百鬼夜行連合学院自治区。観光産業によってその栄華を反映しているこの場所だが、煌びやかなイメージとは裏腹にこの自治区ではかなり珍しい物を取り扱う会社がある。名を
この会社、本社のある百鬼夜行では純度の高い鉄の流通ならびにそれらを使用した鉄製品の販売まで行うなど、その影響力はかなりのもの。元は自治区のみの流通という形で収まっていたが、近年新たに代表取締役に就いた百済家の長女『百済 ウラ』の手腕により、その経営範囲をキヴォトスにまで進出。
百済というネームバリューに則った高級鉄製品を主軸に、弾薬、美術品としての刀剣類、タクティカルナイフ、銃のフレーム、戦車、二足歩行型兵器などの製作にも着手しており、扱っていない製品を挙げていくほうが数える手間が少ないほど手広い。また新たにジュエリーブランドも立ち上げており、水晶や蛍石を筆頭に翡翠や琥珀などを販売している。
経営範囲を広げる立役者となった百済ウラの名は古き家の名前とともに新しい勢力として台頭し、キヴォトスにおける地位を確立させた。メディアの拡散力も相まって彼女の名を知らない人物は殆どおらず、
ヘルメットを被っているが、彼女から生えた三日月のように反った銀色の2本の角がよく目立つ。杖を持つ彼女の隣には工場責任者の者と幾人かの技術者が付いており、紙の報告書を見ながら彼女らの説明を百済ウラは聴いていた。
「────以上の事から、この機器類の導入により前年と比較してレアメタルの製錬・加工時間は平均して12%短縮し、使用電力の少なさも相まってコストパフォーマンスの向上に貢献。現在5台が試験導入されていますが、これをあと3台導入し本格稼動すれば、およそ3年以内には5%の純利益上昇が見込められる想定です。代表、如何致しましょう」
「この部品の損耗率が気になる。使用されているのは……チタニウム合金か。ウチ以外で部品を発注したのはどこ?」
「ミレニアムとゲヘナ自治区内の中小企業です。ただゲヘナ側は予定されていた品質になるには値段が不相応だと申していましたのて、代用品を使用しております」
「予定規格の部品は幾らと?」
「最低でも1つ6800円以上」
「交渉してこれ?」
「至らなさを痛感するばかりになりますが、はい」
「……わかった、ボクも行こう。担当者に話をつけておいて、来週の火曜に行く。ミレニアム側との話は任せたよ」
「感謝いたします、代表」
「とはいえ、代用品の使用でこれほどとは。流石はミレニアムと言った所か。交換留学を提唱しておいて良かったよ、ホント。あとは予定規格品での稼働でどのくらい性能が変化するか」
そう言ったところで、彼女はポケットに入れていたスマホが震えていることに気付くと、それを取り出して画面を見る。通話待機画面に映し出された法務部の3文字を見て、すぐに通話を開始した。
「ボクだ、例の件か?」
『はい、準備が整ったためご報告を。3日後の17時半にご集合をお願いします。既にマオ様とアクロ様にはお話を通しております』
「わかった、ご苦労。他には無いね?」
『以上です。視察中ながらお時間いただき感謝します』
「了解した。引き続き頼んだよ」
『はっ』
電話を終えてスマホをポケットの中に入れたあと、彼女は視察の終了を告げた。技術者たちは業務に戻らせ、責任者とともに工場に面した道路に出た。すぐに彼女らの目の前に黒の車が到着し、運転席から運転手が出て後部座席のドアを開けたのを確認すると、彼女ほ責任者に挨拶を交わしたあと車の中へと入る。
扉が閉められ運転手が乗り込むと、車は本社工場を離れていく。バックミラー越しに姿勢良く頭を下げて見送る責任者を一瞥し、ウラは車の座席にもたれかかった。
「視察お疲れ様です、代表。このあと19時に陰陽部との食事会がございますが、このまま御帰宅しますか?」
「……いや、少し寄り道して帰る。確か今日は和洋折衷コラボの限定スイーツを売ってる店が近くにっ」
彼女が話していた最中、突然運転手が車を停車してガクンッと体が前後に揺れた。何事かと思い前を覗いてみると、不良達が道路を塞いでいる。フロントガラスから分かる範囲の景色を観察すると、何やら3人ほどの不良が柴犬の犬人を囲んで脅している真っ最中なのが見えた。
ウラは呆れた様子を隠さずに座席にもたれかかり、それと同じくして彼女の居る後部座席の窓ガラスが不良の1人にノックされた。1つ息をついた彼女は杖を持ったまま車のドアノブに手をかけた。
「代表、この程度の輩に貴女が出る必要は」
「悪いけど、ボク今機嫌が悪いんだ。止めないでくれよ」
その言葉を皮切りにウラは車のドアを開けて外へと出た。すぐに車内から出てきた彼女に、不良達は下卑た笑みをしながら威嚇した。
「おうおうおう! 今お取り込み中なんだ、よそ行ってm──」
言い切る前にウラは持っていた杖で不良の1人の顔面を薙ぎ払い、柴犬の犬人を取り囲んでいた3人の不良に衝突させた。何が起きたのか分からないまま倒れた不良達は体を起こそうとして、杖をつく音の方向へと顔を向ける。そして1人の不良が彼女の顔を見て青ざめた。
「あ…… アイツ、【キシン同盟】のウラじゃねぇか! 」
「えっ……ゲェッ!? ヤバいヤバいヤバいさっさとずらかるぞお前ら!」
ウラの顔を見た不良達は慌ててその場から脱兎のごとく逃げ去ろうと試みたが、それはウラの持つ杖の先から銀色の液体が不良達の足首を拘束し失敗に終わる。銀色の液体はまるで意思を持っているかのように不良達を上空へと引き上げ、地面に不良達の頭を叩きつけた。
それを10回、20回と繰り返し漸く不良達が銀色の液体から解放された時、彼女らは満身創痍となっていた。倒れている4人のもとに近付いたウラは、起き上がろうとしている不良達に見下す視線を向けながら無言で立ち尽くす。
「あ、あの……その……」
「失せろ。本来ならお前達みたいなゴミにかける時間も手間も無いのに、一丁前に人間様みたいな態度で生きてんじゃねぇよ」
「え、ぁ」
「これ以上ボクから損害を出させるな。まだやるなら、かさ増しした賠償料を全額身体で払ってもらうぞ」
「す、すんませんしたっ! 命だけは勘弁してください! お前らさっさと立て!」
蜘蛛の子を散らすように不良達はその場から逃げ去って行き、残ったのはウラと柴犬の犬人、そして運転手が乗っている車だけであった。彼女は踵を返して車に乗ろうとしたが、囲まれていた被害者が彼女に声をかけ呼び止めようとした。
「う、ウラ様! この度は救ってくださり誠に」
「礼は要らないよ。今回のことはボクが苛立って手を出しただけ、貴方は普通の日常に戻ってください」
そのまま彼女は車内に入り、車が再度発進しその場から遠ざかっていく。嵐の如く過ぎ去った彼女の心境は、急激な低気圧に遭遇したような低迷した気分であったという。