※本作はpixivにマルチ投稿しています
山岳地帯の村は秋らしく涼しかった。空からは陽光が差し、辺り一面に朝露が輝いていた。
私とフリーレン様がその村にたどり着いたのは、数日前のことだった。大陸北部の旅路で偶然見つけたそこは、穏やかに人々が暮らしていて、地図にも載っていないような村だった。
もちろんそうした村落は稀ではない。魔物から身を隠すために役立つこともあるし、元からあった故郷だからと離れない人々もいる。
その村が珍しいのは、そういった理由ではなかった。場所でも、環境でも、名産がある訳でもなく……高名な人物が潜んでいるのでもなかった。
代わりに、ここには魔族の少女がいた。
初めて彼女を見たのは村に入ってすぐだった。その明らかに魔族と分かる角が、人々の生活に紛れているのが酷く不自然だった。
彼女が人間でないことは誰でも分かる。ましてや、魔物の脅威が多い大陸北部なら猶更。
「フェルン、どう思う」
「うーん……害意は感じられませんね」
フリーレン様と私は、面食らうばかりだった。
彼女が魔法で皆を操っている訳ではない。かといって、人々を脅している様子もない。それどころか、彼女は村の一員として受け入れられているようだった。
黒髪を結んで薄手のブラウスを着た彼女は、桶に水を汲んで黙々と運んでいる。私たちはそれを遠巻きに見つめるばかり。人々は角の生えた彼女のことを気にしないばかりか、むしろこちらに物珍しそうな視線を向けている。
気になった私たちが住民に聞いたところ、彼女がここにいるのは次のような経緯に依るものだった。
魔族の少女は、数年前この地に現れた。
魔物や魔族による被害は各地で知られていたから、当然彼女も危険視され、どの村落でも目撃されるたびに追い払われていた。勿論この村においてもそれは例外ではなかった。
しかし人々は疲弊していた。いつ現れるかもわからない魔族の少女、そのたびに走る緊張、そして何故か危害を加えてこない彼女……
そんな折、村の外へ野草を採りに行った男の子が帰って来ず行方不明になった。ある者は道に迷ったのだと言い、ある者は事故に巻き込まれたのではと言った。さらには魔物に襲われたのだ、あの魔族の少女がいよいよ牙を剥いたのだと恐れる者もいた。
果たして数日後──男の子は帰ってきた。魔族の少女に背負われて。
思えば初めから奇妙だったのだ。魔族である彼女が、なぜ軍でも騎士団でもない村の住人達によって追い払えたのか。どうして彼女は、いつも村の外から見ているだけで何もせず帰って行くのか。なぜ男の子を殺しも食べもせず、負ぶって返しに来たのか……
かろうじて一命を取り留めた男の子は、村に帰るとき熱を出して倒れ、そこを彼女に助けられたのだと話した。
それを聞き、ついに人々は魔族の少女を村に入れることにしたのだった。
「やっぱり信じられないね」
夜、宿として案内された部屋でフリーレン様がつぶやく。
「私も俄には。でも、敵意も血の匂いも確かにありませんでした」
一室には簡素なベッドとランプが置いてある。隙間風が入ってくるのか少し肌寒く、都市に比べれば心許ない。
けれども私は、むしろ居心地が良かった。きっと住民が温かいからだろう。山地の厳しい環境にも関わらず、朗らかさを保てる人々には感心してしまう。
しかしその思考が再び魔族の少女へと帰ってきた時、ますます大きな不可解さが生じていた。いかに住民が善良でも、それだけで村に自然に魔族が混じる状況は、被害も無く長期間共生するという事態は起こり得ない。何日経っても、私たちには理解できる気がしなかった。
「もし彼女が友好的だとして……その理由は何なのでしょうね」
自然と言葉が口をつく。別に答えは求めていなかったし、今すぐ分かることではないだろうとも思った。
だから、私は特に何も期待していなくて、疲れてあくびを嚙み殺す有様で。
「さっぱりだ」
その様子を知ってか知らずか、フリーレン様は毛布に潜りながら即答するのみなのだった。
それから私たちは一か月ほど村に滞在した。
フリーレン様も私も、目下の関心は魔族の少女についてだったのだけれど、呆れるくらい何も起こらない平穏な日々が過ぎていった。
少女はというと、いつか背負って帰ってきた男の子の家にいるらしかった。たまに村を訪れる医師に診てもらったところ、もともと体が弱かった彼は感染症にかかり、それ以来衰弱が続いているのだという。他人にうつるものではないが、もう命は長くないだろう、とも。
男の子は家族がおらず、小さな小屋に身寄りなく住んでいた。私たちがその前を通りかかった時、魔族の少女も小屋の中にいた。
開けっ放しの扉から覗くと、彼女が布団を換えたり食事を用意しているのが見える。見舞いの品なのか、欠けたテーブルの上にアルメリアの花をさした小さな花瓶がある。小屋の中は全体として貧しさが否めなかったけれど、壁も床も清潔に保たれていて、それがどこか病室じみた静謐さを感じさせた。
彼女は次に花瓶に目をやり、萎れかけのアルメリアに水をあげた。……あまりにも奇異な光景だった。彼女のまるで家族のように振る舞う姿は、もはや人間以上に人間らしく、手慣れた様子がその看病の長さを物語っていた。
男の子は病床についたまま眼を閉じていて、ひどく痩せていた。枕元に置かれた水の入った手桶や、額の濡れ布巾から、熱があるのが伺える。けれど、苦しげながら穏やかな表情にも見えた。
私は思わず、フリーレン様と顔を見合わせる。その目は、害を及ぼすようならいつでも殺せるし、魔族なのだからここで今すぐ殺したって良いと言っているよう。けれども同時に、目の前の情景にそんな考えは不似合いだという困惑も見て取れた。
少女は喋らない。私たちは動けない。そうして時間が過ぎていった。
しばらくして、夕方を告げる村の鐘が鳴った。西日が窓から照り、小屋の中に長い影を伸ばす。
彼女は椅子に座って男の子を見守っていた。それは、これまでもこうしてきたし、これからもこうするのだという固い決意の表れのようで、頑なな何かすら感じさせた。
……結局、私たちはそこを去ることしか出来なかった。そして、
「さようなら」
去り際に、彼女がそっとつぶやくのが聞こえた。
やがて、大陸北部の厳しい冬が近づいてきた。
本格的に降雪に襲われる前に発たなければならない。でなければ、来春までこの村に閉じ込められてしまう。自然とそろそろ出発しようかという話になった。
「でも、本当にいいんだろうか」
宿のベッドで寝ころびながら、ぽつりと吐かれたフリーレン様の疑問は、当然あの魔族に関するものだった。
魔族は人を騙し、殺し、食べるのが普通。言葉を話せども人間の心は分からない。だから躊躇なく危害を加えてくる。その大前提は、今までの経験で嫌というほど知らされていた。ましてや私より遥かに長い時間を生きてきたフリーレン様には、より強く刻まれている理だろう。
しかしあの少女はあまりにも違い過ぎる。人を襲う様子も意思も無く、病人を看続けている。あれから一度、フリーレン様が話しかけたり問い詰めたりしたけれど、芳しい返答は得られなかった。
「わたしはやりたいようにやっている、人間に害は及ぼさない」などと、彼女が気丈そうに言い返していたのは覚えている。けれど、その言葉を鵜呑みに出来る筈もなかった。
そして一方で彼女は、強がる割に彼女自身弱っているようにも見えた。それはあの、末期の病床のような小屋の雰囲気だけのせいにも思えなかった。
真実と嘘と、強さと弱さとが余計に絡まって、何も分からなくなる感覚。そんな矛盾が、このまま村を出て良いのかという迷いに繋がるのは、当然も当然だった。
部屋の中、小さな暖炉で薪が燃えている。締め切った窓の外は暗く、月が銀色に冴え渡っている。見ているだけで夜の冷たい空気に触れるよう。
しばしの静寂が訪れていた。私は考える術を持たず、心配を持て余すことしか出来ず、無為に無言の時間を過ごすだけだった。
思えば、フリーレン様でも知らないことはあるのだ。人間の私が知らないことなど山ほどあって当たり前で、だから今回もその一つに過ぎないのかもしれない。エルフよりも魔族よりも短命な私に、魔族の少女の何が分かるというのだろう?
私たちが村に着いてからひと月以上、あの少女は人間に害をなしていない。むしろ手助けすらしている。そしてそれは、人々の様子から分かるように私たちが来るずっと前から続いている。
それなら私は……何もすべきではない気がした。そのままで上手くいっていることを、わざわざ変える必要はない。あの少女は魔族だけれども、ただ一つの例外なのかもしれない。村の人たちが受け入れている以上、私が考えるべきことではないのかもしれないし、考えるには材料が足りなさ過ぎた。そして何より、私は彼女を信じたくなってしまっていた。
だから私は、このまま村を出ることを提案しようと思った。それで、
「フリーレン様──」
静けさを破って口を開いた、その時。
去った静寂の代わりに、ノックの音が聞こえた。
訝しみながら慎重に扉を開ける。戸口には誰もいない。
しかし外に出てみると、暗がりに人の姿が見えた。それは二本の角を生やしていて……紛れもない、あの魔族の少女だった。
いつも通りブラウスを着て、黒髪を後ろで束ねている。しかしその表情は、明らかにただならぬ気配を感じさせていて。そして、冷たい夜の淵みたいに虚ろな眼が、明かりに照らされ光っていて。不吉さだけが際立つ、赤い血糊が……べったりと、衣服や口元にこびり付いていた。
フリーレン様が容赦なく杖を構える。私も咄嗟にそれに倣う。
けれどもその緊迫した空気は、彼女の予想だにしない言葉でぴたりと静止した。それはあまりにも真っすぐで、耳を疑いたくなるもので……魔族が発するものとは信じられない言葉だった。
「わたしを、殺してほしい」
魔族は人を欺く。それは擬態し餌をおびき寄せるための罠であり、命乞いや、母へ助けを求める言葉などに表れる。つまり魔族にとって、言葉は人に同情を抱かせるためのものでしかない。
その魔族である少女が、あろうことか殺して欲しがっている。そんな言葉は、魔族からついぞ聞いたことが無かった。
フリーレン様の横顔を伺う。目を少女から離さず強く口元を結んでいる。長命のエルフにとっても、やはり未知の事態なのが明らかだった。
彼女からはひどく血の匂いがした。しかし敵意も害意も無い。魔力を以て仕掛けてくる様子もない。人を殺めているであろう魔族を相手に、私たちは次の行動を取れずにいた。
月が仄かに辺りを照らす。薄らと降り始めた雪が、暗闇に落ちては積もっていく。それは彼女のブラウスにも降り、血糊を固めて白く塗り潰す。
ふと、頭に閃きが走る。それは甘い考えだったけれど、考えずにはいられないことだった。どちらにしろ、今の私に彼女を撃つことは出来そうになかったから。考えることだけが私に今やれることだった。
もしかして、相手が魔族であることに拘り過ぎているのだろうか。もし相手が人間だとしたら、私はどうするべきなのだろうか。魔族は人を騙すけれど、この少女がそうとは限らないとしたら。
私は彼女に何を言って、聞くべきなのだろうか。
「何があったんですか……なぜ、殺して欲しいのですか」
だから私は━━そう聞かなければならないと思った。
彼女は眼を閉じ、ゆっくりと開く。
そして、少しだけ昔話をさせて、と言った。
「わたしは、見て分かる通り魔族。だから、人を殺して食べたいという本能みたいなものがある。でもきっと、今までのわたしの様子を見て、ならばなぜ人間の中で暮らし、長く人を襲わずにいられたのかと疑問が湧くと思う。
だから、昔話。
……ずっと前は、わたしも他の魔族と同じように人間を食べていた。それが普通だったし、そうしない理由を考えたことすらなかった。人を襲っては殺して、食べて……そんなことを繰り返していた。
けれどもいつか、人間の魔法使いを破った時、こう言われたんだ。
『お前たち魔族は、自らの魔力を絶対に隠さない。プライドが許さないからと、自分の存在を誇示し続ける。なのにお前たちは何故、食べずに済む人間を本能のまま殺して食べるのか。プライドが高い癖に、猛獣のように本能に従い殺戮を続けて……恥ずかしくないのか』
最初、言われている意味が分からなかった。それは別の問題だと思った。何にプライドを持って何を恥じるかなんて勝手じゃない、って。
……でも、その男を殺した後、わたしは胸の奥に違和感を覚えた。初めての感覚だった。本能はこいつを食べようって言っているのに、どうしてもやってはいけないことに思えた。
そのまま数日が経った。それでもわたしは、とうとう彼を食べることが出来なかった。
そしてそれから、わたしは人を殺すことも、食べることも、恥ずべきことなのだと思うようになっていった」
魔族に悪意や罪悪感はない。苦しみや怒りという感情は理解できても、そうした悪を感じとる心は無いのだろう。
しかし彼女が覚えたのは、恥という感情、本能に従うことを良しとしない観念だった。
それは形は違えど、いかにも魔族らしいことにも思えた。
「けれども、本能を抑えることは難しい。人を見たら襲いたくなるし、食べたくなる。だからわたしは、そのために自分に魔法をかけた。本能に従えば苦痛を感じる魔法、そして、人間に利すれば心地よさを覚える魔法を……人間を害するという本能と、反対のことをするために。
効果は十分だった。もとよりわたしたち魔族は、人間の行動原理を熟知している。だから、それに沿うように魔法をかければよかった。それでも、ほとんどの魔力を注ぎ込む必要があったけれど。
それが何十年も前のこと。わたしはいずれ、この地に住み着くようになり……そしてあの男の子を見つけた」
「あなたが看病している男の子ですね」
私が答えると、彼女は躊躇いがちに頷く。
「見つけた時、あの子はあまりにも弱っていて、脆弱で……わたしは、押さえつけていた本能が、人を殺して食べようという本能がわずかに呻くのを感じた。
きっと時間の問題だった。年々自分にかけた魔法が効かなくなってきていたし、いつまでも耐えることはできないだろうと思った。
だから最後に……わたしは、一番魔族らしくない、本能に反した生き方をしようと思った」
夜が更けた。降り続く雪も、強まる寒さも音は立てず、少女の語りの終着点を聞こうとしているよう。
その中で彼女は、髪をかき分け血糊に触れ、じっと手を当て続けていた。
「それで」
フリーレン様が口走る。
「とうとう耐え切れずに、男の子を食べてしまったと」
その一言は鋭利で冷たく、感情が籠っていなかった。いやもしかしたら、ある種の感情はあったのかもしれない。失望か幻滅か、そのどちらか。
「…………」
彼女は黙り、すぐには答えずこう言った。
「あの子は寒がっていた。まだ冬はこれからというのに、凍えるように震え苦しむばかりだった。熱も下がらず、近頃は食事も喉を通らなくて。魔族のわたしにも、余命僅かだと分かった。
だから──もう辛くないように、殺した。
……言い訳みたいだね。でもわたしは、本能に負けた魔族だから。結局、そういうことなのかもしれない」
彼女は目線を落としうなだれた。翳るその顔からは心が読めない。隠れずに伸びる二本の角だけが、鈍く無機質に月光を反射していた。
私は杖を構えたまま、しかし未だに彼女を撃つ気になれなかった。決断出来ず、何かが起こるのを待つだけ。自分が情け無い。
その思いを見透かしたように、フリーレン様が言い放つ。
「情けない」
しかしその言葉は、私に向けられたものではなかった。
「本当にそこまで思い詰めているのなら、どうして自分で死を選ぶことも出来ないの」
それはきっと、私に向けてのものでも、彼女に向けてのものでもなかった。このどうしようもない状況に対する言葉であり、魔族の心と人間の心の狭間で、それでも何かを見定めようとする言葉だった。
「死は、怖いから。それにあなたは……葬送の魔法使い、でしょう?あなたがここに来たのはきっと、このためだったんだとわたしは思っているから」
彼女は皮肉な微笑みを浮かべた。それは、魔族が人を騙した後の笑みにも見えたし、単なる自嘲にも思えた。
暗い夜の空気が、止まない降雪でますます冷えてゆく。このまま待っていても朝が来るような気がしない、深い夜だった。
「報酬は?」
やがて、フリーレン様が無表情で言った。
こんな後味の悪い仕事に報酬などあっても、気が進まないのは確かだった。金貨だろうが宝物だろうが、どんなに素晴らしい魔導書だろうが、この依頼に相応しい褒賞などあるはずがなかった。
だからそれは、見返りではないのかもしれない。ただ、この暗闇を終わらせるために必要な後押し。あるいは、先に進むための条件……
杖先に光が灯る。仄暗い月の光より眩しくて、明るい光。魔族の命を奪うために放たれる、魔族を葬るための灯火。
「わたしの魔法を、あげる」
「そう」
私たちの会話は、そうして終わった。
後に残ったのは──葬送の儀式だけだった。
それは始まってみれば一瞬で、彼女の生きた痕跡も残さなかった。
◇ ◇ ◇
それから、数か月の時間が経った。
目撃者がいたため、私たちは咎められることなく村を後にした。その後、どうなったかは知らない。
食べられてしまった男の子と、死ねば塵も残らない魔族の少女。なのにその二人に関わる出来事は、私の中に深く残り続けていた。
秋が去って冬が来ても、雪が降っては溶けていっても、消え去ってしまうことはなかった。
もうすぐ春が来る。
遠い山麓には残雪が見えるけれど、辺りの平原では草木がすでに芽吹いている。
私は変わらずフリーレン様と旅を続けていた。北部の山岳地帯はとうに抜けて、今では遥か彼方にその面影が見えるだけ。
「アルメリアの花が咲いていますね」
道端で、思わず私はしゃがんで見てしまう。ピンクの花びらを広げるさまが綺麗。あのとき男の子の病床で見たものと同じなのに、まるで違って生き生きとしている。
特に意識せず発した私の言葉は、やはりフリーレン様にも村のことを思い出させたようで、
「……本当に、どこが『心の夢を見る魔法』なんだか」
フリーレン様は、ぽつりと呟くのだった。
あの少女が自身にかけていた魔法は、そんな名前だった。
魔族の本能に逆らい、人間に近しい行いをするための魔法。本能に従えば苦痛が生じ、反すれば心地よさを感じる魔法。
それはまるで、心無きものが心ある振りをするような、虚しく哀れな魔法だった。そんなものを創り出すほど、彼女のプライドが高かったということ……その事実自体が、私には虚しく憐れむべきものに感じられた。
彼女は死の瞬間、何を思ったのだろうか。男の子を殺し食べた時、どう感じたのだろうか。やはり他の魔族と同じように、罪悪感など無く、本能の動きと苦しみを感じていたのだろうか。
けれどもしかしたら、本能に飲まれ切る前に自ら滅びを選択して、それだけは誇りに思えていたのかもしれない。私は何となく、そうであって欲しいと思った。
なぜなら──そうして寄り添う心を、心無きものに心を見ることを、忘れてはいけない気がしたから。それは人類か魔族かということを越える、類まれな例外だった。
健やかに咲くアルメリアの花に、私はそっと手を合わせる。魔族の少女と男の子のために。
それぐらいであれば、許されてもいいのではないか……そう、思ったのだった。
春の前触れの日差しは草地を越え、遠く山稜まで届いている。それはどこまでも明るく照らし、名残り雪も溶かしていく。空にはわずかに雲が浮かぶだけで、しばらく晴天が続きそうだった。
私は立ち上がってから、もう一度アルメリアの花を見つめる。ピンクの花と茎が影をつくり、ゆるく地面に伸びている。
今も思い出すその様子はまるで、黒い影が花を支えているみたいだった。