あくる日の夜、儚く溶けゆく定めを持った白い妖精たちがふわりふわりと落ちていく。家屋や街灯から広がる光が夜闇を寝付けさせない頃に底冷えする寒空の下、番傘をさして出歩く者が1人居た。
行き交う人々の視線が、彼女の帯に収まっている木刀に集まるが、すぐに視線は元に戻っていった。その者は視線を気にすることなく、石畳と草履の擦れる音が聞こえる中、裏道へと入り暫く道なりに進み目的の場所へと到着する。
木製の移動式屋台に軒先に掛けられた『おでん』の3文字。その者は屋台へと近づき、番傘を閉じたあと暖簾をくぐり店主へと挨拶を交わす。
「大将、やっていますか?」
「らっしゃい。今日は空いてるよ」
甲斐犬と思わしき特徴を有した二足歩行の
少女は番傘を近くに置いたあと、帯に携えた木刀を抜き番傘の隣に置いたあと、敷物の上に着席する。何も言わずに待っていると、店主が適当に見繕ったおでんが深皿に盛られた状態でお出しされる。
そのすぐ後、温かい番茶の入った湯呑みと箸が置かれ、少女は箸を手に取ったあと両手を合わせて、いただきますと一言だけ口に出したあと、おでんを食べ始めた。
具材から浮かぶ湯気が示すように少女が大根を食すと、はふはふと口を動かし湯気が外へと出ていく。程よい熱さになった所で、大根は少女の喉元を過ぎ去った。
次いでこんにゃく、ゆで玉子、はんぺん、餅巾着、ちくわぶ、ミズダコ、厚揚げ、ソーセージなどを食していく。食べている最中の会話は無く、ただ少女の食事中の音と店主が調理をしている音だけがそこにあった。
やがて皿に盛られていた全てを平らげると、店主が皿を戻して洗い場に置き、目の前の少女に問いかける。
「〆は?」
「うどんでお願いします」
「あいよ」
店主は要望を受けて、早速取りかかる。いそいそと少女に見えない場所に移動すると鍋とカセットコンロを取り出し、鍋に水を入れてコンロに火をつけた。暫くして鍋の水が熱湯に変化したところで、鍋に茹でるタイプの袋麺を1玉入れた。
器を用意し、3分程度の時間が経った頃合を見計らってザルを用意しお湯とうどん麺を分ける。湯切りを終わらせると器にうどん麺を入れて、おでん汁とゆで玉子、天かすを器の中に入れる。最後に葱を振りかけると、完成された一品が少女の前にお出しされた。
湯気立つ美味なる芳香が少女の鼻腔に侵入し、味覚が刺激され食していないのにも関わらず、目の前のうどんの味を理解していく。少女は静かに両手を合わせたあと、店主がさりげなく置いてくれたであろうレンゲを手に取り、うどんをすすり始める。
寒々しい外の空気の中、隔てる役割しか持たない暖簾という境界線の内側では、静かな場にうどんを食す音だけが響いていた。どこか神聖な儀式めいた雰囲気の中で少女はふと、箸とレンゲを持つ手を止める。店主がその違和感を察した途端、少女は箸とレンゲから手を離し左側に置いていた木刀を持つ。
「店主、少し席を外します」
「……温め直しときやしょう」
「心遣い、感謝します」
席から立ち、暖簾をくぐって外へと出た少女は3歩ほど歩いたあと、少しの段差を飛び越えるかのように片足を使って軽く跳んだ。
しかしそんな動作とは裏腹に、およそ3階建ての建物の屋根に飛び移るほどの跳躍力を発揮する。屋根の上に飛び移った彼女は、星の煌めきが目立つ夜空を見上げた。そうして空を見上げていると、少女は自身に向かって超高速で飛来する何かを知覚する。
遅れて何かが爆発した音が耳に入ると、少女は膝を軽く曲げたあと勢いよく跳び、拳を作った右手でアッパーを繰り出す。それと同時に飛来した
砲弾が縦に回転しながら空へと飛ばされていくが、やがては重力によって落下していく。少女は左手に持った木刀を自身の顔の右側に構え、タイミングを合わせて砲弾の尻に目掛けて木刀を薙ぎ払うように叩き付ける。
そのまま砲弾は遙か彼方の向こう側へと吹き飛ばされ、夜の闇へと消えていく。少女はそのまま落下し地面に着地して、1つ息を吐いておでん屋の方へと帰って行った。
「やはり、これでも駄目でしたか」
薄暗い森の中、着物をはたき土埃を落としながらそう言った狐面の少女。自身の獲物である三十年式銃剣を取り付けた九十九式短小銃【真紅の厄災】を肩に担ぎ、返却された砲弾で破壊された設置式の
ツテを利用してあれこれ注文をつけて用意した一品であったが、こうも容易く返され正確な位置に着弾したことで、ただの鉄屑へと変わり果ててしまった。とはいえ、この事態はあくまで想定していたものであったため、狐面の彼女に動揺の色は無い。寧ろ彼女は仮面で隠れた口の端を可能な限り上げて、弾んだ声をこぼす。
「いつか必ず、その
狐面の彼女は軽い足取りでその場を離れ、鼻歌を歌いながら薄暗い森の奥深くへと消えて行った。