「進路…?」
「そ!進路。」
そういえば今日はそんなガイダンスの日だっけ、なんてやんわりと記憶がよみがえる。就職するだとか進学するだとか、そんな話だ。
「うーん…就職の方が現実的といえば現実的かな、とかはなんとなくだけど思ってる。美波は?」
明久だって、これまで全く考えてこなかったわけなんかじゃない。あと数カ月もすれば18。もう大人だ。
「就職…か。アキはバカだもんねー…。ウチは、進学よ。」毎度のごとくとても傷ついた。
「だよね。美波はできる子だもんね。」やっぱり心が痛まないこともない。バカと言われたからとかじゃなくて、この先歩いていく道は美波とは違うのかもしれないことが。
明久の言ったことに、
「当たり前よ!」なんていつも通りの自信ありげな、それでいていい笑顔を見せてから続ける。
「で、具体的に考えてるの?こう…どんな仕事ーとか、さ。」
「考えてない…かな。まだどんな仕事とか分かんないし…」
色々思ってみたりはする。例えば、料理人。イタリア系のレストランでかっこよくフライパンを振る自分。うむ、我ながら完璧だ。
他には、清掃会社の清掃員。誰かの部屋を掃除してたとえ聖書が出てきても見て見ぬふりをしてやる。
こちらもイケてると、思ってみたりもする。
「…そっか。本当に就職したいって思う?」
「それは…まぁ仕方ないんだし、多少はね。」
本音を言うと、仕方ないから就職というのが正しいところだ。このまま社会に出ること自体に、なんとなく漠然と恐怖を覚えていたりもするから。
明久がそう美波に返したあと、美波はベッドの上、座り方を少し変えて華奢な体を明久の正面に向けてくる。ただでさえ近くにいるだけでドキドキするのに、そんなことをされると、よりドキドキしてしまうのであるが。
そんな明久なんてつゆ知らず。全く真剣に美波は、続けてくる。
「…アキは、さ。この先のことってどう考えてる?」外が少し暗みがかってきて、部屋の中にも暗みがさす中。
考えろ、と言われたから少し考えてみる。この先のこと。今まで目の前のことばっかり考えてきたからあまり考えたことはない。だから正直に、
「まだあんまり考えてない。目の前のことで精一杯だったから、ね。それに僕はバカだし…」なんて言うと、
「なーんだ。分かってたんだ。」とのたまう。「分かってるよ、それくらい。」なんて言い返してやろうと思いかけたところで、美波が続ける。
「でもね。それはアキのいいところでもあるんだよ?なにも考えずに行動する、なんてウチにはできない。それに…」
バカにされてるのか褒められてるのか。分からないけれど、顔が自然とほころんでしまう。そんな風に思ってくれる人がいる。それも自分の好きな人。
「それに…?」
「他にもいいところいっぱいあるよ!」にこっと笑う美波の笑顔が眩しい。いつだって、気づけば見ていた横顔。いつも眩しかった笑顔は今日に関しては、ほんとに極上ものだった。みてられないくらいに。
「…っ!そんなに褒めないでくれる?」顔がぼんっとオーブンにでも入れられたように赤に染まる。目をそらした先の窓の外。日が沈む前の最後の光と言わんばかりに輝いていた。
それでもきっと、そこにある外の空よりは今の明久の顔の方が数倍近くは赤い気がする。それほどだった。
「だから…さ。仕方ないとか、そんなふうに思うんだったら、さ。もうちょっとしっかり考えたら?進学することも含めてさ。仕方ないで決めるなんてもったいないよ?」
だから、と続ける美波。
また。また「考える」こと、か。高校生って考えてばっかだ。
でもそれも今しかできないことなのだろうけど。だから今は「考える」ことも悪くないことと思えてきてはいる。悩んだ結果答えが出るならば。それは間違いなんかじゃない。
この先のことなんて誰にもわからない。だからみんながみんな、苦労してこの先の道を切りひらいていく。変わりたいと思って、変わっていく。
にしても進学となると…
「どうやったら進学できるかな?勉強しないで行くなら、やっぱり推薦…」
「そんなの取れるわけないでしょ?」
うん。全くもって間違いない。
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言えてよかった。そんなふうに美波は思っていた。だから言えて、ほっと一息。
なんてしていると明久はさっき言ったことで考え込み始めてしまったのか、少し話が途絶えてしまう。
「…。」なんとなく所在なく明久の方から目を離して、部屋を見渡す。
大方は、しっかりと綺麗に片付いている。床に落ちているメイド服はおいておいて。
だからこそ、美波にはとっても気になるものひとつ。これは話すきっかけにもなってくれそうだ。
それは、一箇所だけ整理のついていないところ。
「机の上、どーなってんのよ、これ。」机の上に荒れ狂う本、本、本。あまり見ていたいものではない。
「教科書の整理を、と思ったらそのままにしちゃったんだよ…。」
「いつからよ?」
「えと、1週間くらい前?」
ダメだ。どうやらこのまま置いておくつもりだったらしい。教科書の間からは、去年配られたような気がする懐かしいプリントも顔をのぞかせている。たしか本当は提出しないといけないものだった気がするが。そのプリントは白紙だった。
こうなってくると、引き出しの中身もどうしても気になる。ごった返しになっているのではなかろうか。
「アキ、引き出し開けてもいい?」
「へ?」
「だから!その…開けてもいい?」そういって引き出しに手をかける。
「もう開ける気まんまんじゃないか!べっ、べっつにやましいものなんて入ってないよ?」
なにかとんでもない勘違いをされてしまったらしい。やましいものが入っているかなど確認するつもりはない。もちろん入ってたら、入っていたで回収するのだが。
問答無用で、引き出しを引く。すると思っていたより、とかではなく普通に整然としていた。大きなものは奥。手前には細かいもの入れが作られていて、さらぴんの消しゴムやシャーペンが埋められている。
これも玲が買ったものだろうかと思うと、とても可哀想に思える。
乱れているのは机の上だけ、か。勉強できない人の典型といっても過言でないかもしれない。
そんな整然とした引き出しの中に、
「…。」
一際目立つものひとつ。つい無意識の内に手にとってしまう。
「それは…!」明久も驚いたように、こちらを見る。
しっかりと包装されたプレゼント。今となっては完全に季節遅れの赤と緑の包装紙。
はっきりと覚えている。
2人で選んだクリスマスプレゼントのお返し。
「アキ、これ…渡さなかったんだ。」
てっきり渡したものだと思っていた。あの時夕日さす廊下。明久の背中を押した時。
明久はなぜ自分のところに来たのか。わからなかった。
だから何回も何回も考えた。それでもやっぱりどうやっても辿り着く。結論として、明久も美波のことが…
なんて美波は、頭の中が再び煮詰まりはじめていた。
そんな美波を前に明久も考えに考えていた。頭の中で言葉を探していた。なぜそのプレゼントが机の中にあるのか。そんなの決まっている。理由は一つなんだ。
今なら。もしかしたら。言えるかもしれない。決してロマンチックなんかではないけれど。
「 …うん。でもね。」やっと決めた、とばかりに喋り始める。
「なによ?」美波が分からないというように聞き返してくる。
だから。
「それは、渡せなかったんじゃないんだ。」それは本当にはっきりと言える。
「へ?」
「渡さなかったんだよ。だって僕は…」間違いなく自分の意志。
美波がなにか感づいたように真剣な目でこちらを見てくる。
「美波のことが…」自分の顔が再び赤くなっていくのが分かる。思わずそらしたくなる目線をなんとかまっすぐ美波に向けて。同じくまっすぐに自分の気持ちを。
言おう、と思ったとき、
「待って!そのウチも…言いたい。」
予想外だった。
「こ、こういうのは男が言うもので…」それに美波が言おうとしているようなこととは違う可能性が高いと思う。なんせ自分は告白しようとしているのだから。
「じゃあ…2人で、さ。」美波が小さい吐息とともに呟く。そんな声にさらに、一段と胸が高鳴ってくる。口元は緊張でこもってしまうが、でもこんなチャンスを逃す手はない。
美波相手にこんな風になるなんて少し前なら無かったことなのに。意識し始めるとこんなにも変わってしまうらしい。
「ぼ、僕は。」
「ウチは。」
「美波のことが…」
「アンタのことが…」
…
…
ガチャッ。
「お茶と茶菓子をお持ちしましたよ…ってどうかされたんですか?そんなせせこましくくっついて…」
「「な、な、なんでもないでやんす。」」近づいてきていた2人の距離を一気に離すように美波の足。
出てきたセリフは突然の姉襲来にテンバりまくって、2人してなぜかどこぞの野球ゲームのキャラクターみたいになる。
「アキくん?不純異性交遊は…」
本当に、タイミングが悪い。
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少しあらたまって「進路の話。」なんて話しかけた瑞希と対照的に秀吉は、なんだそのことか、とばかりに饒舌に、話し出す。
「ワシは演劇系の専門学校に行くつもりじゃ。演劇はたのしいからのう。プロになれたらいいなぁ と思うぞい。」
と、秀吉はとってもいい笑顔で。
その答えは、瑞希に告げてきたことは予想してた通りといえば予想してた通りだった。
知っている演劇系といえば…
「宝塚とかですか?」
「あれは、女だけじゃろうて!ワシは男であって…」
また怒られてしまった。
くどくどといつもの「ワシは男じゃ。その証拠に…」なんていう文句を言い終わったあと、今度は秀吉が同じことをたずねてくる。
「姫路はどうするのじゃ?」
まだはっきりと考えているわけではないのだが、聞かれたので答えてみる。
「私ですか?とりあえず進学して…食品栄養化学でも…」
ガタガタッ。ベッド上、秀吉があからさまに崩れ落ちる。それから、顔中に季節がらでもなく、汗を浮かべて、
「姫路?ワシは電気化学とかの方が良いと思うぞ!?」なんて言ってくる。
なぜに電気を進めてきたのか、思いあたる節は…ない。
「まだ悩んでる途中ですから、本当になにをするかは分からないですけどね。」
ここまでの人生なんて、ほとんど流れに従ってきただけなのかもしれない。だけどこれからは自分で決めなきゃいけないのだ。この先の、真っ白な未来の指針を。
秀吉のように見据えてるものが一つな場合はいいのだが、瑞希の場合そうはいくまい。
「と、とにかく!このままでは大量の死者が出てしまうのじゃ…。」なんて小声で言うから、
「使者?どこからですか?」
「はぁ…。もうよいのじゃ…。」
秀吉のため息が妙に部屋に響いた。
それから少ししておもむろに、
「にしても…早いのう。召喚獣ともあと1年でお別れじゃのう。」
「ほんとそうですよね…。召喚獣、小さくて可愛らしいですよね。」
最初に見たときは本当に驚いたものだが、如何せん試召戦争をしすぎてその姿は見慣れてしまったから、もう驚きもしない。
思えばあっという間の1年で。
「こうやって考えるとダメじゃのう。なんというかしんみりしてしまう。」
「でも…まだ高校生活は1年あるんですから、そうため息ばかりつくようなものでもないのでは?」
予想外のテスト中のハプニングから唐突に始まったバカなクラスでの、あり得ないようなことしか起こらない、でもそれでもとても楽しい日々。
「じゃのう。あ、それといえば姫路よ。」
「はい?」
「来年は、Aクラスに行くつもりかの?」そう聞いてきた同級生に、
「木下くんは、私にFクラスいて欲しいですか?」笑顔でそう問うと、
「な、なぜ、ワシに聞くんじゃ…。」顔をそらして、小さくそう呟く。
やっぱりからかいがいがある。
Aクラスに行くか行かないか、それも自分で決める。自分が行く道だから。
周りの人はきっと支えてくれる。
なんて話を続けていると、
「秀吉ー!いるのー?」なんて声が扉の外から聞こえてくる。
「姉上じゃの。」
「優子ちゃん帰ってきたみたいですね。」今日の全校集会では本当にかっこよかった。
なんて思っていると外の優子は続けて、
「市販だけど薬買ってきてやったから、飲んで安静に…」といっているのが聞こえると思っていたら、2人がいる部屋の扉が不意に開く。
「…えっと、姫路さん?」
「お久しぶりです!」
扉を開けた優子はその状況に呆然とする。そこにいたのは、弟と学年きっての秀才ちゃん。というか瑞希はたしか明久のことを好きなんじゃ…なんてこんがらがる頭はひとまず。
今目の前に広がっている状況だけで判断しよう。
部屋の中に男と女が2人きり。秀吉の顔は心なしか赤い。それにとても仲良さげに…
「す、すいませんでしたっ!!」
退散っ!
薬を部屋の中に放り投げて、盛大に扉を閉める。
「なっ姉上!?」
「優子ちゃんっー!?」
なんて声が部屋の中にだけ虚しく響く。あーなってしまった以上仕方はない。姉は思い込みが激しいのだ。
なんとなく瑞希もそれを察して諦めるようにため息をつきつつ、会話に戻っていく。
「とんだ勘違いをされたのう…。」
「あはは…。」
2人ともにそんな気がないから余計に。
なんてやっているとポッケに入れていた携帯が不意にピリリと機械音を鳴らす。
「姫路よ、携帯鳴ってるぞい?」
自分だったのか。
「あ、ありがとうございます!って…坂本くんから?」
そう言ってから、なんでメールを送ってきたんだろう、なんて思いながらメール画面を開いて驚愕する。大変なことだ。
すぐにでも伝えたくなって秀吉に向き直り、
「木下くん!これ!」
携帯の画面を顔に当てんばかりに突き出す。
「見えないのじゃ…。」
「あ、すいません!ちょっとびっくりしすぎて…。これです!」
今度は携帯の画面を見やすい位置に持ってきて再び秀吉に見せる。
「これは…。」
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明日は火曜日。絶好の日よりと言えよう。それに寝てる状態で打てる限界の手は打った。最後の詰めをしたいところなのだが…。
それにもう日暮。
体調はもうすっかり万全だ。しかしなぜか体が動かない。なんで…なんで。
「いいから早くこの紐を解け!」
仮にも病人なのだ。少し反論しただけで、拘束されるとはどういった了見なのだろうか。
「…雄二が携帯ばっかり触ってるから。はい、あーん。」
「もういらん!!」
バカみたいにお粥を小一時間続けて、口に突っ込もうとしてくる学年主席なんて存在していいのだろうか。
こっちは色々と大事な用事のメールをしようというのに…。
「…口うつしなら食べる?」
「勘弁してください。ほんともう元気だから、いらねぇよ。」
そういうとやっと正気に戻ってくれたのだろうか、手の動きを止めて、
「…ほんと?」
「あぁ。ほんとだ。ほんと!」風邪なんて引くものじゃない。今日一日心の中でどれほど思ったろうか。
「…元気になったなら夜の営み…」
「するわけねーだろ。」もうこのパターンはいい。
しみじみといつからこんなに束縛するようになったのだろう、と思う。思いあたる節があまりないから困る。
もし。あるとするなら。答えを先延ばしにし続けてきた自分のせいだ。それは申し訳がたたない。
いやきっと自分のせいだ。だからこそ決めたこと。そんな自分を変えるために。
そう思いたって、無理矢理に切り出す。
「明日は学校に行く。朝は先に行っててもいい。」
「…雄二、冷たい。」そんなの。
「いつものことだろ?」
「…ひどい。」
全くいつも通り。思わずため息がでる。
今言ったならそれは翔子からしたら青天の霹靂というやつになろう。
「はぁ。…それと、だな。」
「?」きょとんとした顔を見せる翔子にはっきりと告げる。
そんな顔をされると言いにくいのだが、もう決めたことだ。
「今ここで、Fクラス代表としてAクラスに宣戦布告する。」
変える。変えて、変わるんだ。