僕らは花を燃やす   作:東海林 圭

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大学生時代(現在社会人)に部誌で書いていた作品を一部修正して投稿になります。
本来はこの1話で完結している短編物なのですが、この主人公を基に連載していきたいなという思いです。
そしてちゃんと書き終えた作品の中で人に読ませても問題ないクオリティだと信じているのもあり、このまま人目に付かず消えていくのは寂しいなと感じたためです。
ただハーメルンぽくないかなと思います。

なので、あらすじ記載の要素は2話目からが強くなります。

自身の文芸創作の熱を上げていくのと、自分が読み手に与えたいと願った感情が伝わるようにしたいです。

お楽しみ下さい。


【挿絵表示】



友人区分は多種多様

慣れた手つきで、僕が咥えたキャメル(紙巻煙草)に百均ライターで龍平が火を点けた。

 

消えないように軽く吸い、煙を吐く。

 

ありがとさん、と軽くお礼を言うと、おうよと軽く返してきた。どこでも見られる喫煙者の光景だが、これこそが龍平(りゅうへい)と僕の関係だと言えるのかもしれない。

 

親友でなければ出来ない事でも、見知らぬ人同士では出来ない事でもない。誰にでも、誰とでも代替可能(だいたいかのう)な関係。

 

 

 

十年前(2008年頃)に日本全土を襲ったリーマンショックは、この風鈴(ふうりん)市にも大きな影響を与えていた。

例として、五十年以上前に建設された歴史ある機械工場が、親会社の規模縮小からコストカットの為として閉鎖になったことだ。

風鈴市の重要な歴史として残そうと市は考えていたらしいが時代は節約であり、実際、一工場に高額な維持費を掛けて残そうという意見は現実的に不可能であった。

 

僕がその話を聞いたのは一週間前のことだった。

行きつけの居酒屋で、気の良いおじさんが寂しそうに語ってくれたからだ。

 

ノスタルジックな哀愁漂う暗い空間が好きだった僕は、その話を聞いた次の日の夜に自転車を漕いで颯爽(さっそう)と工場に向かった。

 

廃工場は、やはり工場と言うだけあり普通の建物よりも大きく、無機質な灰色をした壁は年月からか所々に亀裂が入っており、四角い形から上に伸びた煙突が良い味を(かも)している。見た目だけで言えばどこにでもありそうな廃工場といえた。

 

この時点で僕の興味と好奇心は満たされていたのだが、もっともっとという好奇心が『立ち入り禁止』という立札を無視して近づかせた。

観察していると、気になる点があったのだ。地下を見ることを想定して作られた、外壁の一番下にある覗き窓から薄っすらと橙色(だいだいいろ)の光が漏れていたのだ。

 

見るとそこには僕と同じく二十歳過ぎ位の青年が携帯を見ながら喫煙している姿だった。

 

ワックスを付けオールバックにした短い金髪、片耳に水玉の形をしたピアス、白シャツに英字入りの黒いパーカー、所々穴の開いた黒ジーンズという格好は、僕にはこの空間と相まって一匹狼のような雰囲気を(まと)っているように見えた。

 

特段珍しい服装という訳ではないのに、この寂れた廃工場でぐったりしている奴なんて、一人が好きな奴なのだろうと感じたからだ。

事実、僕がそうだからだ。他人と居るのも悪くないが一人の方が好きだ。

 

どうやって中に入ったのだろうかと確認すると、トラックが出入りする大型のシャッターがあった。

 

もしかしてと思い取っ手を掴み引き上げると、案の定、シャッターがガラガラと音を立てて開いた。

 

月の光が物体に反射し、中は薄暗くも物の大きさが分かる程度には視界が明るくなった。

 

中に入ると肌寒さからシャツだけで来たことを後悔するも、また来た時に長袖にすればいいと自己解決し、ライターを点け周りを確認する。

 

中は木棚があるだけでガランとしていた。

 

しかし、複数のトラックが停車出来る程で、降ろした積荷を移動するフォークリフトや、トラックに搬入する積荷が移動出来る分の、全てを満たした広大な空間。

これまでに見たどんな寂れた場所よりも、この空間は普遍的であり、且つ、お前はちっぽけな存在なのだと訴えかけてくるような偉大さ。

そして何よりも、こんな空間を人は作れるものかという言いもしれぬ怖さが僕を満たした。

 

ヌメりとした湿っぽさと埃に不快さを感じるが、これもまた寂れた場所らしい、と思い少し歩くと、ペンキが()がれて読みにくくなっている『地下準備室』と書かれた鉄扉があった。

 

扉を開けようとドアノブのある場所を見ると穴が空いていた。

 

鍵穴かと思い近づくと、ガシャンと靴で何かに触れた音がした。

 

音の方向を見ると、正体はドアノブと細々とした南京錠(なんきんじょう)だった。

彼が壊したのか他の誰かなのかは分からないが、中に入れたのは鍵が壊れていたからに間違いないだろう。

 

ギシギシと音を立てながら開く鉄扉(てっぴ)に踏み入ると、一層低くなった空気が肌を撫で、夜とはいえ夏とは思えない程冷えていた。長時間いれば風邪を引くかもしれない。

 

こんなことで風邪を引いてしまったならば、笑い話にするには多分多少、いや結構厳しいネタであることは明確だ。

 

地下に続く階段を足音が出ないように降りていき、段々と煙草の臭い匂いが濃くなってきたことから、ここで合っていることを把握し、踊り場で逆方向を向くと、先程の青年が壁に背中を預け煙草を吸っている姿が視界に入った。

 

「こんなところで何しているんだい?」

 

青年は声でやっと気付いたのかこちらの方を向き、驚きの表情を張り付け僕を凝視する。理由は大体察しがつく、いつもの理由だろう。

 

「気になるのかい」

 

僕がそう聞くと彼は驚きの表情から一転して訝し気(いぶかしげ)に聞いてきた。

 

「……男……か?」

 

確認の言葉に対して僕は首を振り否定すると、ポケットからキャメルを取り出しながら彼の元へ歩く。

「この髪の短さと声が男っぽく聞こえるせいでよく間違われるけど、女なんだよね。名前も華子(はなこ)だし」

 

箱から一本取り出し口に咥えると、彼は無言でライターを煙草に近づけ火を点けた。火が消えないようにゆっくり吸い、火種を少し強くする。吐いた煙から独特のほんのりとした甘さがした。

 

「……龍平だ。それに加えてお前は喋り方も男っぽいんだよ。それと女でキャメル吸う奴なんて中々居ないぞ」

 

「確かにそうかもね。いやいや僕以外にもどこかにいるさ」

 

「いるか?」

 

「いるさ。ところで君はどうしてここに居るんだい? 入口の南京錠を壊して(たむろ)するのは不法侵入だよ?」

 

「不法侵入は頭が痛くなるがお前もだろが。それに南京錠を壊したのは俺じゃねえよ。」

 

「まあ、そうだな。同じ穴の狢の犯罪者だね」

 

「本当にな、馬鹿が。一ヵ月前にここを先輩が教えてくれたんだよ。札幌行くからおすすめの場所教えてやるってさ。んで、来てみれば隠れ家っぽくて気にいっちまった。誰とも関わらなくていい、現実と隔絶(かくぜつ)されたような気持ちになる」

 

「非日常的でいいよね、ここ。僕も色々な場所行ったけど、ここはお気に入りの場所の一つだよ」

 

「ああ。旭川の先にある、セイコーマート近くの廃ビルとかはいったことあるか?」

 

「200mくらい歩いたところにある、金属工場のことか? あれは良かった。ただ暗いだけではなく、置いてある機材や壁のシミからどんな環境で、どういう風に働いていたかが想像できてよかった」

 

「あそこの近くをもう少し歩くとな、いつの時代に建てられて、どんな奴が使っていたのか分からないような廃屋(はいおく)があって、それもまた面白いんだよ」

 

「へぇ、それは知らなかった。てことはなんだ。あそこの従業員たちが使っていたのかもしれないと考えると面白いな」

 

「そうだろ? あと小樽の高い山の方には明治時代の高級庭園で働いていた男の住まいが展示されているんだよ。屋根が壊れていて、吹きさらしの状態でさ、雨とか雪とかが風呂場に溜まってたり、急いで出て行ったのかなんなのかタンスの中や居間の机に銀行通帳があったりして隠れた歴史みたいなのを感じたね。」

 

「いいねそれ。札幌に住んでいた時、近くに公園があったんだが、山の中に地雷処理用の株があったりした戦時中時の廃屋があったのと似ているな。その家は拓銀(旧:北海道拓殖銀行)の通帳と日記があって良くないことだが、戦時中、戦後の生活が書かれていて面白かったよ。一九一〇年と一九六〇年で銀行に入ってくる金額が桁違いで笑ったね。銭とか今ではあんまり使っていないような単位が記入されていてさ」

 

「面白いな。人伝に聞いたんだが、北見に、作家が住んでいたであろう廃屋があるらしいんだが、壁が所々人為的に壊された跡のある廃屋があるらしいんだって。行ってみたらどうだ?」

 

「時間があったら行きたいと思うよ。作家には興味があるしね」

 

「まあ、幾つか不法侵入だからバレたらやばいんだけどな」

 

「それはそうだ。こんなこと公に言えるわけないさ。だからこれは僕と君との内緒だ」

 

「あぁ、内緒だ」

 

それからは互いに話が盛り上がり、ノスタルジックスポットを語り合うことが通例となった。

 

これが僕と龍平の出会いだ。

互いに不法侵入でいつか捕まるかもしれないが、物を盗んでいくわけでも、壊していくわけでもない。

ただただ、現実から遠い過去に戻り、孤独という欲求を自己満足で満たしている僕と龍平。

似た者同士が寂れた廃工場で出会うというのはどこか不思議な縁であるが、似た者同士という点でいずれどこかで会っていたんじゃないかと思う。

 

関係の長短の違いはあるにせよ。

 

「ふと、疑問に思ったんだが、君はいつもここにいるのかい?」

 

「急にどうした」

 

「いや、よくよく考えると、僕一人でここにいることがあまりないと思ってね」

 

「まあ、それは俺がほとんど来ない日が無いからじゃねぇかな」

 

「君は暇だねぇ」

 

「まあな。家にいてもやることねぇし、友達も多くねぇ。落ち着く場所で一日を過ごす、ってのは良いもんだ」

 

「その気持ちわかるよ。僕もたまにしか来れないけど、出来れば毎日来たいくらいだし」

 

「分かる」

 

「だよな」

互いに笑い合い、この場所をどう思っているのかが分かっている。

どういう人間でどうやって過ごしてきたのかなんて未だに話していないというのに、ただただこの場所が気に入ったからという点だけで、ぐだっとした、ゆらっとした話が出来た。

 

「……なあ。来週の日曜日、来れるか?」

 

彼は軽い調子で、僕にそう、切り出してきた。

 

「多分来れると思うよ。どうしたんだい?」

 

「いや、それなら大丈夫だ絶対来てくれよ」

 

「分かったよ」

 

次の週の日曜日、つまり龍平との約束の日は生憎の雨模様だった。

 

行く気になれなかったが、先日の彼の話し方はどこかおかしく感じられたから、時間を掛けて歩いて向かうことにした。今日で会えなくなってしまうような、そこはかとなく漂う重大さが足の重りになって仕方が無い。

 

廃工場に着き、さしていた傘を畳み、いつものように、慣れた手つきでシャッターを開け、地下までの階段がある扉まで歩く。所々、雨に濡れた傘が床に斑点を作っていく。扉を開ければ彼の吸っているメビウスの臭い匂いがするハズだ。

 

左腕に付けた腕時計は二十三時を指していた。歩きだった分いつもよりも三十分程度遅くなったが、まあそこまで心配は無いだろう。

 

扉を開け、階段を降りていく。カタン、カタンという靴と床とがぶつかり合い響く音が、やけに耳によく通る。匂いはしない。まだ来ていないのだろうか。

 

踊り場から少し下りると、下階が目に入った。

 

龍平は居なかった。

 

僕はキャメルを取り出し、火を点け、煙を吐いた。まだ彼は来ていないだけだ、もう少し待ったら来るさ。

 

スマートフォンを弄りながら、一人の時間を過ごす。一人が好きなのに、この場所が好きなのに、今はこの状態が嫌いだった。寂しくて、寒くて、辛い。一人ではとても耐えられない、重苦しい空気。

 

ふと、腕時計を見ると二十四時を超えていた。下ばかり向いていた顔を上げ、立ち上がり、煙草に火を点け吸う。

 

吐き出された煙は今の心みたいに大きく揺れていた。

 

階段を見る。彼は来ていない。音もしない。

 

夜目に慣れたせいか、階段の下に何かがあるのが、分かった

 

近づいていき、それを確認する。

 

青いプラスチックのバケツと、ペットボトルの水二ℓが二本あった。

 

どちらも階段下から取り出し、確認する。水はごく普通のスーパーで売られているような変哲もない飲料水だったが、バケツの中には花火セットが入っていた。

 

「……花火をする為に今日は呼んだのか」

 

ほっとした。心が軽くなり、ポジティブな方へ思考していく。

 

彼はここから居なくなるわけじゃなかった。連絡先くらいは聞いておこう。僕たちは友達なんだから、そこまで距離を置かなくていいんだ。花火はどんなのがあるのだろうか、そんな好奇心から袋を開け、確認した。中には一枚の紙が入っていた。

 

呼吸が止まり、心臓の鼓動が体を支配する。これはなんだ。

 

落としそうになるくらい震える手で手紙を開き、読む。

 

『拝啓 廃工場の友達

 

このような形で伝えることになってしまってすまない。

 

一番信用していた親友が裏切った。

 

何がどうしてこうなったのかわからない。

 

詳しいことは何も言えない。ただ俺は人が信用出来なくなった。

 

人と関わることが怖くなってしまった。駄目になってしまった。

 

華子、お前と深い話をしてこなかったからこそ言える。

 

これくらいの関係性であれば、何も無かったのにな。

 

付かず離れずで居てくれたことがどれだけ嬉しかったことか。

 

ただ今の俺は以前とは違う人になってしまった。

 

だからもう会えない。

 

お前は俺みたいになるなよ』

 

どうしようもない悲しさだけが残った。彼とは、もう会えないのだろう。ぐだぐだと、ゆらゆらとしたどうしようもない会話はもう出来ないんだ。

知り合い程度の関係だった。誰とでも代替可能な関係だった。いや、違う。代替可能なんて馬鹿な話だ。僕と龍平だったから、あんな風に話せたんだ。

 

友達なんだ。もう、彼とは会えることは無いけれど。

 

持っていたライターで、線香花火に火を点けた。

 

パチパチという音が鳴り火花をたてる。最初は静かに、段々と激しくなる光景は、どこか人間関係のように見えた。

 




稚拙ながら読んでいただきありがとうございます。
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