やることは決まっている。自分で決めたんだ。自分のため、友達のため。
けじめをつける。
バカテスト
理科
北極星の見つけ方を2通り答えなさい。
姫路瑞希の答え
北斗七星のひしゃくの先を5倍伸ばす。
カシオペア座の端が交わったところと真ん中の星を結んで5倍伸ばす。
教師のコメント
正解です。北極星はこぐま座にあります。北斗七星は、星座の名前ではなく、おおぐま座という星座名ですね。
吉井明久の答え
ど真ん中!
教師のコメント
気持ちのよい答えですが、なにを基準とするかによって場所が変わってしまいます。
島田美波の答え
北斗七星の先を伸ばす。
教師のコメント
少し足りませんね。5倍という数字をしっかり覚えておきましょう。あと、カシオペアの方も覚えておきましょう。
その日バカは相当疲れて家に帰ってきた。玄関まで出迎えてやったら、玄関に行き倒れて、
そしてすぐに立ち上がった。
「アキ、あんた…大丈夫なの?」
「うん!任せといてよ。こんなの日常茶飯だしね。」
本当に非常識な日常だ。友達であるクラスメイトに日々追い回されるのだから。
それも明確な殺意を持たれて。
「今日は、アキの家に泊まる最後の夜ね。」
「え…あれ?一週間とか言ってなかったっけ。」
「この前電話がかかってきて、会社にお願いして、明日戻れるようにしてもらったらしいのよ。」
「そ、そうなんだ…。ちょっと残念かな。姉さんかえって来るまで1人は寂しいや。」
「そうね。なんだかんだあったけど楽しかったものね。」
そうなのだ。その事実は変わらない。でも、それも今日で終わり。
明日家に帰るなら今日。
今日、けじめをつける。
瑞希には今日帰っている時も色々と追及されたけど…
ほんとにこのバカはいつもと変わらない。
一緒に住んでもずっと変わらない。
そんなコイツを見てると、自分が、重く考えてるのが少しバカみたいだ。
「今日、坂本は?」
「雄二なら母親がそろそろキッチンハイターとケチャップを間違える頃だから今日は帰る、って。」
「それはどうやったら、間違えるのかしらね。」
「そういえば前に姫路さんが同じようなことを言ってた様な…」
瑞希も面白い冗談を言うものだ。そんなの料理に使うなんて、どうかしている。
「最後だし、今日は僕がご飯作るよ。」
「最後だから…ウチにやらせて?」
「美波…。タバスコだけは…」
「はいはい。分かったわよ!」仕方が無い。今日ばかりは、普段通り作ってやろう。
「で、今日はなににするの?」
「えぇ。肉じゃがにしようと思ってるわよ。」
定番の家庭料理だし、実は得意だったりする。
「美味しそうだね!最近食べてなかったんだー。」
「じゃあ手伝ってくれる?」
「うん。任せてよ。なにすればいいかな?」
「まず土下座ね。それから額を床に擦り付けて…」
「僕がなにをしたってゆうの⁉︎」
「冗談よ。」
「美波がいうと、本気にしか聞こえないんだけど⁉︎」
全くもって心外だ。石抱きだって手加減してたし…
「それともまたなにか怒らえるようなことしたのかしら?」
「してない!してない…。」
「本当は?」
「美波の靴に…」
予想外だった。
「アキ。そんなカミングアウトしないで欲しかったわ…」
まさか靴にフェチでもあるのだろうか。
「って!違うよ!清水さんが美波の靴になにかをした…っていうから気になって…」
「…美春ならしかねないわね。で、なにかあったの?」
「美波には大変いいづらいんだけど…」
背中一面に寒気が走る。
「アキ。それ以上言わないでくれるかしら…?」
「うん。分かったよ。僕も言いたくない。」
少しの間妙な沈黙があって、アキが口を開いた。
「 そ、そういえば葉月ちゃんは?」
「葉月なら…アキの部屋で宿題やる、とか言ってたと思うけど…」
「そっか!葉月ちゃんも偉いね。僕とは大違いだ。」バカが笑いながらそう、言う。
アキと同じようになられるのは少し困る。
「とりあえずじゃあアキ。じゃがいもむいてくれない?はい!ピーラー。」
このキッチンも使い慣れてしまったものだ。アキに言われなくても、どこになにがあるかはだいたい分かる。
「おっけー!」
そんな風に作業はどんどんと進んでいく。時間がたつのも早い。
もうすぐテストだけれど、今日だけは勉強よりも大切なものがある。
「美波。そろそろ葉月ちゃん呼んでこようか?」
「そうね。まだ勉強してるかしら?」
「僕なら寝てるね…」
「とりあえず見てくるわ。ちょっと火みといてもらえる?」
「うん。」肉じゃがは、もう少しだけ煮込んだ方がいいだろう。
アキをあとにして、アキの部屋に入る。すると、
葉月はアキの布団にしがみつくようにして、寝転がっていた。
「こら。葉月なにしてるのよ。」
「うぅ。バカなお兄ちゃんの家にいるのもこれで最後だから、いっぱいバカなお兄ちゃんしてたですっ!」
「そんなことしてどうするのよ?」
「バカなお兄ちゃんが明日から抱きしめながら寝るですっ!」
とりあえずアキは後で瀕死くらいに追い込んでおこう。
最近ずっと毛布も借りっぱなしで慣れてしまったけれど、たしかに、はじめはアキの匂いがして、ドキドキしたものだ。
「ウチもやろうかしら?最期…だし。」
「お姉ちゃんには渡さないですっ!」
しばらくして遅いから心配になったらしく、部屋に入ってきたアキは、姉妹で毛布を奪い合う光景に、
「僕を巡って、争わないで!」
なんてヒロインみたいなセリフを発していた。
こんなことも最後じゃなくて、最期にしないとね。
「「「いただきます!」」」
今日は肉じゃがと、ほうれん草のおひたし、それに野菜たっぷりのシーザーサラダだ。
「美波。」
「なによ?」
「見た目が赤くないことに今猛烈に感動している。」
「えぇ。今回はタバスコのかわりに、山椒を1ビン…」
「本気でどうかしてる!」
「冗談よ。」今回は本当にスタンダードに作った。香りの隠しスパイスに柚子を入れたぐらいだろうか。
「毎度、美波がいうことは冗談に聞こえないんだけど。」
「うん!美味しい!」
「おいしいですっ!さすがはお姉ちゃんっ!」
「これは、柚子…かな?」
そういうところで、分かるのは本当に凄いと思う。中々分かるものではないから。
「「「ご馳走様でしたっー!」」」
「少しゆっくりしてから片付けしない?」ちょっとゆっくりしていたい。
「そうだね。」
「葉月今日は疲れたから早めにねるですっ…」学校で体育でもあったのだろうか。
「葉月ちゃん、おふろ今沸かしてるから、沸いたらすぐ入っていいよ。」
「ありがとうですっ!バカなお兄ちゃん。」
こういうとこには、気が回るのだ。普段は鈍感でしかないくせに…
今切り出しておこうかな。そう思ってアキに声をかける。
「アキ!」
「どうしたの美波?」
「えーっと…」やっぱり少し言い出しにくい。言いたくないから?いや、こういう言葉が単純に苦手なのだ。
「話があるんだけど、お風呂あがったら待ってる。」
「みな…み?どうしたのさ。改まって。」
「いいから!とにかく…待ってる。」
「うん…どこで?」
「ベランダで。」
これで大丈夫。あとは忘れずにいるだけでいい。
片付けをし始めて、とやかくしているうちに葉月が上がってくる。そしたらアキは、ちょっと気まずかったのか、すぐに
「美波。先お風呂どうぞ!」
なんて言い出した。
「ありがとう。」ここは、お言葉に甘えておこう。
風呂に入りながら、考えてみる。
呼び出したはいいけど、なにをするのか。だいたいは決まってるんだけど。告白してちゃんと振られる、なんてものではない。
そんなことしたら、たぶん自分が壊れてしまうから。
自分のけじめのために告白される側のアキにも申し訳ない。
だったら…
風呂から上がって、アキを風呂に促す。葉月はもう寝ただろうか。あと少し。あと少しで…
テレビがついている。ほんとに雑音にしか聞こえない。
こんなものは、消してしまおう。ついでにリビングの照明も、豆球でいい。
そしてアキに約束したベランダに出る。
この家のベランダは、少し外に開けていて、結構な広さがある。
そこには長椅子が置いてあって、洗濯物の時に使えるようになっているらしい。
なにがなにかが分からなくなっている自分がいた。少しぼーっとしてしまっている自分が。
そうしていて、
どれくらいたった頃だったろうか。
「美波。」
後ろから扉が開く音がして、見慣れた奴が入ってくる。
けじめの時間が始まった。
「遅かったわね。アキ!」
できるだけ元気に返してみる。
「えーっと15分ぐらいしか入ってないような…」
時計を見るとたしかに40分たっている。
「40分たってるじゃない。」
「あ、風呂で寝てたんだっけ。」
「あんた…それは下手したら死ぬわよ?」
「そんなことで死んでたら、もう何千回だって死んでるよ!僕をなめないでくれる?」
なめられるわけがない。つい最近まで、塩と砂糖で生き抜いてきたのだから。
「そうね。たしかにそうね…。」
「美波が飢え死にしそうになったら塩と油の絶品メニュー教えてあげるよ。」
「なによ、それ。美味しそうな感じが一つもしないんだけど…」
って、こんな話をしている場合じゃないのだ。
「なんてことを言うの!僕の…」
「アキ!」
「塩と油が…」
「…アキ。真面目に聞いてくれる?」
「…分かったよ。」こんなバカにも本当に真面目な話だと伝わったみたいだ。
「…アキ。アキが最初、日本に来て、ひとりぼっち、なにも出来なかった私に、友達になろう、って言ってくれたこと覚えてる?」
「うん。当たり前だよ。」
「そっか。」
わりとウチを、島田美波のことを、考えていてくれたのかもしれない。
「ドイツ語とフランス語間違えるなんて恥ずかしすぎて忘れられないよ…。」
見当違いだったみたいだ。
「はぁ…。本当に苦労したのよ?ドイツ語に訳すの。」
「ごめんなさい。僕がバカだから迷惑かけたね…」
ほんと、大変だった。
「アキ。その言葉って、覚えてる?」
「美波…どうして、今さらそんなこと…」
「今だからこそ…よ。で、どうなのよ。」
「…覚えてる。はっきりと。なぜか忘れないんだよ。」
なぜか……か。
「アキ。背中向けてくれる?」
「うん。どうし…て…」
そういいつつ、背中を向けたアキの背中に自分の背中をぴったりとくっつける。
秋から変わりたての初冬の風は、あたたまった体には心地よく冷たい。
そんな風が2人をすり抜けていく。
「み、み、みな、美波…?」
「落ち着きなさい、バカ。」本当に動揺しているらしい。
「う、うん。」
「アキ。さっきの話。」
「僕が美波にあの時言った言葉…?」
「そう…その言葉。もう一度…言ってくれない?」
「でも、どうして…」
「いいから!いい…からさ…。」
そう言ってから、少しの沈黙が流れる。
「…ちゅうぬぶどぅれぱどぶにいるもなみ…?」
この言葉。この言葉が聞けたらそれで良かった。
Tu ne voudrais pas devenir mon amie?…
私と友達になりませんか?
友達になろう。
そう。友達に。
一から始めて。
「ありがと。」
「変な感じだね。僕たちは、もう友達なのに…」
そう。これは、自分のけじめ。これでいい。
背中合わせを向き直して、空を見上げる。そうすると、背中にたしかにあった温もりが消えていった。
「星がきれいね。きらきら輝いてる。」
2人して空を見上げる。
「そうだね。僕にはどれがなんの星かなんて全然分からないんだけど…」
「たぶん…だけど真上の星の群れ。ひしゃくみたいな形をしているやつ。あれが北斗七星。」
「あ、ほんとだ。たしかにひしゃくみたい。」
「その少し先に北極星…」
「あれ、かな。」そう言って、上に向かって指をさしている。
「動かない星らしいわよ。ずーっと。」
「ずーっと、か。」
珍しくバカが真剣そうな顔をしている。
冬の風が強く吹きつけはじめる。空には月もあかあかと輝いていた。
「寒くなってきたし、そろそろ中に戻ろ?」
「…そうだね。美波。」
「なによ?」
「いなくなったりしないよね?」
変な勘違いをおこしてしまったみたいだ。
「うん!そんなことないわよ。ただ…」自分の気持ちの整理。
「ただ…?」
「なんでもないわよ!おやすみ、アキ。」バカ。アキのバカ。
呼びかけた相手であるバカからは、言葉はかえってこなかった。