バカとその後と恋愛模様!   作:八百六十三円の片道切符

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僕とみんなと修学旅行5

北にやってきたということもあろうか、少し早く感じる日の没。とくに夕日が見えてからが早く感じたような気がする。

明久らはちょうどその日が沈みきる少し前ごろにホテルに帰ってきた。

 

昨日の夜は、みんな夜更かしでもしたのだろうか。少しばかり疲れがみえたクラスメイトたちは珍しく予定に忠実に、いやむしろ少し早いくらいに定められたその行程を遂行した。いつもなら、まず間違いなくその辺を歩いている綺麗なお姉さんや女子高生に声をかけたり、なんなりと時間もどんどんずれこんでいたところであろうからはた珍しいことである。

 

そしてようやく待ち侘びた晩御飯。

 

しかし、それは平穏に訪れてはくれなかった。

「お前ら…よく聞け。」

雄二がベッドの上にどっしりと座りながら、なにかを悟ったように目を閉じながら「聞け。」、という。

「なにさ?」

そう返すと、

 

「心して聞けよ。あのな…晩御飯が自炊になった。」

「「「え?」」」

 

「なんでも今日の分の晩御飯を予約していなかったらしくてな。材料も全部やるから班ごとにカレーでも作れと、ご達しが…」

つまり、なんだ?それは…まさか…

 

「姫路と一緒にカレーを作る。」

ぐはっ(明久が血を吐く音)

ごふっ(康太が頭を壁に打ち付ける音)

ばたん(秀吉が死んだふりをする音)

 

 

「俺も倒れたいくらいだ…。」

「ウチもよ。」

美波と瑞希が呼びに来ることを考えて鍵を開けていた扉がぎーっとあいて、その奥から美波が出てきて、ぺたんと倒れこむ。

あぁ…このまま寝てられないかな。そこはかとなく絶対無理だと想察しつつもそう思って、倒れたままいると再び扉があいて、大閻魔様のご入室。

「入りますよー。って…あら?みなさんなんで寝てるんですか!早く起きてください♥︎カレーを作りにいきますよっ!」

一人だけ張り切る瑞希。言葉の語尾は♥︎がついてるように感じるほど高くつりあがっている。それとは対照的にせめて誰か1人動き出すまでは動かないぞ、とばかりかたくなに微動だにしないその他全員。

あまりに動きがないのに焦れたのか瑞希は強引に全員の腕やら足やらを引き合わせて、瑞希の身体の一体どこから発揮されるんだとつい疑問に思ってしまうほどの人離れした怪力で廊下に引きずっていく。

引きずられながら明久は、いや他のみんなもまた悟るのだ。これは逆らえない運命、そうデスティニーだと…。

 

 

 

渋々と言った感じ、指定されていた調理場の前にみんなして立つ。野外に設置されたプレハブのような特設会場といったところだろうか。

とにかくこうなってしまった以上やるしかない、食べること?いや、生きることをかけて。

にしても…

「…すごい。」

 

普段あまり喋らない康太がいの一番にこうこぼすのも無理はない。目の前に用意されているのはまさに最高級レベルの食材。

明久もそのひとつひとつを手にとってみて感嘆する。

「すごいわね、たしかに。」

「うん!」

少し心が踊るくらいの感覚すら湧き上がってくる。そして同時に湧き上がってくるのは、なんとかしてこの食材たちを活かしてやりたいという気持ち。だからある程度の覚悟を持って、美波に、

「美波、僕ぎりぎりまで努力するよ。」と言う。

 

「ウチもそうさせてもらうわ。」

「お。なら、俺も乗らせてもらう。こんなにいい食材には早々会えないしな。」

 

雄二もこの話に乗ってきて結局、康太と秀吉も協力してくれることになる。誰もこの食材たちを諦めたくないらしい。

 

「じゃあまずは、切っていきましょー!」瑞希が、タマネギを片手に元気に声出し。

「待って!…包丁とまな板になにもしてない?」明久は切りにかかろうとする瑞希に早速水をさす。ひとつひとつ確認していかなくてはなるまい。

 

「はい…とくになにも…」

前に瑞希の料理を矯正しようとしたときは、包丁にもまな板にもなぜかワセリンがたっぷりと、それはもうべったりと塗られていた。

 

触って、見てしっかりと確認。チェックしたところなにも塗られていなさそうである。

不思議そうにそれを見たあと瑞希は玉ねぎを切っていく。そのさまを美波と秀吉と3人体制でしっかりと見ながら、雄二に小声で、

「今のうちに鍋のチェックしておいて。」と御託。

雄二も「おう。」とだけ短く答えて、康太と共に準備にかかる。ここまでは至って順調だ。

 

一瞬でも隙を作ったら終わり。そう終わりなのである。

 

瑞希の手によって綺麗に切りそろえられてゆくたまねぎ。煮崩れしにくいようにと、くし切りにしていくのであるが瑞希の包丁をもつその手つきは決して悪くはない。悪いのは、手グセといおうか、化学薬品といおうか。どこに仕込んでいるか分かったものではない。

 

「えと…みなさん、どうしたんですか?私の手元ばっかり見て。ほら、じゃがいもの皮でも剥いてくださいよー。」瑞希が回りの異様な警戒態勢に気づいたのか、動かない他のメンバーを催促。明久はまずい!と思いながら、目と目で秀吉に通ず。すると、こくりと秀吉が了承してくれたのでお願いする。

「じゃあ秀吉、ごめんだけどじゃがいも剥いてくれる?」

「了解じゃ!」

ようは1人でもしっかりと瑞希を見張っていればよいのだ。

「ほら、美波ちゃんもにんじんを剥いてください!明久くんは…」

 

…?

「西村先生のところにでも叱られに行ってきてください。」

「なんで!?」

理不尽だ…。

 

「ふふっ…嘘です。かわりにと言ってはなんですがその…見ててもらえますか?間違えちゃわないか心配なので…。」笑いかけながら、明久に見ておいてくれ、という瑞希。

 

「えと、…うん。」

美波や秀吉が明久に監視は任せたとばかり作業にとりかかっている。秀吉と康太は切り終わった具材の下処理、それに米とぎ。

 

 

その場には全員いるというのに瑞希と明久の間にはなぜか2人きりのような空気が流れる。

 

「次はお茄子を…」瑞希がそう言って、こちらもみずみずしくつやめいた茄子を手に…

 

「あっ…!」とろうとして手を滑らせる。

「いいよ!僕が取るから、切っておいてくれる?」

「はい…。すいません!」

全然いーんだけどね、とか思いつつ膝まづいて茄子を拾う。下の床が汚れていたらしく、少し砂がついてしまっている。

すぐ横にあった蛇口で丁寧に洗って、瑞希がとんとんと切り進めているまな板の横に置いておく。

「ありがとーございます!」

「いや、拾っただけだよ。」

「それでも助かりましたよ?」

瑞希は笑顔で礼を言ってくる。別にそんな必要はないのだけど。

 

 

 

話していた。だからじっと明久を捉える視線に、明久は気づかない。

「…。」

「島田?どうしたんじゃ?」

「…ううん、なんでも!それよりあんたは早くじゃがいも剥きなさい。遅い!」自分のことには鈍いくせに人のこととなると、勘の鋭い、というかよく気が回るクラスメイトに虚をつかれた気がして半分ムキになって肩を小突きながら返す。

「叩くでない!」

 

 

 

 

 

全ての材料を綺麗に切り終えて、鍋で炒めていく。ここまでは問題がない…はずなのだが。

 

雄二が適当に鍋をゆすっている。こびりつきもしないし、具材が溢れ出すわけでもない。

 

「水を入れるわよ?」美波が瑞希を制しつつ、規定の水量を鍋に注いでいく。

「…あとは煮るだけ。」

そう、それだけ。もう大丈夫だ…カレーさんは無事だ、きっと。

 

そう思いつつ、雑談に花を咲かせて少しばかり目を切っていると、コンロの火がジューっと音を立てる。湯が吹きこぼれたらしい。

「あー…まぁこれくらいなら。」

と、火を少し弱めるのだが湯はどんどん下にしたたっていく。

 

 

「あれ、これどーなってるんだろ。」一旦火を止めて確認しようとした時、後ろから雄二がはっとなにかに気付いたように声をあげる。

「まて、この鍋…」

「…底が溶けてきてる。」

は?

「「え?」」

明久に加えて美波も寄ってきて、鍋をよく確認する。

これは…

 

たしかに…

 

溶けて…る。

 

「さぁみなさん、あとは粉をいれて完成です!」全員がこの鍋の違和感に気付いて顔を引きつらせているときに1人、にっこりと微笑む瑞希。その手にはなぜか漂白剤。

 

「やめるんだ、やめるんだ姫路さん!!」

しかし、

 

さーっ。

 

 

「え?え、え!?もう入れちゃいました…。」

「「あ。」」

時すでに遅し。

 

鍋の中の食材たちが苦しいよ苦しいよ、と倒れていく声が聞こえた気がした。あぁ…無情。神はなんと無情なことだろうか。ローマ時代のキリシタンみたいなことを思いながら壮絶なことになりゆく目の前の鍋をみる。

 

鍋底が溶けて焦げたこともあって色は、焦げた黒色と真っ白な漂白剤がまざって、たしかに茶色、カレーの色。

 

いつのまに…?なぜ鍋は溶けたんだ。原因を探る。

 

…あ。そういえば、茄子を拾って、洗ってる時に一瞬目を離したんだっけ…。もしかしたらその隙に、瑞希がお得意の塩酸を…

 

「…なぜだ!」

「まぁこれがテンプレていうか…はぁ。。」

「もったいないわ。」

「のじゃ…。」

口々に死んだ目で感想を述べていく4人。

もし今、「ごっめーん★僕が茄子を拾う時に目を離したんだよっ(キラッ)!」とか言おうものなら、間違いなく殺められる、と明久は密かに考え、そして決める。このことは秘密にしておこう、と。そして墓場まで持って行こう…。もしここで言ってしまったら、もう即刻墓場まで連れて行かれる。

「なにがもったいない、なんですか?美味しそうですよ?ノーマータイですっ。」それを言うならモーマンタイじゃないのか…とか気なく頭の中で、気なくつっこむ。ノーマータイなんて、ノーベル賞受賞者様になんとも失礼だ。

 

 

「ほら、みなさん出来ましたよ!」

たしかにカレーの色をしている液体を高々と掲げる瑞希。だが変にどろっとして、粘りというかぬめり、加えて悪臭も漂ってくる。

 

「どうするのよ、これ?」

「いや…さすがに、なぁ…。」

「うん。」

今回に関してはもう外れだということを目の前に見ている。なにが入れられてしまったのか、なにが起こったのか。

「さぁ早く!!」

瑞希の1人ハイテンションな声で催促。

 

 

 

「…明久、お前食えよ。」

「雄二、貴様こそだ!」

「いや…俺よりムッツリーニ、お前が食え。」

「…秀吉が食べたいって。」

「明久、さっきお腹空いておるとか言っていなかったかのう。」

汚い汚いなすりつけ合い。こういう時に被害をこうむらない美波が激しく羨ましい。

 

「なら、みなさんでどーぞ!!」

そう言うとともに、どーん!と置かれるカレールー(いや、ダークマター。黒質物質)の入ったお皿。

 

「…全員で一緒に、食うか?」

雄二がたっぷり汗を浮かべた顔で提案する。そう、もう逃れ手はないのだ。

 

全者一様に、震える手で口に運ぶ。

 

 

ばたん。

 

それはなんとも刺激的でピリッと、いやビリっと意識を飛ばしていった。

 

 

 

_________________________________

 

 

 

 

 

 

 

「生きてるよね、僕。」

「あー生きてるとも、かなりぎりぎりな。」

「…死にかけた。」

「もうトラウマ通り越して、地獄を見た気分じゃ。」

それぞれ生き延びたことへの感慨を述べる。危なかった、非常に。まぁいつものことなのだけれど。

結局、食えたもんじゃなかったカレーを放棄。気絶から回復したあとは全員でコンビニへ行って、肉まんだったりラーメンだったり思い思いの簡単な食事を済ませた。損した気分?そんなことはない。十分だ。生きているのだから。

 

たしかに、あの艶艶として、粘り気のあるビタミンからなにからたっぷりと含んでいそうなメークイン。採れたて感たっぷり、血液をサラサラにしてくれるずっしりと甘い玉ねぎ。芯が通っていて皮がなめらかでたっぷりとカロチンが含まれていそうな赤いにんじん。そしてなにより脂肪分を抑えて赤身に旨みを閉じ込められたであろう一等牛肉。その他もろもろ、北の大地で悠々と育まれた食材たちがMOTTAINAIかと言われれば、間違いなくMOTTAINAI。

塩、砂糖の1gですら惜しんで生きてきた明久からすればことさらである。

 

 

 

 

「そういえば明久、忘れてねーだろーな?」

ようやっと部屋に帰り着くだろうか、というところ、ホテルの廊下で雄二がそれまで話していた雑談を一旦遮って聞いてくる。

 

「なんのこと?」

なにかあったっけ、と頭の中で遡ってみてすぐ、嫌な記憶につきあたる。

そういえば、すっかり忘れていた…というか都合よく明久の頭が抹消しようとしていたのかもしれないが。

 

「なんだ、かまととぶりやがって。絶対やってもらうからな?」意地の悪い微笑みをたたえ、明久を見てくる雄二。自然と助けを乞うように秀吉の方に目を逸らすと、

「じゃな。」と、スーパーをつけたいくらいの素敵な笑顔をこちらに向けていた。

再びいたたまれなくなって同じように康太の方に目をやると、康太は手にしていたカメラをいじりながら明久の目を見ることなく、しばらくのタイムラグののち、

「…やるべき。」とこぼす。

「もうどうでもいい、とか思ってるでしょ!?」

どうやら自分がやらないのであれば、なんの興味もないらしい。だったら、無責任に「…やるべき。」なんて言わないでほしいところだ。というかそんなに一発芸がやりたいなら代わりにやってくれ!、とか思う。

「やらなきゃだめ?」やりたくないという意図をたっぷり込めて、最後に慈悲を求める。

「「うん。」」

 

「…あ、うん。」

やるしかないらしい。

 

 

 

なにも考えていなかったので部屋に戻ってきてからしばらく時間をもらって、考える。普段使っていないのだからこういう時くらい脳のすべての細胞にはフル稼働してもらいたいところだ。そうしてしばらくしてから気づく。もうこうなったら、「やけくそ」でいいんじゃないか、と。だったら…

 

「よし、やるよ!」

そう言うと、

「お。」

「さすがじゃな、明久。」

雄二と秀吉は期待(?)の声とともに、明久の方に視線を投げてくる。

「…あ、うん。」

康太は相変わらず我関せず、だが。

 

 

息をすーっと吸って自分を落ちつかせる。そう、一瞬、一瞬。一瞬、ちょっーとだけ恥ずかしいだけ。

よし、やろう。

もう一度息をたっぷり吸い込んで勢いをつけて、

「さん…」

 

ガランッッーー!!

 

明久がいざ、と勢い込んだその時、部屋の重装な扉の向こうから大きな音が響く。どうやら雄二の脱ぎ捨てた服が扉に引っかかって、隙間ができていたらしく、その隙間から聞こえてきたらしい。

思えば昨日の夜、美波たちの侵入を許したのもなにかが引っかかっていたせいかもしれない。

 

「なんだ?」

「…?」

「見てみるかの。」外でなにかしらの騒ぎが起きているのはたしか。それが気になって、明久を除く3人は団子のようになりつつ扉の前へ。秀吉が代表して扉を開けると、そこにはなぜかずさーと列を成しながら階段の方に走っていくクラスメイトたち。

意味がわからない、そう3人で目と目で通じ合っている。

 

「なんじゃ、お主ら!!」秀吉が同じように走っていたうちの1人、福村を大きな声で引き留める。

 

「おう、お前らも見に来るか?」

「な、なにをじゃ?」

 

「須川がお前の姉貴を呼び出したんだってよ。」

「な、なんと!」

なるほど。

風雲は急を告げて、やってくるというがまさにそうなったらしい。

 

「面白いじゃねーか、須川のやつ。」

「…見にいく。」

野次馬一番、康太が他のクラスメイトの後ろをすさーっとついていく。

 

「どうするんだ、秀吉?」雄二の問いかけにこれはなんとも…と言った顔をしている秀吉。趣味からなにから考えても、姉がどんな反応を見せるか心配なのだろう。

「と、とりあえず…行くぞい。」

「ま、ついていくか。」

 

 

 

 

 

「あの…け…一発ギャグ…。」やれ、と言われたら嫌だけれど、いざやろうとしたら、全く興味をもたれないのも腹が立つというあの怪奇現象に1人捉われる明久。

 

兎にも角にも、

 

「僕も行こ…。」

 

 

 

 

 

 

ホテルの一階正面玄関ではない方、少し左手にある玄関。その少し先にちょっとしたホールのようになっている空間がある。その真ん中で待ち構えるは我らが総大将・番長清原…ではなくて須川亮。ここまで呼び出すのにぴったりな場所を用意していたのだから、用意周到もいいところだ。

そして大挙して、影からそれを見守るFクラス勢。うむ、異様な光景である。というかそれだけ視線を浴びていたら普通気づきそうなものであるのだが、緊張もあるのか、どこかそわそわしている須川はそれに気づかない。

 

 

「須川のやつも、やるようになったのう…。」秀吉が小さくこぼす。それはたしかにしみじみと思う。やはりCクラスとの合同合唱コンあたりからだろうか、変わってきたように思う。それは須川だけではない。

須川を含めその他のFFFの面々も少しずつどう異性という存在と接していけばいいのか少しは分かってきたと言おうか、とにかく普通に会話できるくらいにはなっていっている。

 

目の前の欲どうこうじゃなくて、気づいたら好きになっていって、相手のことしか見えなくなる。ただの恋、じゃなくて本当の意味での恋。

本当にそこに自然とある気持ち。今回の須川はいつになく真剣な気がする。普段は一日で振られて、次の日には違う誰かに告白するというクズの鏡だったわけだが、今回はもう知っている限りでもおよそ4ヶ月ほどは片思いしている。これは、須川もよほど本気なのだろう。

 

そんな時、コツコツと奥の廊下から音が響いてくる。その音はだんだんとこちらに近づいてくる。

 

「お、くるか?」なんて少し外野もざわめき立つ。当の須川も、いっそう緊張感をましたのだろうか視線を上にやったり、下にやったり。そんなに待っていない、ということをアピールでもしたいのだろうか。とにかくそわそわしている。

 

 

しかし、そこに現れたのは…

 

「あら、須川くん。どうしたの、こんなところで。」

Cクラス代表、小山友香だった。

 

「なんだ…小山か。びびらせやがって…。」はぁ、と言った表情を見せる須川。

 

「なによ。不満みたいな顔して。で、なにしてるの?」

「ちょっと…な。」

一生懸命はぐらかそうとする須川。だがしかしまぁ場所、状況、総合的に判断しても誰かを待ってることは明らかなのだが。もちろん小山もそれに感づいて、

 

「なるほど…私はお邪魔虫みたいね。」にっと、どこか雄二を感じるような全てをわかったと言わんばかりの微笑を見せてホールからてくてくと、明久たちが隠れている方向に向かって歩いてくる。

そして小山が横を通りかかった時、雄二が小さく声をかける。

「小山。」

「きゃっ!誰…って坂本く…」

「落ち着け。あと、頼むから静かにしてくれ!!」

小山の袖をぐんと引っ張る雄二。

とりあえずこれで須川にはばれまい。

しかし明久からしたら大問題が発生する。引っ張られたときに服が乱れたのだろうか、多少見えてはいけないようなものが、黒……とにかく、目にちらちらと写るのだ。なんとか、それから目をそらしてやり過ごす。

 

「…で、なにしてるの。」小山が姿勢を立て直してから、服もしっかりと直して(明久にとってはこれが一番大事なことである)、改めて小さな声で聞いてくる。

 

「簡単に言うと…野次馬だな。」

「なるほどねぇ…いかにもあんたたちらしいわね。で須川くんは誰を待ってるの?」

「こいつの姉だ。」

雄二は横でなんの発言もせず、ひたすら気が気でないという様でじっとホールの方を見ている秀吉を見ながら、言う。

「え、ほんとに!?」再び大きな声を出しそうになる小山の口を、雄二がなんとかかんとか手で塞いで抑える。こくこくと小山がわかったわかったと頷いたので雄二は、手を離す。

「え、ほんとに?」すると、今度は囁くような声で聞いてくる。

「あぁ。」

「ふーん…面白そうね。私も見てていい?」

「いいんじゃねぇか?もう半分公開状態だしな。」

ここに、こうして新たな野次馬が誕生。なるほど、有名人が現れたりした時に人だかりができるのはこういうことかと一人そんな様子を見ながら、納得する。

 

 

そうしてしばらく見ていたのだが、それからもいっこうに優子はやってこない。もう待ち出してから、20分は過ぎたろうか。それでも須川は待ち続けている。…もちろん野次馬クラスメイトも。

 

「こないわね…。」

「姉上のやつ、なにをしておるのじゃ…こういう約束事は基本的には守るタイプなのじゃが…。」秀吉は気が気でない様子で、20分経って落ち着き出した当の須川よりも落ち着きなくみえる。

 

 

 

「…くる。」ここまで無言、スキャンダルとして写真でも撮るつもりなのかずっとカメラをカチャカチャとしていた康太がはっとしたように、告げる。

 

言われて前を見ていると、たしかにホールの奥の階段から優子が降りてくる。康太の察知はたしかだったらしい。

 

「…来たね。」

「とりあえずはよかったのじゃ…。」

ほっとため息をつく秀吉。だがむしろここからだ。

2人のやり取りに目も耳も集中する。

 

 

 

「その、…よう。来てくれたんだな。」

「……まだ、いたんだ。」

「悪かったな。」

「いや、もういないかなーって思ってただけよ。遅れて、その…ごめんなさい。」

そんなぎこちないやり取りをしたあと、

「で、話ってなに?」

優子がいきなりに切り出す。優子の言葉を聞いて、須川は話を切り出そうとするのだが緊張もあってか、柄にもなく顔は真っ赤。

「その…えと、」声もうまく出ないらしい。

「…」

 

無言の空気がホールを貫く。その空気は影から見守るクラスメイトたちをも、もちろん貫いた。

明久も同じようにその空気に浸りながら、考える。自分が美波に告白するときのことを。12月試召戦争のときに瑞希に告白したときは他人に煽られたり、なんなり、それに戦争の勢いというのもあったからなんとかなったのだけれども、今回はそうもいかない。

告白するなら、きっと今の須川のように一対一。…もちろん野次馬は勘弁していただきたいが。

緊張するだろうな、テンパるだろうな、とそう思う。

 

「…俺は、その…いつだって人前で気を張って頑張っている木下、お前の背中…じゃなかった、お前の姿に惹かれた。だから秀吉がどうとか関係ない。」ある程度用意していたであろう台詞をたどたどしく、間違えながらも伝えていく須川。背中に惚れた…ってさすがにそれはひどいな、と明久も思う。それじゃあ完全に男扱いだ。それも大和男児。

自分の時は気をつけよう…なんて思う。

 

「え、は!?なに…これってもしかして、いやまって。もしかしなくても…え!?」一方の優子はきっと告白するされるというのを経験したことがないのだろう、激しく動揺して見える。

 

「お前が好きだ、木下優子。」

 

 

緊張感ばりばりの中、顔を真っ赤にして、それでも須川は優子をしっかりと見つめて告白した。

 

告白された相手、木下優子は、

「…えと、その突然すぎてまだ分からないというかなんというか…その…」こちらも顔を綺麗な赤に染めて、うつむきながら返す。

 

「…。」

 

「…友達から、はじめない?ほら、お互いあんまりよく知らないことの方がいっぱいあるじゃない?だから、その…友達から、お願い…します。」

優子は須川にそう、告げた。

 

 

 

「…秀吉、あれはどういう反応?」

康太が双子の弟である秀吉に尋ねる。それに秀吉は、

「驚いたのじゃ…あの様子、姉上も悪くは思っておらぬぞい、きっと。」

「やるわね、須川くん。まさかあそこまではっきり言えるとは思わなかった。」須川のストレートさに小山も驚きという顔を見せている。

 

「ま、これからだな。あの姉貴と友達になる、って至難の技だぞ?」

たしかに、雄二が言うのももっともだ…。友達になるってことは、須川も『伝説の木の下で』を読み始めたりするのだろうか。険しい道のりだ。

 

 

 

「須川ー!!!!」

「やればできるじゃねぇか!!」

「そろそろ本当に死の鉄槌を下す日がくるとは感慨深い。」

「これからだぞ!!」

「俺も頑張ろ……。」

状況が落ち着いたと見るやいなや、なんやかんやと叫びながらホールの中心に飛び込んでいくバカ共。

 

 

「は!?お前ら、もしかして見てたのか!?」

「え、え!?なんで…っていうか、まさか秀吉もいるんじゃないでしょうね!?」

驚ききってうろたえている須川と、真っ赤な顔を今度は怒りで真っ赤にして、弟と同じくきらきらとしたその目を血眼にして叫ぶ優子。

 

「そ、それでは…ワシは先に失礼…」秀吉は顔中汗まみれに、そろーっと後退して帰ろうとするのだが、

 

 

「そこかあああっ!!!」

優子の鉄拳が秀吉と明久の間に飛んでくる。どうやら逃げるのが一歩遅かったらしい。雄二と小山、康太はとっくにそこにいない。逃げ足の早さはさすがである。

「あ、姉上!?これは姉上が心配でやったまでで…」

秀吉が言い訳を開始。だがその姉上の拳の動きは止まらない。

そして挙げ句、

「なんか腹立つから吉井くんも巻き添えよ。」

「なんで!?」

相変わらず理不尽だ…。須川のこの先が少し心配になりつつ、逃げよう。とにかく逃げようと、そう

決意する。そうと決めたら突撃一番。バカどもがお祭り騒ぎやってる中に飛び込んで、その中を走り抜ける。さすがの優子とはいえ、2人同時に仕留めるというわけにはいかなかったらしく、なんとか逃げ切る。

 

バカどもの群れの奥から秀吉の悲鳴が聞こえて、遠ざかっていった。

悪いね、秀吉。とりあえず僕はたすかっ…

 

「あ、アキちゃん!!!!」

って無かったらしい。

 

 

「な、なんで玉野さんがいるのさ!」走り出しながら、前だけ見つめつつなぜ!?と聞いてみると、

 

「優子が突然どこか行くっていうから、気になってつけたの。そしたら、優子は告白されちゃうし、私はアキちゃんに会えるし♥︎」

 

なるほど…同じ穴のツムジ…いやムジナ?だとかいう奴か。そう、1人頭で納得しているうちに、異常なまでのそのスピードでついには追いつかれる。

 

なってしまったものは仕方が無い。なんとかならないかと回りを見渡すと、壁壁壁。…わお、まさに袋の中のねずみ。両端を閉じられた袋の中の小豆。

 

瞬く間に腕を取られて押し乗られ、床に倒される。

なにをされるんだ…そんな恐怖に身が震える。どうせやられるなら見ないようにせめて目を閉じていよう、と目をつむる。

 

 

 

しかし何秒経ってもなにもされない。不思議に思って、恐る恐る目を開くと顔と顔が30cmくらいの距離に玉野さんの顔。

 

「…た、たまのさん?」

「アキちゃ…吉井くん。」珍しくちゃんと名前を呼んでくれるのに、少し驚く。

 

「な、なにさ?」とにかくこの状況、誰かに見られたら勘違いされかねない。そう考えると一層逃げないと、と思ってじたばたする。そんな明久に玉野さんは一喝。

 

「真面目に聞いて!真面目に。」

「え…」

いつにないくらい真剣な顔をした玉野さん。そんな顔に明久は少し気押される。

「な、なに?」

 

「吉井君は本当に島田さんのことが好きなの?」

「な、なんでそんなこと…」

単刀直入に聞かれたこともあって、答えないでいると、

「教えて!」

一層強くいれられる腕の力。

 

 

「…うん。美波が好き。」

もう言うしかない、とはっきりと告げる。今の自分の気持ちを。

 

そう言った瞬間に腕の力がすっと緩む。そして玉野さんは馬乗りのまま顔を伏せて、こちらに顔を見せずに、小さくぽつり。

「そっか。…。」

「…。」

 

「坂本くんと一緒になるんじゃないんだ…。」

「そこ悲しむところ!?」

今だ、とばかりに玉野さんの腕を振り切って走りだす。なんだって雄二と誤解されなきゃいけないんだろうか。走りながら、ため息をついた。

 

 

 

 

 

「さよなら、アキちゃ…ううん、吉井くん。」

 

走り去る明久の背中の方からそんな声が聞こえた…気がした。

 







今回少し長いですが、よろしくお願いします!もうすぐ終わりに向かっていきます。
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