足立ってヤツ、あいつアスペだよw   作:足立海

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早く夜明けを見せてほしい

 布団に潜ると、嫌なことを思い出してしまう。

 君は異常だと指摘を受ける前の、悪い行いを。

 

 当初、仲が良かった子は、僕から離れていった。

 

 斎藤という人がいた。

 彼は頭が良いから、数学の教えを請おうと頼み込んだ。『信用しているから、頼りにしてるからこそ』と理由を付けて頭を下げたが、拒否された。

 彼がSNSで陰謀説を唱えていた時には、それを正そうとした。僕は善意だったけれど、相手にとっては不快でしかなかった。自覚せずにレスバトルのようなやり取りになり、最終的にはブロックされてしまった。

 

 

 学校では、相手からはあからさまに無視されることが多くなった。僕は気にしなかった。どんな人にも気軽に話せる。自分の優れた点と認識していた部分は、ただ僕が傲慢なだけでしか、なかった。

 

 

 木内くんは、斎藤くんとも僕とも仲が良かった。でも、僕と斎藤くんの関係が悪化した途端、僕から離れて、斎藤くんだけに付いていくようになった。

 

 彼は、僕を不要と判断したのだ。

 

 

 

 

 それから少し後の修学旅行では、二人と同じ班になった。これを機に関係再建……といきたかったが、またトラブルを起こしてしまった。

 事前学習、班での話し合いの末、ある人物を調べる役目を任された。僕はインターネット上の百科事典記事を基にして、楽に終わらせようと思っていた。

 

「なんでwikipediaで調べようとしてんの?」

 

 斎藤くんに問われる。

 

「何か良くないことがあるの?」

「wikipediaって信用性無いの知ってる?」

「そりゃそうだけど、この記事は例えば出典が無いとか、独自研究がある、などの警告が出てないし、信用できると思うよ」

「俺も悪いと思うなー、しっかり調べないとさぁ」

 

 木内くんにも言われる。頭に来る。自分ははっきりとした根拠を持って取り組んでるのに、手伝いもしない人間に口を出されることが不快だった。

 

「作業を任されたのは僕であるし、話し合いで任せたのは二人であり、そう口だけ出して手伝う気はないんでしょ? 百科記事以外の情報を辿ると本を探すくらいだけど、その分のお金はどうするのさ」

 

 騒ぎを聞きつけた先生がやってきて、二人の意見に同調する。

 

「先生もwikipediaはダメだと思うな~、自治体のHPとかから取り上げたらいいんじゃない?」

「いや、自治体よりwikipediaの方が情報量も多いことに加えて、注釈や出典もしっかりしていますし。信用性にかけることはないですよ、先生」

「でも、間違いがあるってニュース記事があるし……」

「金くらい自分でだしゃぁいいじゃん、ケチ臭ぇな」

「これだけ言われるんだからさ、拘るのやめなよ」

 

 別の班員からも言われる。しかし、引き下がる気はなかった。僕が正しくない理由はない。第三者に言えば僕の主張は認められる算段が高いだろう。

 

 

 言い合いは、三十分続いた。

 

 

「そんな大きい声で言い合わないでくれる? 話してる俺も恥ずかしいんだけど」

 

 苦い顔をした斎藤くんに吐き捨てられる。周りの言い分を利用して、僕を不利に追いやろうとする意図が見え見えだった。

 

「それは話の内容に影響しない要素だよ。これは、僕と君たちの問題で、そのほかは全く関係がない」

 

「もういいよ、足立くんはIpad没収ね」

 

 呆れた先生が、僕が調べる用途で使っていたタブレットを強引に取り上げる。抵抗する術はない。

 

 僕は何もできなくなり、五時間目は言い合いだけで終わった。

 

 

 ある掃除の時間のこと

 

「カレンダー、やらなきゃな」

 

 二学期から担任が置いている日めくりカレンダーが目に留まる。もう下校であるし、今のうちに日付を破って明日にしておこう。誰もやろうとしないことをやるのは、良いことだと思った。

 切り取り線に沿って丁寧に破っていると、後ろから声をかけられる。

 

「お前さ、なんでカレンダー破ってんの? 明日やりゃいいじゃんw」

 

 斎藤くんだった。

 

「そりゃ明日の日付にしないといけないからだけど」

「それやる意味ある?」

「どうせ誰もやらないからやってるんだけど、それは君も同じでしょ」

「ふ~ん」

 

 彼が僕の前から去る。

 嫌な気持ちになった。

 僕はみんなのために、自分から気づいて行っているのに。

 やろうともしない奴に文句を言われて、傷つかなきゃいかないんだろう?

 

 

 最近、友達との仲が悪い。母親に相談した。

 

 

「以上の理由で、斎藤くんや木内くんと仲が良くないな、と思うけれど、どうしたらいいと思う?」

「とりあえず、自分の非を認めて、一対一で謝るべきだよ」

 

 

 納得した。僕は彼らのことを全く嫌いになってはいないし、どうにか関係を戻すために、話し合いの場を持とう。そう思った。

 

 

 

 早速先生と取り合って、まずは斎藤くんと対面で話す機会を持った。

 

 彼女の持ち部屋である図書準備室で、彼と向き合う。

 斎藤くんは、猫背で、ふてくされた顔をして座っている。

 

「早く帰らして欲しいんだけど。部活に行きたいんだわ」

「分かった。手短に話したいけど、なんで呼ばれたか分かる?」

「知らない」

「簡単に言うと、仲直りがしたんだ。SNS上の口論や、事前学習でのことは、本当にすまなかった。謝るからさ、また仲良くしてほしい」

 

 斎藤くんの返答は、期待していたものとは真逆だった。

 

 

「無理。頭のおかしいお前とは付き合えない」

 

 

 拒絶。即ち蔑視。友達だった彼はもう存在しないことが僕に提示される。

 

 それ以前に、僕と彼はそもそも親しい関係ではなかったのだ。僕は相手の気持ちに配慮できずに、自分勝手な行動を繰り返した。自覚するまで、何度も。

 

 そうして 足立=変なヤツ という認識が生まれ、彼はすでに、僕をそう見ている。

 言い方からして、不可逆的なものだと分かった。

 

 

 

 僕は、現実をうまく咀嚼できなかった。

 一体どうして、こう丁寧な場所を設け、相手が誠意を込めて謝罪しているのに、それを突っぱねるのか……、逆の立場だったら、間違いなく手を取り合うのに。

 

 

 これ以上話しても無駄だと、理解する。そして、諦めを受け止め、言う。

 

「なら、今後一切関わらないようにしよう」

「だな!」

 

 

 この間、先生は一言も話してくれなかった。彼女からの仲介の言葉を期待していたが、結局無言であった。

 

 以来、僕と斎藤くんはコミュニケーションを取らなくなった。

 木内くんも同じだと思い、彼との話し合いを取りやめた。

 

 僕は、陰キャグループの中からはじき出された。

 意味することは、クラスそのものからの、孤立だった。

 それ以来、僕のあだ名は「Wikipediaくん(嘲笑)」となった。

 

 

 

 

 通学、駅に行くのは一人だ。

 

 電車、一人で、ヘッドホンでThe Colour and the Shapeを聴く。学校に行きたくないから、どうにか、爽快な音楽で気分を和らげる。1997年リリース、ポストグランジの傑作だ。

 

 定位置の席に座り、膝の上に乗せたカバンに頭を埋める。

 周囲の景色なんか見たくもない。学校に向かう事実が許せない。

 

 下車しても待ち合わせる友達は誰一人いない。昭和から脱却できずに衰退した街中を通る。みんなをごぼう抜きしながら学校へ向かう。

 信号が青になったら真っ先に飛び出す。いっそのことなら轢かれてしまえよくて

 

 校門では時代遅れの価値観持ちが待ち伏せているから、それまでにヘッドホンを外す。

 

 教室の扉を開けても、おはようと言っても、僕を見る人はいない。

 先生の忖度で、席は一番後ろの窓側。全く不愉快でしかない。

 HRまで机にタオルを敷いて寝る。

 

「何聴いてるの?」

 

 なんて、僕には誰も問いかけない。クラスのみんなは友達と集まって、楽しそうな話をしてるのに、僕だけが一人でいて、音楽を聴いている。そりゃ、そうだ。フィッシュマンズなんか三十五人で誰も知らないだろう。音楽を聴けば聴くほど、クラスでは孤立していく。

 

 

 失った関係は、二度と戻らない。

 

 

 

 

 文化祭、最悪の祭りだった。いかに僕が微妙な立場であるかを、思い知らされた。

 

 クラスTシャツをクラスで作ることになり、僕も係に要望を出した。当時はOK Computerというアルバムをよく聴いていたので、『OK,Computer 1997』という背ネームにしてほしいと伝えたが、準備期間に渡されたシャツには、『1997』が『1197』になっていた。

 

 殺してくれ、と思った。

 タイトルと西暦で完成する、分かる人だけに分かるように出したのに、その一つの間違いで全てが崩壊した。この出来事をきっかけに、僕はクラスに心底失望してしまった。

 

 醜い出来事は続く。

 その日の帰り、一人で歩く僕の前には、他のクラスで比較的仲の良い子が談笑しながら歩いていた。彼は頭がよく回り、僕ともたまに話してくれるから、良い人なんだという認識を持っていた。

 横には部活の後輩らしき人物がいる。

 

「文化祭楽しみっすね」

「そうだな~」

 

「そういえば、軽音楽部が体育館で発表するじゃないですか、どうです?」

 

「あれねぇ、部長の足立ってヤツ、あいつアスペだよw」

 

 自分の耳を疑う発言が、飛び込んできた。

 ある程度親交のある人を、僕を、陰で障害者だと馬鹿にする。その人格に、心の底からぞっとした。僕と話してくれる数少ない人だったために、その言葉は僕の心に深く刺さり、しばらく抜けなかった。

 

 

 彼は、早稲田大学に進学するらしい。

 

 

 例の『アスペ』発言によってあまりに落ち込んだので、担任の先生に相談を持ちかけた。文化祭が終わった後のことだった。

 

 

「文化祭の準備にも全く関わらず……というより、僕が積極的に作業に参加するメリットより、僕が作業に参加してしまうことで、クラスの個々の人間が抱く不快感の方が上回ると思ってしまい、参加することに対して億劫になってしまったんです」

 

 加えて、惨めさがあった。

 僕は、一年生時の文化祭で中心的な役割を果たした。メンバーを割り振り、製作の指揮を執るまでにイニシアチブを握ることができていたにも関わらず、三年の今、どうして上記の理由で作業参加に億劫になり、教卓の下でうずくまり、そこで昼食を食べるようなハメになったのかを、ずっと考えていた。

 

「それはそうだね」

 

「背番号を間違えられたのは知ってますよね? 僕は、それを偶然の仕業だと解釈することが難しい状態にいるんですよ。係の人が僕を陥れるためにやったんだと解釈してしまいそうで、そう考えてしまいたくなる自分が、全然許せなくて」

「でもそれは、斎藤くんや木内くんと喧嘩してしまって、仲直りも断られたから、全部自分のせいなんですよ。分かってるけど、考えれば考えるほど自分を卑下する選択肢しか思い浮かばなくて、本当に辛いんです。僕は一体どうしたら……」

 

 

 

 先生は、顔色を変えない。

 

 

 

「悪いけどさぁ、先生も忙しいのよ。だから足立くんが何を言おうと、私は特に何もしてあげることもできないんだよね~、ま、申し訳ないけど」

 

 

 

 驚くことに、彼女は、僕に何のアドバイスもしてくれなかった。

 教え子がここまで苦しんで、相談しているのにも関わらず、忙しいという、それだけの理由で。

 

 結局のところ、先生だって自分が生きるために教師という仕事をしているに過ぎない。だから、円滑に仕事を進める都合上、僕に差し伸べる手は無いということだった。

 

 

 大人は醜い。もちろん、その中に僕もみんなも入っている。

 これが高校三年間で得た、最大の教訓に違いはない。

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