「どーしたんですか?」
言うんだ。この気持ちを。伝えるんだ、美波のためにも。それが美波に見せる最後の決意。
「あのさ…放課後!教室で待っててくれないかな。渡したいものが…あるんだ。」
「!…はい。必ず。」
瑞希は驚いたような顔をしたあと、真剣な顔になってうなずく。
言ってやる。
「やべーよ!本番だよ、本番!!」
須川がばかみたいにテンパっている。そう、そろそろ本番なのである。
こんな時に最も大事といってもいいピアノにテンパられると困るのであるが。
今は教室で待機中である。
明久も他のみんなと同じく、最終調整を、していた。
「な、なにやってるの?吉井くん。」
Cクラス代表の小山が、明久に不思議そうに聞いてくる。
「なに、って。見ての通り声の練習をね。」
あー、と声を出してみる。面白いくらい高い声が出る。調整は成功と言えよう。
「でも、それ…。」
小山が明久の手元をさしていう。
「あぁ、これ?これはねぇ…。聞いて驚け!ヘリウムガス!声が高くなるって聞いてね!!」
そう。これが明久の秘密兵器というわけだったのだが。
「吐きなさい!今すぐ!!」
明久の秘密兵器は、ほとんど吸い込まない頃に早々と回収されてしまった。
「明久よ、そんなもの使ったら逆に音程が全てずれるぞい?」
「へ?」
へ、とまぬけなその声があまりにも高く響いて、教室中が「ははは。」と笑いに包まれる。
「坂本くん。吉井くんって本当にバカなのね。」
「今さら、かよ。」
そんな失礼な代表2人の会話も、その笑いでかきけされて、明久には聞こえない。
そんな笑いが起こっていた時、不意に扉があいて、実行委員というやつだろうか、その女の人が告げる。
「そろそろ集まって、体育館に移動してください。」と告げる。
「よっしゃ。行くか!!みんな、集まってくれ。円陣でも組もうぜ。」
雄二が全員に号令を出す。嫌がる奴も乗り気なやつも、2クラス全員がなんやかんやで輪に加わる。
小山が自然と横にいた雄二の肩を組んだところから全員が勢いと流れでどんどんと肩を組み始める。
みんなが真剣にひとつになって取り組んできたこと。成功して報われなきゃいけない。
いけないんだ。
「しゃあ!絶対優勝するぞ!」
「「「おーー!!!!」」」
少し「いえー!」だとか「ふー!」だとか、「いたっ!」だとか違った声も聞こえたけれど、心はきっとみんなひとつ。きっと美波だって。
ならば報われてやろう。
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発表の順番は、くじ引きで選ばれていたらしく、
まずは1年生からであるから、そのあと。2年生の順番は、まずはBEクラス、次にCF、最後にADという流れであった。3年生は受験勉強のためにとっくにいないから、トリの一つ前というのはちょうどいい位置とも言えようか。
明久もしっかり決めてやろうという気持ちに満ち溢れていた。ポケットの中にいれてある、プレゼントの感触を、なんとなく確かめる。合唱発表が終わってから、その後のことは考えればいい。とにもかくにも合唱である。
現在ステージ上では、一年生の合唱発表が終わって、もうすぐ、2年生の合唱発表が始まろうとしている。
体育館は暗くなって、ステージ上だけライトアップ。その暗さは、体育館に設置された席のせいぜい3つ横くらいの人が見えるぐらいであった。
司会進行を務めている高橋女史が、マイクを手に取り、コールする。
「はい。次は、2年BクラスとEクラスの合唱発表です。曲名は、「涙」です。」
「私たち2年BEクラスは、「涙」という曲を歌います。この曲の歌詞に大変共感してこの曲を…」
なんて代表者のEクラス中林が曲の説明を開始。
その後ろで、暗幕の後ろ。その両クラスの人々があの長髪の影は、根本だろうか。根本の指示にいやいやっぽいながらも、列に並んでいっているのが薄らぼんやりと見える。
そして、
「聞いてください。「涙」。」と中林がさいごをしめると、暗幕がじわりじわりオープン。
ピアノの前奏がスタートして、曲が始まる。
一方、そのころにはCFクラスの生徒は、といえば本番を前に人の歌を聞く余裕なんかなく「いける。いける…。」なんて、精神統一みたいなことをしていたのであるが。
それは、明久も例外ではなかった。
いよいよ出番だ。
そう思うと、緊張していた。
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「次、CFクラスさん。ピアノの須川くんと、指揮の小山さんは先に定位置についてください。」
そんな呼びかけが来て、体育館の脇で待機していたCFクラスは少しばかりがやがやする。
「ついに来たか。成功してーな。」
雄二が隣でぼそっと呟く。
「雄二もえらく頑張ってたもんね。合唱コン。」
「あぁ、そらーもう毎日居残り練習だからな。」
そういえば小山の練習に付き合わされて、みんなが帰ったあとも居残りしていたんだっけか。
「坂本、ほら曲紹介!」
「お、おう。」列の前方からのそんな声に、促されて雄二は少し早足で壇上に向かう。
明久はその列の前方に美波を見つけて、少し暗い気持ちになってうつむく。
けど、とにかく美波に最後に自分の答えを見せればいい。ちゃんと歌いきって、それから。
そう考えると妙に頭もすっきりした。
そうこうしているうちに前の人たちがどんどん幕が閉じられたうしろの雛壇に並んでいく。
並んでいっている途中で、雄二の曲紹介が万を辞してはじまる。
「わたしたち、CFクラスは全員がひとつになって、曲に取り組みました。この何週間か、死に物狂いで練習しました。最初はめちゃくちゃだった曲がどんどんうまくなっていって、気づけばクラスもひとつになることができました。そんなわたしたちの今と未来に希望を乗せて、聞いてください。きらめき。」
そして、ちょうど並び終わった頃に同時に雄二のスピーチも終わり、幕が開かれていく。
少しずつ明るくなっていく視界に大勢の人が目に入る。
いつもどおりに歌おう。そう、クラスでひとつになって歌いきればいい。それができれば、結果は伴うってそう思う。
「みんな、落ち着いてね。」
小山が腕を振るまえに須川に合図。さらには全員に少し足を開かせてから告げる。
「いくよ、せーの!」
♪ひかりのさす未来の景色
それはどこまでも繋がっていて
できればわたしはそんな景色を
あなたの横で見ていたい。
あなたとともに。
…
…
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合唱は、本当にうまくいった。ピアノも完璧だったし、指揮もしっかりと小山が、こなしてくれた。
そのあと、ADクラスの合唱も終わって、今。
まさに結果発表を、待っているところである。
「2年生の優勝は……」
緊張の沈黙が体育館を支配する。その中から、「お願い!」だとかの声が少しだけ聞こえてきて、
今度はマイクからの大音量。
「CFクラスです!!」
「「「よっしゃぁぁぁ!!!」」」
歓声が体育館の一角からあがり、他クラスからも惜しみのない拍手。
合唱コンクールは、CFクラスの優勝でついに大成功のうちに、幕を閉じた。
「やったぁー!!」
「しゃぁぁ!!」
「きゃぁぁぁ!!」
なんて大盛況もいいところの体育館での盛り上がり。放課後のCFクラスは狂ったようにはしゃいでいた。練習してきたかいがあったのだ。本当に優勝できた。
水やお茶、ジュース、お菓子までもが宙を舞う。ど真ん中で同じく須川も宙を舞っていた。ピアノを完璧に弾きこなした男である。優勝ということの嬉しさは計り知れないらしい。
そんな中から、明久はそーっと抜け出してきた。
待たせている人のところへ行くために。
体育館をでて、旧校舎側の正面玄関から中に入る。靴を履き替えて、
対照的なほど誰もいない静かな階段を一段一段上っていく。体育館から少しだけ聞こえる喧騒が嘘のようである。
やるって決めたのだ。だけどやはり怖いものは怖いのである。ポケットの中、プレゼントの感触を手で確かめながら、「…いける。いける。」なんて唱えながら。
人を待たせているというのにゆっくりと重い足取り、それだけでなく震える足。そんな状態ながらも、最後の一段を上りきったとき、
「アキ!!」
「美波…。」
それは、その声は、本当に予想外の人であった。
目と目を合わせるだけで、なにも言わなかった時間が少しあってから、
「聞いた。」
美波が最初に沈黙を破って、切り出してくる。
「なにを?」
「瑞希のところに行くんでしょ?」
それには、うんともそうとも返さずに、今度はこちらから切り出す。美波に伝えておきたいことを。
「…美波が言った言葉。今なら少しは分かるかもしれない。だから変わりたい、って思った。このままじゃダメだって。」
「…。」
美波が不意に下を向く。
とにもかくにも、言葉を続ける。
「美波ももう行くの?」
「…行きなさい!!早く。」
「待ってよ!僕は美波のことを聞いて…」
「早くいっけー!!この大バカやろうっ!」
美波の叫び声が廊下に大音量でこだます。
美波が背中を押してくれてる。そう思うと、不思議と足の震えも止まっていた。
美波が応援してくれてるなら、もしそうなら、なんでもできる。そんな風にまですら明久には思えた。
だから、
「…うん!!」
とだけしっかりとそしてはっきりと答えて、今度は確かな足取りで走り出す。
後ろは決して振り返らない。振り返れない。
「ばーか。」
そう美波が呟いた言葉がかろうじて聞こえた。
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明久は走り去って行った。
瑞希のところに。
なるべき形になろうとしているだけ。これでいいのだ。はじめから素直にこうなってくれれば、美波がこんなに苦労もしなくてすんだだろうに。2人が両想いであることなんて、とっくに分かっていたことなのに。
「え、あれ…?なんで…」目元が熱いな、と思ったら目から涙が、途切れることなく、溢れてくる。
制服の袖で何度も何度も拭くのだが、拭いても拭いてもとまってはくれない。とめどなく溢れてくる。
本当に迷惑ばっかりかけるバカだ。でもそのバカは、明久は変わろうとしている。それを自分が言った言葉のおかげ、と明久は言った。
けれど言っている美波自身は違った。変わる、変えるといい続けて、さも変わったように見せかけて、逃げてただけ。とっくに気づいてた自分の本当の気持ちから。
明久が瑞希とくっつけばいい。そう思い込もうとしていた。だけどそんなの嘘だった。
ドイツに行く理由は、怖いから。求めてるようで、本当は求めていない答えが出るのをこの目で見るのが。
つまり、やっぱり明久のことが好きだった。今でもすぐそこにいるように感じる。明久の温かさが心にすぐにでも蘇ってくる。
もう2人で買い物も出来ないし、喋ることもできない。それは自分が選んだことだというのに、
本当はいやだったんだ。
だけどもう悩んでも悩んでも、いやだ、ってわがまま言ってみても、時は戻らない。もちろん明久はかえってはこない。
「アキ…アキ。アキ。好きだよ。大好き。」
虚しく、ただ虚しく小さな空間だけにその声が響いて、消える。
届くわけもないたくさんの想いを、気持ちを、そっと思い出のたっぷり詰まった学校の、廊下に置いていく。
「もう行こう…かな。」
「…。」
自分でいっぱいいっぱいだった美波は気づくことができなかった。
木下秀吉が、教室に向かおうとしているときにたまたま、美波の姿をみてしまっていたことに。
その独白を聞いてしまっていたことに。
「…。」
言葉が出なかった。薄々、分かっていたことではあったが。
だからもちろんかけてやる言葉なんて思いつかない。大切な友達にも、なにもしてやれない。そんな自分に舌を噛むしかできない。
自分ではどうしようもない。
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「姫路さん!!」
教室に、走ってきた勢いそのままに扉を開け放って飛びこむ。
静けさをさくように、扉がドンと強い音を立てて壁にぶつかる。F教室でやったら壊れてしまうしまうほどの強さであった気さえする。
教室を見ると、そのまん真ん中に瑞希はちょこんと、人形よろしく座っていた。
「明久くん!」
瑞希は、明久を認識すると、そう名前を呼んでくれた。笑顔で。
「ごめんね。待たせたかな?」
とりあえず謝っておこう。覚悟ができないでのろのろとしてしまって、待たせたことを。もし美波が鼓舞してくれなかったらここまでも来れなかったかもしれない。
「いえ。私もさっき来たところですから。」
そういうと瑞希も笑って、許してくれた。
「…合唱。優勝できて良かったね。」
ほんとなんということもなく、いきなり言うのもなんだし、とそんな話から始めてしまう。
「練習した甲斐がありましたね。みなさんとても素敵でした!」
そう言って微笑みをたたえる瑞希の顔に横から夕日がさしこんでいる。その輝きといったら、うまく言葉にできないほど。
それで、少し言葉に詰まっていると、瑞希が、
「明久くん。そんな話をするために呼び出したんですか?」
と聞いてくる。
違う。そんなわけがない。ないのだが、この後におよんでなにかが引っかかる自分がいたから、雑談から始めてしまったということなのだが。
でも言わないと。渡さないと。美波が最後に明久を応援してくれたこと、なのだから。
「違うよ。姫路さん、渡したいものがあるんだ。」
「はい。」
瑞希は素直に返事をしてくれる。
ポケットに手を突っ込んで、しっかりとプレゼントを握りしめる。今こそ渡すんだ。
「僕は…。」
「待って!…待ってください。」
瑞希は、喋ろうとする明久の言葉を遮る。
「ひとつだけ、聞かせてください。…今から明久くんが言うことは、やろうとしてることは、本当のことですか?明久くんがしたくてすることですか?」
「…。」
なにを言っているのだろうか。そんなの当たり前だ。と、思いはするのだが。口が思うように動かなくて、答えられない。
「明久、答えろよ。お前が本当にしたいことなのか?」
「…本当にそう?」
「雄二にムッツリーニ!」
気づけばいつのまにか開けたままにしてしまっていた後ろの扉から、見知った2人が入ってきていて、そこにいた。秀吉がそこにいないのは少し気がかりなことではあったけれど。
いつから聞いていたか全く分からないが、話を聞いていたらしい。
聞き慣れた、それでいて安心させてくれる声だ。
なんでここにいるの、なんて疑問が湧いたけれど、そんなことを質問をしてもきっと意味もない。
「そういえば、そろそろ言ってくれる気になったか?お前が悩んでたこと。」
その言葉に、はっとする。みんなに心配かけた。たったこれだけのことを言えないだけで。ならば言おう、と。
「美波がドイツに帰ろうとしてる。それが今まで言えなかったこと。」
そういうとその場にいた3人ともが、「なるほど。」とばかり頷いてくれて、そのあと。
「で、お前はどうしたいんだ?」
雄二が明久に改めて問う。
「…。」
自分が、どうしたいか。人に言われたから、とかじゃなくて自分の本心。そんなの決まっている。危うくまた自分から逃げてしまうところだった。
だからそれを救ってくれた仲間に心の中で最高の感謝をささげる。
「明久ぁ!!!」
「僕は…!」
僕は。