ZOIDS―記憶をなくした男―   作:仁 尚

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今回は、盛ってます!


帝国のライガー

 この時代、大陸に点在する都市や町の中には、少し変わった成り立ちをしているものがある。

 

 白百合の園が、嘗ては帝国の基地の設備を流用し花街として発展した都市だったように、元々は共和国や帝国の前線基地や補給・整備基地だったものを、人が住みやすい環境へと整備しなおし、発展させた町が存在するのだ。

 

 基地を流用した理由としては、防衛という観点から見ると、元が戦争をするための基地なので防御に非常に優れている点が上げられる。敷地内のインフラも辺境のコロニーに比べれば整備されているため、少し手を加えるだけで、住環境が整う。

 更に、補給のために街道が整備されているので、他の町との交易もしやすい利点が挙げられるだろう。

 

 キャラバン【デザルト・チェルカトーレ】が拠点のひとつにしている【スチールギア・シティー】も、元は共和国軍が使用していたゾイドの補給・整備基地を下地にして発展しており、今ではキャラバンや傭兵相手のゾイドや車両の整備を町の主な産業としている。

 

 そんなスチールギア・シティーでも老舗のゾイド整備工場【タダンファクトリー】の事務所に、エス、アンジェリカ、エリー三人の姿があった。

 バーサーク・フューラーの改修作業のため、大掛かりな設備を必要としたアンジェリカだったが、残念な事にキャラバンが所有しているスチールギア・シティーの倉庫にあった機材では、作業出来ない事が判明した。

 そこで急遽、キャラバンが所有するゾイドなどの定期整備を頼んでいる馴染みの整備工場に、設備を貸してもらうとリョーコが提案し、彼女が書いた紹介状を手に、三人はタダン・ファクトリーを訪れていたのだった。

 

 そんな三人とテーブルを挟んで反対には、機械油で汚れたつなぎを着た三十代後半の男が、エスたちが持ってきたリョーコの紹介状を読んでいる。

 

 男の名は、クリュー・タダン…タダンファクトリーの三代目である。

 

「なるほど……お話しは分かりました。ウチの設備でよろしかったら、どうぞ使ってください」

 

 紹介状を読み終え、笑顔で快諾するクリューに、エスとエリーはホッと胸を撫で下ろすが、アンジェリカだけが少し困ったような表情を浮かべる。

 アンジェリカの表情を見て、エリーが”コクッ”と首をかしげた。

 

「どうした…の、ドクター…?」

「ん?あぁ…女将さんの紹介状があったとは言え、見ず知らずの人間がいきなりやってきて「ゾイドを直すから設備を貸してくれ」と頼んでも、そう簡単に話が進むとは思っていなかったんでね……正直、ひと悶着ぐらいあるかと思い、身構えていたぐらいだったんだ」

 

 メカニックにとって、自分たちの作業場は神聖な場所。そこに同業者の、しかも見ず知らずの他人が、土足で入り込むことがどれほど恐れ多いか、過去流しのメカニックだったアンジェリカはそのことを痛いほどに承知している。だからこそ、どれだけ罵倒されても、許可してもらえるまで頭を下げ続ける覚悟を持って臨んでいたのだが、あっさり許可が出てしまい、肩透かしを食らった気分だった。

 

 そんな彼女の言葉を聞き、クリューがゆっくりと頷いた。

 

「そうですね…他の方の紹介だったなら、断らないまでもすぐに返答するのは避けたでしょう…ですが、女将さんなら話しが別です。何せ、デザルト・チェルカトーレは上得意様である以上に、このタダン・ファクトリーの大恩人でもありますから」

 そういうと、クリューは壁に掛けられた額入りの写真を見つめる。

 

「このタダン・ファクトリーは私の祖父が立ち上げたのですが、祖父は整備士としても経営者としてもやり手で、一代でこの工場を大きく成長させました。ですが、二代目である父は、祖父と違って職人気質の整備士で経営はからっきし。祖父の代から縁のある方に経営を任せていたんです。ですが、信頼していたその方に工場の運転資金を持ち逃げされ、父が引き継いで数年もしない内に工場の経営は立ち行かなくなってしまい、人の手に渡るかもしれない瀬戸際まで追い込まれてしまいました。途方に暮れていた父と母を救ってくださったのが、デザルト・チェルカトーレの皆さんだったのです」

 三十年ほど前。キャラバンの所有するゾイドを整備してもらおうとリョーコたちが、町一番の腕前と言われていたタダン・ファクトリーを訪れたのだが、外部の話とは裏腹に、工場の経営は破綻寸前だということをリョーコたちは一発で見抜た。

 クリューの父から話を聞くと、「あんたが悪い!!」と激しく叱責した後、見て見ぬ振りも出来ないと、リョーコたちは経営再建を手伝ったのだった。

 

 その頃に撮られた写真を見ながら、クリューがリョーコたちとの出会いなどを話すと、エスたちへと視線を戻した。

 

「今、この工場があるのは旦那さん(・・・・)や女将さんたちのお陰と言っても過言ではありません。その恩を、少しでもお返しできるなら、喜んでご協力させて頂きます」

「そんな事があったのか…改めて、設備の使用許可を出して頂き、感謝する!!」

 クリューが手放しで協力してくれる理由を聞いて納得したアンジェリカは、クリューに対して感謝の気持ちの表れとして手を差し出し、握手を求めた。

 それを見たクリューは、笑みを浮かべ彼女の手を握り、ガッチリと握手を交わした。

 

「それで、いつから作業に入られますか?こちらは丁度、繁忙期を過ぎたところなので、いつでも構いませんよ?」

「本当かい?!ではきょう「明日からお願いします」えぇ?!」

 約束を取り付けたことで自重する気持ちが薄れたのか、先方が忙しくないと知るやいなや、アンジェリカが今日から作業に入りたいと言おうとするのを、エスが寸前でブロックした。

 

 抗議するように拗ねた声を上げるアンジェリカに、エスがジト目で睨む。

 

「忘れたのか?今日のところは顔見せと許可取りだけにして、一度戻って来いって女将さんに言われていただろう?」

「ドクター……約束は…守らないと、いけない…よ?」

 クリューが間違いなく設備を貸してくれることを確信していたリョーコは、許可を貰ったアンジェリカが暴走しないように、一度帰って来る事を厳命していた。

 エリーがくっついてきたのは、アンジェリカに対する強力なストッパーとしての役割を期待してのことで、彼女は立派にその役目を果たしており、エリーの悲しげな表情を見て、アンジェリカは完全に押されていた。

 

「くっ……分かった。だが、設備の確認だけはさせてほしい!そうじゃないと、作業手順が組めない!!」

 

 最後の足掻きとも取れるアンジェリカの言葉だが、タダン・ファクトリーにどのような設備が備えられているか分からないと、明日からの作業に手間取ってしまい、結果として工場の人たちに迷惑を掛けてしまうか、とエスは短い時間で考えをまとめ、短く息を吐いた。 

 

「……分かったよ。ただし!見るだけだからな?」

 エスの念押しに、アンジェリカは嬉々として首を縦に振る。その様子に、エスとエリーは顔を見合わせるとお互いに苦笑を浮かべる。

 

「申し訳ないが、彼女に工場の中を見学させてもらえないだろうか?」

「構いませんよ。ではどうぞ、こちらに」 

 三人のやり取りを笑顔で見守っていたクリューは、エスの申し出に快く了承し、三人を工場内へと案内するのだった。

 

 そして、工場内の設備を見たアンジェリカが「まさか、こんな最新設備を揃えているなんて……嬉しい誤算だ!!」と狂喜乱舞したことを追記しておく。

 

 

 タダン・ファクトリーでの設備使用の約束を取り付け、その設備の確認を終えたエスたちは、駐機場兼品物の一時保管庫として使っているデザルト・チェルカトーレ名義の倉庫へと向っていた。

 

 ある程度の規模の都市となると、ゾイドを停められる公営のパーキングなどが整備されているが、デザルト・チェルカトーレ規模のキャラバン隊が駐機するとなると、その料金は短期間でも結構な額となる。

 

 そのため、拠点としている町や都市では、駐機場を兼ねた大型の倉庫を所有し、滞在中メンバーはそこで寝泊りをしているのだ。

 来た道をそのまま戻り、エスが運転するバギーが倉庫へとたどり着き中へと入ると、メンバーが慌しく作業を行っていた。

 

「なんだ?この騒ぎ……」

「荷物を積みなおしているようだけど…」

「何か…あった…?」

 三人が出掛ける前、町に一週間近く滞在することになると言う事で、リョーコの命令で「荷物の整理ばしようかね」と荷物を下ろす作業を始めていたはずのメンバーが、まったく真逆の作業を行っていた事に、エスたちが小首をかしげる。

 

 すると、三人が帰ってきたのに気がついたリョーコが手を上げて、三人を出迎えた。

 

「やっと帰ってきたとね!…その様子なら、ちゃんとOKば貰ってきたみたいやね?」

 

 早く帰って来るものと思っていたエスたちが予想よりも遅かったことに、何処で道草を食っていたのかと、小言を言おうとしたリョーコだったが、彼らの表情を見て意地の悪い笑みを浮かべる。

 彼女の笑みに、意気込んで出て行ったのを見られていた事を思い出したアンジェリカは、恥ずかしそうに視線を逸らし、やはり簡単に貸してもらえると踏んでたのか、とエスは肩を竦めた。

 

「まぁ、女将さんのお陰ですんなりと、ね……それよりも、この騒ぎは一体?」

「ん?…あぁ、急に昔馴染みに物資輸送を頼まれてね。その準備をしよったんよ」

「へぇ、普段なら断るはずの飛び込みの仕事を引き受けるなんて、珍しいんじゃないかい?」

 

 リョーコの答えに、アンジェリカが疑問に思い首を傾げる。

 規模の大きなキャラバン隊では、隊を維持するために交易品の売買だけでなく、物資輸送など複数の仕事を同時に行ったりもするが、デザルト・チェルカトーレは商隊規模に反比例して交易品売買で得る収入が多いキャラバン。よほどの理由がない限り、飛び込みの依頼を受けたりしなかった。

 

 アンジェリカの疑問に、リョーコは疲れたようにため息を漏らした。

「昔、色々とお世話になった人の頼みで、なおかつ緊急性の高い依頼やったけん、無碍に断るわけにもいかんとよ…っとそれよりも、三人に紹介せんといかん人が居るとよ。ノンさん!!」

 

 声を掛けたリョーコの視線の先に、一人の男性が立っていた。

 

 遠目からでも分かるほど若く見える顔立ちだが、纏う空気は洗練され円熟味を増した大人の男のそれである。「年齢不肖」という言葉を体現するような男は、リョーコに呼ばれると手を上げて、彼女の下へとやってきた。

 

「リョーコ、呼んだかい…おや?もしかして、彼らが?」

「そう、さっき話した新しくメンバーに加えた子達。エスにエリー、そしてアンジェリカね……三人とも、この人がアタシの旦那で、名前はヨースケ。どうせまたフラッと居なくなるやろうけど、一応覚えといてやって」

「「「…え?!」」」 

 リョーコの紹介に、一瞬エスたちの脳裏に疑問符が浮かぶが、内容を把握できると一斉に驚きの表情をもって男を見つめた。

 

 エスたちの前に現れたこの男こそが、キャラバン隊デザルト・チェルカトーレの代表にして、リョーコの夫であるヨースケである。

 普段は妻にキャラバンを任せ、”買い付け”と称して世界を放浪し連絡さえ取れない風来坊だが、何故かタイミングを狙ったかのように、キャラバンが拠点に滞在している時にキャラバンに有益な品物を携え”フラッ”と帰ってくる人物で、今回もエスたちがタダン・ファクトリーへ出掛けるのと入れ違いに戻ってきたのだ。

 

 久しぶりに会った妻の素っ気無い態度に、ヨースケは苦笑しながらエスたちの前へと進み出た。

「手厳しいな、リョーコは……初めまして、リョーコの夫のヨースケです。三人の事は、先ほどリョーコやジェドー君たちから聞いたよ。これからも色々と迷惑を掛けるだろうけど、他のメンバーと一緒に力をあわせて、デザルト・チェルカトーレを盛り上げてくれると助かるよ…そうそう!もし、買い付けて欲しい物や探してる物があるなら、遠慮なく言ってくれ!こう見えても、探し物は得意でね!情報からゾイドまで、何でも承るよ!!」

「は、はぁ……」

 エスたちに握手を求めながら自己紹介するヨースケの勢いに、エスたちは少し怯む。

 

 そんなはしゃいでいる夫の姿に、リョーコは呆れながらため息を漏らしていた。

 

 その後、荷物の積み込み作業が終わると、久しぶりに戻ってきたヨースケを交えてメンバー全員で宴会の様な夕食を行い、日付を跨ぐ一歩手前の時間まで大いに騒いだ。

 

 次の日。エスたちが起きると、既にヨースケの姿は倉庫内にはなく、また買い付けに出て行ってしまっていた。

 

 唯一、妻であるリョーコだけが彼を見送っており、「あん人なら夜明け前に出てったよ」と、父を見送れず不満を爆発させている娘たちを宥めながら答えた。

 

 ヨースケの突飛な行動力に、エスたち新参者以外はさほど驚く事もなく、「まぁ、いつものことだしな」と朝食を食べ、出発準備を始めるのだった。

 

 

「今回の仕事やけど、行きに二日、荷降ろしに一日、帰りに二日と見とるけん、遅くとも五日後には帰ってこれるやろうね」

「五日か…それだけあれば、フューラーの改修作業と調整作業は終えているだろうね」

 

 フューラー改修の為、スチールギア・シティーに残るエスとアンジェリカの二人(・・)に、リョーコが仕事に掛かる日数の説明すると、アンジェリカは自分の作業工程と照らし合わせた。

 当初、アンジェリカは作業に掛かる日程を一週間程度と設定していたが、タダン・ファクトリーが保有する設備が最新鋭の物ばかりだったおかげで作業効率を見直すことが出来、作業日程を短縮する事が可能となったのだ。

 

「すまないな、女将さん…こんな時に、足引っ張って」

 アンジェリカの横で、ゾイド乗りとしてキャラバンの護衛をしなければならないにも関わらず、同行できないことにエスが険しい表情を浮かべて頭を下げるが、リョーコは首を横に振る。

「気にせんでよかよ。元々急に舞い込んだ仕事やけんね…それに、エリーも連れて行くんやけ、心配せんでもよか」

 

 リョーコの言葉を聞いて顔を上げたエスは、出発作業をするエリーへと視線を向けた。

 元々エリーは、アンジェリカがまた限界を超えて作業するような無茶をしようとした場合のストッパー役として、エスと共に作業を手伝う事になっていた。

 しかし、リョーコが急遽受けた依頼が大量の(・・・)物資輸送だったため、盗賊などから積荷を守る必要があり、万全を期すために護衛としてエリーもキャラバン側へと加えることになったのだった。

 

「まぁ、足を引っ張るっち気にするなら、この子(アンジェリカ)が無理せんごつ、見張っとき」 

「……出来うる限り、眼を光らせとくよ」

 そんな二人のやりとりを聞いて、自分が無理をする前提で話を進められていることに、ソワソワしていたアンジェリカがムスッとした表情でエスたちを見た。

 

「…むぅ。いくらなんでも、私に対する信用が無さ過ぎではないかい?」

「日ごろの行いのせいだろう?」

 アンジェリカの非難の眼差しを受け流していたエスに、準備を整えたエリーが近づいてくると、頭を下げた。

 

「エス様…ドクターのこと、お願い…します」

「あぁ、任せておけ」

 顔を上げたエリーに、エスが安心させるように頭を優しく撫でると、エリーはくすぐったい顔をして、もう一度頭を下げた。

 

「お母様、準備が整いました」

「よ~し!それじゃ、出発するよ!!」

 出発準備が整い、リョーコの号令と共にキャラバンが目的地の町へと向けて出発する。

 

『じゃあ行って来るね、エス、ドクター!お土産、楽しみにしててね!』

 愛機(コマンドウルフ)のコックピットから声を掛けてくるナデアに、エスとアンジェリカは手を振って応え、出発を見送る。

 キャラバンの姿が見えなくなるまで見送ると、アンジェリカが自分の頬を叩いて気合を入れ、エスの方へと振り向いた。

「さて!僕たちも行こう!」

 

 やはり時間が惜しいのか、アンジェリカはエスに声を掛けるとホバーカーゴへと走り出していた。

「あぁ、分かった……」

 その姿にエスは苦笑すると、キャラバンが向った方を一瞥し、アンジェリカの後を追った。

 

 

*****************

 

 

 赤竜旗(ロート・ドラグファーネ)から与えられているエージェント専用のホエールキングの中にある執務室で、エージェント4は一枚の書類を見つめていた。

 

「フフフ……改めて、自分が所属している組織の事を何も知らなかった(・・・・・・・・)のだと、思い知りましたねぇ」

 

 書類を読み終えたエージェント4は、いつもの営業スマイルを浮かべながら、手にしていた書類をデスク脇に置かれた水槽へと入れた。

 書類が水槽の水に触れた所から、ボロボロと崩れるように解けていき、モノの数秒でその形を失ってしまう。

 

 完全に溶けて無くなったことを確認し、エージェント4が通信機へと手を伸ばそうとした時、アラームが鳴り通信機が着信を知らせた。

 

 何ごとかと通信機をオンにすると、画面にホエールキングのブリッジに居る部下の男性が映し出された。

 

『申し訳ありません。こちらが目を離した隙に、殿下がライガーゼロに乗って、例のキャラバンへと向われてしまいました』

 部下の言葉に、エージェント4から営業スマイルが消え、先ほど書類を溶かした水槽へと顔を向けると、薄く瞼を開き見つめた。

 

『……エージェント4?』

 只ならぬ上司の様子に、部下の男性が恐る恐る声を掛けると、エージェント4は通信画面へと向き直り、いつもの営業スマイルを浮かべた。

 

「…そうですか、殿下にも困ったものですねぇ。こちらにも、段取り(・・・)と言う物があるというのに。それで、殿下の位置は?」 

『現在、殿下の操縦するライガーゼロはここ。このままですと、目標のキャラバンとはこの辺りで会敵すると思われます。いかが致しましょうか?』

 

 広域マップが表示され、それぞれの位置が光点で示されると、エージェント4は顎に手を当てた。

 

「いかが致しましょうかといわれましても、我々にあの方を止める権限はありませんしねぇ。かといって、このままにも出来ませんし……少数で構いませんので、足の速いゾイドを中心に部隊を編成して殿下のバックアップを。それと、私のSSS(ストームソーダー・ステルスタイプ)の発進準備をお願いします」 

『畏まりました』

 指示を受け、部下が一礼すると通信画面が暗転する。

 

 通信が切れたことを確認すると、エージェント4は再び水槽へと眼を向けると、普段は見せない凶悪な笑みを浮かべた。

 

「さて……それでは、じっくり拝見させて頂きましょうか?殿下の性能(・・)とやらを、ね」

 

 

***************

 

 

 急遽引き受けた依頼を問題なく完了したデザルト・チェルカトーレは、スチールギア・シティーへの帰路につき、到着まであと二時間ほどの所まで戻ってきていた。

 

『もうすぐ、スチールギア・シティーかぁ~…エスとドクター、元気かな?』

 愛機のコックピット内で、ナデアが欠伸交じりの暢気な声を漏らしていると、兄のジェドーがため息を漏らした。

『何言っているんだ、ナデア。出発してたった五日しか経ってないだろう?そんな何ヶ月も経ったような言い方してどうするんだ』

『いやだってさ、ドクターがまた無茶してる可能性があるでしょ?大丈夫かなぁって、心配で』

 ゾイドが絡むとアンジェリカが見境がなくなることを、前回の”ゾイドの墓場”調査で思い知ったナデアは、エスがアンジェリカに振り回されていないかと、心配していた。

 

 心配を口にするナデアに、親友であるエリーが通信画面の向こうで首を横に振った。

 

『大丈夫…だよ、ナデア。無茶しないって、ドクターが約束…してくれたから』 

『俺たちよりも、ドクターをよく知っているエリーの言葉だと重みが違うなぁ。まぁ、さすがのドクターも、エリーにアレだけ心配掛けたからな。ナデアが気を揉まなくても、自重してるだろうよ』

 心からアンジェリカを信用しているエリーの言葉に、顎をさすりながらホメオが何度も頷く。

 

 そんな朗らかな会話を交わしていた四人のコックピットに、突然リョーコの顔が大きく表示された。

 

『ほら、あんたたち!仕事が終わったっち、気ぃ抜きすぎやないね?町に着くまで、シャンとしとかんな!』

『『『『す、すみません!』』』』

 仕事を終えているとは言え、整備された街道であっても危険なことに変わりは無く、いつ危険が降りかかるか解らないと、リョーコに窘められた事で居住まいを正す四人。

 それを見て、リョーコは小さくため息を漏らす。

 

 その時だった。

 

『ん?…十時の方向に反応!崖の上から、何かが近づいてくるぞ!!』

 

 ホメオの乗るゴルドスのセンサーが接近する機影を捉え、けたたましくアラームを鳴らした。何故なら、接近する機影の速度が巡航速度ではなく、明らかに戦闘速度で近づいて来ていたからだ。

 

 全員が、ホメオの言う方角へと視線を向けると同時に、崖上から赤い影が飛び出し、その影から何かの発射音が発せられたかと思うと、間を置かずにキャラバンの進行方向に着弾し、爆発音と土煙が上がった。

 

『っ!?攻撃してきた!』

 突然の攻撃に全員が足を止め、ジェドー、ナデア、エリーの機体が前へと飛び出すと、煙の向こうに着地した赤い陰を警戒し、戦闘態勢を取った。

 

 爆発による土煙が晴れ、攻撃してきた存在の姿が露となる。

 

 そこに居たのは、血の様に紅く染められた装甲を持つライガータイプのゾイドが立ち塞がっていた。

 

『赤いライガー?見た事の無いタイプだな』

『なんか、フューラーの装甲と形が似てる気がするけど』

 立ち塞がるライガータイプに、ジェドーとナデアが怪訝な顔をしていると、エリーが静かに口を開いた。

 

『あれは、ライガーゼロ…ドクターの持ってたデータで、見たことが…あります』

 

 【ライガーゼロ】……かつて、帝国において開発されるも、開発拠点だったニクシー基地陥落に伴い、試作機が共和国軍によって強奪され、以降同軍特殊部隊の主力として活躍。更に、時を置いて開発元である帝国でも配されたライオン型ゾイドである。完全野生体をベースに、CASを用いた武装換装のお陰で高い汎用性を獲得している。同じ計画内にて開発されていたバーサーク・フューラーとはまさに兄弟機といえ、タイプゼロの装甲とバーサークユニットの装甲が似ていると言う、ナデアの言葉はあながち間違いではないのだった。

 

 エリーが記憶を探りながら話したライガーゼロの情報に、メンバー全員が表情を引き攣らせる。何故なら彼らにとって、フューラーの強さはよく解っており、目の前のゾイドがフューラーと同等の強さを兼ね備えていることが脅威だからだ。

 すると、ライガーゼロからオープンチャンネルで音声のみの通信が入った。

 

『お前たちか。卑しくも”帝国の遺産”を占有しているという輩は……今すぐ、余にバーサーク・フューラーを献上せよ。お前たち下賎な者には不相応なゾイドだ』

 何処かで聞いたことのある言葉に、メンバー全員の表情が険しくなる中、リョーコは目を細めると、グスタフに備えられた通信用マイクを手に取った。

 

『いきなり攻撃しておいて、ずいぶんな言い草やね……アンタ、フューラーを狙ってるっち言う組織の人間やろ?少しは交渉しようって考えは無かとね?』

 ほんの少し怒気を込めながら、リョーコは目の前の相手に問いかける。エスから話を聞いてから、彼女自身の答えは「例え、相手がどんな対価を用意しようとも一切断る」と決めていた。

 

 この問いかけは、相手に交渉の場を持つ気が本当に無いのかを確かめるものである。

 

 だが、通信機のスピーカーから聞こえてきたのは、最悪な答えだった。

 

『……誰に向って意見している?皇帝(・・)となる余に意見するなど、万死に値する!身の程を弁えよ、下郎が!!』

 まるで癇癪を起こした子供の様に”殿下”と呼ばれる青年は怒りを露にして、タイプゼロに装備された唯一の射撃武器であるAZ208mm二連装ショックカノンを、リョーコの乗るグスタフへと発射する。

 しかし照準が甘かったのか、衝撃波はコックピットを大きく外れ、グスタフの強靭な装甲を叩いただけだった。

 

『何なのよ、アイツ?!』

『どう考えても敵だろう!女将さん!!』

 警告なしの攻撃にナデアが声を上げる中、ジェドーはリョーコに指示を仰ぐように短く叫んだ。

 

『相手に交渉する気が無いなら、仕方なか!とっとと帰ってもらわなね!!』

 「やっぱり、こうなったか…」と眼を閉じてリョーコは短く息を吐くと、カッと眼を見開きジェドーたちに指示を出した。

 

 リョーコの指示を聞いて、ジェドーは笑みを浮かべる。

『了解だ!…ナデア!!』

『解ってるよ、お兄ちゃん!』

 攻撃許可が出た事で、ジェドーとナデアはライガーゼロに狙いを定めるとトリガーを引いた。

 二人の放った無数の火線がライガーゼロに向って伸びるも、”殿下”は機体を左右に動かし攻撃を回避する。

 

『愚か者め!その程度の攻撃、当たるものか!!』 

『別に当てるのが目的じゃないわよ!エリー!!』

 ナデアの言葉に、”殿下”が眉を顰める。すると、ライガーゼロの死角からエリーのファイヤーフォックスがステルス迷彩を解除して、姿を現した。

 

 エリーはジェドーたちが攻撃を始めたと同時に、ステルス迷彩を起動して姿を隠し、追い込まれてくる敵を待ち構えていたのだ。

 

『ウン…!ストライクレーザー…クローっ!!』

 ナデアの声に応えながら、エリーが操縦桿を押し込むと、ゾイドコアからの莫大なエネルギーが注ぎ込まれ、ファイヤーフォックスの両前足が熱を帯びて光り輝く。

 そして、一足で飛び上がるとエリーは躊躇無く、ストライクレーザークローをライガーゼロのコックピットへ向けて振り下ろした。

 

『っ!?』

 完全に虚を突かれた”殿下”がコックピット内で身体を硬直させ、ライガーゼロの動きが完全に止まる。

 だが攻撃が決まる刹那、誰もが信じられない光景を目の当たりにする。

 

 突如、ライガーゼロが前足を曲げてコックピットのある頭部を地面につけるように伏せ、エリーの攻撃が空を切ったのと同時に、今度は曲げた前足を伸ばして後方へと飛び退いたのだ。

 

『なっ…』

『あのタイミングで避けるの!?』

 完璧に決まったと思った攻撃を避けられ着地したファイヤーフォックスのコックピット内でエリーは絶句し、ナデアが信じられないと声を上げる。

 

 ライガーゼロの反応と動きを見て、言い知れぬ感覚に襲われたジェドーは舌打ちし、ホメオはゴルドスのコックピット内で汗を拭った。

『っ……これは、かなりヤバイ相手が来たみたいだな』

『どうするよ、ジェドー!?』

『……相手は一機。しかし、あの動きは…ドクター、作業を終えていてくれよっ!ホメオ!この距離なら、ゴルドスの通信がスチールギア・シティに届くはずだな!?』

『…なるほど、そういうことか!あったりまえだ!……マーク!聞こえるか!?こちらホメオだ!!今、キャラバンが敵の襲撃を…っつぉ?!』

 スチールギア・シティーまでの距離から、ゴルドスの通信が届くと判断したジェドーの指示にホメオが頷き、エスたちと一緒に町に残っていたマークへと連絡を取ろうすると、突然衝撃に襲われ、ゴルドスの巨体が大きく傾き横倒しになってしまう。

 

『ホメオ!?』

『攻撃?!一体何処か…きゃっ!?』

 何処からの攻撃か解らず、辺りを見渡していたナデアのコマンドウルフの後ろ足に、見えない敵(・・・・・)からの攻撃が命中し、その場に擱座してしまう。

 

『ナデア!っ!!』

 倒れこむ妹のコマンドウルフを見て、ジェドーは叫び声を上げるが、背中に寒気を感じその場から飛び退くと、ジェドーのコマンドウルフACが居た場所に砲撃が殺到した。

 

『もしかして……っ!』

 倒れたゴルドスの代わりにリョーコたちが乗るグスタフを守りに入り、見えない攻撃を避けるエリーはある可能性に気がつき、ファイヤーフォックスのセンサー感度を引き上げる。

 

 すると、戦場を動く自分たち以外の反応が複数存在し、取得された情報からデータが照合され、一体のゾイドのデータが表示される。

 

『やっぱりっ!…皆さんっ…!敵は、ヘルキャット、です!!少なくとも、三体。ステルス迷彩を、使って…この場にいますっ!!』

 そういうと、エリーはセンサーを頼りに、走り回る姿の見えないヘルキャットの一体に狙いを定めトリガーを引くと、撤甲レーザーバルカンの光弾を浴びせた。

 

 無防備な所を攻撃され、避ける事すら儘ならぬまま破壊された一体のヘルキャットが、姿を現したと同時に爆散する。

 

『っ!伏兵を忍ばせていたのか!!』

 エリーから送られてきたデータを元に、ジェドーは他のヘルキャットへ狙いを定め、攻撃を始める。

 

 そんな中、自分の意思(・・・・・)とは関係なく動いたライガーゼロに助けられ、半ば放心していた”殿下”は、エリーにやられたヘルキャットの残骸を見て盛大に顔を顰めた。

 

『……エージェント4の差し金か。余計な事をっ……この程度の(いくさ)で、余が倒れると思っていたのか!?あの男は!!』

 コックピット内で、自分の思い通りにならない状況と、自分に断り無く護衛をつけたエージェント4への怒りをぶち撒けるように絶叫すると、”殿下”の眼が何とか立ち上がろうとするナデアのコマンドウルフを捉えた。

 

『路傍の石風情が……余の手を煩わせるなぁ!!』

 

 ”殿下”の怒りに呼応するかのようにライガーゼロが咆哮すると、ナデアの乗るコマンドウルフに向って駆け出した。

 

『ちょっ!?…お願い!立って、ウルフ!!』

 

 迫ってくるライガーゼロの姿に、ナデアは焦りの声をあげ、操縦桿を忙しなく動かしてコマンドウルフを立ち上がらせようとする。だが、彼女の意に反して、後ろ足に踏ん張りの利かない相棒はジタバタともがくだけだった。

 

『ナデアっ!邪魔…しないでっ!!』

 親友の窮地に、エリーは相対するヘルキャットに照準を合わせ、バルカンを掃射するが、相手も自分の位置が敵に知られていることを理解しており、回避に全力を傾け、エリーの攻撃を避ける。

 

『邪魔だ!!』

 もう一体のヘルキャットと相対していたジェドーは、相手の動きを予測しタイミングを見計らうと、左前足に装備した二連衝撃砲で敵の行く手を砲撃して足を止めさせ、生まれた隙を狙ってAZ二連装250mmロングレンジキャノンのビームを叩き込み、撃破した。

 

 だが、敵に足止めされたせいで、ナデアの目前にライガーゼロが迫っていた。

 

『死に…晒せぇ!!!』

 ライガーゼロの必殺武器であるストライクレーザークローが起動し、ゾイドコアから供給される膨大なエネルギによって頭部の強制冷却システムが解放され、両前足と共に光り輝き、コマンドウルフを引き裂かんと空高く飛び上がった。

 

 その光景に、ナデアは身体を強張らせ目を瞑った。

『っ!?お兄ちゃん……エス、助けてっ…』

『ナデアぁ!!』

 消え入るような声でナデアが助けを求める。そんな妹を助けんとコマンドウルフを走らせるジェドーだが、自分の位置と相棒の速度では妹を助けられないと悟り、絶望に駆られそうになったときだ。

 

――グゥルルルルルル……

 

 ジェドーの乗るコマンドウルフが低い唸り声を上げた瞬間、アタックユニットを含む全ての武装が強制パージされ、身軽になったコマンドウルフが通常機では考えられない速度に一瞬で到達し、到底間に合わないと思われた距離を瞬く間に走破する。

 

 それはまるで、乗り手(ジェドー)の願いをゾイドが汲み取とり、限界以上の力を振り絞るかのような出来事だった。

 

『なっ、馬鹿な?!』

『お兄ちゃん!?』

 

 突如として現れたコマンドウルフに、二人が声を上げる中、ライガーゼロとナデアのコマンドウルフの間に、飛び込むように割って入ったジェドーのコマンドウルフの胴体側面に、ストライクレーザークローが炸裂し、悲鳴の様な音を立ててコマンドウルフの胴体が真っ二つに引き裂かれる。

 

『…妹は、やらせんよ!!…ぐっ!!』

 

 攻撃の衝撃で、コックピットのある頭部側の胴体が大きく弾き飛ばされる中、ジェドーは大きく飛び退いたライガーゼロに向って自慢げに叫ぶが、直後に成す統べなく地面に叩きつけられ、その勢いのまま地面の上を転がっていく。

 

「くそ…相棒、堪えてくれっ!!」

 叩きつけられた衝撃でキャノピーが割れ、小石などが散弾のように襲い掛かってくる中、ジェドーが操縦桿を握り締めると、最後の力を振り絞るように、コマンドウルフが地面に爪を立てて、勢いを殺そうとする。

 

 しかし、それが最悪な結果を招いてしまう。

 

 爪が地面にかかり、転がっていたコマンドウルフの胴体が縫いつけられたようにその場で停まるが、相殺されなかった慣性の力が、コックピットのジェドーに襲い掛かる。

 

「っ?!」

 

 その時、運悪く身体を固定していたシートベルトが外れ、ジェドーの身体がコックピットから外へと放り出されてしまう。

 

 投げ出された彼の行く先には、獲物を待つ化け物のように口を開いて待ち構える巨大な渓谷。

 

 そう、彼らが戦っていた場所は、進行方向左手を崖に阻まれ、右手を底の見えない渓谷が並走する、戦うには危険な場所だったのだ。

 

 コックピットから投げ出され、視線の先に渓谷が広がっているのが見えた瞬間、助かりたい一心でジェドーは仲間たちのいる方へと手を伸ばすが、無常にも彼の身体は、渓谷の淵を飛び越えて、奈落の底へと落ちていく。

 

「ッ??!うわぁあああああああああああああああああ!!」

 

 助けを求めるようにもがき落ちていくジェドーの絶叫が、渓谷の中に響き渡り、そして叫びごと彼を呑み込んでいった。

 

『っ……い、いや…いやぁあああああああああああああああああああ!!』

 

 渓谷へと落ちていくジェドーを、キャノピー越しに呆然と見つめていたナデアが、目の前で起きた事を拒否するように首を横に振り、絶叫するのだった。

 




 どうも皆さん、エージェント4です。
 ジェドーさんの姿が渓谷の底へと消えても、”殿下”とデザルトチェルカトーレの皆さんとの戦いは止まることなく、”殿下”の操る紅いライガーゼロとエリーさんの操るファイヤーフォックスが激突。その中で怒りに駆られたエリーさんは、愛機に秘められた禁断の力を解放してしまい、逆に窮地に立ってしまいます。
 絶体絶命のピンチの中、新しい装備を纏った愛機と共に彼が駆けつける!

 次回、ZOIDS-記憶をなくした男- 第十五話「宣戦布告」!

 どうやらワタシ以外にも覗き見ている方がいらっしゃるようですが…そんなことなど気にせずに、さぁ、見せてください!新しくなったフューラーの力を!!
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