「えーっと…湯煎にかけて、あちっ。」お湯をはったボウルはお湯からの熱をほぼそのまま外に伝えているらしく、かなり熱い。それはもう、ちょっと触れるだけで。
「お姉ちゃん、なにしてるですか?」不意に声がして、美波はうしろを振り向く。すると小学生の妹がキッチンに来ていた。
「あ、葉月。ちょっとねー。」
いえばなんともないことなのだろうが、なにをしてるかに関してはなんとなく恥ずかしいような気がして伏せておく。
「なんか楽しそうです!葉月も手伝うです!」
「うーん…これはお姉ちゃん一人でやるやつなの。」できればそうしたい。気持ちを込めるのだから、そういうものはやっぱり自分で作らないと。
「…はーい。」そう告げると目に見えて落ち込んだわかりやすい妹に、
「葉月も作ったらどう?」と声を掛ける。
「いいですか!?」
コンマ以下の速さで返ってきた返事には、期待とか希望がらんらんと踊っていた。
「うん、材料もたくさん余ってるしね。」
やり方は簡単といえば簡単なのであるが、お湯を使ったりとなにかと危ないことも多いからしっかりと見張っておかないとなぁ、とか思いながら横にちょこちょことやってきてなにをするのか興味深そうに説明を待っている妹をみて、少し笑みがこぼれつつ、ほっと息をひとつつく。
「なにするですか?」
「今日はチョコレートを作ってるの。」
「あ、そういえばもうすぐバレンタインでしたっ!」
そう、もうすぐバレンタイン。渡す相手?そんなの火を見るよりも明らか、というやつである。
「葉月は誰に渡すの?」
「お姉ちゃんとバカなお兄ちゃん!」
「ふふっ、ありがと。じゃあ頑張らなくちゃね!」そういって頭を撫でてやる。あげるといわれたのが素直に嬉しいという気持ちと「可愛いな、この!」という気持ち。
にしてもクラスの男の子とかには渡さないのかな、そこはかとなくそんなことも思う。
「はいです!」
そんな美波の思案とは全く別のベクトル、妹は元気のよい返事をすると、手でばきばきっと板チョコを割りだす。本当は包丁でもっと細かく、刻むくらいに割った方が良いのだけど、包丁を使って怪我をされても困る。あとで見ていないうちに割っておいてやろう。
もうすぐバレンタイン。
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「おい、明久。」
「なにさ、雄二。改まっちゃって。」
「大方、明日のことじゃろう?」
「明日?」
なにかあったかな、と頭を働かすのだが3秒くらいで頭の中の天使からも悪魔からも「「ない!」」とはもった声が返ってきた。よほどなにもないらしい。
「…バレンタイン。」
はっ!頭の中のポンコツ天使とポンコツ悪魔が揃って、驚く。そういえばもうそんな時期だっけか。
まぁだけど…
「それなら心配ないよね、秀吉が僕たちの分のチョコレートを作ってくれるし!」
「なっ…作らぬぞい!わしは男じゃと言うておろう。」秀吉は、その明久の言葉にいつもと全く同じように必死で男だ!と主張する。
「わかってる、わかってる。冗談だってば。」
そんな秀吉の肩に明久はぽんと手を置く。こうでもしないと収まらない。
「雄二はいーよね、霧島さんから絶対に貰えるし。」あんなに綺麗な人から、しかも間違いなく本命のチョコを貰えるなんて雄二にはもったいない幸せというものだ。
「いや、よくねぇ。あいつからのチョコレートなんざ、もしかしたら中に結婚指輪とかが入ってそうだろ?」
その遠いところを見つめた目には、ほら、明るいだろう?って言っていたという大正時代の成金の霊が一瞬ちらついたような気がした。
「…明久も絶対に貰える。」
本当にもらえるのだろうか。いろいろとややこしい関係状態だ、チョコレートどうぞ、なんて単純にすまないというのもある。
「ムッツリーニだって、工藤さんから貰えるじゃないか。」だから康太の投げかけにはとりあえず、そうあいまいに返してみる。
「ワシは貰えぬじゃろうなぁ。」
「そんなことないだろ、お前には姉貴が…」
「姉上はまた別じゃろうて。しかも姉上からチョコを貰うとホワイトデーにとんでもないものを迫ってくるから嫌なのじゃ…。」
なんとなく想像がついた。男の子と男の子がいちゃいちゃ、いや、べたべたしているような本が。
「明久も姉貴からは間違いなく貰えるな、よかったな。」雄二がまさに明久の不幸を笑うように、にやっと笑う。
「…雄二さま、明日は家に帰りたくないんだ。あなたの家に泊めてくれませんか。」
「いやに決まっているだろ。」
「なんで!」
逃げなければ。頭の中にその6文字がはっきりと浮かぶ。天使も悪魔も関係ない。
姉さんなら、なにをしてくるか分からない、なにをされても不思議ではない。自分の体にチョコを塗りたくっているかもしれないし、もし普通の形のチョコレートでも中になにが入っているか分かったもんじゃない。惚れ薬なんかが盛られているかもしれない。
…体が震えてきた。病気かな?入院しよう、明日一日だけ。きっと明後日には治るから。
「…明久、気をつけろ。」
「うん、その前に鼻血の出血多量について気をつけた方がいいと思うよ。」
「全くじゃのう。」気をつけろ、と心配しているようなコメントをしているのだがその実、体は正直というやつなのだろう、大量の鼻血がしたたっていた。玲でよからぬ妄想でもしてしまったらしい。
「ま、バカな話は置いておくとして、明久が本当に欲しいチョコレートは…一人だけか。」
「バカな話でもないんだけどね…。」雄二の後ろの言葉にはなにも返さないで心の中で頷く。そうだ、そうなんだ。結局はそこに尽きる。
貰えたらいいなぁ、
美波から。
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そして2月14日早朝。いつも寝坊、そして遅刻すれすれを繰り返している明久にしてみれば、本当に早い朝6時。そろーっと足音も立てないで、学校に行く準備をする。といっても、ほとんどはいわば「置き勉」をしていて、持っていくものなど筆箱、弁当くらいのものなのだけれど。少し前なら完全になにも持たず登校していたのだが、ここのところは少しは勉強するようになったから荷物もいくらかはある。
なぜ早起きして、学校の準備をしているかって?
「姉さんが起きないうちに行こう…。」
さっき二階から起きてくる前、姉の部屋を覗いたときはぐっすりと眠っていた。姉の部屋の扉はいつも少しあいているのだ。明久がなにかの間違えで自分の部屋に来ることもあるかもしれないから空けているそうなのだが、そんな間違いはまず起こらないといいきれる。
とにかく起きてくることはないはずだ。
持ち物をもう一回確認して、家の扉をまさに開けたそのとき。
「アキくん…?」
「は…はい、な、なにかご用でしょうか…。」
背筋が一瞬で雪像のように凍りつく。札幌雪まつりにでも出展できそうなほど。
「なぜ今日はこんなに早く家を出るのですか?」姉の顔もまた凍りついていた、笑顔のままで。
「えっと…」
「ところでアキくん、今日は何の日か知っていますか?」
「ボクハ、シリマセン。もういくから!!」そうとだけ言い残して、走り出す。
さすがに男子の速さに追いつけるわけな…
「アキくん。」
「は、はやい!!」
どこぞのバトル漫画の自慢ばっかりするようなキャラクターみたいな台詞が思わずもれる。早かった、本当に。
「本当に知らないんだ、僕はバレンタインなんて知らない、知らない、知ら…」
「知っているではありませんか。」
「間違えました。」
どうやら、ジエンドというやつらしい。
「どうした、明久。元気ないな。」
「あはは、そう?気のせいじゃないかな。」
「…お疲れ。」
悪夢。まさに、悪夢。チョコまみれのバケツ、腕に塗りたくられたチョコレート…いや、もうやめておこう。なにも言うまい。
「おはようじゃ。」
「あ、おはよー秀吉。」
「うむ。…なんじゃ騒がしいのう。」
朝の教室は少しざわめきたっていた。FFFの面々によって。
「大方この前の合唱コンのこともあるし、チョコもらえるんじゃねーかと色めき立ってるんじゃねーか?」
「なるほどのう…。」
ぱっと見渡した限り、須川は自分の机の上で悩んだように腕を組みながら、「木下優子、木下優子…」と繰り返しているし、横溝はその横の席で、ノートにびっしりとチョコレート、チョコレートと書き綴っている。
「難しそうだね、今年も…。」
「あぁ、残念極まりない。」
「して、雄二はもらったのかのう。」
「ん、あぁ。なんか大きくて学校に持って来れなかったから、学校が終わったら渡す、だとよ。」どんな大きさなんだろう、それ。そもそももはやチョコレートなのか、それすら怪しいところである。
「…羨ましい。」
「あれ、工藤さんは…。」
そう康太に問うと、
「…そんなものはいない。」
と一刀両断。今さら隠さなくてもいいのに、どうにもこの2人はそうはいかないらしい。
なんて話をしていると、
「みなさん、おはようございます!」
「おー、姫路。おはよう。」
クラスのマドンナにして、学年次席•姫路瑞希が教室の前の扉をガラリと開けると大きな声でおはようございますの第一声。
その登場で教室はより一層ざわめきだす。クラスで唯一、いや2人いるけれど。2人しかいない女子が教室に入ってきたのだ。どうせ「チョコ貰える…⁉︎」とか思っているのだろう。相変わらずわかりやすい。しかしこやつらは知らないのだ。姫路瑞希の「手づくり」チョコの恐ろしさを。みんなが瑞希の次句に注目する中、瑞希は満面の笑顔で明久たちのところに近づいてきて、
「みなさん、はいっ。チョコレートです!」と言う。
「明久、なんとかしろ!」
「雄二こそクラス代表だろ、こういう時に対処するのが!」
「「ぐぬぬ…。」」
雄二と目をひんむき返すぐらいの睨み合い。
そんなことをしている間に瑞希は空気を読んだのかなんなのか、康太と秀吉の前にちょこんと立って「どうぞ!」とチョコレートを差し出す。
大ピンチの2人。しかし2人の打つ手は早かった。
「「ごふっ。」」
一瞬にして、華麗な気絶。
窓のサッシで頭まで打ってみせた。
「あれ、寝ちゃいましたね…。あとで渡すとして…。」そう不穏な言葉を残して、瑞希の目線は笑ったまま、いまだいがみ合っている明久と雄二の方へ。
「明久が姫路の手づくりチョコ、食べたいってよ!」
「雄二が僕になんかやりたくないくらい欲しいって!」
「喧嘩しないでください。たくさんありますから。」まさに絶望的な言葉。たくさんある?なにが?チョコレート=生物兵器が?
終わった…。
瑞希は自分の鞄を開けるとその中にぎっしりと詰まったチョコレートを見せる。
「みなさんもどうですか?」
大天使•瑞希さま。今度はチョコに絶望しかしていないクラスメイトの方に振り向くと、カバンの中からチョコを大放出。
「「キター!!」」
「神様、仏様ー!」
「チョコレートじゃぁぁ!!」
なんて声と、その中に混じって、
「きのこ優子。きのこ優子、きのこ…ん?」呟きすぎて、ゲシュタルト崩壊。きのこを連呼する須川の声。
「さぁお二人も!」クラスメイトがテンションが上がって、ざわざわとしだしてから、瑞希は再びこちらにターン。またチョコをすすめてくる。どうやらもうギブアップの時間らしい。
「うん、貰うよ…家に帰ってから食べるね。」
「あぁ。俺もそうさせて貰う…。」
「えっと、その…今ここで食べて欲しいかもしれないです。」
「「それは無理!」」
瑞希の照れたような声への返答は両者完全一致。
「気持ち込めて作ったんです!」
しかし潤んだ瞳で訴えかける瑞希に、
「…雄二、奈落の底で会おう。」
「あぁ。しばらくのお別れだ。」
そう言葉を交わした。
袋を開けると世にも綺麗な真っ青のチョコレート。なにをどうしたら、こんな色に?そこはかとなく湧いたそんな疑問を振り払わせるようなその危険な香り。これは、強アルカリ…
「「「ぐはっ。」」」
図らずして、同時に口に入れたクラスメイトたちが一斉に倒れる。
それを見届けてから、
思ったこと。
「チョコレートなんてもうこりごりだぁぁぁ!!!!」
そう叫びながら、口の中にまさにいれようとしたその時。
「……。」
「美波…!」
美波だった。騒ぎの中、いつの間にか来ていたらしい。
「ちょ…ちょ… ちょうちんあんこうぅー!!!」そういうと美波は今来たばかりの教室を全く同じように辿って、出ていった。
「え…?」
美波の絶叫で一瞬にして静まり返る教室に、明久の声だけが残った。
次に口を開いたのは、雄二。
「あれはまずいだろ。」
と一言。
秀吉や康太もそれに頷いている。
瑞希は、美波の出ていった扉の方を見ながら、「美波ちゃん…」と呟いた。
「…ちょうちんあんこうってどういうこと?」
「お前は本当に鬱陶しくなるくらいに天然だな。いや、バカだな。」と、明久からしてみれば唐突な罵倒。なんだかわからないが泣きそうになって、
「反省してます。」
と返した。
とりあえずわかったことは、死はまぬがれたようだ。
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まさか明久がチョコが嫌いだったなんて。そんなことも聞かずに、知らずになにを舞い上がってチョコレートなんて作ってしまったのだろうか。ひたすら頭の中にそんなことが巡っていた。それがひと段落してから湧いてくるのは、
「バカ!アキのバカー!」という言葉。
もう欲しいって言ってもあげてやらないんだから。
そう自分の中でどこか納得させた。
そんな美波の人知れぬ思考はつゆ知らず、吉井明久は、
「アキちゃん!はい、ストロベリークッキーとメイド服!プレゼント!」
「あの玉野さん?とてもありがたいとは思うんだ。だけどね…」
「なに?」
「メイド服はいらなぁぁい!!」
「セットなの!どうしてもついて来るの!」
「おかしい、おかしい、それはおかしい!」
いつものごとく、ドタバタ騒ぎ。見てるのも馬鹿らしくなってきた。こんなに悩んでるのが自分だけというのもいやだ。しかも女の子からバレンタインを渡されているという状況。自分は渡せもしないのに。
しかもちゃんとクッキーを作ってきているというのがまた癪に障る。
なんてしていると横から突然の訪問者。
「お姉さま?なにか元気がないですね。」いつもならとっくに襲われているようなシチュエーション。なぜか今日は穏やかな美春。襲ってはこない。
「…美春。ちょっとね。」
「なにかあったんですか?まさか、またあの豚野郎になにかされたとか!?」
美春はツインテールをひるがえして、玉野さんと争いを繰り広げている明久の方にきっと目をすがめる。
「…。」
と、なにも言えずにいると
「お姉さまがあんな奴のこと、考えるまでもありません!…。お姉さまも元気がないようなので、とりあえず今日は帰ります。お姉さまのために作った特製チョコレート置いておきますねっ!」そういうと美春は、美波の机のフックにデコレーションたっぷりの袋をかけて、つかつかと去っていった。
「…ありがと。」
正直食べるのは少し危険そうな気がするのだが、くれたこと自体は本当にありがたいことだと素直に思う。
「美波ちゃん。」
それからほとんど間をおかず、再びの訪問者。
「瑞希、どうかしたの?」
「いえ、清水さんからチョコをもらっていたのでついでに渡そうと思いまして!」みると瑞希の手元には小さな可愛らしい小袋。こちらも気持ちは嬉しいのだが中身は少し不安であるわけなのだけど。
それを両手で受け取ってから、
「ありがと。待って、瑞希の分もちゃんと作ってあるから!」
そういって、少しかがんでカバンの中を探す。明久に渡すはずだったものの、少し奥。瑞希へ、という手紙も添えて作っておいた。
「はいっ!いつもありがと。」赤い箱と差し添えたメモを瑞希に渡す。
「こちらこそです!」
そして、瑞希はさらにおもむろに続ける。
「…貰って嬉しくない人なんていないと思いますよ。気持ちのこもったものなら。」
「…!」
「私から言えるのはそれだけですっ!気持ちがこもってるんですよね、このチョコレートには。」
「…うん。当たり前!」
そうだ、そうだった。もし本当に明久がチョコレートを嫌いだとしても、自分はちゃんと気持ちを込めて作ったんだ。頑張って作った。それは変わらない。なにを意地を張っていたんだろうか。
渡すのに怖がることなんて、ないんだ。いつものように笑顔で渡そう。あいつの前でくらい自分らしく。
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夕方の帰り道、吉井明久は悶々とした思いにかられていた。チョコレートを今までにないくらいたくさん貰えたのはこのうえなく、嬉しいことなのではあるが、であるがしかしである。本当に欲しい人からはまだ貰えていない。というか、帰路についている時点でもはや絶望的ですらある。それどころか今日の美波との会話はあの謎の「ちょうちんあんこう」のみ。
「はぁ…。」
「なんだよ、明久。ため息なんかついて。」
「雄二と違って僕は繊細かつ複雑なんだ。黙っててよ!」
「いや、むしろ至極読みやすいんだがな。島田からチョコを貰えなかった、っていうことだろ。」
読まれた!?まさか、雄二に読まれるとは。どうやら明久は相当わかりやすい人間らしい。残念ながら。
「うん…まぁそんなとこ。」
「だろうな。島田がなにを考えてるかは分からねーけど。ま、とにかく足取りもふらふらしてるし安全に気をつけて家まで帰るこったな。…また明日。」
雄二が手を振りながら去って行く。なんだかその背中が小憎らしかった。
「気をつけて帰ろ…。」
にしても美波、今日に限ってなんでこんなに話しかけてもくれなかったのだろうか。話しかける勇気の持てなかった自分も自分なのであるが。
家に帰ったら、部屋でふてくされでもしようか。なんて考えていたとき。
「…バカなお兄ちゃん?」
「あれ、葉月ちゃん。」
歩行者信号の赤でとまっていると、見慣れたちいさな女の子。
「久しぶりです!!」
そう言うといつものごとく(?)鳩尾に頭をうずめてくる。落ち込んでいたこともあって、いつもより衝撃も大きいような気がする。
「お兄ちゃん、どうしてそんなにふらふらしてたですか?」
「いや、ちょっとね。」
まさか君の姉からチョコレートを貰えなくて、なんて言えるわけもなく。
「そうですか…!ちょうどお兄ちゃんに会いにいこうと思っていたんです。はい、チョコレートです!!」
「葉月ちゃん、これ僕に?」
「はいっ!!」
「ありがとう、葉月ちゃん。」なんとか笑顔を作って受け取るチョコレート。よもや好きな人の妹からもらう事になろうとは。
「どういたしまして、です!…葉月は、これで帰るです!」
そう元気に笑うと葉月ちゃんは、くるっとUターンして自分の家の方に帰って行った。誰かにぶつからないのかな、というくらいのスピードで。小さいし、なにかにぶつからないか少し心配になる。いや、今は自分の方が心配かもしれない。
なにもしていないと自動的に「はぁ…。」とため息が溢れでてしまうのだから。
そうして、そのあとなんとか帰宅。車にひかれなくて、よかった。そう思えるくらいにはふらついていた。
扉を開けるとすっと姉の出迎え。
「あら、アキくん!ふらふらですね、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫だよ。」
「どうかしたのですか?」
「いや、なんにも。」
玲の気遣いは嬉しいのだが今はなんにも考えたくない。そんな気分であった。
のだが。
「だったら、リビングに来てください。」
「いや、僕は部屋に…。」そういって絡められたその手をほどこうとすると、
「アキくん。またチョコまみれになりたいのですか?」
「今すぐ行きます!!」
リビングになにがあるのか知らないけれどとりあえず行こう。行かなければ、また朝の悪夢にあわされる。
そうしてリビングにはいろうとすると、玲はそこで突然のストップ。
「姉さん?どうしたのさ。」
「ここからアキくん1人でいってください。」
「へ?」
「行けばわかりますよ。」
そう言われて、訝しみながら、かつ少しの恐怖的なものも覚えながらリビングに繋がる扉を開けると、
そこには、
「遅いわよ、アキ。」
「美波!?なんでここに…」
「ふふっ、なんでもいーでしょっ。…というかその袋、葉月に会ったんだ!」
「えと…そうだね。さっきそこで。」
美波がいた。なにがなんだかわけがわからなくなって、少し慌ててしまう。話す言葉がおぼつかない。
「っと、そんなことより!はい、チョコレート!」
「ありがとう…。」欲しくて欲しくて、ふらふらになるほど欲しかったものを受け取っているというのに、突然すぎて動揺のほうが強め。しかしこみ上げてくるように嬉しい。
「アキはチョコ嫌いかもしれないけど、気まぐれだけど作ってやったんだからありがたく受け取りなさい!」
美波の言っていることが掴めなくて、つい間抜けな声が出る。
「へ?嫌いなんかじゃないよ!…ていうか…。」
「え?嫌いじゃないの?」
ようやく全てが繋がった気がした。朝のちょうちんあんこうといい、今日避けられていた全てが。それとともに溢れ出す美波への気持ち。
それでも持ってきてくれた美波への謝罪と感謝。
「朝のは色々あったんだ。ほんとにごめん!…ありがと、美波。誰からもらったチョコレートより嬉しいよ。」
「ば、ば、ばーか!!」
美波のお決まりの台詞が2人きりのリビングに響いた。
久々にバカテスの世界に入れた気がして楽しかったです。よければ感想等お待ちしていますー!