青い空、白い雲。昨日までしけっていた雨模様が嘘のようにからっとして、太陽が眩しくこちらをさしてくる。こんなに晴れなくったっていいだろ、と思うほど。
春一番がとっくに吹いて、もう春の盛りに入ろうとしていることが空気から、周りの草木たちから、そこらじゅうから伝わってくる。
「おい、翔子。早く乗れよ。」
「…うん。車で行くの?」
「そうだな。いりそうな荷物とかはもう大抵は積んである。」
トランクの中におおよそのものは詰めてある。
「…2人は久々。」
「そうか?2ヶ月に1回はお袋のとこに預けてるじゃねーか。しかも今日はムッツリーニたちを迎えにいくんだから、2人でもない。」
車の扉を開けて、車の中に入りながら、翔子の方に言葉を返す。2ヶ月に一回も子供を親の家に預けてる家庭なぞ、そうあるまい。母親が変なものを食わせないか心配なこともある。これ以上のペースで預けるのは無理だ。
「…雄翔(ゆうと)が行きたいっていうから。」
「はぁ…ま、そーゆうことにしておいてやる。」
翔子と結婚して、4年。働き出したということもあって、高校時代から考えれば2人とも落ち着いたなぁ、としみじみと思う。理不尽な拘束ももうほとんどされなくなった。召喚獣で未来を見せられた時のような絶望的な未来は避けられたらしい。
聖書を隠していた程度で命の危険にさらされていたあの頃を考えると今でも少しぞっとする。まぁ今はタブレット端末に保存して…いや、そんなものはない、ということにしておく。
翔子との間にはもう2歳になる子供が1人いる。…名前に関しては、聞かなくても察してもらいたい。しょうゆ、なんて調味料を彷彿とさせる名前を避けただけでも褒められてしかるべきだ。
しっかりとキーをさしこんで、ブレーキを踏んで、エンジンをかけて、発進。車ももう乗り慣れたというものだ。
はじめは毎回事故を起こしそうになって恐々としたものだが、こういうものはひとえに慣れが大切なんだ、と思う。
「…そういえば、雄二。」
「なんだ?」
「…ちゃんと洗濯物干してきた?」
「ん…あぁ、ばっちりだ。」
雨ばかり続いていたから少し量が多くて大変だったっけ。たしかジーンズのポケットから小銭が出てきて…。
「…雄二。」
「なんだよ。」
「…信号、赤。」
「うおっ!?お前!そーゆーことはもっと早く言え!!」
キィィ!!ブレーキ痕が残りそうなほど強くぐっとブレーキを踏みながら、叫ぶ。幸いに事故は起こらなかった。人通りも車通りもあまりない場所でよかった。
慣れが大切と言っておいてなんだが、まだまだ慣れが足りないらしい。
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「…愛子、招待状持った?」
「えっ…あれ?それすごく大事なやつだよね。」
当たり前だろ、と半ば呆れる。それはまぁ親友からの招待状だからそんなものは行ってから頼み込めばなんとかなるも知れないけれど。忘れないにこしたことはない。
「…あと封筒は?」
「あっ!」
なんてそそっかしいんだ…半ばどころか完全に呆れる。まだ雄二が迎えに来てくれるまでは多少時間がかかるだろうからそれはそれでいいのだけれど。
愛子がかばんに招待状からなにから突っ込みながら、
「羨ましいなぁ。」
「…この間やったばかりだろ、なにを言っている。」
「何回だってしたいと思うんだよ?女の子は。」
そんなに何回もするもんじゃないだろ…費用だってばかにならないのだし、とそう思う。こういうのは人生に1回でいい。
まぁ言っても聞きはしないことはとうにわかっているから、言わないが。
「…分かったから、もう忘れ物はないな。」
「あ、うん。ボクは大丈夫だよ〜。康太、カメラは?」
「…手前のかばんに一式入ってる。」
「向こうで、やっぱり自分が撮るーとか言い出さないでよ?」
「…うん。」
カメラマン。それが今の仕事である。ただし、別にヌードモデル専属とかではない。あの頃の自分が聞いたら、十中八九がっかりするだろうが人生そんなものだ。というか愛子に怒られる。
だがあの頃培った撮影能力は今の仕事に存分に活かされて、気づけば少しばかり名のある写真家にまでなっていたのだから、それはそれでいいんじゃないか、とさえも近頃は思えてきている。
ピンポーン
アンニュイはチャイム音が借りマンションの一部屋に響き渡る。
「…雄二かな。」
「ほんと?もう準備終わったよー。」
「…なら、行こう。」
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「姉上、携帯鳴っておるぞい。」
「あ、ごめん!とって。」姉は気だるそうな声をあげつつ、弟を足でつかう。祝い事用なのだろうか青のひらりとしたワンピースを着付けていっている。
そんな姉の方に向かって、ぽいと携帯を姉の方に向けて放る。それをぱっと取って、姉は電話に出る。
「はい!こちら木下優子でございます…」
一気に声のトーンは高く高くはねあがる。まさに仕事の女。オンとオフの切り替えが激しすぎて、見ていて女って生き物は怖いなと思う。
「って、なんだ姫路さん。…うん……あ、おっけー。ちょーと待ってね。」
ほんの少しだけ話して、電話がこちらにすごい勢いで投げ返される。
「姫路さんがあんたの携帯にいくら電話かけても繋がらなくて、やむをえず!私にかけてきたんだって。」
明らかに姉は怒り、といったトーン。球速150km出たんじゃないかというレベル。手間どらせたことに怒ったのだろうか…我ながら、よくキャッチしたというものだ。
…とにかく電話に出なければ。
「すまぬ。見て無かったのじゃ。」
「むぅ。っと、もうそれはいいです。やっと………ついに来ましたね。」
「…うむ。やっとじゃな。」
あれから8年たった。ほんとようやく、である。
「ほんと羨ましい限りです、幸せそうで。」
「…じゃな。いつかお主もきっと幸せになれるぞい。」
「はいっ。木下くんこそ、です。…っと、そろそろ木下くんの家の前につきますよ。」
「そうかの、姉上の着替えが終わったらすぐ行くぞい。」
そう返事しつつ、自分の身だしなみもさっと確認する。目立ちすぎず、崩れすぎず…絶妙なバランスの礼服。デザイナーになったという瑞希が選んでくれたものなのだが、さすがのセンスだことである。
「はいっ。待ってますね!」
「すまぬのう。雄二はまだかの?」
「さっきあと少しで着くって翔子ちゃんからメールが来てたので、そろそろかと!」
「了解じゃ。…では、切るぞい。」
「あ、えと、はい。」
ふぅ。待たせるのも忍びない。少し姉を急かすくらいの必要があるかもしれない。えーと、姉は…
「姉上、急ぐのじゃ……って、もう終わっておるのじゃな。」
「そうよ。長いこと電話してくれちゃって。ほら、早く行くわよ、愚弟。」
最近、愛してやまない少女漫画を手にしつつ、いや手から離そうともせず優子はすたっと立ち上がる。暇があれば漫画、これ自体は敏腕OL、出世街道まっしぐらの中でも変わりないのだが、最近は男×女のものを見るようになってきたからあの頃から少しはましになった(?)と言えるかもしれない。
ぼーっと姉が握りしめている漫画のタイトルを見ていて、感じる既視感。そこでふと、思いあたる。
「あ、その漫画。今度うちのミュージカルで上演するぞい。」
「え、まじで!!?…チケットちょうだい!!」
コンマ何秒もかからなかったのでは、というくらいのスピード切り返し。瞬間のおねだり。
「はぁ…分かったからとにかく、はやく行くぞい。」
「くれるの?やった♪」
半分脅しに聞こえるから、恐ろしい姉だ。
「とにかく行くぞい!!」
行こう。
明久と美波の結婚式へ。
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「あ、お母さん!?今どこ!!」
吉井明久は焦っていた。こんな日に緊張することはあっても、焦ることなどあまりないと思うのだが。
とにかく状況は思わしくない…
「今、羽田についたわ。」
「え?今、羽田!?なにしてんのさ、早く来てよ。美波のご両親に挨拶も済ませてないんだよ?」
「どんな娘と結婚するんだったかしら?」
「もうとっくにそんな話終わってるでしょ?それにこの前わざわざアメリカまで会いに行ったじゃないか!」
今になってまだそんな話をしているのか、本当に母親なのか。この人は。
「あー!!あの娘かー。」
「そうだって!高校の時にも一回会ったでしょ!!そんなことはいーから!とにかくタクシー、早く!急いで!!あー…もう。お父さんいるの?代わって!」だめだ。母親を相手にしていると話が全くもってすすまない…!ここは父親になんとかしてもらうしか。
「おう、明久か。元気に…」
「あ、お父さん!とにかく今すぐタクシー捕まえて!招待状の住所!!分かった?」
「お、おう!!」
そこでガチャンと電話を切る。まだ少し時間があるからその時間でなんとかなってくれればいいのだが。
にしても父親も、元気に…なんて話はあとでこっちに来てからでいいのに。
「アキくん、両親は来れそうですか?」うしろで直前まで待機してくれていた姉が心配そうに聞いてくる。
「姉さん。…うん、たぶんだけど。」
「やっぱりアキくんをちゃんと見ているのは私だけですね。」
「あはは…。」
そう考えると、あながち間違いでもないかもしれない。
「アキくん、今からでも姉さんと…」
「するわけないよ!?」
「100%冗談です。美波さんに失礼ですしね。」
よかった。さすがにこの後に及んで、高校の頃のようなことをしてくるつもりはないらしい。
「それに最近姉さん、彼氏ができたんです。」
「…。え!?まじで!?」
これは驚いた。意味がわからなさすぎて関西弁になってしまうくらい。あの男に興味を持たず、数々の男(違う意味ではあるが明久も含む)を泣かせてきた姉に彼氏が…。
ホモサピエンスの誕生とか人類史に残る出来事並に、明久には衝撃的に感じられる。
「はい。これです…!」
姉が突き出してきた携帯に写っていたのは…
「なんだ…犬かぁ。」
写っていたのは、姉に頬寄せるチワワ。だめだ、ついに動物を彼氏と呼び出してしまった…。
このまま一生独身なんだろうなぁとそこはかとなく思う。贔屓目なしに美しいことだけは確かな姉なのであるが、こればかりは仕方ないのであろうか。
「あ。アキくん、もうそろそろ着替えの時間なので本当はまじまじと見ていたいところですが、姉さんは出ますね。服はその箱の中に入ってます。」
時計を見つつ、姉が言う。どうやらそろそろ人前に出ていく準備をしなければならないらしい。
雄二たちは無事きているだろうか。雄二と瑞希にスピーチを任せてあるから来てくれなければ困るのであるが。
「うん。」
玲が外に出て行ってから、箱を開ける。
その壮大な包装をといていく。すると、お決まりというかなんというか。
「なんでメイド服!!?」
箱の蓋を瞬時に閉じる。こんなもの誰が着るというのだ。いや、美波が着ているところを見たくないといったら嘘になるけど、今日はもっと綺麗な服を着るのだからこんなものは必要ないのに…。
そんな時後ろの扉からスタイリストさんの、
「吉井明久様、タキシードのご用意ができましたのでこちらへ。」なんて声が聞こえてきた。
ほんと姉さんは変わらないなぁ。
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白い純白のドレスに身をつつむ。小さいときになんとなく夢見たような花嫁さん。
頭のはしから足の先まで幸せという衣に包まれたような、そんな気分である。
「お姉ちゃん、綺麗!!」
「そ、そうかしら?」
「うん!!私も憧れるなぁ。」横から葉月が声をかけてくる。
そう言ってくれている妹もどんどんと成長してだいぶ大人になって、今年で20になる。
思えば言葉遣いもすっかり変わった。
「というかお姉ちゃん…。」葉月がウェディングドレスの一箇所をガンをつけるように見る。
「胸が………ある。」
「パッドよ!!3枚重ねの!悪かったわね、これっぽっちも無くて!!」
できることなら入れたくなかったのだがサイズ的に胸の部分をこれ以上いれることは出来ないのだとか。
それで仕方なく詰めたのだ。そして今更どうにもならないことも分かっている。
「なーんだ…ちょっと期待したのに。私の胸ももう限界かぁ。」
「恨むならウチじゃなくて、お母さんを恨みなさい。」
葉月の胸も『察しろ』というものである。それでも美波よりは多少は大きいのであるが。
「「はぁ。」」
どうにもならないため息が重なった。
「…にしても、バカなお兄ちゃんがほんとに『お義兄ちゃん』になる日が来るなんてね。」
うまいこと言いよる、と思わせるのがまた小憎らしい。
「葉月、そろそろ出なさい。お姉ちゃんもうそろそろ行くから。」ふと時計を見るともう式の開始、5分前。
「…あ、はーい。あ…あのね、お姉ちゃん。」
「なによ?」
「今までありがとね。お姉ちゃんいなかったら、今の私はいないよ。」
!
…言葉づかいとかだけじゃなくて、思ってたより何倍も『大人』になっていたらしかった。
そう言い残してから葉月はばたんと扉を閉めて、外へと出ていった。
「…。」
1人になった部屋で「はぁ。」と、ため息ひとつ。息をととのえて、鏡の前にすたすたと歩み出て改めて自分の姿を確認する。
「…アキ、なんて言うだろ。」
やっと。こんな日を夢見はじめてからどれくらいの時間が経っただろうか。
あの図書館、あの雪の降りしきる公園、あの高台。
ずっと、ほんとにずっと夢見ていたこと。…それに一度は絶対に叶うわけない、叶ってはいけないと思いまでしたこの恋。
…だけど、今なら明久の隣に誇りをもって、笑顔で立っていられる。明久にありのままの気持ちを伝えることもできる。
明久の隣にずっと。
「よし…いこ。」
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ーきっとずっとこの先もただそばに。
出来上がった関係を、なるべき未来を壊して、それでも美波の隣にいたい、ってそんな気持ちをはっきりと理解したあの日から。そのためになんだって変えてやると決めた時から。
ー僕は…。
「新郎のご入場です!」
開けようとした扉の向こう側から拍手がわき起こっているのが聞こえる。
そう考えると尋常じゃないくらいの緊張感に身が包まれる。
少しだけ震える手で、今度こそと勢い扉を開ける。
すると、より鮮明に大きく耳に届いてくる拍手。緊張の頂点ながら、介添人さんについて中をまっすぐに壇上まで進んでいく。
父親と母親もちゃんと間に合ったらしいことをそこでようやく確認できた。あとで美波のご両親に挨拶させねば…。
そう考えながら、壇上に登る。
「続いて、新婦のご入場です。」
明久が入りきって、一度閉じられた扉がぎーっともう一度開く。そちらを見やると、
少し暗めの会場内に眩しいくらいの光がその向こう側からさしこむ。その眩しさに少し目をそらすがようやく目が慣れてきてもう一度前を見つめる。
すると、そこには。
思わず目を見張った。驚いた。
会場内が一瞬、沈黙とざわめきのようなものに包まれた。
真っ白なドレスに身を包んでいる美波。そしてそれと対比するかのように真っ赤に染まっている美波の頬。
美波は恥ずかしいのか少しうつむくように、父親の横につきながらこちらに近づくように歩いてくる。
とても言葉にはできぬような、えもいわれぬほどの美、それを感じながら。
綺麗だ…と、正直に思った。
美波の父親が途中で美波から離れていく。
美波の姿に目を奪われていることしばし。気づけば美波が明久の目の前に立っていた。
どうしても言葉がでてこなくて無言でそれを見つめていると、
「…なによ。」
「あ…えと。」
綺麗だから見とれてた、なんていうのはしゃくだし少し照れ臭いのもある。だから、
「似合ってるんじゃない?」平静を装いつつ言ってやる。
「なによ、可愛いとか綺麗とかくらい言えないのかしら?」
得意気ともとれる顔でそう言われたから、
「…綺麗だよ、美波。」正直に感じたことを告げてやると、
「!…ばか。本当にいわなくてもいーのよ。」
美波が言えっていったから言ったのに…、とか思いつつ、全く美波は仕方ないなぁ。というように
「はいはい。」
と返す。
ーやっぱり僕はどうしたって。
そうしていると神父さんが2人のところに寄ってきて、誓いの言葉なのだろうか、だらだらと述べはじめる。
最初はそれを聞こうとしていたのだが、もういい!となったのか無視するかのように美波がドレスの裾をちょっと持っていたのを離す。それからなにを思ったか明久の胸に向かって、飛びこんできた。
「うぉっ!?」
不意であったから、その勢いを吸収しきれずに後ろに倒れこむ。
そんな状況に会場が騒然としはじめる。居合わせた神父も誓いの言葉の読み上げをやめてしまって、戸惑う顔を見せている。
それを離れて見ていた、4人は。極めて冷静に。
「なにやってんだ…あいつら。」
「まぁ見ているしかないのう。あやつららしい といえば、あやつららしい。」
「…奇想天外。」
「いいんです、あれで。美波ちゃんがしたいようにすれば、それで。」
「…ま、それもそうか。」
明久は飛びついてきた美波に押し倒されような格好のまま。
「美波!?なにを…」
「普通にやったら、つまんないでしょ?それに誓いの言葉なんていらない、あんたはウチのそばにいる。絶対。」
「…。うん。いるよ、美波の隣に。」
「…は、はやくしなさいよ。」頬を赤らめて、静かに目をつむった美波が求めるものがなんなのか、さすがにそれくらい分かる。もう十分恥ずかしいことをしているんだ、そう思うともはや恥ずかしさなんてものはとうに消えていた。
緊張なのかなんなのか少し震えている美波のその唇にそっと触れるように唇を数秒重ねる。
「…んっ。」
それから面と向いて美波の目をみつめて、告げる。
ー僕は美波のことが…
「美波、好きだよ。」
「…!な、な、な、なによ、今さら。」
これからも、ずっとそばに。
お読みいただいて、ありがとうございます!
今回で無事(?)最終回を迎えることができました…!寂しいような嬉しいような複雑な気分です。長いことかかりましたが書きたいと思っていたエンディングが書けて満足しています。
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