよ、どうだったっけか?」
鬼柳の呈した疑問が、涼の思考を停止させた。
ダークシグナー事件の終結後、地縛神やその関連カードがどうなったのかは全く気にしていなかった。力の源たる冥界の王は既に滅びているし、ダークシグナーが消えたと同時に消滅したのだろう、と揃って思っていた。
―――それが違っていたとすれば?
「……もしかして、カードが連中の手にあるってのか?」
「その可能性は高いな。ともあれ、どうするよ涼?」
「……俺はひとまずシティに戻る。連中が動くとしたら夜だ。少なくとも俺が聞いた限りだとそのはずだ」
「わかった。オレも今晩は寝ずの番だな、こりゃ」
―――だが、予想に反してそこから数日の間、ネオ童美野シティでは不気味なほど平穏な時間が流れることになる。
いずこか知れぬ、薄暗い場所。
壁に並んだ蝋燭の光に照らされる石造りの通路を、痩身の男・キャンサーが歩いていた。
先ほど、掟に反し神官を騙った自身の部下・タルフを牢獄に蹴り込んで来たところだ。
(功名心だけで神官を名乗られては困るのだ。身の程知らずめ、頭を冷やすがいい)
そもそも、あれだけ戦えば気づかれないはずがないのに、なぜキャンサーの名を騙ったのか。
向上心と言えば聞こえはいいが、要するに身の丈に合わない地位と肩書に固執しているのだ、あの男は。
「あんなヤツでも今となっては貴重な従士だからな。昔なら抹殺していたところだが、そうもいかんか」
「浮かない顔だな、キャンサー」
通路を抜けた先には、
そこにいた先客が声をかけてきた。視線を向ければ、そこには下着同然の服装の上からくたびれた白衣を羽織った少女が一人。
表情を欠片も動かさず、キャンサーはその名を口にする。
「サジタリウスか。珍しいな、お前が部屋から出てくるとは」
「珍しいとは何だ。いや、アクエリアスがな」
「負けは負けで構わん。それも結果だ。奴が何かやらかしたのか」
「ネオドミノだったか? あれの西の方に別の町があるんだが、そこに送り込んだ従士が倒されたらしい」
だからか、とキャンサーは得心した。
「それでお前が出てきたわけか」
「カプリコンが他行中の今、私が指揮をとるしかないからな。そろそろ集まるぞ」
言っている間に、広間に円形に並べられた石造りの椅子の上に、いくつかの影が現れる。
キャンサーも自身の席に座り、12個ある座席のうち6つが埋まったところでサジタリウスが口を開いた。
「これより会合を行う。名を捧げよ」
応じてまず、金髪の女性が言う。
「第二座“
続けて、キャンサーが顔を上げる。
「第四座“
さらに、3つほど離れた席にいた神経質そうなスーツ姿の男が言う。
「第八座“
すぐ隣のサジタリウスも、続く。
「第九座“
一つとんだ席の男が、一瞬だけ横に目線を流してから応じる。
「第十一座“
その隣に座っていた少年が、堂々と胸を張る。
「第十二座“
「以上6名、エクリプスの名のもとに真実のみを告げることを宣誓する」
サジタリウスのその宣言と共に、空気がわずかに緩み、そこに「さて」とキャンサーが口火を切った。
「方針転換があったという話だが」
「ああ」
それに答えたのはアクエリアス。
頭痛をこらえるように頭を押さえ、一同を見渡して言った。
「結論から言うが、地縛神のカードからダークシグナーの力を抜き出して従士に持たせる手はもう使えん。これ以上は赤き竜の介入を招く」
「うーわ、目標達成の前にリミット来ちゃったのか」
参ったなー、と天を仰ぐピスケス。
「モーメントの逆回転ももう狙えないし、マイナスエネルギーが大量に必要なんだろ? 今まで集めた分だけじゃダメなのか?」
「足りん。しかもアルバリは倒された」
「マジで? その辺のデュエリストが勝てる相手じゃないだろ」
「その辺のではないデュエリストにぶつかったのだろうな、つまりは」
そう引き取ったスコルピオが、今度はタウルスに水を向ける。
「タウルス、お前の方はどうなのだ」
「こっちはもう、おおもとのカードが限界来てるわねぇ。力の根源も消えてるから、そろそろただのカードに成り下がりそうよ」
「お前もか……二重の意味で現状の作戦は勧められん、と言う話だな。サジタリウス、それでどうするのだ」
うむ、と頷くサジタリウス。
姿とは裏腹にその態度は、明らかに長く年齢を重ねた者のそれだった。
「今回の作戦のキモは、『あれ』を呼び戻すためのマイナスエネルギーを蓄積することにある。つまり他の手段を使えばいい」
「ダークシグナーの力を使う手は、確かピスケスが発案したのだったな」
「そうそう。あれ使って戦わせれば勝手にマイナスの力を引き寄せてくれるからさ」
「確かにそのアイデアはよかった。だが、地縛神の力を使えば、その分反対のプラスの力も高まり、最悪の場合は赤き竜の顕現に繋がる。そうなっては全て水の泡だからな」
それならばどうする、というのが今回の本題である。
もったい付けるでもなく、サジタリウスは早速そこに切り込んだ。
「今まで蓄積した分を呼び水に使い、まずは通路を開く。そのものを引き戻すのはさすがに難しいが、道を開くだけなら現状でも十分だ」
「なるほど、一気に目的を果たすのか。……だがそれでは、現出させるのは無理なのではないか?」
「ああ、そこでだ……」
そこからサジタリウスの語った作戦内容は、ある種の博打に近かった。
外せば手詰まり、最悪の場合作戦は失敗に終わる。だが、目は十分にある。
「……なるほど。その作戦、参加するのは?」
「カプリコン、スコルピオ、キャンサー、タウルスだな。カプリコンには既に動いて貰っている」
「アンタと僕とアクエリアスは留守番ね。で、行動開始は?」
「準備に少し時間がかかる。先日の闖入者の件もある、警戒を強めろ」
あれか、とキャンサーが思い出したのは、タルフを投獄するきっかけとなった謎の侵入者たちのこと。
この事は既にサジタリウスを通じて一同に伝えてあるが、未だに彼らがどうやって入って来たのかが謎だ。しかも、
「決闘竜を従えた男、か。しかも闇の方とはな」
「神官の五竜でないだけマシだが……あれを敵に回すことになるのか、我々は?」
「シャレになんないからやめろよ、スコルピオ。だとしたら最悪ってレベルじゃないよ。ある意味赤き竜よりタチ悪いぞ、あの神」
「……どいつもこいつも。アスクレピオス様を何だと思っているのだ」
「キャンサー、落ち着け。ともかく、準備が出来るまでは全員このまま待機だ。これ以上何かの干渉を受けてはかなわんからな」
―――そう言い渡したサジタリウスだが、結論を言えば彼女の決断は一歩遅かったのである。