流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて-   作:Anacletus

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第10話「流刑者達の上陸Ⅹ」

 

 特大の災厄に見舞われた前日の亡霊お嬢様契約事件が一端横に置かれたのは少年がさっくりと野営地の実質的な探索部隊のトップに収まっているウリヤノフによって招集されたからであった。

 

 本来ならば、走者として東部を早歩きで踏破する予定だったのが、西部での探索部隊に回される事になったのである。

 

「オイ。坊主。魔の技だか何だか知らねぇが、デカイ顔すんじゃねぇぞ? あの旦那が連れてくって言うから連れてくだけだ。いいな?」

 

「はは!! あの魔獣から生き残った精鋭だ。よろしくな? 坊主」

 

「アルティエ!! 勝手な行動はしない!! いいですね!!」

 

「……ハイ(・ω・)」

 

 明け方から集められた野営地の精鋭は4名。

 

 ガシン。

 

 カラコム。

 

 フィーゼ。

 

 アルティエ。

 

 四名が実質的な探索隊としてウリヤノフの下で任務に当たる事になっていた。

 

 他の水夫達は現在浮足立っており、漂着した船の修理や数十名の帆船の船員達の受け入れ準備に大わらわであり、探索なんて聞いちゃいない状態。

 

 野営地は医師であるエルガムと貴族の当主であるウートが取り仕切り、主を失った船員達との交渉に当たる事になっていた。

 

 船員達は脱出の事はまだ考えられない様子であり、まずは少女の遺体をせめて腐る前にと墓碑を野営地側に要求。

 

 その後、しばらくの衣食住の確保と船体修復の為に働くという事で一応の合意へと至っていた。

 

『早く生き返らせてくれないとまた叫びますからね!! しっかり、お勤めを果たして、わたくしの敷く道となるように!!』

 

「……ハイ(´Д`)」

 

「さすがに二回言わなくてもいいですけど……」

 

 横には他の霊視能力の無い人間には見えない亡霊お嬢様エルミが浮かんでおり、少年の肩辺りをキープしていた。

 

 結局、あの後もお腹が空いたとか言われなかった少年である。

 

 夜もいつの間にか天幕で寝ている様子であり、朝も起きたら起きているという具合で基本的には手間は掛かっていなかった。

 

 ただ、姦しい。

 

 何かある度に少年へあれやこれや質問し、その度に少年はひそひそ声でブツブツ呟いていた為、レーズ、ナーズの兄弟達からは「何ブツブツしてるんだ?」という顔でまた変人と思われているに違いない。

 

 そんな状況で夜にウリヤノフに呼び出され、明日の探索に参加しろと言われ、承諾したのだ。

 

 明け方、少しずつ騒がしくなっていく野営地内。

 

 大きめの一夜干しの干し魚を大量に入れた大荷物をガシンが担ぎ。

 

 他の三人はウリヤノフを先頭にして西部に続く岸壁洞窟へと出発した。

 

 それから2時間程で洞窟を抜けて草原が広がる一帯へと出れば、今までより良いも穏やかな気候にも思える一帯にフィーゼがこちらに野営地を移した方が良いのではという感想を抱いて周囲を見回していた。

 

「ウリヤノフ。この一帯に気配が?」

 

「はい。西部はまだまだ探索していない場所が多いのですが、山林に入れば、更に気配が強くなります。何らかの魔獣が姿を隠しているのかと」

 

「それを見付けて討伐出来れば、あの野営地より住み易いところに集落を築けるかもしれませんね」

 

「ええ……可能であれば、ですがね」

 

 ウリヤノフは今も気配がすると言いたげに周囲に目を凝らしている。

 

 ガシンとカラコムは「気配か……」と確かに何か居そうな感じは受けつつも、ハッキリとしないようで首を傾げていた。

 

 だが、少年は沈黙を保ちながらも、西部の気配の正体をハッキリと認識する事になっていた。

 

『うわぁ……大きいですわね。アレ何かしら?』

 

 エルミが興味深げに見ているのは西部の空一面に張られた蜘蛛の巣状の人面らしい青白い透明な幕であった。

 

 その中央には巨大な塔が天空に聳えており、少なからず10階建てくらいはありそうに見える。

 

(……いる)

 

 ソレの入り口はどうやら西部の山岳の岸壁から伝っていくしかなさそうなのだが、それを触れるのかどうかすら少年には分からない。

 

 少年に分かるのは今まではこの時点で相手が降りてくるのを待っているしかなかったという事だけだ。

 

 少なからず、この時点で突撃出来る要素は集め切れていない。

 

 後で昇ってみる事には決めておき。

 

 少年はウリヤノフの先導で数kmはありそうな草原の先にある山林へと向かう事にしたのだった。

 

「花畑ねぇ。此処にも薬になる草や花は少ねぇんだろ? ウリヤノフの旦那」

 

「ああ、そうだ。エルガム医師からも知らない花や草には極力触らないようにと言われている。が、見知らぬ花がかなり多い……植生的には温暖で薬草の育成は可能そうだ……」

 

 モシャモシャとその列の最後尾。

 

 少年はいつも通りに草やら花を齧っている。

 

「(ヴァンジーの爆華(生食)。1本138万kcal。血糖値903%上昇(再上昇可)。致死量30g……真菌増殖開始。即死無効。栄養源化完了。真菌増殖率432%まで上昇可能。グリコーゲン化によって体内にエネルギー確保を開始)」

 

 齧る先からフィーゼが後ろを向く度に何事も無いかのように装っている為、表向きは何も起こっていない。

 

「?」

 

「(果糖の代替品として活用可能。衝撃で爆発。花一本で凡そ大樽一つ分の果糖と同等……取扱い要注意)」

 

 ブツブツ呟きながら、少年がクソ激甘過ぎる花をモシャリ切る。

 

 その際にも歯で潰さずに舌で押し潰しながら唾液で呑み込んでいく。

 

「何か甘い匂いがしませんか? ウリヤノフ」

 

「そう言えば……花の中には甘いものもあるとの話は聞いた事があります。蟲がいるのならば、蜂などが蜂蜜を巣に貯め込んでいる可能性も……」

 

「み、見付けたら、確保しましょう!!」

 

「生木で燻して取り出すのに1日掛かりですよ。フィーゼ様」

 

「う……この一帯を安全にしてから!!」

 

「そうしましょう」

 

 ウリヤノフが肩を竦め、ガシンは女ってのはという顔で溜息を吐いた。

 

「甘味か。もしも本当に甘いものがあれば、酒も造れる。その時は是非に蜂蜜酒を作りましょう。果実も後数日で他の人間も食べられるようになるでしょうし」

 

 カラコムがそう提案し、それに男達が大いに同意と述べて、和気藹々とは行かなくても空気は幾分か軽くなりつつ、探索は進んで行く。

 

「それにしてもあの船の女の子の事、残念でしたね……」

 

「ええ、はい。発見された時にはもう死んでいた為、運が無かったとしか」

 

『わたくしは生き返るのぉおおおおおお!!?』

 

 少年が喚く少女に華を渡す。

 

 すると、エルミが少年がしていたように華を齧って『あまーい!!』と喜びにふにゃけて黙々とそれを食み始めた。

 

 花そのものは少年の手にあるが、捧げられたものは亡霊にも食べられるらしい。

 

 つまり、捧げれば、食事は減らす事なくエルミが食べられるという事であった。

 

「……総員停止。此処から先の山林はまだ探索が済んでいません。此処から東一帯は特に森が深い為、あの遠方に見える山岳部の岸壁まで届く事を目標に周囲がどうなっているのか調べましょうか」

 

「解りました!! アルティエ!! 付いて来ていますか?」

 

「はは、迷子になっちゃ困るからな♪」

 

「ガシン殿。彼も一人前にダガーを扱えるのだから、そう揶揄うのはよくありませんな」

 

「はッ、どっから見付けて来たんだよ? 黒く錆びてるし、歪んでるし」

 

 ガシンが少年が片手に持っている得物を見て、苦笑していた。

 

 傍目からは完全に黒く錆びた歪んだダガーにしか見えない。

 

 本人も名前が解らないので黒いダガーとしか名前も無いのだ。

 

「その得物は?」

 

 ウリヤノフの鋭い視線に少年が拾ったと頷く。

 

「この島には毎年のように流刑の者が送られているはずで、人のいた形跡もある。まだ見掛けていないだけで奥地には集落があるのかもしれないな」

 

 そう言いつつも本格的に剣を抜いた彼はそのまま歩みを進め。

 

 カラコムも得物を抜いて共に森の中へと入っていく。

 

 ガシンは手甲に脚甲の為、そのまま。

 

 彼女は瞳をいつもよりも見開いて、周囲を見つめていた。

 

「どうですか? 周囲に精霊は?」

 

「はい。どうやら少しだけいるみたいです。今、お願いしてみますね」

 

 そう言ったフィーゼが少年にも見えている森の精霊。

 

 薄緑色の球体に手を伸ばし、指先に集まって来るソレらに瞳を閉じて行動を念じる。

 

 すると、周囲に精霊が散っていった。

 

 他の人間には見えない為、フィーゼが腕を虚空に上げているとしか分からないだろう。

 

「魔の技ねぇ。精霊とか。幽霊とか。オレらにゃ分からん世界だ」

 

「魔獣の一種だ。感じられないものにはいないも同じと南部では言われているが、実際に存在はしている。そちらとて感じられるようになれば、案外そういうのと相性は良いかもしれんぞ」

 

「どうだかな。存在って言われてもなぁ……」

 

 ガシンが本当にんなもんいるのかと首を傾げる。

 

「呪紋というのを聞いた事はあるか? ガシン殿」

 

「ジュモン?」

 

「ああ、特別な形を刻んだ物や人が使うものでな。様々な効能があるのだ。目に見えるものならば、炎すら出せるし、氷だって作れる。傷だって癒える」

 

「はは、ああ、アレか。東部でもいたぜぇ。城代って連中が持ってんだ」

 

「ジョーダイ?」

 

「ああ、城や城のすぐ傍に住んでるお偉いさんの一族だ。クソみてぇな重税を掛ける割に左程役立たねぇってのがお約束だな」

 

「東部は平和だからだろう。南部は群雄割拠が続く土地柄。魔の技を使う者達の多くは尊敬や憧れたの対象だ。かなり希少だがな」

 

「はっ、戦乱に使われる兵器と変わりねぇな」

 

「そういうものだ。地位ある者は武力ある者達の子孫。それは何処も変わらない。中央や北部の貴族もな」

 

「さぁ、初めてのお客さんのようだぞ。貴君ら」

 

 ウリヤノフが言ってる傍から、森の奥から何かが走って来る。

 

 ソレが少なからず人型ではない事にフィーゼは安堵していた。

 

 だが、獣というには異質な質感のソレが数匹。

 

 彼らを遠回りして囲い込むように森に溶けるよう輪を縮めてくる。

 

「あ、あれって……」

 

「クマ、にしては大き過ぎる上にガリガリに細っている。尋常の生き物ではない。フィーゼ様。済みませんが円陣の中央に……」

 

「は、はい」

 

 彼らに迫るのは背丈だけは大きな細ったアバラが浮くクマのような存在だった。

 

 半ば、四足よりも二足で歩くような仕草も見せていた為、本当にクマなのかはまったく怪しい。

 

「オイ!! そこの姫様の力で近付いて来るのは解るんじゃなかったのか!?」

 

「す、済みません!! 精霊が見落とすはずはないと思うのですが、いきなり精霊が見て通り過ぎたはずの場所からやって来たような感じで……」

 

「いきなり現れたとでも言うのかよ?」

 

 それにウリヤノフが僅かに目を細める。

 

「全員、樹木を盾にしながら移動しつつ迎撃する。フィーゼ様は私に付いて来て下さい。坊主!!」

 

「大丈夫です」

 

 少年が言いながら突撃してくるクマに向けて片手を払う。

 

「ウィシダの炎瓶」

 

「「「「!!?」」」」

 

 他の全員が驚く間にも炎を吐き出す半透明の瓶がクマに見える怪物を焼いて怯ませ、3匹が距離を取って跳躍する。

 

「呪紋です。リケイさんがくれた」

 

「炎か!! これは僥倖だ!! 相手の包囲が崩れた!! 走るぞ!!」

 

 ウリヤノフが怯んだクマ達の壁の一部を突破するべく。

 

 突撃したままに巨大な図体のソレの頭部に肉薄。

 

 ギョルンッと肉を金属が絶つ独特の音がした。

 

 カラコムには神業とも思えた。

 

 瞬間的に手前で剣を回転させるように振り切って頭部を落したのである。

 

「さ、さすが、ウリヤノフ殿!?」

 

 全員が驚く合間にも倒れた図体を避けるようにして、その場を離脱する。

 

 すると追撃しようとしたクマ達が走って来る。

 

 しかし、再び炎瓶による炎で経路を遮られ、迂回を余儀なくされて、そのまま全員が数分も走ると遠方から追って来る気配は無くなっていた。

 

「全員、一端沿岸部に抜ける。森が危険だと分かっただけで収穫だ。あのクマ達が追撃を掛けて来る前に開けた場所で対策を練らなければ」

 

「次は発見出来ても森程上手く逃げれねぇんじゃねぇか?」

 

「精霊の探索を擦り抜ける相手なら何処にいても同じだ。発見されるのが早いならば、こちらからも発見出来た方が不利を失くせる」

 

 ウリヤノフがそう言って一路、反対側の沿岸部へと足を向ける。

 

 そうして、彼らは疲れた脚で森から離脱したのだった。

 

 殺した獣がどうなっているのかも知らず。

 

 *

 

『………zzz』

 

 少年がチラリと見やれば、エルミは華を食べてからはスヤスヤ寝ている。

 

 寝ていても少年の方の後ろからは外れない仕組みらしく。

 

 はぐれる心配は無さそうであった。

 

「で、どうするんだ? 旦那」

 

 ガシンが訊ねる。

 

 クマの体格も良く。

 

 更に数もいる。

 

 となれば、退散しかないわけだが、ウリヤノフは考え込んでいる様子だった。

 

 場所は海岸線沿いの周囲一帯がよく見える小高い丘だ。

 

 誰が接近してきてもすぐに分かるのは間違いない。

 

 息が切れたフィーゼは彼らの傍で一息吐いている。

 

「恐らくだが、アレは斥候だ」

 

「斥候?」

 

「あのクマモドキは誰かが意図的にフィーゼ様の警戒を潜り抜け、送り付けられてきたと考えられる」

 

「ウリヤノフ殿。その根拠は?」

 

「状況があちらに良過ぎる。探していたのではなく。突撃して来た。この点で相手は我々よりも高い知性もしくは能力を持つ可能性がある」

 

「確かにそれで道理は通る……」

 

「だが、あのクマはあくまで細って団体行動をするクマに過ぎなかった。多少、膂力が違っていても首を落せば死ぬのも確認している」

 

「ですが、それだけで水夫達には十分脅威では?」

 

「故に狩り尽くす必要がある。だが、送りつけて来た相手の姿が見えない」

 

「見えない敵。気配のヤツか……」

 

 ガシンが西部に入ってから感じられる奇妙な感覚に空を見上げていた。

 

「我らにはどうにも出来ない隠蔽ならば、呪紋のような魔の技が必要になる」

 

 男達の視線が彼女と少年に向く。

 

「す、すみません。ウリヤノフ。わたくしにはまだそういったものは見えなくて……」

 

 どうしようかと迷っていた少年であるが、相手を楽に攻略出来るなら、それでもいいかと塔のある上空を指差す。

 

「「「?」」」

 

 見えない男達には何を指差しているのかは分からないようだったが、途中でウリヤノフが僅かに目を細めた。

 

「気配が強い?」

 

「クマに襲われた前後から、上空に蜘蛛の巣みたいな場所が此処に向けて少し広がってる。中央に塔が見える」

 

「―――見えざるものを見る力か。その塔まで行く道は?」

 

「蜘蛛の巣が東の岸壁の一部と繋がってる」

 

「……この装備ではダメだな。ソレが昇れるものである確証もない。一旦持ち帰ろう」

 

 ウリヤノフがその言葉に撤退を指示し、今の状況ではどうしようもないかと他の2人も頷いた。

 

 あっさり彼らが少年の言葉を信用するのに驚きつつも、自分も見えないものが見えるようになっている少年をフィーゼがマジマジと見やる。

 

「?」

 

「あ、あの、アルティエ。そういうものが見えるようになったのですか?」

 

「うん」

 

「そ、そう……」

 

 少女の何とも言えない顔は見えないものが見えてしまう人間がどういう扱いを受けるものかを知っているからだった。

 

 少年はそう知っている。

 

 こうして初めての西部への遠征は夕暮れ時になる前に全員が野営地へ戻る事になったのだった。

 

 *

 

「クマ、ですか……」

 

「はい。凡そ数匹。ですが、敵の拠点らしき魔の技で隠されていると思しき場所が上空にあり、手が出せません」

 

 夕方過ぎの夕食時。

 

 西部まで行って戻って来ていたウリヤノフが食事をしつつ、実務を取り仕切るエルガムに報告していた。

 

「見えない相手。魔の技の一部を持つ者だけに見える敵。上空……もしも西部からこちらに進出してくれば?」

 

「全滅は避けられないでしょう。とにかくまず以ていきなりクマが出没しては食い殺されかねない。一端、第二野営地も撤退し、この野営地を防衛する為の方策と住民の訓練が必要です」

 

「帰るより先に猛獣の腹の中というのは御免被りたいところだ」

 

「堀を掘って、壁を立てます。水は水路を引くよりは地上に水道を引く方が良い。井戸も掘りましょう。野営地内にクマから身を護れる建物も必要だ」

 

「この人数を収容するとなれば、全員で働いても数か月掛りとなりそうだが……」

 

「それに付いては姫様が精霊の力を使うと言われております」

 

「精霊の力?」

 

「重いものも運べるらしく」

 

「魔の技の事は知っていますが、便利なものですね」

 

「ええ、まぁ……力仕事がかなり減るはずだとの事でまずは一端、西部との道を一度封鎖して、警戒を強めるのが得策かと」

 

「解りました。明日からさっそく説明して取り掛かりましょう。船の修繕にまだ目途は付いていませんし、哀しみに沈む彼らも納得はしてくれるでしょう」

 

 もう噂が流れている野営地では数軒の丸太を積んだ草葺の家が幾つか立っていたが、その軒先ではテーブルで魚や果実、キノコと其々の食事をしている男達が今度はクマかと話題にしていた。

 

「ねぇ!! 今度はクマと戦ったの!!」

 

「教えてくれよぉ~アルティエ~」

 

「こーら。アルティエだって怖い思いしたんだから、ダメでしょ? アンタら」

 

「「はーい」」

 

 レーズ、ナーズの兄弟達に土産話をせがまれながら、少年は戻って来ていた道の先……西部の方角を見ていた。

 

 その夜、今朝と同じような装備に身を固めた少年はようやく眠りから目覚めたエルミを引き連れて、フィーゼの精霊が見回る巡回ルートを避けるようにしながら野営地の外に出て、くすねておいた蒸し魚の包みを袋に下げつつ、陰る夜空の下を歩き出した。

 

『何処行くのよ? お父様は夜に出歩くと怖いお化けが出るって言ってたわ!!』

 

 こういう時はまず自分を寝かしつけてくれるものではないのかという顔になるエルミであったが、少年が向かう方角を見て、あそこかーという顔になる。

 

『貴方、知ってるの? アレ、相当危ないですわよ』

 

「危ない?」

 

 ジグザグ走りで移動しながら、少年が訊ねる。

 

『分かりますの。恐らく、怖いのがいるって』

 

「あ、そう……」

 

『あ、そう……って!? 話聞いていますの!?』

 

「聞いてる……(イレギュラーの話は重要)」

 

『何ボソボソ言ってますの!? もう!! どうなっても知りませんわよ!?』

 

 怒ったエルミが仕方なさそうに背後で浮かびながら、少年に同行した。

 

 さすがに走った為、西部に抜ける洞窟まではすぐだった。

 

 しかし、ウリヤノフが懸念していた通り、クマが洞窟内部から出て来るのを発見して、少年が加速する。

 

『あ、ちょ、見える貴方が死んだら困るんですのよ!?』

 

 言ってる傍から少年が黒いダガーを引き抜きながら、その剣身を太く肥大化させて大剣を形成していく。

 

『へ?』

 

 跳躍した少年が斬り掛かったクマが正面から頭部を割られて絶命し、刃はヌルリと傷口から抜けて、続いて来るクマの肩や腕を両断し、上がる血飛沫もそのままに黒く侵食して動きを止め、後続が他のクマの図体で身動きが取れずに渋滞しているところを背中を走り抜けるようにして少年が通り過ぎた。

 

 閃いた剣がクマ達の背中を次々に捌き。

 

 背後に出たところで。

 

「ウィシダの炎瓶」

 

 炎が洞窟内から入り口に向けて噴射され、辛うじて背後を振り返ろうとしていたクマ達が燃え盛る炎に焼かれながら悲鳴を上げつつ酸素を周囲から奪われてドウッと倒れ込んだ。

 

 口内から肺までもやられた動物達の以外が積み上がり、パチパチと音を立てて燃え上がっていくと、その体が急激に膨らんで萎んでいく。

 

「?」

 

 萎んだクマ達の遺骸を見やれば、そのクマのような形をしたソレらは木製の木彫りに化けていた。

 

『え? え? あ、貴方の強さもアレですけれど、木彫りに? どういう事なんですの!?』

 

 エルミが混乱しているところに何処か愉快そうなしゃがれた声が響く。

 

「はっはっはっ♪ これは何とも参りましたな。おやおや、我が木彫り達が破壊されたかと思えば、魔の技に通じる者がいたとは……」

 

 少年が油断なく大剣を構え、洞窟の奥を見やる。

 

 すると、一人の褐色のローブを着込んだ小柄な男がいた。

 

 歳は60代くらいであったが、頭部に髪の毛が無く。

 

 代りに王冠のようなものを額に付けており、顔は骨と皮を切り貼りしたような貧相さで瞳には青白い輝きが宿っている。

 

「まさか、今回の流刑者達はこんなになっているとは」

 

「………」

 

「ああ、申し遅れました。ワタシはセベクの子、ヤハギン。嘗て流刑者として流された者です。まぁ、何とか西部に根付いただけの三流ですよ」

 

「流刑者?」

 

 少年は一応聞いておく。

 

 常に情報は必要だ。

 

 もう知っていると思っていても、ポロッと新しい情報を喋ってくれる可能性もある。

 

「左様。この鬼難島には大昔から大量の流刑者が流されている。その中にはこうしてワタシのように生き抜く者もいるのです。私は下から数えた方が早いですがね……」

 

「……クマで野営地を襲う気だった?」

 

「然り。大抵は流刑者など極刑を受ける犯罪者。門番たるワタシはいつもさっさと始末していますが、今回はどうやら毛色が違うらしい。北部の連中と外が繋がっているというのは近頃の噂らしいですが、このような呪紋を使う者もいる」

 

「………」

 

「その亡霊然り。呪紋然り。どうやら貴方は持っているようだ」

 

 ギョロリと男の瞳が零れそうなくらいに少年を凝視する。

 

「だが、この地域に進出してしまった以上、戦うしかない。この島の法は曲げられない。でなければ、滅びるのは我らだ。呪紋は後でその腕と共に回収しておきましょう。では、我が子供達……罪人の血を存分に」

 

 男が両手を広げた途端。

 

 ボトボトと大量の木彫りが周囲に落ちた。

 

 ソレがシュウシュウと青白い煙を上げながら、暗闇の洞窟内部で次々に巨大化しながら、本物さながらの質感を得ていく。

 

「ワタシは大昔、北部でこう呼ばれておりました。【竜骨の人形師ヤハギン】とね!!」

 

 男の周囲から無数に立ち上がる獣や竜の如き爬虫類。

 

 更には腹や顔から触手を溢れさせる人外。

 

 空を飛ぶ魔物らしき人型。

 

 どれもこれも明らかに人間の軍隊でも手に余りそうな面々。

 

 しかし、少年は背後に背負って来ていた大剣を掴んで引き抜き。

 

 黒い刃と共に二刀流とする。

 

「ほう? 抗魔特剣ですか。だが、この数を前にしては!!」

 

 男の喜悦の籠った殺意が向けられた途端、獣たちが殺到。

 

 だが、それよりも早くウェルキドの大剣が遠方に投擲されて、獣達の背後に抜けた。

 

「自棄になったか!?」

 

 嘲りの声をヤハギンが上げる。

 

「呪霊召喚【燻り贄のウルクトル】」

 

『「―――?!!」』

 

 ヤハギンとエルミが驚く魔も無く。少年の背後に顕現した巨大な青白い呪霊がブブブブと振動し始める。

 

 途端、ウェルキドの大剣が猛烈な勢いで背後から剣の乱杭歯を乱舞させて、ウルクトルに向けて他には目もくれず、直線状のものを貫いて目指す。

 

「な?!!」

 

 しかし、ウルクトルからも大量の手が次々に伸びて襲ってくる前方の化け物達を押し流していた。

 

 原理は簡単だ。

 

 ウェルキドの大剣を少年は今も黒い菌糸で握っている状態として判定されている。

 

 つまり、起動可能な状態でウルクトルが召喚され、その呪紋による腕の顕現を以て詠唱者を破壊しようと動き出したのだ。

 

 少年は呪紋を使う際に剣を握っていなかったので大丈夫であったが、この状況下で相手が呪紋を使えば、大剣の餌食となる。

 

「術者を始末しろ!!」

 

 ヤハギンの叫びに反応した獣達だったが、次々に大量の腕が押し寄せ、背後からは乱杭歯が自分達を抉って前に殺到するという両側から攻められた状態ではまともに敵へ向かう事も出来なかった。

 

 どこかしらを貫かれたり、腕で引っ張られたり、押し戻されたりと混乱の最中にも少年は黒い大剣のままに真っすぐヤハギンに跳躍。

 

「消えろぉ!! 罪人がぁ!!?」

 

 ヤハギンが懐からネズミの木彫りを落してホンモノの濁流のように放つものの、ソレを斬り分けるようにして大剣が相手を正面から両断した。

 

 その瞬間、彼の腕から出ていた黒い菌糸が大剣の柄から離れる。

 

 すると急速にウルクトルから乱杭歯と触手が離れ、ガチンと音を立てて剣の元の位置へと戻った。

 

 それと同時に木彫りへと戻っていく化け物達が破壊された状態で青白い炎を上げて燃え散る。

 

 その断末魔は何処か儚げで一瞬前の情景が幻にも見えた。

 

 ウルクトルもまた少年が振り向くとサァァッと霧のように溶けて消えて行った。

 

『あ、あ、貴方強いじゃない!? わたくしの騎士にしてあげてもよくってよ!?』

 

 ちょっと興奮して、目をキラキラさせたエルミが少年の周囲で騎士になれコールを上げ始める。

 

 それを横目に少年は両断したヤハギンの死体がベキベキと罅を入れながら灰となっていくのを確認した。

 

 そして、青白い炎が上がったかと思えば、カランッと粗末にも見える木製の王冠と小さな木彫りの人形らしきものが残っている事を確認する。

 

 木彫りはお世辞にも人型ではあったが、精巧なものでもなく。

 

 子供のごっこ遊び用のものに見えた。

 

 それを拾い上げた途端、ザァザァと音を立てて、人形もまた灰となって消え、後にはヤハギンの冠だけが遺される。

 

 ヒョイとそれが摘まみ上げられた。

 

「鑑定完了。【人形師の呪冠】を獲得。装備時、精神属性変異呪紋【生命付与】を獲得。装備者の持った物は疑似的な生命を得て動き出す。行動時間は込められた魔力量に比例する。装備者の生命が尽きた時、その者は器物となって魂魄は失われ、二度と転生出来ない」

 

『呪具じゃないソレぇ!? 捨ててよぉ!?』

 

 思わず魂が消えるのワードに反応したエルミが騒ぎ出すので少年が仕方なく王冠を両手でバキリと破壊すると、胸元が震えた。

 

 ソレが甲虫の指輪だと気付いた少年が胸元を見やると。

 

 破壊された冠が輝きを零す粒子のようなものとなって胸元の指輪に吸い込まれていくのが見えた。

 

「【エンデの指輪】を獲得。呪具、呪紋を破壊した際、吸収する事で装備者に能力を還元する。ただし、装備者を害する効果が失われる代わりに能力の効果は全て半減する」

 

『何でもいいですから、疲れましたわぁ。もう帰るぅ~~~』

 

 本来は塔まで行くはずだった少年であるが、やる気の無い疲れたを連呼する亡霊少女を連れていても精神的に疲れるし、体力も魔力も消耗したので仕方なく元来た道を戻る事にしたのだった。

 

 *

 

 南部野営地を偶然に少年が護る事になった翌日。

 

 あちこちでは今まで人力でやっていた木材の移動が見えない精霊の力によって行われ、水夫達は魔の技とやらに感謝しながら、フィーゼを崇める勢いでお願い攻勢に出ていた。

 

 何処の現場も人出が足りず。

 

 細かい作業は結局人間が行うしかなかったが、それにしても木材の運搬だけでも仕事が無くなれば、大助かりなのは間違いない。

 

『フィーゼ様ぁ!! こちらをお願いしますー!!』

 

『はーい。ただいまー』

 

『姫様ぁ!! こっちもお願い出来ねぇでしょうかぁ!!』

 

『はーい。少しお待ちをー』

 

『フィーゼ様!!』

 

 どこもかしこもそんな調子でここ数日で一番住居用の木材が移動された。

 

 丸太を加工し、数人が寝られる高床式の寝床が造られ、乾かした樹木の葉や草によって屋根が出来ていく様子は素早く。

 

 後数日で何処も基礎は出来てしまうだろう。

 

「姫さんも大変だ。ありゃ……」

 

 アマンザが肩を竦めて、今日も釣りに向かう。

 

 未だ船の部屋に住まう者達も一部いる最中。

 

 何とかあちこちで諍いが起こらないようにと調停しているエルガムの功績もあって、野営地は出来てから初めて活気というものに溢れていた。

 

 そんな中、少年がまた東部に出掛けようとした頃。

 

 砂浜でリケイと出会っていた。

 

「おや? またお強くなられているようで」

 

「呪紋が増えた」

 

 少年が腕を出す。

 

 そして、印に再び文字が一文字刻まれているのを確認したリケイが驚く。

 

「おぉ、少し見ない間にまた呪紋が……これは精神を操るものですな。東部では昔ならば、よく見た戦用の代物じゃ」

 

「戦?」

 

「左様。数百年前には東部も戦乱が頻発していましてな。呪紋を用いる者達の中でも人形師と呼ばれる者達が活躍していたのですじゃ」

 

「人形師……」

 

「彼奴等の呪文は中々に独特。仮初の生命を与え、物体を動かす。強者となれば、鳥の彫刻を怪鳥と化して空を飛び。竜すら操って雷を降らせたとか」

 

「……空が飛べる?」

 

「然り。呪紋の力が続く限りは。ただ、それは元となる形が必要。此処で揃えるのならば、木彫りが良いかもしれんですな」

 

「木彫り……」

 

 自分にそんなものを作れる才能があるものか。

 

 考え込む少年であったが、リケイがニヤリとする。

 

「ふふ、実はこれでも芸妓の嗜みとして色々自作するのですが、何か欲しいものがあれば、材料と道具さえ頂けるなら、お造りますぞ?」

 

「後で頼む」

 

「任されましてございます」

 

 こうして少年は一時、中断していた西部の上空の塔を攻略するべく道具が欲しいとウリヤノフにお願いしに行くのだった。

 

 どうやら朝は弱い亡霊少女は少年の肩の後方で今日もスヤスヤしている。

 

『もう食べられましぇんふぁ~ぐひゅ、ぐひゅひゅ……』

 

 枕まで抱き締めて寝言を呟いている辺り、亡霊にも眠りは必要らしかった。

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