「はい、お待たせー。特製ラーメン2人前!」
店主の威勢のいい声と共にカウンターに出されるラーメン。
コラーゲンたっぷりなトロ肉とシナチク、煮卵にわかめなど、特製というだけあって多くのトッピングが入ったそれを前によだれを流しそうになるのを我慢しつつ、順平は手を合わせてから割りばしを割って、麺をすする。
「あーーー!うんめえー、やっぱ、はがくれの特製ラーメンは最高だぜ!」
「いつも食べてんじゃん。大声出さなくても」
「チッチッチッ、わかってねーなー、理君。いつも食べても飽きない、これこそが至高なのだよ」
「ふーん…」
生返事で返して麺をすする理だが、転校してからここには何度も通ったことを思い出す。
クラスメートの友近や今は関西で社会人をしながら陸上をしている早瀬、真田に荒垣など、様々な人々とここにきて、ラーメンを口にしてきた。
彼らとの絆の陰にはこのラーメンの味と香りがあったといってもいいだろう。
「でもさ、いいの?順平のおごりで」
「あったりめえだろ、あんなことがあった後なんだしよ。それに、あんな奇跡を起こして帰ってきたんなら、これくらいいい思いしたっていいだろ?」
それに、うまいもんは仲のいい仲間と一緒に食うと更にうまいからよ、そのようなことを順平が言っていたような、言っていないような気がしたが、とりあえず理はラーメンをスープ一滴まで食べつくす。
「んで、よ…お前に一つ、報告してえことがあってさ…。今日、誘った目的はそれ」
「ん…?」
「食い終わったらよぉ、ついてきてくれよ」
18時が近づこうとしているムーンライトブリッジの近くにある公園。
日の入りが近づいており、小学生たちは既に家に帰っており、人の少なくなった公園で順平の投げたボールを理のグラブが掴む。
そして、すぐさまボールを右手で握り、順平に向けて投げる。
「近くにあってよかったぜ。キャッチボールのできる公園。探したんだぜ。お前としたくてよ」
「キャッチボールのためだけに…順平らしいな」
「へへっ、お前にとっちゃあ小さいことかもしれねーけど、俺にとってはすっげえ大事なことなんだぜ?」
綾時との決戦が迫る1月に交わした小さな約束。
かつてあこがれて、今も捨てきれていない野球のことを理たちと関わることで認識した。
今更、メジャーリーガーになりたいとか野球選手になりたいとは言わないが、それでもこうしてキャッチボールをしているのが楽しい。
「そういや、ゆかりッチから聞いたぜ?少しずつ、親がいたときのことを思い出してんだろ?やったのかよ、キャッチボール」
「父さんと1度だけ…それ以外は、全くしてない。友達とも。お前とが初めてだよ」
仕事の休みの日に3人で長嶋神社の公園へ行き、そこで大きめのやわらかいボールを使って父親としたキャッチボール。
今の野球ボールとグローブとは程遠い、笑ってしまうようなキャッチボールだったが、それをした後で嬉しそうに笑いながら頭を撫でてくれた父親の顔が脳裏に浮かぶ。
記憶をなくしていたとはいえ、脳裏に残る両親の一番の記憶が彼らの死であり、その死に顔しか思い出せなかった理によみがえった、安らかな両親との思い出。
「今度は天田とか友近も誘おうぜ、きっと楽しいからよ。それで作っていこうぜ、青春の思い出って奴を」
「ああ…そうだな!」
「お、いいボールじゃねえか理!」
バシンと響く音にグローブから伝わるビリビリとした感覚。
長らく忘れていた野球の感覚に順平は笑みをうかべていた。
「そういやぁ、どうだったんだよ、ディスティニーランドは。ゆかりッチと二人で泊りがけって、うらやましいなぁ!」
「別に、特別なことはしていないさ。ただ、一緒に遊んで、一緒の部屋で寝泊まりしただけさ」
「いやいや、何特別じゃねえみたいなこと言ってんの!?まさか、それであーんなことやこーんなことをぉ!?うらやましいぜ、ちくしょう!」
「…?」
なんでそこまで悔しがるのか、キャッチボールをしていなければ首をかしげていたであろう順平の反応。
1泊2日の短い期間だが、そこでのゆかりとの二人きりでの旅は二人の恋人になってからの最高の思い出になった。
その写真はお互いの自室の机の写真立てに入っている。
ただ、一緒の部屋で寝泊まりするのはゆかりとの間では普通のように理には思えた。
なにせクリスマスや大晦日の決断の後、理とゆかりは毎日のようにこっそりと一緒の部屋で、同じベッドで寝ている。
綾時との戦いを決心したものの、やはり敗北してしまう可能性があり、後悔したくないことや不安を和らげたいからとゆかりから頼まれたことだ。
その当たり前だろうと言っているような理の反応が順平のくやしさを増幅させる。
「お前、まさかAから一気に…むうう、けしからん!」
「何言ってんの、順平」
「うるせー!ちくしょー!俺だって、すぐにでもチドリと…!」
卒業式の日、記憶を取り戻した順平が約束を果たした後ですぐに行ったのがチドリへの面会だ。
ともに戦ったわけではないからなのか、彼女が影時間の記憶を取り戻した様子はなかったが、少しだけ順平と会話をしている際に嬉しそうな顔を見せるようになった。
また、最近ではスケッチブックに窓から見える景色や順平の絵を描くようになっており、退院後は桐条の支援の下で月光館学園高等部に通うことになっている。
距離は縮まっているが、いまだに恋人関係まで進んだわけではなく、キスもデートもしていない。
理とゆかりの濃密な恋人ムーブが順平の脳裏に浮かび、いつかチドリと同じようなことをして、結婚まで二人よりも早く進んでやるとひそかに誓いを立てていた。
「そういえば、最近図書館とか本の虫行ったりしてるのを見るけど、どうしたんだ?」
「話をいきなり変えるなよ!まぁ…勉強だよ、勉強。将来のためのよ」
「勉強…?順平が?」
「そんな意外そうな顔をすんなって、野球を、もう少し追いかけてみようかって思ってよ。コーチになるための本を読んでんの。んで、少年野球チームとかで野球教えてみようかって話さ」
ろくに勉強をしたことのない順平にとっては、たとえそれが少年野球チームが対象であったとしても高いハードルといえる。
だが、クラスメートの宮本の幼馴染である西脇が同じくコーチを志しており、現在は猛勉強中だと聞いている。
彼女も順平ほどではないとはいえ、成績が良いとはいえない状態からのスタートであるが、充実している様子だったというのが宮本からの話だ。
「俺の頭じゃ、大学は無理だからさ…調べてみたら野球チームってけっこー金かかるみたいだからアルバイトしながらになるな。だからよ、卒業したらこうしてキャッチボールしたり、ラーメン食ったりすることがなくなっちまうかもって」
ある程度キャッチボールを続ける中で真っ暗になっていき、街頭の明かりがつき始めたところでキャッチボールをやめた順平はグラブとボールをそばに置いて、大の字になって横になる。
その隣で理も横になり、徐々に空に現れる星を眺める。
「やったよな…俺ら。まるで夢みたいだぜ、こういう日常…」
「ああ…」
「理、あんときはお前に任せるしかなかったけどよ…もし同じようなことがあったら、ぜってーてめえだけを犠牲にするのはおことわりだからな。最後の最後、9回裏ツーアウトランナーなし、フルカウントからでもハッピーエンドの道を探すからよ」
「そんな時は、もうごめんだけどな…けど、ありがとう…順平」