そうつぶやく。寒空の下結構な時間待って、ようやく玄関から出てきた待ち人に呆れ半分。
「だってぇ!だって、さ?」
短めに揃えられた髪先を、手でくるくる回しながら、なにか言わんとしている。
「…服のお手入れに、髪のお手入れ。言い訳にもならん。」
「ふぇぇ。」目の前で申し訳なさそうに俯いた女の子に、
「…いいから早く行くぞ。」と声をかける。ただでさえ遅れているのにこれでは困るのだ。
「…。」
それでもこちらを見て無言。なにか言いたげな顔をしていたので、
「…なんだ?」そう問うと、
「ムッツリーニくんのために、えっっちいの選んだのに!!」
と同時に、おなじみのスカートちらっ。その瞬間。これまたおなじみの、
ぶじゃあああああああああああ。
血しぶきがあがる。
今日はスパッツを履いてない日だったらしい。
「…雄二。優子は急用だって。」
「なんだ。そうか…。秀吉。なんでそうと早く言わないんだ?」
「す、すまぬのう…。」
適当に返事をにごす。なんせ、
お気に入りの同人作家の作品がゲリラ発売されて行ってしまった、なんて、秀吉には言えるわけがなかったから。
なんとなくそれを察した明久は、秀吉の肩にぽん、と手をおいてやる。
手袋をしていない素手の状態であるから、さすがにかじかむ。
晴天。雲は薄くかかっているぐらい。はっきりと見える太陽。日当たりは良好。
ただそれでも、寒い。ニュースでやっていたが、寒波が訪れたとか。5℃あるかないかぐらいの気温。
もこもこに着込んだコートもこれだけの寒さの前では、あまり効果をなさない。
寒すぎて、まだ来ていないムッツリーニと工藤さんを少し恨めしく思ってしまうほど。
ふぅと吐く息は白い。冬真っ只中だ。
なんて考えていたら後ろから、
「ごめーん!ムッツリーニくんのせいで!遅れちゃった!」
「…おい!元はと言えばお前がいらないことを…」
ちょうど件の2人が来たらしい。にしても、最近はほんとに2人でいるのが当たり前みたいになっている。
少し、羨ましい。
「明久、荷物持つの手伝え。」
今日はめずらしく顔が腫れていない雄二。どうやら僕の力が必要らしい。
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川。そしてそこを囲んでいる周りの森は、 枯れ木のにぎわい。
川が近づいた分だろうか、より寒くなった気がする。
「ついたぞー。」
「「「つ、疲れた…。」」」
そういってみんながこえをそろえるのも無理はないレベルだった。
「釣りは…ま、ちょっと休んでから、だな。」
ひとり息も切らしていない雄二は、周りを見渡して、つぶやく。
「…雄二。全然疲れてない。」
隣にぴったりとくっついて立つ女子ひとり。もう驚くのもめんどくさい。
「ん?あぁ、まぁ小さい頃から何度も来てて慣れた道だしな。よく来てたんだ。」
「…私とは行ってない。」
そして振り上げられる拳。あぁ。なんて理不尽さなのだろう。小学校の頃を見ている身としては、まさか翔子がこうなるとは思わなかった。
とにかく身の危険だ。
「おまっ…違う!まて!」
「…なにが違うの?」
質問すると見せかけて、拳は今にもこちらに飛んできそうだ。
「俺が行ってたのは、もっと小さい頃だ。俺が、神童なんてけったいな名前で呼ばれるもっと前。」
そういうと、ようやく拳がおりる。助かったと思った瞬間、にぶい痛みが襲いかかる。
「雄二ぃ!いちゃいちゃいちゃいちゃいちゃいちゃしてんじゃなぁぁいっ!!!」
バカを相手にするのは、大変だ。
「いい度胸じゃねぇか!明久ぁ!」
「なんていうか…懐かしいですね。」
「じゃのう。」
「…バカ。」
「ムッツリーニくんが言うんだ、それ。」
「そろそろやめたら?あんたたち。」
なんて言ってる間にヒートアップしている2人を美波が制す。そういうと、2人はピタリと止まって、
「まぁ…釣り、するか。」
「そうだね。こんな醜い争いじゃなくて、魚の数で勝負だ!」
とりあえずは平和に終わった。
「…どうやって釣るの?」
「あぁ。この釣竿の先に餌をつけて、垂らしておいて待つだけだ。」
「餌って?」
すると、雄二はカバンの中から古臭い箱を取り出す。
「ゴカイってやつだな。」
「ふーん。どんなのなのよ?」美波がつかつかと雄二に近づいて、雄二が持っている箱を開ける。
ばたん。
その瞬間、美波が白目を向いて後ろに倒れこんだ。
「美波!?」
「…き、け、ん。」
そして再び倒れこむ。それだけ言い残して。
「まぁ、ミミズみたいなやつだ。」
「…ムッツリーニくん。ボクはムッツリーニくんが釣るのを見とくね!」
愛子は引きつった顔でそういいつつ、康太の背中にすっとフェードアウト。
「…なんだ。怖いのか?」こう聞くと、
「ミミズは無理!」そういう愛子の後ろに周りこんで、今度は康太が後ろにかくれこむ。
「…。もしかして、ムッツリーニくんも、嫌いなの?」今度は一転いたずら顔で。
「…(こくり。)」
「あはっ。ムッツリーニくんにも苦手なものあるんだね!」
「…(ふるふる。)」
ぽちゃん。
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「木下くんは、大丈夫なんですか?」
「正直苦手ではあるが、触れるくらいならできるからの。」
「ありがとうございます。うぅ私にはとても触れられません…。」
そんな会話が横から聞こえてくる。見やると、どうやら秀吉が、瑞希の竿に餌をつけてやっているらしい。
明久は…といえば、
「アキ…もう無理。」
「美波もほんとに無鉄砲だなぁ。」
「だって、気になったのよ…。にしてもショックだわ。もう魚食べられない。肉だけで十分よ!」
気絶していた美波を横に看てやりながら、見よう見まねで釣りをしようとしていた。美波の言葉を聞いて思い浮かんだことひとつ。
「…美波。鳥は魚を食べるんだよ?」
「ダメだわ。もうなにも信用できない!」
そんな美波を横目に釣りへの作業は続く。
「えーっと…ストッパーを外して…」
「あとは投げるだけか!それっ!」
そうして明久が、勢いよく投げ込んだ瞬間。
ぶちっ。
「え?」糸は無残にも切れて、先っぽは重しごと川へ、ぼちゃんという音を立てて消えてしまった。
「…くそっ!雄二ぃぃぃ!!!僕の釣竿に細工しやがって!!」
間違いない。あの野郎っ!そんな思いで、雄二が釣りをしている少し遠いところへと全力疾走。
「ちょっと…アキ!?」
美波のそんな声は聞こえなかったことにしておこう。
走りついた先で明久は目の前が真っ暗になった。これはありえない。そんなはずはないのだ。雄二はなんだかんだゆっても、友達であったはずだ。だから、自分の見たものはきっと幻想である。幻想、幻想、幻想…
「ま、まて!明久!これは、そのだな…」
「…おはよう、雄二。雄二の膝気持ちいい…っん♡」
「幻想じゃないいぃっ!!」夏だったら川に飛び込んでいたかもしれない。
「だから、誤解なんだ!」
「ふんっ。どうだか。」
なんていうか嫉妬しているみたいでとても気分が悪い。
「…雄二は渡さない。」
「いらないよっ!」
心底の叫び。
「はぁ…。で、なんの用だったんだ?なんかあったから来たんだろ。」言われてそこでようやく本当の用件を思い出す。
「そうだった!雄二、僕の釣竿に細工したでしょ?」
「ん?いや、してない。」こいつ!先ほど見せつけられたことに加えて、あまつさえ嘘をつくなんて!
と考えていると、
「ちなみに嘘でもなんでもないぞ。なんだ?糸でも切れたのか?」
「…そうなんだ。餌ごと重しごとぼちゃんと。」
「ま、投げ方が悪かったんだろうな。ちょっと見てろ。」
そういうと、雄二は流れるような動作で、横に立てかけてあった竿を川に放り込む。
明久が先ほどまでやろうとしていた投げ方とは大違いであった。
「と、まぁこんな感じだ。」
「…さすが雄二。かっこいい//」
取り巻きのような発言をする霧島翔子、うまいことがひしひしと伝わる雄二。見ていて、イライラしてきて、
「覚えてやがれっっ!」
悪者のような台詞を残して立ち去る。
一方でわかりやすい説明に明久は、少しコツが分かった気がしたからもひとつ余計に複雑な気持ちで。
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川辺に2人ひたすら座って、話し続ける。なんせどちらもあの餌をくくりつけるのは無理なのだ。
なんの話をしているか。
「…違う!生殖器の発達は普通は中学生ごろに始まって、早い子は小学生のうちに…」
「…そんなもの小学生とは認められない。そもそも小学生というのは…」
お察しください、というほどのものである。
思えばあまり真面目な話や、世間一般でいう世間話なんてものはあまりしたことがない。康太がその手の話になると、食いついてこないというのもその原因の一つではあるのだが。
話していて、そう思った愛子は、
「そういえばね、この間アウトレット行ったんだよ!新しい服いっぱい出てたんだー。」
なんて、突然切り出してみる。
「…そうか。」
すると、極々うっすいこの反応。それでもめげずに次の話題を探してみる。
「えっとね!この間、芸能人見たんだー。ボクらの街にもそんな人来るんだね。」
「…何カップだった?」
「男の人だよ?」
「…無念。」
本当にぶれないなぁ、と心でつぶやく。でも食いついてくれたことには変わりないと考えて、話を続けてみる。
「たしか撮影で、駅前のスイーツ店に入っていくとこを見かけたんだー!流行ってるみたい。」
「…ショートケーキは好き。」
「ボクも好きだよー!スポンジがふわふわなんだー。よくそこのお店も買いに行くんだー。今度一緒に行く?なーんて…」
「…ふわふわのスポンジ!考えておく。」
なんだ。普通の話もできるんだ。そう思うと、横にいる少年もまた同じ高校生なのであるから当たり前なであるが。こと康太に関しては掴みきれないところも多かった。だから愛子は少し安心して、嬉しくなって、にやにやしてしまう。
「…なんだ。気持ち悪い。」
「むっ。なにさ、その台詞。ボクがいつでも天使だと思ってたら大間違いだからね!」
(…思ったことない…気がする。)
「…もう一つ聞いときたいことがある。」
「なになに?」すっかり乗り気になったとみえる康太が自分から話をふってくる。
「…そこの店員のお姉さんは可愛い?どう可愛い?制服は?」
「はぁ。。」
まぢゃみ、とかいう巷で流行ってる表現はこういう時に使うらしい。
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「こう…だったっけ。えーと…」
「もっと手を早く離さんとまた切れるぞい?これで3本目じゃ。」
う、うるさいなぁ。これはわざとやって…なんて心の中で言っても積もるだけの虚しさ。
「アキ、ほんとダメね。ウチならもう少しは…」
ウチ。
その言葉が色んな思考をさえぎらせて、ある記憶を蘇らせる。
あの時、合唱コンクールの練習の初めの頃、2人で買い物をした帰り道。
美波は、自分のことを「わたし」と言った。なにも分かってなかった、自分のことも。美波のことも。今でもわからないことなんていくらでもある。でも、わからないから、だからこそ知りたいって思う。(勉強に関しては、範疇の外であるが)
きっとそれでいいんだ。
「ちょっとアキ、聞いてる?」
「完全にうわの空でしたね。」
「また考えごとかの?」
気づけばわ前に勢ぞろいする美少女3…2人と少年1人が、こちらを見ている。
「なんでもないよ。うん。」
そう。なんでもない。
しかし、そんな明久に、
「なんか隠してない?」
と、美波は少し疑心暗鬼になったのか聞いてくる。
「ほんと、ほんと。隠しごとはなしだって。」考えてたことを話すのはさすがに恥ずかしい。こう言っておけば、美波も引いて…
くれなかった。
「アキ、嘘をついたらどうなるか分かってるんでしょうね?」
指がパキパキっとなる音。体は久々の条件反射を見せて、自然と口は
「すいませんでしたっ!」と動くのだった。
「えーと、鯖!冷蔵庫に入ってる鯖のことを…」
「ほんとのこといえー!」
「違った!冷蔵庫の中に入ってるのは、えーとわかめ!乾燥わかめ。ふえふえわかめたんで…」
その後も美波の追及は続いた。
明久がついに口に出すことはなかったけれど。