バカとその後と恋愛模様!   作:八百六十三円の片道切符

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「美波、ほんとに言ってるの?一応ドイツのおばあちゃんには言っておいたけど…」
「だからもう決めたことなんだって。お母さんとお父さんには悪いとは思ってるよ?それに葉月にも。」
そう。もう決めたこと。自分を変えるために、弱い自分を今の状況を変えるために。動かないといけない。

「お姉ちゃん!葉月も一緒に…」横で小さくなりつつそんな可愛いことを言ってくれる妹に、
「葉月。ごめんね。葉月はお父さんお母さんと一緒にいないとだめ。それが葉月のためなんだから。」
なんて言い聞かせる。
すると不満だ!という顔をしながらうなずいてくれる。

「もう明日よ?友達にお別れ言ったの?ほら…えと、吉井くんとか。」
「…うん。」
ほんとは言っていないのだが。





僕とみんなと合唱コン6

気づけば本番前日。練習している期間はあれよあれよ、という間に進んできていた。他クラスとの本番さながらの合同練習でさらに士気を煽られたか、まさに最終調整。全力で取り組んでいた。

 

そのおかげもあってか、FFF団男子は普通にCクラス女子との会話をこなすまでになってきている。これは、驚くべき変化であった。(無論他の人にとっては普通の話、であるのだが。)

 

明久も事実その完成度の高さを実感してきていた。最初はアイドルソングなんかを提案する奴にできるわけがない、と踏んでいたのだが。本当に勝てるんじゃないか、とすら思えてきていた。

「もう明日なのじゃのう…。」

練習光景をみながらぼそりと呟く秀吉。そんな親友に、明久も同じように、

「明日か…。」

 

と、意味深に呟いてやる。明日、みんなの努力が報われればいいな、と。ひとつ柄にもなく真剣にそう思う。

 

あれから、もはや美波とは目線のひとつも合わない日々が続いていた。この後に及んでそんな調子であったし、もう美波がドイツに帰ると言っていた日も遠い過去に思えて、今考えると嘘なのではないか、とすら思えてくる。

 

まぁ嘘であれば、今みたいなことにはなっていないだろうから本当なのであろうが。

よく考えると美波がいつ日本を出るかすら明久は、分かっていない。知らない。

そんな急な話ではなかったのかも、という考えに至るのは仕方が無いことであった。

 

 

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最終日の練習もなんとかかんとか済まして、明久は一人で、スーパーへと急いだ。「ひかーりの…」なんて、合唱曲のフレーズを口ずさみながら。

向かうは、恒例の夕方市である。

 

気づけば世間は、もう月もまたいで2月。寒さはいっそう厳しくなった気がする。

とにかく、今月のお金が入ってきたということは吉井家にとっては、日本代表オリンピック金メダル並の朗報であった。とりあえず課金なんかやめよう…としみじみと心の中で改めて誓いつつ。

 

スーパーの買い物袋をしっかりと右腕にさげていると、やっと今日一日が終わった、とそんな実感にとらわれる。

 

そう思うと、今日一日の疲れが一気にきて、「はぁ。」と大きなため息一つ。

それから、大きな夕日が照らす中、また家に向かって今度はとぼとぼと歩き出す。

 

こう少しでも暗くなってしまうと、美波のことがすぐ頭の中を占領してしまう。明久の日常の中でありふれた光景としてそこにあった赤いポニーテールとつり目の女の子。

いつも見渡せば近くにいてくれた。見るだけ、いるだけで、あんしんさせてくれた。

 

それは今でもすぐ目の前にいそうなほど当たり前で、リアルな…。

 

すぐそこにいるような…

 

「美波?」

明久の目線の少し先。美波の背中がみえる。突然の登場に、とうとう幻覚でもみえるようになったか、と思いもしたが。

なんとかシャキッとさせた頭と目でじっと対象を捉える。

どれだけみてもたしかに…本当に。

 

美波だった。幻想なんかじゃない。本当にそこにいた。向こうは明久に気づいていないらしいが。

 

美波に話しかけることが気まずい、という気持ちもあったが。それよりもなによりもどうしても聞きたいことが、明久の中で湧き上がってくる。これだけは聞いておかなければならないと思うこと。

ここで見てるだけで終わるぐらいなら。だったら。

 

「美波!!!」

 

拳を強く握りしめて、腹に力をいれて叫ぶ。

 

無視されるか、と思いもしたけれどさすがに美波もそんな大きな声で名前を叫ばれて、反応しないわけにもいかなかったのだろう。背を向けたままではあるが、

 

「…なに?」

ぼそっと、本当に細細とした声で返してくれた。

 

「これだけ。これだけ聞かせて。いつ、ドイツに帰るの。」

静まり返る夕暮れの、住宅街にこだまするほど、これまた大きな声で叫ぶ。

「…。」

美波は頭を下をたもげるだけで、なにも言おうとしない。

 

「美波!!!」

ならば、と今度はさっきよりも大きな声で呼び慣れた名前を叫ぶ。

 

「あした。あしたの放課後。急なことなんかじゃないの。ずっと考えてたこと。誰にも言わなかっただけ。」

「…。」

驚愕という一言に尽きた。

聞きたかったことではあるが、聞いたことは、耳から入ってきた音はあまりにも本当にあまりにも、急なことすぎて、信じがたいことすぎて声が出せなくなる。

 

美波は、そんな明久をお構いなし、スタスタと歩いていく。

まさかそんな背中を追えるわけもなく。

 

夕日はさらに大きく明久を照らしだす。背中の後ろに長く伸びる影は一つも動かない。

 

動かない。

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スーパーからの帰り道。

 

あれからなんとか体を動かして、とにかく帰ろうと、思い立って、ふらふらと家路についた。

そのものすごく遠く思えた帰り道道中をようやく終えて、家の扉の前にやっとのことで辿りつく。

その道中本当に重かった足取りと同じように、鍵を差し込んで回す動作のひとつすら重々しく、刺さるものも刺さらないとばかりに鍵の向きやなんやらも間違えまくり。

なんとか解錠して、玄関に靴を乱雑に脱ぎ捨てる。いつもなら揃えてないと玲にとやかく言われるものだから、揃えるのだが。

ふっと玄関に置いてある靴を見る。見た限り玲はまだ帰っていないらしい。

買い物袋を玄関先に乱雑に置きさる。

家に帰ってくると普段ならリビングにいって、テレビでも見るのであるが、今日は行き倒れるようにふらふらとした足取りで「明久のへや」だなんて表札がかけられてる自分の部屋に向かう。

部屋の手前に丁寧に畳まれたメイド服やナース服が置いてあろうと問答無用。今は構っていられない、とばかりに扉をあけて中に滑り込む。

扉のすぐ手前に放置されたままの教科書に足元引っ掛けそうになりながら、机に向かいあっているイスに背中を完全に背もたれに預ける形で座り込む。

 

部屋の中。見渡す限りには、もちろん明久自身しかいない空間である。

 

無音の世界を怖がるかのようにして、ほぼ無意識の領域といっていいだろうか、机の上のラジオに手をかける。チューニングはいつものまま。明久が、よく聞いていた番組が流れてくる。

 

そうしているとなんだか少し落ち着いてきて、「ほっ。」とため息ひとつ。まどろっこしいくらいに厚く着ていたセーターやらシャツやらマフラーやらを、乱雑に脱ぎ捨てて、ようやくベッドの上にぽーんと身を放り投げる。そうすると、景色はさっきまでとは一転。一気に変わった視界には、荷物棚。

その棚に乗っている今日は、気まぐれで持っていかなかったマフラーや、帽子。

 

それと使い古されたかばんが。

 

 

 

美波のリボンが結びつけられたかばんが、そこにはあった。

 

クリスマス会のとき、雄二が勝手に本当に勝手に。裁断してしまった明久のかばんの紐。

その時、美波がその場で自分のリボンをカバンにくくりつけて、直してくれた。

 

そんな時の光景が今でもありありと蘇ってくる。だから、だからこそ明久はようやく気づく。自分の周りのものの至る所に美波の足跡が散らばってるということに。美波がいたことに。そのどこからだって、美波を感じてしまうことに。

 

美波がいなかったら、きっと今の明久は存在しなかっただろう。これっぽっちも。

というぐらい大切な存在だったんだ。明久の日常から美波がいなくなることがどれほどのことか。

よもや考えもしなかった。いや、怖かったのかもしれない。考えることが。

 

もし本当にいなくなるのだとしたら、それは本当に…

 

 

 

 

いやだ。

だけど、どうしても止められないのなら、だとしたら…

 

だったら、せめてどうすればいいか。答えは明白な気がした。

 

変わらないのがいやだ、と美波は言った。ならば明久が変えてやればいいのだ。なにを?

 

勉強道具ひとつすら置かれていない机の上に、ぽつんと渡されないまま、さみしく置かれた瑞希へのプレゼントに目をやる。買ってからもう1ヶ月はたったろうか。だけど、それは包装のひとつすら乱れなく、変わらないまま置いてある。

 

それから机の引き出しの中。瑞希からのクリスマスプレゼントのキーホルダーを取り出してみて、握りしめる。

 

 

やることは、はっきりとした。そんな気がした。

 

少しばかり軽くなった気のする体を動かして、玄関に向かう。

野菜も肉も、ちゃんと冷蔵庫に入れてやらなければ。ついでに靴も揃えておこう。

そう思って。

 

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