バカと見舞いと進む道
「今日は、2人かー。」
帰り道。美波はしみじみとこぼす。なんせこんなことめったに無いから。
「なんか寂しいですよね。」
「まぁ、瑞希と2人も悪くないけどね。」実際女の子2人だけという時間は悪くはない、と思う。めったにこんな機会がなかったから余計に、である。
「またまたそんなこと言って。なにも出ませんよ?」瑞希はそういいつつ、ピンク色の髪を指で撫でつつ笑っている。今日も贔屓目なしに綺麗だなぁと思ったり。
「まぁこれだけいっぺんに休まれるとさすがに心配だけどね。」
「そうですね…。」
バカは風邪を引かないとはよく言ったものだ。だが、実際には、そうは行かないらしいことを学ばされる。
実際、吉井明久というバカは風邪を引いた。風邪を引こうがなにをしようが明久がバカであることには変わりはないから、つまり。
バカでも風邪はひくらしい。
「坂本と土屋のとこには、今ごろ翔子と愛子が行ってるだろーからいーとして。」
「…明久くんと木下くんですね。」
「まぁだったら順番に…」明久のところはもちろん、秀吉にも先週借りた古典のノートを返さねばならないから行かねばなるまい。それに友達が風邪なら、お見舞いぐらいするのは当たり前だ。
「美波ちゃん、明久くんのところに行ってあげてください。」
「へ?でも…」
でも。と言い返そうとする美波に、
「木下くんのところなら私が行きますから。」と笑顔で告げてくる。
とりあえず思うことは、
「気なんか使わなくてもいーのよ?それに、ウチは木下にノートを返さないといけないし、それにあいつのことも心配なんだけど…。」
かけがえのない友達だ。それに色んな悩みを聞いてくれた。たとえ愚痴をこぼしても。それはどんなことにも変えがたいくらいありがたいことだった。
「私が渡しておきますから!ほら。そんなに木下くんにご執心だと、明久くんが妬いちゃいますよ?」
満面の笑み、そしてそんなセリフを言われては、もう反論する余地が無い。
「じ、じゃあお願いしようかな。」
「はいっ!」
カバンから木下のノートを取り出して渡す。そのノートには付箋が大事なところにたくさん貼ってある。それを見て瑞希が驚いて、
「木下くんもマメですね…。」
「ほんと。ここまでやって、テスト勉強はしないんだから、勿体無いったら…。」
ほんとにマメなのだ。ノートの中身も、マメだった。
大事な要点から授業中先生が言っていただけのようなとても細かいこと、全て羅列してある。それに整理もしっかりとされているのだ。それはまるで、そう。人に見せるために作ったような。
「木下くんの家はたしかこっちでしたよね。では、また明日!」
「あ、うん!迷ったらメールしてくれるわ。そしたら教えるわ。」
なんせ家が近い。つい最近も行ったばかりだからはっきりと教えられる。
「はいっ!」
うん。いい返事だ。
そういうとくるっと反対方向。歩き出した瑞希の背中をある程度見送ってから、美波も。
「はぁ…しょうがないから行ってやるか。」なんて自分への言い訳呟いて、すたすたと歩き出す。
口ではそんなことをゆってみても、本当は行けることが嬉しかったりするものだから、足取りはとても軽かったり、それどころか少し笑みが浮かんで来たりしまったりすらするのだが。
そんな笑みを押し殺して、
「しょうがないから行くんだから!」
そう。しょうがないから。
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その頃。
「待て。仮にも俺は風邪なんだぞ?なんだその毒々しい…なんていうか液状のペーストは。」
「…おかゆ。」
こんなにピンク色、蛍光色の食べ物が果たしてあるのか。
「ま、まて!落ち着け!そもそもどーやって作ったんだよ、それ!そんなもの口に近づけていーもんじゃねぇぞ?ちょ、ちょっとまて!」
風邪なんか引かなければよかった。
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明久の家の前。チャイムを鳴らしてみる。久しぶりに見た気がする。正月明け以来だろうか?
なんて考えながら、細い指先をすらりと伸ばして、何の気なしに、ベルを押してみる。相変わらずのアンニュイな音が響く。
すると、すぐに「はい。どちらさまでしょうか。」と声がした。
これまた久しぶりに聞く声。
間違いない。明久の姉である、玲あろう。
「玲さん!えと…島田美波です。」
妙にかしこまりつつ挨拶をすると、
「あら、美波さん。アキくんのお見舞いでしょうか?」
「あ……えと、はい。」
「他のみなさんも一緒でしょうか。」
「いえ…その…1人です。」
そう言うと、インターホンのスピーカーから少し音が途絶えてから、
「今、開けますね。」という声が聞こえる。
玲はさらりと招き入れてくれて、靴をしっかりと揃えてぬいで、上がりこむ。
思い出すのは初めて玲とあった時の光景。明久の家に上がったときは衝撃を受けたものだ。
なんてぼーっとしていると、
「美波さん?」
「…あ、すいません。ちょっとぼーっとして。」
玲はそんな美波の不意をつくように、
「にしても1人で来られるということは、そういうことですか?」
「えと…その、そういうわけでは。」
うん。まだなにも言われていないし、言ってもいないはずだ。
「そうですか…。アキくんならこの部屋です。」なんて言いながら気づけば明久の部屋の前だ。
「あ、はい。ありがとうございます。」
玲がいないときに泊まらせてもらったから、本当は知っているのだが明久は秘密にしていたと記憶しているからあえて知ってますということはなかろう。
「不純異性交遊は禁止ですからね。あとで、お茶をお持ちします。」
最後にそんな念押しを残して、玲はリビングに向かっていった。
言われたことで少し顔が赤くなる。
そんなことするわけもないし、明久にそんな甲斐性もないだろう。
こんこんとノックを2回。
「姉さん?」
と声が返ってくる。
「ウチよ。ウチ。」
そういうと、
「み、みな、美波!?」
なぜか少しテンパった声が返ってきた。
明久にはテンパるわけがあった。
部屋の中。明久は、玲によってあいも変わらず(?)、メイド服を着せられていた。拒否すると、風邪ならあったかい格好をせねばならないという理由で無理矢理に着せられたのだ。
「その、ちょっと待って!着替えるから!」
「え?着替え?」
「と、とにかく!ステイ!そこで3分ステイ!」
3分後。
「入るわよ?」
「あ、うん。」
美波は、扉を開けて驚く。床に脱ぎ捨てられたメイド服。
下はジャージ、上にはコートの上に、なぜかアロハシャツを着た明久に。
「あ、あろはー…。」
「とっても寒気がしたわ。」
明久渾身のギャグは通用しなかったらしい。
とはいっても本当のところはメイド服が思いのほか暖かくて、急に脱いだことでとても寒く感じたので、適当に着込んだ結果こうなったのであるが。
「入りなよ。」
「その格好で言われたら、なにもかもふざけてるように思えるわね…。」
そんなことはない。いたってまじめだ。なんなら、部屋で2人というこの状況に少し緊張してしまっているくらいだ。
「まぁ…入るわよ。」そう言うと、美波が中に入ってくる。と同時に、はっと部屋を見渡す。聖書に関しては、無念かな。今朝根こそぎ姉に持っていかれたのだ。だから変なものなんかない。
床に落ちているメイド服を除いては。
「美波。これは姉さんが…」
「アキにそういう趣味があるのは折り込み済みよ。」
強く生きていこう。強く。あれ、涙が。
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「木下くん。これ、美波ちゃんから預かりました。ありがとうって言ってましたよ?」
「すまぬのう。助かったぞい。」
顔が風邪のせいなのかいつもより少し赤い秀吉は、本当に女なんじゃないかというくらい色気で溢れていた。
瑞希があてられてしまうくらい。
秀吉の部屋の中は本当に秀吉の部屋だというのがひしひしと伝わってくるような部屋だった。演劇関係の小道具がたくさんあって、本当に好きなんだな、ということが手に取れて分かる。
「優子ちゃんは帰ってきて無いんですか?」
「そろそろ帰ってくると思うぞい。なにか用でもあるのかの?」
「いえ。今日翔子ちゃんが休みだったので、優子ちゃんが全校集会のあいさつをしたんですよ?」
というと、
「姉上が…。それは見たかったのう。」
「須川くんが全力で拍手してました。」それはもう全力で。周りの人が引いてしまうレベルで。無論、恥ずかしくなったのだろう、壇上の優子からは睨まれていたのであるが。
「須川も物好きじゃのう…。」
なんて苦笑しながら、返してくる。その横顔の可愛いことと言ったら。
だからちょっといたずらしてやりたくなって、
「木下くん。」
「なんじゃ?」
「美波ちゃんじゃなくて、残念でしたか?」
「…お主も明久のとこじゃなくて、良かったのかの?」
まさかの反撃パンチ。可愛い顔して、あなどれない。
一つ間があってから、
「「はぁ。」」ため息が出る。
「考えてもどうにもなりませんね。」
「そうじゃの。」
そう。考えてもダメなら、
「私は言うだけ言ってみようかなと思ってます。」そうはっきりと言ってみる。
考えてもダメなら、動けばいいんだ。
「…!」
最近ずっと考えていたこと。
「木下くんは…どうしますか?」
「…。」ひたすらに黙り込んでしまう秀吉。
「まぁその…この話はこれで終わりにしましょう。」
なんだか気まずくなって、そんなことを言うと、
「そ、そうじゃの。」
なんとか空気は持ち直せそうだ。
「そういえばなんで全員して、休んだんですか?」
「たまたまじゃ。」
「えー!その答え方はちょっとずるいです。」…
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「やっぱり部屋の中はあったかいね。」
美波は部屋の中に入り込んで、明久が寝ているベッドの脇ぽん、とひとはね。
「美波、わざわざありがと。」
明久は、といえば布団を軽くかぶりながらベッドの真ん中。少し顔は赤いが、もうすっかり元気である。明日は学校に行けるだろうか。
美波が自分の部屋に来るなんて、そんな突然のことを考えもしなかったから部屋はあまり整理が着いているとは言えない。
そんなことばっかり気にして考えていると、その間に美波が今日配られたプリントや課題をカバンから取り出してくれる。
なんとなく所在無しにそんな動作を見ているとやっと終わったのか、明久に向き直って、
「アキ。」
「ん?」
「ちょっとまじめな話。」
?
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そのあとはしばらくたわいもない話が続けられた。昨日のテレビドラマのことだったり、晩御飯のこと、音楽のこと。
秀吉は、そんな時間が嫌いじゃない。友達といられるのは、それだけで楽しい、と素直に思えるから。
「あ、これ。今日出された課題と配られたプリントです。」
そんな時。思い出したように瑞希がかばんの中からプリントを取り出してくる。
「すまぬの。」
「数学の課題です。」
漠然といやだなぁと思う。数学というと、最も苦手と言っても過言ではない。こないだ、合宿コンクールの合間の1月末頃にあった模試といわれるものも、ほぼほぼわからなかった。
なんて思っていると。瑞希は続けて、
「それと、プリントなんですが…」
「なんのプリントなんじゃ?」
そう問うと、
「また少し真面目な話になってしまいますけど…」
「進路の…話。」