流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて-   作:Anacletus

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第一章【流刑者達の上陸】編
プロローグ「流刑」+第1話「流刑者達の上陸Ⅰ」


 

―――エル大陸外界東部辺境【鬼難島】

 

「面舵ぃいいいいいいいいいいいい!!!」

 

「畳んだ帆がぁああ!!? マストが折れるぞぉおお!!!」

 

「退避ぃいいい!!」

 

「助けてくれぇえええええええええ!!? う、ぅあ゛あぁぁあ゛あ!!!?」

 

「神よ!! 我を助け給え!!」

 

「大いなるイゼクスよ!! 我ら子羊に大いなる御加護を、おぉぉぉおをぉをぉおお!!?」

 

 小さな船が川面の揺れで転覆するように。

 

 今、大陸の東の果ての海にて一隻の帆船が海の藻屑に消えようとしていた。

 

 船員達が畳んだ帆が大荒れの強風にて開き。

 

 マストがあまりの嵐の強さに折れ飛んで甲板の男達が逃げ惑う中で倒壊。

 

 しかし、運には見放されていなかったか。

 

 その柱が岩礁の方へと折れて逆方向へと逃げられた船体は座礁をギリギリで免れ。

 

 砕けた木片と共に海の中へと消えていく水夫達と引き換えに難所を通過。

 

 黒雲の最中にも見える陸地からの僅かな光に船は中程から罅割れを晒しながらも進み。

 

 勢いのままに砂浜へと突入していく。

 

 船の舵は途中の岩礁でもはや砕け。

 

 残っている船員は船内に待避していた。

 

 後は神の導きがあるまま。

 

 全ては天の采配と誰もが知っていた。

 

「船長ぉおおおおおおおお!!? 早く戻れぇえええええ!!」

 

 しかし、そうは思わないだろう誰かが1人甲板に残っている。

 

 厳つい襤褸を纏った男達が船内に続く扉から呼び戻そうと叫ぶ。

 

 船底では浸水した水を汲み出して、三つある入り口の一つから乗組員と彼らが運んでいる“荷物”達が必死にバケツを汲み上げて外に海水を投げていた。

 

 しかし、総舵輪を掴んだ黒い制帽を被った50代程だろう白いあご髭の男が目を爛々と陸に向けて口元が裂けたような愉快そうな貌で叫ぶ。

 

 精悍な顔付きは狂人染みて瞳は嵐の海にも光を零す程に煌めいていた。

 

「オイ!! お前らぁ!! 見えたぞ!! 火だ!! 島の火だ!! 嘘じゃ無かった!! 嘘じゃ無かったんだなぁ!! あははははははははははは!!!」

 

 男は操舵輪にしがみ付くようにして嵐の最中にも大笑いを張り上げる。

 

「せぇええんちょぉおおおおお!!? 今はいいから入ってくれぇええええ!? 死にてぇえのかぁあああ!?」

 

 男はそんな部下達の必死の叫びも空しく。

 

 突入する浜辺付近に僅かに一つの岩礁が顔を覗かせているのを見て。

 

 呼ばれた男は未だ船の甲板に引っ掛かっていた錨を目敏く見付けると走り出し、猛烈な勢いで甲板から引き剥がすかのように掴んだ。

 

 身の丈もある鉄の錆びた錨をそのままに引き抜いて船首から―――跳んだ。

 

「まだ何も終わっちゃいねぇんだよぉおおおおおおおおお!!!」

 

 その叫びに船員達が悲鳴染みた絶叫を上げる。

 

 そして、次の刹那にはもう怖ろしい事に海の最中と海上の境界に巨大な激音が響き。

 

 男達は絶叫しながら船体が砕けたのかと思った。

 

 もうお終いだと思った。

 

 だが、船底を引っ掻くような不快な音と共に船は進み続け。

 

 ドガンッと。

 

 砂浜に突っ込んだ衝撃で船首から中程までが割れて砕け……止まったのだった。

 

「島だ!!? 島に付いたぞぉ!!? 荷物をありったけ持ち出せぇええ!!」

 

 その言葉に奇跡が起きたのかと海水を組み上げ続けていた者達が一斉に叫び声を上げて、誰もが逸早く波に攫われる前に脱出せねばと階段を駆け上がっていく。

 

 その船内からは10名程の黒い外套を纏った者達が現れ、砂浜に未だ辛うじて埋まっている船体の先……島の奥まった山の最中に灯りを見ていた。

 

「父上!! お早く!!」

 

 歳若い焦った少女の声に横の手を引かれた相手が僅かに逡巡した様子となった。

 

「フィーゼ……もしもの時は解っているな」

 

 男の声は何処か重く厳めしいながらも、憔悴している様子であった。

 

「っ……はい」

 

「ならば、よい。良いとも……」

 

 皺枯れた手の男は共の者達と共に何とか砂浜に転げ落ちるように上陸し、嵐の最中に船が攫われる前に上陸を果たした。

 

「………」

 

「オイ!! お前ぇ!! お前も来るんだよ!! この無言野郎!!」

 

 最後に船を後にしたのは大量の物資を持った船員達と先に出た外套達と同じものを着込んでいながら、船員達に担がれるようにして荷物扱いで浜に投げ出された一人だった。

 

『どうか………………御祈りが少なく済みますように……』

 

 フードの下で口の中の砂を吐き出して口元を拭いながら、気弱そうな瞳は茫洋とした全てが雨風に融けるような島の最中に映る光を見据えたのだった。

 

 

―――イゼクス暦153年4月1日上陸1日目朝雨天。

 

 

 今日から新しい日誌を付ける事とする。

 

 わたくしが持っていた昨日までの冊子は全て持ち出せなかった。

 

 幸いにして持ち出した物資の中に新しいものがあった事は幸いだった。

 

 暦が春を迎え、帝都では本来なら春の園遊会が催されている頃だ。

 

 ……此処は地の果て……いや、海の果て……。

 

 もうわたくしもどうかしているのかもしれない。

 

 戻れない故郷に思いを馳せている暇があれば、今日明日の食事と水の心配をするべきだろう。

 

 これからは必要な事や後から冷静に振り返る為の重要な情報のみ記していく事にしよう。

 

―――浜辺、簡易野営地。

 

「よろしいですか?」

 

「ッ、あ、は、はい!! 何でしょうか」

 

 嵐が過ぎ去った後の浜辺。

 

 男達が大の字になって寝そべりたそうな疲労を何とか耐えて、浜辺の境界に持ち出せた荷物を集積していた。

 

 凡そ30人。

 

 残りは全て海に落ちて消えたが、彼らは未だ生き残っている。

 

 “荷物”達は各々何とか生き永らえた事に天を見上げながら安堵し、浜辺から再び海へと引き寄せられて消えていく船を見やった。

 

 船の後ろ半分は波に消えて残っているのは前部の甲板のみだ。

 

 積まれていた荷の3割は持ち出せたが、水の樽は無く。

 

 食料は樽で干し肉と干した果実が9個。

 

 30人以上の大所帯が喰えば、数日も持たない。

 

「フィーゼ様。水と食料を手に入れる必要があります」

 

 帝都の牧師は髪を刈らない。

 

 撫で付けた香油の匂いは塩水によって流され、今だ20代の若き信仰者は金髪褐色の好青年にも見える。

 

 だが、そんな彼は船員達に分からぬようにヒソヒソと自分が護るべき相手。

 

 高貴なる出の彼女にそう呟いた。

 

 暗い金髪の少女。

 

 普通ならば、長い髪をしていて当然の彼女は男のように短い髪で顔を俯け、あどけない眉目を歪める。

 

 今年で14ともなれば、貴族として婚約していて然るべき頃合いだったが、今の彼女にはそんな普通は遥か果て。

 

 周囲には荒くれ者が30人で載せられた荷物が10人。

 

 どうにかしなければ、彼らはすぐに30人の理性が抜け落ちた野蛮人達の手で処分される事だろう。

 

 もう船は無いのだ。

 

 食料を独り占めならぬ30人が得ようとするのはまったく分かり切った事である。

 

「島の捜索隊を編成しましょう。誰もが納得出来る方法で最低3人になるよう割り振って10隊に分けて、食料も半分渡して下さい」

 

「解りました。そのように……」

 

 黒い修道服姿の青年が頷く。

 

 彼女は外套の下は革製の旅装ではあったが、軽装であり、殆ど装備らしい装備を身に付けてはいない。

 

 一応、護身用の短剣だけは身に付けていたが、それだけであった。

 

「オーダム船長殿の捜索は如何しましょうか」

 

「あの海で生きているとも思えません。残念ですが……」

 

「解りました。では、野営地を敷く半を3隊残して、残りは捜索へ」

 

「そのように……出来るだけ互いに連絡が取れないよう広く捜索隊を出して下さい。危険を感じたら警笛を鳴らして、その場所には近付かないようにと」

 

 青年が頷き。

 

 蒸し暑さに外套を脱ぎ始めていた荷物達に注意しつつ、船員達に島で食料と水を見付けて来て欲しいとさっそく部隊を編成していく。

 

「フィーゼ様。マルクス様にお任せしているようですが、それがよろしいかと。落ち付いてきたら、知恵者に任せましょう。お耳に入れたい事がございます」

 

 “荷物”達の中から一人やってくる。

 

 40代から50代の家に仕えている騎士達の一人。

 

 いや、最後の一人。

 

 赤毛の痩せぎすの男は髭も無く。

 

 出航前に買った麦藁帽を被って表情を周囲から隠している。

 

 外套は着込んでいたが、下は半裸で腰に曲剣を佩いていた。

 

「ウリヤノフ。どうしましたか?」

 

「……父君の容体が芳しくありません」

 

「っ」

 

「……薬は持ち出せましたが、体調を崩された場合、1月持ちません。我らも含めた“荷物”の中に医者がおりまして、訊ねてみたのですが……この極東の地で取れる薬草も辛うじて必要なものがあれば、効力は弱くても同じような薬が処方出来るとの事です」

 

「そうですか……薬草が生えているかどうかは……」

 

「さすがに調べてみないと分からないと。付きましてはインクと羽ペンをお貸し頂きたい。必要な姿は知っているとの事で書き写させ、水夫達に探させます」

 

「解りました」

 

 フィーゼと呼ばれた少女は頷いて、自身の持ち出した紙とインクと羽ペンを手渡す。

 

「父の世話は今誰が?」

 

「修道女のヨハンナが。今、樹木の木陰で休ませています」

 

 軽く視線を向けた先を彼女が見れば、樹木に腰掛けた父が外套を着込んだままに20代の黒髪の女性に付き添われていた。

 

「この島はかなり蒸し暑い。恐らく蟲も出るでしょう。決して手袋とズボンと外套はお外しになりませんように。蟲が大量にいる道は迂回。迂回出来ねば、戻って別の経路を使うのが前提となります」

 

「蟲が病を運んでくる。でしたか?」

 

「はい。浜辺で野営地を敷いた後は生木を焚いて煙を吸い込まぬように長く何度か当たって下さい。それで短時間の虫よけになります」

 

「解りました。では、野営地を調える際に水夫達に頼みましょう」

 

「そちらも既にやらせています。水と食料はとにかく身に付けておく事。特に水は貴重だと思って下さい」

 

「解りました」

 

「今はツボなどが無いので樽に雨水を溜めて、持ち出した鍋で煮てから飲む事になります。濁っていない川や池を見付けても同じようにして下さい」

 

「……ウリヤノフ。貴方は本当に何でも知っているのですね」

 

「これでも遠征隊にいましたから。西の蛮族共と戦う時は現地で何でも調達していましたので。産まれの事もあります」

 

「父や“荷物”達の警護は任せます」

 

「は、給わりました。それと……」

 

「?」

 

「例の船長が海から引き上げた子供ですが、言葉が通じません」

 

「言葉が? 東部の言葉は確か……」

 

「はい。習得しています。ですが、他の知る限りの言語で話し掛けて見ましたが、身振り手振り以外では何とも……」

 

「海で溺れて頭が?」

 

「恐らくは……ただ、悪い気配はしません。自分の境遇を考え込んでいるようなので混乱しているのかと」

 

「そうですか……痛ましい事です」

 

「では、これにて。数時間後に食事を一斉に致します。食べた量を計算する為に残っている食料も報告させます。しばらくは飢えるかもしれませんが、どうかご容赦を……」

 

 頷いた彼女は去っていく帽子姿を見送る。

 

「そのぅ……よろしいかな?」

 

 彼女が振り返ると今度は老人がやって来ていた。

 

 外套は着込んでいるが、上着は開けており、やせ細った体は正しく貧相と言うべきかもしれない。

 

 だが、矍鑠とした足取りは未だ高齢にして意気軒高。

 

 髭面の小麦色の肌をした白髪の小男は襤褸に小動物の骨を繋いだネックレスやブレスレット姿で繁々と彼女を見やった。

 

「ワシはリケイと申すもの」

 

「リケイ様ですか。貴方はどうして“荷物”に? 船中ではお見掛けしませんでしたが……」

 

「はは、いやぁ、御嬢さんの国の大臣に流されましてなぁ」

 

「大臣? 何方でしょうか」

 

「ええと、何だったか? 国庫大臣だったかな?」

 

「エヴェレフォール伯爵ですね」

 

「そう、それ。いやはや、旅の芸妓の師でしてな。それで宴に呼ばれて舞を披露したのだが、若いおなごを連れてこーいと怒り出して牢屋にブチ込まれまして」

 

「それは……申し訳ありません。あの方は酒癖が悪いと評判で……」

 

「その後、翌日には自分がやった事もない罪でこの有様ですじゃ」

 

「恨まれても仕方ないですね。我々は……」

 

「いやいや、何の何の!! そのような恨み言を言いたいのではないのです」

 

「?」

 

「老い先短い身ですので。別に流された事は何とも思っとりません。ですが、芸妓というのは中々に苦労性でしてな」

 

「苦労性?」

 

「御身。魔の技が使える北の血筋ではありませんかな?」

 

 思わず彼女が驚いて固まる。

 

「―――それを何処で……」

 

「見た事がありますじゃ。その人によく似ておる。あの国では兵の一部が持っていたようじゃが、貴方様はどのような力があるのかと」

 

「それをお知りになりたいと?」

 

「実は芸妓には魔の技を強めるものがあるのですじゃ。我らのようなものは彼の技を短く呪紋と呼んでおりますが」

 

「呪紋……」

 

 彼女がさすがに驚く。

 

「御身が良ければ、呪いを施し、強める事も出来る。此処は未知の島。つまり、貴方がこの遭難者達の中で最も強く。同時に生き残る可能性が高い」

 

 老人の瞳は真剣だった。

 

「……解りました。わたくしの技は妖精や精霊を見るものです」

 

「ほう? 魔眼の類じゃったか」

 

 老爺が顎に片手を当ててシゲシゲと彼女の瞳を覗き込む。

 

「見えたものにはお願いが出来ます。まだ、この島では何も見ていませんが、自然がある場所ならば、大抵は何処かにいるので小さな助けにはなってくれるでしょう」

 

「よろしい。では、今日の夜ですな。満月に掛けるのが最も効率が高い。準備をしておきます故。気構えが出来たら、夜に教えて下され」

 

「解りました。貴重な技……しかと受け取れるよう心構えを」

 

「ああ、それと」

 

「?」

 

「あの拾った子供。アレも何か持っとりますぞ。御身と同じとは限りませんが、何かしら……」

 

「そう、ですか。教えて下さり、ありがとうございます」

 

「では、また夜に……」

 

 老爺が離れていく。

 

 そして、彼女は息を吐いた。

 

 自分にはやはり父の真似事なんて向いていないのだろうと。

 

「流刑、かぁ……」

 

 立派に務めを果たす。

 

 それは少なからず思い立って出来る程に甘くは無いものであった。

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