僕は。僕はなにをできるだろうか。昨日の須川のようにはっきりと言い切ることができるだろうか。
美波の前に出ていって、面と向いて告白できるだろうか。
少しばかり早く目覚めた結果として、朝から天井を相手取ってそんなことを思い浮かべていた。
「あと2日…か。」
今日をいれて北海道に泊まるのはあと2日。告白するとするなら…
明日。明日の夜。
秀吉が呼び出した、っていう時間と同じ。重なってしまわないだろうか。
…いや。
決めたことに迷いはない。今日美波と話すときに言おう。明日、待っててほしい、という旨を。
_________________________________
寒い、寒い、寒い!そう切に思いながらウェアに着替える。今日で3日目の朝。
ごわごわと緩衝剤なり、保温材なりでふくらんでいるウェアは着込むとどこかだるまのように思える。
そんなウェアに腕を通しながら、今度は足下、雄二の面の皮ほどには厚い靴底、こちらもここまでするかというくらいの重装な作り。履きにくいといったらありはしない。
「明久、着替え終わったか?」
「あ、うん。」
ゴーグルとニット帽を頭にぽんと装着。手にもいかにもレンタルというだっさいだっさい橙の手袋をはめる。手先がかじかんで、あまり動いてくれないからはめるのにも一苦労だ。
「…行こう。」
康太がとっくに準備を終えてしまってよほど退屈そうにこぼす。
「うん、待たせてごめんね。…って、あれ?秀吉は?」姿が見えない秀吉について問うと、雄二が
「あぁ。秀吉なら…あそこだ。」
見ると、これはびっくり…いや、もはや恒例といえるかもしれない。北海道にきても、あるなんて。もはや全国公認なのか…?
雄二が指さしする方向にある小さな扉。そこには『秀吉更衣室♥︎』と書かれた看板が立てかけられていた。
「すまぬ、待たせたかの?」
ギーっと扉を開けてほんとなにごともなく、その扉から全身フル装備で出てくる秀吉。
「スキー板持ったか?…っと、持ったみたいだな、いくか。」
4人揃って、重たいスキー板を肩にかついで、重装な鉄格子扉の前でため息ひとつ。
そのあと、ぐーっと扉を開ける。するとそこには…
銀色。一面の銀世界。雪こそ降っていないが、見たこともないような景色。トンネルを抜けたらそこはなんとやら、とはよく言ったものだが扉を開けるとそこには銀世界、いや異空間。そんな気すらした。
本当に真っ白である。横を、おじさんが雪を撒く機械に乗って、通り過ぎて行ったことを考えると、ここにある雪の大半は人工的に作り出したものではあろうが。
少し遠くから、
「おーい!…てか、あんたら準備遅い!」耳に聞きごこちのよい聞き慣れた声が聞こえる。少しばかり怒気を含んだようなその呼び声の方向を見ると、少し先の方から美波と瑞希がこちらに向かって、ストックを駆使してずんずん歩いてきている。周りの人々の中でもその容姿は、2人とも群を抜いてトップクラス。すらーっと伸びた足、引き締まったウエスト、(胸のことに関しては、自粛しておく。)、2人が目立つのも無理はない。
「わっ…!」
まぁ瑞希は美波の少し後ろストックを雪に深く引っ掛けて、まさに漫画のようにすってんころりん、滑って転んでいたりするのだが。
そんな2人を待っている間、雄二が訪ねてくる。
「明久はスキーできるのか?」
「まぁね。親が好きでさ、小さい頃からよく引きずり回されてたんだ。」忘れもしない、小さい明久が頭から、肩からどこからガンガンこけてしまっている横を、母親がすごいスピードでちょっと飛んでみたりなんてしながら、滑り抜けていったときの記憶。あれは本当に母親と呼べるのだろうか、…いや、ないか。などと、1人で分かり切っていたことを再確認する。
とにかくスキー場にはよく連れて行かれた。そして見よう見まね、横を滑っていくスキーのコーチの人の動きをなんとか真似していって、習得した。生きるか、それとも雪に飲まれて死ぬか。明久にとっては、スキーの習得はその領域の話だった。
「あ、ウチも得意よ。ドイツではよくやったし。」向こうからこちらにようやっと辿り着いた美波が会話に参加してくる。
「きゃっ!」一方、瑞希はまだ道中半分、いくかいかないかあたりで一生懸命にこちらに向かってきている。
「…っと、瑞希を助けてくるわ。」
美波が我に返ったように瑞希のところにとんぼ返り。
「僕も手伝うよ。」明久はそれを黙って見ているのもなんだ、と美波についていく。
「しっかりしなさい、瑞希。」
「大丈夫?」
「ありがとうございます!」
近くまで寄って、2人で両肩を支えてやるとようやっと動くことができた。そのままの体制で雄二たちのところまで、お運び。
なんとか戻ってこられた。
「これがリフト券だ。…腕に巻いておけ、とのことだ。」
雄二がリストバンド状になっているリフト券を1人1人配っていく。
配り終えて雄二が宣言する。
「ま、足にスキー板つけたら、早速リフトに乗るか。」
持っていたスキー板を各々足にはめていく。これが案外はめるのに苦労する。体重の乗せ方とかそんな難しいものでもないのだろうけど、体重をしっかりかけないとはまったように感じてもずれたりするのだ。
それをごちゃごちゃした末になんとかはめきる。顔を上げた時には他のみんなはもうはめ終わっていた。
「これ…ですかね?」
「かのう。」
すぐ近くにある一番ゆるやかなゲレンデへ向かっていっていると思われるリフト。みたところ2人乗りらしい。
「明久、一緒に乗ろうぜ。」
にぃと元から『悪』といった顔をさらに、悪く釣り上げて誘いをかけてくる雄二。
察するにリフトの上から落とし合いでもしようというのだろうか。
そんな…
そんな…
…やってやろうじゃねぇか。
「仲良しの雄二と乗れて、嬉しいなぁ!!」
顔を精一杯歪めてOKサイン。
そんな2人の後ろでは、
「…あほ共。」
「一緒に乗るかの、ムッツリーニ。…あと、カメラを持つのをやめるのじゃ。」
「…瑞希、一緒に乗ろ♪」
「はいっ!」
なんて会話が飛び交ったりしているのだが。
リフト待ちに少しばかり出来た列に、雄二と明久を先頭にして並んでいく。
前の人が順番に乗って行って、もうすぐで乗ろうか、という時。
いきなり雄二の首が後ろから細い指で締められる。そしてゆらりと揺れる長く美しく、まっすぐに伸びた黒髪がその指にまとわりつく。そんな髪を髪留めで少しだけまとめているのがうかがえる。
「うぉっ!?」
「…雄二、雄二は私と一緒に乗るべき。」
「な、なんでお前がここにいるんだ!!」
「…私たちも今日はスキー。これは運命。」
霧島翔子に首を取られたまま、拉致られていく雄二。明久はそれをぼーっと見守る。
「そ、そうかよ。だから、なんだってんだ。」
「…一緒に乗ろう?」
雄二にすがるような目をして、翔子はおねだり。
「!…お、おう。」それには雄二も照れてしまったのか、少し身を引きつつも顔を赤らめつつ下を向いている。
雄二と乗るのは諦めてやるか、と心の中でうんうん、とうなづく。元々落とし合いなんてしたくもなかったし。
全くいい顔をしてやがる。
にしても翔子がいるということは…
「康太くんっ!」
「…愛子!お前なんでここにいる。」
「なんで、って…スキーをしに来たんだよ。」
「…そんなことは分かるが。うまいのか?」
「上級者コースを普通に滑れるくらいにはねー!」
「…なら、一緒に行かない?」
「…!い、いーよ!行こっ。」
やっぱりいた。工藤愛子が。この2人が付き合い出したと聞いた時には大層驚いたものである。まぁいずれそうなることは分かってはいたのだけれど。
付き合う前と比べたら少し変わったような気もする2人の会話を片耳に聞きながら、そう思う。
それにしても、こうなると再び一緒に乗る人を探さないといけない。
普通なら秀吉と乗るのが定石という奴なのだろうが…前を行く2組を見ていると、こう、湧き上がってくる気持ちがないといえば嘘になる。
簡単に、かつ正直にいうとやっぱり美波の横にいたい、と思う。
美波の隣…。
…やる、って決めたんだ。なら今だってやらねばならない。
美波をリフトに一緒に乗ろうと誘うくらいしよう。そう、それくらいなんともないことである。
そう考えるにいたって、とりあえず秀吉に掛け合って…と考えていると、
「姫路よ、やっぱり一緒に乗らぬか?」
「…!はいっ。あ…いいですよ!」
まさかの展開。秀吉が瑞希に声をかける。瑞希は少し驚いたような顔、それから少し俯いて、その顔を前にあげなおしてうなずく。
そして、許可返事をもらってから瑞希と一緒に進んで行きつつ、明久の方を向いて、器用にウインク。
自分で切り出そうと思ったが、思わぬお膳立て。
「その…残っちゃったわね。」
そう残り物。
「美波…、一緒にリフト乗ろうよ。」
「残り物同士、仲良く乗るかー。ほんと仕方ないんだから。」
たしかに残り物。
だけど、それ以上に。
「その…残り物とか…関係なくて、一緒に乗りたい。美波と一緒に。」
思ったことを勇気を出して言い切る。
「…!そ、そうなんだ…えと、なんて言えばいいんだろ…そのありがと。と、とにかく乗ろう、その…一緒に。」
「う、うん。」
前を行く秀吉と瑞希の背中を少し先に見ながら、美波と一緒に、リフトに乗り込む。
2人一緒にいることなんてよくあることなのだけど、改めてこういう場所で2人きりになることなど早々ない。
雪の遥か上方、どんどんと前に進んでいくリフト。空中、文字通り逃げも隠れもできない2人の空間。
「うー…下を見るとさすがに、ちょっと怖いわね。」
「そうだね。落ちたら…とか考えちゃうもんね。」
早々落ちることなんかないのだろうけど。横を見ると、たくさんの人が滑っている。中には座り込んだりしている人もいたりするが。とにかくすごい光景だ。
「…。」
明久がそう言ったあと、少しの無言が2人の間を流れる。
2人きり。…これはもしかしてチャンスなんじゃないか。明日、待っててほしい、と伝えるだけ。それくらいなら…いけるいける、と自分に言い聞かせる。
「美波、あのさ。」
「な、なに?」
いける、いける…
「…あさっ…明日の夜、9時にさ、ホテルの近くの公園に来てくれない?」
ホテルの裏手。150段くらいはあるだろう階段を駆け上った先にある高台の公園。そこならこの前みたいな野次馬もこないだろう、と明久が探し出した精一杯の場所。
とにかく伝えた。噛みながらもなんとか伝えられた。
「…。」驚いたような顔をする美波。なにを言われるかさすがに察して、恥ずかしくなったのか明久の方からそっぽを向いて。
そのあと、おもむろに口を開いて言う。
「…行く。行くわ。けど木下にも呼び出されてる。」
「そのあとでいいよ…。だからちゃんと来て、今度は逃げないでちゃんと聞いて。僕ももう逃げない、からさ。」
「…うん。」
ちょうどそんな話をし終えた頃に、 不意にリフトがガクンと止まる。前で誰かがリフト出口でこけてしまって、つっかえたらしい。
「止まったわね。」
「落ちるかと思った…。」
「落としてやればよかったわね。」
「なんでさ!」
「は、恥ずかしいことばっかり言うから!」
リフトの上ではさすがにいつものように大きいモーションで攻撃に動けないからだろうか、痛くもなんともない触れるだけのようなパンチを顔にお見舞いしてくる。
「おらっ!」仕返しとばかり頭にぽんとほんとに軽くげんこつ。
「いたっ!…あれよ、暴行罪で訴えるわよ。」
「訴えたいのは僕の方なんだけど、ね。これまでから考えて。」
「分かった分かったー。ほら、もう着くわよ。」そう言われて前を見るといつの間にか動き出していたリフトが終着点に着く直前まで来ていた。
「美波の方が言い出したんじゃないかー!」
「細かいことにうるさいのよ、アキは。そんなんじゃ…」
「美波、着くよ。」
今度こそ完全にリフトは降りる地点に到着。明久は余裕を持って、すーっと降りきったのだが…
「きゃっ!?」
美波はバランスを崩して、板が重なって、後ろからすっとんとこける。
係りの人がリフトを臨時停止させる。なるほど、さっきリフトが止まったのも手前でこういうことが起こっていたかららしい。
「ほら、美波。」呼びかけつつ、手を差し伸べる。
美波はその差し伸べた手をぐっと引っ張って立とうとする。
「うわっ…っと。」
無理に引っ張られて、少し態勢が崩れるがなんとかかんとか踏ん張って、美波を起こす。
止めてしまっているリフトのこともあるので、美波の手を引っ張りながらすーっと、出口からでる。
「美波、しっかりしなよ?」
「その…あり、ありがと!」
そういうと顔を見せずに、真下に直滑降。滑っていった。
その速さは異常なほど。明久も経験は豊富にあるのだが、久々にやるとなると拭えないのは恐怖感。追いつくのは無理らしい。
…
周りを見渡しても、知った顔はいない。もう全員滑り出したらしい。
「…行こ。」
そう呟いて、明久もスタート。ゆっくりゆっくりとジグザグに進んでいく。えっと…ハの字、ハの字っと。
久々なものだから危うい感じではあるが、なんとかこけずにスタート出来た。これはよく知っているのだがこけたら、痛いし、冷たい。できたらこけたくはないところだ。
スローペースで行っていたのだが途中から、慣れてきてそれなりの速さを出して下っていく。
風を切っている感覚は心地よい。
そんな時。
「…ん?」
たまたま横のコースの少し外れの方にピンク色のなにかが目に入る。
もしかして…。少し嫌な予感がして、スピードを緩めて、なんとか方向転換。近づいていく。
「姫路さん?」
近づいて、見てみるとやっぱりピンクブロンドの整えられた髪。瑞希に違いないらしい。雪に身体の大半を埋れさせている。
「あ…明久くん!」
ほっ、とため息ひとつ。返事があったからとりあえずは緊急事態とかそういうことではないらしい。
「よかった。とりあえず下に降りよ?一回降りたら、一緒に練習しようよ。」こんなところで延々埋れていたら、寒すぎて凍死でもしてしまう。ちゃんと一度教えてやったら、なんとか滑れるようにもなる。そしたら、今日一日安全であろう。いつも勉強を教えてもらっているお返しだ。
「はいっ!ありがとーございます。世話になります。今、立ちますねっ…て、きゃっ!!」
話しながら立ち上がろうとしてわりと無理に動いた結果、スキー板が斜面に対して、垂直になる。その拍子に瑞希が明久のいる方向に向かって、崩れ落ちてくる。いや、滑り落ちてくる。
「いてて…。」
あまりの衝撃に明久もその方向に倒れこむ。つい反射的につむってしまった目を開けると、
「あ、明久くんっ!?」
瑞希の身体に…いや、というか完全に瑞希の胸にうずまるように倒れこんでしまっている明久。他の体の部分も隙間なくみっちりくっついている。
「ご、ごめんっ!今どく!」そう言って、飛びのこうとするのだが、板同士が絡まりあって動けない。まずい状況である。
「って…あれ、今私たち…」
「うん。動いてるね。」
さらに追い打ちをかけるかのように、2人のスキー板はどんどんと滑っていく角度。体のいたるところが斜面についているのだがそれでも軌道に乗って進み出す。
「どうしよ…。」
このまま滑り終える、なんていうのは冗談ではないし、きっとどこかでもっと酷い状況になる。
幸いに少しコースから外れているところであるからあまり人目はない。できればここでこの態勢、状況。ここで終わらせたい。
なんとか外そうとして、動くと
「あんっ!明久くっ…動かないで、やめっ…//」
瑞希からあがる聞いてはいけないような色声。
「ごめん!ほんとごめん!…くっそ!」
無理に解こうとするのは禁物らしい。そしてなによりも湧き上がってくる今生最悪の罪悪感。
状況は全く芳しくない。
______________________________
恥ずかしくなって、直滑降。一気に滑り終えて、もう一度…今度は1人でリフトに乗って上に上がってから、滑り出す。さっきよりは多少ゆっくり。
逃げるように滑り出した自分に少し嫌気が差しながら。
そんなことを考えながら滑っていると、ふと見やったコース外の脇にピンク色と茶色のなにかがちらつく。
「なんだろ、あれ?…瑞希と、アキ?あんなとこでなにやってんだろ。」
近づいてくる美波、明久と瑞希がそれに気づく由はない。