「そうさね。教育委員会の決定だからねぇ。」
「しかしFクラスは…。」
「高橋先生。もうこれは決めたことさね。ま、そこについては考えとくよ。」
「そうですか…では、失礼します。」
いつの世でも学園長の決定というものは突然なものである。
ついに始まってしまった地獄と言われて早5年。体育では、まさに天敵、長距離走の時期がやってきていた。
なぜこんな時期に半袖になって、無意味に校内を走らなければならないのか。なんの意味があるのか。同じところをぐるぐるぐるぐる。
いまだにわからない。
とにかくなんせ寒いのだ。
「あぁ。寒いよ。寒いよ。コールドだよ!」
「明久、0点だ。」
「くそっ!なぜだ。」
授業の時間も3時間目。昼休憩が待ち遠しくてついつい寝てしまうと噂の時間だ。
そんな時間に長距離なんてやってはいられるわけもなく、Fクラスは半分以上が体調不良で見学という状況である。
ほとんどみんながそんな感じなのだが、ムッツリーニと美波だけはやる気が高いらしく、スタートの時間を今か今かと待っている。
かくいう僕、吉井明久も「観察処分者」だとかなんとかいっても結局は同じく体調不良を装って、気だるくサボっていた。なにも「観察処分者」だからといって、体調不良を訴えても走らされるということはないらしい。
「カラオケでも行きたいな。」不意に雄二がそうもらす。その気持ちは明久にも少し理解できる。学校生活のストレスを少しでも晴らせるなら、ってもんである。
「それ、いいね。なんなら次の時間からサボってでも行きたい。」
「とにかく声出してると、ストレス発散になるよなぁ。」
いつのまにか始まったカラオケ談義を聞きつけたのだろうか。筋骨隆々、もといゴリゴリの大島先生が寄って来て、
「お前ら、ほんとにしんどいのか?」
「ほんと頭痛いなぁ!」
こういうところで嘘をつけない質なりに、うまくごまかした方だと、一人納得していると、一緒にサボっていた須川くんが、
「吉井。わざとらしすぎるだろ。」
「須川くんだって!なにさ、熱があるかも…って。なら保健室いけや!!」
「うるさいぞ吉井。…あ、あそこにパンツが…」
唐突にそういう須川くんが指をさしている先を、目を血走らせて、追う。一瞬たりとて見逃せ…
「なにもないじゃないか!須川くん、何度騙せば気が済むんだ!もう許さないっ!!」
「何度もひっかかるバカはどこの誰だ。アキちゃんなら仕方ないと思ってやれるところだが、ただの吉井がやるとただのバカの所業だな。」
「な!須川くんだって、この間ニーハイに…というかアキちゃんっていうなぁ!!」
なんて、自称•モテ男、でも実はただのフラレ魔の変態とバカみたいに口論をしていると、
後ろから大島先生が、
「お前ら、元気たっぷりだな?今からグラウンド30周してこい。」
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「ほんと疲れたよ。」
結局、泥試合みたいになって、1時間のうちにグラウンド50周はしただろうか。
終わった頃には、バテバテ、と言ったもんである。
「須川とかかわるからだろ。」
雄二が言うように、そうかもしれない。ほんとろくなことがない。
「アキ、仮病なんか使うからよ?」
美波が、体育だったからだろうか。一旦ほどいていたポニーテールを結びながらこちらに近づいてきていう。ふわりと揺れた髪は、少し赤みがかって、それでいて綺麗になびく。一本一本とても丁寧にケアされているのがよくわかる。
しかし、それとは対照的に、普段はつり目で、整った顔をしているのだがその顔を崩すように美波の顔面にははっきりと苦笑いが浮かんでいた。
「サボろうとするからじゃの…。」
これに同調するのは、
一瞬、否。間違いなく女だと思ってしまうような容姿、茶髪は透き通るように肩あたりまで伸びている。そして特徴的なじいさん言葉。
男、木下秀吉。
その人である。
「明久くん、サボりはいけませんよ?」
さらにうしろから、声をかけられて振り返る。今度はピンクブロンドの髪を長くさげて、今日も凛として麗しく、優等生然とした格好の瑞希が立っていた。
「明久がサボりをしなくなったら、変態しか残らねーぞ?」
雄二がとても失礼なことを言ってくる。
いつものことだから、なんとか大人になって、そうですか。左様ですか、と流そうとするが、結局は
「ゆ、雄二こそ、ただのへんた…」
なんていいかけた時に、ちょうどチャイムがなって、みんなが席に着き始める。それとともに雄二も悠々と、席に戻っていった。
そこはかとない苛立ちを感じつつも、明久自身も席に着く。
チャイムが鳴り終わるとともに、不服ながら(本当に。)我らが担任である西村先生、もとい鉄人が扉を開けて入ってきた。
そしておもむろに2-Fのクラスの面々に向き直り、
「ホームルームを始める。坂本。頼む。」
「…へーい。きりーつ。」
全く気だるさしか感じないような掛け声に、みんなも鉄人の手前立ち上がらないわけにもいかず、のろのろとたちあがる。
「礼。着席。」
ガタガタとボロくはあるが、みかん箱なんかよりは何倍もちゃんとした机にみんなが座る。
少し間があってから、鉄人が言いにくそうに告げる。
「あー、なんだ。少し急なんだが…我が校では、再来週…合唱コンクールを行うらしい。曲を決め次第、今週からその練習を始めてもらう。」
「「へ?」」
まさに、へ?といった顔をみんながしている。そんなものがあるとは一切知らされてなかったし、去年までもなかった、と明久は記憶している。
「だりぃ。」
「ってか、眠い。」
「嘘だろ!」
「ありえない…。」
なんて声が教室の全体から口々に上がってくる。
そんな時、ふと目に秀吉が止まる。たいそう嬉しそうに、顔をほころばせていた。演劇の関係で歌も好きなのだろうか。
なんて思っていると、雄二が、
「俺らのクラスだけじゃ、男子パートしか歌えなくないっすか?」
…なるほど。たしかに。そうである。合唱というものは、女子の声が澄み渡ってこそ、だと明久は思っている。それに、こいつらにまともな歌が歌えるとは、思わない。
「俺、俺!ときめきガールずのうたがいい!」
「「賛成っ!!」」
と、まぁこんなもんである。ちなみに ときめきガールず よりは、明久的にはきれきれレディーズの方が好みである。適度に熟れた感じなのが、またよしなのだ。
「…ピアノもいない。」
ムッツリーニが珍しく発言する。たしかに、そうだ。このクラスにピアノ弾けるやつなんているわけ…
「俺、ピアノ弾けるぞ。」
と、全くもって予想してなかった須川くんがいう。
しばらく、空気が凍ってから
「ありえない。」
「ありえてたまるか!」
クラス中から悲嘆の声が上がる。
あらためて見渡すと、わいわいがやがや、とどんどんヒートアップしていって、もちろん止まりなどしない。
そんな止まる気配もないバカどもの共演に…
「おまえらなぁ…。お前らは男子がほとんどだから、な。合唱をやるには不利だ。そこで、クラス対抗ではなく、クラス混合でやることになったんだ。他のクラスと合流して、その中で2組に別れる。だからいらない心配はいらんから静かにしろ!あぁ、それと坂本。クラス代表の話し合いでその組み合わせを決めるからきてくれるか?」
「…うーっす。」
気だるそうな声がして、雄二がわざとらしいくらいゆっくりと歩いてきて、鉄人の後ろについて、教室を出て行った。
2人が出て行った後の教室は、
「なぁ?」
「ん?」
「他クラスと一緒ということは…」
「「「女子!!!」」」
やっぱそうなるのか。という感じだった。なにか不祥事を起こさなければいいんだけど…。
まぁ、彼らは空想系男子だから実際女子が来たら来たで、思い切り引かれるか、赤面してしまって話せすらしない、のだろうけど。
そう言いつつ、いまだに姫路さんに緊張してしまう自分もいるのだけど。
そう、喧騒に包まれるクラスを見ながら思った。
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学園長室横の会議室にて。
それぞれのクラス代表は、集められていた。
このメンバーで集まるのは、去年の3年生との試召戦争以来だろうか。
たったの1ヶ月ほどしかたっていないのに、雄二には少し懐かしいぐらいの心地がした。
「では、今から代表者会議を執り行います。まずは、学年主任である私•高橋から説明をさせてもらいます。」
「いや、そういうまどろっこしいのはいいから早く決めようぜ。」
Bクラス代表の根本が、少し急くように言う。残忍かつ劣悪かつ変態で有名な、なんというかどうしようもない、という表現がぴったりな奴だ。しかし今回ばかりは、珍しく意見があう。実際、組み合わせを決めるだけなのだから。手早く済ましてもらいたいところだ。
なんて考えていると不意に声をかけられる。
「…雄二に会えて嬉しい。」
聞き慣れた声がする。霧島翔子。雄二の幼なじみであり、親友。今でこそ、こんなわけのわからないことを言っているが、こいつはAクラス代表、つまり学年主席である。
「…雄二といられるなら海底でも、天国でもいい。」
「もうお前は、だまっとけ。」
と、少し呆れ気味に告げる。
今回は、そういう場合じゃないと思うのだ。
やっと一息ついていると、今度はCクラス代表の小山が口を開く。
「根本くん。先生が言うことにはちゃんと従わないといけないわよ?ね、坂本くん。」
「な!友香⁉︎」
「気安く名前呼ばないでもらえる?」
突然自分の名前が出てきて、驚く。それとともに少し気まずくもある。小山と会うのは、この前の試召戦争のあと以来だ。告白を断ったことが頭をよぎる。
とにかく…
「まぁな。」
適当に答えておいていいだろ、と雄二は考えた。色々考えて、やっかまれても仕方ない。
「はぁ。早く始めましょ?」
こんな、どうでもいいやり取りに時間を食うのにしびれを切らしたのか、Eクラス代表の中林が声低にいう。
ごほん、と一息ついて、学年主任•高橋(年齢不詳)が、口を開き出す。
「はい。合唱コンの説明は受けたと思いますので、そのクラスの組み合わせを決めてもらいます。」
「C!Cクラスと、がいい。」根元(17)が堪らないというように、焦り気味のこえをあげる。
「Aクラスとがいいわ!」
こちらも焦り気味に、顔を赤くしながら中林(16)が呟く。
なぜかその目線は、雄二を呪い殺さんばかりに、まさに鬼の面。睨んできていたのであるが。
「Fクラスとやりたい、とウチの女子に脅されたんだが…。まぁどことでも構わん。」Dクラス代表•平賀(17)が言う。
そして軽く平賀の身を案じてから、
いつもポニーテールを下げて元気いっぱいの同級生の女子の身も同じく案じる。そして、なんとかしてDクラスとだけは避けてやらねば、と心に誓う。
ドリルツインテール一匹なら、光線でも打っとけば倒せるだろうが、あのクラスの女子大半となると、三つ編みおさげの怪物まで加わることになる。そんな光景みたいわけがない。
「私は、Fクラスとがいいわ。」
小山(17)が、髪を指でくるくる回しながら言う。
顔からはどういうつもりなのか、全く読み取れない。
「…Fクラスとに決まってる。それが当たり前。」
かぶせるように翔子(悪鬼)が言い放つ。なんでこんなにFクラスとやりたいなんて人気が集まるんだ…と呆れていると、
「坂本くん、Cクラスとやりたいわよね?」
「…雄二は私のもの。」
「霧島さんにはきいてないんだけど?」
「…雄二は…」
「「坂本(くん)はどうなんだ⁉︎」」
俺は…、どうしようか。そんなになやむことでもないのだが。
「なんでも構わんが…もう単純に、別れましょ、したらいいんじゃねーのか?それなら公平だしな。」
あ。というような空気がまわり一体に流れる。わざわざ話し合いにした意味がわからない。
「最初からそうすればよかったわね。うん。」
「そ、そうだな。それなら揉めることもないし…。」
クラス代表というのはこんなに呆けていていいものなんだろうか。
不意に翔子を見ると、こちらを寒気がするほどの目つきで見てきていたので、思わず目を逸らす。
「…じゃあいくぞ。」
ごくん。と唾を飲み込むような音が聞こえたあと、
意を決して雄二自身が声を発する。
「「グーパーチョキで、別れましょ!!」」
みんな、一斉に手を出す。
グー←Bクラス、Eクラス
パー←Aクラス、D クラス
チョキ←Cクラス、Fクラス
「…。」まさに一瞬の沈黙
目の前の翔子の目つきがさらに険しくなるのが映る。とっさに身構えるが、珍しくなにもしてくる気は無いらしい。
「やったぁ!!!」
「ぐおおおぉ!!!」
「うおおおおおぉお!!」
「きゃあああああ!!」
とりあえずこいつら全員、うるさい。
一歩下がって引き気味に見ながらそう思うのであった。