バカとその後と恋愛模様!   作:八百六十三円の片道切符

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昨日の美波が目に焼きついて離れない。美波がドイツに帰る、そんな受け入れがたい現実も頭から離れない。

「明久くん、おはよーございます。」
そんな明久などつゆも知らず、今日も元気にピンク色の髪を長くたらして、輝くような笑顔で瑞希は明久に挨拶をしてくれる。
「あ、おはよー姫路さん。」
普段ならそんなに嬉しい瞬間はないと思うのだけど、今はどうしても頭が回ってくれない。なのでそれに適当に返事をすると、

「?…どうかしましたか?」明久の態度になにか違和感を感じたのか瑞希は心配そうな顔で明久の顔を至近距離で覗き込んでくる。
「い、いや、なんにもないよ。うん。」



そうなにもない、明久には。あるのは明久にじゃない。

「そうですか…あ、美波ちゃん!おはよーございますっ。」瑞希は少し遠くに美波をみつけてこれまた元気そうに挨拶する。そんな瑞希の視線の先には美波がいるわけで。ついつい目でおってしまう。
「おはよー瑞希!…仲良さそうね。…それじゃあまたあとで。」
瑞希につられて見てしまったその先で、美波とあった目線をすっと切られる。それから美波は明久の方には目もくれずに立ち去る。

なんというか、気まずい。


僕とみんなと合唱コン3

 

「なんだ。翔子か。」

朝、雄二の部屋の中。もう寝起きに、霧島翔子を見ても驚かなくなった。これは、賞賛すべき成長なのだろうか。はたまた残念すぎるただの慣れ、というやつなのか。とにかく驚かなくなった。いうなれば、ネズミに電気ショックを与え続ける実験と似ている。どんなバカでも、例え動物でもいずれは気づくのだ。あきらめなければならない現実というやつに。

 

「…雄二。どういうこと?」

「なんのはな…」

ここまでいいかけたところでいつもの口封じ。最近は、今まさに手で鷲掴みにしてきている女の手の形に、歯茎が変形したような気がしないでもない。

んー、んーとなんとか口を開こうとする。

あまりに苦しくなってきたので、なんとかかんとか無理矢理に雄二はその手をもぎとってやって、

「殺す気か、ばか!」

「…なんで小山を選んだの。」

言われた瞬間。?が頭に浮かぶ。

その言葉を理解するのにしばらく時間がかかりそうだ。

その一方で、手は絶えず動かす。今日は国語と、数学と…あ、今日は資料集がいるとか言ってたっけ。

なんていつも通り朝の準備をしていたら、だんだん頭の中の整理がついてきた。そして喋り出す。

「なんでもくそも、あれはただの運の結果だ。」

「…じゃあ、なんで私を選ばなかったの。」

シンプルな質問だった。しかしダーツで言うなら、ど真ん中。ボーリングでいうなら、ストライク。まさに的確な質問であった。さすがの雄二もそれには、照れ隠しというかなんというか、答えづらくなって、

 

「いいから行くぞ、学校。」

「…ひどい。」

「ひどくない。」

「…なら、どいひー。」

「それは一緒だ。てか、お前。それどこで覚えてきたんだよ…。」

 

 

 

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「まずは、曲を聴いてみない?」

「おう。」

今時ラジカセかよ、と言いたくなるようなほど古ぼけたラジカセがガガ…と音を立ててからテープを回しはじめて、ようやく音が流れてくる。

 

しん、と教室中が静まり返り、音に集中する。時々、やはり音が飛びそうになったり、不安定ながら流れることおよそ5分満たないほど。

 

そして、ラストは、ピアノと男女の四声が、一気に音量をあげて行って、一斉に締めた。

繊細であり、かつ豪快。

「これが、今回歌う曲よ。」小山が曲が流れ切って、少しの沈黙をやぶるように告げる。

「「おぉ!!」」

 

「いーじゃん?」

 

「今のところ、伸ばし気味に歌うと綺麗に聞こえるかも。」

「へー、こんな感じなのか。中々だな。」

「いいメロディじゃのう。」

 

 

学校では次の日の朝から、早速合唱の練習が始まっていた。

 

今は曲を聞いて覚えようとしている段階である。みんなで小さなコンポを囲んで、Cクラス勢はともかく、Fクラス勢すらも周りに流され、煽られ、今ではすっかり真剣に合唱に取り組んでいる。

 

「坂本君、ピアノどーしよっか。」

「そーだなぁ…。小山弾けねーのか?」

「え、えーっと…ちょっとなら…。」

なんていう代表同士の会話。代表同士の、というのを越えた雰囲気が漂っているような気もするのだが。そんな会話をどこからともなく聞つけたのだろう。

Fクラスの誰かが、

 

「そういえば昨日、須川が弾けるとか言ってたよな⁉︎」

「おう!そうだった!」

「おぉー!」

「ほんと?意外とやるわね!」

全員の注目の目が須川のもとに集まる。

 

須川も、それに応えたかったが、しかし。しかしである。須川亮の17年の今生。まさに生まれて初めて浴びると言ってもいい大注目(しかも女子からも)に対して、やはり少し弱気になってしまって、

「まぁ?ちょこっと。」

顔は極力焦りを抑えるようにして見せて指を小さく穴を開けて、まるを作ってみせる。

 

 

「おぉ!謙遜するとはイケメンの極みだな!」

「やだ。かっこいいかも?」

そんな声が(特に後者)聞こえた須川は、密かに決める。

これから毎日3時間は曲の練習をしてやろうと。そしてそして完璧な演奏を披露してやろうと。

アイドル曲にならなかったことに不満を感じていたのも、あのあと地獄の補習にいかされて、帰るのが7時回ってしまったことも、たまるものはたくさんあったのではあるが、そんなものは、全て吹き飛んだ。いまや、自分がヒーロー気分。

「やってやるぜぇ!!」

 

 

そんな同級生を、同クラの人間の一部は…

 

「乗せられちゃってますね。」

「そうじゃのう…。本当にできるか心配じゃ。」

「…最悪、俺がやる。」

 

「ムッツリーニ、ピアノの先生にエロさでも感じたのか?」

「…失敬な。」

なんてやり取りをしながら眺めていたのだが。

 

ちなみにまぁ、ムッツリーニに関しての真実は、もちろん真実は明白に、その通りなんだろうが。鼻血が流れる顔面がそれが正解であることを告げているから。

 

 

 

そんな中、明久もまたなんとかかんとか、集中しようとするのではあるが…

どうしても集中ができない。それは決していつもの授業中のように、瑞希の美貌に見惚れてしまって、とか雄二を殺意の目で見て、とかではない。今回ばかりは…。

 

 

ふと、美波に目がいく。いや、どうしてもいってしまうのだ。

「…これわね、ピンで止めると綺麗にまとまるわよ。」

「あ、ほんとだ。すごいこと知ってるのね、島田さん。」

美波がCクラスの女の子と喋っているのが聞こえてくる。

そんなどうしようもないくらいの会話も全部。地獄耳になってしまったのだろうか、というくらいひとことひとことがはっきり聞こえて、頭に残る。加えていつもどおりその綺麗に整えられた髪、その姿をきっちりと目に捉えてしまう。

 

 

「どうかしたのかの、明久。」

秀吉がそんな様子を不思議に思ったのだろう。声をかけてくれる。もちろん本当のことなんか言えるわけもなく、

「ううん。なにも。」

と一言。

 

 

言いながら未だに美波の方に向けていた視線と、不意にこちらに気づいてこちらを見た美波の視線とが偶然の賜物だろうか、交差する。

 

「…。」

しかし、交差したのはほんの一瞬。互いに目を逸らして、それで終わり。

終わりである。

 

 

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気まずい…。やってしまった…。まさにその言葉がピタッと今の気持ちと状況を過不足なく、説明してくれる。

なにが癇に障ったのか、今考えても正直ほとんどわからない。理解できない。

分かってることは、美波が変わろうとしていること。

それもここからいなくなるというような、取り方によっては、強行とも言える手段で。

 

「…工藤、なにしにきた?」

「ムッツリーニ君がCクラスの女の子にでれでれしてる、って聞いて来たの。」

「…くっ。誰情報だ!また明久か?」

考えごとを延々とバカのひとつおぼえのように、ぐるぐるぐるぐると、考えこんでいたからぼんやりとだけその声が遠いところからなんとなしに聞こえていた2人。

工藤、土屋コンビが明久に近づいてくる。

 

近づいてきた段階で、明久の少しばかりの異変に気付いたのだろうか、いつもなら一気にセーフティゾーン近いところまでに入ってくるムッツリーニがその寸前、ピタッと壁でもあるかのように止まって、いかにも不思議です。という顔をして、

「…どうかしたの?」と聞いてくる。さらに、その横にいた工藤さんも、

「なんか変だね…。」

と心配そうに聞いてくる。

 

明久はやはり秀吉に対するのと同様、言えるわけもなく(なぜ言えないのかは自分でもわからないのだが。)…

 

「…なんでも。ムッツリーニも早く練習しなよ。」

「…分かった。明久もやるべき。」

ムッツリーニが明久に対しても練習を促してくる。たしかに、曲の歌詞はおろかメロディすらまだ頭に入っていない。

 

自分の気持ちの問題だけで、練習に参加せず、同じチームの人たちに迷惑をかけても申し訳ない。

 

「うん。…ありがと。ムッツリーニ、工藤さん。」

 

「…いいからお前もA教室に戻れ。」

「…うん。」

 

ムッツリーニが工藤さんを促して、教室に戻らせる。

仲が良さそうな感じがなにをしてても、ひしひしと伝わってくる2人をなんだか見てられなくなって、再びうつむいてしまう。

 

今日は一日、下を向いている気がするなぁ。そう、しみじみと思ってしまうほど暗い気持ちは変わってくれない。

 

なんでこんなことになったんだろう。明久のせいか、はたまた美波のせいか、そんなことを考えだしてももちろんキリなんかないし、意味もない。

 

「明久くん。大丈夫ですか?」

「うん。」

 

今度は明久のクラスメイト、それでいて明久の初恋の人である瑞希が、励ますようにしてくれる。

 

 

いつまでもこのままでは、瑞希もそうだが、他のみんなも迷惑をかけてしまう。

 

もう何時間もずっと下を向いている心地がした。実際には15分ほどしかたっていないだろうが。

瑞希を心配させたくない。その一心。恋心は、明久をひとまず奮い立たせた。

 

遠くでは、雄二がなにやら小山と話しこんでいる。合唱のことについてだろうか。

 

みんなが、みんなひとつのことに一生懸命になろうとしている。

 

______とにかく、悩んでても仕方が無い。なんせ人に、とくに大切な人に迷惑かけるわけにはいくまい。悩むなら一人で…。

 

 

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「はい。ここ読んでいけ、有働。」

「ぐぬぬ…。」

 

「Kと私とが性格の上において、大分…えーっと。」

「そうい、だ。そんなものくらいちゃんと読めるようになれ。」

 

「ははっ。すんません。」

 

 

とはいえ。喧騒さって、授業中。文学作品を読み上げさせられている同級生の朗読はいいBGM。

そうなると、やはりまた深く考え込んでしまうわけで。議題は朝と変わらない。

 

美波がここからいなくなろうとしているのはなぜなのか。検討もつかない。明久が確信しているように、もし本当に秀吉に恋してるとするなら、そんな発想には至らないだろう。明久が知っている美波なら精一杯照れを隠しながらも、きっとアピールするに違いない。そんな子なのだ、美波は。

 

逃げる意味がわからない。

それくらいのことは明久にも分かった。

瑞希が明久になにもつけず、いなくなろうとしていた時。明久は最終的に引き止めた。そう。それは自分のため。姫路瑞希がもし自分の横からいなくなったら。そう考えたらいやで仕方がなかった。だったら今回だって…そうは思うものの。しかし勝手が違うだろう。あの時は、明久が瑞希を好きだったから。

今回ばかりは自分にそんなことをいう権利はおろか、行動にうつす権利なんざましてない。

 

 

そんな時ふと、前に瑞希が言っていたことが鮮明に思い出される。見えてるものと見えてないもの。本当の答えはどこにあるのか。それは誰にもわからない、そんな言葉だった気がする。

 

だとするなら、今まで見てきたものは嘘だったのだろうか。もしそうだとすれば、どうすれば見えるのだろうか。本当という答えは。

 

だんだんと煮詰まってきて、最終的には一気に放り投げ。

美波が決めることに、なぜ不服を持たなきゃいけないんだ。美波がしたいようにさせればいい。こんなことで悩んでいる必要はない。なんとか自分にそう言い聞かせた。

 

そうしていると、

 

また少し前のように、頭が痛むのを感じる。だんだんといたみがひどくなってくる。

景色が、異次元のように、ゆっくりと回る風車のようにクラクラと揺れる。それと同じくして、頭も揺れているような感覚に襲われる。まさにヘドバン気分。自分の意識がこう…遠くなるような…

 

 

 

「おい!明久!」

「明久くん!しっかりしてください。」

「吉井!!!」

「あ…」

 

……

 

 

 

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はっ、と目を覚ます。意識も記憶もはっきりしている。

 

そういえば、色々考え事をしていて、そしたらクラクラってきて、倒れたんだっけか。

 

そしてゆっくりと開かれた明久の目の先には、眩しいばかりの白い天井。でもなく、心配してくれる友の姿でもなく。

まさに鬼の形相。鉄の仮面。我らが担任、鉄人こと西村の顔があった。

 

「うわっ!先生、おどかさないでくださいよ。」

「どっちが驚いたと思ってるんだ、全く。」

 

「へ?」

「お前が倒れたって聞いてな。それで様子を見てたんだ。姫路と坂本がここまで運んでくれた。まぁ今は、授業に戻っているがな。」

 

美波は…と喉元寸前まででかかってやめる。美波が心配してくれてはいまいか。

こんなものはただの明久の希望的観測に過ぎないし、聞いても仕方が無い、と思い直したから。やめた。

 

鉄人の独り語りは続く。

 

「聞くところによると、姫路が去年の振り分け試験の時倒れた時、お前が助けたんだってな。だから今度は私が助けないと、って気を張って、木下や土屋がお前を運ぼうとする手伝いを退けたらしい。まぁなんというか。お前は幸せだな。」

「…はい。」

瑞希の心遣いが身にしみてくる。まさに女神。瑞希がこちらを向いて気にかけてくれる。それは嬉しいことだった。本当に。

 

 

そうは思うのだが。

今出てきた名前の中に、島田美波が出てこなかったこと。それの方が明久にとって重く感じられた。並の計量器なら壊れてしまうほどに。

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