流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて-   作:Anacletus

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間章「蜘蛛、勇者になる 前編」

 

「この世界を護るんだぁああああああああああああ!!!!」

 

 勇者とは時に過酷な環境に耐えながらも人々を護り導く存在である。

 

 その献身的な姿から多くの人々は勇者と呼ぶ者達に大きな期待をしている。

 

 子供達の目もキラキラさせてしまう勇者達は正しく大体の人類が生息する大陸では御伽噺だったり、童話だったり、伝承だったり、現役勇者してる層もいたりする。

 

 何も知らない人類が巨大隕石の落下で滅びそうな昨今。

 

 惑星上にある複数の大陸では正しく終末論者が踊り出しそうなくらいに終末世界が進行しており、そのせいで多くの国家が被害を被っているわけだが、そんなのとは無縁の大陸もある。

 

 そもそも終末が来ているとも知らず。

 

 空の隕石なんて見えておらず。

 

 大陸を救うべく他の種族の強硬派閥の長。

 

 つまり、魔王だとか悪王だとかを退治する人類の勇者達が普通に活動していたりするのだ。

 

 彼らは神や精霊、様々な種族と交わり、その加護を以て相対した敵を葬り、世に平和を齎すというのが相場であるが、とある大陸では少し様相が違っているようであった。

 

 列柱が並ぶ神殿の最奥。

 

 遂に敵の首領を追い詰めた勇者は魔王との決戦にして四天王を討ち果たし、此処に大陸の平和が成されようとしていた。

 

「まさか、我が鎧が貫かれる日が来るとは……神々の下僕め……お前のせいだぞ……お前の……」

 

 剣の胸元を貫かれた鳥らしき頭部の男。

 

 御大層な漆黒の甲冑を身に着ける男は正しく年若い勇者達に追い詰められ、今にも討ち果たされようとしていた。

 

「この世界の空を取り戻して見せるとあの子に誓ったんだ!!」

 

 彼の胸を貫いている十代後半らしい少年が相手の徒手空拳の反撃に思わず剣が抜けないと気付いて後方へと跳躍する。

 

「やったか!?」

 

「致命傷だ!! 魔王……エジラエルの最後だ!!」

 

 仲間達は総勢で8名。

 

 魔力も空になった様子の僧侶やら魔法使いやら、もう矢弾が無い弓を構えて、魔力の矢を番える女エルフやドワーフらしい身長の低い老人、人類らしいナイスミドルの剣士と色々取り揃えているのはまったく王道に過ぎるだろう。

 

 しかし、鳥頭の将軍な衣装の男。

 

 エジラエルと呼ばれた男は周囲に倒れ伏した同士達を見て、溜息を吐いた。

 

「貴様らは自分が何をしようとしていたのか。何も知らない」

 

「どういう事だ!? 魔王!!」

 

 勇者と呼ばれるだろう少年が手にダガーを構えて、血反吐を吐き出した宿敵を見やる。

 

 暗い色合いのマントが脱落し、鎧もまた脱落し、男が上半身を露出させる。

 

 胸元を貫いた剣をゆっくりと引き抜いて、勇者達の方へと放った。

 

「子供一人の願いの為に世界が滅びるのか。まったく、神に振り回されてばかりの人生だった」

 

「何を言う!? お前がどれだけの人を苦しめたのか!? 大勢の人々の命を刈り取ったか!!? 忘れたとでも言うのか!?」

 

 その勇者の言葉は事実だった。

 

「間抜けめ……奴ら狂信者共の馬鹿げた理想の為に大陸が滅びるところだったと言うのに」

 

「な、何?」

 

「神々が貴様らに我らを倒せと言ったのはこの大陸から戦力源を得る為だ。そうなれば、あの狂信者共とは比べ物にならない被害と大勢の悲劇を生むだろう」

 

「どういう事だ?!」

 

「この大陸を滅ぼすのは貴様らだと言う事だ。貴様らは神の下僕に過ぎん。神に逆らえない単なる人形に大陸の破滅も世界の終わりも食い止められはしないさ」

 

「見て!? 空が!!?」

 

 エルフの叫びと同時に魔王が維持していたと言われていた暗黒の世界。

 

 本来は青いはずの空が―――現れなかった。

 

 天空に座すのは巨大な隕石。

 

 正しく、世界を圧し潰すように遥か頭上に見えるソレは明らかに常軌を逸した大きさを天に見せていた。

 

「な、何だアレは!? アレもお前の仕業か!? 魔王!!?」

 

「くくく、はははは、あはははははは!!! 神を捨てて千年……何処の大陸でもそうなのだろうな。もはや神の時代は終わっているのに大神連中は……まだ自分達が世界の主役だと思っている」

 

 思わず勇者が今まで不敵だったはずの最後の敵が何処か覇気も抜け落ちた様子で寂しげに世界の終焉たる巨岩を天に仰ぐ様子に瞠目する。

 

「空が暗いせいで作物が育たない? 破滅を天に見て世界を多くの種族が興廃させてしまうより良いだろう。その為に配給も行っていた」

 

「魔王。お前は一体、何を知ってるって言うんだ!?」

 

「狂信者を100万人消して大陸13億の民を護った代償がコレか。我が友ら最後の1人までも……フン……さぞや神々も焦っているのだな。自分達を滅ぼす者が来る。終わりの始まりを己で終わらせようと世界の9割を吹き飛ばそうとは……ははは、くくくく……」

 

 男の顔色が悪くなっていく。

 

「滅びるのならば、最後まで何も知らずに幸せに生きて欲しかった。ただ、それだけだったのだがな……精々、勇者ごっこでもしていろ。まぁ、貴様らなぞには何も出来んよ。破滅を食い止めるなんて名目で何処かに送られて使い潰されるのがオチだろう」

 

 ゆっくりと背後に倒れた魔王と呼ばれた男が目を閉じる。

 

「さぁ、最後の仕事だ。破滅に立ち向かう者よ。我が召喚の意に応えよ。我は神に反旗を翻したる一族の末裔……我が命を代価にこの大陸に新たな可能性を……どうか……」

 

「な!?」

 

 魔王の倒れ伏した場所から溢れていた血が円環となって方陣を無し、無数の文字列を延々と広げていく。

 

「な、何か来るよ!? この召喚陣!!?」

 

 女エルフがすぐに地面のソレが破壊不能である事を悟る。

 

 その時、神殿が鳴動し、崩れ始めた。

 

「く……魔王を討ち取ったかと思えば、まだ何か来るってのか!?」

 

 男の僧侶が杖を片手に消耗した仲間達と共に最後の戦場から撤収へと掛かる。

 

「行くぞ!! 勇者殿!! このままではこの神殿に埋もれてしまう!?」

 

「で、でも!? まだ魔王は!?」

 

「アレはもう死に体だ。言葉に惑わされて死ぬ前に態勢を立て直すぞ。まだ、残存している部隊もいる。魔王軍を打ち倒さねば、戦いは終わらんのだ!!」

 

 ナイスミドルの剣士の言葉に歯噛みして、少年がその場から退避していく。

 

 遂に神殿が崩落を始める最中。

 

 召喚陣と呼ばれた方陣内部にゆっくりと姿が浮かび上がっていく。

 

「もう目を見えぬか……そこのお方……気配からも強いと分かる。貴方に頼みたい事があるのです。これを……」

 

 浮かび上がる姿へと魔王の指先から魔力の光の玉が飛び込む。

 

「申し訳ない。縁も所縁もない貴方を巻き込む私を憎んでくれてもいい。だが、もしも、貴方がこの哀れな神の実験場に……僅かでも慈悲を掛けて頂けるのならば、どうか力をお貸し下され」

 

 その指先がゆっくりと落ちた。

 

 もはや、指一つ動かす力の無い男は呟く。

 

「この大陸の若者達を……どうか……お願い……いたし……ぁ……っ……………」

 

 その指に触れた前脚がチョンチョンと指を切って約束した後。

 

 その死体に剣が突き刺さる。

 

 勇者の剣は魂を破壊する剣。

 

 その残渣から再び影が這い出すまで数秒。

 

 しかし、それと同時に脆くも魔王の神殿は崩れ去り。

 

 二つの影は世界の外へと飛び出して。

 

「(`・ω・´)(……おかーみのごはん食べ損ねた一般工場労働者系蜘蛛の顔)」

 

「(。-∀-)(生まれたばかりなのに蜘蛛生ハードモード過ぎるという顔)」

 

 天から降って来る隕石を望む丘の神殿から無数の火の手が上がる街へと降りていくのだった。

 

 *

 

「部隊は民間人の防護に回れぇ!! 人族の軍に包囲される前に回廊へと避難させよ!!」

 

 魔王の直轄領は今や人類軍の猛攻によって攻め落とされるのも時間の問題となっていた。

 

「魔王様との連絡が取れない!? ま、まさか!?」

 

「構うな!! あのお方の最後の頼みだ!! もはや四天王の方々が亡き今!! 我らが民を護らねば!!」

 

「く、うぅ……勇者めぇ!!? 奴らが関を破壊しなければ!?」

 

『ぐぁあああああ!!?』

 

「く!? もうすぐそこまで来ているぞ!? 避難が終った区画の兵はそのまま護衛として地下回廊へと迎え!! 一人でも多くを生き残らせ―――」

 

「がぁああああああああああ!!? オレの腕がぁあ!?」

 

「ひ、ひぃぃ!!? 奴ら!!? 新しい魔導兵器を持ち込んでいるぞぉ!!? 防御しながら後退!! こ――」

 

 次々に兵達のいる最前線では爆裂する光の雨に降られ、魔力を用いて防御用の方陣を盾にして背後へと下がっていた。

 

 その合間にも威力を受け切れない半透明の盾の割れた隙間から降り注ぐ光に全身を砕かれた兵は大地の染みと化し、後送される者にも容赦なく遠方からの打ち上げられた火球が降り注ぎ。

 

 鳥頭の人々を消し炭に変えていった。

 

『砲撃部隊は引き続き観測手と共に敵軍を殲滅せよ!! 抵抗は頑強だろうが、まずは敵軍の損耗を第一とする!! 邪悪な魔王の民を打ち滅ぼし!! 人の手で大陸に未来を取り戻すのだ!!』

 

 魔王軍の本拠地となる市街地の半分は今や人類軍の兵によって制圧され、次々に狩り出された鳥頭の者達が民間人も軍人もなく皆殺しにされていた。

 

 現場指揮官への命令は一つ。

 

 禍根も残さず。

 

 魔王の血統を絶やせ、である。

 

 火が放たれ、劫火に焼かれた亜人達が折れ曲がる骨の音色を合図に熱によって筋肉が萎縮して踊り出す光景は正しくバカバカしい程に人類軍の兵にはスカッとした事だろう。

 

 劣勢だった人類がこの一年で反撃を開始し、次々に要所を奪還。

 

 大陸の最前線となった魔王の本拠地へと奇襲を成功させ、遂には魔王を討ち取ったとの勇者達からの報告があったのだ。

 

 これで全てが終る。

 

 人類の勝利が確定。

 

 魔王の民さえ追い散らせば、後は神々の威光を以て、全ての敵を打ち倒し、再び人類は大陸に覇を唱えるのだ。

 

 というのが、人類軍指揮官及び参謀達の勘定であり、その最後の詰めの段階は正しく歴史の教科書に載るだろう。

 

 彼らは英雄として邦へと帰還し、魔王を打倒した勇者達程ではないにしても老後は安泰。

 

 戦争はこれで終わる。

 

 亜人の国々に対し、優位なままに戦争を終えられる。

 

 それが最前線将校達の腹積もりであった。

 

『生き残った部隊は直ちに報告せよ。何人残った!!?』

 

『ご、ご報告申し上げます!! 四天王エンテレル様貴下の大隊が最後に残り、死力を尽くして防衛に従事しており、都守備隊の7割が回廊までの撤退に成功!!」

 

『他四天王配下だった大隊からも連絡が来ており、重囲下の魔王城外延に陣取る人の軍に対して打痛を試みるとの事であります』

 

『く、ダメだ。今の人類軍には神の力を用いた新型兵器が……更には天使共も控えている。四天王の方々亡き今、奴らを退けられる戦力は無い!! 打通を中止するよう伝えろ!! 守備隊の隊長として、回廊から必ず民は逃がして見せる!! 故に今は人類軍の制圧地域から逃れ、他の戦力との合流を急げと!!』

 

 魔王城下から逃げ出した民を纏めていた守備隊はもしもの時の為に備えられていた地下回廊によって包囲されている地域から脱出。

 

 民を率いて魔王軍の制圧下にある地域へと逃げ延びようと黒鉄の坑道を急ぐ。

 

 しかし、その先に待っていたのは―――。

 

『隊長ぉおおおおおおおおお!!?』

 

 先行していた偵察部隊の兵達が爆裂する地面と共に砕け散った光景。

 

 坑道の先の出口周辺には人気が無かったが、その遠方には無数の気配。

 

 入り口に向けられた大量の火砲は狙い違わず。

 

 守備隊と民を全滅させるべく。

 

 その砲口を一点に向けていた。

 

『く―――此処まで来て!!?』

 

『隊長!!? 方陣防御で包囲を抜けましょう!! このままでは完全に!?』

 

『ダメだ!? 相手の新型兵器の威力からして、我らが死力を尽くしても民を護り切れない!!? 入口を崩されるのを防ぐ事すら可能かどうか……』

 

『で、では、民は……』

 

『………ッ、守備隊は一部の誘導役を残して打って出るぞ!! 相手の兵器は足が遅い!! 少しでも破壊し、民には我らの背後から四方に散らして逃がす!!』

 

『それしか、ありませんか……』

 

『少しでも生き残ればいい!! このまま全滅を待つよりはまだ……被害には構うな。後ろを振り向くな!! 全ての兵器を破壊し、民が生き残れる道筋を作るのだ!!』

 

 こうして次々に出口から飛び出した兵達が火砲の直撃を受けて爆散する味方に振り返りもせず。

 

 放射状に散りながら、新型兵器を破壊するべく突撃を決行した。

 

 その鬨の声を前にして新兵器の応射は次々に面制圧で兵達を血の染みに変えていく。

 

 だが、それよりも早く7割の兵が新兵器となる火砲の元まで到達。

 

 死兵と化した鳥頭の軍勢の命を厭わぬ攻撃を前にして人の兵が後退しようとした時、それは起こった。

 

『大丈夫ですか!!?』

 

 勇者一向のメンバーが一人。

 

 僧侶の男が駆け付けると戦域に広大な方陣を展開し、兵の傷を癒し始めた。

 

 倒したはずの兵が起き上がり続ける状況に疲弊していた魔王軍の兵達は消耗を余儀なくされ。

 

 一部の軍部隊が魔王軍の兵を撃退し、そのまま火砲を回廊の出口近辺に向ける。

 

『や、止めろぉおおおおおおおお!!?』

 

 それを止めようと叫んだ守備隊の隊長も声も空しく。

 

 巨大な光弾が飛び出そうとした時。

 

 包囲部隊の火砲の悉くがその根元から斜めにズレ落ちて切断された断面を晒す前に誘爆していく。

 

『な、何だ!?』

 

 僧侶の男が目を見張った時。

 

 彼の頭部が砕け散っていた。

 

 狙撃。

 

 それも単なる石ころが地面に突き刺さる。

 

 音速を超える石ころは狙い違わず僧侶の頭部を破壊し、また同時に誘爆した新兵器の火砲の周囲にあった木箱へも次々に着弾し、猛烈な爆発を量産。

 

 人の兵が総崩れとなり、半数が討ち取られながらも後退していく。

 

『く、今の内だ!! とにかく、民を走らせろ!! 生き残ったものは直ちに民の直掩に付け!!』

 

 何が起こっているのかは分からなくても迅速に部隊を統率し、回廊から民を脱出させた守備隊を見送った影が一人。

 

 周辺に転がっている新鮮な死体を糸蜘蛛に運ばせながら、頭部を失った僧侶の体にサクッと蜘蛛脚を突き刺した。

 

「(≧◇≦)(生前の私は冴えないモテない石頭の僧侶でしたが、本蜘蛛生ではしっかりユーモア溢れる蜘蛛として働きたいと思いますという顔)」

 

 サク、サクサク、サクサクサク、サクサクサクサクサク―――。

 

 糸蜘蛛が持ってきた遺体は次々に剣でサクサクと処理されていくのだった。

 

―――魔王城下。

 

『隊長ぉぉおおおおおお!!?』

 

『逃げろぉ!! 逃げるんだぁ!! こんなのに付き合うな!! 直撃は避けろぉ!!』

 

 城下がその言葉の終わり際に制圧されていた地域の奥にある住宅街が蒸発。

 

 瞬時に建ち昇るキノコ雲を生み出した存在が20m程の巨体を用いて、周辺の魔力を用いた結界防護で何とか持ち堪えていた軍の部隊を蹴飛ばすやら掬い上げるような動作で薙ぎ払う。

 

 巨大な腕は太く。

 

 抉り取られた場所には血の染みだけが残っていた。

 

 次々に放たれる魔力の籠った攻撃が猛烈な応射によって弾け、逆に攻撃元である部隊を吹き飛ばしていく。

 

 その巨人。

 

 鋼で出来た古代の遺物たるゴーレムの周囲に二百枚程並んだ魔導方陣の円環から無数に放たれる光の弾幕によって周辺の敵部隊がいた地点はクレーターと化し、跡形もなく溶け崩れた大地だけが彼らの前には広がった。

 

『魔王軍の殲滅までもう少しだ!! 勇者様が起動に成功したゴーレムさえあれば、我が軍の制圧も後少しで終わるだろう』

 

『戦線を押し上げるぞ!! ゴーレムの次弾まで一刻程だ!! 天使様の出番は敵が後背からの打通を狙う時だ。それまで我々は敵防衛拠点を潰すぞ!!』

 

 その人の軍の鬨の声は戦の終わりを告げるものとなった。

 

 もうダメかと遂に諦め、死出の突撃へ向かおうと魔王軍の残存部隊が守備拠点を放棄しようとした時であった。

 

「?」

 

 不意に鈍い黄土色の鋼で造られた無骨なゴーレムがその全身をゆっくりと音も無く崩れさせ、全身をバラバラにされ、その場で散らばっていく。

 

『へ?』

 

 思わず間抜けな呟きを漏らした人側の前線指揮官が何かを言う前に最前線の人側の部隊の将校達の頭脳が軒並み横にズレた。

 

 その光景を見てしまった全ての兵士が絶叫を上げる。

 

 指揮官の不在。

 

 それにしても新型兵器の火砲のようなものが大量に都市外延部に向けて置かれていたが、その大半が次々に内部から砲弾が弾けた様子で起爆。

 

 砲手と共に爆炎と化し、周辺部隊に被害を拡大させ、最前線が大混乱に陥っていく。

 

『い、一体何があった!?』

 

 その後方の主力部隊の指揮官の多くは魔王の最後の逆襲かとこの時の為に持って来ていた切り札の投入へと踏み出そうか迷っていた。

 

 彼らが陣を敷く高台には小山の如きモノが数体、体を蹲らせていたからだ。

 

 凡そ50m強の体躯を体育座りさせているソレが神の使徒。

 

 天使の巨人である事は見る者が見れば分かった事だろう。

 

 各地の戦線で人類側が投入し、複数体が魔王軍によって押し留められていたものが、四天王と呼ばれる将軍達が敗北した事で現地を離れ。

 

 魔王城下への侵攻へと集中投入されていたのだ。

 

『報告!! 報告!! ダリル千人隊長様!! 最前線にて敵軍の反撃により、部隊に甚大な被害が出ている模様です!!?』

 

 その兵の報告を聞いていたのは銀色の鎧を着込んだ30代程の男だった。

 

 二枚目の相貌には確かな迫力があり、何処かワシを思わせる相貌が歪む。

 

『さすが魔王の膝元という事か。伝説の人形とはいえ、天使様達程ではない。一機で落とそうというのがそもそもの間違いであったと……』

 

『げ、現在、最前線で新型魔導兵器の多くが撃破された様子で混乱しており、状況がよく分かっておりません!! ただ、魔王軍も相当の被害を受けたと思われ、現地の守備隊は半数以上を討ち取ったものかと!!』

 

『……部隊を一旦下げようか。城下から天使様達のいる地点まで部隊を下げた後、被害を確認して再編成。どの道、彼らは逃げられない。秘密の抜け道の先には勇者様達にも向かって頂きました。魔王城下の者は全め―――』

 

『報告!! 報告!! 敵退路に展開中のボーデル百人長の部隊が半数を討ち取られ、新型魔導兵器を喪失!! 現在、後退中の部隊が増援を求めています!!』

 

『ッ、まさか? この状況であの新型の長距離攻撃を受けて尚……突き崩して来るのか。あちらには勇者様の一向が向かっていたはず。間に合わなかったとしても、敵を逃がす程に苦戦する事になるとは……』

 

『そ、それが敵軍の決死の突撃後、勇者様一向の一員である僧侶様によって多くの兵が何とか攻撃に耐えたらしいのですが、そ、僧侶様が死亡されたとの事で……』

 

『……まさか、大陸でも指折りの彼が死ぬとは。運命とは分からないものだ。了解しました。では、勇者様達には後方への退路の確保をお願いして下さい。魔王軍も今は逃げている部隊を追撃したりはしないでしょう。それでボーデル百人長は?』

 

『死亡したものと思われます』

 

『……では、後退中の部隊にはゾークス三百人長に掌握を頼んで下さい。どの道、此処が落ちれば、もう魔王軍に退避先の拠点はありません。各地の戦域でも一斉蜂起によって神官団の反撃が始まっている頃合いです。山脈を背後にした彼らが大軍を後退させる通路も封鎖済み。補給が無ければ、早々に干上がるしかないのですから、我らは被害を上に報告して後退しましょう』

 

 チラリとダリルと呼ばれた男が背後を見やる。

 

『よろしいですね。ロアンヌ様』

 

『分かりました。ダリル……被害が出た者達を厚く手当して下さい。追撃は必要無いという事で良いのですね?』

 

 彼の言葉に応えたのは陣の最奥である天幕の奥。

 

 椅子に座って全てを聞いていた金髪の十代の少女であった。

 

 明らかに貴人なのは所作一つでも分かる程に整った器量。

 

 髪を短く刈り込み。

 

 軽装鎧に外套姿。

 

 簡素な金の額に被る冠を一つという出で立ち。

 

 それは戦場で質素ながらも王族である事を伺わせる。

 

『はい。無駄な死者を積み上げるより、時間によって事態を解決する方が良いでしょう。敵魔王軍の策略なのかどうか。空のせいで兵達も動揺しております』

 

 遥か頭上にある隕石は今も闇夜だった世界には圧迫感を与え、兵の多くが頭上を気にしては震えていた。

 

 無論、それを面に出す者は無いが、それも今魔王軍の本拠地を攻めているからという英雄的な行為を前にして己を奮い立たせているに過ぎず。

 

 未だ同様を拭い切れてはいなかった。

 

『では、そのように……医療品は足りておりますか?』

 

『まだ何とも……魔王軍が去った後に残った者達を捜索するのが良いかと』

 

『では、全軍への後退指示を。勇者様達が魔王を討ったと言う報告に舞い上がっていたようです。あの方々の行いを無碍にしない為にも兵達には出来る限りの医療と休息を。友軍の捜索には物資は何でも使って下さい』

 

『は……了解しました』

 

 天幕から伝令兵が奔り出していく。

 

 こうして重囲下の魔王城から脱出した民1万数千人と残存部隊はその進路を一路北部の山脈へと向けて移動し始めた。

 

 その数時間後、馬で先行していた勇者一向の僧侶の死体を回収する為、特別捜索部隊が組まれ、退路を確保した勇者達一向と共に魔王軍が去った後を捜索するも、多くの死体が無く。

 

 魔王軍に持ち去られたものと断定。

 

 追撃を主張する勇者達を王家の姫が諌め。

 

 魔王城は廃墟と化し、人類の制圧下となって2日後にようやく人種族の本隊へと報告が行われたのだった。

 

 *

 

 魔王城下の民を連れ。

 

 敵軍の追撃が無い内に距離を稼がねばならない魔王軍は遂に山脈の麓にまで退避する事に成功していた。

 

 2日の行軍で民に脱落者が出なかった事は軍の部隊が半壊しながらも統率力を失わずに導いた事が主な要因であり、奇跡と呼ぶしかなく。

 

 しかし、主を失った軍は補給も無く。

 

 退路たる山脈奥地に続く道を爆破されていた事で逃げ場を失い。

 

 民の飢えを凌ぐ為、周囲に狩り専門の部隊を立ち上げ。

 

 厳しい気候でのサバイバルを余儀なくされていた。

 

『姫様……申し訳ありません。駆り集めた食料に耐え得る獣の数はまったく足りず。恐らく、数日内には……』

 

 山脈の麓に陣地を張った魔王軍の天幕。

 

 その奥地では背中に翼を持つ栗色の髪を長く延ばした器量良しの娘が難しい顔をしていた。

 

 父親とは似ても似つかないと呼ばれる程度には人間に見えるが、鳥類のものと思われる背後の同じ色合いの翼は他の者達とも同じ。

 

 魔王の姫である事は誰もが知る事実であった。

 

 父の戦死後、残存部隊を率いたのは彼女であった。

 

 主要な魔王軍の人物達が勇者達に次々討ち取られ、遂に父である魔王までもが死んだ今。

 

 その重責の全てはたった一人の少女とその配下達に委ねられていた。

 

「四天王が掌握していた残存部隊の多くは未だ此処から遠いのですね?」

 

「はい。エンテレル様の部隊以外は未だ数日の距離にあり、水の確保も儘ならない此処では……民に急いで井戸を掘らせていますが、それも間に合うかどうか」

 

「分かりました。兵達には申し訳ありませんが、狩りを続行して下さい。行動範囲は1日で戻れる所までで。それ以上は持たないでしょうから」

 

「分かりました。どうか、お気を確かに……姫様のおかげで我ら一同まだ戦えております。お体をご自愛下さいますよう……」

 

「ありがとう。では」

 

 天幕から人が捌けた後。

 

 少女はポツリと取り残されたまま。

 

 嘗て彼女を育ててくれた四天王も父も亡き今、自分が立たねばと唇を噛み締める。

 

「……どうやら、あまり遠くない未来にお会いする事となるでしょう。済みません……御父様……皆さん……」

 

 涙一粒。

 

 彼女は自分が人の容姿をしている事以外、取り立てて何かの才が無い事を知っていたし、自分が将の器でもない事を理解していた。

 

 姫として最低限の教育を受けてはいたし、礼儀作法から王家の諸々を教育係達に叩き込まれてはいた。

 

 しかし、困窮する民を救う為、豪勢な食事とも無縁だった子供時代から庶民的なものを用いて養育された彼女はある種の下級貴族にも近い生活をしていたのだ。

 

 父が敷いた大陸の空を覆う大結界。

 

 天を暗闇で閉ざした結果。

 

 食糧事情は困窮していた。

 

 しかし、それでも何とか大陸の民が飢えずに住んでいたのは統治者である魔王による食料政策が功を奏していたからであり、それは決して腹を幾らか満たせど、十分な質を確保するものでは無かったのだ。

 

 各魔王軍の統治領では一部の結界を開き。

 

 空の光を入れて、食料の大増産が行われ、人も亜人も無く平等に分配されていたのである。

 

「……民を飢えさせては王族失格。もう……出来る事は……」

 

 彼女が僅かに自分のもしもの時の為にと持たされている短剣を凝視し、顔を歪めて手を付けようとした指を震わせながらテーブルに叩き付けた。

 

 泣くな。

 

 泣くな。

 

 そう泣くな。

 

 自分にそう言い聞かせるが、涙は今にも溢れそうだ。

 

 優しかった父を失った今。

 

 彼女には信頼出来る大人は見知らぬ知人の部下達ばかり。

 

 それとて完全に統制が取れているのは魔王の威厳が未だに有効だからだと彼女にも分かっていた。

 

 魔王の死去は半ば誰もが知っているのだ。

 

 人の軍がやってくれば、戦士として戦い死ぬ覚悟。

 

 しかし、食料が無ければ、飢え死にして誇りすら示せない。

 

「私が無能でさえなければ、どうにかなったのでしょうか……」

 

 グイッと涙を袖で拭い去る彼女が横手から差し出されたハンカチを受け取り、思わず拭いていた。

 

「ありがとう。マーサ……ッ!?」

 

 瞬時に彼女が翼を動かして、その場から跳び退く。

 

 彼女の乳母はもう死んでいる。

 

 数日前の大攻勢で孫を庇って死んでいる。

 

 ならば、自分に何かを差し出す相手はいないはずであった。

 

「(≧◇≦)/~~~(こんにちわーという顔)」

 

「ッッッ」

 

 彼女の背筋が凍る。

 

 背後にいたのは巨大な1m程もある黒い蜘蛛であった。

 

 ソレが知性のある様子でハンカチを背後から差し出していたのだ。

 

「この山脈の魔物ですか!? な、名乗りなさい!?」

 

 彼女がそう叫ぶものの。

 

 蜘蛛が自分の額を見せて、足先で指し示す。

 

「ッ―――そ、その紋章は召喚陣の……ま、まさか、御父様の?」

 

 蜘蛛の額には七望星の印が刻まれており、既に亡くなった魔王が用いていた翼に剣の紋章が中央に彫り込まれていた。

 

「(`・ω・´)(うんうんと頷きつつ、魔王の剣を差し出す顔)」

 

「あ、ぁぁ、御父様……最後に使ったのですね……」

 

 彼女が涙を零しながら、その剣を受け取り、額を柄に付ける。

 

 そうして、僅かに泣いた後、ゆっくりと立ち上がり、剣をテーブルに置いた。

 

「貴方が命を懸けて御父様が召喚した何かである事は分かりました。ですが、もはや……貴方に出来る事はありません。どれだけの力があろうとも神の加護を受けた勇者と人の軍は今や魔王軍を圧倒し、追い詰めつつあります」

 

 彼女が指先に魔力を込めて魔導を発動させた。

 

 蜘蛛の前には大きな大陸に小さな大陸が入ったような構造の地図がお出しされる。

 

「今、北部山脈の麓まで我らは追い詰められています。人の軍の勢いにもはや魔王軍は抵抗出来ないでしょう。最後の徹底抗戦の為、此処に集結しつつありますが、殆どの民は人の軍に制圧された地域におり、補給も無い。詰んでいるのです」

 

 その言葉は沈鬱そのものだった。

 

「貴方が例え、勇者を倒せる程の力を秘めていたとしても、民の命は食料も無く後数日……もぅ、人の軍に投降する以外に……いえ、それすら自決以外に道は……」

 

 苦し気な独白に肩を竦めた蜘蛛が姫の前で前脚で外に来るように促す。

 

「何か、有るのですか?」

 

 蜘蛛が外に出て数秒後。

 

 民が集結する麓では驚きの叫びが上がっていた。

 

 何かの地響き。

 

 振動が世界を揺らし、彼女が思わず天幕の外に奔り出す。

 

 すると、その目の前で彼女は音色を聞いた。

 

 まるでオーケストラ。

 

 何処か郷愁を思わせる音色が世の最中に響く。

 

 しかし、何処か希望を思わせる黄昏の音色は正しくRPGのBGMのように空を渡って響き続け、短いながらも彼らの陰鬱な雰囲気を吹き飛ばした。

 

 轟音と共に大地の上へとそそり立っていくのは50m程の塔であった。

 

 通常の黒蜘蛛の巣が300mくらいあるのを考えれば、規模は数分の1。

 

 しかし、その異様な塔が響かせた音色には意志が介在していた。

 

「こ、これは貴方がやったのですか!? 大蜘蛛さん!?」

 

 そう彼女が振り返ると。

 

 ジャランと竜骨と不可糸で造ったギターのような弦楽器を奏でる蜘蛛が天幕の上で趣味を鳴らし始め、集まって来る兵隊の度肝を抜きつつ、呪紋を載せて鎮静効果のある音色を響かせる。

 

「痛みが、引いていく?」

 

 姫もまた逃げる際に脚を少し挫いていた。

 

 しかし、その痛みがスゥッと消えた。

 

 蜘蛛が只者ではない事を改めて彼女が悟る。

 

「皆さん!! 落ち着いて下さい!! 御父様が最後に己の力で召喚した異界からの使者です!! 剣を収めて下さい!! 危険は……ありません!!」

 

 彼女がそう言い切る。

 

 涙する誰かにハンカチを渡すような生物が危険ならば、人の方が余程危険に違いないのだ。

 

「(*´ω`)(た、単独演奏って緊張するなーという顔)」

 

 その一匹の蜘蛛はは自分の趣味を存分に生かした後。

 

 楽器を横に置いて、天幕から降りるとトコトコとミニ黒蜘蛛の巣へと入り、地下水を汲み上げた泉に姫を招き入れた。

 

「こ、こんなにも水が……これも貴方のお力なのですか? 大蜘蛛さん」

 

「(/・ω・)/(みずもってけーという顔)」

 

「あ、ありがとうございます!! 兵の皆さん!! とにかく、民に水を配って下さい!!」

 

 兵達が姫の言葉に入り口から泉を見て驚き。

 

 大急ぎで革袋を掻き集め始める。

 

「……ありがとうございました」

 

 そう姫が頭を下げる。

 

 だが、蜘蛛はその頭をポンポンと前脚で軽く撫でた後。

 

 そのまま巣の奥にある中央塔となる少し狭い芯柱のような場所まで来ると再び姫に来るように前脚で誘導する。

 

 彼女がその場所に往くと柱の周囲には土が盛られた一角があり、その内部から次々に彼女達の大陸では馴染み深い野菜がギッシリと植えられていた。

 

「は? え? ぇ? そ、その……これは貴方が?」

 

「(。-∀-)(ここ数日で種を集めて呪紋で改造、増産しといたよという顔)」

 

「この……食料を我々に?」

 

 蜘蛛の前脚が鎌のようになって葉野菜を一株シャキンと収穫する。

 

 すると、下から切ったはずの野菜が猛烈な勢いで芽を出して伸び始めた。

 

 土の下では真菌の根が張り巡らされており、植物を育てるというよりは植物の細胞を増殖させて、急激に再生させているのだ。

 

 ここ数日、魔王城下の建物から仲間達と共に大量の物資を収奪し、こっそり移送し、現場で魔王軍より先に準備を整えていた労働者系蜘蛛にとって、基本戦闘が左程上手くない自分に出来る事をしたら、この程度が限界。

 

 ペカトゥミアとして最新の能力を受領し、魔力の回復能力を持っていたものの、真菌の増殖も限定的にしか出来ない山脈の麓の土地は痩せており、やれる事は未だ多くなく。

 

「(。・ω<。) (しばらく、よろしくねとウィンクする顔)」

 

「………ぁ、ぁりがとぅ……っ」

 

 蜘蛛にとってはこの程度は正しくいつものお仕事の範疇を出ない。

 

 ユーモアたっぷりな蜘蛛に思わず泣いてしまった姫はすぐに兵を呼び。

 

 その野菜を収穫させ、配給を開始したのだった。

 

―――2日後。

 

「イオナス。うぅ……」

 

 勇者一向は制圧した魔王城城下の宿屋にて悲嘆に暮れていた。

 

 仲間の僧侶の死亡が戦場で確認され、彼らが向かった時には死体そのものすらも無くなっていたのである。

 

「魔王……最後までオレ達から大切なものを奪っていくのか」

 

 勇者である少年が唇を噛む。

 

 全力の戦闘で消耗していた彼らは何とか休息して力も半ばまで戻っていたが、それでも先日の戦闘での体力と魔力の消耗は如何ともし難く。

 

 未だ戦場に出る事も出来ない状態であった。

 

「小僧。オレが魔王軍に行って来よう」

 

「マスター!! アンタはまだ体力が戻り切ってない!! 危険だ!?」

 

 マスターと呼ばれたナイスミドルの剣士が肩を竦める。

 

「仲間の死体くらいは持って帰ってくるさ。もう魔王軍にオレへ対抗出来る剣士も装備も兵もないのは確認済みだ」

 

「だ、だけど、あの軍の包囲網を突破したんだぞ!?」

 

「それは死力を尽くした兵の力だろう。城下での戦闘でも新型魔導兵器とあのゴーレムを破壊されたそうだ。魔王がいなくても魔王軍は決して侮れる存在じゃない。だが、同時に全ての上に立つ将を討ち取った今、何度も死力を尽くせる程に士気が高いわけでもない。今は軍も弛緩しているはずだ。何処かに隠されたあいつを探す程度なら、可能だろう」

 

「……分かった。気を付けてくれ。アンタまで失ったら……オレ達は……」

 

「分かっている。危なくなれば、戻ろう。それよりも、だ」

 

 剣士が目を細める。

 

「小僧。お前は神殿に気を付けろ」

 

「し、神殿に?」

 

 密やかに剣士が少年の背後で囁く。

 

「天使が熾きた今、人の軍は魔王軍を殲滅出来るだろう。それは多くの亜人の国々との戦いに勝利するという事だ。だが、オレの昔馴染みから神殿が何か大きな計画を画策していると聞いた」

 

「大きなって?」

 

「魔王の最後の言葉を覚えているな?」

 

「あ、ああ……まるで、自分が大陸を救ってるみたいな言い分だった」

 

「実はな。魔王の言動には幾つか納得出来るものがある」

 

「え?」

 

「……あいつが死んだ手前言いたくはなかったが、神を中核とする神殿勢力が大規模な徴兵を各国で開始しようとしていると遠方からの手紙で前々から聞いていた」

 

「ッ―――」

 

 勇者の顔色が僅かに変わる。

 

「それとあの天の大岩の事だが、恐らくだが……魔王が天を覆い隠した5年前にはもう存在していたと見て間違いない」

 

「どういう事だよ。それ……」

 

「世界が破滅する災厄が降り掛かろうとしていた。魔王はそれを覆い隠した。そして、神殿を中核とする全ての神聖国家……あの僧侶共の国々を滅ぼした。そうして、神は力を与えた天使を各地に派遣し、四天王との熾烈な戦いが始まったわけだ」

 

「………何が言いたいんだよ」

 

「もしも、魔王の言っていた事が真実だとして、ヤツはこの世界が滅びる理由を知っていた。あの言い用からすれば、大岩すらも神々がやっている事かもしれない」

 

「ッ―――そんな、まさか……」

 

「結局のところは分からん。だが、人がこの戦争を勝利で終えた時、何が起こるかは想像の範疇だ。神殿は各地で亜人の殲滅と奴隷化を進めているとも聞く」

 

「な、そんな事が?!」

 

「お前も今まで亜人国家に行くと神殿が打ち壊され、神殿の関係者が鏖になっているのを見ただろう? そして、神殿の関係者が廃神殿の地下で活動していた事も……」

 

「う、うん」

 

「あの地下は何の為にあった? あの牢やは? 亜人共の骨は? 戦った末に捕虜や死体を隠す為だと言っていたが、そもそも神殿にどうして、そんな牢が必要だったんだ?」

 

「………っ」

 

「お前のいた地域の神殿は違ったかもしれない。だが、オレの友人達の話ではああいう場所が各地の大神殿には少なからずあるそうだ。それも戦争をする前からな……」

 

 勇者の少年が何とも言えない表情になる。

 

「お前が神殿にいる幼馴染の事を考えているのは分かる。だが、神殿のお偉方の心までは分からんだろう? だからこそ、言うぞ。神殿が敵に回った場合、お前は誰に付く?」

 

「誰に?」

 

「亜人か。人間か。神殿か」

 

「そんなの―――」

 

「魔王が今までして来た事が正当化されているわけじゃない。各地の神殿勢力の人々が魔王軍によって皆殺しにされて、国が幾つか滅んだのも事実だ。だが、それにそうするだけの理由と原因があったとしたら? 魔王がもしも……それを……この大陸にとっての災厄を退けようとしていた、としたら?」

 

「魔王が正義だったって言うのかよ。アンタ……」

 

「そこまでは言わない。だが、正義と正義の対立や正義ではないが合理的な理由というのは在り得ると言いたいんだ。これはお前達にも教えておくが、イオナスは逐一オレ達の監視報告を神殿の上層部にしていたようだ。本人はバレていないと思っていたようだが、任務だったはずだ」

 

 そこまで聞いた勇者一向の顔色が変わる。

 

「いいか。これからは立ち回りをよく考えろ。お前達が望む世界に何が必要なのか。そして、敵として戦った者にもまた大切な人や家族がいる。戦場で迷う必要はない。が、敵も味方も決して永遠ではない。それが傭兵として戦ってきたオレの見解だ」

 

 そう言い置いたマスターが踵を返して宿屋の扉から出ていく。

 

『行ってくる。明日の朝までに戻らなければ、死んだと思ってくれ』

 

 そんな言葉と共に扉が閉まった。

 

 勇者一向に重苦しい沈黙が立ち込める。

 

 彼らの行く末は未だ定まらず。

 

 とある大陸の戦争の趨勢はこれから決しようとしていた。

 

 一つ確かなのはそれに彼らの意志が介在する余地は無いという事実のみであった。

 

 *

 

―――数日後。

 

「姫様。四天王の全大隊の長総員揃いましてございます」

 

 嘗て、魔王軍を支えた屋台骨。

 

 四天王直下の大隊は今やその総数を7割以下まで減らしていた。

 

 傷を負っていない者はいない。

 

 傷病兵として途中、己から言い出して介錯され、埋められた者達すらいる。

 

 だが、それでもまだ戦意も衰えぬ魔王の最後の戦力達は他の地域で次々に人の軍によって行われた虐殺の状況を大きく伝え。

 

 多数の民間人が亜人奴隷として各国に連れて行かれている最中であると報告した。

 

 今や大隊長の大半が繰り上がりの者達であり、上層部というものが壊滅している。

 

 結果として指揮能力はあるが、嘗ての魔王軍の上層部とは比べ物には成らない。

 

 人材不足と人材能力は軍にとって致命傷。

 

 その失った力を埋めるのは最後に残された希望。

 

 魔王の一人娘。

 

 姫と呼ばれた翼持つ少女。

 

 アシエル・レノメノンだけであった。

 

「そ、それで、なのですが……そちらの魔物は姫の愛玩動物か何かでしょうか?」

 

「(^-^)(お前をペットにしてやろうかという顔)」

 

「ああ、済みません済みません!? どうか、お許しください!? 何て事を!? この方は御父様が最後の力で召喚した方なのです!? 魔物と呼ぶのは失礼ですよ!?」

 

 思わずアシエル姫が頭を下げ始めたのを見て、大隊長達が顔を見合わせる。

 

「そうなのですか……済みません。我らは元々中隊長だったもので。上の方々の事は殆ど知らないのです。多くは四天王の方々の配下でしたし、実情を知る上司達は先に旅立ってしまいましたので……」

 

 現在の大隊長達は確かにまだ40代程ばかりであった。

 

 天幕の最中。

 

 姫が大きく息を吐く。

 

「とにかく、失礼が無いように頼みます。この方のおかげで今、兵達も民も食事と水にありつけているのです」

 

「え!?」

 

 その言葉に男達が蜘蛛をマジマジと見やる。

 

「(;´Д`)(う~ん。どう見てもアルマーニアの分隊長レベルしかない。能力足りなさ過ぎぃという顔)」

 

 蜘蛛が男達の能力を品定めし、困ったという顔になっていたのも彼らには分からない話であった。

 

 1人だけ蜘蛛が何を考えているのか大雑把に理解出来るようになった姫が頬を掻く。

 

「とにかく、まずは陣容を整える事が先決です。この方のお力でしばらくの食糧と水は問題なくなりました。ですが、人の軍は既に目と鼻の先。後、2日もすれば、付近に到達するでしょう」

 

「今、兵達に陣地の構築を急がせてはいますが、武器も資材も足りません。周辺には樹木も無く。建材が乏し過ぎるのです。近隣まで足を延ばせば、山林はありますが、切り出して使うには時間が足りません」

 

 会議が始まるとすぐに男達が現実問題について語り出す。

 

「負傷者の傷の手当も応急処置に過ぎません。現在、傷の悪化で倒れる者が続出しており、医薬品の不足で野戦病棟は満床……民が何とか看病していますが、世話をする者も足りず」

 

 男達からは暗い話題ばかりが出ていた。

 

 それをずっと聞いていたアシエルが魔王軍の惨澹たる内実に目を覆いたくなる。

 

「もう往年の力も無いとなれば、護りに徹する以外無いでしょう。それと病人と資材に付いてですが、この方がどうにかしてくれると申し出てくれております」

 

 彼女が蜘蛛を見やる。

 

 すると、脚先で大きく丸を作った蜘蛛が天幕の外に出る。

 

 それに付いていく姫に大隊長達も従った。

 

 そうして彼らが黒い樹木のような塔から伸びた真菌の糸が張る傘の下へと運び込まれる病人達を見やり、止めようとしてすぐ姫に制止された。

 

 そして、病人達が次々に運び込まれた黒蜘蛛の巣の奥。

 

「!!?」

 

 野菜が生えている一角にある黒く蠢く何かが溜まった巨大なプールのようなものに次々放り込まれているのを見て、思わず止めようとした大隊長達だが、更に姫へ止められた。

 

 思わず叫ぼうとした者が見たのはプハッと黒いドロドロの内部から浮かび上がり、息を吸いながら淵から上がり始めた傷病兵達。

 

 だが、不思議な事にその肉体からは傷が消えていた。

 

「は……?」

 

 思わず大隊長達が固まる。

 

「これがあの方のお力の一つなのです。あの黒いドロドロは兵の傷を癒す力があり、同時に体を清める時や排せつする時もあれを置いた場所でする事となりました」

 

「そ、そのぉ……一体、アレは?」

 

「あの方のいる世界で使われている便利な道具だそうです」

 

「道具……」

 

 大隊長達が見た目はアレだが、どうやら危険は無いらしいと安堵する。

 

 次々に重症だった兵達がまともな姿で現れ、民達に衣服を着せられていく様子だけで彼らにしてみれば、ホッとしたというのが事実だろう。

 

 彼らが蜘蛛をチラリと見やる。

 

「(´|ω|`)(普通の蜘蛛ですが何か?という顔)」

 

 何かやたら表情豊かに見え始めた蜘蛛が自分達を観察しているように見えて、彼らの背筋に今更に嫌な汗が浮かんだ。

 

 アレ?

 

 さっき重要人物に滅茶苦茶失礼な言動してた?

 

 と、事実にようやく気付いたのだ。

 

「あちらを見て下さい。黒いドロドロの中から引き揚げているものを」

 

 姫の言葉に再び視線を他へと向けた彼らが見たのは大きな白いブロック。

 

 骨らしきもので造られたソレが民達に運び出されていく光景だった。

 

「あ、あれは?」

 

「あの黒いドロドロで育てた骨だそうです」

 

「ほ、骨? ですか」

 

「はい。極めて軽く硬い建材になります。内部はスカスカですが、硬さは折り紙付き。アレをレンガのように組んであのドロドロを掛けると繋がります。掘った穴から土台として今防壁を築き始めた最中です。兵達には体力が続く限り、建造を急がせて下さい。この方の仲間が指導して下さるので」

 

「な、仲間? 仲間がおられるのですか? この蜘蛛殿には?」

 

「はい。どうやら特殊な種族なのだそうで……特殊な彼ら独自の武装で敵を傷付けると彼らになるのだそうです」

 

「は?」

 

「……彼らに“成る”のだそうです」

 

「いえ、あの……」

 

「成るのだそうです……」

 

「は、はい」

 

 姫の黙れという笑顔に大隊長達が押し黙る。

 

「この方達は御父様との契約で動いていますが、自由意志を持っています。勿論、怒らせないよう兵には徹底させて下さい」

 

「わ、分かりました。姫様……」

 

「今、敵軍の偵察者を捕まえているのですが、どうやら勇者一向の人員だとの事で隔離しています。これもこの方が先日捕まえたのであり、今の我らには敵わないだろう相手を捕らえた際の手際は四天王に引けを取りませんでした」

 

「ま、まさか、四天王の方々にこちらの蜘蛛殿は匹敵するのですか?」

 

「戦いになれば分かります。今現在、数人の方々がこの地で働いていますが、粗相の無いように……敬意と感謝を以て接して下さい。今はまだ無理だとしても、貴方達にも何れ分かるでしょう。この方達のスゴさが……」

 

 こうして何だかトンデモナイ状況になっている魔王軍の内実は新たな段階へと入っていたのだった。

 

 *

 

「く、オレをどうする気だ!?」

 

 ナイスミドルの剣士が一人。

 

 竜骨製の牢屋の中で身動き出来ぬように鎖で四肢を繋がれていた。

 

 牢の白さと滑々とした質感は老爺というよりは精神病棟を思わせる。

 

 魔力を体力を回復し終わった男は本来、単なる鎖に繋がれるような存在ではない。

 

 しかし、どうにも白い牢屋の中では例外なく虜囚であった。

 

「(この骨の鎖……やはり、魔力を吸われる。魔導が発動出来ない。それどころか強度が鋼鉄を遥かに上回る。一体、何の骨で出来ているんだ……)」

 

 冷静になりながらも、男は焦っているような様子を演出しながら、食事を竜骨製の皿に載せて持ってきた兵が自分を今にも殺したそうな顔でいるのを見て、魔王を勇者が殺したという事実はどうやらもう広がっているようだと確信する。

 

「(それにしても、あの大蜘蛛……こちらの剣を回避した技量……単なる蟲に出来るものではない。明確な知性。そうだ。知性を以て経験に裏打ちされた実力だ……一体、あの魔物は……)」

 

 マスターと勇者に呼ばれていた剣士。

 

 元傭兵な彼にしてみれば、仲間の死体を確認しようとして出くわした蜘蛛は明らかに魔王軍の秘密兵器にしか見えなかった。

 

 蜘蛛の魔物は大陸にもいる。

 

 だが、それとはまったく違うのは気性からしてであった。

 

 吠えるでもなく。

 

 静かな瞳で彼を夜目で見通し、出会いがしらの抜刀を飛び下がりもせずに見切って回避し、打撃で彼の鳩尾を吹き飛ばして肺から空気を吐き出させ、次の行動を遅らせつつ、既に周囲へ張っていた見えない糸で捕縛。

 

 その糸からして、鋼を割く強度が込められており、彼の手を指錠のように固定化して剣撃を封じ、魔導を構築しようとしたら魔力を体表から奪われて不発。

 

 その合間にチェックメイトとばかりに蜘蛛脚が喉に当てられたのだ。

 

 敵地という事もあり、相手が問答無用で殺そうともしていなかったのも見て取れた為、彼は大人しく捕まったわけだが、すぐに牢から脱出出来ると思っていた思惑は外れ。

 

 白い骨の牢屋で拘束されているのである。

 

「………」

 

 兵が牢から消えた後。

 

 鍵穴も無い四肢を拘束する鎖を開ける術もなく。

 

 男がどうしたものかと外から入る光に目を細める。

 

 二日も帰らねば、死んだものとして勇者達が顔を曇らせている事は彼にも想像が付いた。

 

「ん?」

 

 彼が再び牢屋が開くのを見て、そちらに視線を向ける。

 

 そこには蜘蛛が一匹。

 

 しかし、先日の自分を捕獲した個体とは違う事が彼には分かった。

 

 身のこなしが違っていたのだ。

 

「(”|―|)(これがゆーしゃのなかーまか~という顔)」

 

「何だ? 釈放かな?」

 

「(●´ω`●)(この不敵さ。いいねという顔)」

 

「?」

 

 何か蜘蛛がやたら表情豊かに見えた彼が思わず目を擦る。

 

 だが、どう見ても黒い蜘蛛の魔物であった。

 

 一つ他の彼が見た事のあるソレらと違うのはやたらとその体がスタイリッシュであり、微妙に機械を思わせるような造形が所々にあるという事だろう。

 

 毛の生えた猿と人間くらいの違いがあるかもしれないと人間と亜人の差を思う彼は目を細める。

 

「………」

 

「(^-^)(ごーもんのおじかんですと看板に書く顔)」

 

「ッ、知性があると思っていたが、言語を介するのか!? 拷問だと!!?」

 

 彼の目の前で看板に文字を不可糸で連ねたペカトゥミアがイソイソと短剣と蜘蛛の脚みたいな剣を横の牢屋の奥から持ってくる。

 

 そして、おずおずと看板でマスターから情報を聞き出し始める。

 

 それに答えられる事は答えるが、勇者関連の質問で答えられない事は答えないというスタンスを取った彼が全ての蜘蛛の質疑応答を終えた後。

 

 蜘蛛の脚っぽい剣はポイッと横に放られて何処かへと消され、イソイソと蜘蛛が脚先にソレを持つと同時に槍のように変化させた。

 

「な、何をする気だ!?」

 

「( ̄▽ ̄)(ふふふ、という顔)」

 

「や、止めろ。オレに一体、どんな事を―――」

 

 チョンと男の体に注射染みて槍の先で傷を付けたペカトゥミアがそのまま繭がシュルシュルと男の体を覆っていくのを確認し、牢の奥に衣服を取りに戻るのだった。

 

―――1日後。

 

「大蜘蛛様。あの野菜や肉はあの黒いドロドロで育てているのですよね?」

 

「(`・ω・´)(うんうんと頷く顔)」

 

「そのぉ、実は父からはよく民草の事を知るようにと農耕を学んでいたのですが、このドロドロには多くの養分が含まれているのでしょうか?」

 

「(`・ω・´)(滅茶苦茶含まれてるねという顔)」

 

「……その養分は一体何処から?」

 

「(^◇^)(………)」

 

 召喚されし者。

 

 労働者系ペカトゥミアが案外鋭い単なる世間知らずではないらしい姫の疑問に天幕内部の虚空へと周辺地図を描き出した。

 

 仲間達と共に糸蜘蛛で測量したかなり広域の代物であり、ソレの内部が次々にリアルタイムで蜘蛛によって加工されていく。

 

 現在、彼らがいる地域と塔を中心として西の山林地帯、北の後背となる山脈、東の河川が幾つか連なる中州や南部方面の荒野という立地である。

 

 その森林地帯方面からきゅ~っと音でもするかのように黒い線が引かれて、塔のマークの下に到達させられ、同時に河川からも今度は青い線が塔に引かれた。

 

「もしやあちこちから養分や水を引いているのですか?」

 

「(`・ω・)(その通りですねハイという顔)」

 

「後は我々の排泄物からでしょうか。あの黒いドロドロはとても便利と言っていましたが本当にそうなのですね。この量の食糧を養分からと言う事は森の方は干からびているのでは?」

 

「(^◇^)(やっぱ、この姫鋭いわ。どっかの先進大陸のボンクラ共とは違ってという顔)」

 

 蜘蛛がその問いに地図上の森林地帯がちょっと枯れた様子に地図のマークを差し替える。

 

「では、長くは持たないと考えても?」

 

「(。-∀-)(あ、はい。後排泄物とかを極短サイクルで処理してもイモ類に特化して30日前後の食糧しか確保出来ませんねという顔)」

 

「ああ、やはり……では、結局のところ。戦うしかないのですね。人の軍と」

 

 ペカトゥミアは物分かりというか頭の回転が速い姫はさすが魔王の一人娘だったらしいと人物評を“魔王の姫”から“頭の切れる王族”に書き換えておく。

 

 そして、現在の軍の現状を糸蜘蛛で監視している情報によるリアルタイム表示で映し出した。

 

「ッ、これはまさかあちらの?」

 

 軍の映像情報が次々に地図のあちこちに張り付けられる。

 

「ッ―――」

 

 そこでようやく彼女は蜘蛛達は自分が思っていたよりも恐ろしく高度な戦術や戦略、技術や知識を持つ存在なのだと改めて確認した。

 

 人の軍の動きからペカトゥミアが最終防衛線をまずは敷いて、そこから各地に作っている砦や幾つかの罠を置いた地点をマーキングしていく。

 

 その数は現在進行形で増えており、400近くの罠が民間人のいる地域の外には広がっていた。

 

「こ、此処まで準備をしていたのですか?」

 

「(・∀・)(ま、約束だしねという顔)」

 

「では、軍を率いての消耗戦になるのでしょうか?」

 

 人の軍は現在再編を済ませ、ゆっくりと彼らのいる地域に迫っていたが、基本的には相手の消耗を待っている途中であり、痺れを切らしてくるのを待っている途中であった。

 

 蜘蛛が地図に塔から遠方の人の軍へ弓なりの赤い線を引く。

 

「もしかして、こちらから?」

 

 蜘蛛がこれからとりあえず始まる人の軍の撃退とその後の神殿やら神系統の勢力を撃滅する為のプランを僅かに開示し、驚いた姫に手伝って欲しいと看板で伝えた。

 

「……分かりました。どの道、人側の援軍が来るまでに魔王城を再び取り戻さねば、我らに芽は無い。それは分かっていた事です。どうか、お力添えをお願い致します」

 

「(´・ω・`)(ま、任せとけってという顔)」

 

 蜘蛛がチラリと外を見やる。そろそろ彼らの切り札の一つがやってくる頃合い。

 

 そこにペカトゥミアが一人やってくる。

 

「(*´ω`*)(準備出来たよという顔)」

 

「(◎ω◎)ノ(じゃ、さっそくやるかという顔)」

 

 蜘蛛達がイソイソと天幕の外に出て、黒蜘蛛の巣の上に昇っていく。

 

 現在、50mくらいしかない巣の壁を登って糸の張った直上までやってきた二匹を姫が下から見上げ、何をするのだろうかという顔となる。

 

 2人のペカトゥミアがよっこいしょと用意したのは明らかに竜骨弩であった。

 

 元々、片手間で造られていたソレは急増品という事もあって、何処か無骨だ。

 

 爆華が無いので弾体は爆発させられない。

 

 と言う事もなく。

 

 蜘蛛達の呪紋で処理された各種の資源から黒色火薬程度は創る事が出来ていた。

 

 特に硫黄は近場の山脈に廃鉱山を発見し、纏まった数を持ってきたので、後は木炭を作って、現地の亜人達の糞尿から真菌による処理で硝酸を生成。

 

 適当に丸めた物を竜骨の破片を入れた大玉に入れて魔力で加速。

 

 スポポポポポンという間抜けな音と共に6m程ある巨大な砲身から放たれた花火の八号玉のような……人の拳よりは大きそうに見えるソレが音速を超えて弧を描いた。

 

 空飛ぶソレは樹木の樹皮を加工した紙で包まれており、表面に呪紋が刻まれている特製品である。

 

 衝撃で起爆しないよう樹脂で固められており、少し程度の衝撃ならば問題なく発射可能なソレが飛距離を伸ばして飛んでいく。

 

『魔王軍は山脈を背後に逃げる事も出来ない!!』

 

『此処からは我ら千人隊による包囲によっての消耗戦となる!!』

 

『予定進出地点に到達後、速やかに陣地の構築を始める!!』

 

『ダリル千人長は引き続き魔王城の探索を勇者様達と行い姫様の護衛に入っている。我らがあの方の部下である事を努々忘れるな!!』

 

 ソレに込められた呪紋の能力は単純だ。

 

 特定の高度、特定の距離で内部を爆縮するのだ。

 

―――光が瞬いた。

 

 凡そ60mの半径に音速の5倍強で降り注いだ骨の雨。

 

 それと共に爆発の光と衝撃が昼間の移動中の軍を襲った。

 

『へ、ぁ……………………』

 

『小休止!! しょうきゅうぅぅぅぅ………………………』

 

 6連射。

 

 数百m程の長い一帯を上空から面制圧する攻撃。

 

 内部の子弾を放って人間どころか鋼鉄も貫通する代物の爆発である。

 

 フレシェット弾のようなソレは伸び切った隊列の上を綺麗に覆い、地獄絵図をいきなり顕現させた。

 

 人の軍の7割に直撃し、頭部、胴体を骨が貫通した者の6割は20秒以内に死亡し、数百人が即死したのだった。

 

「………え?」

 

 ばっさばっさと翼で二人の蜘蛛達の傍までやってきた姫が遠方を魔力で強化した視力で覗き、顔が壮絶に青褪める。

 

「(/・ω・)/(めーちゅーかくにんヨシ!!という顔)」

 

「(。-∀-)(各自蜘蛛脚抜剣。突撃開始という顔)」

 

 遠方では見えない蜘蛛達が音速を超えて突撃し、わざと土埃を立てながら死んだ兵達の周囲を走り回り、巨大な煙幕として全てを覆い隠し、次々に蜘蛛脚によって内部で残存兵と死んだ兵達を仲間にしていく。

 

 その光景は「( ´∀`)・ω・) ゜Д゜)゜∀゜)・∀・) ̄ー ̄)´_ゝ`)-_)゜∋゜)´Д`)゜ー゜)(お見せ出来ないよ!!という顔」の蜘蛛達によってグロ画像をモザイク状態。

 

「………ッッッ」

 

 それが良かったのか悪かったのか。

 

 何が起こったかを察した頭の回転の速い姫は蜘蛛達が自分が思っている以上に攻撃力というか、集団での戦闘能力も高い存在である事を鑑みて……今は何も見なかった事にした。

 

 もしかしたら、魔王は最後にトンデモナイものを召喚していったのではあるまいかと思わなくも無かったが、結局のところは生き残る為に彼らの力が必要で、それにもうドップリ漬かっている魔王の民達は頼るしかなかったからだ。

 

 こうして土煙の中で蜘蛛達は増えながら状況を理解して、不可糸による光学偽装で消えながら、死体を残して離脱。

 

 土煙が晴れた頃には先遣隊が全滅し、後方から天使を運び込もうとしていた部隊が次々に足止めを喰らい。

 

 魔王城へと命令を仰ぐ事となったのだった。

 

 *

 

「ぜんめつぅうううううううう!!?」

 

 思わず魔王城の一角。

 

 嘗て魔王当人が使っていた部屋で千人長ダリルの顔が物凄い劇画調に固まるのも無理は無い話であった。

 

 何なら鼻水が出そうな程にヤバい事態。

 

 魔王軍相手に部隊は全滅させても構わないと王国から言われていたとはいえ、それでも魔王が死んだ後に被害が大量に出たとあっては彼の評価や諸々に傷が付くのは避けられない。

 

「ほ、本当に先遣隊が全滅したのか?」

 

「はい。後方より天使様を一人運んでいた部隊が確認しております」

 

 曰く。

 

 巨大な爆発が上空で連鎖した。

 

 それとほぼ同時に粉塵が舞い上がり、周囲を隠してしまった。

 

 生き残っていたと思われる者達もその土埃に巻かれて姿が見えた時には死んでいた。

 

 それも多くの死体が中身が無いという話。

 

 正しく怪奇。

 

 正しく恐怖。

 

 魔王軍は如何なる手管によって部隊を壊滅させたのか。

 

 分かっているのは残されたやたら軽く白くて硬い破片が爆発時に部隊を襲った事。

 

 その破片を手に持ちながら、千人長の顔色は正しく今後の進退を思って暗かった。

 

「危ないところだったな。もしも姫様が部隊に同行していたら……魔王はもう討ち果たされたのだ。後は城に返って頂こう」

 

「勇者様を追い掛けて来たとの噂ですが、よろしいので?」

 

「王国からは例の計画が早められるとの話だ。部隊の再編の事もある。通常の軍隊で破壊不能な上に遠距離から攻撃されるとなれば、此処は防御一択だろう」

 

「は、はぁ……ですが、天使様達に頑張って頂くのではダメなのでしょうか」

 

「それは最後の手段だ。神殿からも天使様を用いて戦をする場合は可能な限り、重要な局面でのみと言付かっている」

 

「つまり、残党狩りの後詰には出していても実際に戦う予定では無かったと?」

 

「もしもの時の備えだ。だが、展開する前に相手側から攻撃されてしまい。ついでに相手の姿が見えないのではな。此処はもしもの事もある最前線だ。部隊が半壊した以上は攻め手に欠ける。進軍は保留し、部隊を魔王城へ引き返させろ」

 

「了解致しました」

 

「天使様は魔王城の周囲に待機させ、魔王軍から一矢報いるような突撃でもあった際にはお働きになって頂こう」

 

「では、そのように」

 

 部下が下がった後。

 

 男が頭の痛い問題だとばかりに現在の兵の数を計算し始める。

 

 その手にある被害報告は明らかに主戦力が激突した時のような損害であった。

 

「……魔導兵器が破壊されていた事が痛い。後続の増援が来るのは10日後、それまでジッとしていてくれればいいが……ロアンヌ様には明日にでも城への帰途に着いて頂こう」

 

「(^ω^)(あの巨人級天使の起動は人がやってる、って事?という顔)」

 

「外大陸への大遠征……もしも頓挫すれば、世界が滅ぶらしいが……天使様ではダメなのか? 我らにどれほどの威力があると言うのだ……」

 

 ダリル千人長がそう呟く。

 

 実際、それは事実だった。

 

 北部でガシン・タラテントによって葬り去られた巨人級天使より彼らの天使は防御が薄そうではあった。

 

 鎧は装備していないし、剣も細い。

 

 仮面と布製らしい服を付けた姿は今のところ蜘蛛達にとって最大級の危険であった。

 

 特に神の力を用いる手前。

 

 攻撃の当たり所が悪いと死ぬ可能性があるので早めに始末してしまいたいというのが本音であり、その為に最初から魔王城には大量のスパイ蜘蛛が潜んでおり、ここ数日活動している。

 

 そして、活動中は食料庫から食料が消えて、見えない魔王軍の幽霊のせいだと噂になっている。

 

 実際には兵隊がチョロまかしたように見せ掛けて糧食を減らしつつ自分達のお腹も満たす蜘蛛達のお茶目な策略だが、彼らは未だ見つかっていない。

 

 何なら勇者一向とやらを遠巻きに尾行し、実力を計ってたりもしたが、あまりにもレベルが低過ぎてすぐに能力を測定し終えたら、天使の方の攻略へと掛かっていた。

 

「天使様を動かす鍵をこんなに管理する事になるなんて……あぁ、もう少し後方勤務にして貰えるよう人事に頼んでおくんだった。クソゥ……」

 

 二枚目ながらも頭を抱える苦労人な千人長が横長の宝石箱のようなものを開いて7本の鍵を確認して閉じる。

 

 それはキラキラとした宝石が埋まっており、明らかに魔力が籠められていた。

 

 男が昼時に食堂へと向かうのを確認した後。

 

「(。-∀-)(さしあしぬきあししのびあしーという顔)」

 

 そ~~っと箱を開けた蜘蛛が鍵を呪紋で解析していく。

 

 複眼に映る情報は天使を起動させる為の認証情報。

 

 魔力で制御しているらしく。

 

 それなりに複雑な代物であった。

 

 それを貰っちゃおうかなーという顔になった蜘蛛であったが、すぐに悪い顔となる。

 

「(/・ω・)/(おっとー天使の鍵を床に落としてしまったー早く蜘蛛脚の鍵に差し替えて、複製してあげなきゃーという顔)」

 

 こうして鍵を全部口に突っ込んでゴクリした蜘蛛が体内で融解させ、真菌で分解。

 

 同時に蜘蛛達のスタンダード装備となりつつある蜘蛛脚を霊力掌握で鍵の形に偽装しつつ、適当に竜骨を霊力掌握した宝石を魔力で色合いを変貌させて偽装。

 

 形はまったく同じ鍵で魔力も鍵から摂取したものを外側に薄っぺらく本物を纏わせ、光沢や色合いを更に不可糸で偽装。

 

「\(^o^)/(これで安心して天使さんを起動出来ますね千人長サンという顔)」

 

 食事を終えて戻って来た男が再び宝石箱を開いて鍵を確認し、胃痛に顔を顰めて閉じ、苦労人な溜息を吐く様子を糸蜘蛛で観察しながら、スパイ蜘蛛の1人はイソイソと魔王城陥落ミッションを開始するのだった。

 

 *

 

「姫様!! 夜襲の用意が出来ました!!」

 

「そうですか。では、夜に上空から一気に攻め込む算段を立てましょう」

 

 人の軍を蜘蛛達が撃退したという報が飛び込んで来てから二日。

 

 傷の癒えた大隊員を再編した正真正銘最後の魔王軍の部隊は遂に攻勢へと向けての戦略会議を開こうとしていたが、途中でいつもは姫の傍をウロウロしている蜘蛛達がいない事に気付く。

 

 というか、ここ数日何か蜘蛛が増えている事を内実ではちょっと気にしていた大隊長達にしてみれば、蜘蛛は何処だというのが正直な感想であった。

 

「大蜘蛛様!! 何処でございますかー!!」

 

 そう姫の叫びが響いて数秒後。

 

 シャカシャカとペカトゥミアがやってくる。

 

 が、いつもの最初に召喚された個体ではなく。

 

「あのぉ~額に印がある方はどちらに?」

 

 そう姫に尋ねられ、その個体がヒョイッと部屋の虚空に地図を映し出して、ライブ映像を生放送し始める。

 

「え? これは魔王城と城下の光景、でしょうか?」

 

「(-ω-)/(そろそろ、まおーじょーこーりゃくどーがはーじまーるよーという顔)」

 

「へ?」

 

 姫とその他大勢がその地図の中で拡大された光景を思わず凝視する。

 

 テーブルの上に映し出された映像内には慌ただしく出撃する兵達と勇者一向の姿が映し出されていたのだった。

 

―――魔王城『謁見の間』。

 

「千人長!! 敵軍は凡そ3里先にまで迫っております!!」

 

「遂に来たか。此処に来るまで何故見つからなかった?」

 

「それが夜半に闇から現れるかのように出現したとの事であり、発見に手間取りました」

 

「それで数は?」

 

「それが400騎程と存外多く。それも馬に騎乗しており、周囲の城下街に侵入される事は無いでしょうが、陣営の周囲に広がる森に紛れられた場合、発見が遅れるかもしれません」

 

「構わん。先日から罠を仕掛けておいた。森の中ではもともに動けん。問題は相手がどんな手を使ってくるかだ」

 

「と、言いますと?」

 

「姫様には先に帰って頂いたし、勇者様達も居られる。此処は勇者様達を遊撃戦力とし、陣地防衛と城下の探索をまずはさせろ」

 

「内部に入り込まれているとお考えですか?」

 

「秘密の抜け道なんて一月掛かっても見つからないのはザラだ。とにかく、まずは不確定要素を潰さねばならん。魔王城がもしも占拠されても、破壊用の仕掛けはもうしてある。もしもとなれば、城共々全て破壊し、城下も焼き払う」

 

「拠点は放棄なされると?」

 

「援軍がもうすぐ来る。平地での戦闘となれば、数がモノを言う。幾ら頑丈で強力な兵器を持っていても、騎馬3万騎や歩兵21万人を前に持つはずもない」

 

「分かりました。相手に正々堂々と戦わせて勝つという事ですか……」

 

「被害が少なければそれでいい。城下の探索が終った後、異常が無ければ、全ての戦力で外壁の外へ打って出る。その場合は森毎焼き払う用意もある。現場に向かうぞ、馬を引け」

 

「は!!」

 

 千人長にまで上り詰めた男は手堅く動いた。

 

 敵軍の実際の数はともかく。

 

 戦術的にも戦略的にも非常に優秀な男だとその背後の頭上に消えてブラ下がっている蜘蛛達はダリルを評価する。

 

 実際、蜘蛛達がいなければ、魔王軍は奇襲作戦で夜襲を掛けて、城下に突入。

 

 最初に潜入させていた者達と共に城を奪還し、立て籠もりながら、外と内側から相手を叩くみたいな事をやり始めるだろうと蜘蛛達は予想していた。

 

 だが、そんなのは定石である。

 

 定石は定石で返されるのが常だ。

 

 特に勝ち戦中の将が手堅く動くならば、戦略目標をそもそも切り崩し、魔王城を破壊して放棄し、援軍を迎えて城の機能が無い城下を火の海にして全部焼き払った方が簡単なのは間違いなく。

 

 結果として非凡な才能が枯渇してしまっている魔王軍は敗北していただろう。

 

 蜘蛛達がいなければ。

 

「クソ。魔王軍が攻めて来るなんて……どうしてだよ。もう降伏するような状態のはずだろ」

 

 千人長が相手を全滅させようと動き出した頃。

 

 勇者一向は魔王城の探索をようやく終えた足で城門の先。

 

 城下街を疾走していた。

 

「仕方なかろう。負け戦だと分かっていても彼らの本拠地だ」

 

「っ、マスターもどうして帰って来ないんだよ……こんな時に……」

 

 ドワーフの男が勇者たる少年に不憫そうな視線を向ける。

 

 彼にとって元傭兵の男は正しく剣の師にして最高の英雄。

 

 目指すべき者だったのだ。

 

 しかし、今更に神殿の暗い部分の話を突き付けられ、そのマスターも行方不明。

 

 魔王軍に囚われて死んだものと思えなんて言われても納得出来る話ではない。

 

「ね、ねぇ!! アレなに!?」

 

 エルフの女が叫ぶのも無理は無かった。

 

 彼らの視線の先。

 

 外壁内部から次々に火の手が上がり、大量の家が燃え上がって城下に滞在していた兵達を炙り始めていた。

 

「まさか、連中!? この状況下で城下を焼いているのか!?」

 

 40代の魔法使いの細身の黒髪の眼鏡男が火を付けて回っている人の軍らしき姿の者達を見て、驚いた様子になる。

 

「馬鹿な!? まだ味方がいるのだぞ!? いや、ならば、アレは魔王軍か!?」

 

「な!? 偽装して自分達の街を焼くのか!!?」

 

 思わず勇者が瞠目して立ち止まる。

 

 ドワーフの老人が目を細める。

 

「いや、有り得るのう。そもそも敵に立て籠もられたら、今の魔王軍では城下の奪回そのものが不可能かもしれん。ならば、城下を焼いて、軍の戦力を半減させつつ、外部と分断するというのは手としては考えられなくもない。どの道、あの千人長ならば、味方を退避させてからやりかねない」

 

「ッ、どいつもこいつも!? そんな簡単に街を焼くんじゃねぇよ!?」

 

 勇者が怒りに震えながら、今も街に火を放っている味方のように見える軍の男達へと向けて魔導……魔力を用いた運用体系にして現在も現役である多用途技術の精粋を詠唱する。

 

「【大水葬(タイダル・ウェイブ)】」

 

 旧き者達の言語が叫ばれた途端。

 

 猛烈な水の波が周辺一帯へと広がっていく。

 

「あ、あいつら逃げやがった!? オレ達はどうすれば……」

 

「今は此処を護るのが先決だよ。このまま攻められたら、大勢の人達が死んじゃうだろうし」

 

「ッ、分かってるよ!! 街をまた焼かれたら困るだろ!!」

 

 エルフの女の言葉にそう勇者が叫ぶ。

 

『魔王軍だぁああああああ!! スゴイ数だぞおおおおおおお!!』

 

 外壁の外からの声に思わず勇者が奔り出し、それに仲間達が続いた。

 

 その様子を外壁の上で糸蜘蛛を変形させたスピーカーを回収しながら見ていた蜘蛛達は面倒な勇者を外に出したのを見計らって糸で外壁の全ての門を落とした。

 

 未だ城下には多数の兵達が駐屯しており、出撃に向けて門付近に集まっている。

 

 驚く兵達は相手の攻撃かと身構えるも、再び外からの大声で門の開閉を間違えたと慌てる声を聴いて安堵し、一端開くまで待つという状態となった。

 

 無論、外壁に防音用の呪紋を彫り込んでいた蜘蛛達である。

 

 好き勝手に情報操作しているのだ。

 

 内部の兵を一時的に大人しくさせているのは今後の手間を増やさない為である。

 

 外部にも内部からの大声で城門の制御をミスった旨が報告され、内外はどちらも蜘蛛達の嘘に踊らされている事となる。

 

「(≧◇≦)/(まおーぐんはいないけどーという顔)」

 

「(≧▽≦)(くもーぐんはいるかもしれないーという顔)」

 

「(T_T)(いや、くもーぐんて……とツッコミを入れる顔)」

 

 蜘蛛達が状況を制御しながら、門付近に集まっている兵達の背後からこっそり近付き。

 

 次々にここ数日で用意した幼女化短剣を槍に加工したものを投げ付け。

 

 瞬時に繭としていく。

 

「がッ」

 

「げ?!」

 

「ごっ!?」

 

 男達は蜘蛛達の猛烈な狙撃の雨の中で打ち倒され、脚や腕、胴体を貫かれ、次々に繭状に形成されて、その繭を糸蜘蛛達によって虚空に通る糸で運ばれて魔王城の元へと集められ始めた。

 

 その数、約200人。

 

 先日数百人が死んだが、残っていた兵の半数程であった。

 

 後の半数は外壁の外にいるわけだが、蜘蛛達の情報戦に翻弄されて、門が開くまではしばらく待ってくれるという状況。

 

 ついでに魔王城内部では魔導とやらでされた魔力を爆裂させる仕掛けが次々に蜘蛛達によって解除され、内部の人間達を纏めて幼女にしている最中であった。

 

 ちなみにダリル千人長は一早く魔王城から離脱し、現場で指揮を執る為に外壁外に出た為、難を逃れるという“運の悪さ”を発揮していた。

 

 そのまま幼女なり、蜘蛛になっていれば、明らかに苦労人は卒業出来たのだから、彼はその後の避難の矢面となる仕事が押し寄せて来る事だろう。

 

 そして、次々に魔王城下からは兵士達が減っていき。

 

『ま、繭だと!?』

 

『何だ!? 何だこれはぁ!!?』

 

『う、うぁああああああああああ―――』

 

 最後には0人を記録。

 

 この間、たった40秒の出来事であった。

 

 そして、蜘蛛達は全ての繭を糸蜘蛛を用いて城方面の上空に備え付けた糸へと括り付け、ゴンドラのように運搬し、城内部に直通で開けた穴から地下へと移動させていく。

 

 ここ最近、ディミドィアに倣って穴掘り蜘蛛に徹したおかげで出来た城から北部山脈の陣地付近まで続く地下通路へとソレらを運び込み。

 

 兵の拉致を完了したのである。

 

『も、門が開くぞぉ!! 直ちに連携して、物資を運び出せぇ!!』

 

 ガラガラと門が開放されていく。

 

 そして、城下の者達が消えた街への道を開き。

 

 残された外部の者達を絶望させたのだった。

 

 これぞ新人類アークにも効果覿面。

 

 “いつの間にか兵隊が減っている”攻撃である。

 

 アーク軍の兵を散々恐怖による精神障害で後送させた手練手管は単なる一般兵にならば、狂気で錯乱させる程度の威力があった。

 

『うわぁあああああああああああ!!!?』

 

『仲間が消えているぞおおおお!!?』

 

『攻撃だ!! 魔王軍の攻撃だぁああ!!?』

 

 どう考えてもホラーであり、どう考えても自発的に城から出て行かざるを得なくなるシチュエーションであり、有能な指揮官が二度と魔王城に戻る事は無いだろう。

 

 爆破用の魔導が一切起動しないのに気付けば、戦略として籠城も城への帰還もする事は無くなるのは間違いない。

 

 街に火を放とうとしても、そもそも勇者達が最初に城下の門付近を濡らしていたり、門周囲に大量の物資があった為、すぐには不可能。

 

 物資を置いて逃げ出すか。

 

 もしくは回収してから逃げ出すか。

 

 そういう選択肢も魔王軍が攻めて来ているという状況下ではすぐに逃げ出す以外は選べないという具合であり、物資を焼いて延焼するのを願いつつ、城下から逃げ出すのは確定。

 

『部隊を纏めろ!! 殿には我が部隊を当てる!! 全隊!! 最低限の物資を持ったら、この場から離れるぞ!! 最も近い援軍の位置は南南西だ!! すぐに―――』

 

 勿論、スピーカー化した糸蜘蛛が張り付いた周囲の森からは馬の嘶きが大量に響いており、いつ襲われてもおかしくない状況を演出。

 

 その上、城門内の戦力が消え失せた事で内部に大量の敵がいる事も普通の指揮官ならば想定の範疇だろう。

 

 こうなってしまえば、合理的な判断を下す者がどうするか。

 

 言うまでもない。

 

『天使様をすぐに移動させるぞ』

 

『で、ですが、馬が足りません!!』

 

『く、起こして移動させる!!』

 

 それこそが蜘蛛達の張った最大の罠である事を有能な千人長は知らない。

 

 七つの鍵が彼の懐から取り出され、次々に部下達によって天使の首筋へと一斉に差し込まれていく様子に笑いが止まらない蜘蛛達である。

 

 グボンッとでも音がしそうな様子。

 

 天使達の目が開いた時にはその瞳自体が黒く染まり。

 

 体育座りで縮こまっていた天使達の姿が禍々しい装甲によって食い破られながら、蜘蛛的な球体へと変貌し、明らかに天使ではない何かと化してしまえば、チェックメイトであった。

 

『て、天使様がおかしいぞぉおおおお!!?』

 

『な、何だと!? 確認しろぉ!!?』

 

『て、天使様が何かの甲殻みたいなのを纏って丸まっちまったぁ!!?』

 

『馬鹿な……馬鹿な……まさか、天使様に何かの仕掛けをされていたのか!!?』

 

 すぐに事態を理解した千人長は確認後に血の気を引かせてビクともしない元天使を放って逃げる事を選択する以外に無く。

 

 無能な勇者達もまたそれに付いていくしかないのだ。

 

 何せ天使がもしも攻めて来たら、彼らに抗う術は無いのだから。

 

「一体、どうなってるんだよ!? 中の人達は!?」

 

「これは……やられたのう。外は囮じゃな。中に潜入していた者が何かしらの術で兵達を排除したのじゃろう。このままでは内と外からの挟撃で圧し潰されるぞ」

 

「天使が変てみんな言ってるよ!! 勇者!! このままじゃみんな危ない!! 逃げないと!!」

 

「く、くそぉ!? 魔王軍は何でまだこんな力があるんだ。四天王がまだ生きてるのか?!!」

 

 ドワーフとエルフの言葉に拳を握った少年が悔しそうに魔王城を門の外から睨む。

 

「殿の部隊を護りましょう。敵は北部方面から攻めて来ています。城下街を迂回して南部方面に戻って来る兵達の背後を護らねば、追撃で更に被害が増えてしまいます」

 

 魔法使いの男がそう現在の状況を分析する。

 

「天使は北部方面に置いていかれるようじゃな。輸送用の馬も全部持って来ている。仕方ない。我らも馬車を一台拝借しよう。あの千人長ならば、融通はしてくれるじゃろ」

 

 ドワーフの提案に頷いた勇者達が兵達の避難誘導をしながら、北部の周囲にある森からの足音に視線をあちこちに向けつつ、軍の撤退を支援し始める。

 

 そして、最後の部隊が千人長ダリルと共にやってくるのを確認し、共に馬車を一台借り受けて、そのまま城下から遠ざかっていく。

 

 だが、彼らは見てしまう。

 

 自分達がいなくなった後。

 

 魔王城の北部付近の壁の外。

 

 七つの禍々しい光の柱が立ち上っていくのを。

 

「あ、アレは?! 天使様、なの?」

 

 エルフの女が呟く合間にも猛烈な空を劈く絶叫が響く。

 

 それは鳥のように甲高く。

 

 しかし、何処か猫の威嚇時の声にも似ていた。

 

 だが、響く声はまるで産声。

 

 背筋を凍らせた一向が馬が興奮しながら逃げ続けるのを抑えつつ、遠ざかる魔王城にて新たなる異変を確認した夜。

 

 魂まで浸蝕出来ずに抜け殻の大蜘蛛と化したソレを蜘蛛達は大喜びで手に入れた。

 

 神格位とまでは行かないが、天使位のウルの外殻となるだろうもの。

 

天使位(セラフ)

 

 ウル・セラフ。

 

 蜘蛛達が此処最近しっかり北部で造っていた真菌と竜骨製のウルに着せるパワーアップ・パーツ、巨大な力を手に入れたのである。

 

 彼らは急いで外殻を蜘蛛達総出で北部へと引いていき。

 

 一晩の後。

 

 何か放心している魔王軍幹部と姫を前に「\(^o^)/(大きな獲物取ったどーという顔)」で現れ、50m級外殻7体……神の力をそれなりに備えて魔力を回復する能力を持つソレの上に載って胸を張った。

 

 多くの民と兵達は度肝を抜かれたのである。

 

「は、はは……はぁ……大蜘蛛様……その……アレは……天使の?」

 

「(*´ω`*)(これでご飯が一杯食べられて、周辺の陣地化と魔王城の奪回も合わせて達成出来たよ。やったねという顔)」

 

「……はぃ。今後ともよろしくお願い致します。それとあの繭は?」

 

 蜘蛛が陣地周囲の森の中からゾロゾロと繭が糸で吊られて黒蜘蛛の巣の周囲に運び込まれるのを見やる。

 

 地面付近でパカッと割れた途端。

 

 内部から落ちて来た相手を見て、また彼女の顔色が悪くなる。

 

『こ、此処はどこだー!? 我々はいったいー!? ダリルしゃまぁ!?』

 

『ぎゃぁあああ!? ま、ままま、まおうぐんだー!?』

 

『プクプクプクプク』

 

『おい。しっかりしろー!!? 傷は浅いぞー!!?」

 

 幼女が大量に繭から生まれて周囲を魔王軍で囲まれている事に気付いて絶望しつつ、ちょっと失禁しながら阿鼻叫喚になっている様子に姫が何とか顔をいつものものに戻した。

 

「捕虜、という事でしょうか?」

 

「(^ω^)/(ろーどーりょくだから、だいじにしないとダメだよという顔)」

 

「はぃ。仰せのままに……」

 

 こうして数百名の幼女型生物の捕虜は蜘蛛達の配下としてこき使われ、魔王軍は蜘蛛達が思っていたよりもヤバい生物である事をようやくこの時、民間人までもが本能で理解した。

 

 蜘蛛達による大規模な反撃は此処から始まる。

 

 魔王軍の人類へのリベンジは日に日に近付いていたのである。

 

 *

 

―――1日後。

 

「オレをこんな姿に……く、まさか、連中は捕虜を纏めさせる為に……」

 

 マスターと勇者に呼ばれていた男の姿が可愛い銀髪幼女になって数日。

 

 次々に連れて来られた元軍人系幼女達のお守りは彼の仕事となっていた。

 

 嘗ての剣技を使える程の筋力も無く。

 

 魔力は殆どゼロに近く。

 

 揃えていた手練手管の大半が使用不能。

 

 ついでに装備も白い絹製のドレスみたいなのとポシェット一つ。

 

 靴は草鞋にクラスチェンジしており、もはや彼ら幼女達にはヨタヨタと配送業をする以外の事……逃げ出す余地も無かった。

 

「ましゅたー!? おしっこ~~」

 

「あ~分かった!? 分かったから!? こっち、こっちだぞ!?」

 

 もはや、ワンオペで数百人の幼女の面倒を見ろと言われた彼は見捨てる事も出来ず仕事に忙殺され、その疲れを幼女の肉体で一身に受けており、幼女達そのものを組織化する為に奔走して何かを考える処の話ではなくなっていた。

 

 こうして勇者一向の一番の切れ者を無力化した蜘蛛達は北部の黒蜘蛛の巣をその晩には衣替えし、爆華の代わりに天使の魔力を用いていつものものへと大規模化。

 

 次々に湧き出す天使の魔力をちゅーちゅーしながら、増えた仲間達と共にフルスペックで昼夜なく建造に勤しみ。

 

 同時に魔力を秘密の地下道を用いて供給する事で魔王城と城下街でも様々な機能改善や都市機能の改造を開始していた。

 

『お、大蜘蛛様が見えねぇ。見えねぇが要塞が出来てく……』

 

『辛うじて、積む瞬間は分かるな。うん……』

 

『残像だけな……』

 

 後1週間以内には人の軍が攻め寄せて来るとの話なのだ。

 

 魔王の下に付いていた亜人達の多くは今や奴隷化され、何やら神殿の管理下で色々させられている様子であると遠出しているスパイ蜘蛛達は確認しており、ソレが島への遠征準備である事を知った彼らはこの大陸での戦争を決意した。

 

 結果として音速を超えて走る蜘蛛達は人の目に見えない速度で建造を行い続け、民も彼らに協力しながら、黒蜘蛛の巣の街区の整備に尽力する事が決定。

 

 急激に額面戦力を増やした蜘蛛達は七つのセラフ外殻を用いて中身となるウルの建造を開始。

 

『(^-^)(まどーまどーたいまどーとこの大陸の魔力運用体系を解析し、対魔導戦闘用の装甲を作ってウルに登載する顔)』

 

『\(◎o◎)/(てんしーてんしーたいてんしーと一番厄介そうな天使を鏖殺する為の戦術を練りつつ、武装を組み込んでみる顔)』

 

『(´っ・ω・)っ(ゆーしゃーゆーしゃーたいゆーしゃー……はいいか。どうせ、単なる使徒の劣化版だしと超人系一般勇者が一応大軍化しても殲滅する兵器を接続する顔)』

 

 ほぼ明日の朝にはウルが揃う手はずであった。

 

 中央塔付近の工廠では巨大な培養槽がある建屋が並んでおり、内部からは怪しげな蒸気が漏れ、完全に悪の秘密基地みたいな様相となっていた。

 

 中央塔が広くなった事で姫及び大隊長達の部屋を内部に新設。

 

 魔王軍の各部隊への迅速な連絡手段として呪紋式の小型無線機を更に配布。

 

 先進大陸で培われた知識を用いて、あらゆるものを手仕事で工作する蜘蛛達はシュババババッと呪紋と魔力と物資を用いて数分で大半のものは創ってしまう。

 

 こうして魔王軍と魔王の民の多くは蜘蛛達のあまりの工作能力に自分達よりも遥かに高度な文明からの使者である事をようやく気付いていた。

 

「大蜘蛛様。魔王城に部隊を派遣しないのですか?」

 

 その問いに軍議の間で召喚された最初の個体。

 

 召喚ペカトゥミアが姫に現在の概況を地図で表示する。

 

「敵軍の前進速度がここ数日で数里。こちらの情報を集めているのでしょうか。迅速に突撃してくるという様子ではありませんね」

 

「(^ω^)/(天使を取られて、さすがに色々と確認中だよという顔)」

 

「でしょうね。この塔の周囲にあの天使達を元にした黒くて丸いのが置かれていますが、アレをどうなさるおつもりなのですか? 魔力を発する炉のように使っているのは理解出来ますが……」

 

 人の軍の全体像と各地の情報を重ねた地図には複数の小規模偵察部隊が魔王城から北部山岳部までの地域に薄く広く攻め寄せて来ているのが見て取れる。

 

 それが次々に山岳部方面に入ろうとしたところでバッテン印が付いて、蜘蛛マーク化するのを見て、今外部で働く建造以外の仕事に従事している者達が何をしているのか姫にも分かった。

 

「お仲間を増やしつつ、偵察部隊を消して、相手に情報を与えないようにしているのですね?」

 

「(^ω^)(その通りという顔)」

 

 蜘蛛が此処で七つの大きな黒い球を地図上に浮かべる。

 

 ソレが、陣地から幾つかの地点に一瞬で転移させられた。

 

 その途端、地図が広くなり、大陸の全体像が表示される。

 

 現在の大陸では北部域は亜人国が多く。

 

 南部域には人の国が多い。

 

 まだ、国土に入っていない領域が4割程あり、6割の内の半分で魔王軍と人の軍が争い。

 

 その大半で魔王軍が撤退。

 

 現地民を残して現在の地図中央となる陣地にやって来ているという状況下。

 

 しかし、黒い球が現れたのは現在の侵攻軍を出している国々であった。

 

 かなり軍とは離れている上に各地では亜人の国が幾つもあって、占領している部隊もいるというのがしっかりと表示される。

 

 しかし、黒い球が現れた国々で爆発。

 

 それと同時に玉が後方にいる神殿を次々に破壊する様子が簡易的なマークによって表現される。

 

「黒い天使の玉で神殿を破壊するのですか?」

 

 その後、玉を中心として次々にその国々に黒蜘蛛の巣が立っていく。

 

 すると、そこには更に倒れた神殿の人々を用いて蜘蛛が生まれ、後方から敵軍の補給路を破壊しつつ、進撃。

 

 亜人の国々を開放し、敵軍を後方と分断。

 

 更に各地で亜人軍を組織して各地の神殿勢力を降伏に追い込むというストーリーが地図上で展開され、思わず姫はパチパチと拍手する以外無かった。

 

「確かに天使達はいきなり戦場に現れる事もありました。その力で後方を直撃し、神殿勢力を破壊すれば、恐らく人の国々も停戦を余儀なくされるでしょう。父の話では人の国々も一枚岩ではなく。神殿勢力に対抗する者達もいるとか」

 

 良い話を聞いたという顔になった蜘蛛がイソイソと仲間達と共に連絡会議を呪紋で開催し、今後の方針予定を即座に詰めて、軍議の間を後にする。

 

「あ、お供します」

 

 姫が彼の背後に慌てて付いていく。

 

 すると、塔の外に広がる景色は正しく島の黒蜘蛛の巣と同等の街区であった。

 

 六つの街区を用いて、活動する黒蜘蛛の巣は今や亜人の人々を収容し、彼らの衣食住を受け持つと共にその文化や諸々の技術や技能を蜘蛛達に学ばせる場となり、あちこちで蜘蛛達が現場で働き始めた知識職や技能職の亜人の元で学ぶ姿は正しく島と同等のものとなっていた。

 

「大蜘蛛様……本当に助けて頂いてありがとうございました。皆さんがいなければ、我々は滅び……亜人の国々もまた全て滅びを待つだけになっていたでしょう」

 

 そんな姫の言葉に別にいいよという顔で彼女をヒョイと持ち上げて、自分の上に座らせた蜘蛛がシャカシャカと街区の外延部へと向かっていく。

 

 真菌の層で多重に覆われた街区は外からの光を真菌の光の透過で取り入れながら続いている為、透き通った水面のような景色が空の青さと交じり合い。

 

 独特の風景を描き出す。

 

 その最中で建造中の建物の多くは竜骨製。

 

 真菌層が終る外延部は人が通れる程度の高さのある天井が備えられ、開かれていると壁が無く風通しも良い。

 

 そこを潜ると一気に周辺は物騒な様子となる。

 

 それはそうだろう。正しく人の軍を迎え撃つ為の要塞……と、思われている竜骨製の要塞が建造され、その周囲には掘りが掘られ、跳ね橋やら通路やらが舗装され、魔力を無限に供給してくれる天使外殻からの力を用いて、周辺領域そのものを密林として形成していたのだ。

 

 前日まで樹木一本見えなかったはずの荒野が掘りから引かれた水を水源として四方に広がっており、真菌と現地の樹木の細胞を用いて、1時間で10cmは伸び始めている。

 

 必要な養分は蜘蛛達の肉体を【飽殖神の礼賛】で増やした苗床で増殖させた真菌を用いて分配。

 

 ナクアの書をフル活用して、外界で使われている遺伝情報を導入し、次々に現地の生物を改造。

 

 食料生産から物資生産、諸々必要な生物資源が回収可能な森を急激に造成。

 

 正しく、地域そのものが変容し、彼らのいる陣地からもう数kmは蜘蛛達の領域と化していた。

 

 この領域の拡大は止まっておらず。

 

 数日もあれば、魔王城近辺までも飲み込む勢いであり、人の軍との決戦に向けて戦場造りは大きく進展している。

 

「これが大蜘蛛様達のお力なのですね……敵の力を用い、神の使徒すらも使う」

 

「(´ρ`)(その神すら近頃は“増産”してるけど黙っておこうという顔)」

 

「何処へ向かうのですか?」

 

 姫の言葉より先に蜘蛛が跳躍し、周囲の成長中の樹木に糸を引っ掛けて引っ張り、加速しながら低空を跳んで一気に魔王城を目指す。

 

「ふわ?! は、は、速いです速いです!?」

 

 しかし、言っている間にもあっという間に魔王城が見えて来て、その外壁の一部に張り付けた糸でポーンと上に跳び上がった蜘蛛が更に魔王城付近に張り付けてある糸に糸をくっ付けて、虚空を疾走。

 

 ほんの二十秒程で城の中層階で窓が大きく開かれた部屋に辿り着いた。

 

「アシエル様!?」

 

「あ、貴方達!? 生きていたのですか!?」

 

 姫の前に出て来たのは人間の奴隷にしてメイドの少女達であった。

 

 その額には円環の魔導方陣が描き込まれている。

 

「あぁ、生きていたのですね!? みんな!!?」

 

「は、はい!! あの勇者達が魔王城の最深部に避難して取り残されていた我々の命を現場指揮官に嘆願し……申し訳ありません。魔導で心を読まれ……姫様の情報を……」

 

「良いのです。貴方達が生きてさえいれば……」

 

 姫がギュっとメイド達全員を腕で抱き締める。

 

「ひ、姫様ぁ……ぐず」

 

「その後に大蜘蛛様達に助けて頂いて」

 

「はい。魔王様の秘密の部屋の事をお教えしたりしたのですが、よろしかったですか?」

 

「構いません。大蜘蛛様は我らの味方。父が最後に召喚した異界よりの使者なのです。貴方達が無事で良かった。まずはその魔導を解除して、野営地に向かいましょう。此処はもうすぐまた戦場になります」

 

「はい!!」

 

 姫が頭を下げるのを見て、その頭をポンポンした召喚ペカトゥミアは内部にいた他の仲間達に全員を地下通路で返すように頼んだ後。

 

 魔王軍もいない破壊された人のいない街へと城の上から跳躍して着地。

 

 先行させていたウル・セラフ1号機の偽装を解くと下から乗り込む。

 

「(◎_◎;)(整備は完了済みという顔)」

 

「(´・ω・)っ|(はい。これ始動鍵ねという顔)」

 

「( 一一)(襲撃戦用に対軍装備付けといたよという顔)」

 

 中にいたペカトゥミア達蜘蛛達が最終調整を終えた状態で召喚ペカトゥミアに説明を行い。

 

 一緒乗り込んで、そのままウルが起動。

 

 神の魔力。

 

 黄金が薄っすらと禍々しい黒い装甲に幾何学模様として奔ると50mの巨体が行き渡った魔力そのものを装甲内部で転化して、運動エネルギーを装甲そのものに出現させ、慣性を無視して、加速を開始した。

 

 一瞬の跳躍で街の外に跳んだウルが着地しながらも接地面をアメンボのように浮きながらスイスイとスケートでもするかの如く樹木や草すら圧し潰さずに巡行モードに移行。

 

 数秒で時速300km近い速度を出して人の軍の本隊へと直進。

 

 その姿はすぐ不可糸によって包まれ消えていく。

 

 進む先には数十万の軍勢が今後の方針を決めかねて野営中。

 

 勇者達もまたそこにおいて軍議に参加しているのだった。

 

 *

 

「つまり、何かね? 勇者殿……貴殿達は魔王戦後に消耗している彼を猛攻が予想された地点に派遣し、みすみす死なせて死体すら回収出来ずに魔王城を魔王軍に奪取されたという事なのかな?」

 

 軍議の場は現在、魔王の討伐と同時に最後の抵抗者である魔王軍の討伐、更には戦功を上げ過ぎた勇者を吊るし上げ、少しでも彼らの為にも幾らか瑕疵を付ける場となっていた。

 

「ええ、残念です。本当に……イオナスは良いヤツでした……」

 

 勇者も数日に及ぶ審問染みたミッチリと今までの旅を事細かに聴取する場と化した状況では精神を削られ、口数も少なく。

 

 殆どの受け答えはドワーフの老人に仕込まれたセリフのみを呟く人形と化し、他の仲間達にはこんな事はさせられないと責任を背負う矢面に立っていた。

 

「まぁ、いい。これで貴殿らの今までの足取りは追えた。このように緻密に今までの事を尋ねられて、不愉快な思いもしたであろうが、貴殿らが魔王を討ったという功績に代わるところはない。だが、ダリル……貴様は違う」

 

『ッ』

 

 今まで聞きに徹していた男の顔が僅かに青褪めるが、顔には出さず。

 

 立ち上がったダリル千人長。

 

 見事に撤退を成し遂げた男は頭を下げる。

 

「申し開きの仕様もございません。ゼース将軍」

 

 ゼースと呼ばれていた軍議の最高責任者。

 

 事実上、人の軍を纏める男は60代の金髪に白髪が混じり始めた男。

 

 その若い時なら優男だっただろう容姿は正しく英雄か王かという威厳もあり、歳にも関わらず未だ肉体は鎧のような筋肉を維持している。

 

 軽装鎧姿の男が軍議に並ぶ者達を一瞥した。

 

 その視線にはしばらく黙っていろという類の意志が込められており、神殿からも他国の参謀からも何一つ文句は出なかった。

 

「ダリル。お前は最前線指揮官であり、魔王軍の誘因と同時に魔王城から出来る限り、兵を引き離す事。そして、魔王が討伐されかどうかに関わらず。魔王軍の殲滅が任務だった」

 

「はい」

 

「しかし、お前の采配は問題ない事は確認している。だが、想定が甘かった事は間違いないだろう。死兵となって襲い来るだろう魔王軍を想定しているなら、後方の退路にもっと兵と兵器を割くべきだった。最新型の魔導兵器の射程からすれば、もっと後方に配置しても良かった。最前線に置く兵の多くを死傷させた事は構わん。だが、貴様は魔王軍の本拠地を舐めていたのではないか?」

 

「……全て、その通りでございます」

 

「無論、姫の護衛に多くの戦力を割いていた事は分かる。あの方がいなければ、戦線も後方への部隊の配置も幾らか違っていただろう。だが、最大の過失は兵の損失とは比べ物にならぬ」

 

「………本当にただ頭を下げる以外に小官に出来る事はございません。軍事法廷においては一切の弁護は不要です。全て告発された罪に関しては謝罪し、全ての私財を神殿に寄付する事を誓います」

 

 勇者がさすがに厳し過ぎるだろと声を上げようとしたが、ドワーフの老人に後ろから制止され、何も言うなと首を横に振られる。

 

 将軍が重々しく溜息を吐き。

 

 目を細める。

 

「天使様達はお二人で四天王を抑える程の力を秘めた主戦力として各地で運用されていた。神殿側から借り受けた大事なお客人でもあった」

 

「………」

 

「お前は本戦で魔王によって失われた1名以外の全員を魔王討伐後に失った。それも何かしらの細工をされていたというお前の報告や変質していたという目撃情報からして、魔王軍による天使様の奪取が行われたのは間違いない」

 

「………」

 

「現在、神殿から天使様の奪取もしくは破壊を許可する旨、教皇猊下からの親書が届いている。また、今回の大規模な天使様の喪失に対し、猊下は神の使徒たる天使長様の派遣を決定された。魔王軍の殲滅には3日後に来られる天使長様との合同作戦となる」

 

「ッ」

 

 周囲がさすがにざわめいていた。

 

 天使の長とはつまり神の次ぐ信仰の対象そのものがやってくるという事なのだ。

 

「此処で天使長様より、我が軍への言葉を預かっている」

 

 将軍が短い手紙を取り出す。

 

「『神勅により、貴官らの軍に加わる事をどうか許して欲しい。我ら神の僕は多くの場合、力の大きさによって人の世に干渉するを良しとせず在る』」

 

 周囲の者達が神に等しき者からの言葉に背中に大量の汗を掻いて続きを待つ。

 

「『しかし、天使が七騎堕ちた事は有史以来無く。魔王の力を以てしても滅ぼす事はほぼ不可能だった事は間違いない。拠って、この件に関して天使長ザクトラエルが神勅によって調査する事となった』」

 

 しかし、勇者だけはマスターの言葉を思い出していた。

 

「『本件における連合王国軍の一部を動かす許可を王達に受けている。三日後の降臨の後、軍への加護を授け、共に魔王軍の殲滅を行いつつ、現場の魔王城の奪取に協力して頂きたい。もしも、天使が敵の手に落ちていた場合、天使長たる職責において天使の処分を手ずから行うものである』」

 

 将軍が大きく息を吐く。

 

 手紙をそっと封筒に戻して、ダリルを向く。

 

「天使長様は一切、天使様達が失われた際の過失に付いては問うていない。この件は神殿が預かるものであり、連合王国軍における軍規において裁くのは不当であると言えるだろう。よって、神殿もしくは天使長様からの言葉があるまで処分は保留する。処分が下れば、直ちにその旨がお前に通達され、神の裁きを受けるのだ。ダリルよ」

 

「は……勿論です。将軍閣下」

 

「では、本日の会議は以上とする。明日以降、作戦の詰めの作業と天使長様の来訪後にも作戦にご意見があった場合に取り入れられるよう遊びの部分を儲けねばならなくなった。参謀諸兄はこれに参加して頂きたい。他の者達は自軍の掌握と大会戦に向けて、引き続き魔王城周辺の偵察と情報の確保に苦心されたし。では、これで解散とする」

 

 こうして開放されたダリルがイソイソと現場を後にする。

 

 その背後から声が掛かった。

 

「良かったな。ダリル千人長」

 

「ああ、勇者様達でしたか。いえ、先日の撤退では殿を受け持って頂き。本当にありがとうございました。今後、お会いする事は無いでしょうが、どうかご壮健で」

 

「……処分を待つって事か?」

 

「ええ、さすがに現場の兵には示しが付かない為、職を解かれ、しばらく軟禁される事になるでしょうが、屋外で獣のように閉じ込められるよりはマシでしょうから」

 

「……済まない」

 

「何を謝られる事がありましょうか。事実上は神殿からの横やりです。勇者様達だけの手柄となっては決まりが悪い各国にとって批判材料にしたのでしょう。こちらこそ、擁護出来る立場になく。申し訳ない」

 

「そんな事ない……オレもアンタに助けられた。もしもの時は弁護する。約束するよ」

 

「……感謝致します」

 

 ダリルが頭を下げてから自室へと戻る。

 

 背後の勇者達もまた別方向へと歩いていく。

 

 野営地内は数十万の兵の煮炊きの煙が上がっていた。

 

 昼時という事もあり、あちこちで肉と穀物を煮込む香りが立ち込めている。

 

 従軍する神殿のシスター達の出す賄いの列には多くの兵が並んでおり、既に楽観ムードに入っている兵の様子は何処か弛緩している。

 

 魔王軍において最大の障壁であった四天王は倒れ。

 

 魔王までもが倒れた。

 

 後はもう魔王軍の残党を倒すだけ。

 

 そう、彼らには伝えられているのだ。

 

 天使の事も緘口令が敷かれて、外部には漏れておらず。

 

 最終的には全滅覚悟で出向いた将兵を過酷に罰する事も出来ない軍は体面の事もあって、神殿にダリルの処分を投げたのである。

 

「もはや、一刻の猶予も無いか。魔王に姫がいたというのもあながち間違いではないとすれば、魔王軍が再編される前に叩かねば、我らも魔族もどちらも滅ぶかもしれんな……」

 

 僅かに目を細めたのは自室に戻って来た将軍であった。

 

 彼にしてみれば、事態は緊急を要する。

 

 事実上、天使が敗北したに等しい環境で悪戯に魔王軍へと時間を与えてはならないと彼の勘は警告していた。

 

 だが、軍の統率は連合という事もあり、一枚岩ではなく。

 

 最終的に動かすにも意思決定は極めて遅いと言わざるを得ず。

 

「……作戦発動まで何も無ければ良いが……気掛かりはやはり偵察部隊が戻らぬ事か。各国の精鋭が戻らないという事はもう魔王軍はこちらに動き出しているはず。新たな部隊の統率者が? 幾ら姫がいるらしいとはいえ、あの魔王の代わりになるとも思えないが……」

 

 呟きながら、諸々の決済を行っていた男がふと顔を上げようとし、咄嗟に目の前を剣で切り払った時、何かがフッと彼の前で横に切り裂かれて落ちる。

 

「……糸?」

 

 彼の机の上に落ちたのは白い糸だった。

 

「何だ? これは……それにこの周辺に感じる気配は……魔力の探知に何かが掛かっているというよりは全てが膜に覆われたような……」

 

 将軍がすぐに剣を腰に戻して装具を身に着け、小さな短剣を逆手に持ちながら野営地に出る。

 

 周辺には彼に次ぐ地位の者達がいる天幕が幾つもある。

 

 しかし、彼はすぐに昼時なのに兵の声が聞こえない事に驚き。

 

 まるで沈黙したような野営地の中を慎重に歩き出した。

 

「人がいない? 馬鹿な……」

 

 彼がゆっくりと一番近い天膜の正面の布を横に退けて内部を覗く。

 

 途端、彼の目に入ったのは白い繭であった。

 

「ッ―――」

 

 攻撃されている事を確信した男が瞬時に剣を抜いて、周囲の天幕を確認していく。

 

 しかし、その殆どでは白い繭だけが現場に残されていた。

 

 そして、彼が此処は危険かと走り出した時、天幕の上の方に小さな穴のようなものが開いているのを幾つかの天幕に確認し、何かしらの攻撃が上空から来ていると理解し、同時に自分の勘に従って上を切り払う。

 

 ギィンッという音と共に彼の剣が何かを弾いた。

 

 弾いたと同時に彼の右腕がその衝撃に骨を罅割れさせ、無理やりに魔導による回復で骨がバラバラになる前に繋ぎ止めた。

 

「(音より速い!!? 常時強化していなければ、即死だったな)」

 

 声を発する愚を犯さず。

 

 将軍が常人を遥かに超えて動く。

 

 魔力による脚力強化は筋肉や外皮の強化のみならず。

 

 足の裏から魔力を転化した運動エネルギーを放出する事でも加速する。

 

 即座に巨大な天幕によって作られる兵舎方面へと奔った彼が目にしたのは見えない何かと剣で戦っている兵士達であった。

 

 懸命に剣を振り回している彼らの周囲には白い糸が散乱している。

 

 しかし、次々に兵達は昏倒し、同時にまた異常を将軍にも知らせていた。

 

 声が聞こえないのだ。

 

 それどころか風の音から鳴っているはずの剣が何かに当たっている時の音まで一切しない。

 

 ただ、彼らが剣を振り回しているだけで虚空に白い糸が落ちていく事だけが事実だ。

 

 だが、それもやがて全ての兵達が倒れ伏したところで終了し、将軍の肩書があって尚、その恐怖に男は支配される自分をねじ伏せるのに苦労した。

 

「見えない糸を用いた攻撃か。だが、この規模、範囲……それに糸を用いて防音の結界までも張り巡らされている……ならば!!」

 

 将軍が一呼吸した後。

 

 剣を前方に掲げた。

 

「「【千天火(マグマ・フレス)】」

 

 剣の切っ先から数百度を超える熱風が周囲に広がっていく。

 

 息をしている者の肺を焼いて、呼吸困難で窒息死させる魔導。

 

 その方陣が剣の剣身には幾つも織り込まれていた。

 

「ッ―――此処までのものが我らにも気付かれず設置されたのか!?」

 

 彼が驚くのも無理は無かった。

 

 野営地には延々と天幕を中心として糸が無数に張り巡らされ、その糸の先から生まれた蜘蛛のような蟲が大量に兵達のいる天幕を襲っていた。

 

「チィッ!? この温度で燃えぬのか!? 糸に極小の魔力を込められ、耐火性能を上げられている? こんな……複数の魔導を複合しているとしか!? 四天王アルタイスでも無ければ不可能だろう!?」

 

 見えるようになった蜘蛛達が温度で視認性が抜群になったおかげで切り払えるかと言えば、答えはNOであり、一向に周囲へと兵がやって来ない事からも襲撃に兵が対応に追われている事を理解した彼が指揮を執りながら立て直す為に一端、蜘蛛達のいる現場を離れなければと周囲の馬に乗って奔らせる。

 

 だが、音がしない。

 

 糸に覆われた野営地は虚空ですらも音を吸収し、事態の発覚が遅延。

 

 被害が増え続けているのだ。

 

 兵を纏めて脱出しようにも声が届かない。

 

 命令が届かない。

 

 そして、命令を届かせる程の行為は瞬時に誘蛾灯の如く敵を誘き寄せてしまう。

 

 そうなれば、一瞬で自分を倒されるだろうと理解する故に将軍は唇を噛みつつも、一身に野営地からの脱出を決めた。

 

 その時、彼の左前方で爆炎が上がり、幾つかの音が響いて来る。

 

「あの魔力の波動。勇者殿か!?」

 

 合流しようと彼が馬を走らせる。

 

 そうして数十秒後。

 

 周辺を火の海にして何人かの兵を纏めていた勇者一向を視認し、合流する。

 

「将軍!?」

 

「勇者殿!! お仲間は!!?」

 

「あ、ああ!! 全員いる!! それよりダリル千人長が兵達と共に道を開いてくれてる。此処から東の方面だ。一緒に来てくれ!!」

 

「分かった!! 糸を焼き切る方法は!!?」

 

「ありったけ魔力を糸に込めて燃やすんだ!! それ以外にはどうにもならなかった!!」

 

「魔力が有り余っている若者以外にはまず無理だな。済まないが先導して欲しい。馬はいるか?」

 

「いや、馬だと脚を取られた時に立て直すのが痛い。徒歩で抜けた方がいい!!」

 

「了解した」

 

 馬を炎とは逆方向へと逃がしながら将軍と勇者一向が奔り出し、先に向かったダリル千人長の後方へと向かう。

 

 向かう先では倒れ伏した男達が生きてはいても、意識も無い様子で気を失っており、彼らがまずは脱出が先決だと糸が切り開かれた方角へと進んでいく。

 

 すると、ものの3分でその背後を視認した。

 

 数名の兵と共に剣を振り回している。

 

「千人長!!」

 

「勇者殿!! 悪いが、この前にある糸の壁を燃やしてくれ!! どうやら普通の方法で切れぬようだ!!」

 

「了解した!! オラァ!!」

 

 勇者が奔り寄って殴り付け。

 

 瞬時に放出した魔力を糸に流し込んで燃え上がらせて道を作る。

 

「このまま突入する!! この先には野営地の端に続く大通りがある!! 脚力を魔力で強化しつつ、早めに抜ければ恐らく糸の密度が最も少ない場所をイケるはずだ!!」

 

 全員が壁に開いた穴を通り抜け、野営地の大通りに出た。

 

 その時、彼らは見る。

 

「な、何だコレは!?」

 

 左右に天幕が広がる大きな道の中央。

 

 巨大な漆黒の甲殻で出来たような5m程の塔のようなものが等間隔で大通りに中央に並んでいたのである。

 

 その数は数十本にも及んでいて、その頭上に糸が今も吹き出し続けていた。

 

「コレが元凶か!? 燃やし―――」

 

「ダメじゃ。恐らく時間も人手も足りん。今は将軍と一部の者を連れて、この場を離れるのが先決。兵は幸いにして生きておる。ならば、再起の為にもまずは……」

 

 ドワーフの老人の言葉に勇者が口惜しそうにしながらも、塔を破壊したい衝動を振り切って、先頭となって蜘蛛や糸の壁を剣に込めた炎で薙ぎ払い焼き尽くしながら野営地の外への道を切り開いていく。

 

 そうして、十分後。

 

 ようやく野営地の端まで来た彼らは最後の壁を突破して、見えない糸で覆われつつある地域を背に安全域まで脱出していく。

 

「こ、此処までくれば大丈夫かな!?」

 

 エルフの女が安堵した様子になる。

 

 振り返れば、野営地は静まり返っており、彼らが開けた穴も塞がった様子で糸に覆われているというような状況には見えなかった。

 

「今、簡易の使い魔で上から見ておるが、ダメじゃな。野営地全体が全て魔力の靄で覆われておる。これは糸に込められたものじゃろう」

 

「つ、つまり、軍そのものが全滅したと?」

 

 魔法使いが息を切らしながら、顔を歪める。

 

「残念だが、敵の術中じゃろう。ワシなら殺さないのではない。殺せない。もしくは殺す理由が無いからそうしていると見た」

 

「殺す理由が無い?」

 

 将軍の言葉にドワーフの老人が肩を竦める。

 

「殺すよりも色々と使い道はあるじゃろう?」

 

「そういう事か。人質にしても良し。身代金にも出来る。軍の装備で軍備も整えられるし、奴隷にして労働力にも出来るわけか」

 

「左様じゃ。将軍殿。悪いが、今此処から離れ、天使長とやらが来るまで待った方が良いぞ。糸の蜘蛛は糸が伸びる限り恐らく野営地の外にも足を延ばせる」

 

「今の内に距離を稼がねば、すぐに追いつかれるか……」

 

「まさか、魔王軍にまだ此処までの術者がいたとはな。四天王の中でも魔導に秀でていたアルタイスが生きていたとしても、此処までの規模のものは不可能じゃろう。つまり……」

 

「魔王軍に新たな指揮官もしくは実力者がいると貴殿らも考えるか……」

 

 将軍の答えに頷きが返された。

 

「取り合えず、今は強者がいるという事だけ分かればいい。このまま最も近い人族のいる村へ向かおう」

 

「ダリル千人長!! 周辺一帯の村々は確認しているか!!」

 

「はっ、将軍閣下。此処から南南東の地域に二つ村があり、片方には半日程歩けば辿り着けるかと」

 

「そこまで案内してくれ」

 

「了解致しました」

 

 ダリルが連れていた数名の兵が動揺しながらも将軍の護衛として付けられ。

 

 全員が近くの村へと避難していく。

 

『(=◎ω◎)ノ(じ~~っと見つめる顔)』

 

 姿を消して野営地の手前で糸蜘蛛の大群を片手前に操っていた召喚ペカトゥミアが人の軍の内実を次々に他の蜘蛛達と手分けして解析していく。

 

「(-_-メ)(魔導……現在の文明と技術の進展度合いからして、かなり洗練されてるはずなのに使い手が限られる上にかなり練度が低い……違和感あるなーという顔)」

 

「(・ω・)(……これ一度滅んでるんじゃね? 今、魔導使えるヤツの頭を覗いてるんだけど、滅茶苦茶、呪紋に取り入れたい場所がある。でも、使えるヤツすら技術水準的に他の体系の下位互ばっかりで殆ど使い切れてない。大本の技術を理解するヤツが大軍で0人なんてあり得る?という顔)」

 

「(◎_◎)(もしかして、神の実験場とか言われてたし、何度か滅びてやり直しさせられてる? 過去の文明から引き継がれてる技術だけが遺失技術扱いで使いこなされもせずに現生種族に利用されてるみたいな状況かも……という顔)」

 

 人々の遺伝子、技術、文明……最もソレが色濃く出る軍事力の解析において蜘蛛達はガヤガヤとのんびり意見を出し合いなかーま達への報告内容を結論していく。

 

「(・∀・)(幼女化率88%突破。このまま陣地に移送する。繭を糸蜘蛛で馬車に積んで、食料は真菌溜まりに充填。軍事物資は糸蜘蛛で纏める。解体開始という顔)」

 

 軍の野営地では次々に軍人達が糸蜘蛛によって運ばれて大量の竜骨製の荷馬車に運び込まれていた。

 

 その横では天幕や他の軍の物資と機材が糸蜘蛛達に撤収作業を行われており、食材などは地面の真菌に捕食され、増殖に寄与している。

 

 こうして三時間後。

 

 ウル・セラフが大量の馬車を千台以上引いて山盛りの繭を持ってくる様子に魔王軍と現地民はやはり度肝を抜かれたのだった。

 

「……そのぅ。大蜘蛛様」

 

「(・∀・)?」

 

「軍に情報を与えない為に蜘蛛にしていたのでは?」

 

「(。-∀-)(それ正確には天使とか神の使徒とか神殿のヤツとか対象なんだよねという顔)」

 

「もしや、神殿を警戒していただけで軍そのものは……」

 

「(・∀・)(別に技術や質で負ける要素が無い相手に魔力が回復する道具使って負ける要素無いしなという顔)」

 

「さ、左様ですか。それでこの繭から還った者達はやはり労働力に?」

 

「(*´ω`*)(ごはんの増産体制も出来たし、山脈を背後にして良い感じに防御系都市を築く為のろーどーりょくとして働いて貰おうかなという顔)」

 

「魔王城を用いないという事は何らかの意図があるのですね?」

 

「(。-∀-)(やっぱり、姫はするどいなーという顔)」

 

 糸蜘蛛達が数十㎞先から追加の軍の物資を運んでくる様子を眺めながら召喚ペカトゥミアが虚空に地図を出して姫に説明を始める。

 

 嘗て、魔王城と城下街があった場所の再開発プランが明かされ、今後来るであろう神殿からの戦力を迎え撃つ算段とその後の展望。

 

 人の軍の背後にいる神の下僕を破壊する為、蜘蛛達はイソイソと本格的に動き出すのだった。

 

「大蜘蛛様達はやはり……我らとは違う時代、未来を進んでいるのかもしれませんね……皆さん!! 大隊長達を招集して下さい。これより来る物資とその他の扱いに付いてを―――」

 

 まぁ、ここ数日ですっかり現地に馴染んだ彼らである。

 

 一休みしているとすぐに子供達が駆け寄って来て、彼らに群がる様子であり、大人達も仲間のウチは危険性も無さそうだと理解してくれたので蜘蛛達の好感度は上がり続けている。

 

 人の軍を壊滅させ、労働力として持って来て、挙句の果てに物資を強奪してくるという極大の偉業を前にしては彼らも面と向かって“何て怖ろしい生物!!?”なんて言えないわけで蜘蛛達と魔王軍、民間人の関係は良好になりつつあった。

 

「(^○^)(名前はミニ高都で決まりかもという顔)」

 

「此処に新しい都市を……小さき高い都……山間に咲く一輪の花のように月に浮かぶ場所と致しましょう。夜華の都なんてどうでしょうか?」

 

「(´Д`)(……はぃと名付けぢからで負けるセンス0な蜘蛛の顔)」

 

 こうして魔王城を最前線の軍事都市として再開発し、現状の野営地を新たな都にする旨が夕方頃には発表され、次々に繭から出て来た元軍人達はもれなく幼女として蜘蛛達の監督の下にマスターの下に投げ入れられ。

 

『オレは、オレはお前らのおかーさんじゃないんだぞー!!?』

 

 切れ者な上に面倒見の良い幼女が謀略とか考えないように仕事に忙殺される環境を造る為の駒にされたのだった。

 

 その背後では数日でようやく完成した真菌と竜骨製のウルが次々に天使外殻のガワを被せられ、慣らし運転を開始。

 

 人の国々に攻め込む前に各地を要塞化する為、増えた蜘蛛達と共に周辺領域に拡散し、防衛設備を造営する為に動き出し、人々に神話の始まり……否、神話を超える伝説の始まりを予感させていた。

 

 翼持つ民の吟遊詩人はさっそくこう謳うだろう。

 

―――世に堕ちる七つの影!!

 

―――おお、あれこそは蜘蛛に下りし天の御使い!!

 

―――神超える大神蟲なのである!!!

 

 *

 

 滅茶苦茶、蜘蛛の地位が向上した魔王軍と民の間では次々に齎される外界からの技術と知識に適応するべく。

 

 滅び掛けていたという事実を以て、魔王の民。

 

 翼持つ者のみならず。

 

 様々な亜人達がその力を組織化され、学び始めた知識を武器として蜘蛛達の建造を手伝い始めていた。

 

『この道具……すげぇ……あっという間に脱穀出来ちまう』

 

『く、草もあっという間だ……回転する円盤で刈り取るとか。大蜘蛛様の頭の中はどうなってるんだ?』

 

『農作業が捗るどころじゃねぇ……オレ達の今までは何だったんだってくらいな道具ばっかじゃねぇか』

 

 広がり続ける森の最中。

 

 黒き真菌の沼地をあちこちに生み出しながら、魔力を竜骨の成長に使用し、竜骨を真菌と田畑に対して養分の一つとして撒き。

 

 河川からの水分を補給させながら、真菌を植え付けた植物による窒素の空気中から土中への化学的な移動を開始。

 

 増えた人口に比例して量産される排泄物を更に地力として真菌から直接分解して、自然界の数万倍の速度で大地と食物、生物の間で代謝循環させつつ、魔力を延々と補給。

 

 農業残渣を用いて肥料を更に増産、密林を一時的に焼き払い、その熱量を真菌で収奪、土壌内の温度制御に用いて、菌類や諸々の生態系である土壌内部の微生物を活性化、周辺地域の土中から必要分の養分を掘り起こす必要もなく吸収し、地表付近で運用、変質させた天使の肉体の一部を培養して、地下で有機物として真菌に食わせて、有機物と魔力の混合液として畑に重点。

 

 正しく生態系そのものを生み出すに等しく。

 

 多種類の有機物総量を増やしながら、豊かな大地とやらを生成し始めた蜘蛛達は大地の開拓者とも呼べるまでに成長していた。

 

『こ、こんなに肥えた土は見た事ねぇ……』

 

『大地が生き生きとしてやがる。土に混じってる生き物も多い……』

 

『これが大蜘蛛様達のお力か……』

 

 住宅区画には銅を杭状にして打ち込み、植物が忌避する土壌を生成し、草の自生を不可能にし、工業区では既にウルではない真菌と竜骨だけで造るシュバリアが数体建造を開始。

 

『きょ、巨人……大蜘蛛様の天使を変えちまったアレよりはずっと小さいが、それでもコレは……』

 

『ゴーレム。伝説のゴーレムに……似ている……まさか、蜘蛛の方々はそのような神話の時代の力を……』

 

 魔導とやらを解析しつつ、呪紋の代替として現場の技術を使いつつ、島でやっている事を再現しつつ、鍛冶屋や金属加工の手工業を主としていた者達を用いて軍用品の製造が開始。

 

 持ち込まれた人の軍の装備の大半は現在必要な分以外は資源化してリサイクルし、日用品の素材として特に幼女達の衣服や生活雑貨の生産へと割り振られた。

 

『ひっぐ、ひっぐ、もぉ~~だめだ~~おしまいだ~~まおーぐんにころされちゃうんだぁ~~』

 

『ふぐぅぅぅ。おかしおいしいのらぁ~~で、でも、食べちゃダメだ食べちゃダメだ食べちゃダメだ。食べちゃ、ダメなんだぁああ!!?』

 

 泣き喚く幼女の統制はマスターだけでは不可能なレベルになったので彼に軍の元統率者集団。

 

 つまり、上位士官を纏めさせて、蜘蛛の手下として雑用と運搬の小間使いとした。

 

 彼らの大半はビービーと泣く者も近頃は少なくなっており、死んだ魚の目をして黙々と労働していたりするのだが、その瞳が食事時や仲間達とワイワイ話しながら『いつか蜘蛛を叩き潰してやるー』とこっそり一緒の部屋の仲間達と語らう時はキラキラしているのでしばらくは大丈夫だろうと蜘蛛達も安心して放っておけた。

 

「つД◎)つ(そこそこ。そこの上に旗立ててという顔)」

 

 そうして、数日で音速建造していた要塞部分が遂に一部完成し、蜘蛛達は最終防衛ラインとなる黒蜘蛛の巣の外延建造を終了。

 

 蜘蛛の旗なんてちょっと立てて、ご満悦。

 

 他の建造へと取り掛かっていた。

 

 と、言っても要塞は数日の間に出来てはいたが、もう人々の目に見えるものではなくなっている。

 

 何故ならば、夜の間に全ての建築済み要塞群を真菌で掘った穴に沈み込ませ。

 

 真菌の沼地の上に土を被せての偽装が完了していたからだ。

 

『旨い。旨いけどさぁ……肉の作り方とか見なきゃ良かったぜ……』

 

『仕方ない。必要なら今は何でも飲み込んでおけ。要塞が出来たと思ったら地中に沈むとか。もうオレらの想像力の範疇じゃねぇよ……』

 

『そっれにしても……あの畑も何か数時間で景色が全部変わるのな……』

 

 密林が出来たら、それを焼き払った土壌で畑を作る。

 

 畑を使い終わったら、密林をまた生やして焼き畑農業をする。

 

 全てが全てそんな具合で数時間で景色が激変するのである。

 

 食料の大増産と共に加工食品化は必須事項として蜘蛛達がガンガン推し進めており、完全に大陸の時代に似合わない工場までもが出来上がっている。

 

『はぁぁ、疲れるねぇ』

 

『ええ、でも、これで子供達に食事させられます』

 

『此処の品も持って帰ったら、あの子達が美味しいって言ってくれて……まだ、大丈夫そうよ。みんな……』

 

『そっか。ウチの子も此処のビンヅメが好きって言ってくれてたから、もっと沢山作らなきゃね』

 

『うん。頑張りましょう……今は戦時下なんだもの……魔王様が倒れられても立派に姫様と大蜘蛛様達がどうにかしてくれているのに任せてばかりではいけないわ』

 

 ほぼ全ての労働力が畑の整備と食料確保、建造業、加工業に当てられ、子供達ですら元大人な幼女の子守が主軸として労働に従事しており、働いていない者がいないという状態で黒蜘蛛の巣は非常態勢が敷かれている。

 

 生産力の上昇とその規模拡大、再生産に動いた蜘蛛達は黒蜘蛛の巣に莫大な食料と工業製品を貯め込み。

 

 今後の戦争に備えたあらゆる物資の充填へと動いていた。

 

『はーい。みなさん。お歌を歌いましょうね~』

 

『ふぐぅ。女子供に幼女扱いされるにゃんてぇぇ……』

 

『く、まおーのいちぞくめぇ……われらをこんなすがたにぃ……』

 

『何よ!! あたしだって元々おじさんやおっさんだったアンタらの世話なんかしたくないんだから!?』

 

『なにぃ!?』

 

『お父さんはアンタらから街の人達を護る為に死んだの!! 立派に戦って死んだのよ!! でも、でもね!! 此処でアタシが仕事を放り出したら、今必死に戦ってる、今も何とかごはんを作ってくれてるお母さん達に申し訳が立たないじゃない!!』

 

『―――』

 

『世話されたくないって言うなら、お父さんを返して!! 返してよぉ!!?』

 

『ふぐ、ひぐ、うぇええええええええ、ぞんなごどいわれだっでぇ~~』

 

『びえええええええええええ!!?』

 

『何でアンタらが泣くのよぉ!? う、うぅ、うぇええええええ―――』

 

『(*´ω`)(仲良く泣いてられる内は見てようという顔)』

 

 主に商業区画で食品加工しているのだが、製造する女達は見た事も聞いた事も無いような薬品や作業手順、工程を学びながら、超長期保存食を大量に製造中。

 

 家に帰れば、家事仕事という状況であったが、蜘蛛達が生産し始めた秘薬を仕事終わりに呑ませられたせいか。

 

 左程疲れを感じる事もない自分の体力にちょっと汗を流しつつも見て見ぬふりをしている。

 

 それは今まで蜘蛛達があちこちの大陸に浸透してやってきた事の焼き回しだ。

 

 だが、それ故に洗練され、更に頭のおかしな速度で状況は進展しているのである。

 

『教官殿!! 特別顧問殿!! 全大隊員の整列完了しました!!』

 

『(´っ・ω・)っ(じゃ、此処からあそこを戻って来て、動けなくなるまで走ってねという顔)』

 

『ッ、畏まりました!! 教官殿に敬礼!! 動けなくなるまで走れ!! まずは自分の限界を知るのだ!! 体は薬で何とでもして下さるとの事だ!! 全力疾走だぁあああああああああ!!!』

 

『(*´ω`)(何て物分かりの良い兵隊なんだ。アルマーニアでは滅茶苦茶苦労してた記憶しかないし、根が素直なんだろーなーという顔)』

 

 魔王軍も蜘蛛を教官とした再訓練が施されており、アシエル姫の号令の下。

 

 大隊長以下、総員が再教育中であり、 島でアルマーニア相手に洗練されていた亜人の軍事教育マニュアルに従って、続々と死の淵を見る過酷な訓練を行っていた。

 

 具体的には肉体の限界まで常に疲労させられながらも、疲労した分だけ秘薬で超回復させ、訓練を続行し、長時間の集中力の持続が可能になるよう薬で脳内を調整されている。

 

『ぐわぁあああああ!!? 疲労骨折で足の骨がぁああああああ!!?』

 

『(´・ω・`)/U(あ、これ飲んどけば大丈夫だよ。飲んだら後300周ねという顔)』

 

『ぐああああああああああ!!? マズ過ぎるぅうううう!!?』

 

『(・∀・)(それは仕様だからどーにもならないんだよなーという顔)』

 

 過酷な訓練中にケガをしたら、その怪我を即座に治療する外科知識と実践、更には痛覚耐性を得た後に行う対痛覚訓練やら、その状態で死なずに動く為の知識、肉体の基礎的な講義は実地で行われ、魔王軍の将兵の正気と理性を削りつつ、世界の残酷な現実と合理的な意思決定を刷り込ませる。

 

『ぐわぁあああああ!!? 開放骨折で肉と骨が割けたぁあああ!!?』

 

『(/・ω・)/(良し来た治療だ!! 治療しろ!! 刃物は持ったな!! 後は魔力で滅菌して、手足の腱を斬らないように傷口の必要無い部分を切除して縫合するんだぞ!! 麻酔が無い場合は神経を一時的に麻痺させる魔導とか使うと尚良しだけど、ショック死しないように出来ればお薬使うんだぞ!! 後、血管止血して切らないようにね!!という顔)』

 

『ぐわぁああああああああ!!? 転んで鼻が拉げてブサイクにぃ!!?』

 

『(*´ω`)(……それは残念ながら治らない。けど、鼻の骨繋げて魔導で治癒しといてねという顔)』

 

『うぐぁああああああああ!!? オレの体がたった二日でムキムキにぃぃい!!? ついでに腰痛も治ったし、虫歯も治ったし、足も臭くなくなったし、翼も4枚に増えた上に筋力も何か陶器製の碗がパリパリ割れちゃう体にぃいぃいい!!?』

 

『(>_<)/(ヨカッタね!! 新しい翼マシマシ亜人、【デミ・セラフ】のかんせーだーという顔)』

 

 感情だけで動けば死ぬと教えつつ、合理性だけでは人を統制出来ないと末端の兵士にまでも分からせる事で、彼らは次々に非凡なる教えに順応していた。

 

 攻撃速度で劣れば死ぬ。

 

 意志決定速度で劣れば死ぬ。

 

 劣っている分野で相手に対抗するには迅速な行動と集団での統制が必須。

 

 確率を理解し、状況を迅速に正確に把握し、判断し、決断する。

 

 このあまりにも難しい事を一瞬でやってのける者こそが、戦場で幸運を掴んだ際に生かせる。

 

 確率で自分の命を割り切り、確率で自分が先頭を走った時に多くの者を救う行動を行う。

 

 この自分を顧みない全体を生かす為の思考を限界まで叩き込まれてようやく半人前という話をしている合間にも新種族が爆誕。

 

『我ら魔王の民……いや、直系の者達はともかく。何か誰も彼も背丈と顔付が精悍になったような?』

 

『兵達の笑顔が眩しい……何だあの笑顔……』

 

『大蜘蛛様の教えによって新たなる力に目覚めたせいで男として一皮向けたのでは?』

 

『うぅむ。年甲斐もなく女共の視線が痛い……ワシも訓練受けようかな……』

 

『ばあさん連中にチヤホヤされる事請け合いだな!! はっはっはっ♪』

 

 嘗て、彼ら翼のある亜人の一族は魔王の一族と呼ばれていたが、蜘蛛達が秘薬をバカスカ飲ませて、短期間で超絶過酷な訓練を施しつつ、ナクアの書で遺伝形質に鳥系亜人の能力を付加していったら、完全に屈強なる戦士に変貌していた。

 

 無論、それは多数の亜人種族に言える事であり、魔王軍は種族の種類だけは沢山いたのだが、その大半が自分達の種族の上位互換的な肉体を得たようでやたら身体つきが立派になった挙句に女性陣が涙を流して喜びそうな偉丈夫へと成長。

 

『(T_T)(やっぱり……魔王は天使系譜の遺伝情報を持ってたから、逃げ出した天使の類だと思ってたけど……先祖返り系の個体がかなり強くなったなという顔)』

 

『(>_<)(恐らく、魔王の血筋は強化次第で元々の天使の7割くらいまでは強く成れそうという顔)』

 

『(´ー`)(今までの120倍くらい強くなってる……やっぱ、個体は神が造ってた最初期型が一番混ぜ物が少なくて強いのねという顔)』

 

『( ^ω^ )(ま、今日からは混ぜ物をある程度した方が先鋭化して強くなるという事実を神の下僕に分からせる戦力になりそうという顔)』

 

 嫁を持っている男に限っては家庭円満。

 

 女性達は夫の冴えないモテない給料低いの三重苦から開放されて、蜘蛛は神と言わんばかりに崇め始めていた。

 

 何なら給料が出ていないので今はそういう相対的な僻み、妬み、嫉みのようなものが無くなった分、夫の事を真っ新な気持ちで見られたかもしれない。

 

『貴方!! 凛々しいですよ!! 若い頃みたいに!! いえ、それ以上かも……』

 

『お、お前……苦労を掛ける……ただ、まだ体の調整が出来ないんだ。色々なものを壊さないよう力加減を覚えねば帰れないと言われた』

 

『そうなの?』

 

『ああ、だが、待っていてくれ。必ず力をものにして帰って来る。それまであの子を頼んだよ』

 

『はい!! お待ちしております……』

 

 子供達にしてみても、自分の父親……今までちょっと頼りなかったり、歳のせいで軍人としてはもう最盛期を過ぎていたという者も多かったのが嘘のように父が見違えるような姿になった事で大喜びである。

 

 父親自慢する子供ばかりならば、男達の鼻も高く成ろうというものであった。

 

 勿論、一部の有識者達は薬と訓練でやたら変貌した仲間達の姿に蜘蛛達が正しく神の如き力を用いて自分達を鍛錬している事は理解しており、もはや大蜘蛛相手には文句が言えなくなったというのも理解していた。

 

「姫様。大隊長各位、体は整ってございます」

 

「そ、そうですか。ご苦労様……人の軍の次は天使達が攻めて来る可能性があるとの事。とにかく訓練で兵を強くして下さい。他は大蜘蛛の方々が兵器を用意して下さるそうなので」

 

 四人の大隊長がニカッとやたら眩しい笑顔で姫に敬礼して頷くと軍議の間から出ていく。

 

 それを見ていた召喚ペカトゥミアが部屋の奥からカサカサと出て来た。

 

「大蜘蛛様。兵達の教練は順調なようです」

 

「(*´ω`)(後は敵後方地帯の襲撃準備を完了させるだけという顔)」

 

「はい。未だ後方にいる間諜達からの情報ではまだ人の軍の壊滅は伝わっていないようです。恐らくは後数日は問題ないかと」

 

「(/・ω・)/(伝わる前にいっきかせーという顔)」

 

 現在、軍議の間では各地に敷設した呪紋式の遠隔通信方法を仕込んだ監視装置やら諸々の通信設備が完全に整った事で遠方の監視の目も自動化された糸蜘蛛によって地域一帯に広がっており、情報伝達の速度は天地の差となっていた。

 

 それを監視出来る席には蜘蛛が何人か詰めており、いつでも遠方と通信が可能。

 

 となれば、もはや通常戦力にしか過ぎない魔王軍がお荷物になるのも早く。

 

 戦力として用いる為にテコ入れするというのは必須事項だったのである。

 

 純粋な肉体の強化と遺伝的な資質の導入。

 

 魔王関連の遺伝形質に見られる様々な特性から蜘蛛達は魔王が元々は天使や使徒の類だった事に気付き。

 

 現在は魔王の種族と呼ばれている翼有りの鳥類系亜人達の兵を何とか戦えるように強化訓練を施し続け、ようやく形になって来ていた。

 

「大蜘蛛様。あれほど急激に強くなった者達は大丈夫でしょうか?」

 

「( ^ω^ )(力の調整を魔導で行う方式を明日から導入するから問題無しという顔)」

 

「………大蜘蛛様。貴方達は神々と敵対しているのですか?」

 

「( `ー´)ノ(近頃、絶賛戦争中ですハイという顔)」

 

「やはり……御父様が、父が言っていました。大神達のせいで世界は今も停滞し、それを打破しようとした志有る者達が暴走し、世界は破滅の淵にいるのだと。そして、遂に大神達すらも及ばない終末が来る。あの大岩はその先触れなのだと。その破滅もまた争いの火種となり、多くの者達が神々と戦っているはずだと」

 

「(。-`ω-)(やっぱり、あの魔王そういうの分かるヤツだったのねという顔)」

 

「これは我が一族の秘密なのですが、父は元々が大天使長の座にあった存在だったそうです。ですが、大神達の専横を許せず反旗を翻した。それ以降、一族は単なる亜人へと堕し、多くの力を失って定命の者と化した。その後、多くの神の下僕や使徒達と戦い。この大陸で世界の均衡を保つ役目を己に化し、人と亜人の共存を考えて来たのです」

 

「(T_T)(ま~それで家族や親族殺されたら、さすがに神の下僕系人類も激オコになったわけねという顔)」

 

「はい。父は必要な事は必ずやり遂げる性質でした。神の使徒を排出し、多くの下僕達を生み出す神聖国家を廃滅させた時も気を病んでいたのを覚えています。父の酒量がその頃はとても多かったですから……」

 

「(^-^)(そんなのを気にしてくれる娘さんがいて魔王も幸せだったんじゃない?という顔)」

 

「……父は最後まで家族がいる事を公には公表しませんでした。それもこれもわたくしの身を案じてのものだと今なら分かります。もしも、情報が洩れていたならば、わたくしもまた勇者や神の使徒達に狙われていたでしょうから」

 

 姫が椅子に座って俯く。

 

「大蜘蛛様。正直にお聞きします。勝てますか? 天使達に……彼らの数は尋常ではありません。人の軍を遥かに超える数と力を持つと父は言っていました。その全ては最後の聖戦の為に蓄えられているのだと」

 

「(・∀・)(ふつーに勝てるけど。後、最後のせーせんてなーに?という顔)」

 

「父の話に寄れば、大神達は嘗て父が使えていた神を滅ぼし掛け、その命を代価として配下であった天使達を統率し、何れ来る破滅と戦う戦力を蓄えよという命令を下したのだそうです。ですが、約千年前に父は大神と小神達の戦う神代の終わりの大戦を察知し、神の力を封じる結界を大陸に張ったのだとか。元々、父が使えていた神はそういった封じる力に長けた神だったのだと聞きました」

 

 興味深そうに蜘蛛が話の続きを促す。

 

「千年前にはもう大神の身勝手で滅ぼされそうになっていた我らが仕えるべき本来の神は瀕死だったのだそうです。ですが、その力はそれでも大陸を封じるには十分なものだったそうで。未来を予知するという神が大神達を動かし、この地には我らが神が大陸を封じるのに先んじて制圧する為の神が遣わされた」

 

 姫が顔を上げて虚空に魔力を放つ。

 

 すると、そこには石板のようなものが投影される。

 

 露わにされているのは七つの瞳に七対の翼を持つ両手に剣を持つ偉丈夫。

 

「その神が言うには最後の聖戦が始まるまで封印は破らずにおいてやるとの事でした。そして、その時が来れば、自分の使徒達と共に戦うべき場所へ赴き。この罪深き大陸の者達の命を用いて、神敵を屠る駒となれ。そう、言われたと」

 

「(・∀・)(う~ん。正しく、あくぎゃーくなかみという顔)」

 

「父はそれに反抗し、魔王となった。以降、その神と人や亜人への影響力を争いながらも、数を減らさぬよう戦い続けて来たそうです。数百年前には一度、その神が本体を外部で滅されたらしく。敵神の力は減衰し、以降の大陸では魔王である父が優勢となって来た」

 

「( ̄д ̄)(でも、その均衡が此処最近になって崩れた?という顔)」

 

「はい。大神達が活性化したと数年前に父は言っていました。その為、先んじて神聖国家を落とし、神の先兵となって大陸を支配しようとするだろう者達を殲滅した。それが女子供赤子にまでも及ぶものだった事は言い訳する事も出来ません。ですが、大陸から更に多くの命が失われる事を父は良しとしなかった。そして、あの大岩が現れる前に外界と大陸を更に遮断する結界を張った」

 

「(-ω-)(そして、勇者に打ち倒されて、開放された大陸に呼ばれたと、という顔)」

 

 姫が召喚ペカトゥミアに向き直る。

 

「大蜘蛛様。父もまた旧き時代の旧き柵に囚われ、多くの命を摘みました。ですが、今や父の言っていた時代が訪れようとしている。神々の使徒達による大陸の民の総動員によって、多くの国々は破綻し始めようとしている」

 

 その瞳は澄んでいた。

 

「こんな事を、外部の大陸の事を……貴方様達に頼むのは本来、望ましくないものなのでしょう。我らがそう出来れば良かった……しかし、もはや、その力は既に我が一族にも父にすらなかった」

 

 その顔には決意の類が浮かんでいる。

 

「【堕天使族】最後の長としてお願い申し上げます。我らが大陸をどうかお救い下さい。旧き盟約の名の下……七つの大罪に導かれし、大いなる堕天の勇者様……」

 

 そこでようやく自分がこの大陸に呼ばれた理由を蜘蛛は理解していた。

 

 七つの大罪。

 

 それは同時に七つの欲望だ。

 

 欲望とは人の根源であり、それは人間に無くてはならないものだが、同時に過ぎれば身を亡ぼす業でもある。

 

 召喚ペカトゥミアは別に欲望を開放する呪紋とかを持ち合わせていたわけではない。

 

 だが、よくよく考えてみれば、自分はそういうのによく惹かれていたようにも思えた。

 

 暴食。

 

 よくおかーみのご飯を山盛り三倍食べに行っていた。

 

 色欲。

 

 よくおかーみのお店でおねーちゃん達にちやほやされていた。

 

 強欲。

 

 よく使わないものを買って部屋に飾っていた。

 

 嫉妬。

 

 よくウルに乗ってる個体がカッコよくて見に行っていた。

 

 怠惰。

 

 よくおかーみのお店でお水のおねーちゃん達の膝枕の上で寝ていた。

 

 傲慢。

 

 よく亜人とか仕えない部下多いよなーと考えていた。

 

 憤怒。

 

 よく要塞線の設備を王群のせいで連続使用されて地団太を踏みつつ修理していた。

 

「(^ω^)(……アレ? 半分くらいおかーみのお店のせいで召喚されたという顔)」

 

 自分がかなり欲深いのは亜人のおかーみのごはんを食べに行ってたせいかもしれないと気付いた蜘蛛は今後欲深い蜘蛛達が次々にお店にやってくるだろうと思うと……ちょっと早めに帰らなきゃという気持ちになったのだった。

 

 酒瓶を二瓶くらいお店に置いているし、座席も指定席を買っていたのだ。

 

 ちなみに1月単位契約で3年くらい買ったので数年以内に帰らないと自分の居場所がなくなる事は確定である。

 

「あの……大蜘蛛様? いえ、勇者様?」

 

「(/・ω・)/(ヨシ!! とっとと神とかぶっ飛ばして、テキトーに神の下僕を全員よーじょにして、天使はさっさと蜘蛛化して、島に帰るか!!というやる気に満ち溢れた顔)」

 

「良く分かりませんが、ご帰還までお傍で頑張らせて頂きます!!」

 

 こうして欲深い蜘蛛の一匹はお水のねーちゃんのいる店に帰る為、しっかり神とか滅ぼそうと決めて、行動を開始したのである。

 

―――そして、世界はようやく残酷な今日を迎える。

 

 召喚ペカトゥミアが見ている前で発生したのはよくある話の一つであった。

 

 彼らの観測に掛からない遠方から光の速さで到達する攻撃。

 

 つまり、狙いを付けられてから撃たれていれば、彼らでも当たる攻撃。

 

 光によってアシエル・レノメノンの右半身が蒸発し、周囲の陣地において、黒蜘蛛の巣の防御を貫通する光速狙撃が生命体へと直撃した。

 

 その内の7割は蜘蛛だったが、残る3割は幼女と亜人達であった。

 

 亜人達の9割が兵隊であった事から、攻撃の大半は蜘蛛や戦力となる相手を狙っての代物だったのだろうと後々に推測される事となる。

 

 辛うじて頭部を破壊されなかった者が狙撃された亜人と幼女達の9割だった事は幸いだろう。

 

 何故なら、多くの者達が仕事で前に屈むというような動作をしていた為、頂点からの攻撃に対して斜めに攻撃が入った形だったのである。

 

 そして、頭部に直撃した者達の内、完全に蒸発した者は2割、残る8割は凡そ半分以下のダメージで頭部そのものの蒸発が瞬時に物質を分解する為のものだったせいで難を逃れた。

 

 熱量の消滅は恐らく、攻撃結果をすぐに見て次の攻撃を当てる為の処理だ。

 

 蜘蛛達が二撃目が来る前に黒蜘蛛の巣が厳戒態勢へと移行。

 

 対襲撃プロトコルが発動され、光学的な兵器類を完全に受ける為に真菌層の上層に猛烈な勢いで純度99.9999999%の炭素、光の反射率が限りなく低いソレが生み出され、その細菌層に重ねられるようにして竜骨が光と電磁波と熱を散乱させる吸収層を生成する。

 

 従来はあまりにも膨大なカロリーを食う為に使われていない奥の手の一つ。

 

 だが、外から見れば、少しだけ黒蜘蛛の巣が黒くなっただけに見えるだろう。

 

 第二射が黒蜘蛛の巣を貫通する事は無く。

 

 その代わりに光の雨が当たった地点から熱量が放射され、吸収され、地下へと飲み込まれていく。

 

 完全放射体。

 

 あらゆる光を吸収し、熱量に変えるソレが竜骨の吸収層を通じて攻撃を全て地下の真菌溜まりへと送っていく。

 

「(-ω-)(治癒系呪紋を連続多重行使。各員、負傷者が脳を破損していた場合、5割以上は転生呪紋の使用を許可する。転生先は同存在への自己単一転生を選択)」

 

 瞬時に蜘蛛達は自分達の体が半分溶け掛けていたり、頭部が削れているのも構わずに犠牲者達の治癒に入り、周囲の蜘蛛達が次々にその蜘蛛に対して治療を開始。

 

 魂が散逸する前に全てのプロセスを終えた蜘蛛達は完全に治癒出来ない者は自己への再転生プロセスで対処し、残る頭部を完全破壊されていなかった者達は頭部すらも再生させ始めて、1分もせずに質量の補填までも真菌からの支援を受けて完了。

 

 傷を負った者達が次々に黒蜘蛛の巣の各地にある真菌層に直に接するパイプ部分から真菌を受け取って繭状に形成。

 

 最重要区画である医療区画へと搬送していく。

 

 蜘蛛達の死傷者はこの後に及んでも0人であったが、頭部の再生を行った者や転生で肉体を再生しつつ、再度命を得た者達は衝撃で昏睡。

 

 しばらくは医療区画のモルド接続技術を用いた生体制御用の真菌のカプセルに入ったまま眠り続ける事になるのは確定。

 

「姫様!!?」

 

 何とか治癒して戻って来た大隊長達が姫の肉体が攻撃の直撃を受けながらも何とか再生させられた様子で糸蜘蛛達に搬送させられていくのを見て、思わず追い縋ろうとしたが、召喚ペカトゥミアがそれを制止した。

 

「何をする!? 大蜘蛛殿!!?」

 

「(=_=)(再生は終わってる。意識は数日は戻らないけど、命に別状は無い。でも、第三波が来てる。このままだと周囲から誰も出られない。攻撃を止めないとまた犠牲者が出る可能性があると看板に書く顔)」

 

「ッ、分かった!! 直ちにこの攻撃の元凶を叩こう!! して、何処から!!?」

 

 軍議の間に四人の亜人の男達が入る。

 

 すぐにテーブルの上に三次元投影された地図に黒蜘蛛の巣から100km以上離れた地点がマーキングされ、次々に光の雨が曲線を描いて黒蜘蛛の巣に着弾している構図が描き出された。

 

「此処か!! 分かった!! すぐに部隊を―――」

 

 蜘蛛がまぁまぁ落ち着けと彼らを宥める。

 

「何故、そうも平然とした顔をしていられるのだ!? やはりお主達は感情を持たぬ蟲か!?」

 

 亜人の1人がそう叫んだが、召喚ペカトゥミアの顔は変わらず。

 

「(´・ω・`)(大切な人を護りたい人間が憎悪で目を曇らせたら、一体後ろの人達を自分達以外の誰が護るのかと看板を突き付ける顔)」

 

「ッ………そう、だな。済まなかった。今のは忘れて欲しい」

 

 大隊長達が正論を突き付けられ、蜘蛛の瞳に憎悪は無いが、意志を感じて、その複眼の前に冷静さを取り戻す。

 

「(・∀・)(まずは今、此処にいる人達の安全の確保。次の攻撃への備え。現在の黒蜘蛛の巣の状況の把握、敵襲撃者が内部に浸透していないかの調査。やるべき事は一杯あるとやっぱり看板に書いて突き付ける顔)」

 

「お、おぅ……そうだ。我らは戦争をしているのだったな。此処で少しばかり安穏とし過ぎて、緊張感を失っていたどころか。冷静さを欠いていたようだ。重ねて申し訳ない……」

 

 イイってコトよと蜘蛛がポンポンと大隊長達の肩を叩く。

 

 そして、彼らに咄嗟に施した治療の内実を虚空に出して、姫の現状を伝え、命に別状は無い事を伝えた後、相手の襲撃が内部に及んでいないかの確認をまずは大隊長達にさせると同時に戒厳令を敷く事を提案。

 

 直ちに防衛体制を取りつつ、今まで訓練していた者達に黒蜘蛛の巣の防御を任せたいとして、黒蜘蛛の巣から攻撃隊を編成する際は最も早く現場に到着出来る蜘蛛達を用いるとした。

 

 そして、自らがまずその部隊の長として出撃する旨を伝え。

 

 大隊長達に敬礼し、新たな舞台の幕が上がったのである。

 

「我ら一同、伏してお願い申し上げる。どうか、姫をあのようにした輩を……」

 

「(*´ω`)(任せとけってという顔)」

 

「おぉ、大蜘蛛殿……申し訳ない。申し訳……ないッ……」

 

 僅かに涙を拭い。

 

 己の情けなさに歯を食い縛る大隊長達に別れを告げ。

 

 誰もいない通路をカシャカシャと早足に歩く召喚ペカトゥミアが向かったのは地下のウル・セラフの格納庫であった。

 

 安置場所では真菌の沼に脚を付けて、魔力を流しているのだが、緊急事態という事もあり、魔力の出力をアップし、待機状態の他の3基も同じように防御を固める為の呪紋式の透明な結界を外壁内部に複数枚生成する役目へと着いていた。

 

「(;゜Д゜)(あ、戦闘準備は出来て―――ヒェッと言葉を失って後ろに下がる顔)」

 

 工員系の蜘蛛達が召喚ペカトゥミアの歩く通路で次々に横に退けていく。

 

 そうして、呪紋によって既に編成していた攻撃隊を招集し、乗り込んだウル・セラフを起動し、足を引き抜いて、ゆっくりと動き出した個体の様子にポリポリと前脚の先で頬を掻いた。

 

「(´・ω・`)ゞ(キレてーらという顔)」

 

 蜘蛛の1人はその姿を思い出して、先輩蜘蛛って怖いなーという顔になった。

 

 あんなのに攻撃される相手が可哀そうになったが、本気になったら、蜘蛛がどんな生物なのかを実際に見たいとは思わなかった。

 

『(((;"◎;ω◎;))………』

 

 蜘蛛達は常にアップデートされる存在だが、古参の蜘蛛達はもはや少年に近しい実力を備えた使徒を遥かに超える力を宿している。

 

 そして、神や神の使徒と違って、能力に制限なんて無いのだ。

 

 いつも安穏としている様子からは想像も出来ない程に彼らは神殺す蟲獣。

 

 ただ、それを使う必要が無いから使わないだけでしかない。

 

 とある大陸では楽しそうに擬神の使徒達を狩っていた彼らであるが、それも単純に能力を使いつつも自分の事や今後の事を考慮に入れて動いており、本気というよりは単純なお仕事をお仕事として常に余裕を持って事に当たっていた。

 

 しかし、今回は違う。

 

 そう、あらゆる蜘蛛達の記憶を受け入れながら、初めて彼らは自分達が目撃者になるのかもしれないと思うのだ。

 

 蜘蛛の怒り。

 

 何も後先考えない場合、蜘蛛が何処までやれてしまうのか。

 

 少年が許した蜘蛛達への手練手管は契約者本人の3割程度にしか過ぎない。

 

 だが、その3割を用いた場合、使い方次第では1匹で大陸一つを丸々潰してしまえるのは間違いない事を彼らは知っている。

 

 そう知るからこそ、思うのだ。

 

 蜘蛛の本気は神すら殺し得るのか。

 

 その答えがいよいよ出ようとしていた。

 

 そうして……真菌で覆われた朧な影の蜘蛛達が竜骨を纏って小型のウルを形成し、ウル・セラフの背中に張り付く。

 

 今も攻撃が続く黒蜘蛛の巣の外へと糸を用いて虚空に浮かびながら、50mの巨体が進んでいく様子は正しく守護神という情景。

 

 亜人達が祈るように手を組んで彼らを見送る。

 

 それを見た幼女達は……何か自分達がしてはいけないことをしてしまったような……そんな悪寒に襲われ、自分達もまた攻撃されたという事実に時代が変わろうとしている事を感じていた。

 

 *

 

「さすがに神器。神の弓で貫通は可能か」

 

「今後も敵の拠点を遥か後方より射爆し、防御を強いる事で敵軍を圧迫。敵を押し込めている内に再編した人の軍と天使の軍勢を用いて圧殺。これが常道だ」

 

 白い翼を持ち。

 

 白い輪を頭部に浮かべた存在。

 

 白い外套に白い肌。

 

 赤い瞳が何処か禍々しいソレらが人の形を取っているだけでソレを見た者は心理的に不安を覚えるだろう。

 

 巨大な神の力の一端を持つ存在。

 

 天使。

 

 人の軍の壊滅の報に後方の人の国に残る神殿より降臨した者達は数百名からなる部隊を編成し、魔王城からすら離れている高台から遥か地平線の彼方にある黒蜘蛛の巣を曲射にて捉え、その神器……嘗て、彼らの神が一度滅びた際の遺骸から作り出された聖なる骨弓を手にしていた。

 

 勇者が魔王討伐前に魔王軍のいた地域にて封印されていた遺跡より掘り起こしたソレは天使達の手に渡り、四肢の分で合計四つが無数の光の雨を黒蜘蛛の巣へと降り注がせている。

 

「待て……第二射目から相手の動きに変化がない。使い魔は周辺地域からの射爆にて撃ち落とされているが、気配察知だけでも分かる。対応、されているのではないか?」

 

「何? あの蟲共め……我が主の骨より生み出されし、神弓を防ぐ? 馬鹿な有り得ん……人の子には防御など不可能な温度だ。この時代の魔導では防ぐ事すら出来るか怪しいのだぞ?」

 

 何処か酷薄にも見えるカミソリのような鋭さを持つ天使達が2m程の体格を付き合わせて、思考だけで結論を導こうと会議を行う。

 

 すぐに結果は出た。

 

「やはり、有り得ない。幾ら外界の存在だからと言って、太陽にも近しい温度だ。これを防御するとすれば、定理側からのものか。もしくは魔導のような理内の極致を目指し、叡智を得た者。高が蟲如きに人の文明の叡智が、その粋が理解出来るとは……」

 

 結論から再び彼らが射爆に入ろうとした時だった。

 

 天使の男らしい弓を持っていた一人が筆頭らしい相手に話しかけようとした時。

 

 パタッと何かが当たったかのように垂れ伏した。

 

「な―――」

 

「総員!! 防御態勢!! 散れ!! 我らが多重魔導方陣を貫通するだと!!? これは……糸か!?」

 

 彼らが音速を数倍で機動し、現場から数km程までも離れようとした時には彼らの多くがパタパタと倒れ伏していく。

 

「な、何だ!? 何なんだ!? 一体、どんな手品をッ、高が糸に我らの防御を貫通する事が出来―――」

 

 ハッと残された筆頭の男が頭上を見上げた時。

 

 そこにいるのは50m級のウルが一体。

 

 一切の風も無く現れた姿は正しく異様であった。

 

 虚空に浮いているのではない。

 

 虚空に立っているのだ。

 

 糸の上に立っているのだ。

 

 だが、その糸が見えない。

 

 見えないが確かにある。

 

 消えているのではない。

 

 その糸が細過ぎるのだ。

 

「?!!」

 

 パァンと天使が動くより先にその半身が血の染みになった。

 

 あまりの事に天使が自分の血の染みになった半身が再生しない事に絶望し、即座に傷口を自分の残された口から発した光弾で消し飛ばし、不死殺しによる再生無効を何とか解除したが、魂毎イカレたせいで肉体を再生したところで魔力が尽きて、衣服までは戻らず。

 

 ドッと倒れ伏した。

 

「馬鹿な……不死殺しだと!? しかも、神格位を破壊する階梯の―――」

 

 天使筆頭の男が全裸で倒れ伏している肉体が頭上から次々に降り注ぐ蜘蛛脚の剣に貫かれて、残された魂と肉体が有無を言わさずに蜘蛛へと変貌していく。

 

「や、や゛、め、でぇ………―――」

 

 天使蜘蛛とでも呼べば良いものか。

 

 変貌した蜘蛛達が自分を生み出した先輩に挨拶しようとして、ちょっと怯える。

 

「((*´ω`))(ま、前の僕らが滅茶苦茶粗相をしたのは謝りますという顔)」

 

 それにウルへ張り付いていた小型ウル達が今はちょっと怒ってるだけだから、大丈夫だよと新入りに呪紋で教えて後、ドッと彼らの遥か頭上に巨大な輪のようなものが出現した。

 

 紛う事無き神の力。

 

 そして、その頭上から大量の天使達が猛烈な勢いで噴出し―――。

 

「(((;"◎;ω◎;))(思紋機関駆動開始。全限界機構停止。体積増加に外殻変性を重点。【飽殖神の礼賛】起動。ナクアの書起動。全異種胚を再形成。全魔力の2割を形成射出に投入。【不可糸】を微細制御開始。2兆4000億本を蜘蛛脚の誘導に……全標的照準。射出開始)」

 

 ウルの全身から降りた蜘蛛達はその肉体という肉体の全てが内部から膨れ上がり、同時に巨大な圧力によってハリネズミの如く甲殻を吹き飛ばす勢いで変性され、何もかもが蜘蛛脚と化したウルの装甲表面が爆発するのを見た。

 

 音速を遥かに超える超音速。

 

 正しく、蜘蛛達の基本戦闘速度に近しい加速力を得た蜘蛛脚が周囲に無限の如く広げられた糸を括り付けられ、一定領域内部で完全に誘導され、溢れ出した天使達を断熱圧縮で焼き付きながら串刺しにして爆破。

 

 その爆破で散らばった天使達の残骸から次々に天使蜘蛛達が起き上がり、夜明けの如き射爆による振り落ちる天使の死体と増える仲間達に瞠目する。

 

 その光景は正しく神話の名に相応しい。

 

 敵が億単位で来ると気付いて、瞬時に最適解を出した召喚ペカトゥミアによる猛烈な蜘蛛脚の生産と射出は続いていた。

 

 天使の翼を甲殻で模したような翼が生えた蜘蛛達は悪魔蜘蛛達とも違い全身が白かった。

 

 巨大なアルヴィア達にも似ていたが、魔力は悪魔蜘蛛と同等だった。

 

 能力的にはどうやら特殊能力というものは無いらしく。

 

 天使の基礎的な能力だけだ。

 

 しかし、すぐに自分の能力を理解した一匹が歌い出した。

 

 それに思わず驚いた他の蜘蛛達である。

 

 今まで蜘蛛は思念を伝達するのに必要無い音声は使わなかった。

 

 というか、蜘蛛の声帯を一々変質させる事に意味を見出さなかった。

 

 しかし、天使蜘蛛達は違う。

 

 その蟲の口の内部から放たれる波動は個体同士で共鳴し、蜘蛛達自身を破壊するかと思われたが、破壊されるどころか。

 

 共鳴する波動そのものが天使蜘蛛達の中心にいるウルへと収束し、旋律を奏でる者達の中央で真菌が、竜骨が、呪紋によって増え続ける質量が、その速度が、硬度が、増殖力が、あらゆる能力の限界域が引き上げられていく。

 

 天使の濁流と蜘蛛脚の濁流。

 

 相反する者達の散らす天使の死体を含む火花が世界を埋め尽くす勢いで広がり続け、上空の輪もまた更に広く広く広く広大な領域を覆っていく。

 

 だが、それに比例してウル・セラフの図体も巨大化し、蜘蛛脚の量が倍々ゲームの如く増大しながら、讃美歌にも思える輪唱の音色の中で神々しくも禍々しく限界を超えて広がり、巨大な蜘蛛脚の華の如く輪に迫る勢いで広がり続けた。

 

『(;゜Д゜)(天使蜘蛛の能力って単一っぽい……波動による増幅……あらゆる個体能力の増幅……ちちが一番欲しい類の無限上昇可能な増幅系能力……)』

 

 小さなウルを纏う蜘蛛達が天使蜘蛛達の荘厳な音色とウルが咲いたキロ単位の華の下。

 

 増え続ける天使蜘蛛達が輪唱に加わり続ける事で遂に出現を続ける天使達の濁流が蜘蛛脚に圧され始めたのを確認し『(*´Д`)(定理兵器使わなくても大丈夫そうという顔)』で回収した神弓を次々に蜘蛛脚で割砕くようにして叩き、傷を付けて変質させながら、一体どれくらいの天使が蜘蛛になるのだろうかと今後の事を心配しつつも、そのちちを讃える讃美歌に耳を澄ます。

 

 それは天使の絶望を添えられた狂える協奏曲だ。

 

 打楽器は天使の肉体が爆裂する音。

 

 弦楽器は天使の髪が千切れ跳ぶ音。

 

 管楽器は天使の喉が死の間際に響かせる音。

 

 世界を圧する圧倒的な物量、質量、数の暴力。

 

 その暴力に対して増え続ける天使蜘蛛達は華の如く咲いたウル・セラフを中核に相手の精神を粉々に打ち砕く光景を相手に見せ付け、降り落ちる天使の死体と蜘蛛の雨の先に終わらぬ多重奏で迎え入れる。

 

『(((;"∵◎;Д◎∵;))―――!!!!)』

 

 その咲いたウル・セラフの中央。

 

 今や質量の増幅の為に全ての装甲を用いて本体を露出させた召喚ペカトゥミアまでもが歌い出し、天使を滅ぼし、神を殺せと荘厳なる音色に拍子を付けて、盛り上げていく。

 

 その傍から生えた、天を衝く塔の如き前脚が虚空の糸を掻き鳴らし、クライマックスに向けて盛り上げ続けて熱量を、質量を、己の意志を何もかもを解き放つ。

 

 その姿は正しく魔王……否、邪神と呼ばれるに相応しい。

 

 天使の軍勢は確かに目へ焼き付けた。

 

 新たなる蟲の神の誕生を……魔なる絶叫に魂すらも砕かれる共演を……その魂魄を物理的に摺り減らされながら感じる熱量を……。

 

 開口―――。

 

 華が召喚ペカトゥミアを中心として四分割され、その割れた下から覗く巨大な乱杭歯が謳い上げる騒乱が美しくも尊き、人の命の心配を、少女の体への配慮を、歌い上げて。

 

 いつの間にか射出していたはずの蜘蛛脚は全周23kmの領域を埋め尽くし、伸び上がる巨大な塔―――否、一つの剣となって遥か世界を果てまでも貫いていく。

 

 遂にその剣の圧力によって内部から天の輪が罅割れ砕け散る。

 

 神の意を神の領域より人の領域に伝える輪が、完全に儚く散った。

 

 剣の柄に当たるだろう花弁の下。

 

 蜘蛛達は周囲に散らばり、剣の隙間にいながら、そのあまりにも壮大な一人の少女を護れなかった嘆きを歌い上げた蜘蛛の言葉に涙した。

 

 それはとても小さな蜘蛛の懺悔。

 

 だが、世界にとっては大きな絶望。

 

 人の世を、大陸を渡る巨大な波は誰も彼もが感じていただろう。

 

 人々は知るのだ。

 

 その音色に込められた感情を、苦しみを、後悔を……そして、神を滅ぼすという意志を。

 

 天使の断末魔までもが世界を駆け巡り、その時になって神殿の者達は悟った。

 

 もう勝敗は決したのだと。

 

 何一つ知らずとも、何一つ分からずとも、そこに結果だけがあるとすれば、最後に響いた者の思いに大陸が染め上げられる事は必定であった。

 

「(´・ω・`)(高ひ……という顔)」

 

 500km先の剣の切っ先。

 

 ウル装備の蜘蛛が一匹。

 

 華が剣となった後にも伸び上がった蜘蛛脚の圧倒的な質量の終点。

 

 切っ先にて天から降り落ちる巨大な大岩の中心がいつの間にか穿たれているのを見て思う。

 

「(´・ω・)(ま、ちちがいなくても生命の重さを舐めてる神の力なんてこんなもんよねという顔)」

 

 世界に埋まった巨大な剣は崩れ落ちる事も無く。

 

 しかし、天使蜘蛛達の輪唱が止んだ後も倒れる様子も無く。

 

 ただ、大陸の何処からでも見える威容を全ての命に見せ付けて。

 

 時速300kmくらいで天辺から降り始めた蜘蛛は内部にいる天使蜘蛛達に号令を掛けて、地表へと戻る事にした。

 

 彼ら総員が地表に降り始めると慌てたウルを使っていた蜘蛛達が新しいなかーまの数をカウントし始め、すぐに思考上で集計が終了。

 

 凡そ8億3000万人程が名乗りを上げて、天使蜘蛛は蜘蛛達の中で最大の派閥を誇る蜘蛛の氏族となったのである。

 

 彼らが食事を必要としない最初から魔力だけで生きる事が出来る魔力回復能力を持つスピィリア的な存在であった事は切実に蜘蛛達の間で安堵された。

 

 この大陸には樽の人もいないし、少年もいないのだ。

 

 蜘蛛達全員を養う為の黒蜘蛛の巣を大量に建てるとしたら、数か月以上は掛かる計算であり、明らかに餓死蜘蛛が出そうな数だったのである。

 

「(´・ω・`)……ちょっと遣り過ぎちゃった」

 

 そう人の少年のような声で呟いた召喚ペカトゥミアが小首を傾げる。

 

 いつの間にか人形態になっていた彼の肉体には普通の蜘蛛とは違う要素として魔力の色が黄金になっていたり、あるいは天使蜘蛛達の翼を更に立派に太くしたような七対十四翼が備えられ、黒髪の額の下には七望星どころか。

 

 21角形の円らしきものの内部に呪紋が一文字刻まれていた。

 

 そう、呪紋だ。

 

 呪紋を創始する呪紋も無く。

 

 誰かに貰った能力でもない。

 

 己の思いの丈を世界に響かせた一人の蜘蛛は一柱の蜘蛛となって、その12歳くらいの体をプルプルと震わせ、剣の中心にして空も見えなくなった場所で伸びをする。

 

 勿論、全裸であった。

 

「(>_<)ま、いっか……かーえろー」

 

 すっきりした顔でシュルシュルと少年が良く使う衣服と外套を模したものを不可糸でそれっぽく見せて成型した彼はイソイソと現場から音速以上の脚力で跳んで、操縦不能で置かれたウルセラフをそのままに黒蜘蛛の巣へと帰る事にしたのである。

 

 彼が他の蜘蛛達を引き連れて凱旋し、天使蜘蛛達の長としてしばらく事態の収拾に忙殺されるのは明日の話。

 

 度肝を抜かれたというよりは心魂を抜かれたように放心した魔王軍と亜人達が彼らを出迎え。

 

 天使の軍勢を撃退し、武威を示した事はすぐに黒蜘蛛の巣の外の光景が蜘蛛達が映し出す映像によって明らかとなり、召喚ペカトゥミアは遂に魔王軍に本当の意味で出迎えられたのだった。

 

 新たなる魔王として……。

 

 あるいは蜘蛛の勇者として……。

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