明かりの付いていないホバーカーゴのブリーフィングルームでアンジェリカは一人、タブレットを手に画面を見つめていた。
「こっちのパーツはエリーのファイアーフォックスに使って…こっちのは、ナデアのコマンドウルフに回せるかな」
タブレットに表示されるパーツリストを確認しながら、アンジェリカは破壊されたゾイドの修復プランを練っていた。
スチールギア・シティーに到着してすぐ、彼女はタダンファクトリーのメカニックたちと共に各ゾイドの破損箇所の確認に取り掛かった。
メカニックたちの協力のおかげで思いのほか確認作業は早く終わり、アンジェリカはその日の内に修復プラン作成に取り掛かることができていた。
とは言え、一通りの確認が終わる頃には日が暮れさらに今では日付が変わっており、ふとそのことに気がついたアンジェリカは手にしていたタブレットを横において大きく背伸びをした。
「これなら手持ちのパーツだけで稼動状態まで持っていけるな……しかし皮肉、というべきなのかな。ジェドーのコマンドウルフが
背伸びした勢いで魅惑的な胸を上下に揺らしながら、アンジェリカは寂しげな表情を浮かべて大きく息を吐き出す。
共用パーツの多いコマンドウルフとファイアーフォックスの補修用パーツは、キャラバンが保有する他のゾイドに比べてストック数が多い。しかし今回の戦闘でフォックスもウルフも大きく傷つき、ストックされたパーツ量では直す事が出来るのは二機だけだった。
これで、ジェドーのコマンドウルフも直すことになっていればパーツが足りずに新たにパーツを確保する必要が出てしまい、しかもアンジェリカの要求するパーツ精度はどれも一級品なため、全てを揃え三機を仕上げるにはかなりの時間が掛かってしまう所だったのだ。
ジェドーのコマンドウルフを助けられなかったことを悔やむ自分がいる一方で、彼のコマンドウルフを修復しないでいいお陰で諸問題をクリアできた事に安堵する自分が居る事に、アンジェリカは「皮肉」という言葉が口をついていたのだった。
そんな鬱屈した気持ちをため息と共に吐き出しながらアンジェリカがタブレットを手に取ろうとした時、背後のドアが開いた。
「ん?…ナデアじゃないか?!もう、歩き回っても大丈夫なのかい?」
開いたドアの方へとアンジェリカが視線を向けると、外に立っていたのはナデアだった。
スチールギア・シティーに戻ってからずっと確認作業に追われていたアンジェリカは、ナデアが目を覚ました事は知っていたが、頭を打っていると聞き部屋で安静にしているだろうと思っていたので、彼女が現れた事に驚きを露にした。
「うん。大した怪我じゃないし、目が覚めてすぐに病院に行って検査もして貰った。結果を見た老師が心配ないって」
「そうか……」
ナデアの言葉にアンジェリカはホッと胸を撫で下ろすが、そこから言葉が続かず二人の間に沈黙が落ちる。
「…ねぇ、ドクター。あたしのコマンドウルフは?」
先に沈黙を破ったのはナデアだった。
彼女の問いかけに、ジェドーの事を聞かれるのでは身構えていたアンジェリカは一瞬呆けた表情を浮かべるが、すぐに表情を引き締めタブレットを手に取る。
「え?…あ、あぁ…心配しなくても
「ここに来る前に下で見たんだけど、
説明を遮るように投げられたナデアの質問にタブレットを操作していた手が止まり、アンジェリカはゆっくりと顔を上げると重々しく頷いた。
「…あぁ、そうだよ」
「……ドクター。お願いがあるんだけど」
肯定するアンジェリカを見て、ナデアが目を伏せるもすぐに視線をアンジェリカへと戻す。
そしてこの後ナデアの口から発せられる言葉に、アンジェリカはある意味で衝撃を受けるのだった。
*************
キャラバン【デザルト・チェルカトーレ】と
いつものように胡散臭い営業スマイルを貼り付け歩いていた彼はある扉の前で立ち止まると、ドアに備えられたブザーを鳴らした。
「ヴィンセントさん、エージェント4です。入りますよ」
そういうとエージェント4は中に居る人物の返答を待たずに、ロック解除用のカードキーを差し込むスロットにマスターキーを差し込んでドアのロックを解除すると部屋の中へと入った。
「お久しぶりです、ヴィンセントさん。お元気でした……か?」
部屋に居るであろう人物に声を掛けたエージェント4だったが、部屋の中に広がっていた光景を見て冗談を抜きに目を見張った。
「ふっ…ふっ……」
彼の目に飛び込んできたのは、部屋の壁の上部にある出っ張りを掴み上半身裸で懸垂に勤しむヴィンセントの姿だった。
「…誰かと思えば、手前か……通信ではなく直接出向いてくるとは、思わなかったぞ…って、どうした?」
エージェント4が入ってきたことを肩越しに確認すると、ヴィンセントは懸垂をやめて出っ張りから手を離した。
床に着地し流れる汗を拭いながらエージェント4へと向き直ったヴィンセントだったが、彼が目を見張って驚いた顔をしている事に怪訝な表情を浮かべる。
「…いや~驚きました。ワタシはてっきり、ヴィンセントさんは部屋から出られない腹いせに飲んだくれているものと思っていましたので」
部屋から一歩も外に出られないストレスから、ヴィンセントが酒を浴びるように飲んでいるものと考えていたエージェント4は、まさか彼が鍛錬をしているとは露にも思っていなかったので驚きを露にしていたのだ。
そんなエージェント4の言葉に、彼の表情に合点がいったヴィンセントは顔を顰める。
「腹いせに酒を飲んだのは最初の日だけだ!言っておくがな、俺様にも酒を飲む上での”ポリシー”ってのがあるんだよ!……それにな。こんな所に閉じ込められたからと言って呆けてたら、身体が鈍っちまう。ゾイドに乗るにも体力が必要なんだよ…ってだから何だよ、その顔は!?」
自分がただの飲んだくれでないことを説明していたヴィンセントだったが、説明を聞いたエージェント4の表情がさらに驚きに包まれているのを見て、怒りのあまりとうとう吼えた。
そんなヴィンセントを見てエージェント4の顔に営業スマイルが戻り、彼を宥めるように両手を前へと出した。
「すみません、色々な意味で驚いてしまったので……そんな暇を持て余していたヴィンセントさんに朗報です。ジェノブレイカーの修復が完了しました」
「本当か!?」
「えぇ、本当です。ワタシがここへ来たのも、貴方に直接引き渡す為ですからね。早速、お渡ししますよ…と、言いたい所ですが、その前に汗を洗い流して
相棒が直ったことを聞いてヴィンセントは汗をかいたまま服を着ようとしたが、それをエージェント4が制止し汗を流す事を提案する。
「ん?…そうだな」
自分の状況を確認するように身体を見渡し、ヴィンセントは数秒考えるとエージェント4の提案を受け入れそのまま部屋に備え付けられたシャワー室へと入っていった。
ヴィンセントがシャワーを浴び始めた事を確認すると、エージェント4は壁に備えられた通信機に手を伸ばし何処かへ連絡を入れ始めた。
――二時間後。
「で?何でこうなった?」
ホエールキング内の通路を歩きながら、先ほど自分の身に起こったことに思考が追いつかず、ヴィンセントが困惑した表情を浮かべて自問自答するように呟いた。
伸ばしっぱなしにして放置しボサボサになっていたヴィンセントの髪は短く切り揃えられ右側には額から後頭部まで伸びる三本のラインが剃り込まれている。
同じく伸ばしっぱなしだった髭も綺麗に剃り落とされ、顎の一部分にだけ短く整えられた髭が残っている。
着ている服も、ヴィンセントが長年愛用し使い古され草臥れたものから、最新の素材工学によって作られた対刃性能を持つ生地で仕立てられたタクティカルパンツにジャケット、そして真新しいコンバットブーツへと替わっている。
ヴィンセントの呟きと共に感じる視線に、エージェント4は歩く速度を緩めることなく笑みを浮かべながら肩を竦めた。
「いつも思っていたのですよねぇ、ヴィンセントさんはご自身の身なりにあまり気を使わない方だと。
「……ちっ」
エージェント4の指摘に思い当たる節があったのか、ヴィンセントは前を歩くエージェント4の背中を忌々しく睨むも舌打ちだけして、それ以上の追及はしなかった。
「まぁ、相棒のジェノブレイカーも新しくなったのですからヴィンセントさんも心機一転ということで……」
姿を見ずとも背後のヴィンセントが完全に納得していない事を感じ取り、エージェント4がそれらしい事を言って場を収めようとすると格納庫の入り口が見え、そこにはヴィンセントの世話係兼監視をさせていた部下の女性が立っていた。
「準備は整っていますね?」
「はい……っ?!」
上司であるエージェント4の問いかけに女性は恭しく頭を下げて肯定し格納庫へと入っていくのを見送るが、後ろから付いて来ていたヴィンセントを見た瞬間、全く知らされていなかったのか大きな瞳が零れ落ちるのではないかと思うほど大きく目を見開き、息を呑んだ。
驚きを露にする女性の横をヴィンセントは何ともいえない渋い顔をして通り過ぎ、エージェント4の後を追って格納庫内へと入っていった。
「長らくお待たせしました!これが、新しくなった貴方のゾイドです!!」
先に入っていたエージェント4が柏手を打ち演技臭いオーバーアクションで両手を広げてヴィンセントを出迎える。
「っ!?こ、こいつは…!!」
久しぶりの再会となる相棒の姿を見て、ヴィンセントの身体に衝撃が走った。
カラーリングは黒を基調としたものから変更されてはいないが、エスとフューラーとの戦いで脱落し置いてきてしまったブレイカーユニットが新しい物へと換装されているのだが、両側のフリーラウンドシールドが別の物に変わっている。
頭部も増加装甲の様な物が取り付けられ、増加装甲から覗く小さな”眼”の様なセンサーが一種異様な雰囲気を醸し出していた。
「ジェノブレイカー・ジェット・タイプB……貴方の相棒のもう一つの姿ですよ」
【ジェノブレイカーJ・タイプB】…格闘戦に特化したジェノブレイカー・ジェットの二つある仕様の一つで、通常機と同じ装備のタイプAとは違い、タイプBは幾つもの変更点が存在する。
最大の違いはブレイカーユニットに装備されたフリーラウンドシールドの替わりに、フリーラウンドブレードという折り畳み式の大型実体剣が二振り装備され、タイプA以上に近接格闘戦に主眼が置かれている。
更に格闘戦の際に精密センサーの集積体である頭部を守るために、レーザーチャージングブレードが取り外され簡易フェイスマスクという増加装甲が取り付けられている。
姿の変わった相棒を驚きの眼差しで仰ぎ見るヴィンセントに、エージェント4はいつもの営業スマイルを浮かべた。
「我々の組織はこれまで数多くの遺跡を調査・発掘を行っているのですが、時に大戦中に使用されたゾイドや強化パーツなどを発見をする事があります。ヴィンセントさんの機体に使ったタイプB用のパーツも、数年前にとある遺跡からモスボールされた状態で発見され、回収後に調査を行い保管していた物です。機体に蓄積された戦闘データから、ヴィンセントさんの戦闘スタイルにはタイプAよりもタイプBの方が相性が良い事が判明し、タイプBへの換装と調整を行いました」
説明を聞き、ジェノブレイカーを見ていたヴィンセントがエージェント4へと視線を向け険しい表情を浮かべた。
「いいのかよ、そんな貴重な物を使っても」
「構いません。データはすでに取ってありますし、このパーツはワタシのチームが発見したものですのでワタシの権限で使用できますから…それに倉庫内で眠らせているより使いこなせる方に託した方が何倍も有効じゃありませんか?」
「……そうかよ」
修復に大戦の遺物を使ったというエージェント4に、また厄介な
「……さて、早速新しくなった相棒の調子の確認と俺様の
意気揚々とジェノブレイカーへと乗り込もうとするヴィンセントに、エージェント4は神妙な表情を浮かべながら首を縦に振った。
「えぇ、もちろん。実験や訓練用に各種スリーパーゾイドを取り揃えていますが、貴方相手ではどれも役不足だと思いますよ?……そこでどうでしょうヴィンセントさん、リハビリがてらワタシの依頼を受けませんか?」
「……何だと?」
「貴方のように実践の中で生きてきたゾイド乗りが戦闘勘を取り戻すなら、やはり実践の中の方がいいでしょう?なに、依頼といっても大した案件ではありません…あれを」
そういうと、エージェント4は入口に控えていた部下の女性を呼び書類を受け取ると、そのままヴィンセントへと渡した。
書類を受け取り、中身を確認したヴィンセントの表情が怪訝なものへと変わる。
「……いくつもの町やコロニーを襲っている盗賊団の排除?手前はいつから正義の味方になったんだ?」
過去にエージェント4から受けた依頼で、町を襲う盗賊団の排除など一度もなかった。
ヴィンセントが知る限り、目の前にいる男が誰かを救うような依頼を絶対に持ってくることのないことを確信していたため、気でも触れたのかと疑ったのだ。
ヴィンセントの考えを察したエージェント4は肩をすくめ、薄ら笑いを浮かべた。
「別に正義に駆られて、というわけではないですよ?ワタシの仕事で最も重要なのは情報の”正確さと鮮度”でしてね。情報を効率よく集めるのに有効なのは商人と傭兵です。そこでワタシはサイドビジネスで傭兵派遣会社を経営しているのですが、この依頼はそこに舞い込んだ依頼の一つなんですよ。どうです?盗賊団の規模を考えても貴方とジェノブレイカーの慣らしにはうってつけだと思いますよ」
依頼の出所を聞き、ヴィンセントはエージェント4の傍に控えていた女性の様子をそっと伺う。
すると、部外者に話したことのない内容だったのか
そんな女性の様子を盗み見ながら、彼の話が本当なのだろうとヴィンセントは目を細めてエージェント4を見つめる。
「もちろん、いつも通りに報酬はお支払いいたしますし、色々と融通させていただきますよ?」
ヴィンセントが渋っているものと思い、エージェント4は彼が食いつくように破格の条件を並べていく。
だが、ヴィンセントはエージェント4の言葉を無視するかのように書類を読み進め、最後まで目を通すと短く息を吐いた。
「…いいぜ、引き受けてやる。その代り、いつも通りに俺様のやり方でやらせてもらうぞ」
持っていた書類を閉じてヴィンセントはぶっきらぼうに依頼を引き受ける。
彼の言葉を受けて、エージェント4は笑みを深め柏手を打った。
「さすがはヴィンセントさん!受けていただけると信じていましたよ。では、早速準備をお願いします。依頼者がいる場所はここから少々遠い場所なので、近くまでホエールキングで送ります…っと言い忘れていました。実は今回の依頼に一人同行させて頂きます…」
そういうと、エージェント4は後ろに控えていた部下の女性へと振り向くと、普段部下には見せない意地の悪い笑みを浮かべた。
「彼女、リアーナさんを連絡役としてね」
この後の二人の反応を予想しているのか、何処か楽しむように声を弾ませるエージェント4。
「は?」
「…え?」
エージェント4の爆弾発言にヴィンセントだけでなく部下の女性…リアーナも聞いていなかったのか驚きを露わにする。
予想していた反応を見せる二人の姿を見てエージェント4は「くくく…」と声を抑えて笑っていると、二人が同時に詰め寄ってきた。
「ちょっと待て!さっき俺様のやり方でやらせてもらうと言ったはずだぞ!何で人を連れていかなきゃならないんだ?!しかも、よりにもよってこのお嬢ちゃんだと!?」
「待ってください、エージェント4!そのような話、わたしは聞いていませんが?!」
話が違うと怒りを露わにするヴィンセントと、聞いていないと動揺を見せるリアーナにエージェント4は宥めるように両手を動かす。
「まぁ、落ち着いてください……ヴィンセントさんの出された条件通り依頼遂行の方法はお任せするとお約束しますが、我々にとってもジェノブレイカーは特殊な部類に入るゾイドです。今回の改修でゾイドにどのような影響が出るか見当もつきませんからね。万が一にも依頼の最中に不具合を起こしては大変ですし、それで貴方に何かあってはこちらも目覚めが悪い。彼女が同行するのはそうなった時のための保険とお考えください。あぁ、心配しなくとも彼女のゾイドの操縦技能はワタシが保証いたしますよ」
ヴィンセントに同行者の必要性を説明すると、エージェント4はリアーナへと視線を移す。
「貴女に前もって言っていなかったのは、そうしなくともリアーナさんなら問題ないと判断したからです。それとも…何か問題でもありますか?」
「い、いいえ……ありません」
目をスッと薄く開けて笑みを浮かべるエージェント4を見て、リアーナは慌てて首を横に振る。
エージェント4が浮かべる笑みが、これ以上反論を続ければ彼の怒りを買うことなることを部下である彼女は重々承知していたため、口を閉じたのだ。
閉口したリアーナを見て、エージェント4はいつもの営業スマイルへと戻り首を縦に振った。
「結構。では、ワタシは予定が詰まっていますのでこれで失礼します…ヴィンセントさん、よろしくお願いしますね。リアーナさんも期待していますよ」
腕時計を確認し、エージェント4は踵を返してドックを後にする。
あまりに一方的な展開に残された二人が気を取り直して出発準備に取り掛かれたのは、エージェント4が立ち去ってから十分以上後のことだった。
どうも、リアーナです。
エージェント4の命令で、私は賞金稼ぎのヴィンセントと一緒に盗賊団を壊滅させることになりました。あの男と一緒に行動するなんて虫唾が走る思いですが、エージェント4の命令なら仕方ありません。
そんな盗賊団壊滅に向かう途中、私たちは地図に載っていない村を見つけ、あろうことかあの男は盗賊に攫われた少女たちまで助けると言い出したのです!
えっ?!しかも、私が遺跡に潜入して助けるの!?
次回 ZOIDS-記憶をなくした男- 第十八話「救出」!
ちょっと、何勝手に決めてるの?!…あぁもう!いいわよ、助けにいってやろうじゃない!!