「「Yes!!厳罰を!!」」
「僕がなにをしたってのさ!」
真っ暗な教室に真っ黒な衣装をまとった同級生の手にはくない。どこまでいっても冗談が通じないバカどもだことである。
「吉井、お前。冬休みに姫路とデートしたらしいな。それがうらやまけしからんっ!罪状は以上だ。」
んな理不尽な…っ!
「して刑罰は?」
「うむ。尻叩きの刑に処す。」
尻叩き?そんな甘いものでこの罪を許してくれるというのか。ならば、甘んじて…
「この鉄の棒で。」
よし逃げよう。
バカテスト
政治経済
景気の自動調整機能のことを、カタカナで答えて、説明しなさい。
姫路瑞希の答え
ビルトインスタビライザー
景気の好不調にあわせ、経済に流通するお金の量を調整される景気の自動調整機能のこと。
累進課税制度や社会保障に代表される。
教師のコメント
正解です。これに対し、フィスカルポリシーというものが、介入して経済を立て直していく政策となります。
吉井明久の答え
ビゥィルゥドゥ…(誰かに続く。)
教師のコメント
心底イライラしました。今度は誰に続くのでしょうか。
島田美波
アッップゥっ!
教師のコメント
まさか島田さんとは思いませんでした。
新学期早々の危機を、なんとか逃れきった僕は、その日、最後まで授業で寝ることはなかった。
寝たら間違いなく尾てい骨にひびがはいる。
そして、悲劇は再びその日の、帰り道。雄二の大失言から、全てがはじまる。
「…やっと帰れる。」
「そうだね!いきなり6時間だと中々しんどいよね…。」
休み明けの身体には、なかなかに酷なことである。いきなりだと慣れないからまずは、4時間ぐらいのような日が欲しいところなのだが。
「アキが寝ないなんて珍しくて、雨どころか槍が降りそうね。」
「そうじゃの。」
槍⁉︎なら、明日からは、全人類の命のために、睡眠にはげもうかな。
「授業は、いつもちゃんと聞かないとだめですよ?」
「…授業は大切。」
学年トップ2の2人が言う。この2人が言うからには、本当にそうなんだろう。と、まぁそんなことは、頭では分かってはいるんだけど…
そんな時雄二が、唐突に
「にしても、お腹すいたなー。飯でも行かな…」
「あ、でしたら!ちょうど家に鶏肉があるので、私が親子丼でもお作り…」
「「「…!」」」
僕とムッツリーニ、秀吉が深刻な顔になって、黙り込む。
雄二のやろうっ…とんでもない墓穴を掘りやがって!
なにか言い訳して逃れないと!
「ぼ、僕、実は卵アレルギーなんだ。」
「卵は使ってないので、大丈夫ですよ?」
うん。卵を使わないで、どうやったら黄色になるんだろう。
想像もつかないや。
脳裏に、よくわからない化学薬品が思い浮かぶ。
すると、美波が
(アキ、2人きりになるチャンスよ?)
ごめん。そういう領域の話じゃないんだ。こればっかりは。
(チャンスどころか大ピンチだよ!姫路さんは、実は料理がすごく下手で…人を殺めてしまうほどなんだ。)
下手なだけならいいんだけど、人を殺せてしまうのだから怖い。
(そうなんだ…。あ、だったらアキが教えてあげたら?)
塩酸とか使ってるんだから、教えて直るレベルじゃないような…。
(無理だよ!化学薬品とか使うんだよ⁉︎下手したら死んじゃうんだ。)
(そういえば、あのお鍋、すごい味だったっけ。)
(…あ、でも美波が助けてくれるなら…)
料理のうまい美波となら、なんとかなるかも?
(え⁉︎ウチ⁉︎いやよ!死にたくないもの。)
つめたっ!出したてのアイスクリーム並みの冷たさ、だよ。
こうなったら…
美波、自分だけ助かろうたって、そうはいかせない!
(美波!お願い!一緒に…)
「おい、2人ともなにをせせこましくくっついて話してんだ?」
言われて、はっとして、僕と美波は、とっさに、ばっ、と離れる。
少し話しこみすぎて、距離もえらく近くなってしまっていたらしい。
「…いつものこと。」
「まぁな。」
「…。」
2人がなんて言っているとき、不意に姫路さんがうつむいたのが目にうつる。そんな光景をさえぎるかのように、
「な、なんでもないわよ!」
美波が必死に否定する。よほどしたくないのだろう。
美波…そうはさせない!どうせ僕はなにもしなくても、食べさせられて死ぬんだ。なら、少しでも死なない選択にかけたい。(誰かに僕の苦しみを分けてあげたい。)言い出した美波が悪いんだ。
「ひ、姫路さんと一緒に料理しようかな、って話を!僕たち、みんなで!」
「「「「はぁ⁉︎」」」」
Fクラス共が一斉に非難の声をあげる。
「どうしたの⁉︎みんな?ボクは楽しそうだと思うケドなぁ。」
「…みんな、変。」
事情を知らない工藤さんと霧島さんが、とぼけている。
彼女らは幸せだ。自分が危険にさらされていることを知らないのだから。
「翔子、お前は来るな。」
「…雄二、浮気は許さない。」
「なんで、そうなるんだ…。俺は、お前のためを考えて、だな…。」
「…私との結婚のことを考えて?」
「なっ!勝手に都合良く解釈してんじゃねぇ。とにかく、来るんじゃねぇ。」
「…なら、仕方が無い。」
「翔子、ちなみに結婚のことではないからな。」
「…工藤も。」
「へー?ボクには、いて欲しくないんだ?」
なにかを探るように工藤さんが聞く。
「…今度、一緒にやってやる。」
「え?う、うん!」
ムッツリーニと工藤さん、本当に仲が良くなってきたなぁ。
「とにかく、これはFクラスの話、ということじゃ!」
秀吉が絶妙なかえしをしてくれる。
「明久、気に病むな。どうせいずれはやらねばならないことだったんだ。」
「…ここで止める。人類のために。」
もはやそのレベルの話になっている、とは。
「そうじゃな。」
「…仕方ないわね。手伝ってやるわよ!」
当の姫路さんを見ると、まだじーっとなにかを考えるように、うつむいていた。
どこか様子がおかしかったので、
「姫路さん?」
そうたずねると、
「い、いえ!しましょう!料理。」
と、そう、言ってくれた。
「うん!」
「なら、今週の日曜日決行でいいか?」
…
_________________________________
みんなと別れて、2人きりの帰り道。
「ふぅ…今日はいつもの10倍は疲れたよ。」
なんて、横にいる男の子が呟く。
珍しく、一日勉強したものだから意識してなくても、そんな声が漏れてしまうのだろうか。
なんて、思ってはみたものの、
瑞希には、どうしても気になることがあって、
それでいろいろと考えごとをしてしまって、なにも反応ができずにいた。
すると、
「姫路さん?」
そう不思議そうに尋ねてくる明久に、瑞希は思い切って、聞いてみることにした。
さっきからずっと気になっていたことを。ずっともやもやしていても仕方が無い。向こうが踏み込んでこないなら、こっちから踏み込めばいい。
そして、ちょっと間をあけて、
「…明久くん、さっき美波ちゃんとなんの話をしてたんですか?」
と、切り出してみた。
すると、明久は、驚いたことが手にとってわかるような顔になる。よもやこんな質問をされるとは思っていなかったのだろうか。
ちょっとあたふたして、それから、
「ほ、本当に料理の話をしてたんだよ!それで、みんなでやったら楽しそうだなぁ…って。」
「みんなで…。」
また、だ。
また、それだ。
また…
「どうかしたの?」
「2人で!」
思ったよりも何倍も大きな声になってしまった。ずっと悩まされて、悩まされて、悩まされてきたことを口にするのだからそれくらいのことは許して欲しい。
勝手に自分を納得させながら、ヒートアップしてしまう。
「へ?」
「どうして、どうして、2人で、って誘ってくれないんですか?どうして、いつもみんな、みんな…って、なるんですか?2人きりになるのがいや?気まずいから?なんでですか?どうして…」美波ちゃんばっかり。
思ってること全部言ってやろう、そう思った。思ったのだけれど…
最後の言葉はなぜか、どうしても声にならなかった。
「…。」
一方、明久は、少し思うことがあったのだろうか。
黙り込んで、しばらくして、それから、
「ねぇ、今から暇…かな?」
なんて唐突に聞いてくる。
「…へ?はい。特に予定は…」
「だったら、やろう。料理。ふ、2人で!」
そう聞いた瞬間は驚いた。自分が言って欲しかったこと、そうなって欲しかったことがその瞬間に叶ってしまったのだから。
「はいっ!」
嬉しくて、声のトーンも跳ね上がってしまう。
自分でもわかるくらい、いい笑顔のまま、明久の方をみやると、
顔を真っ青にして、震えながら、
「逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ、逃げちゃダメ…」
どこかで聞いたことあるセリフを連呼していた。
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姫路さんの言葉。それと、最近少し様子がおかしかったこと。そうやって、色々なものを抱え込んでいた。それがようやく少しだけ分かった気がする。
それで、あんなことを言ってしまった。
だけど、
とはいえ、
大変なことになってしまったじゃないか!僕のバカ!
今、僕と姫路さんは、姫路さんの家のキッチンに立っている。
今日は、宣言どおり親子丼を作ることになった。
そして、すぐに僕はキッチンの前で立ち尽くした。
材料がほぼほぼ、なかったのだ。しょうゆすらなかった。
代わりにあったのは、
「ひ、姫路さん?これは、なに?」
「イソジンです。」
うがい用薬だった。
「姫路さん。とりあえず買い物にいかない?」
「え?でも材料は、昨日買ってあった、と思うんですけど…」
「僕の親子丼は、違うタイプなんだ!!それを、姫路さんと一緒に作りたいなぁ、って。」
イソジンタイプなんて初耳でしかないんだけどね。
「明久くん特製のレシピ…。私のための…。はい。じゃあ行きましょう!」
やけにテンションが高い姫路さんを連れて、僕は足早にスーパーへと向かった。時間も遅いから早く買い物をすませたい。なんて思いながらスーパーに入っていくと、
「なんか久しぶりですね。」
姫路さんがしみじみとそんなことを言う。
「なにがさ?」
「こうやって明久くんと買い物に来ることです。」
「そういえば、そうだね。なんやかんや楽しかったよね!」
姫路さんとは、泊まりで僕の家に来ていた時以来、かな。
美波や雄二とはちょくちょく一緒に買い物に来るのだけど。
「姫路さん。いらないものは、買わないでね?」
「そんなこと、買い物の常識です。」
なら、とりあえずその手に握っているドッグフードを置いてきてもらいたいところなんだけど。
「玉ねぎと、しょうゆとだし粉と酒、これだけで、いいよ!」
「そうなんですか?不思議な親子丼ですね。」
ドッグフードを使う方が不思議なんだよ!もう言葉にならない。
なんとか買い物を済ませて、姫路さんの家に戻った頃には、すっかり空も暗くなって、もう時計は6時頃をさしていた。
早く帰らないと、姉さんの晩御飯のこともある。
「そういえば、姫路さんのお母さんはいつ帰ってくるの?」
「7時半ごろか、と思ってます。あ、親子丼。今日は、両親にも食べてもらいますね?」
まずい。突然姫路さんの親という2人分の命が僕の肩にのしかかってきた。
「僕が玉ねぎ薄切りにしておくから、鶏肉切ってもらっていいかな?」
「はい。」
僕も包丁を握って、玉ねぎを切ろうとした時、包丁の異様なテカリに目がいく。
「姫路さん、包丁えらく手入れしてるね。」
「はい。今朝、ワセリンを塗りましたから。」
「いいから洗おう。」
「へ?」
よし、洗おう。危なかった。玉ねぎを犠牲にしてしまうとこだった。
待てよ?まな板にもその危険性が…
ダメだ!注意事項が多すぎるっ!
こうなったら、いっそとにかく全部洗ってしまおう。
なんとかワセリン地獄を回避して、ようやく鶏肉と玉ねぎを炒めはじめる。
「出汁を作るから、様子みといてもらえる?」
「はい。」
すばやく、出汁をとっていると、横から
なにかを流し込む音と、なにかが溶けるような音が聞こえて、
「姫路さん?い、今、なにをしたの?」
「へ?はい。ちょっと水酸化ナトリウムを…」
終わった。僕の努力は、全て水の泡らしい。
あ。
今日の授業で、布施先生が言っていたことを思い出す。
たしか、水酸化ナトリウムはアルカリ性…。
ということは、
「おりゃあぁぁ!!」
横に置いてあった米酢を大量に流し込む。これで、中和だかなんだかが起こって、少なくとも人畜無害になるはずだ!!
姫路さんの両親に心の中で謝る。ごめんなさい。娘さんの手料理は僕が責任を持って処分させてもらいます。
「明久くん、今はどんな感じですか?」
「うん。今は……って!姫路さん⁉︎」
横をみやると、姫路さんが僕のすぐ真横まで迫ってきていた。
待て!吉井明久。冷静になれ!考えてみよう。
姫路さんがなんでこんな近くにいるのか。
「どうかしましたか?」
「姫路さん、近いんだけど…。」
「…イヤですか?」
姫路さんが上目遣いで聞いてくる。殺人的なその笑顔に、当然僕はイヤだと言えるわけもなく、
「全然…いいんだけど。なんで…」
むしろありがたい?ぐらいなんだけど。
僕がそういうと、不意に姫路さんが僕から離れていく。
「…すいません。ちょっとびっくりさせちゃいましたか?」
「うん。そんなことしたら…」
僕だって一応、男子高校生なんだ。よからぬ発想が頭をうずめいてしまう。
「そうですよね…。ごめんなさい。少し焦ってしまったのかもしれません。」
「へ?」
「いいえ。なんでもありません。」
そう言うと、姫路さんは片付け作業にとりかかっていった。
なにを焦ることがあったら、あんなことになるのだろうか。にしても、この感じ。姫路さんが僕の家に泊まっていた時にもこんなことがあったような…。
考えても仕方がないか。
とりあえず僕もこの危険物をなんとかすることを考えようかな。
「できましたか?」
それから、しばらく経って、姫路さんが聞いてくる。
ごめん、姫路さん。もう僕にはさっぱりなにをさして、完成というのか分からないや。
僕の中では努力をしたほうなのだ。あのあとも、酸性とアルカリ性の物質をなんとか混ぜて、調整を繰り返した。
少なくとも、中性ではあるはずだ。
「出来たんじゃないかな?ははは。」
乾いた笑いしか起こってこない。無理にでも笑いを起こせるだけすごいのではないかとすら思える。
「本当ですか⁉︎じゃあ、早く食べましょう!」
全身が震えてくる。
ごめんね。姫路さん。僕には分かるんだ。これが美味しいわけがないことが。
でも、姫路さんの期待の目に僕は、
「そ、そうだね…。」
といってしまう。
そして、震える手をなんとか抑えて、口に運んだ僕は、
「うん。びりっと、きて…それで、ビリビリと…ごふっ。」
「きゃぁあ、明久くん⁉︎大丈夫ですか?」
姫路さんと料理をするためにはまず、姫路さんに手錠でもかけて手を封じてからにしなければならない、改めてそう学んだ。