「はあああああ!!!」
アイギスが召喚したオルフェウスによるメギドラオンが死に触れたがる人々の無意識が生み出した化け物、エレボスに炸裂する。
ゆかりたちの決死の攻撃によって傷ついたその魔物にメギドラオンの一撃をしのぎ切るだけの力は残されておらず、肉体が崩壊していく。
「すごい…勝っちゃった…」
「へへ…ざまぁ、みやがれってんだ…。こちとら、いっぺん世界を…救ってんだからな…」
軽口をたたく純平だが、今回の相手は運命の日に戦った綾時に匹敵する強さがあった。
疲れ果てて、できることなら今すぐにでもベッドに飛び込みたいくらいだ。
「言ったでしょう。私たちは負けないって」
いまだに勝利が信じられずにいるメティスだが、最愛の姉の言葉に首を縦に振る。
「え…何、これ??」
「どうした?山岸」
「この反応…警戒してください!まだ、敵は消失していません!むしろ…むしろ強くなって!!」
崩れていくはずのエレボスの肉体の周辺に数多くのシャドウが出現し、次々と取り込まれていく。
そのシャドウの中には1年間に戦ったかつての大型シャドウの姿もあった。
「させるか…よぉ!!」
順平が召喚したトリスメギストスがとびかかるが、炎の脚を阻むかのように黒い障壁が出現する。
障壁はエレボスとエレボスに飲み込まれるシャドウの身を守り、その間にもエレボスの肉体が再生していく。
いや、再生しているだけではなく、徐々に大きくなっていき、2つあったうちの顔の一つが消え、肉体が黒いもやでできた巨人といえるものへと変わりつつある。
「くそっ!やらせるか!!」
「私も!!」
真田もカエサルを、メティスもプシュケイを召喚し、順平と3人がかりで攻撃するが、障壁を突破することができない。
やがて、エレボスの姿は扉をはるかに上回る巨人と化していく。
肉体は女性的な形状となり、残された顔はアイギスに似たものに変わっていく。
同時に守っていた障壁が消えていった。
「くっ…まだ、あるというのか!!」
「まずい…真田、伊織、メティス、ペルソナを戻せ!!」
美鶴の言葉と同時に、巨人化したエレボスの右掌が自らの再生を阻もうとした3人の不届き者に向けて振り下ろされる。
振り下ろされた右掌から放出されるエネルギーとプレッシャーがペルソナを介して3人にも伝わり、3人は急いで彼らを戻す。
右掌の一撃が直撃することはなかったが、それでも地面に当たると同時に青白い衝撃波となってアイギスたちに襲い掛かる。
「カーラ・ネミ!!」
テウルギアを起動して状態で召喚されたカーラ・ネミが光の防壁を展開して衝撃波を受け止める。
障壁を介して伝わってくる衝撃波の破壊力だが、このカーラ・ネミが生み出した障壁であれば、1度だけではいえ跳ね返すことができるはず。
だが、天田たちの想いを裏切るかのように障壁にひびが入っていく。
それは誰もが肉眼で見えるほどだった。
「天田のペルソナのバリアで守り切れないだと!?」
荒垣の遺志を継ぎ、戦うことを決断した天田がペルソナ進化とともに新たに得たその力は何度も真田達を致命的な攻撃から救ってきた。
だからこそ、その障壁を突破されようとしていることが真田達にとっては衝撃だった。
更にエレボスは同じ力を宿す左掌をも振り下ろし、バリアが粉々に砕け散る。
2つの衝撃波のエネルギーが融合し、巨大な津波のようなものとなって門もろとも特別課外活動部に襲い掛かる。
「ちっくしょおおお!!」
逃げられないことが分かった順平がトリスメギストスを召喚し、マハラクカジャで全員の守りを固める。
この巨大なエネルギーの一撃に対しては大したものにはならないことはわかっているが、それでもできることは少しでもダメージを抑えることだけだった。
エネルギーの津波は彼らを飲み込んでいき、門に襲い掛かる。
津波が消え、地面には順平達が傷だらけで転がる。
似たような攻撃を最初のエレボスから受けたことがあったが、この攻撃はその何十倍もの破壊力があったといえ、もし順平がマハラクカジャをかけておかなければ、この一撃で全員が再起不能となっていた。
だが、甚大なダメージを受けたことには変わりなく、全員がもう立ち上がるだけの力もない。
「はあ、はあ…みん、な…」
治療をするため、イシスを召喚したゆかりだが、イシスは回復魔法を使うだけの力が残されていなかった。
ゆかりの脳裏に浮かんだのはかつて、運命の日に戦ったタカヤが放ったテウルギア。
彼のペルソナであるヒュプノスの放った攻撃によってダメージを受けるだけでなく、ペルソナの力を発動するための精神力まで恐怖を植え付けられるとともに奪われてしまった。
ヒュプノスの特性は戦う相手に恐怖心を植え付けることで、実際にタカヤと対面した時に誰もが多かれ少なかれ、彼に恐怖心を抱いた。
回復を行う気力もなく、倒れたままの彼らを一瞥したエレボスがいまだに砕けない門に向けて拳を振るう。
拳の一撃一撃が門の中心にいる理の体に炸裂していく。
「だ…め…」
石化している状態といえる今の理はその拳を何度受けても無傷の状態を保っているが、回数を重ねると限界が来るのが目に見えている。
2桁に達した時、わずかに体にひびが入っていく。
「だめ…だめえええええええ!!」
あの時、一人でニュクス・アバターへと向かう理の後ろ姿をただ見ていることしかできなかった。
そして今、エレボスの砕かれようとしている理の姿がゆかりの心にかつての無力感を思い出させる。
もうそんな思いはたとえ死んでもしたくない。
できたのは叫ぶことだけだった。
だが、その叫びがエレボスの耳に届いたのか、攻撃をやめたエレボスが視線をゆかりに向ける。
「ゆ、かり…」
「逃げろ…殺され…」
トリスメギストスに宿るメーディアの力によって徐々にではあるが回復してきた順平が剣を地面に刺し、杖の代わりにしてどうにか起き上がる。
だが、今できることは立つことだけで、そこから動き出して戦うにはまだ時間がかかる。
エレボスの手がゆかりに向けて振り下ろされようとしている。
叫んだゆかりだが、今の彼女にはペルソナで迎撃することもできず、弓矢を使うだけの体力も残されていない。
できるのはただじっと、エレボスから目をそらさないことだった。
「ゆかり…さん!!」
体が損傷しているアイギスがゆかりに手を伸ばす。
オルギアモードを使うことができれば、無理に体を動かしてゆかりを助けることができたかもしれない。
こんな時に何もできない自分が腹立たしかった。
(行くんだろう?)
…。
(言わなくても分かっているよ、みんなを、助けたいのは僕も同じだから)
…。
(みんな、頑張ってここまで来たんだから、ほんの少しだけでも…奇跡があっていいんだ。それが、希望になる)
…。
(さあ、行くんだ。見守るだけなんて、いやだろう?)
「え…」
エレボスに対して向けていたはずだったゆかりの目。
だが、いま彼女の目は別の者に向けられている。
ゆかりの命を奪うために振り下ろされるはずだったエレボスの掌。
それを受け止めているのは飾り気のない直刀。
そして、それを握っているのは救世主の名を持つペルソナ。
その主である少年が今、ゆかりの目の前にいて、エレボスと対峙している。
「理…君…」
名を呼ばれた少年が振り返り、あの時と変わらない顔を彼女に見せる。
青いオーラに包まれていること以外は何も変わらない姿。
自分たちの未練が具現化したものではない。
本物の彼だということを頭ではなく、心が確信する。
「理君!私は…」
今、もはや再会することを諦めていた彼に対して、何かが言いたかった。
母親に会うこと、2人で遊びに行くことの約束を破った怒り、大事な約束を忘れてしまったことへの懺悔。
様々な感情があふれ出て、何も言えない自分がもどかしい。
そんなゆかりを包んだのが理の腕で、そのぬくもりは屋久島で抱きしめられた時と同じものだった。
冷たくない、生きているぬくもりを確かに感じ、涙があふれ出る。
「理…くん…」
我慢できないゆかりが理を抱きしめ返す。
今はただ、彼のぬくもりを感じていたい。
そのわがままをわずかな時間でも許された後で、名残惜しそうに体を離した。
「理…さん!」
守るべき少年の名を呼ぶ声とともに彼の手元へ飛んでくる召喚器。
それをつかんだ理は形見としてそれを持っていた仲間、アイギスに目を向ける。
静かに彼女にうなずいた後で、メサイアは刀でエレボスの掌を押し返して彼の元へ戻る。
そして、召喚器をゆかりに差し出した。
両手でそれを手にしたゆかりに理はうなずくと、彼女の隣へ向かい、エレボスと対峙する。
「ごめん、アイギス…」
「ゆかりさん…」
「あなたの想いは分かってる…。けど、それでも…あなたに彼は、理君は…渡せない!」
理の召喚器をこめかみに押し当て、引き金を引く。
現れたのはゆかりのイシスと理のメサイア。
「これは…」
「同じだ…俺と、チドリの時と…」
ヘルメスとメーディアが一つとなって、トリスメギストスとなった時と同じ感覚が順平には感じられた。
イシスとメサイアが一つとなり、4枚の翼を背中から生やしたメサイアというべき姿へと変わっていく。
純白だった体はイシスと同じ配色となり、左手には棺桶ではなくイシスの鏡が握られている。
現れたと同時にそのペルソナの鏡から放出される光がゆかりたちを包んでいく。
「これは…」
「すごい…こんなことがあるなんて…」
光が肉体を持つ順平たちだけでなく、機械の体であるはずのメティスとアイギスをも癒していく。
万全ではないが、それでもここから戦うには十分といえた。
その様子を見た理は再びメサイアを召喚器なしで召喚する。
「いくよ…みんな」
新たなゆかりの力となったペルソナ、オシリスの右手に直刀が出現する。
刀には風が宿り、鏡には戦うべき相手であるエレボスが映っていた。