「…どういう…こと。」
すっかり絡まりあってしまっている2人を目の当たりにして、美波はこぼす。その言葉は冷徹な殺人鬼かのように明久を刺す。じわりじわりと。
明久と瑞希が埋れてしまっている雪よりも重く、冷たい。
「みな、美波!?これは違うんだって…」本当に誤解なんだ。助けあげようとした時に起こった不慮の事故というか。頭の中でそう言わないと、と思うのであるが口に出せばどうしても全て言い訳にしか聞こえないから不思議である。
「…瑞希と勝手にやってれば?」
キッとこちらを睨みつけてから私には関係ありません、というように言葉を吐き捨てる。
「美波ちゃん!私は助けてもらっただけなんです! 」
同じように精一杯叫んで、弁明してくれようとする瑞希。だが美波はそれをすっかりスルー。
「ウチが色々考えて、思い詰めてたってのにあんたはなに!?そういうことするんだ。瑞希と一緒にいればいいんじゃない?」
美波の怒気がたっぷりこもった言葉をさらにこちらにさしてくる。
どっちが思い詰めてたなんて言わない。だけど明久だっていつもの何倍も美波のことを考えてきた。なんなら、それだけで夜も眠れないくらい。そんな時間をなかったことにするような言葉。
瑞希と一緒にいれば?
…ふざけんじゃねぇ。
明久は美波の方を向いて、告げる。
「美波こそ…なんなのさ。僕だってずっとずっと美波のこと考えてきた!姫路さんと一緒にいれば?美波こそ秀吉と一緒にいればいいよ。ずっと秀吉と仲良さげにして、さ。」
言ってしまった。これはきっと言ってはいけないことだ。
…やっちまった。
「…。うるさい、うるさい、うるさい、うるさい!!なに!?だからあんたは瑞希と一緒にいたとでも言うの?ウチが木下と一緒にいるから?」
「なにを言ってるの!?だから僕はただ姫路さんが…」
…だめだ。
「そんなこと言って、あんたは瑞希の近くにいたいだけ!!」
そんなことない。美波のとなりにいたいだけ。僕は、ただそれだけ…なのに。
一箇所、たった一箇所だけ狂うだけで全体が狂ってしまう歯車のように軋みながらなにかが壊れていく。数ヶ月前に感じたものに似ている。
言葉のキャッチボール、とかよく言うものであるが今は完全にただの応酬。
一度始まった応酬から全てが音を立てて崩れ去る。
「美波はどうなのさ、秀吉といた方が楽しいんじゃない!!?それとも、なに。まだ秀吉のことを女友達として見てるとでも言うの!?」
「はぁ!?話を逸らさないでくれる?ウチは…」
「やめてくださいっっ!!!…なんでこんなことになるんですかっ…」
瑞希がどこから出してるんだというくらい大きな声をあげる。少し涙を浮かべながら。
はっ、と気づけば、滑り落ちるのも止まっていたし、瑞希ともすっと離れることができていた。
瑞希の大声で少し正気を取り戻したのか、少しばかり黙り込んだあと美波は、
「なによ、ばか。」
明久の方を向いて、ほんとに小さく、聞こえても分からないようなくらいの言葉だけ言い残して、くるっと反転、滑りおりていく。
おりていきながら、ストックを感情に任せて、いろんなところに深く突き刺しつつ美波はさらにこぼす。
「…ばか。なんでこうなるのよ。」
自分が余計に嫌になる。どうにも人のことはどうこういうくせに自分のこととなると人一倍甘いらしい。考えてみれば、明久の言うことはもっともだ。自分はなにを考えて、どう動いただろうか。人の気持ちまで目がいっていなかったことだけはきっとたしかなことだ。
「っ!」
考えごとに気がいって前を見ていなかったから、バランスを崩す。そして倒れこむ。
なるほど、と倒れたところから立ち上がろうとしながら思う。それは考えてみれば今と同じかもしれない、と。
前を見なかったから、スキー板はバランスを崩した。それと同じように不安から目を背けようとして、逃げて逃げてそれできっとバランスを崩した。
壊して、直してようやっとうまく回りだしたと見えていた歯車もまだまだ脆かったらしい。
「明久くん…。」
「ごめんね、姫路さん。」
瑞希のストックやらなにやら全部うけおって、瑞希の手を引っ張りながらゲレンデをゆっくり滑っていく。
なにも考えたくない、したくないというような感情にとらわれる。
「いいえ…私はいーんです。」
「姫路さん、ごめん…。さっき一緒に練習する、って言ったんだけど…」
「いいです、そんなことは。」
どうすれば、どうすれば。
「明久くん!!ちゃんと前をみてください!」
ふっと顔を上げると目の前には大きな木。
危ない、言われなければぶつかっていたところだった。
「…うん。」
ふらふらしながら、それでもなんとか滑り終えた。
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「やっちまった…。」
ため息をつく。
何時間こうしているだろうか、旅館のご飯もほとんど喉を通らなかった。「ごめんちょっと…。」そう言って、早々に席を立って1人。ホテルの部屋、電気もつけずにベッドに身を預けて天を仰ぐ。
一昨日の夜も同じように天を仰いだものだがあの時とは考えることが全く違う。
あるのはただただ絶望感。
どうすりゃいいんだ。ずっとその自問自答。いや、簡単な話謝ればいいということなのだろうが。
思えば昔、姉の玲によく諭されたものだ。喧嘩をしてはいけません。でももし喧嘩をしてしまったなら、すぐに謝りなさい、と。だから姉と喧嘩してもすぐ謝ったし、向こうも謝ってきた。最近では謝っても、許すどころかとんでもないお仕置きが待っているのだが。
今回もそうできればいいのだが。なんせ美波は目も合わせてはくれない。さっきご飯を食べている時もそうだった、目が合いそうになるとふいっとそっぽを向く。
テレビで世の中なにごともポジティブに考えればやっていけるよ、なんていう人がいたが今回この状況をどうポジティブに考えられようか。仲直りするチャンスだとか、お互いが思ってることを知れたとか言うのだろうか。後者はたしかにそうなのかもしれないが、なにせ代償が大きい。
あーこのまま明日が来なければ全てそれでいいのに…、自然とそんな考えすら浮かぶ。真っ暗なこの世界の中で、深い自省の心の中で静かにずっと…。
だがそうはいかないこともまた分かっている。明日は勝手にやってくるものだ。それは昔からよく痛感している。テスト勉強を全くしないで、テストが無くなりますようにと祈り続けていて、そのまま朝を迎えたときに気づいた、というのは秘密だ。
こんなにも大きな喧嘩になると明久にとっては初めての経験と言っても過言ではない。それも相手が好きな女の子。つくづく…最悪だ。
なんて考えていたとき、ぱっと掛け布団の外が少し明るくなる。部屋の明かりがつけられたらしい。
3人が帰ってきたのだろうか。
「おい、明久ー。」
「なにがあったんじゃ、お主。」
「…心配。」
話すとかそういう気分じゃない。このまま真っ暗な天井眺めていればそれでよかったのに。
布団の中にこもったまま顔は見せない。光が怖い、そんな気分だ。光を求めてるようで、その実逃げているんだ。光を掴むまでの過程が怖いから、それが明久自身の弱さ、脆さ。
「全くなにがあったんだろーなぁ、姫路。」
「うふふ、明久くんったら、ねぼすけですね。」
外では会話が続けられる。声を聞くにどうやら瑞希も来ているらしい。はた、と気づく。ということは美波も…
「島田よ、なにか知らぬか?」
!!…。見えない外の光景が気にかかる。外ではなにが起こっているのだろうか。
本当に美波が来ているなら、それはチャンスなんじゃ…
「…なんだろ。」
美波の声が聞こえた途端にばっと布団をのけやって起きる。
「みな………み?」
「悪いな。明久、残念ながらフェイクだ。…で、島田となにがあったんだ?」見渡してみると美波も瑞希もいない。雄二の横では秀吉が喉を鳴らしている。得意の声真似に騙されたらしい…。
「はぁ…雄二、とっても繊細な僕は今考えごとをしてるんだ。邪魔を…」
そう言い返そうとすると、
「ムッツリーニ、アキちゃんの写真あと何枚余ってる?」
「…2000枚くらい。」
「ムッツリーニ、どうやら明久はばらまかれたいらしいぞ?」
「…わかった。」
ほう。なるほど、脅しか…というか2000枚っていつそんなに撮られたんだ。だがそんな脅しに揺れるほど僕の繊細な心は…
「やめてください、ムッツリーニさま!!…話す、からさ。」さすがにまずい。今度こそ学校全体に女装癖があると思われてしまう。あの根本と同じ扱いになるなんて、とてもまずい。
「だそうだが、どうする?ムッツリーニ。」
「…ばらまく。」
「もうばらまきたいだけ!?」
ほんと面倒くさい奴らだ。こんなことまでするなんて。変な芝居までうちやがって。本気でばらまく気もないくせに。
…あとでばらまかれないように監視しておこう。
「美波と喧嘩した。」
明久がなにを言い出すか待っていた3人に、たった一言だけ告げる。秀吉がいる前で喧嘩の細かい内容まで言うのははばかられたし、どんな内容であれ喧嘩したということには変わりはない。うん、嘘はついていない。そう自分の心を納得させる。
すると、それだけ?という感じで、
「…ただそれだけか?」
「いつもしておるじゃろ、そんなこと。」
「いつもとは少し違うというか、なんというか。今回は本当に。」
「とりあえず謝ればいいんじゃねぇか?」
「そんなことは分かってるんだけど、さ。…美波が目も合わせてくれないんだ。話すきっかけもないというか…」
玲と同じようなことを言う雄二にそう返す。
「なんていうかお前…情けないなぁ。」
ぐさっ。雄二の端的に今の明久を表した言葉が突き刺さる。それはそれは心臓部分にそれだけは…それだけは言われたくなかった。
分かってはいるのだ。自分の情けなさも、自分の主張していることも全て欺瞞にすぎないことを。
所詮は意気地の無さで、裏を返せばなぜ自分から謝らねばならないのか、というしょうもない意地でもある。
「うるさい…。」
思わずそうこぼすと、
「島田とお主は似ておるのう。自分の正直な気持ちを表すのが苦手じゃ。どこまでいっても。」秀吉がため息まじりに言う。そう…なのかもしれない、だからここまで答えが出るのものびた。
「…同意。」
「分かっておるんじゃろ?島田だってきっと仲直…」
「というか目合わせてくれないなら、合わせにいけばいい。喋ってくれないなら、喋りにいけばいい。…俺はそう思うぞ。」
雄二が黙っていた状態からやっと言うことが決まった、というように言葉言い切る。そのあと4人の空気の間に沈黙が流れる。
雄二が言った言葉はそれくらい重みが込められていた気がした。
秀吉も同じことを思ったのか、
「…なにかあったのかの、雄二。」と尋ねる。
「翔子と喧嘩した。」
雄二の言葉にしばらく笑いをこらえていたのであるがこらえきれなくなって、「ふふっ…ははは。」笑いが漏れる。
「あははははっ!!!!」そして今度は全員大爆笑。
「人には仲直りしろとか言っといて、なにさ雄二!」
「う、うるさい!それとこれとはあれだ…別だ!」
指示語ばっかり、なにを言っているのか全くわからない雄二。どうにもよほどテンパっているらしい。
「ならこうするのじゃ。お主ら、明日の朝2人とも謝りにいくのじゃ。」
秀吉がこう提案する。どこまでも情けない2人を応援してくれるらしい。
「でも…」
「なぁ。」
それでも、である。秀吉が、康太がわざわざ背中まで押してくれるんだからやらなければ男じゃないし、どうせしなければならないことなのだ。
迷うことなんてない。もう迷いに迷った。
だがやはり踏ん切りという奴がつかない。もしそれをつけられるとするなら、言うなれば刺激的ななにかさえあれば…
「…なら、謝れなかったら、船越先生のオトナの補習授業。」
「明久、頑張ろう!」
「のぞむところだっ!!」
刺激的すぎるご提案。こうなってしまえばやるしかない。それに…わざわざ背中押してくれてるんだ。ここでまだ逃げようものなら、ここで決められなきゃそれは『嘘』だ。
「はぁ…なんていうか…どこまでも…バカ。じゃのう。」
それでいいのだけれど。と2人の言葉に満足する。バカでいいのだ。それでも真っ直ぐにいければ。秀吉はそう改めて心に刻みこむ。
「っと。」
帰ってきてからどれほど時間が経ったろうか。不意に時間が気になって、ポッケに手を突っ込んで、携帯電話を手にとる。
その時にガサっと音がしてポッケに入っている他のもののことを思い出す。危ない、これだけはしかりと渡さねばならない。他ならぬ友人の大切な頼みごとだ。直接言うのは、はばかられたのだろうか。今の状況的に。
「明久よ、これを渡しておくのじゃ。」白い手紙。星型のシールで綴じられた手紙。きっと何年分もの気持ちが込められているであろうその手紙。
まだ雄二となんともいえない励まし合いを続けている明久に、両手で持って丁寧に差し出す。それくらいの心遣いがいるのだ、この任務は。
雄二は察してくれたのか、
「ちゃんと受け取れ。」と明久の方に一言。
明久もそういわれて、秀吉の方に向き直る。
「…なにさ。」
「姫路からの手紙じゃ。」
「ーー!」
告げられて明久は、はっとなる。
瑞希…。そうだ、瑞希にも謝らないといけないな。目の前で喧嘩してしまって泣かせてしまったし、スキーを教えるという約束だって破ってしまった。
とにかく受け取らなければ。
「ありがとう。」
「ちゃんと読むのじゃぞ。」
手をさし出して、手紙を受け取る。
中には一枚だけ紙が入っているらしかった。
ちゃんと読もう、そう思いながら、
「うん。」
とだけ返事して、手紙をポケットにしまいこむ。
今ここで見るのは違うだろう。あとで、夜中こっそりと見ておくとしよう。
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小鳥がさえずるような気さえする朝。まだまだ冷え込む朝である。北海道に滞在するのは明日の朝まで、つまりは今日が実質修学旅行の最終日。外から差し込むのは天気予報通りの陽光。たしかにここ北の大地にも春が近づいてきている、そんな予感がする。
とにもかくにも明久にとっては決意の朝、である。
「雄二、しっかり謝れよ。」
「明久こそな。」
少し早めの目覚め。2人は廊下を歩いて、食堂へと向かっている。康太と秀吉はあとから行くらしいから先に。まぁ朝食にありつくには班全員が揃う必要があるから、行ってもどうせ待ち。なのであるが。だからこれは気のはやりと言おうか、とにかくそういう類のものである。
あわよくば美波が来ていたら、翔子が来ていたら、そういうことである。
いざ食堂前についてみると少し早すぎたのか、他のクラスの人もほとんどいない状態。食堂の中に人の気配がほとんどない。
「焦りすぎなんだよ、明久。」
「うるさいなぁ。それをいうなら雄二こそ…あ、霧島さん。」
「!」
雄二があらぬ方向を指さす明久の指の先に半分反射的に目をやる。
「嘘。」
「明久てめぇ!」
「昨日の仕返しだよ。」
昨日雄二たちにしてやられた恨みはとりあえずこれで返せた。
あとはやることをやるだけだ。
結局、しばらくしたあと秀吉と康太が先に食堂前へやってきた。どちらも来るのがわりと遅い。
美波と瑞希、それから翔子を待っているうちに食堂はだんだんと人が増えてきて、気づけば人で溢れかえってきていた。
もういい加減疲れてきたなぁと思い出した頃。待って待って待ってようやく、美しい黒髪をなびかせて霧島翔子はやってきた。人ごみの中で少し遠くに。
「…雄二。」
「霧島じゃな。」
「…おう、いってくる。」
「しっかりしろよ、雄二。」
雄二は人の間をかけ分けて、翔子のところへ向かう。その背中にエールを送る。
それを見届けたちょうどその時、
「おはよーございます!」
そんな声とともに瑞希と美波が反対方向からこちら向かってちかづいてくる。そちらを見やると、相変わらず美波からは目をそらされた。
「あれ、坂本くんは…翔子ちゃんのところですか。」
「ん、あぁ。」
明久は適当に頷く。雄二のことだ、きっと仲直りしてそのあと喧嘩した罰とかで首輪にでも繋がれているのであろう。
「なら先に入れますかね?」
「大丈夫じゃろう。ほら、カードももらっておいたしのう。」
秀吉が食事券と同じようなものなのだろうか、カードをひらひら〜と見せている。
「…入ろう。」
明久は、無言で明久を避けて中に入っていこうとする美波の横にすーっと近づいていって、腕を掴んでいってやる。
「美波!」
「…な、なによ。」こちらには決して顔を向けないで、一言少し焦ったようにこぼす美波。
それでも
「昨日はその…ごめん。言いすぎた。だから謝っておく。」
諦めないで、しっかりと腕を掴んだまま謝りきった。
「…!…ウチこそ、ごめん。」
「うん。」
「分かったから、離しなさい。痛いってば。」
「あ、ごめん…。」
変える。変えるんだ、自分を、今を。
次からは本当の最終篇いきます。