「…わかった。」
「…くっつくな。」
「だってさぁ!付き合うってこーゆうことするんじゃないのカナ?」
その誘うような、というよりは挑発的な声で
「…だいたい経験豊富なんじゃなかったか。」
「あ、あれは…その、嘘というか…」
「…なら、そんなに焦らなくてもいいんじゃないか?俺たちは俺たちのやり方で。」
「…ボクたちはボクたちのやり方でカァ。…それもそうだよね、うん。」そう言ってまた腕を組んでこようとする。
「…だから、くっつくな。」
「えへへ。」
横にいる女の子の笑顔を見て、ほっと一息。もうこれくらいは慣れたから鼻血は出ない。
「…試召戦争は本気で行く。」
「モチロンだよ!康太くんがかかってきたら…」
まさか翌日に戦争とは思いもよらなかったが、やるからには真剣勝負だ。
「…?」
「チラッ。」露わになる肌。そして、
ボタボタボタ…
「康太くんっ!?」
愛子の声が少しずつ遠ざかって行く中、
成長したと、そう思う。鼻血の量的に。
戦いの朝である。Fクラスでは朝7時ごろにはもう人がほとんど来ていた。なんせ一大決戦なのだ。クラスとしては春からずっと「打倒!Aクラス」を掲げてきたのだから、今回の戦いにももちろん余念はない。クラス代表•坂本雄二のもと、戦の戦術はほぼ完璧に計画されているだろうし、各々自分という武器(点数)を極限まで研ぎ澄まして…
「この前の物理、たしか20点弱だったが、勉強してきたぜ!」
「あ、俺もそれくらいだったぞ。」
なまくらはどれだけ砥いでも、なんとやらであるのだが。
少なくとも士気だけは高かった。「朝6時に来たら、校門空いてなかったぜ…」なんていうことを言うものもいるぐらい。
明久の朝にも同じくぬかりは無かった。今朝は姉がいつしか買ってきて、大量に余っていた液体カロリーメイトも2本流し込んだ。
カロリーがあると、どこからか生気が湧いてくる。
「うぅ…」ただ、液体だけでは胃がもたれるが。
「吉井、しっかりしろ。今日で全てが決まるんだぞ。」最低限度としか言えないが、しっかりと机の形が保たれた机に寝倒れていると、須川大団長から声をかけられる。
「須川くん、僕は今苦しいんだ。そっとしておいてよ…。」
本番に向けての準備として休んでるんだ、うん。
「言ってる場合かよ。…お、総大将のお出ましだ。」
なんだか気取って聞こえて、いつもの数倍いらいらっとする須川が、そう言うとおもむろに扉が開く。
「…?」
しかし残念。雄二ではなく、奥から出て来たのは、ムッツリーニこと土屋康太であったのだが。
明久にも反撃の糸口が見えた。
「須川くん、かっこ悪いよ?」
「吉井。お前にだけは言われたくない。」
「なんてこと言うんだ!」
はぁ…。なんてため息が回りから漏れる。まさしくいつもどおりの馬鹿騒ぎが始まろうとしたその時、
「そこまでだ。」
制止に入ってきたのは今度こそ
「作戦会議するからとっとと準備して教卓の前に集まれ。」
坂本雄二であった。その顔にはあまり出ていないのであるが、明久にはどこか覚悟を決めたように見えた。いつもの死んだ目とは一味違う目。
だから、
「雄二、本気だね。」なんて言うと、
「当たり前だ。このために1年がかりなんだからな。」なにを言っているのだろうか。分からないとでも思ったのだろうか。
「はぁ。僕が言ってるのはそういうことじゃなくて、今度こそ霧しっ…」
雄二が明久の口がある人の名前を言おうとした瞬間に、慌てふためいて塞ぐ。それから耳元で小さな声で、「そんなこと言ったら、俺の計画と命が台無しだろ!」とささやいてくる。
FFF団はこういうことに対しての内部粛清がとても厳しいんだった。何度無実なのに被害にあったことか。それで戦争に負けかけたこともある。
だから素直に、「ごめん。」と耳元にささやき返す。
「おう。」
一通りの話がついたから、クラスメイトの方に向き直ると、
「やっぱり坂本とはただならぬ仲だったか。」
「こうも公衆の前でさらけ出すとは。」
「これで木下は俺のものだぁ!!」
「アキちゃ…アキちゃんと坂本くんは運命の相手なの!!」
「「誤解だっ!!!!」」
どうしてこんなにバカなんだろう。
なんで玉野さんがいるんだろう。
「バカじゃのう…。」
「…全く。」
「ほんとですね。まぁこういうところも面白いから好きなんですけどね。」
3人のため息まじりの会話は少し先の喧騒の中にいる2人には聞こえないであろうけど。
なんてしていると1人来ていなかった美波がようやく到着したらしく話しかけてくる。
「おはよー。ちょっと手間取ってたら遅れちゃった…ってまだ始まってないのね…。」美波は見慣れてはいるけど、さすがに今日こんな風景を見るとは思っていなかったのだろうか、扉を開けて驚いた顔を見せている。
「あはは…。」瑞希たちもそれには苦笑いをするしかない。
なんてしていると、ようやく抜け出してきた雄二がクラスメイト全員に向けて、笑顔まじりで一喝する。いよいよ。いよいよである。
「しゃあ!!全員集合だ。作戦会議を行う。…返事は?」
「「おう!!」」
男だらけの地獄のむさ苦しさに、瑞希や美波の「はいっ!」とか「おっけー。」なんて声はほぼ全くかき消されたのであるが。
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「ムッツリーニ、盗聴器はないな?」勢ぞろいをしたクラスメイトを前にまずは一番基本的になることを聞く。すると、
「…ない。あと言われたとおり今朝Aクラス、職員室に仕込んでおいた。」
本当に仕事のできる奴だ。
「今回の戦い。普通に戦えば当たり前だが、劣勢だ。いや始まった瞬間負けてもおかしくはない。こういう勢力差がはっきりとしすぎてる場合、奇襲というのが一番に考えうることであるがそれも前回一度手の内を見せちまったからな。そう簡単にはいかない。だから堅実に戦っていく。防御に徹する形で。こちらからは攻めずに、守りに徹する。いくらAクラスとはいえ多勢に無勢ならば、そう簡単には立ち回れまい。」
なるほど、と思いながら明久も雄二の話を聞く。それならばたしかに簡単には負けなさそうなものである。
「それに工藤や翔子クラスのレベルではない限りにおいては、実力自体は俺以下とみても構わない。立ち回りならお前らの方が有利なわけだから、基本的には単独行動はなし。最低でも3人一組で動いてもらう。」
「でもそれじゃあ勝てなくないかしら?」
「いかにも、だ。堅実に戦っているだけではいずれガタが来る。だから相手には堅実と見せかけて、その実、裏では奇抜な策を案じなければならない。そして、放課後まで保たせて、明日にまで戦争を長引かせる。それで今日の最低限の目標なんだが…敵の大将クラスの首を取ることだ。」そこまで抑揚つけながらも、すらりすらりと言葉を紡ぎ出す。
「で、今回なら前線で指揮を執ってくるであろう…」そこで雄二の言葉を遮るように、
「姉上じゃな。」と、秀吉がいう。
「ま、そういうことだ。久保でも、佐藤美穂でも構わないが、木下姉は最前線を張ることになっているはずだ。久保はいわば向こうのエースだ。ここぞという戦場に表れてくるだろうから、位置も特定しにくい。佐藤美穂はそもそもあまり目立たんだろ。が、木下姉はそうはいかない。なんせ隊長だしな。周りの雑魚は適当にいなして、戦いに持ち込めば、チャンスはおおいにある。まぁ、雑魚といってもお前らよりは数倍の実力がある格上だがな。」
なるほど。戦というのは指揮があってこそである。敵の大将格を1人でもとれば、あとは烏合の衆というわけだ。
「それで科目だが、先生の配置からして、まず数学と社会から入るだろう。点数が減ったら、後ろの部隊と入れ替わりつつ戦え。科目の切り替えをしつつ戦え。科目の切り替えだが、敵を姫路に一掃してもらう。それでも相手はAクラスだからな。それだけでは足りないこともあるやもしれん。その時は、俺が護衛をつけて干渉に向かう。それでもダメなら、明久や秀吉など目立つ奴がフィールドの外へ。それから体育館に逃げ込め。緊急事態ならムッツリーニに知らせて、対処してもらう。いけるか?」瑞希の圧倒的な点数。それに腕輪によるフィールド干渉。それから康太の点数。
明久など点数は低いのだが、物理干渉能力や圧倒的なバカさによるイレギュラー性を持つため、どうしても付け狙われる。
それを利用しようというわけだ。
「大まかにはこんなもんだ。細かい指示は分かれてからするから、黒板に書いてある通りにわかれてくれー。」
いつの間にか黒板にぎっしりと書かれたクラスメイトの名前。そばに控えていたムッツリーニが書いたのだろうか、見たことがある字体であった。
なんてしている時、不意に雄二のノートが目に入る。もうそこにはぎっしり真っ黒。よくみると、クラスメイトの点数情報であった。
「雄二、すごいね、これ。」なんて思わず声をかけると、
「これだけじゃねぇ。あと30ページ近くはある。」
「雄二もへんなとこマメだよね。」
「いいから、お前も黒板見て分かれろ。」
そう言われて自分も所定の班に分かれなければ、と思い出して黒板を見て自分の名前を探す。
教卓前 窓際
島田美波 須川亮
姫路瑞希 西村雄一郎
木下秀吉 横溝浩二
バカ 原田信孝
土屋康太 …
「バカって書かないで!?」
「自分だって分かったんだな。」
分かっちゃうというのが本当に自分でもとてもつらい。
「にしてもいつものメンバーばっか集めてなんなのさ?」
「ま、お前らには特殊任務付きだからな。」たしかにみんながみんなそれぞれ特徴を持ったメンバーだ。
「ま、見慣れたところじゃな。」
「そうね。」
「まぁお前らにしか頼みごとできねーしな。」そういって、にっと笑ってから、
「とりあえず、姫路から。姫路は教室待機で状況判断をしてから現場に向かってもらう。いつも姫路頼みで悪いが、お願いする。」と続ける。
「はいっ!坂本くんのために頑張りますね?」瑞希から返ってきた言葉には明らかに違う意図が含まれていたように雄二は思えたから、
「い、いらんことを言うな…!」なんて少し顔を伏せつつ返す。
明らかに照れているように見えたから瑞希もつい、
「えへへ。」と笑い返す。
雄二はそこに広がったなんともいえない空気に堪えきれなくなったのもあって、次を急ぐ。
実際予想外の喧騒で時間はあまりない。
「次、ムッツリーニ。このプリントに書いてあるのが、保健体育の大島、鉄人の時間別行動予測だ。とりあえず持っておけ。基本は秘密裏に動いてもらうが、マークされている1人だからな。なにかしてることがばれないように、少しは戦場に顔を出しとけ。」
「…御意。」ムッツリーニはいつも通り寡黙に答える。
「で、秀吉は工作係。あとであいつらに変装をほどこしてやってくれ。頼む。作戦の鍵だ。詳細はそこに書いてある。」雄二も作戦を伝えていくうちに心持ち少し楽しい気になる。楽しくないわけがない。最高の仲間と最大の下克上。夢にまでみた理想にたちむかおうとしてるのだ。
「了解じゃ。」その声ははっきりと届く。
あと、残り2人。なにも気をつかったわけではない。いつも2人なのだ。気がついたら。
「それで島田と明久。お前らは前線の指揮。変装メイクが終われば、あとで秀吉にも加わってもらうが、いつも通り頼む。」文句なしに最高の2人組。そう思う。
「「おっけー!」」そろってかえってきた声に、さらに一層それを確信する。
「それとだな、明久。お前にはも少し任務がある。」
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「代表、大丈夫なの?」元気一番。朝から大きな声で工藤愛子が話しかけてくる。
「…突然だったけど、雄二がしてくることくらいなら分かる。」よもやの試召戦争であった。なんせ昨日、しかもそれを病気で寝込んだ状態の雄二に告げられたのだから、余計にというものである。
「まぁAクラスのみんなも点数自体は万全に近いみたいだし、大丈夫だとは思うけどね。」とは、木下優子。
「問題は坂本くんが考えてくる作戦だけど…」
「…窓とかは全部閉めて、奇襲だけは許さない。もう向こうの手の内はほとんど見えてるし、大丈夫。」
「9時スタートだったっけ?」と、愛子は今さらなことを言う。
「…そう。昨日考えた配置表。これをみんなに渡してきて。」
「おっけー。」
「…久保もまたお願い。」
「うん、任せておいてよ。」近くで同じく話を聞いていた彼に声を掛ける。なぜかその顔はうきうきしているように見えた。