僕のSSは針のヘイト創作しかない   作:エルフ

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生きろ!

「死んでけ」

 

 

 こいつ、魔族だ。

 

 魔族──アドラメルクの名乗りに僕の体が強張る。瞬間、アドラメルクの姿がかき消えた。

 

 

「グアっ……!!」

 

 

 『アドラメルクの姿が消えた』と認識したとほぼ同時ぐらいのタイミングで、僕の体に拳が叩き込まれている。

 シャドウフォックスの打撃とは比べものにならない威力のソレに、たまらず背を曲げた。内臓が口から全部飛び出そうだ。

 膝まで着きそうになるところを、気合いで耐えて反撃するが、簡単に避けられる。

 

 

「お? 意外とタフだねー」

 

 

 僕の攻撃をヒラリと躱した後、体重を感じさせない柔らかな動作で着地する。

 

 ……間違いなく、僕より格上だ。しかも、ひと回り強いどころの話ではない。今の攻防、僕は初撃で様子見だのなんだの言う余裕を完全に失ったのに対し、相手は明らかに手を抜いて、遊んでいる。スピードの差はもっと歴然だ。僕は相手の動きを視認することさえ厳しいのに、こっちの攻撃は掠りもしなかったのだから。

 

 

 だが、やるしかない。

 負ければそのまま死だ。

 

 

 アトムスフィアを発動して、傷を癒す。ポーチ内にある薬草・薬の残数を確認。薬草よりも少しだけ高価な薬や毒薬も多少は持っている。出し惜しみをしている余裕はない。これらを全部使ってでも勝つ──とまでは行かずとも、なんとか殺されないで逃げ切る、程度までは頑張りたい。

 

 よし。

 やろう。

 

 

「……ふーん」

 

 

 対するアドラメルクは、一発僕を殴った後、しばらく静観していた。僕の回復を阻止しようとする様子も、スピードを活かした連撃を仕掛けにくる様子もない。ただじっと、僕のことを眺めて観察している。不気味だ。

 まるで、猛獣に顔中を舐められているかのような感覚。

 

 

「──よし! 先にこっちから()ろうかな!」

「なっ……」

 

 クルリと反転。

 アドラメルクが標的を変え──呆けているアガサちゃんを狙う。

 

「させない!」

 

 それを阻止すべく、全力で飛びかかり──

 

 振り返ったアドラメルクの、邪悪な笑顔が視界に飛び込んできた。

 

 ──誘われた。

 

 

 

「『完全反射(リフレクション)』♪」

 

 

 

 アドラメルクの右腕が振るわれ、僕の持つ針に触れる。

 瞬間、針の進行方向が反転した。

 巻き込まれるように腕が折り畳まれ、一種の強制力を持って僕の体に針が叩き込まれる。

 

 

 

「いやあ、残念残念」

 

 

 随分と得意げな、アドラメルクの声。

 

 

「雑魚の人間にしては硬いねえ、速いねえ。殴られても立ち上がる根性もある。今の攻撃にもすごい気迫が乗ってたねえ。きっと、いっぱい、いーーーーっぱい努力したんだねえ、頑張ったんだねえ」

 

 

 

 

「でもざーーーーんねん!!!! 私が魔王様からもらった力、『完全反射(リフレクション)』はなんでも反射できる無敵の力! キミがどれだけ強くても、全部全部無意味なんだよねえ!!!!」

 

 

 

 

 ……なるほど。

 

 僕の攻撃が反転させられたのはそういうことか。

 

 魔族の、特に強大な個体には、魔王から特殊な能力を与えられていることがある、と聞いたことがある。

 最も有名な例で言えば『韋駄天(ハイスピード)』のアザゼルだ。動きが速くなる、というだけの極めてシンプルな能力だと本人は語っていた……らしいが、実際の効果は遥かに凶悪だったとか。当時アザゼルと戦った英雄たちでも手を焼くほどの、どう考えても速すぎる機動力に加えて、慣性の法則を完全に無視した滅茶苦茶な軌道で動いていた、らしい。あくまで伝聞なので実際にどうであったかは定かではないが。

 

 先ほどの不自然すぎる反転を見るに、目の前のアドラメルクが嘘を言っている可能性は低いだろう。恐らく、本当にそういう能力。アザゼルの例を考慮すれば、『反射した攻撃は絶対相手に命中する』だとか、『毒などの指向性の無い攻撃も概念的に反射する』などの特性を隠し持っていても不思議ではない。

 

 本当に──

 

 

「お前と戦った相手が、僕で良かった」

「──あ?」

 

 

 アドラメルクが困惑の声を上げる。

 

 

「オイ、どうなってる。なんで立てる。攻撃はちゃんと反射した。お前も本気の攻撃だった。手加減するような状況でもなかった。なら、少なくとも動けないくらいのダメージは負ってないとオカシイだろ」

 

 

 分からないだろうな。

 僕は針のせいでどれだけ強く攻撃しても1ダメージしか与えられない。それは反射されても同じことだ。少なくとも、自分で刺した時は1ダメージ相当の傷しかつかなかった。実際、反射された針よりもそのせいで巻き込まれた腕の骨折の方がダメージとして大きかったくらいだ。それも相手が得意気にベラベラと喋っている時間でほとんど治療できた。

 攻撃の外見とダメージのギャップ。それが今、アドラメルクに混乱をもたらしているのだ。

 

 アドラメルクの能力に対する自信からは、既に幾度も強者の技を反射してきたのだろうという経験を想起させる。

 特殊能力を持っているほどの能力やそれに対する自負に対し、元勇者パーティの僕ですら知らなかったほどの知名度の低さ。出会い頭に名乗っていたことを考えると、別に自分の正体を隠しているというわけでもなさそうだ。

 つまり、こいつは恐らく、今まで出会ってきた人間を全て殺戮してきたのだろう。遊んでいる状態すら圧倒的と言えるほどのスピードにパワー。それに加えて、相手が強者であればあるほど凶悪な技となる『完全反射』などという能力を持っているとなれば、不可能な話ではない。

 

 ──やることが、増えてしまったな。

 

 最低限目指すべき目標は、アガサちゃんの救出。ここからの逃走。これは以前変わらない。が、もう一つ。

 魔族アドラメルクの情報を持ち帰ること。最低でも誰かに伝えて、勇者や王国の戦士たちに知らせること。これも、可能な限り実行すべきだ。

 

 

「なんでだと思う?」

「……チッ」

 

 

 僕ではアドラメルクに勝てない。針の呪いがどうとか関係ない。仮に全力だったとしても1対1なら確実に殺される相手だ。

 だからやるべきは時間稼ぎ。それと、街へ可能な限り近づくこと。僕一人ではどうしようもなくとも、誰か他の戦える人が一人増えれば、それでダメなら二人になればなんとかなるかもしれない。それに、誰かにアドラメルクの情報を伝えれば、どちらか片方が生き残るだけでこの勝利条件は達成されたことになる。

 幸い、アドラメルクは僕のことを警戒しているようだ。今まで見たことのないケースに戸惑っているのだろう。今ならアドラメルクの攻めも少しは控えめになるし、原因が分かるまではその追及に時間を使おうとするはずだ。だから、この状態が鍵。アドラメルクが針の能力に気付いていない現状を可能な限り長く維持する。

 あまり攻撃してはいけない。アドラメルクに何度も攻撃を与えて針の能力を気付かせるのは愚策だ。かといって、全く攻撃せず逃げに徹するわけにもいかない。コイツがアガサちゃんの元へ行かないようにするためにも、可能な限り僕と戦っている状況を作っておきたい。

 

 

「今度はこっちから行くぞ!」

 

 

 全力で針を振るう。当たったらバレてしまうが、どうせ僕とコイツのスピード差では当たりようもないので関係ない。中途半端な立ち回りをして、時間稼ぎ自体が目的だと気付かれる方がマズい。

 

 アドラメルクは大げさすぎるくらい大げさに距離を取って僕の攻撃を避けた。

 正体の分からない攻撃を無闇に喰らいたくないのだろう。

 このまま勢いに乗って攻撃を──

 

 

「ウゼエんだよッ!!」

 

 

 神速の反撃。

 僕が一歩動く間に3回攻撃を繰り出すことさえ可能な速さのそれは、当然のように無防備な僕の身体にクリーンヒットする。

 

 当然のように僕は吹き飛び、転がり……起き上がる。

 

 

「あァ!?」

 

 

 アドラメルクからまたも困惑の声が上がる。

 

 今回はなんてことはない。

 

 別に針の呪いのような特殊効果だとか、実は服の下にかたびらを着込んでいましただとか、負傷から身を守る護符を所持していましたとか、さっきの反射みたいな「タネ」があるわけじゃない。

 

 単に、根性だ。

 

 僕は薬師で、元勇者パーティだ。

 薬師の特徴は、自分で回復薬を調合することができて、さらにそれを即時使用することができて──戦闘力が低いこと。

 

 薬師は、というか、僕は、弱い。これでも元勇者パーティで戦っていたからか、先程のシャドウフォックスのような明らかな格下相手なら強者として振る舞うことは出来るものの、勇者やケンシたちが戦うような魔物が相手であれば一対一なら普通に嬲り殺される程度の戦闘力しか持ち合わせていない。勇者パーティでは回復役兼雑用をしていたように、僕は弱いのだ。

 

 逆に、何故そんな弱い僕が曲がりなりにも勇者たちと同行できていたのか。

 それはひとえに根性で──『頑張っていた』から。薬師ゆえに死ににくさだけは人一倍あるのだ。それはつまり「死ぬほど頑張る」の上限のラインも人一倍高いということ。逆立ちしても勝てない実力の差があるのなら、そこはもう死ぬほど頑張って埋めるしかない。

 慣れない土地の水で体調を崩しても、長時間の行軍で足の肉が千切れても、骨にヒビが入っても、折れても、内臓が傷ついて血を吐いたとしても、もちろん、現状のようにどこかしらの骨が折れていて、多分どこかの内臓が裂けていたとしても。

 まあ、どうせアトムスフィアをしておけば最悪死ぬことはないのだ。致命的な怪我も後で治せば良い。なんとかなる。あとは気合いだ。痛みだとか体が動きにくいとか知ったことではない。「動く」のだから「動かす」。それだけのこと。

 

 ……現状、僕にとって最大の武器は「虚勢」だ。アドラメルクが僕を警戒しているというその一点だけで成り立っている戦況。ならばそれを有効活用しない手はない。反射を攻略したら次は攻撃が効いていないかのように見せてなるべく僕を不気味な存在に見せる。

 

 

「うおおおッ!!」

「ッ」

 

 

 振る。躱される。振る。躱される。振る。躱されて反撃をもらう。振る。躱される。振る。振る。振る。振る。振る。

 

 アドラメルク。

 お前のような強大な魔族にとって、僕のような矮小な人間は、まるで羽虫か何かのように見えているのだろう。

 ちっぽけで脆弱で、叩けば潰れる。羽や脚をもぐのも、殺すのも、生かすのも、彼女の勝手だ。その程度の存在。

 だが、それが顔にまとわりついてきたらどうだ?

 何度叩き落としても飛び上がって、常に近くをぶんぶんと飛び回っていたら。

 

 ちょっとぐらいは、怖いと感じるんじゃないか?

 

 

「あああああッッ!!!!」

 

 

 針を振るい――

 

 

 

 ぱしり。

 

 

 

 

 と、掴まれる。

 針はアドラメルクの手のひらに、ほんの少しだけ浅く刺さっていた。

 

 

「ああ、やっぱり」

 

 

 朗らかに。

 まるで、笑っているかのように。

 

 

 

 

 めしゃり。と、音を立てて、僕の拳が握りつぶされた。

 

 

 

 

「グァッ……」

 

 

 反射的に腕を引っ込めようとしたところをさらに、肘先を掴まれるところで阻止される。

 

 

「いくらなんでも遅すぎた。いくらなんでも弱すぎた。まかり間違っても、オマエみたいな雑魚がアタシに対抗できるワケがない。タネはものすごく単純だったんだ」

 

 

 あくまで比喩、なのだが。

 

 

 匂いがした。

 

 死の匂いが。

 

 無機質で、醜悪で、蠱惑的で、むせ返るような熱を孕んだ匂いだ。

 

 一段と、周囲が暗くなったような錯覚がした。身体中から、熱という熱が引いていく実感があった。

 

 

 

 

 空が映る。

 

 

 

 

 顔を殴られた、と気付いたのは、掴まれたままだった腕と、飛んでいきそうになっている頭が引き合い、猛烈に痛覚を刺激していると認識できた後だった。

 

 

 

 地面が映る。

 樹木が映る。

 

 

 

 何度も顔を殴られ左右に視界が動いているのだ、という事実もまた、遅れて理解した。

 

 

「単純な話。オマエの攻撃が、オマエから見ても弱すぎただけ。そんなクソしょぼい一撃に気迫だけ乗せる手品はちょっとビックリしたけど、ただそれだけ」

 

 

 何度も、何度も。

 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。

 

 

 

 コマ落としのように、視界が切り替わる。

 首と右腕から異音がする。

 

 

「まったく」

 

 

 い、しき、が……

 

 

「アタシをおちょくるのも……………………いい加減にしろォォォォォアアアアアアッッッッッ!!!!!」

 

 

 

 恐らく、掴まれた右腕を支点にして、投げ飛ばされた。

 もはや、視覚情報からでは何がどうなっているのかまるで認識できない。ただひたすらにメチャクチャになった視界と、『痛み』という信号を発することだけに従事するようになった四肢。そしてそれらが一定のタイミングを過ぎてから落ち着いたことから、かろうじて推測することができた。

 

 

 あれ、ぼく、いまここでなにをしていたんだっけ。

 

 いや、そう、そうだ。

 

 こんなときは、アトム、スフィア、を……

 

 

「あーはいはい、回復魔法ね。させるワケないでしょ」

 

 

 ばつん、という音と左腕の喪失感。アトムスフィアの失敗。

 たぶん、なにかをされた。

 

 

「ほんと、タフさだけは一丁前だね。アタシにこんだけボコボコにされて、まだ何かしようとする気力が残ってるなんて」

 

 

 頭を鷲掴みにした状態で持ち上げられる。

 必然、アドラメルクと正面から向き合う形になり、その爛々と輝く瞳が目に入った。

 

 捕食者の目だ。

 

 

「オマエはさ、簡単に死なせない」

 

「とりあえず、四肢をもぐ。それから、犬を探すんだ。3,いや、4匹くらいの群れがいいかな。そしたらオマエを木か何かに縛り付けて、端っこから食われるようにしてやるよ。大丈夫、即死しないように止血くらいはしてあげるよ。こう見えても人間を死なないようにするのは結構得意なんだ」

 

「それから、そうだね。オマエが死んだら骨は全部拾って、魔界の毒沼に沈めてやろう。死体が残らないし生き物も何も住んでないから綺麗だって、魔族の間で評判なんだ。素敵でしょ? きっと一晩もかからずに全部溶けて消えるよ。きっと、オマエの魂も蝕まれて、未来永劫苦しむだろうね」

 

 

 ああ、ここまでか。

 そういえば、アガサちゃんは、逃げられたかな……

 

 

「もちろん、オマエが庇ってたガキも、近くの人間も皆殺しにするよ。知ってた? 魔族は鼻が効くんだ。一度会った人間を追うくらい簡単だよ。魔族が舐められたなんて知ったら、魔王様に合わせる顔が無いからね」

 

 

 ……くそ。

 

 最期の抵抗に、ツバを口に溜めて、吐いた。

 視界がぼやけてよくわからなかったが、命中したような気がする。

 

 

「――死ね」

 

 

 簡単に殺さないんじゃなかったのかよ。

 再び冴えてきた思考で、しかしそんな台詞を吐くことすらもはや叶わず。

 ただ、ゆっくりと流れる時間の中、アドラメルクの左手を目で追いながら――

 

 

 

「そいつは困るな」

 

 

 

 それを、横から飛び出してきた剣が遮るのを見た。

 

 

 

「ここまでよく頑張ったな、少年!」

 

 

 

 彼の名前は知っている。

 

 

 王国最強。

 

 

 剣聖。

 

 

 『韋駄天』討伐の最大の功労者。

 

 

 アレクだ。

 

 

 

「ここから先は、俺に任せろ!」




・オブ・カウンター、いくらなんでも違和感のある名前だから勝手に改変したなの
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