その密談とも言える話し合いの内容は…
「ほら、アキ!瑞希に声かけてきたらどうなのよ。」
いかにして瑞希に気持ちを伝えるか、なのだが。
「なっ…でも姫路さんはほら、勉強してるし。」
瑞希は遠目から見ると、単語帳のようなものをずっとペラペラとしている。
「そんなの関係ないってば!誰かに話しかけられたら嬉しいって思うよ?」
「むぅ…というか美波こそ秀吉と話してきたらどーなのさっ!」
「だから!私は関係ないでしょ。今はあんたの…」
気づけば密談なんてなんのその、周りに普通に聞こえてしまうような声量。みんなの視線を浴びて、2人して黙り込む。
そんな様子をみて瑞希がうつむいたことにも気づかずに。
気づかぬうちに大きな声もいいとこ大きな声になって、密談なんてなんのその。気づけばクラス中に響き渡っていた。大事なところは聞かれていないだろうが。
放課後、授業終わりのホームルームまでの空き時間そんなことを自分に言い聞かせていた。本当は聞かれていないかどうかなんてわからない、だけどそう信じたかった。
聞かれたらまずFFFに殺されてしまうだろうし、恥ずかしすぎる。
それに明久はまだしも、美波に至っては、誰も知らないようなことなのだから「まぁ、いいじゃん。」では済まされない。
そんな風に考え込んでいた時、ガラッと扉があいて、鉄人(未婚)が入ってくる。今日も暑苦しい。教室の温度も5℃ほど上がったように感じる。
そしてそのまま彼は教壇の前まで行くと
ごほん、とわざとらしく一息。
「あー、坂本。例の件の報告を頼む。それと、放課後、 お前ら全員居残りだ。覚悟しておけ。」
居残りといえば地獄。普通はそうであろう。
しかし、へらー、といった顔をクラス中がしている。なぜなら居残りなどもう慣れっこなのだ。だから覚悟することなどなにもない。逃げたら反省文、とひたすら心で唱えつつ、授業に臨むのだ。さすればすぐに終わる。
僕にとって唯一の心配事は、スーパーのチラシに載っていたタイムセールが4時から6時半という夕方限定だったことぐらいだ。美波も行くと言っていたので、一緒に行くことにしたのだが…なんとか間に合ってほしい。
なんせ今月は携帯ゲームに、課金という痛恨のミスを犯しているから切り詰めなければ。
壇上にこれまたゆっくりと雄二があがる。急いでいる身からしたら、少しいらっとするレベルだ。
「雄二、早くあがってよ。」
「なんだ?不都合でもあるのか?」
「うーん、ちょっとゲームに課金しちゃって、ね。」
「はぁ?」
雄二が兎にも角にも鉄人なきあとの教壇に上がる。赤髪を逆立て、目つきはきっと細くしてみせて、まさに悪鬼羅刹。その呼び名、ぴったりの顔をして見せる。もちろん見慣れているから一切怖くなどないのだが。
初対面の人なら腰を引いてしまうかもしれない。
「昼間の代表者の集まりで決まったんだが、我々FクラスはCクラスと組んで、その中で分かれてもらうことになった。」
「おぉ!」
「女子多いよな、あのクラス!」
「クールビューティーっ!!!」
クラスのみんなが再び盛り上がりを見せはじめる。
いったいどこからこのエネルギーが出てくるのだろうか。
一方、その喧騒の中で、明久は雄二の発言に大きな疑問を感じていた。
霧島翔子のことをどうしたのか、ということだ。代表者会議なら彼女はその場にいただろうに。いつもならどんな方法を使っても一緒になるだろうに。
しかも今回一緒になるのは件のCクラス代表•小山である。
しかしまぁ、雄二の話は、明久のそんな疑問とは別に話はトントンとすすんでいく。
「それで、居残りというのはだな。今からCクラスに行って、会議をして合唱の課題曲を決めるんだが、それに参加してもらう。」
そこまで言い切って、雄二がほんの少し一息ついて、それから継ぎ句を発しようとしたとき、
「それで…って、あれ。」
すでにクラスの大半は、Cクラスに向かっていっていなくなったらしい。
「…雄二。で、なにを言おうとしたのさ?」きっとほけー、とだらしない、それはそれは欲望に満ちた顔をして走り去っていたクラスメイトがなにかしでかさないか、も懸案事項ではあるのだが、途中で止められてしまった言葉を聞かないのも気持ちが悪い。
「あぁ、一応課題曲の中から選択だ、っていう話をしようと思ってな。本当は自由曲なんだが、あいつらに任せていたら確実にアイドルソングになっちまう。」
「そんな歌よりは、課題曲を歌いたいのう。大地讃頌とか。」
「なによそれ?」
「うぉ!?」
いつの間にか秀吉の真横まで来ていた美波がさも自然というように声をあげる。
その横で秀吉はあまりに驚いたのか半分過呼吸になりかかっているのだが。
「日本の歌ですから知らないですよね。高校や中学校ではよく歌われてるんです。」
いつの間にか今度は明久のすぐ真横。そこに来ていた瑞希がそう説明する。
「明久くんは驚いてくれないんですね。」
聞く限りによると、どうにも瑞希は驚いて欲しかったらしい。
それならば、と。期待に応えなければなるまい。そうは思ったのだけれど、
「いや、ちょっとはびっくりしたけど、席、横だしね。」
結局曖昧な答えをしてしまった。
「…とにかく奴らを追う。」
教室の隅の隅から聞き慣れたこえがする。ムッツリーニこと、土屋康太である。
彼の性格からして一緒にCクラスにいったものだと思っていたのだけど。
「どうしているの?」
「熱でもあるのかの?」
「土屋、保健室に…」
なんて心配する手がみんなからさしのべられる。
「…失礼な!あいつらと一緒にするな。」
「なら…もしかして、工藤に告白する気にでもなったか?」
雄二がいつもの姿、首をブンブン振って全力で否定するムッツリーニに牽制を入れる。
すると、ハッとしたように一旦フリーズ。しかし、また同じように首を振りだした。
「愛子ちゃんも大変ですね。」
「あはは…。」
「で、ほんとはなんで行かなかったの?」
「…写真の整理中だった。」
そんなことだろうと思ってた。
その場にいた全員の顔からそんな空気を感じた。
それを読み取ることは明久にすらも容易なことであった。
「ま、とにかく奴らがなにかしないか心配だ。行くぞ。」
なにもしていませんように、神様、仏様、FFF団様。
そんなしようもないことを祈りつつ、教室をあとにした。
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案の定。案の定である。クラスメイトは廊下を全力疾走した、ということで鉄人に捕捉され、説教を受けていた。
自業自得、まさにバカの所業といえよう。
そんなバカなクラスメイト不在の中Cクラス内では、曲の選定とグループわけが行われていた。
捕まったこと自体は、たいそう残念なことかもしれないが奴らの提案はきっと、「ときめきガールず」の新曲、ふにゅっとすいーつ♡だろうからいなくなったのはむしろ好都合といえる。
今は、雄二と小山が前に立って、司会を始めようとしている。雄二の目は相変わらず死んだまま、ほけーとしていたが、一方で小山はらんらんとした目、さらには心なしか頬が赤にも見えた。
「…ということで、曲を決めないといけないんだけど、なにか提案はないかしら?」
「ふざけたこと言ったやつは放り込むぞ。補習室に。」
雄二がおどしをみんなにかける。ボケでもかましてやろうかと思っていたが、補習になるかもしれないならやめておこう。そう思い、明久もきっと回りのみんながしているように真剣に考えるのだが…ほぼなにも思い浮かんでこない。
思い浮かんでくるのは、「きれきれレディース」だけ。なんだかんだと、明久も末期症状らしい。
「大地讃頌はどうじゃろ?メジャーじゃしの。」
秀吉がさっきも言っていた曲を自ら推薦する。よほどのお気に入りなのだろうか。今度の誕生日プレゼントは大地讃頌を歌って、録音したやつをプレゼントしようかな。なんてほうけながら話を聞いていると、
「ならモルダウとかもいーじゃん?」
「青葉の歌とか!中学ん時歌ったよねー!」
「走る川もありだな。」
秀吉が提案したのを皮切りにアイデアがぽんぽん出てくる。明久の頭にはそのたびに「?」がぽんぽん出てくるのだが。全くわからない。
ほぼ分からない曲だらけだ。なんせ明久は、そのようなお堅い曲はかろうじて国歌が歌えるか歌えないかレベルなのだから。
国歌?国歌!
明久の頭はすでに煮詰まってしまっていたのだろう。思考回路は通常どおりに働いてはくれない。そして、
「国歌!」
「明久、補習室に行きたいか?」
「いやです。」
明久は、もう発言は控えよう、そう心に固く誓うのであった。
「ならこの4つの候補の中から…」
雄二がまさに締めにかかろうとした時、突然教室後方の扉がガラリとあく。
「「いぃぃち、にぃ、さぁん!!し!hey!」」
「なんだ!?」
そんな声が主にCクラスから聞こえてくる。この声には聞き覚えがある。
そう。我らがFFF団御大将、須川。そして参謀、福村である。
「「hey!」」
須川亮、高校2年生。最近の趣味は、アイドルのライブでピカピカと光る棒を振り回すこと。(名称なんて知らない。)他にも女絡みの趣味はたくさんある。ほぼ鑑賞するだけで、干渉しないのであるが。
だからこそいらいらはつのる。なにも思い通りに行かない。昨日は、近くの中学生に道を聞きたくて、声をかけたら通報されかけた。今日は吉井明久とかいうなぜか(ほんとになぜか)モテるバカと張り合いをして結果無駄に終わった。
なら、せめて、これくらい!
万感の思いを胸にシャウトする。須川亮、魂のシャウトだ。
「だーりん!あぁいしてぇ!!」
「HOO!!!!」
「…貴様ら。牢獄にいったはずじゃ…」
「愛のためならどこからでも蘇るんじゃあ!おおぉ!かのんちゃぁぁん!!きゅんきゅん!」
「ということで、俺たちの提案はただひとつ!!。ときめき…」
雄二はそこまで言いかけた死地からよみがえった死神、もとい、ただの変態を、宣言通り廊下に引きずりだした。
なんというか、本当に悪い意味で期待を裏切らない。凄惨な光景を見ながら、遠巻きに、あくまで関係者ではない面をしつつ、そう明久は思った。
雄二はFFFの幹部クラスをいとも簡単に片付けると、廊下にどっぷりと腰を据えて待機していた鉄人に引き渡す。
「あとはたのんます。鉄…西村先生。」
「お前も補習室へ来るか?」
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「玉ねぎが一袋三玉入りで、98円。これはお得だね!」
「この時期ならだいぶ安いんじゃない?」
「そうだね。」
あのあと曲は無事に課題曲である「きらめき」かなんとかいう曲に決まった。しかしそんなことよりもセール。会議が終わってすぐ、明久と美波はスーパーへ急いでむかった。
と言っても、早歩き程度ではあるが。
スーパーでしっかりとタイムセールの商品を手に入れて、今。まさにその帰り道である。
いつも通りの距離感。付かず離れず、その距離はいつもきっちりと保たれる。言うなれば、まさに不可侵条約。されど、不離条約。
そんな2人の間を冬の風は吹き抜けて行く。すっかり暗くなった空からは月の明かり、星の明かりがちらほらのぞくのみである。
そんな時、急にピリリっと、
そんな空間を割くように音が鳴る。
「美波。携帯なってるよ?」
「いーのよ。どうせ友達だろうし。」
全く無視。明久の言葉は耳から耳へ抜けていったらしい。涼しい顔をしている美波の顔に風が横から吹いてきて、きれいな朱色の髪がなびく。
もう長い付き合いのような気がするのだが全く単純なようで、どこか難しいところのある奴である。
「姫路さん…とか?」
そうまで頑なにされるとやはり気なってしまい、追及する。特別、そこまで聞きたいことでもない気はするのだが。
「…違うわ。…えと、ドイツの友達よ。」
「なにさ?珍しいね。まさかドイツにでも帰るの?」なんて冗談も冗談。軽く聞いてみる。
しかしこれが失言もいいところ失言だった。
「そうかもね。」
「…。」
突然の言葉にはっとして詰まってしまう。冗談で聞いただけのつもりのこと。だけどこの反応は…
しかしなんとか持ち直して、とにかく聞き返す。
「…ほんとに言ってるの?」
「なんでうそをつくのよ。」
これまたコンマ数秒の返し。美波から返ってきたその声は冬の風より冷え切っていた。
なんで。
なぜ今さら、ドイツに帰るなんてことになるのだろうか。もうすっかり日本にも馴染んだはずなのに。たしかにはじめこそ1人だったかもしれない。だけど今は、姫路さんだって、霧島さんだって、雄二だっている。きっと明久もそこにいるはずだ。
今は、あの時とはなにもかも違う。美波が一人で苦しんでたあの時とは。…いや。違うはずなのに。
「なんで…?なんか今の生活になにか嫌なことでもあるの?」
「そんなものあるわけないわよ。ただ…」
「ただ?」
「ウチは…いや、それもだめだよね。わたしは!…変わらないといけないの。ここにいたら変われないの。今だってそう。…変えないと始まらないのよ。前も言ったでしょ?あの時、アキは思うだけで変わってるって言ったけど…本当は動かないと始まらないと思うの。いや、違うね。そうに決まってる。見えないものを見ようとしたら、やっぱり動かないといけない。当たり前を当たり前と信じてやまなかったら、そこからはなにも変われないの。生まれないの。…ただそれだけ。アキもそうよ。瑞希とだって、今のままじゃダメなの。このまま変わらなかったら、恋人同士になんてなれない。」そこまで一気に言い切って、美波はこちらから目を逸らす。
そしてくるっと半回転。ここで、別れるつもりらしい。
「今、美波…。」
あまりにも長い美波が言い切った言葉の意味を考えるよりもなによりも。
今、確かにわたし、って。たしかにそう聞こえた。What a shit !!ふと、そんな言葉を言われた去年の初めの頃が思い出される。
改めて考えると、なぜウチと言うようになったのだろうか。そしてなぜ今わたしと言ったのか。明久はなにも知らない。
明久にはなにひとつわかっていなかった。それを今になって思い知らされる。分かり切ったつもりでいた目の前の女の子のことを。
「じゃあね。また明日。」
夜の空の下。ほんとに短い、そして口早なさよならの挨拶。
「待って!」
とっさに止めにかかるが、もちろん彼女は止まらない。止まってくれない。
そう。止まらないのだ。
「待たない!だから…また明日って言ってるでしょ。…また明日!」
一度動き出した歯車はいくところまでいかねば止まらない。
表面的にはなにごともなく保たれていた世界も、たった一言で、一気にどこまでも壊れていく。まさに諸行無常。
美波が言った動かねば変わらないということは、動けば変わってしまうということでもあるのだ。
だけど明久にできる事はただのひとつだけ。
それを受け入れるしかない。