僕のSSは針のヘイト創作しかない   作:エルフ

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追放!

「マヌル。お前はもうパーティにはいらない。ここで抜けてくれ」

 

 戦闘が終わって町へ帰還した時に毎回開かれる反省会。

 そこで開口一番に、僕はパーティの脱退を突き付けられた。

 

「ま、待ってください! 急にそんなことを言われても! それに、僕はパーティでも役に立っていたはずです!」

「お前にとっては急かもしれないが、これは前々からパーティ内で問題に上がっていたことなんだ。パーティ共有資産で薬草を大量に買い込む。そこまでならまだいいが道行く無関係な人に使用したりもしていたな。お前がいることで発生する出費がバカにならないんだ。それに、お前の役割は雑用と戦闘時の回復・補助。代役なら既に連れてきた」

「そんな……」

 

 と、そこでタイミングを見計らっていたのか、部屋に一人の男が入ってくる。男は仕立てのよいローブに長い杖を持っており、いかにも魔法使い然としていた。

 

「ちょうどよかった。お前と入れ替わりにパーティに入ってもらうことになった、魔導士のカスパー殿だ。攻撃・回復・補助。あらゆる魔法を習得されている魔法のエキスパートだ」

「ご紹介に預かりました、カスパーと申します」

「カスパー殿がいれば、戦力はさらに強化され、お前が抜けることで出費の問題も解決する! 分かったらさっさと村に帰るんだ!」

 

 そう言われてしまえば、僕はどうしようもない。事実、僕の職業は薬師。戦闘においては回復しか取柄のない外れクラスだ。誰かを癒すにもアイテムを使用しなくてはならないし、攻撃能力は皆無と言っていい。しかも、魔法と違って相手の近くまで歩みよらなくてはいけないという欠点まである。目の前のカスパーという男はまさに僕の上位互換といったところか。

 

 でも、これだけは確認させて欲しい。

 

「あの……僕が抜けるという話、勇者には伝わっているんですか?」

 

 勇者。僕が村を旅だった頃からずっと一緒だった幼馴染だ。僕は彼女と仲が良かったと思っているし、彼女が僕を積極的に辞めさせたがるとは考えにくい。

 

「当然だ! 勇者様もお前が抜けることに賛成なさっている! 当然伝える必要もないと思うが、勇者様は戦闘で疲れて就寝されている! くれぐれも挨拶に言って睡眠の邪魔をしようなどと考えるなよ!」

「わかりました……」

「マヌルさん、お疲れ様でした。私が乗ってきた馬車を待たせてあります。そちらでお帰りください」

「ありがとうございます……」

 

「あ、部屋に戻る必要はないぞ。お前の荷物は手切れ金と合わせてロビーに預けてある。そのまま帰れ」

 

 もはや、反論など出ようはずもなかった。視界が揺れるような錯覚に陥りながら、一刻も早くこの場から立ち去るべく、足を動かした。

 

 あれからのことはよく覚えていない。気が付けば馬車に揺られていて、窓から僕の村が近づいてきているのが見えた。

 

「勇者……」

 

 ようやく、涙が出てきた。

 

 

**********

 

 

 その後、勇者一行が休む宿にて。

 

「しかし、良かったのですか? あれでは彼があまりにも不憫なのでは。勇者様に話を通してあるというのも、あの場ででっちあげた嘘でしょう?」

「気遣いは無用だ、カスパー殿。俺たちは一刻も早くヤツを追い出したかった。本音をいえば、この手で斬ってやりたいぐらいだったんだ」

「それはまた、どうして」

 

 カスパーは疑問に思った。曲がりなりにも彼らは苦楽を共にしたパーティではないのだろうか? 目の前の男、ケンシからはむしろ、そういった友情や敬意よりも、憎しみや敵意の方を強く感じて仕方がなかった。

 恐らく事情があるのだろう。カスパーはそれが知りたかった。

 

「ーー忌む目」

 

 続く言葉に、カスパーは己の耳を疑った。

 

 忌む目。三大厄災の一つだ。

 それは、あらゆる災いや、不幸を呼ぶという。

 話の流れからすれば、彼がそれを持っているというのか。

 

「マヌルは、忌む目を宿している。普段は出てこないんだがな。感情が高ぶると両目に現れるんだ。ヤツの目を見ると今でも怖気が走るよ」

「それは……!! 王国の平和のために、今すぐにでも殺すべきなのでは……!!」

 

 今では見なくなったとされていたが、忌む目に関する逸話には、本当にろくなものがない。

 いわく、疫病を流行らせ国を滅ぼした。いわく、人の心を惑わし戦争の引き金となった。

 忌む目とは、そこにあるだけで致命的な不幸を呼び込むものなのだ。そうでなければ三大厄災などと仰々しい名前で呼ばれていない。

 本来なら、王国の戦士を集めて討伐すべき対象だ。

 

「ダメだ。ヤツはな、あれで勇者様の幼馴染なんだよ。勇者様はヤツにひどく懐いている。ヤツを殺せば何があるかわからん。だからこうして距離を離すことしかできなかったんだ。全く忌々しい」

 

 勇者様の心に付け込む悪魔め、と吐き捨てるケンシの様子からは今まで押し込んできた憎悪が滲み出しているかのようだった。苦労したのだろう。

 

「だが!」

 

 打って変わって、ケンシは明るく告げる。

 

「ヤツは追放した。加えて貴殿のような優れた魔導士にも入ってもらった。これからは順調に魔王討伐への旅を進めることができる! 期待しているぞ、カスパー殿」

「ええ、任せておいてください」

 

 そうだ、とカスパーは考えを改める。

 三大厄災に気を取られていたが、自分たち勇者パーティの本懐は魔王の討伐。そのための戦力として自分は呼ばれたのだ。寄り道はすべきではない。

 

「不肖カスパー。今だ道半ばの身ではありますが、やるべきことを履き違えない分別は身につけてるつもりですす。この身、この知識、この魔力。全て勇者様と世界の平和のためにお使いください」

「頼もしいな。後ろは任せる。ーーさあ! 辛気臭い話はこの辺りで終わりにしよう。正式な加入は明日になるから、加入祝いというよりは俺からの個人的な奢りなんだが、この辺りに肉料理が美味い酒場があるんだ。親睦を深めるのも兼ねて、どうだ、一杯」

「ーーそうですね。ご馳走になります」

 

 あなたが呑みたいだけでは? という言葉をカスパーは必死にこらえた。なんとなく想像していたが、やはりケンシのような戦士の男性というものは皆酒好きなのかもしれない。

 その日は結局ケンシがべろんべろんになるまで飲んで、カスパーが宿へ抱えていく羽目になった。

 

 

***********

 

 

 あの後、僕は泥のように眠った。

 勇者と離れ離れにされただけで悲しいことだったが、悲劇はそれだけではなかった。

 村に帰ってみたら、自分の家がなくなっており、恩人のオウルタニアさんが亡くなっていたのだ。

 村人に聞いてみれば、忌む目の持ち主の家などさっさと壊してしまいたかったらしい。オウルタニアさんの訃報も、わざわざ僕に届けに来る人など一人もいなかったということだ。

 一晩にしてあらゆる居場所を失った僕だったが、それでも残ったものもあった。

 オウルタニアさんが僕に遺産を残してくれていたのだ。総額80万UNY。そのおかげで、なんとか外の街で暮らしていくことはできそうだった。

 村に残ることはできそうにもなかった。僕も自分の家を壊した人たちなんかと一緒にいたくなかったし、村人からの拒絶もあったからだ。あの日のうちに外へ出て、既に隣町へと移動していた。それで疲弊してしまい、今の今まで寝ていたというわけだ。

 窓の外を見れば、 太陽は既に空高く昇っていた。

 

 さて……これからどうしようか。

 やりたいことがない……わけではない。今すぐにでも勇者のそばへ行って、力になってあげたい。

 でもそれは、仲間たちからーー伝え聞く分には本人からもーー拒絶されてしまった。僕が弱くて、無能だからだ。

 勇者。忌む目のせいでみんなから嫌われていた僕の味方でいてくれた唯一の人。僕はいつだって彼女に救われてきた。だから、僕は大きくなったら彼女の力になることを決めていた。その思いに従って、彼女が旅立った時からずっと隣にいて、常に彼女を助けようとしてきたはずだ。

 でも、僕は、いらないらしい。

 

「……はは」

 

 乾いた笑いが零れた。心がかさついて、ひび割れていくかのように感じた。

 反対に、目からは涙がどうしようもなく零れていった。

 

「もうなんでもいいや」

 

 色々なことがどうでもよくなってきた。

 別に、今から何をどう頑張ったところで何かが変わるわけでもないのだ。欲しかったものは既に二度と手の届かない場所へ行ってしまった。今からする努力は全て無駄なのだ。

 だからーーもう何もしなくていい。頑張らなくていい。

 幸いにして、オウルタニアさんから受け取ったお金がある。これがあれば当面の生活には困らないから、その内にこの町で生きていけるよう、何らかの職についていこう。町の薬屋に弟子入りとかしてもいいかもしれない。なんていったって薬師だし。それでおじいさんになって寿命で死ぬまで適当に暮らそう。魔王と勇者のことは、残りのパーティメンバーがなんとかしてくれるはずだ。僕の代わりに入ったカスパーとかいう人が随分と優秀なようだし。

 勇者パーティのことを思い出した途端、僕のことを追い出したあのクソ野郎の顔も一緒に思い出してしまってどうしようもない怒りに包まれたため、今後勇者たちのことは考えないようにした。

 

「とりあえず、何か食べに行くかあ」

 

 腹が空いた。この宿はご飯を出してくれないみたいだし、なにか、適当に道の屋台とかで食事をしよう。

 

 

***********

 

 

「以外と見つからないもんだなあ」

 

 旅をしていた時はどこにでもあると思っていた屋台だが、自分から探してみると案外見つからなかった。

 というか、この街に店というものが少なすぎる。街中にある建物はほとんど誰かが住んでいる家だ。店という店はほとんど商店街にしか存在せず、昼時も過ぎた現在では酒場などの食事処はどこもやっていないようだった。

 最悪、先ほど見つけた八百屋で果物でも買って、夕飯時まで飢えをしのごうか、などと考えていた時。

 

「お兄さん! そのナリ、アンタ腕の立つ冒険者だろ? ウチの武器見ていかねえか!?」

 

 道端の店から声をかけられた。推測するに店主だろうか。

 しかし、大した防具一つつけてない僕を冒険者とは。おべっかということか。こんな寂れた町だ、僕みたいな木っ端にも声をかけねばやっていけぬほど困窮しているのだろう。

 冷やかすだけならタダだし、今後食べていく手段として外での雑魚討伐なんかもやるかもしれない。その時の備えとしてこういう店を見ていってもいいだろう。そう思って僕は誘いに乗ることにした。

 

「どういうのがあるんですか?」

「そうだな、この剣なんかどうだ? 作りはシンプルだが、切れるし頑丈だぜ」

「うーん……」

 

 渡されたのは無骨なロングソード。素材は鉄だろうか。無難は無難だが、パッとしなさすぎる。言うほど作りも良いようには見えない。根本に若干の錆びつきも見えるし。

 それに、ロングソードは勇者パーティのアイツを思い出すから嫌だ。

 

「他には?」

「じゃあこいつはどうだ。デカいし取り回しはちとアレだが、どんな硬い敵でも叩き割れるぜ!」

「重いのはちょっとなあ……」

 

 今度は両刃のツーハンドアックス。いかにも脳筋の武器といった出で立ちだ。実際、ある程度の鱗や毛皮程度ならその強度を無視して相手にダメージを与えられるだろう。しかし、如何せん重すぎる。持てないことはないが、これでは僕の機動力が大きく制限されてしまう。論外と言っていいだろう。

 

「じゃあこの槍は!?」

「長物は扱えないので……」

 

 これまたシンプルな槍を出されてきたが、僕は槍は扱えない。というか、リーチのある武器全般が苦手だ。背負ってる時邪魔だし。

 

「できればナックルダスターとか、殴ることを前提にした篭手とかありませんか?」

「んなもんねえよ! 兄ちゃん短い武器がいいのか? だったらウチにはこういう短剣しかねえけど……」

 

 そう言って店主が持ってきたのはちゃっちい短剣だった。これはあくまで子供に最初に持たせる刃物とかそういう用途のもので、明らかに戦闘用ではない。どちらかといえば、文房具だ。

 ……空腹のせいか、イライラしてきたな。そもそもなんで僕はこんなところで油を売っているんだっけ? さっさと適当に腹を満たして寝たいのだが。

 

「僕が欲しいものはここにはないみたいですね。さようなら」

「ちょっとちょっと待ってくれって! 他にも見ていってくれよ! ほら、防具とかどうだ!?」

「防具はいらないので……」

 

 僕が勇者パーティにいた頃の役割は回復と補助だ。その手段の都合上、相手に近づかなくてはならなかったため、僕の装備は自然と機動性重視の軽快なものになっていった。だから、あまり仰々しい防具とかはいらないのだ。着たとして胸とかの急所を覆う程度の革鎧くらいでいい。

 

 僕が店主を適当にあしらっていると、ふと、店内の隅に置かれた埃っぽい箱に目がいった。

 

「すみません。あれって売り物なんですか?」

「あ? ーーあぁ、まあアレも売り物っちゃ売り物だな。なんだ、気になんのか?」

 

 正直、気になっていた。

 汚らしい箱が、ではない。あの中に入っているであろうモノにだ。

 あの箱からは異様な気配を感じた。かつて見たーー伝説級武器と同じ気配だ。

 

「アレって、なんで売れてないんですか?」

「アレなあ。まず、箱にかかってる鍵が外せない。単純な作りじゃねえみたいんだよな。少なくとも俺にはどうこうできなかったわ。あと、単純に高い。仕入れ値がバカ高くてな。結構な高値で売らねーとこっちも大損なんだが、そんな高くて中身も見れねー箱なんざ誰も買ってくれねーんだわ」

「へー」

 

 開けられる。

 僕には確信があった。

 僕はこれでも勇者パーティの雑用担当。宝箱の鍵開けなら経験がある。物理的な錠前だけでなく、簡単な構造なら魔法の鍵すら開錠できるだろう。

 それに、僕には切り札がある。

 勇者パーティから脱退するとき、内緒で持ってきた魔法のスクロール。効果は開錠の魔法だ。魔法のスクロールは一回しか記された魔法が使えない代わりに、封じ込まれた魔法は全て強力、そして誰でも使えるという法則がある。『開錠』専用のスクロールだ、恐らくこれなら最上級の魔法錠だろうと開けられる。こんな錆びついた錠前など言わずもがなだ。まさに運命的といってもよかった。

 補足するが、僕はこのスクロールをくすねてきたわけではない。僕が宝箱からこれを回収した時からずっと僕が預かっていて、渡すタイミングがついぞ現れなかっただけだ。彼らは戦闘に役立つものを重視しているし、どのみち鍵開けは僕がやるのだから、これは僕が持っていればいいだろうという判断だった。そのまま脱退するまで持っていて、渡すことができなかった。それだけだ。これは言い訳ではない。決して。

 

「買います。おいくらですか?」

「100万UNY」

「たッッッッか!?!?」

 

 いくらなんでも高すぎた。100万など、僕が元々持っていた金とオウルタニアさんの遺産を合せても届かない。

 いや、伝説級武器であれば100万でも安すぎるのだが。そもそも本来なら金で買えるようなものではない。

 

「僕以外買わないでしょ。40万UNYでください」

「いやいやいや安すぎだろ!? 95万ならいいぜ」

 

 こいつ……!! 僕がこの箱を欲しがってるからって露骨に足元を見てきたな。

 

「分かりました。50万UNYでどうでしょう」

「だから安すぎだ。そんな値段で売ったらとんでもねえ赤字になっちまうよ。90万」

「僕が買わなかったら仕入れ値分丸損だったんだから逆にここでの売値って丸儲けってことじゃないですか。安くしてくれてもいいでしょ。60万」

「80万だ。これ以上は下げない」

 

 80万か……正直高い。オウルタニアさんからもらった遺産がまるっと消し飛ぶ価格だ。買ったが最後、昨日みたいに何もせず宿で過ごす生活すら危うくなるのは間違いない。はっきり言ってハイリスクだ。

 だが、よく考えてみて欲しい。ここで伝説級武器を手に入れてしまったら? 僕は現状を遥かに超える強さを手に入れるだろう。それこそ、ケンシやカスパーすら凌ぐ、強さを。

 それはあまりに甘美な響きだった。

 ケンシが勝てない相手を倒す僕。勇者を颯爽と助ける僕。回復も補助も攻撃もこなせるようになってすごい! と褒められる僕。

 そうだ。僕がケンシよりも強くなったら、今度は僕がケンシをパーティから追いやってやろう。だって、攻撃力を得た僕はケンシの完全上位互換だから。前衛として戦えて、後衛として回復と補助までこなせる僕がいれば、ケンシなんて必要ない。勇者の元に戻ったら、真っ先に追い出してやる。

 気付けば、僕は金貨を差しだしていた。

 

「分かりました。買います」

「毎度あり! いやー助かったぜ。まさか本当に買ってくれるとは」

 

 よく言うよ。こっちの足元見まくってたくせに。

 

「じゃあ、これ持ち帰っていいですか」

「ああいや、待ってくれ。これはあくまで俺のお願いでしかないから、聞くか聞かないかは兄ちゃんの自由なんだけど」

「なんですか?」

「兄ちゃん、その箱を開けるアテがあるんだろ? だからできれば、それをここで開けてみてくんねえか?」

「えー……」

「いや、もちろん見せてくれるだけでいいんだ! 中に何が入っててもよこせとか言ったりしねえよ! 道具も貸すからさ! この通りだ、頼む! 60万UNYもしたんだぜ!? 俺も何が入ってるのか気になって仕方がねえんだよ!」

 

 やっぱり利益出てるんじゃないか。

 などという文句はぐっとこらえて。

 別にここで断るほど僕も狭量じゃない。貸してくれるという道具も、僕の携帯性を重視したものよりも使いやすいものだろうから、ここはお言葉に甘えるとしよう。

 それに、最悪奪われそうになっても一般人相手からなら逃げれるし、倒せる。

 

「まあ、いいですよ」

「助かるぜ! なんか開けるのに必要なもんとかあるか?」

「じゃあアレとソレとコレを……」

 

 そうして武器屋に開錠道具を持ってきてもらって、しばらく。

 僕は例の箱の前でうんうんとうなっていた。

 

「開かない……」

「なあ……これやっぱ無理そうか?」

「ちょっと黙っててください」

 

 鍵が複雑すぎる。

 パッと見、簡単な物理的構造の錠前に見えていたから舐めていた。これは僕が勇者パーティにいた頃も見たことがないくらい、複雑で高度な鍵だ。恐らく、魔法と物理の複合。しかもどちらも相当高レベルだ。物理的構造だけでもちょっと見たことがない。鍵の見た目すら想像できないくらいだ。

 しょうがない。

 

「コレを使います」

「スクロールか!? また随分豪勢なもんを持ってるな」

 

 武器屋に驚かれて、少し優越感に浸る。スクロールは非常に貴重で、高価な代物なのだ。僕みたいに冒険をしている人でなければ、とんでもない金持ちくらいしか持っていないだろう。

 

「開錠のスクロールです。これを使えばまず開くでしょう」

 

 言いながら、スクロールを開いて念じれば、中から複雑な魔法陣が出てきて、目の前の錠前をその対象に補足した。

 

 数瞬のうちに、カチ、カチ、カチリ、と硬質な音を響かせて、錠前が外れて、箱から落ちた。流石スクロール。

 

「開いた!」

「開いたぞ!」

 

 何が入っているのだろうか。ワクワクしてきた。箱に触れた手が震えているのを感じる。

 

「いいですか、開けますよ」

「おう……」

 

 これを開ければ、何かが変わってしまう。そんな予感を感じて、一瞬手が止まった。だがそれをすぐさま期待が上回り、一気に箱の蓋を開ける。

 

 中には、一本の針が入っていた。

 

「針……?」

「針、だな」

 

 縫い針をそのままナイフくらいの大きさに拡大したかのような、シンプルな構造の針だ。装飾らしい装飾といえば、糸を通す穴の下にはめ込まれた宝石程度。それ以外は特段、変わった特徴はない。恐らく鉄やミスリル製ではないということくらいだろうか。

 

「と、とりあえず装備して詳細を見てみます」

「早くしてくれよ、待ちきれないぜ」

 

 武器を装備すれば、『ステータス画面』でその性能を確認することができる。

 武器の装備の仕方は簡単だ。利き手で取っ手を保持すればいい。この針であれば、刃がついてない方を持てばいいだろう。

 そして、針を持った瞬間、違和感を感じた。

 まるで、針が手のひらに吸いつくかのような。

 

「……?」

「どうした?」

「いや、なんでもないです」

 

 気のせいだろう。それより早くこの武器の素晴らしい性能を見たい。

 僕の新しい力を。

 そうしてステータス画面を開いた瞬間、目を疑った。

 

【天獄の縫い針】

 

【特殊効果】

・固定1ダメージ

・装備解除不可

・他の武器装備不可

・所有者による、この武器以外での攻撃のダメージ無効

 

「どれど、れ……」

 

 隣で武器屋で言葉を失っていた。

 

 ……嘘だ。

 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘。

 なんだ、このゴミ。

 僕はオウルタニアさんの遺産も、唯一のスクロールも使って、これを手に入れたんだぞ?

 それなのにーーなんだこれは。

 

「ーーは、離れろッ!!」

 

 右手を全開にする。針は手のひらにくっついて離れない。

 

「離れろ離れろ離れろ離れろ離れろ離れろ離れろ離れろ離れろ」

 

 全力で右手を振るう。針は離れない。

 

「はなれ、ろッ!!」

 

 左手で針を掴んで、全力で引っ張る。右手の肉がみちみちと嫌な音を立てるが気にしない。このクソ武器が僕から離れればそれでいい。

 

「おいよせッ!」

 

 みちみちという音がぶちぶちという音に変わってきた辺りで、武器屋からの静止が入った。

 

「血が出てんのが分かんねえかッ!! 右手が使い物にならなくなるぞッ!」

「うるさい! 止めないでく、れ……」

 

 武器屋に反論しようとして、やめた。

 みちみち、ぶちぶちという音からして僕はてっきり、肉ごと針が手のひらから離れているものだと思っていた。それは僕にとっては希望そのものだった。だって、最悪肉ごと引きちぎれば、この武器とオサラバできるということなのだから。

 だが、違った。

 針は引っ張れば引っ張るほど、僕の手に食い込んでいっていたのだ。肉がちぎれる音もその痛みもあっていた。ただ、それは引きちぎれたのではなく、針によって押し潰されていただけだ。

 どうやらこの武器は、最低でも腕を切り落とさない限り、僕から離れてくれないようだった。

 

「は、ははは」

 

 そして僕は絶望した。気付いたのだ。僕が人生において致命的な選択ミスをしたことに。

 

「……はぁ」

 

 こんなもの、最初から買うべきじゃなかった。

 

「帰ります。ありがとうございました」

「お、おい、ちょっと待てよ。半分くらい、返金するよ」

 

 それは間違いなく店主の善意だったのだろうが。

 

「もう、そういうの、いいんで。いらないです」

「そ、そうか……達者でな」

「はい。お邪魔しました」

 

 荷物を持って武器屋を出た。

 帰ろう。宿に。

 もう何も食べる気すら起きない。

 帰って、寝よう。

 

 宿の部屋に着いた。すぐさまベッドに潜りこんだ。

 寝よう。

 ……。

 腹が減った。

 寝よう。

 ……。

 腹が減った。

 寝るんだ。

 ……。

 クソ!!!! 腹が減って、とてもじゃないが寝れない。

 考えてみれば当然だ。僕は昨日から数えて3食以上食べていない。しかもそれなりに動いている。空腹でないわけがなかった。

 空腹だから頭が回ってないのか、頭が回ってないから空腹なのか。今日の僕はどうかしている。

 

 しょうがない。外へ出て何か食べよう。さっきと違って今は夕飯時だから、なんか売ってるだろう。

 

「あ……」

 

 食事処まで辿りついてから気付く。持ち合わせの金がない。理由は当然、あの針を購入した時に消し飛んだからだ。80万UNY支払ったとはいえ、それより一回り多く金を持っているからと油断していた。残りの分も、今までの宿・馬車代でスッカラカンになっていたらしい。

 

「冷やかしなら帰んな!」

「すみません……」

 

 結局、何も買わずに店を出た。

 ことここに至っては仕方がない。街の外に出て、適当に食料を取って飢えを凌ごう。幸いにして、旅をしていたおかげで野営には慣れている。この辺りにも何かしら食べられるものがあるだろう。野草とか、虫とか。

 

「はあ……」

 

 街を出ようとする道中、思わずため息が出た。相槌を打つように、ぐうと腹が鳴る。

 情けなかった。いい歳をした自分がこうして、浮浪者みたいなことになっていることが。というか実際、明日からは浮浪者そのものだ。明日の宿代も払えないので、これからは野営をして過ごすしかない。勇者パーティの一員という肩書きも失った以上、社会的地位もない。こうなっているなど一昨日の自分は考えもしなかっただろう。我ながら見事な転落人生だった。

 

 そもそも、どうしてこうなったのだろうか。

 少し前までは勇者パーティの一員として、過酷ながらも輝かしい道筋を歩んでいるはずだった。このまま進んで、魔王を倒すことすらできれば僕は英雄の一人として語り継がれ、将来も安泰だったに違いない。豪勢な家に住んで、財産も余るほど貰って、適当に暇つぶしに鍛錬をしたりして自由気ままな余生を送っていられたはずだ。

 それがどうだ。クソカスの気まぐれで僕の人生設計は簡単に崩壊した。今では浮浪者同然。家もなく、食べ物もなく、財産もごくわずかだ。これからは原始人みたいな生活をして惨めに生きていかなくてはならない。定職に就いて人並みの生活に戻るのすら、多大な苦労を強いられるだろう。あのカスのせいで。あれがなければ、僕は未だ、幸せな日々を送れていたというのに。

 

 ……いや、違う。本当は分かっている。少なくとも財産がないのはケンシのせいではない。胡散臭い伝説級武器に目が眩んだ僕のせいだ。オウルタニアさんの最後の気遣いを全て無駄にした。

 ケンシからパーティを追い出されたのだって、本当に僕に非がなかったと言えるのだろうか? いや、原因の一つは分かっている。忌む目だ。でもこれはどうしようもない。ただの理不尽。それでも、薬草を買い込んだとか、それを無関係な人々に使ったということ、それでパーティの資金を圧迫していたというのは事実だ。ケンシの言い分も正しいように見える。

 いやしかし、見かけた人の傷を癒した僕の行動は正しかったのではないか? 勇者という存在はかなり有名だ。それには当然、風聞もついて回る。確かに魔王の討伐は僕達の至上命題だったが、それを最優先にして傷ついた人たちを無視していっては僕達の名声は地に堕ちていたんじゃないのか? 悪を倒すのに夢中で、人を助けることに関心がない殺戮集団と謗られていたかもしれない。僕はそれを予防していたんだ。「勇者一行は慈悲深く、傷付いた人たちには平等に手を差し伸べてくださっている」というイメージを僕が振りまいていたんだ。そのための費用をどうして無駄と言い切れようか。きっと、これからの冷酷無比なケンシが率いる一行の評判は落ちていくに違いない。間違いなくそうだ。そうに決まっている。

 

 ああ、なんだか、考えるのが面倒になってきたな。疲れた。

 道ゆく人々、今はそれらが全て憎々しく感じる。僕はこんなに不幸な目に遭っているのに、彼らはいつもと変わらぬ日常を送っている。愚かだ。彼らは今日と同じ日がこれからもずっと続くと信じて疑わないのだろう。だがそれは大きな間違いだ。僕はそれを知っている。日常は、たった一人の悪意で容易く崩れさるのだ。

 そうだ、いいことを考えた。僕が彼らにそれを教えてあげよう。何人か痛い目に遭わせて、もっと毎日を注意深く送るべきであると、そう知らしめてあげるのだ。

 まあ適当に、子供の一人や二人怪我をさせればーーああ、そういえば針のせいでダメージが1固定なんだった。だと怪我をさせるのは手間だろうか。いや、他の方法でもいい。僕は薬師だ。直接的に攻撃できなくても、他者を害する方法はいくらでも用意できる。例えばそう、井戸に毒を投げ込むとか。

 

「おにいちゃん、どうしたの?」

 

 しまった。

 街の住人に話しかけられた。殺気が漏れすぎていたのだろうか。それとも怪しすぎたか。

 なんにせよこの場を乗り切らねばならない。僕は怪しい人間ではないということを説明して、証明しないとこの街にいられなくなってしまう。

 

「お腹空いてるの? パン食べる?」

 

 違った。

 目の前の少女は、僕にパンを差し出すだけだった。

 僕が空腹であることは、今も腹の虫が鳴き続けていることから明らかだろう。そして僕の雰囲気。少女は純粋に、僕を案じてくれていたのだ。

 

「あ、いや、その……ごめん。お金を持ってないんだ」

 

 だけど僕は、それを素直に受け取ることができなかった。

 幼女から成人男性が食べ物を恵んでもらうという行為に、浅ましい僕のプライドが邪魔をしていたのだ。

 体は確実にそれを欲してるのに、理性もそれを貰うべきであるというのに、頭を下げて「ください」と一言そう言うだけでいいというのに、僕にはそれができなかった。

 何が愚かだ。真に愚かなのは僕じゃないか。

 

「お金いらない! あげる! お兄ちゃんが元気になってくれたら嬉しいな!」

「なんで、僕なんかのために」

 

 彼女はどこまでも純粋だった。本当に、目の前の人間を助けたいというただ一心のみによって動いているのだということが伝わってきた。

 

「ありがとう……ありがとう……」

「お兄ちゃん、泣いてるの? どこか痛いの?」

「違うよ、これは嬉しいんだ……」

 

 また明日から頑張ろう。時間はかかるかもしれないけど、手に職を持って、立派な人間になって、そしてこの子に恩返しをしよう。

 暗く深い絶望の底で、僕は、小さなことだけど、でも、とても大きな優しさに救われた。

 

 

***********

 

 

 翌日。

 働き先を探すべく街中を歩いていた僕は、何やら街が騒がしくなっていることに気付いた。

 

「誰か! 誰かウチの子を知りませんか! 昨日からどこにもいないんです!」

 

 どうやら誰かが行方不明らしい。

 野次馬の中に武器屋の店主を見つけた。ちょうどいいので話を聞こう。

 

「あの……誰がいなくなったんですか?」

「ん? おお、坊主か。いやなに、パン屋の娘さんが昨日森に遊びに行ったっきり帰ってこないらしくてな」

「森……」

 

 この辺りの森といえば比較的安全だ。危険な獣といっても鹿くらいで、大して強力な魔物が出てくるわけでもない。極論、子供でも変に危ないことをしなければ問題なく帰ってこれるはずだ。とはいえ、それはあくまで浅い場所に限った話ではあるが。とはいえ子供でもそのくらいの分別はついているはず。

 というか、パン屋の娘?

 

「それって、このくらいの背丈で赤毛の子ですか?」

「んお、坊主も会ってたのか」

 

 あの子だ。昨日、空腹の僕にパンをくれた子。

 そうと決まればやることは一つしかない。

 

「あの、僕も捜索に行きます」

 

 今が恩を返す時だ。

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