どうしても少し笑みがこぼれてしまう。
「…どうしたの、優子?」
「やっと見つけたんだって思ってさ。」
「?どーゆうこと?」
「なんでもない、なんでもない!」
「僕は…」
本当にしたいこと。そんなもの。
決まってる。いや、決まってた。最初っから。逃げてたんだ、その結論にいたるのが怖いから。
美波を引き止めたい。美波にここに、そばにいてほしい。
でも、引き止めて、引き止めて、それで…どうする。
「明久くんっ!!」
「僕は、美波をとめにいきたい。いや、いってみせる!」
まずは、とめないといけない。とめてから、その後のことは考える。それで…。
瑞希の目をしっかり見据えながら言い放つ。
瑞希がくっと下を向いて舌を噛むのが目に入る。そしてそのままの状態で、なにかを堪えるように、
「行ってください!」
雄二たちがふっと微笑む。あたかもそれでいい、というように。
まさかこれでよかった、だなんて世辞にも思えなんかしない。
美波は瑞希のところに、送り出してくれた。正解ってやつは、絶対に今からやろうとしていることとは違うだろう。それでも…たとえ正解じゃなくても。間違いだとしても。
今までだって、いくらだって間違えてきた。今さら間違えなんて怖くない。そんなものより大事なことなんかいくらでもある。正解より確かなこと。
この気持ちは絶対変わらないこと。
「島田なら、もう行ったぞい?」
「秀吉!」
いつの間に来たのだろうか。教室の前方の扉のへりに、背中を預けて、どこを見るでもなく、少し上を向きながら。
もう行ってしまったらしい。ならば…早く行かないと。
行こう。美波のところへ。
「姫路さん。」
「いいですから、私のことは。」
もう渡せずじまいになってしまいそうなポケットのプレゼントを強い想い、さらに奥に押し込んで、
「そういうことじゃなくて、さ。ひとつ言っておきたいことがあるんだ。」
「分かってます。」
「僕は、ね。」
美波のことが好きだ。そう言おうとしたら、向こうから。
「明久くんは美波ちゃんのことが好き。違いますか?」
予想外だった瑞希の言葉ではあるが、戸惑うこともなく頷く。「うん。」と。
「行ってくる。」
「はい!」
しっかりとした返事だけたしかに聞いて、一目散に走り出す。
美波のところへ。
「姫路、よかったのか?」
雄二が明久の足音が聞こえなくなってぐらいでそう問いかけてくる。
泣きそうになる情けない顔をしたに向けて隠しながら。
「…いいわけなんかないです。でも…嘘で告白なんかされても、なにも嬉しくないです。それに…」
とっくに気づいてたことであったから。見てれば分かることだった。明久と美波は、いつも2人。
「それに、島田を止められるとしたら明久ぐらいじゃしのう。」
秀吉は、少し悲しそうな顔をしながらそれでもしっかりと前を向いて告げる。
瑞希もそれに、
「はい。」
となんとか涙を堪えてあげた顔、同調する。
「それは聞き捨てならねーな。俺は、俺なら止められる、と思ってるんだが?」
「…絶対無理。」
「なっ…そんな全力で否定しなくたっていーだろ!!」
自分を励ましてくれるために、必死で気を使って話しかけてくれる親友。なぜかからかってやりたくなって、
「ふふ。どうやって止めるんですか?坂本くん。」
なんて聞いてみる。
「俺の話術で言いくるめる。」
「空から槍が降ろうと無理じゃの。」
「それって、可能性0ってことじゃねぇか!これでも少しは、交渉には長けてるつもりなんだぞ?。」
「…キックで始まる交渉だけど。」
全員が、ははっ、と笑に包まれる。
「ま、とりあえずは明久を信じてやるか。」
「じゃの。」
「…同意。」
3人の視線が瑞希のもとに集まる。言えることはひとつだけ。
「はいっ!」
しっかりと前を見据えて。
夕日がさらに眩しく4人を照りつける。光が生み出した影は、天井まで伸びて届いた。もし天井がなかったなら、その影はどこまでも伸びたに違いない。
「姫路、泣いてもいーんだぞ?」
「…採取。」
「誰がそんなこと言われて泣くもんですか!」
「冗談がすぎるぞい。ムッツリーニ。」
きっとこの人たちは、泣いたってそばにいてくれるだろう。そう思うと、どうしても口で言ってるのとは反対にぽろぽろと涙がこぼれ落ちてきてしまう。
「泣かない、って。泣かないようにしようって思ってたのに、どうして涙が出るんだろ。」泣きながら震える声で絞り出す。
そんな瑞希に、
「…涙なんてそんなもの。」
「涙はいつか乾く。だから、だったら乾くまで横にいてやる。約束だ。」
「うむ。」
支えてくれる人がいる。
だったら、流れた涙はいつか、花を咲かせてくれるはず。いつか。
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走り出して気付くものなのだが、往々にして。
「どこにいけばいいんだよ!」
住宅街の路地を走りながら、思わず叫んでしまう。そこまで聞いておかなかった自分に本当に腹が立つ。
美波の家にも行った。だけどそこには、もう誰もいなくて焦って、何度も押したベルの音がただただあたりに響いた。
「どうしよ…。」
そう思うだけで目の前に美波が現れる、なんて都合のいいことが起きないことなんて分かってる。だから先が見えなくても決して諦めなかったし、足を止めることはなかったのだけれど。息がどれだけ切れても走った。
呼び止められるまでは。
「はぁ、はぁ…吉井くん!」
不意の声に足を止めて振り返る。
「誰って…小山さん⁉︎なんでこんなところに…」
まさかの人物であった。しかもこんなところで。
ここは、駅に向かうところの車通りの少ない裏路地。走るにはちょうどいいが、あまり人目につかないところでもあった。こんなところで普通は会わないだろう、と思ったのだ。
「えーっと…い、家がこの辺なのよ!!そんなことより。美波を止めに行くんでしょ?」
それが嘘であることは、息を切らして荷物のひとつも手にしていない様子から、明久にもなんとなく分かったのだが。
なぜそんなことを知ってるのか、なぜそんな嘘をついたのか、そんなことは分からないが素直に答える。
「…うん。でも今どこにいけばいいか迷ってて…」そう言うと、「はぁ…。」と少し長いため息を吐いて、呼吸をととのえ、落ち着き払ってから、
「美波は、外国行くんでしょ?だったら、空港じゃないの?普通。」
「あ。」と、
どうしてそんな当たり前のことがおもいつかなかったのだろう。まさにそんなものである。しかも国際便が出ている空港なんて、この辺ではひとつしかない。
「本当にバカすぎて腹が立つわ。…あんまり困らせないでよね。」
小山は困ったやつ、という言動の一方で、少しの微笑みをすら、浮かべながら。そうつげてくる。
「ごめんね。でも助かったよ!」
本当に。このままじゃみすみす行かせてしまうところだった。心から感謝する。にしても、と思うこと一つ。
「小山さん、ほんと変わったよね。」
「そう?そう見える?私も変えてやるって思ってる人だから、ね。」
美波が言ってたのと同じようなことを小山が言う。だとしたら、
「変わってるよ!きっといい方向に…。」
小山は、嬉しそうな顔でそれを聞いた後、はっとしたように
「ほら、そんなことより…とりあえず行きなさい。もう日がくれるわよ?」
「うん。」
小山がうしろから「頑張れ。」なんて言ってくれたのが聞こえた。だから、というわけではないのだが、
もう切れたといっても過言じゃない体力で、それでもエンジン無理矢理ふかして走り出す。
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空港のロビーに駆け込む。
駆け込んだ時には空港内は、それなりにごった返していて、人探しなんてとてもできそうにもなかったし、まして走るなんてとても難しいことだった。
だけどそんなことは関係ないとばかりに、外国発の飛行機の待機コーナーに一直線向かう。そして待機コーナーへと向かうエスカレーターの前まで走り来た時。
エスカレーターのずっと上。見慣れたリボンじゃない、真っ赤なリボンをつけて。
美波はそこにいた。大きなカバンを引きずって、後ろ姿しか見えなかったけれど確信があった。
あれは美波だ。
エスカレーターをかけるように登るのではあるが、
人波のせいでどうしても追いつけなくて、ついにまどろっこしくなって、叫ぶ。
「美波っ!!!」
エスカレーターの真下から真上まで。その声は構内に響き渡る。すると、なにかが起こると察知したのだろうか。さーっと周りの人がエスカレーターからひいていって、周りの空間が止まったように、明久に道を作ってくれる。
少し急ぎ足。エスカレーターを登りきって、少し先のところで美波に追いついた。
「どうして…。」
美波が小さくそう呟く。だから、
「美波を止めにきた。」
そう伝えると、
「だから、なんで!!瑞希は?瑞希は…どうしたの。」
少し強めの美波の声が返ってくる。だけども、そんなことでは揺るがない。もう決めたのだから。
「姫路さんに言われた。僕が本当にしたいことはなにか、って。だからここに来たのは、自分の答え。」
雄二たちにも助けてもらって、ようやく向き合えた。
美波がはっと下をむく。それから、
「止めることが答えってこと?」
、と。
「美波は言ったよね。変えないといけないんだ、って。」
「言った。」
「僕もそう思った。」
「ならなんで…よ。」明らかに弱いトーンの声が時間が止まったように動かない空港の人々のおかげではっきりと聞こえた。
「変えようと思ったものが違っただけ。どんなに動かないものだって、変わるんだ、変えるんだって。だからここに来た。」
「勝手なことばっかり。」
そうかもしれない。だけど、ね。勝手なのかもしれないけど。
「僕は、美波に隣にいて欲しい。」
そうつげてから思いつく。言ってやろう、と。もう壊れないに決まってるこの気持ちを。
まだ後ろを向いたままうつむく美波に、
「美波、あのさ。僕は美波のこと…むぐ。」
決意を持って口に出そうとしたところ、美波が華麗にこちらにターン。
ほんとにかぁぁぁと真っ赤な顔をして、明久の口を不意に塞ぐ。唇なんて甘いものじゃない。もちろん手で強引に、であるが。
「待って!だめ、だめ!言わないで!それだけは、やめて!」さらに赤さを増して、熟れきったりんごのような頬をしながら全力で首を振りつつ美波は叫ぶ。
とにかく、
「美波…苦しい…。」
「あ…ごめん。」
そう言うと、少しだけ顔の赤さもひいて、素直に口から手を取ってくれる。
だから、聞く。
「なんで、だよ。」
「とにかく今はダメなの!…残るから。日本に。だから…お願い。」赤い顔で。うつむきながら、袖をきゅっと小さく引っ張る。そんな美波には、明久もどうしようもなくて。
美波は頑なに聞こうとしなかった。聞きたくないわけじゃない。むしろ逆なくらい。だけど美波には分かっていたから。今、こんなところでそんなことを(美波が思う通りのことであれば)言われたら、きっと。自分は大泣きしてしまうだろうから。自分が壊れるまで泣いてしまうだろうから。
だからどうしても言わないで欲しかった。
「…分かった。じゃあ、さ。帰ろ?」
明久が残念そうに、それでもたしかに頷いてくれてから、すっと恥ずかしそうに目を逸らしつつ、手を差し伸べてくる。
この人は、また助けてくれた。逃げようとする自分を。情けない自分を。また手を差し伸べてくれた。
だから、だからこそ。その手を掴むでもなく、パンといきおい払ってやって、明久の肩にポンと手を置く。
「調子乗ってんじゃない!…ばーか。」気づいたら赤くなってしまっていた顔を見られないようにそらしながら、だけど隣へ。
そうやって、明久と一緒に歩き出す。自分たちの、もうとっくに慣れ親しんだ町に向かって。母親に怒らえるだろうなぁ、なんて徒然と思いながら。でもそんなことなんて、些細なことにしか感じなかった。
静寂に包まれていた空港中から拍手が起こる。そんな中、顔を真っ赤に染めながら、2人して歩く。
しだいに再び喧騒に戻ってゆく空港がどこか心地よかった。
「美波。リボン。」
明久がそっけなく呟く。赤いリボン。わざわざ着けて出ようと思ったのは、最後に明久を感じていたかったから。
それからドイツに着いたら、忘れるために捨ててやろう、とまで思っていたリボン。これでつけるのは最後なんじゃないかな、と思っていたリボン。
もう一回きゅっと結び直して、ポニーテールを指先でときつつ整えてからかい程度で、聞いてみる。
「似合ってる?」
「うん。さすがは僕のセンスだね。デザイナー並みだね。」
美波が明久に向けた視線と、明久の美波への視線が交差する。不意に合った目線に、気恥ずかしくなって2人そろって目を逸らす。
だから言葉も素っ気なくなってしまって、
「…はいはい。」
「今、流した⁉︎」
「いいでしょ。べっつに!」
いいんだ。全部。これで。