修学旅行ともなると大体がそうなのであるが。
修学旅行1日目、空港の発車待ちのロビーの中で吉井明久は、「うー…」と唸り声をあげた。
なぜって、なんせ待ち時間が長いのだ。余裕にさらに余裕を持たせて、どれだけずれ込んでも修正できるように組まれている。
さすがの時間の持て余しっぷりに、普段ならこんな状況、大はしゃぎしないわけのないクラスメイトの方々すら、
「ほら、福村あれ。あの…左の奥の人。超盛りじゃね?」
「え、どの娘?」
「ほら、あの赤い服の…」
「ん?みえね。」
「お前、視力落ちたんじゃね。コンタクトとかしねーの?」
「須川が目がいいときなんて、女子を見る時だけだろ。」
「…」
まぁ極々ふつうの(?)高校生の範囲といえる会話に落ち着いている。
明久は明久で、まさにやることなし。手持ち無沙汰。そんな状態で唯一気になることがあるとすれば、美波の様子くらい。どうしてもちらちらと目をやってしまう。一度気にしだすと、もう気になって仕方が無いというやつだ。
そんな明久の目線に気づくこともなく、美波は瑞希と談笑を繰り広げているのだが。
そんな時、
「眠そうだな。」
「須川くん…!」
不意に須川が後ろから肩を叩いて、声をかけてくれた。
予想外の来訪者に、少し驚く。
「よう。なんだ、眠たいわけでもないのか。それにしてはやけに静かだな。」
「須川くんこそ。」
「そうか?」
「で、どうしたのさ?」
さっきまで福村と喋っていた須川がわざわざ明久のところにやって来たのだから、なにか用件があって来たのだろうと思って、須川の顔を正面に見据えて、聞く。
「いや、お前ら見てたら面白くてな。」
「お前ら?」
お前ら?
須川のその言葉を察しかねて、思わずそのままに聞き返す。雄二はクラス委員の仕事、康太は恒例の無許可写真撮影、秀吉は雄二の手伝い。なんてこともあって、少なくとも今の今まで明久は1人であったから、お前らと言われるのはよくわからない。
「島田とお前だ。」
「美波と?」
そう返すのに、須川は少し笑いながら言う。
「あぁ。さっきから、お前が島田の方に視線をやった時は島田が違うとこ向いて、島田がお前の方を向くときにはお前が違うとこ見てる。ずっとそれの繰り返し。それがなんていうか面白くて、さ。」
美波が自分のことを…
明久が美波を気にしていたのと同じように?
「は、恥ずかしいこと言わないでくれるかな?」
「ま、そんなちらちらと気にして見てるくらいなら、とっとと喋りに行けってことだ。」
…僕も言われるようになったもんだ。
たしかにその通りなのだが。今さら躊躇する意味などない。
それにしても。
「須川くん、なんか変わったね。」
「そーか?」
「少し前なら、それだけでもう死刑確定だったと思うけど。」
と思う、ではない。本当に、すぐさまといっていいレベルで死刑だった。水攻めとか言って殺されかけた時や、紐なしバンジーなど…言い出したらキリがない。
「まぁ…俺らFFFもどーやったら彼女作れるのか多少は分かってきたってこったな。」
「ふーん…そんなもんか。そーいえば、須川くん。」
「なんだ?」
「まだ木下さんのこと、好きなの?」
「な、なんだよ…突然。」
「いや、ちょっと気になっただけ。」
間違いない。これは、木下さんのことが好きに違いない反応だ。
「い、いーから、島田のとこ行ってこい!!バカ!!」そう言いつつ、須川は明久の後ろに回りこんで、背中をそれはまぁ全力で押してくる。自分の照れ隠しにここまでされるのは少し、いやかなり困りものなのだが。
「…ちょっ…。」
押しも押されたり。どんどん足が進められて、
2人で話している瑞希と美波の前へ。
「じゃあ、あとは頼むな。」
須川が美波にそう念押ししてから、そそくさと後ろに引き下がって行く。
「なーにやってんだか。」
美波はそう言いつつ、突然押し出されて、とぼけた阿呆顔をしている明久をちょっとからかうような、それでいて、包み込むような優しさのようなものすら感じる含み笑いを見せる。
そんな顔にちょっとムッとなって、いや。面白がってと言おうか、言い返す。
「う、うるさい!美波もこの前、買い物帰りに石につまずいて、こけかけた時まぬけな顔を…」
「そ、そ、それは言わない約束でしょ!?」
「美波が言ってくるんだから、そんな約束関係ないっ!」
瑞希はそんな様子を見つつ、ひとりごちて、ぼそっとこぼす。
「私は…完全に蚊帳の外…ですね。」
「じゃのう。」
だがしかし、そんな独り言をさらっと横で聞いていた人が一人。
「木下くん!」
「やっ、じゃ。」
「それ…恥ずかしいですね、思い返したら。」
この前の日曜日のことを思い出す。場の流れで出会い頭にそんな挨拶をしたのだが、美波には似合わないと一蹴された。
「そうかの?ワシは楽しかったがのう。それはそうと…ほれ。これを渡しておくぞい。」
「へ?」
そう言う秀吉の手をみると、そこには一枚の紙。
まさか。
「まさか…ラブレターですか?」
「なっ…な、わけなかろう!これは、飛行機のチケットじゃ。明久に島田よ、お主らもこれを受け取るのじゃ。」
まぁラブレターでないことくらいは分かってはいたが。
秀吉が、まだなんやかんやと近距離もいいところでわちゃわちゃと騒いでいる2人に声をかけて、チケットを手渡している。
ほんと…羨ましいくらいお似合いだな、と。
今度こそ、誰にも聞かれないくらい小さく微かに、騒がしい空港内の空気にそっと溶かすように
呟いた。
そして眩耀。
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窓から外を見下ろす。そろそろ飛行機は雲の上に辿り着く頃だろうか。
だいぶ遠ざかったであろう地上がうすらぼんやりと映る。
明久の席は一番左、窓の真横。まぁフライトするには最高の席と言えるかもしれない。
優雅な光景。しかし窓の外に向けた視線を外からひとたび、中に戻してみると。
「Beef or Fish or Chciken ?」
「あー…えと?」
「牛か魚か、鷄か。どのお弁当にいたしますか?という意味ですっ。なににいたしますか?」
「じゃあ…僕はこの…お姉さんをもらっちゃおうかな。」
「お客様、困ります〜!」
ばちんっ。
「いてっ!」
いかにも痛そうな音が機内に鳴り響く。
「ねぇ雄二、あれいいの?」
「この飛行機、これだけ広いが貸し切りらしいからな。ま、あれくらいは許してやれよ。それに…」
「なにさ?」
「あれ、あと40回近くは繰り返されるだろうしな。」
止めても無駄ということらしい。
CAさん、本当にすいません…、そう心の中で謝る。
想像してたようにCAさんはとっても美しかった。予想と違ったことがあるとすれば、わりかし力強いというくらいだろうか。
「そういえば、この席の配置って雄二が決めたの?」
明久の横は、雄二。その横には康太。さらに列を挟んで秀吉、瑞希、美波となっている。
別に特別、不満とかがあるわけではないのだがなんとなく気になって聞いてみた。
「いや、基本は班ごとに一列っていうふうになってるはずだ。それで班の代表は一番左端、ってな。」
なるほど、と一度は納得したのだが。
「あれ…だったら、なんで雄二が一番端じゃないのさ。」
「明久が窓の外を眺めたいだろうな、って思ったからだ。」
それは窓の外は見ていたいけれど…。
「ほんとは?」
「窓際だと、翔子が奇襲してきたときに、逃げれん。」
さすがに飛行機に乗っている時に外から襲撃は…
いや、と明久は思い直す。
現実的にはそんなことあるわけないのだが、あの霧島翔子のことだ。雄二のためなら、なにが起きてもおかしくない。もしこの窓から…
「なんか怖くなってきたんだけど…?」
「だろ?それを俺は毎日味わってんだ。」
改めて雄二の気苦労は明久に知れたもんではない。
「ま、多少マシにはなったがな。」
「そういえば…うまくいったの、その…告白。」気になっていたことをぶつけてみると、
「あぁ。まぁぼちぼちだな。」なんて答えが返ってきた。まぁ、当たり前か。
雄二の振り切ったっていう感じの表情が少し憎たらしい。
「ムッツリーニは、工藤とうまくいってるのか?」
雄二が、終始無言を貫き通していた康太に話をふる。
話をふられた康太はというと、
「…今、忙しい。」と一言。そう言い放った康太のその手にはお決まりのように、一眼レフカメラ。
もちろん狙うは先ほどのCAのお姉さん。狙いはもう定まっているらしく、パシャパシャと何度もシャッターを切る音が鳴り響いている。
「そんなことしてたら、また工藤さんに怒られちゃうよ?」
「…愛子に見つかる前に売りさばく。…飛行機からおりて、空港に着くまでの通路の途中で売る。」
「ま、奴らなら買うだろうな。」
とんでもないプロ精神だことである。
いやいや、そんなことよりあとで一枚…なんて…美波に見られると嫌だからやめておこう。
「…明久、心配しないでいい。明久に売るために、島田の写真も撮ってる。」
「買わないからね⁉︎」
通路挟んで向こう側からは、女子たち(一人秀吉)の黄色い声での会話が聞こえてくるというのに、この下衆さ。
いやはや、ムッツリーニ。とんだ商売魂だことである。
なお明久の財布から野口英世が2枚ほど飛び立って行ったのは言うまでもない。
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すっかり暗くなった空に、吹きすさぶ風。
明久たちの地元の辺りより数段寒く感じる空気。
そしてなによりも湧き上がってくる高揚感。
「北海道だぁぁぁ!!!ねぇ、雄二、今日はなにをする…」
「ホテルに行って、飯食って寝るだけだ。」
「ふふっ。明久くんらしいですね。」
「明久は本当に先走るのが好きじゃのう。」
「…もう夜。」
「ばーか。」
そういえばそうだった…。
美波のお決まりの(?)セリフがドラマのワンシーンみたいに辺りに一瞬響いて、明久の頭だけを少し焦がして、
それから消えた。
眩耀