流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて- 作:Anacletus
―――ニアステラ【英雄邸】6時間前。
近頃、ニアステラの英雄の家は多くの亜人達によって英雄邸と呼ばれるようになっていた。
本人は殆ど不在で酒場をしている場所を切り盛りしている女丈夫アマンザがオカミを務める其処は今現在……祝福に沸いていた。
「おぉ~~よちよち……かわいいですねぇ~~」
置いて行かれた人豚の王女。
メレディーナ・オーデルブルグ。
恐らく人豚の最後の賢き者。
賢者と呼ばれるに足るだろう過去の技術と叡智を脳裏に持つ彼女は悪辣な遠征隊による最低限の準備……秘薬の連続投与で体も心もノックダウンされた後。
起きたら、遠征隊は消えてるわ。
情報やら技術の諸々を教え終わっていた事で後は技術面で皆を纏める男。
ウリヤノフのいる鍛冶場。
今は研究所兼工場と呼ばれるようになった場所に入り浸る生活をしていた。
しかし、それにも増して知識が豊富な事から、特殊な事案に対しての知見を求められる知者のようなアドバイザーの位置に付けており、ニアステラで最も重要な仕事の一つを任せられていた。
―――子守である。
「済まないねぇ」
今まで身重だったアマンザが産後も少し体調を崩し寝込む合間。
最も赤子の出産から諸々の知識を持っている女性として招集された彼女が複数人の女性陣と一緒にその赤子……新たなるニアステラの子。
妖精にして呪霊にして神の力を得た子を世話していた。
「いいんですよ。赤ちゃんは好きですし、本当はもうそろそろ子どもを奴隷達との間に作ってないとイケない年齢なので色々学校や母からは教わっています」
メレディーナがそう産後の女性をケアする為の笑みを全開でニコリとする。
「良く出来たお嬢さんだよ。アンタは……」
「ありがとうございます。そう言えば、まだ聞いていませんでしたが、この子の名前は決めないのですか?」
「ああ、あいつらが返って来ない事にはどうもね」
「……もう時間がかなり経っているはずなのに定時連絡しか来ないというのもどうかと思います」
「はは、仕方ないさね。外と中では時間の流れ方が違うらしいしね。神の襲撃とやらも知らぬ間に起きてたみたいだし、一同揃うよりもあちこちで見回りや護る為の準備をした方が合理的だ」
何処か強きに笑みを浮かべる女性が本当なら半身を起こすのも辛い状態であると知るからこそ、彼女はそれに同意しておいた。
「4時間程眠って下さい。起きたら薬を。それまでは我々でこの子の面倒は見ますから、本当は一人寝させて差し上げたいところなんですけど……」
メレディーナが周囲のアルマーニアの女性陣に頷くと二名以外が退出していく。
「分かってるよ。もしもの時の備えだ。その子も頼むよ。メレディーナ」
「はい。任されました。ヒオネ姫様達はまだ定期観測の時間ですから、起きたら来ていると思います。お休みなさい。アマンザさん」
数日で打ち解けた女性達が笑顔を交わして、メレディーナが今も白い蜘蛛達の糸で編まれたお包みに入ってスヤスヤと寝息を立てる赤子を大事そうに抱き抱え、蜘蛛達に付き添われて一階の一室に入る。
数名の蜘蛛達が詰める場所は少年の部屋だ。
今現在、殆ど返って来ない主が使う薬品貯蔵庫みたいになっている場所は薬草の匂いがしていたものの。
その殆どは香気と薬臭さを半々に混ぜたような状態で臭いとまでは行かず。
何処か落ち着いた気持ちにさせてくれる。
蜘蛛達の糸で編んだフカフカの小さなベビーベッドに赤子をそっと置いて、傍に付いた彼女が僅かに目を閉じて49時間ぶりに意識を落とす。
『………』
彼女が脳裏の呪紋を起動し、島の東部方面に放っていた機械製の使い魔。
嘗ての旧き者達の時代にはドローンと呼ばれていたソレの視界で戦況を確認する。
『マズイ……【
彼女の瞳に映るのは巨大な神の遺骸の集合体が無限の如く獣を放ち。
その獣と紅の軍隊が激突し、その中央である最前線で神の一部を用いて造られた武装が発動しているところであった。
恐らくは聖杯。
“嘆く聖杯”と呼ばれるものだろうと彼女は知っている。
嘗て、人豚は旧き者達の中でも家畜を用いて様々な物資を生産する者達が始祖となる事で誕生した。
それはつまり生物資源を用いる道具の製造に長けていたという事だ。
島が出来る前。
ノクロシアが全盛期の時代。
神という遺伝資源を用いて造る神器の開発をしていたという過去がある。
国家機密の上に代々の女王候補にしか伝達されない口伝。
神の遺骸や死骸を用いた高次元領域に跨る干渉を可能にする道具。
その製造方法は一子相伝だが、神々の時代にはあり触れた道具でもあった。
その当時は神同士が戦う場合にそういうものを創る者達の1人として人豚の始祖達は神々に色々と道具を造っていたのだ。
だが、エル大陸に小神達が逃れて以降。
一緒にやってきた人豚達は更に島へと追いやられる事となった。
それまでに大陸で造られた幾つもの神器。
正式名称は【
大陸最大の神であるイゼクスの一部を用いる神器は【叶える聖棺】と呼ばれる存在固定用のものを筆頭として殆どが人豚の手で製造された。
先日から地獄を南東部の境で生み出している【震える聖槍】もそうだ。
だが、最も人豚が震え上がる神器は一つ。
そう、存在を固定化するものでもなければ、無限に使徒クラスの怪物を製造する槍でもない。
「(【嘆く聖杯】……規格外ね)」
戦場の中心。
心臓が浮かんでいる。
それこそが神聖騎士の本隊だ。
聖杯とは暗喩であり、満たされた心臓の事を言う。
心臓はイゼクスのものであり、無限の力を内部から汲み出す最強の能力でもある。
怖ろしい勢いで心臓の血管から溢れ出した血潮が狂える火の粉を零しながら突撃する両軍を呑み込みながら、その内部で神聖騎士達や高位騎士達を強化し、紅の呪霊のような兵隊達を猛烈な勢いで枯らして血潮に混ぜ溶かしていく。
効率を重視すれば、10日でエル大陸の生命という生命全てを血潮に融かして吸収出来てしまう恐ろしき心臓。
それは同時に魔力霊力の湧き出す泉のようなものであり、無限に兵士達をも強化するが、それに耐えられる者や強化限界はある為、永続的に強化するとしても上限値があるというのが実際のところだ。
「(これでまだ成り上がりどころか。能力を殆ど使ってないって言うんだから困ったものね……はぁぁ……)」
メレディーナが見ている最中。血潮の波に飲まれるようにして賦活された最前線の騎士達が小舟を何百艘も用意したままに津波のようなソレに載って霧の中の城へと迫っていく。
すると、今度は紅の紅玉らしきものが複数霧の中から現れ、地獄のような押し寄せる血潮の津波の最中に入り込み。
バリバリと血潮を凝結させて固定化していく。
凝結と津波は拮抗していたが、慌てて船から降りた騎士達は滑り落ちるように断崖と化した血潮の端からスライディングして、霧の奥へと突撃していく。
霧、火の粉を零す兵達、血潮の泉に紅の小山脈。
地獄絵図な場所を彩る獣も騎士達と合流すると彼らを背中に載せて、突撃を敢行。
優勢なのは恐らく神聖騎士達であった。
兵の最先端を征くのは第三世代の神聖騎士を率いる円卓の者達。
城付近で更に紅の呪霊騎士達と互いに火の粉を零しながら斬り合う姿はもはや尋常の戦争ではない事を如実に物語っている。
死者はすぐに紅の呪霊と化して戦線へと加わり、聖者は無限の血潮の河に隣接している限りは不死身だ。
死力を尽くした戦闘は正しく神々の戦と言うに相応しい。
だが、それが実は余計な事を緋霊王にさせぬ為の陽動である事を彼女はしばらく監視していた為に理解していた。
巨大な心臓。
聖杯の周囲には数名の神聖騎士達が陣取っており、彼らが心臓を突き刺すようにして聖剣を掲げて、血潮を浴びながら、何事かを詠唱。
それと同時にグリモッドとバラジモールの上空に大量の血潮が高速で吹き上がり、猛烈な速度で拡散。
東部全域を隈なく血潮の霧雨によって覆っていく。
それと同時に大気が蠢き。
竜巻が二つ発生した。
一つは火の粉を零す猛烈な炎の如きもの。
一つは血潮を零す恐ろしき紅蓮の雲の如きもの。
似ているようで相反する竜巻が同時に激突したが、絶叫を響かせたのは火の粉の方であった。
神と神器。
どちらが強いか。
それは神の格に拠るものだろうが、生憎と世界最大の主神であるイゼクスの心臓から無限に力を汲み出す聖杯は恐ろしき物量。
無数に同じ血潮を降らせる竜巻が火の粉を零す竜巻を取り囲み。
削り尽くすようにして圧し潰していく。
『高が鳥如きが手間を取らせるんじゃありませんよ。ちなみに貴方の祖国を焼いたのは私です』
【―――?!!】
火の粉の竜巻の中から血潮に塗れた亜人。
鳥の神の如き者。
六対十二翼を宿した鳥頭の男のようなものが現れる。
その手にある羽を固めたようなカタール。
曲剣が周囲の血潮の竜巻を一太刀で切り払うと猛然と血潮の津波を生成し続ける巨大心臓へと駆けた。
その憎悪と激高によって切り伏せんとする自らの翼すら厭わない超加速。
しかし、心臓を貫いたはずの鳥神の胸には刃が一本付き立っていた。
バックリと割れた心臓の内部から突き出た腕。
そして、音がようやく追い付いた時。
ドッとバラジモール付近の莫大な血潮が遥か音速の数百倍近い速度で機動した狂える神の一撃によって吹き飛び。
地表の悉くと共に島外へと消し去られ、辛うじて残ったのは教会が大規模な防御陣地を多重に構えて呪紋を重ねていた場所のみとなった。
抉られた地表は凡そ40m弱。
その巨大なクレーターの中心で血潮が止まった心臓の内部からヌッと女性らしき姿が現れる。
赤み掛かった金髪を血潮に濡らしながら現れた女性騎士。
手に持っていた剣先が横に降られると同時に鳥神が胸元から真っ二つになり、同時にその合間から零れ出した火の粉が爆発したが、まるで湿気った花火のように血潮に濡れた体はジリジリと燻る煙を上げていた。
『顕現した上に内部に私の血を取り込んだ貴方はもはや脅威でも何でもありませんよ。もうお休みなさい……我が方の兵を随分と殺したでしょう。貴方のせいで貴方の小さな邦の人口を遥かに超える悲劇が生まれてもいる。そろそろ潮時です』
女騎士が虚空に漂いながら煙を上げ続けても動けなくなった鳥神を前にして紐で長髪を後ろに縛って結んだ。
それは女性の嗜みだと言わんばかりだ。
しかし、此処は戦場。
非常識とも言える。
『我が主の名において、狂える凶鳥よ……无に還りなさい』
女が剣を横の心臓に突き刺して、手を握り締めた時だった。
「【主の聖名において我は命ず】……インペリオ……」
狂える鳥の神の全身が一撃で内部から粉砕された。
途端、それが逆戻しに復元される手前で停止し、ボタボタと血肉が色合いを薄れさせて、周囲の空気へと赤いものが染み出していく。
【―――!!!?】
雄叫び。
東部中に響きそうな巨大な絶叫。
しかし、心臓の主は揺らがない。
「我が神が他の神より定理域を得る時に使う攻撃です。貴方のような弱小神では抗えない強制力。そろそろ、その男の妄執に付き合うのも飽きたでしょう。原初の風【大天風】モスラスク……このまま我が神に自身の定理を明け渡すか。もしくは定理に還り、再びの受肉を待つか。選ばせてあげましょう」
女が虚空を歩く。
その姿は古びれた軽装鎧。
しかし、明らかに神の領域に片足を突っ込んだ様子なのは女の魔力が黄金に染め上がるのを見れば、分かるだろう。
完全に枯死したように見える肉体のまま。
狂える鳥神の瞳だけが変わらず爛々と女を睨む。
『今、我が教会には貴方の創った種族の末裔が29万人程居ります。外に出ていた行商の一団ですが、今や我が教会の末端ですよ。彼らの命まで危険に晒しますか?』
【ッ】
その言葉と同時にフッと鳥神の顔が人のものへと戻っていく。
「何故だ!? 何故だ我が神よ!!? どうして今更!!?」
40代程だろう枯れたままの男が天に叫ぶ。
しかし、それも数秒の事であった。
クシャッと男の頭部が女によって砕かれ、それと同時に肉体そのものが拡散した。
火の粉となって散って行く肉体はしかし―――。
『許さぬぞ!! 例え、滅びても!! 教会に災いあれぇえええええええええ!!!』
まるで亡霊の如く。
男が叫ぶと同時に東部全域で火の粉が燃え上がり、存在する多くの者達の内部に入り込むようにして膨れ上がり、最後には鎮火した。
だが、そのせいか。
停止したように見えた戦場では再び狂乱が始まり、教会と紅の呪霊達の戦闘が激化し、霧に包まれた城と教会の侵攻部隊の中間点は阿鼻叫喚の地獄絵図。
『……はぁぁ、まったく……困った神です……』
こうして面倒な環境そのものとなった神が消えたと同時に再開された緋霊王と教会の両勢力の激突は教会優位で進められていくのだった。
「………」
思わず嫌なものを見てしまったメレディーナが時間経過を確認し、数時間で使い魔の意識から返って来られた事を壁の時計で確認する。
三時間毎にミルクを飲ませる事が必要なわけではない特殊な赤子である。
どうやら人間のような代謝も少し他とは違って長いらしく。
丁度、泣き出したところだった。
「お~よちよち」
すぐに抱き抱えてあやしながら、蜘蛛達が持ってきた哺乳瓶に入った赤子用の代用ミルクが口に含ませられる。
人豚の知恵であり、母乳だけで育てられない場合に使われる代物は鍛冶場で造られた哺乳瓶も相まってしっかりとした赤子の栄養補給となるだろう。
「?」
ミルクを飲ませながら、安全にげっぷをさせて、おしめも取り替えてと顔色や体調を見ながら予定を組んでいたメレディーナだったが、ふと横を見やると小さな灰色の蜘蛛がいた。
「ゴライアス様ですか?」
『(。-`ω-)“左様。新しい危機をヘール達が感知した”』
「ヘール? ああ、あの異様に妖精瞳に近い瞳を持っていた子達ですか?」
『(。-`ω-)“これから数時間も経たずに危険が来るそうだ”“ニアステラとフェクラール全域に厳戒態勢と同時に避難命令が発令された”』
そう言っている合間にも大きなサイレンの音が周囲に響き渡っていく。
『(。◎`ω◎)“これより、そちらにはマーカラの裏方が付く”“この場所が格納された後に地下の避難所へと向かうよう”』
「かくのう?」
と、言っている合間にも彼女達がいた少年の居場所そのものが地表からゆっくりと地下へと沈み込んでいく。
それは他の重要拠点も同じであった。
敵の侵入を許した場合に地下へと避難させる為の手段として建築物を格納する昇降機があちこちで穴掘り蜘蛛達によって備え付けられていた。
ヴァルハイルの民による増産によって可能となった避難方法は先進的だ。
現在の黒蜘蛛の巣の重要建築の大半は地下へと沈んでいく。
格納された途端に巨大な金属製の蓋が屋根をすっぽりと格納。
ついでに地下避難所に向かう通路が開放され、元々開発されていた地下居城区への道が呪紋式の結界を解かれて、開かれていく。
「メレディーナ様」
「あ、貴方はマーカラの大人の……」
彼女のすぐ傍にはいつの間にか一人の女性が現れていた。
今や裏からニアステラとフェクラールの治安を護り、裏切者や様々な主義主張の団体を秘密裏に監視するマーカラ実行部隊の女隊長。
彼女の纏う外套の背中には剣と杖が交差した紋章が描かれている。
「はい。他の方々は我らの同胞が避難を開始させております。主要な統治層は先に我が方で……一般の亜人達は蜘蛛の方々が緊急避難を開始させております。黒蜘蛛の巣には必要分の地下居住区は置いております。焦らず一緒について来て下されば幸いです」
「分かりました。アマンザさんは?」
「他の方々と一緒に分散して避難しています。ただ、この子の事もあり、後で同じ場所に到達するでしょうから、それまでしばらく見ていて貰えれば……」
「分かりました。地下暮らしは我ら人豚の習いです。よろしくお願いします」
「はい。こちらです」
蜘蛛達と共に赤子を抱いたメレディーナが家の直下にある地下通路からすぐに階段を下りて、階層を下っていく。
彼女は思う。
この人豚の邦にも似始めた新たな時代の申し子達。
その進む先に何が待ち受けているのか。
それを直に見て来いと言った祖母の顔が厳しくも優しかった事を。
生き残る為には何もかもを尽くさねばならない。
それが人豚の王の使命であると彼女は幼い頃から言われて育ってきた。
正しく、その意志が今試されようとしていた。
「大丈夫……赤子一人守れぬようでは我ら人豚は半人前以下。貴女の命は我が命と力を尽くしてもお守りしますよ。ニアステラの子……新たな時代の媛よ……」
彼らが地の底に消えていく。
その合間にも次々に主要区画が地下へと格納され、必要な手順で重要物資や女子供を優先とした避難が計画的に蜘蛛達の引率で進められていく。
その合間にも異変は地表から遥か頭上。
岩盤の上にある巨大な岩山の上で起きていた。
煌めく粒子が山々の頭上に舞い始めたのだ。
それを見ていた蜘蛛達が迎撃よりも先に慌てた様子で岩盤から下の緊急脱出用の穴へと自由落下で逃げ込んでいく。
最後に残った蜘蛛が山の内部にある神殿から白い椅子を持ち出そうとしたが、それが骸骨の王によって留められた。
『よい。久方ぶりに友人の来訪だ。お前達の見る力は確かだ。今の力を制限された貴様ら雑兵ではどうにもならん。護りを固めよ』
「(・ω・)(死なない程度に頑張れとポンポン肩を叩く顔)」
『ははは!! 久方ぶりに死ぬなと言われたわ。頭の片隅に留めておこう』
蜘蛛がすぐに手を振ってから穴に飛び込んでいく。
それとほぼ同時に巨大な山々の直上に猛烈な熱量が溢れた。
凡そ5万度を超える灼熱が山を溶かし、蒸発させながら巨大な神殿の天井をプラズマに沈めながら露出させる。
その火の粉の最中から中性子と電子を纏い降りて来る姿。
光の粒子で受肉した何か。
若い女。
いや、女神と呼ばれるべきだろう嫋やかな笑みの黒い長髪。
見覚えのある顔にゼーダスが唇の端を吊り上げた。
『久方ぶりだな。アマテラス』
【ゼーダス……あの小さな邦の王子が今はその形ですか。労しい事です】
女が微笑に何処か哀愁を混ぜて骸骨を見やる。
『最古の神々の中でも旧き者達によって名を与えられた始祖神の一柱が今更、この世に未練があると言うのか?』
【貴方の言う事は最もです。ヤハ様はこの星を出ていくと仰っていますが、それに賛同出来ぬ者もいるのですよ】
『もはや、神の時代ではないとお前も知っているだろうに……神世の終わりから長い年月が経った。それこそ数百年だ……』
【ですが、此処はもはや我らが故郷。我が子達も多くが邪神達との戦いに死に絶えました。故郷とは年月と愛着です。この星を脱し、逃げたところで……我が心は満たされません】
『神の皮を捨てたか。邪神に堕ちてまで今の者達を信じぬのか?』
【信じるべき要素が何処に? 貴方は知らないかもしれませんが……】
『はははは!!! 言うな言うな!! 我ら人類が、人の亜種が、醜く、残酷で、愚かしい事など、言うまでも無く。この人生で味わい尽くした後だ』
【……ならば、何故笑っていられるのです?】
『滅ぶならば滅べばいい。だが、此処にはまだ新たな可能性と多くの意志がある。幾らも滅び、幾らも栄え、また巡る世界を望み、此処に我は信じてみようと思ったのだ。あの若き日に我々、古の者達が、お前達のような神々が、何も……まだその魂に秘めた熱を失っていなかった頃のように……』
【ゼーダス……】
何処か悲し気に女神は骸骨を見やる。
『我ら舞台役者の幕は下りた。だが、この時代にまた新たな幕は上がる。若者達を、この時代の新たな意思ある可能性を……お前は信じられぬのか? 我が姉の如くこの身を導いた貴女……』
【その浮気癖に貴方の女神は怒ってしまいそうですね?】
『あの方はそんな事で怒りはせぬさ。あの大岩で全て解決するわけでもなし……ただ、可能性を詰むだけだと聡明な貴女が分からぬわけでもないだろう?』
【………可能性はあるのですよ】
『何?』
【この地に集ったあらゆる因果を束ねて結晶化し、特異点を生成すれば、恐らく……あの恐ろしき救世神に対抗出来るようになる】
『……結晶化……この地の全てを犠牲にする気か? よもや、あの優しき貴女から、そんな話を聞く事になろうとは……随分と地獄を見て来たようだ』
【我が子達……多くの信仰を捧げてくれた信徒達……幾多の民草……全て滅びました。我が大陸もまた邪神との戦で……】
『失うものは何もない。何もないなら、失わせてもいい? そんな事を言う人では無かっただろう。貴女は……』
【時間の効用です。最後にこれから目覚めるだろう大陸の者達を救う為、この地を犠牲に新たな時代を造る。ヤハ様もまた頷きました。もしも上手くいったならば、追認しようと】
そこまで聞いて骸骨が大きく溜息を吐いた。
『はぁ……まったく、どうにも目は曇ってしまったようだな。いいだろう……此処が我が邦、我が領土……異敵たる神よ。お前がこの地を犯すならば、我が力にて抗おう』
骸骨が猛烈な熱量の最中でゆっくりと人だった頃の姿を取り戻していく。
その姿はまた蛮族の鎧の如き白き悪魔のような異形と化していく。
それは少年を前にして諦めた男の全力で戦う為の姿。
そして、それは少年のあの時の姿にもよく似ていた。
【懐かしき思い出よ。貴方は善き王になったようです。ですが、全ての生きる者達の為……此処は押し通らせて頂きましょう】
『思い出ならば、そのままジッとしていて欲しいものだ。まったく、この歳になってまだ年上を殴らねばならんとはな……残念だ』
女は恐らく分け身。
分体の類であり、本体は未だ天の大岩にあるだろう。
だが、分体ですらもニアステラを滅ぼすに足る。
その女神の定理はこの世で最も怖ろしき方程式。
太陽を形作る法則。
であるからこそ、嘗ての知己を相手に王は己の消滅を覚悟した。
今も彼と周囲のプラチナルが解けていく。
全ての力の源である光は豊富にあれど、ソレを実体として留めておく為の物質は莫大に過ぎる熱量を前にして構造崩壊を始めていた。
語る事は尽きたとばかりに女は炎というよりは火の粉を片手にして、男を見やる。
男は白き剣を片手に女を見やる。
両者が激突した。
【………】
『………』
物質より開放された全ての力は衝撃と熱量となって巨大な山岳を中央部から消し去り、その威力を波及させぬ為にプラチナルは巨大なエネルギーの塊を岩盤に伝導させながら吸収し、可能な限り遅滞させつつ、運動エネルギーへと変換して、島の上空へと放射状に解き放ち、威力減衰用のリングを吹き飛んだ山の外延部に形成。
熱量を可能な限り外に放出しながら、ニアステラとフェクラールの両地域に降り落ちる核融合の炎を吸い上げていく。
『(; ・`д・´)/(相手は炎系!! 熱置換系の呪紋ありったけ連続起動させろーという顔)』
『(^◇^)(……中性子線を水で遮り過ぎると反射して核融合進んじゃうけど、外壁に水を充填せざるを得ないという顔)』
『\(^o^)/(蒸気を高速還流させて、冥領や海へのパイプに流し込めーという顔)』
『(/・ω・)/(冥領からの超低温水来るぞー!! 蒸気で発電させて運動エネルギーにして奪えーと冥領内に置かれていた蒸気タービンのある発電所から引いた冷水をパイプから内壁全体に補給し始める顔)』
『(一一")(中性子はガスで電荷にして吸収、熱量は水に移し替えて、蒸気タービン式の発電機で運動エネルギーから電気にして回収。それでも熱量が多過ぎる……電力の出力先は戦船に直接吸収機能在るからイケるけど……という顔)』
ほぼ余波に過ぎない熱量であろうとも怖ろしき威力は両地域に襲い掛かり、全ての木材という木材を一瞬で蒸発させた。
あらゆる生物資源を消し炭にしながら劫火として燃え盛り、消えぬ炎が生み出す熱量はプラチナルによる減衰を行われて尚、世界を焼き尽くしていく。
アルマーニア達の街区も多くの動物達がいた牧場も、ようやく作り終えたばかりの多くの生活の場も……例外は黒蜘蛛の巣のみであった。
『(T_T)(まったく、また1から作り直しだよという顔)』
『(゜∀゜)(つまり、もう一度だけ最新の知識と技能と経験で街や地域を造り直してもいい、って事!!とアルカイック・スマイルになる顔)』
『(´・◇・`)(ま、形あるものは何れ滅びるので作り直せるのは幸せな事よねと中性子とガスから発生した電荷を呪紋で吸収して、口内の超兵器に溜め込む顔)』
『(◇◇|A|◇◇)(恐らく分体でコレかぁ……本物来たら一瞬で巣以外は蒸発だろーなと甲殻に浮き出させた超兵器系盾で熱量と電力を吸収しておく顔)』
黒蜘蛛の巣は蜘蛛達による熱心な防御にも関わらず、ゆっくりと歪み始めていた。
あまりにも熱量が多過ぎるのだ。
基本的に黒蜘蛛の巣は細胞で出来ている。
莫大な熱量と中性子線はその細胞をズタズタにしつつ煮てしまうので基本的に相性が悪いのだ。
黒蜘蛛の巣を冷却というより熱量の吸収と分散で生かし、更に伝導した熱量の大半を西側の沿岸部に掘り進めていた竜骨製のパイプラインで蒸気として送り、海底で冷やして回収した水を還流させてようやく内部温度は500度以下まで下がっていた。
他にも地域を結ぶパイプ、工業用のものが大量に冥領や海と繋がっていた為、それを用いても冷却を行っていたが、黒蜘蛛の巣は完全に蒸し風呂状態。
蜘蛛は熱くないが、限界を迎える前に回収した真菌を再生させて冷やす工程を組み込んですら、壁の外の温度は8000度を超えていた。
熱量を制御するには蜘蛛達の呪紋の支援が欠かせず。
黒蜘蛛の巣の内部では未だ蜘蛛達が内壁に張り付いて、付きっ切りで熱量の減衰と誘導を同時に熟し、粒子線の防護までも行っているのだ。
『(・ω・)ノ(そろそろ定理兵器で熱量だけぶっ飛ばしてみる?という顔)』
『(-ω-)/(まぁ、待て。まだ慌てるような時間じゃない。せっかく、熱量と電力を文字通り“死ぬ程くれる”って言うんだから、もうしばらく無限回収しておこうじゃまいかという顔)』
『(^o^)丿(ま、いざとなれば、真空で断熱すればいいしねという顔)』
『(´|ω|`)(せっかく作った爆華と作物の畑も消し炭に……まぁ、種はあるから、後から植えればいいけど、中性子で変質した土壌でも育つように作れるかなと今からナクアの書で放射線源を用いて育つ作物を作ってみる顔)』
内壁付近では無数の雷撃がバチバチと音を立てている。
中性子の類を全て特殊なガスで吸収し、電荷として受ける事で制御しているのだが、それにしても外壁の温度を下げるので精一杯。
此処からはどう頑張っても現状維持以上は不可能であった。
自分達だけならば、幾らでも防御のしようはあった。
しかし、護らねばならないものが多過ぎる。
施設、物資、人々、何もかもを護る為に彼らは己の生存は二の次にして地下への熱量と粒子線の伝導を遮り、正しく壁となって地域の黒蜘蛛の巣を護り続けていた。
無論、第二、第三、第四と多重防御が敷かれてはいたのだが、その大半は人命を護る為に充填されており、重要拠点や重要人物の周囲に蜘蛛達も待機している。
もしもとなれば、蜘蛛そのものが壁となって彼らを護らねばならず。
半ば全力で戦闘させて、本気になられても困る。
結果として適当にあしらえる内はそうしようというのが彼らの結論となった。
蜘蛛達の万全の準備と身体を張った防御により、地下の避難所内の温度は快適そのものであり、未だ上がっている様子も無い。
だが、多くの亜人達はようやく来てしまった本当の脅威を観察する蜘蛛からの映像で地域が蒸発した事を知り、立ち尽くす以外無かった。
神が自分達を殺しに来る。
その事実は思っていたよりも彼らの心身には堪えていた。
だが、その多くの者達の不安に対して、種族の上層部は次々に御触れを出し始め、受肉神達からの言葉を伝えた。
見守っていて欲しい。
そう言われて、ようやく自分達の不安よりも先に上で戦う蜘蛛達を彼らは見た。
どうやら炎獄に沈んだ最中にも山脈の上にあった神殿に居る神の如き者が戦っているという話であったが、敵もその戦っている者も見えず。
彼らはただ今自分達に出来る事をと避難所内での仕事に従事し始め、同時に仕事が無い者は寄り添いながら静かに祈る。
それは今も上で体を張る者達に対してだ。
あるいは今も傍にいる受肉神達に対してだ。
どうか、今も戦う者達に神のご加護を。
その純粋なる祈り。
それは正しく旧き時代、旧き世代が知る力。
【―――】
『何を驚く。言ったはずだ。此処は我が邦、我が領土……そして、多くの者達の願いは同じだ。どうか、勝てますように、なんて願いを久方ぶりに力としたな』
白い異形と化した王。
歩まぬ王躯ゼーダス。
その身に降りる力が信心であると知ればこそ、アマテラスと呼ばれた女神は顔を歪めざるを得なかった。
【貴方の事は遠く聞いていました。王となり、邦を栄えさせ、立派に死んだ。しかし、その邦もまた滅び、蘇らせられ、戦わせられ、今や多くの手を渡って、イゼクスの神殿に飼われていると……】
『はははっ、何を悲しそうな顔をする事がある。ただ、己の魂を椅子に食わせただけの情けない王だ。幾らの力を得ても、幾らの剣を折ってもまた成し得ない事はあった。王ならば、それは多くが経験する事ぞ』
男は何処か少年のように誇らしそうにその女神の言葉を笑う。
『いいか? 我が身は邦の為に捧げた。あの頃に心血を注いだ邦はもはや亡い。眠りに付いて目覚め、悪辣の手段として国々に飼われ、流れ流れて何一つ世は変わらず。だがな……哀れんでくれるな。姉君よ』
男は大昔のように女神へニィッと唇の端を曲げてみせる。
『オレはスゴイ奴らを見て来たぞ? 幾万幾千のモノノフの何と見事な散り際よ。幾多の邦の興亡が、我が名に抗う多くの明日の可能性達が、面白おかしくもまた羨ましい。そんな日々だった……』
【幾多の邦を滅ぼしてもですか?】
『力及ばず。だが、及ばずと知って尚戦い守ろうとした者達もいた。そういうのは何処の時代でも同じだろう。我は悪辣、神世の獣……だが、また面白い者達に出会った。久方ぶりに邦を興してみたくなった……摩耗していた感情が此処での日々に少しずつ蘇ってきた。それが今なら何故か分かる』
【何だと言うのです?】
『似ていたんだ。我が青春の日々は……理不尽に負けぬよう戦い続ける事ばかりだった。此処の者達も同じだ。理不尽に負け、世の理に負け、負けて負けて、また負けて……負け尽くして、最後にそれでもまだだと言い張りたい……そんな……あの頃のオレのようだった……』
【ゼーダス―――】
『父に殺されそうになった日も、妹が嫁ぎ先で殺された日も、貴女が神の座に舞い戻った日も、我が邦が大国に滅ぼされた日も、何も変わらない。敗北は決して終わりではないと、命すら無くなった我が身で体現する為に……今も我は此処にいる』
男の体がゆっくりと太く大きくなっていく。
それは信仰の力。
正しく、神なればこそ受け取れる力。
そう、法則には、定理にはこう書かれてあるのだ。
神の御力は民の信心であると。
【……貴方は私には勝てません。総量が違うのです】
『だから?』
【神世の頃より蓄え続けた我が力。その一握りですら、この星を滅ぼすでしょう。この小さな分け身一つで島を滅ぼすのは簡単な事なのですよ】
『その結果として、自身が消える事になってもか?』
【仕方のない事でしょう。他の大陸の―――】
『嘘を吐くな!! 貴女はただ全てを失って死にたくなっただけだ』
その切って捨てる言葉に女神の顔が俯けられる。
『自分で言っていた通りだろう。何もかも失って、自分だけが悲劇の女だと浸って、慰めてくれる者もいない。それに耐えられなくなっただけの哀れな女だ。貴女は……』
【……ゼーダスッ】
『怒るなら怒ればいい。だが、その怒りは誰の為だ? 貴女の優しさが朽ちたのならば、何もせずに黙っていればいい。だが、貴女は此処に来た。誰かの為に死んだと多くの消えていった者達に胸を張りたい。たったそれだけの為に……今を生きる者達を否定しようとしている』
【わ、私は……】
『他者の戦う理由に異議を唱える程、この手は綺麗ではない。だが、な? 過去の貴女を今の貴女に汚させはしない。我が青春の君よ……過去の貴女ならば、今の貴女をきっと止めるだろう。貴女が未来を嘯いて今を否定するならば、我が意志は過去を顧みて、今を肯定しよう』
ゼーダスが溶け始めた肉体のままに剣を女神に突き付ける。
『昔、言っていたな……いつか誰もが幸せを掴める時代が来ると……それを信じてみたくなったこの場所で……貴女の願った未来を摘ませはせぬさ……』
【―――】
今にも歪み崩壊しそうな顔のまま。
女神が両手を掲げた。
それと同時に太陽が出現する。
そう、太陽だ。
急激に上昇していく温度は数万度を超えて、十万度近い熱量を女の頭上の小さな球体から発する。
球体が投げられた。
急激な温度上昇に瞬間的にニアステラとフェクラールの全域が蒸発する寸前。
フッと男の手が握り締められると同時に炎そのものが消え去る。
【―――ッ】
『驚いたか? だが、何を驚く事がある。我れは白き光の化身……此処には光がありふれている。光そのものたる我が力は光なればこそ自在に扱うのだ。光を発さぬ熱量を産める程、貴女を構成する定理が細かくないのは知っている』
【………そう、ですね。ゼーダス。貴方相手に己の手を汚さぬわけにもいかない。よろしい……では、あの頃のように……いえ、あの頃教えられなかった事を教えましょう】
女神の体に纏わり付く衣装が緩やかに体を覆い、収束しながら縛り上げ動き易い装束へと変化していく。
髪を一つ縛りとした女神が構えを取った。
【我が名は旧き者達がこの世の産み主より授かった叡智の一欠けら。我が定理は太陽……無限の星々は我が手中に在り】
女神が虚空を蹴った。
左ストレート。
渾身の一振り。
ゼーダスがそれを剣で捌こうとして、瞬時に機動を変えて、上空へと退避する。
それを追って、上空に白き異形を捕らえた女神の拳が振り抜かれた。
閃光。
女の姿が消えて、現れる時、その背後に煌めいた光が世界を斜めに貫いた。
ニアステラとフェクラールの上空500m近辺。
光が斜めに射した時、起こった事は余りにも怖ろしいものだった。
北西域の海辺から遥か果てまで広がる大海が光の筋が煌めいたと同時に蒸発。
そう、蒸発して……その真逆の上空数百キロにも及ぶ大気層が巨大な熱量放射による“猛烈な衝撃”で消し飛んだ。
真空の世界の瞬間的な顕現はしかし、星の重力によって閉じられていく。
だが、星々の光が降り注ぐ大地の最中。
襤褸クズのようになったゼーダスが苦笑していた。
『熱量を衝撃に転化するのか。確かに星すら割る威力……あの頃から貴方が神々に恐れられていた理由が良く分かる。だが……』
全身が砕かれながらも未だ死んでいない男がゆらりと地表付近で構えを取り続けていた女を見やる。
『まだ生きているぞ。我が思い出よ。それでは足りんな』
復元されていく体でカラ元気染みてニヤリとした男に険しい顔で肉薄した女神の拳が再び幾度も叩き込まれる。
相手からの攻撃もまた徒手空拳。
何故ならば、距離があっては威力が散らされる。
衝撃にする前に光の大半の制御を奪われて、最初の一撃で威力の2%すら出ていない。
つまり、威力を拡散させるのは愚の骨頂。
威力収束によって、相手にエネルギーを叩き込み、崩壊させる。
それ以外に明確な殺し方が無いのだ。
互いに神の力を用い。
物理攻撃を原理的に受け付けない。
と、同時に同じ力でその防御を中和され得る。
つまるところ、その攻防の行き付く先は超近接戦による相手の消耗と情報処理量の削り合いと読み合いとなる。
一発一発が島を砕く威力だとしても、物理攻撃である限り、神の力による中和無しには防がれる。
此処に至り、二人の男女は互いの神としての力のぶつけ合いで相手の防御を削り、その間隙に物理攻撃を叩き込むという泥臭い消耗戦となった。
分け身では威力が足りず。
かと言って、僅かに信仰を得たばかりの神モドキでは本当の大神……それも最も古き時代より信仰を集めた神の真正神としての能力を前に防御を突破出来ない。
千日手になるかと思われた打撃の応酬。
しかし、ゆっくりとゼーダスの肉体が罅割れ始めていた。
【元人間にしてあの威力を2発以上受けて、無事でいた事を誇って下さい。最盛期に全力を出したオールッドでも7発持ちませんでしたから】
『そう言えば、そうだった……貴女は武闘派だったな……』
ゼーダスを支える根幹。
プラチナル。
その現実での実体が光の極大の操作二回。
つまり、ニアステラとフェクラールを護る為の防御で処理量をオーバーし、構造的な限界に達しようとしていた。
酷使されたプラチナルの崩壊はそのまま男の崩壊であり、戦えなくなる事を意味するのは間違いなく。
ゆっくりと威力を受けた肉体が脱落、崩壊、砕け散って消滅していく。
【終わりです。ゼーダス……貴方の言葉、嬉しかったですよ】
『くくく、また姿を取り戻すまでどれだけ掛かる事やら……』
【これで島は消え去り、最後の希望が産まれる。我が命を賭して、あの救世神だけは葬ると約束しましょう】
『ふ、ふふふ……』
頭だけになった白き怪物はクツクツと本当に可笑しそうに笑う。
【何を笑う事があるのです?】
『我が邦は敗北した。それは認めよう。だが、貴女の本当の敵はこの臣下に堕ちた我が身ではないさ』
【―――貴方が、臣下ですって?】
そこでハッとアマテラスの分体が自分の位置があまりにも島から離れている事に気付いた。
【時間稼ぎ!? 6時間……あの場所に時間を稼ぐ為、貴方は昔話をしていたのですか!? あの己こそが最も強いと嘯いていた貴方が?!】
アマテラスが驚くのも無理は無かった。
嘗ての少年は……まだ人だった頃のゼーダスは確かに天上天下唯我独尊を地で行くような存在だった。
誰かを助ける。
誰かを救う。
事更にそういう性質では無かった。
『いつの時代の話をしている。大天神アマテラス……我らは旧き者……新しき者に駆逐されていくが世の定めだろう。オレは見つけたぞ……恐らく、この先にどれだけ生きていても勝てないだろう相手を……救世神とやらすらきっと殺すだろう相手を……』
【馬鹿な……そんな者が存在するは―――】
女神の視界が上下にズレる。
再生、復元、それを試行する前にその左右の手が自分を両断した何かを掴もうとして、切り落とされ、同時に分解するように賽の目状の肉と骨の塊にされて、散逸していく。
『……おいおい。人の思い出を細切れにするとは随分と躾がなっていないな。我が契約者』
―――操神召喚【歩まぬ王躯ゼーダス】
ノクロシアの天井の上で襤褸クズの頭部姿でやって来た王が無い肩を竦めるより先に少年の革袋から零される大量の秘薬と霊薬と魔力で姿を取り戻していく。
「アレが敵?」
『ああ、敵だ。生憎と分体だがな』
「……まぁ、あの程度なら蜘蛛に任せて問題ない」
『さすがに無理だと思うが?』
【ええ、その通りで―――】
彼らの傍に出現しようとしていた女神の姿が出現しそうになった瞬間には少年の妖精剣にて完全分解されていた。
【意味はありませ―――】
数百m先に現れた分体が更に分解。
【意―――】
更にキロ単位であちこちに複数現れようとしていた分体の全てが完全に消滅した。
そして、遂に諦めて島から遥か離れた場所に次々現れ始める。
崩壊した女神の遺骸は完全に天使達と同じような砂の如く風に舞う。
『オイオイ。今度は砂にされるのか……我が思い出はボロボロだな……』
何処か悲し気にゼーダスが少女達の間で肩を竦めた。
「分体の直接投射は力を食う。魔力や神の力のストックがどれだけあろうと、魂の分量は神も人格を有する場合、0.1以上の割合でしか消費出来ない。どれだけ有っても、人格を有して、この地域を消滅させられる分体となれば、さっきので総量の2割くらいは削ったはず」
『もう笑いも起きんな。戦闘の妙もクソもありはしないわけか』
男にしてみれば、恐ろしい話だ。
彼は実体も魂も全て椅子に食わせた手前、魂そのものすらも復元してしまうが、その量は左程ではない。
普通の人間と比べても数百倍までは無いのだ。
大神と言えど、数千倍程度が限界であろう。
つまり、その2割もの霊力が消え失せたという事はそれだけ大神の力の中でも取り分け重要な魔力や神の力、固有能力を生み出す霊体が損なわれたという事だ。
それを相手の出掛かりを潰す事で可能にした上に相手に学習させる事で分体を小分けにさせた手際はさすがに古の王にも真似出来ない合理的戦術論であった。
「生憎と過去の遺物に関わってる暇は無い。恐らく、今度は力の分量を下げて、魂も最小限度の分体を大量に送り込んで来る。自分の崩壊を気にせずの攻撃となれば、真正面から……」
「あ、あの~~アルティエ? 私達の出番は……」
フィーゼがオズオズとそう少年に尋ねた。
「無い。それより全員の安全確保に向かって欲しい。地下の霊殿へ直接送る。後は蜘蛛とこっちで処理しておくから、しばらく休んでるといい。それと産まれたから、あの子をお願い。アマンザ達を護って欲しい」
「……はぁ、まったく、男の子なんだから、アルティエは……うん。分かった。フィーゼ、行こう?」
「あ、レザリア!? で、でも」
「いいからいいから」
「って、我も!? 我は火力要員じゃぞー!?」
「引率は任せて下さい」
「頼んだ。エムルト」
少女達が瞬間的にレザリアの転移で地下の避難所へと消えていく。
残された男性陣。
その頭の上には灰色の小さな糸蜘蛛がいつの間にかやって来ていた。
「状況は?」
『(。-`ω-)“炎はいつでも消せる状況。だが、燃やされた物質の多くが不安定ままに放射化、中性子を発するようになっており、通常の生物は内部に侵入したら、50秒で死ぬ量かと”』
「今、斬る」
少年が妖精剣の柄を僅かに降った。
同時に地域全体の炎が瞬時に消え失せる。
『(。|`ω|)“核融合状態の物質を斬り分けた?”』
「これで融合状態が解除された。軽い物質になって安定化してる。核種を正常化した。放射線を発するものはもう存在しない。これで放射線源にはならない」
『無茶苦茶か。意味は分からずともやっている事は分かるぞ……この世の原理そのものまでも斬り伏せる気か?』
王の肩が竦められた。
少年のやっている事は妖精剣で“地域の全ての原子を全て切り分けて”最小単位にまで戻したという事なのだ。
目に見えない振舞いをする原子の構成そのものを何もかも正常になるまで斬ってしまうというのは何なら今から世界を分解すると言うに等しい。
『呆れたものだ。だが、分体は諦めぬぞ?』
「後、3分くらいで島の圏域に入る。3分もあれば、迎撃用の戦力の用意も整う」
少年が虚空を跳躍し、巨大なプラチナルの輪となった山脈周囲のリングの淵まで登ると既に数百匹程度の蜘蛛達が集まって来ていた。
「総員迎撃準備。神の分体群を駆逐する。今回、蜘蛛化は無し。同時に掛かれ」
『(>_<)/(よっしゃぁあああああ!!! やってやりますよぉおおおおという顔)』
『( ^ω^ )/(ひとのどりょくをかいじんにしたやつにてっついをという顔)』
『(/・ω・)/(さっき吸っといた神の灰でぱわーあっーぷという顔)』
『(`・ω・´)(で、何処までやっていいのん?とちょっと大きくなりながら訊いてみる顔)』
先程の神の分体を消滅させた際に周囲に散った神の遺灰。
エンジェル・ダストの上位互換版をキメた蜘蛛達が力をマシマシにしながら少年に尋ねる。
「全速戦闘を許可する。技能の5割を使用許可。黒霊菌を許可。定理兵器は相手の大技に技能で対応出来なくなる場合のみ許可。不可糸の統合呪紋を全て許可」
『(´▽`)(太っ腹~~という顔)』
蜘蛛達が全力戦闘にはまだ足りないが、それでも随分と技能を使わせてくれるらしい主の大盤振る舞いにウンウンと満足そうな様子になる。
「各自散開。死ぬ場合は転生出来るように死ぬ事。以上」
『ヾ(≧▽≦)ノ(はーいと頷く蜘蛛一同の顔)』
一瞬にして蜘蛛達がニアステラとフェクラールの全周へと散っていく。
『……あの蜘蛛共は上位層か?』
「違う。普通の一般労働者系蜘蛛」
『一般労働者……字面だけで時代が変わり過ぎではないか?』
「全力を出したら、肉体がまだ耐え切れない。もうしばらく“普通の蜘蛛”の能力を底上げしたら、全力を出させてもいい」
『神の分体相手に手加減か……』
「手加減とは違う。どんな手札でもある程度の範囲でどんな相手とでも戦えるように鍛えてる。相手にもしも能力を封印されたら? 相手にもしも力を奪われたら? 相手がもしも自分と同じ能力を持つ敵を無限に出して来たら? 相手がもしも味方を敵として操ったら? 考えればキリが無い。でも、キリが無くても準備しないのは愚策……」
少年の言っている事はつまり……上げたら切りが無い極限の不利に対して準備しろという事であった。
そのあまりの壮大さにさすがの王も苦笑して被りを振った。
『つまり連中は分体相手に五割の力と技能でも勝てるように訓練されているわけか……』
「今の分体の最大火力を受け切ろうと思えば受け切る為の手札はある。でも、そんなのは非常時に使うもので、必要なのは常時使用出来る汎用性の高い手札」
『手札を山程揃えても不安か?』
「どんな相手でもどんな状況でもどんな制約下でも戦い続けられる知性があれば、手札が足りなくても創意工夫や経験に裏打ちされた閃き辺りでそれなりに何とかなる」
『それなりで神の分体を破壊して欲しくはないのだがな……アレでも先程の分体も大陸を消し飛ばす程度の威力は放てたはずだ』
「此処最近見て分かった。神は大抵戦闘の玄人じゃない。手札が多過ぎる程に多くてもそれを使う知性や思考が凡庸。お粗末なのが近頃は目に余るし、何なら報告も上がってる」
『知性こそが最大の武器で、神は凡人か。我が契約者も言うようになった。いや、事実を述べられて、これ程に痛快な事も無いな』
自分もまたその類だと思われている事は男にも分かっていた。
「こん棒の殴り方を知っているよりも棒術で殴った方が強い。それが例え、小さな枝でも竜を殺せるなら、伝説の業物に勝る」
言い切る少年は見えない蜘蛛達を後方から不可糸の糸蜘蛛で観察していた。
分体を数体完全消滅させられて、もはや容赦せぬと言わんばかりの女神達は四方八方から海沿いへと集結し、ニアステラとフェクラールを取り囲むように虚空に立ち、島の圏域ギリギリの海上から炸裂すれば自身が蒸発する火力を放つべく。
両手で太陽を幾らも形成し、急激に温度を上昇。
周辺海域を蒸発させながら、その巨大な熱球を島に向かって投げ放―――。
島の圏域の端。
つまり数十km先の海域。
その四方に散った十数名の女神達の首が横にズレる。
【―――もう遅い】
太陽が全てを蒸発させながら海洋破壊よろしく投げ放たれる前にその場で起爆する事すら無く消失する。
【!?】
光そのものたる王が用いたような特別な干渉ではない。
女神が意識している限り、熱量が無限に上がり続けるだろう攻撃そのものが瞬間消失したのだ。
首を斬られて尚、再生を始めようとした彼女の四肢が莫大な熱量を纏って攻撃を防ごうとした。
その周囲には多重の魔力を重ね続けた数千では効かないだろう結界の壁。
だが、その瞬間に女神達が自身の炎に焼かれて外皮から内部まで数cm以上蒸発し、斬られた首から上が焼け焦げ絶叫しながら……何処にいるかも分からない敵に対して攻撃を乱打しようとし、ドスリと延髄から脳幹、頭蓋を抉るようにしてプラズマ化した蜘蛛脚が真下から一本突っ込まれ、内部から爆砕した。
その頭上へと蜘蛛達が島の高度限界ギリギリで止まって滞空する。
背中には天使蜘蛛の翅が再現されていた。
少年の出した虚空の映像を見ていた王が飽きれた様子になる。
『……本当に容赦や手加減という言葉が無い。アレでも見境なく攻撃していないだけマシだが……どういう理屈だ?』
少年が肩を竦める。
「使われてるのは普通の法則下の事象や普通の神の力の応用。真空で熱量の威力を通さない。内部のガス膜で更に中性子線は電荷にして吸収。神の力は神の力で相殺。魔力は魔力で相殺。相殺手順も普通に固めた魔力と霊力の現実での限界値を技に突っ込んだだけのお粗末さ。突破力を突き詰めただけで他は40点くらい」
聞いていた嘗て王だった男の顔も引き攣り気味になる。
『力を消された上に、防御で自己を燃やしていたような? 太陽の女神があんな粗末な力の調整の誤りをするとは思えんな。何か仕掛けがあるだろう?』
「最初の攻撃を消したのは時空間に関する呪紋を扱えるようになった蜘蛛達があの球体そのものを“小さな湾曲空間内部を極大化して”吸収した。実際には無くなってない。力の接続が切られた後は蜘蛛達が空間をスポイルした場所で今も処理してる」
『……やたら、何か時空に干渉していますと聞こえるのだが?』
「そう言ってる。そもそも蜘蛛達が増えてから、ニアステラとフェクラール近辺の外洋だけはこっちで色々と専門の蜘蛛達が罠や諸々の仕掛けをしてた」
『仕掛け?』
「時間と空間に関する理解力が高い呪紋開発係してた蜘蛛達が冥領で拾った魔族の能力を解明して呪紋化、天上蜘蛛達と色々してくれてたみたい。相手が気付かない内に極限環境で自滅するように電力、磁力、重力、慣性、熱量……大半の物理量や現象を扱う存在に関しては調整が狂うように呪紋式の罠が設定してある」
『罠だと? あの広い海洋にやたら施してあるのか?』
「勿論。時間がある蜘蛛がやってくれてた。帝国の船団にも瞬間的に人材を転移する為の仕掛けが施されてたし、全人員に損害が出てない旨の報告がされてる」
思わず山の上の神殿で寛いでいた自分が恥ずかしくなるような蜘蛛達の強かな準備の話に王は大きく呆れながらも納得した様子となる。
「大半、極限環境……超高重力や光、熱量、そういうのを無限に消耗なく使える能力者への備え。主に神様や神様より強い連中を想定してる」
『分かって来たぞ。貴様、自身の常識が、環境が変化したのを理解させぬよう図ったな?』
少年が肩を竦めた。
「正解。相手に分からないように相手のいる領域そのものを広域で通常よりも時間の流れを変化させてある。他にも主観時間に干渉したりもする」
『だが、それだけであの女神が自身を燃やすか?』
「相手の時間の感覚を狂わせる事だけに特化されてる呪紋。精神属性時空呪紋【来者の惑い】……効果は今言った通り。相手の咄嗟の判断を誤りにさせる呪紋」
『時空間そのものだけではなく精神の時間を変動させるとして、どういう仕組みで調整を誤るのだ?』
「負傷した瞬間、調整の振れ幅が瞬間的に大きく成る。それが主観と実時間の変動でどうなると思う?」
『……自己の耐久限界を超過するのか? いや、待て……だが、自身の力の振れ幅が超過したとしても自分で分かるはずだ。精神の時間が狂うとしても異常を感じれば一端止めるのでは?』
「止めるまでの外環境の時間が大きく引き伸ばされていたら?」
『二重の呪紋による誤差による耐久超過? 精神は己の力を止めようとしたが、主観時間は加速されている。だが、外環境の実時間は遅延している、という事か?』
「力の発露を止めるまでの実時間は数秒でも主観時間は一瞬で終わる。数秒も無限大に等しい力がゆっくり出力され続けていた場合、相手にしたら、熱量の防御を敷いた瞬間には自分が一瞬で焼け焦げた事になる」
『1秒で止めたはずの出力が数倍の威力で管理出来る力を遥かに超え、己を焼いた後に意識が跳ぶのか。怖ろしい……』
蜘蛛を前にしては自分もアブナイだろうという事実を前にして、その瞬間を想像した王が溜息を零す。
「実時間と主観時間の齟齬は色々使えそう。これも神を殺す手札の一つ。その焼き尽くされる寸前に自分毎爆砕しようとしても、真空を纏って大宇宙を進むような速度の蜘蛛達が慣性を無視して超速で近付いてる」
『見えなかったが、慣性を無視して空気の遮りの無いままに加速するのか。雷のようだな……』
「今の蜘蛛は雷に近い速度が出てる。霊力化凝集による自身の小型化。加速度に耐え切る構造。真空中なら、雷にも匹敵する秒速200km近い速度が出る」
『雷の速度で直角に真下から曲がるのか……音が随分遅れていたが……』
「自身を焼き尽くした先に観測出来ない敵を破壊しようとして、真下からの延髄にプラズマ化した前脚を切り離して一撃。及第点」
『首を斬ったのは?』
「不可糸を霊力構造にして凝集しつつ、極小下した先を揃えて首の高さで射出。一点狙いじゃなくて近場まで曲射して一定高度に到達した瞬間に横振り。神の力を神の力で中和して切断。糸の曲射は射撃訓練でもやってる。横に振って切断するから、相手に命中しなくても、相手の命中させたい部位の高度で糸の先が通り過ぎればいい」
『もういい。分かった分かった……貴様がロクに使わない手札をやたら使ったワケだな……』
疲れたとばかりに王が巨大な焼き尽くされた地域の頭上にある輪の淵で未だ天空に座す巨大な隕石を見上げる。
「さすがにもう分体は送って来ないはず。必要物資も必要な人材にも損耗無し。後はあの大岩をどうにかすればいいだけ」
『天井蜘蛛達が一人も出て来ないのは人員に万が一が無いようにか。過保護だな……』
「報告はもう受け取ってる。格納した建物も全焼したみたいだけど、更に地下の避難所は無事。必要な機材も資材も問題ないなら、後は出番になるまで待ってる」
『この状況下でよくそんな事が言えるな。お前の仲間達は随分と神の威容に驚いているのではないか?』
「この程度で驚かれてたら、これから幾つ命が有っても足りない。驚いてたら、更に訓練を倍にする」
『おっと、藪蛇だったな。我は何も知らぬ存ぜぬで通させて貰おう。と、言っても……ねぐらは蒸発した上に本体も随分と溶けて再生待ちだ。この実体が保てているのは信仰力有ってのものだが、堕ちて来るまでは治療に務めよう』
サラサラと男の体が解けていく。
「ご苦労だった。感謝する……」
『フン。契約に従ったまでだ。あの皇帝も今日の演目には酷く感心していたぞ。あの神々ですら今や蜘蛛達を本気で滅ぼせるものではないのかとな』
ゼーダスが消えていく。
その後、巨大な大穴の周囲。
元々は二つの地域を隔てていた洞窟のある地点が完全に溶けて湯気を上げる溶岩のように冷え固まっている上に少年が降り立つ。
大神の遺灰が混ざった大気の最中。
少年が片手を上げた。
すると、海上で破壊された分体の遺灰も周辺大気に散らばった遺灰も拡散していたが輝き出し、金色の粒子となって少年の手元へと集まり始めた。
その光に惹かれて作戦行動を終え、現場保持で事後処理をしている以外の原状復帰の為に地表へ出て来た蜘蛛達が集まって来る。
その数は数千匹程。
「これから論功行賞を始める。神の遺灰は必要分以外は直接戦闘した者以外は平等配分する。神化率が上昇した分だけ作業効率を上げるように。黒蜘蛛の巣の内部の復旧とこの中央地帯で堕ちて来る大岩に対しての防衛設備の再建を充填。しばらく、住民には地下暮らしで物資生産と必要な仕事をして貰う」
蜘蛛達がパチパチ拍手し始めた。
少年からの直接報酬は早々ない事であった。
「必要分は受肉神の遺骸を用いた防衛拠点としての新型の巣の造営と田畑の修復。他は海の生物資源回復も行う。生き残ってる生物の再生と復元はこちらで行う。残っていない種類は採取して保管していた遺伝資源情報からナクアの書で再生。続けて、外大陸の情報にあった天使の大軍などへの備えとしての地域の防衛拠点化を―――」
少年が蜘蛛達に周知しながら黄金の粒子の一粒をばら蒔き。
蜘蛛達がソレをパクリとした瞬間。
今まで色々な種族の蜘蛛が集合していたのだが、彼らから毛という毛がまるでぬいぐるみのような質感のモフモフ具合になった。
滅茶苦茶大きい愛らしさ抜群の蜘蛛ぬいぐるみですと言わんばかりの変化。
しかし、その内部に見える硬質な金具のような部分が彼らに今まで以上の強固さと粘り強さと新たな命として神の如く己の魂より湧き出でる無限の魔力を約束する。
複数種類の蜘蛛達は金具部分の金属光沢が違う様子であり、人間化してみると個体達は驚いた様子となった。
少年少女とも言える姿だった者達の大半に中性的でありながらもどちらかに少し偏るような変化が起きた上、年齢も1桁から10代後半、青年、中年と別れていた。
「これより蜘蛛はローテーションで復旧と地下運営のものを集めて来て、遺灰を吸収した者は即座に仕事へ掛かれ。天上蜘蛛にも各自、遺灰を送る」
それに少年の脳裏には呪紋による各自の感謝が伝わって来た。
「大神本体は今回の襲撃で魂の2割以上4割以下を失って再生にも恐らく手間取ってる。本来の神の制約を破ったのが分体であったとしても、滅びる前は繋がっていたはずで完全な回復前に隕石も落下してくる。次の戦闘ではこの地域に被害が出ないよう全力を出す事を許可する」
それに拍手喝采となった蜘蛛達は次々にぬいぐるみ化した姿で明らかに全力モードは別にありますという様子でルンルンしながら復旧作業を開始した。
それに伴い。
第一野営地の黒蜘蛛の巣の内部。
地下から黒い真菌の沼地の内部より取り出された巨大な黒き玉。
受肉神の遺骸が迫り出すと少女と幼女が二人玉にくっ付くようにして出て来て、スゴイ勢いで少年のいる地点までカッ飛んでくる。
「押すな!? 押すなと言っているだろーが!?」
「ええい!? おまえがおーきいのがわるいだろうが!!」
たいちょーとへんきょーはく。
今や地域の立派な幼女達の取り纏め役である。
2人はビーメに載る時に用いる生体モルドのスーツを着込んでいたが、そのスーツはどうやら特別製らしく。
どちらもフリフリでヒラヒラな魔法少女的なものになっていた。
先日から幼女達がお洒落に目覚め。
多くの野営地の女達が味気無いスーツ姿でいる幼女達を不憫に思って年頃らしい衣服型にしてみてはと蜘蛛達に相談。
結果として色彩は変更となり、ピッチリしていたスーツには文様が浮かび上がり、呪紋が体中に浮き出る上にヒラヒラなスカートやら愛らしい袖口やら……やたら愛らしさ満点にされつつも実用に無理が無い範囲で装飾された。
たいちょーは紅蓮や桜色、白と基調としたモノを使っており、へんきょーはくはメタリックな雷や銀、蒼という色合いが多い対照的な代物であった。
「二人ともご苦労様」
急激に速度を落とした巨大な球体が少年の頭上で停止し、二人が下りて来る。
「ご主人様。地下の人員の被害無しを報告させて頂きます」
「じゅーよーしざいのうんぱん、かんりょーしたぞ。ごしゅじんさま」
同時に降って来た2人が慌てて整列して敬礼し、報告し始める。
その様子を神の遺灰をパク付いていた蜘蛛達は戦力的に2人が人側の代表なのねと納得しつつ、即座に消えて自分の仕事現場へと音速を超えて向かっていく。
「どうして大きく成ってる?」
少年が首を傾げた。
「あのボケジジイが塩を送ってくれたのだ」
「そういう……辺境伯。今回の幼女化した部下の統率と防衛任務の功績と神の遺骸の護衛に対して幾つかの報奨を与える。前に」
「お、おう……いいだろう。うけとってやろうではないか。ふふ、ようやくごしゅじんさまもわがちからというのがわかってきたようだな」
一々、ツンデレなへんきょーはくが相好が崩れそうになるのを堪えながら少年の前に進み出る。
「年齢を十代前半まで引き上げる。それと今まで教えてなかった能力について教えておく」
「ねんれーがあがるのか!? おお、それはありがたい!!? ありがたいぞ!!?」
もはや、おめめキラキラ状態の幼女がこれで二人並ぶ度にニヤニヤされてまだ幼女なのかという顔をされなくて済むとばかりに両手を組んで期待した表情となる。
「ナクア・レプリカを起動」
少年がサクッと命名しておいたいつもの魔導書の写しで各種の呪紋を全て励起して、へんきょーはくの頭に手を置いた。
今や大半の事はブツブツ呟かなくても良くなった少年にとっては脳裏での処理量の増加から、かなりの難事を行うのでなければ、再確認する必要もない手間となっている。
そうして数秒後、グムグムと大きく成り始めたへんきょーはくが銀髪の美少女へと変貌し、滂沱の涙を流し始めた。
ちなみに生体モルドのスーツはまったく問題無く伸びてピッチリしたままにフィットしている。
が、微妙に食い込んでハイレグ状の下着が浮き上がっていた。
「ふ、ふぉおおおおお!!? これぞ我が手足!! 高身長を手に入れたぞぉおおおおおおおおおおおおお!!?」
もう他には何も要りませんとばかりに喜びに沸くへんきょーはくである。
「ヴァルハイルの幼女化した個体は竜の血統の能力を呪紋無しに大体使える。竜骨を強化して外皮を護る装甲にしたり、銀色の鱗を必要な場所に生成したり、炎を吐いたり、鉤爪を伸ばしたり縮めたり、体の一部を自前で再生したり、後は色々な波長を見たり、翼を生やして超高速で飛んだり」
「………え?」
少年が茫然としたへんきょーはくに構う事無く。
少年が更にたいちょーに拳を握り締めた途端、握るようにして現れた剣を一本差し出した。
「へぁ!? こ、ここ、これは!?」
「今回の褒賞。ノクロシアで見付けて来た時間停止してる剣。名前は【Anima‐EG04】アニマ・エルゴ・フォーとか何とか……どんな攻撃を受けてもほぼ絶対破壊されない。必要な技量と力を籠めれば、神にも致命傷を与えられる。旧き者達が作ってた【
「ふ、ふぉおおおおおおおおお!!? あ、ありがとうございますぅうぅぅぅ!!?」
思わず普通の長剣に見えるそれを受け取ったたいちょーが目をキラキラさせて、自分の戦いが認められたぞーと嬉し気に剣に見入った。
その合間にも少年が頭上に浮かべた黒山羊の母の遺骸と内部に一緒に押し込んであった人馬の神ペガソスの受肉した下半身を分離し、全てを頭上で血肉の霧に一瞬で分解、再融合させて一つの巨大な胚の如く形成し直し始めた。
へんきょーはくが何かショックな事を聞かされた様子なのを尻目に剣を見ていたたいちょーであったが、あまりにも相棒が黙っているものだから、思わず恐々とダイジョブか?と聞こうとした瞬間。
「つ、つまり!! これからは歩かずに荷物を運べるという事か!? ふ、ふぉおおおおおおお!!? これは部下達に教えてやらねば!? で、では、これで失礼致しますぅうううううううううう!!?」
「あ、ちょ、待て!? 待つんだ!? へんきょーはく!? こ、ここ、これで!? 失礼します!? おい、待つのだ!? へんきょーはくぅ!?」
こうして少女達が慌てた様子で近くの黒蜘蛛の巣へと駆けていくのを横目に少年が頭上を見上げた。
「外大陸での運用情報が送られて来てる。これなら……」
少年が悪魔の大陸や各地で造られた黒蜘蛛の巣の情報を統合しながら必要な要素を抜き出して、周囲に地下から湧き出させた真菌の海を形成しつつ、異種胚をソレで取り込みつつ塔を形成し始める。
「神樹の破片の採取に成功。魔族の時空間制御能力を採取。受肉神を用いた新型黒蜘蛛の巣の運用情報の獲得。神の外殻の侵食による蜘蛛化。天使の読心能力や慣性制御、能力の無限増幅能力の取得にも成功。操神召喚用の戦力運用情報の取得、大神の分体の遺灰の取得、全個体の強化増幅、固有呪紋、能力、運用情報……此処まで全部……」
何処か苦し気にも思えるような顔で少年が拳を胸元で握り締める。
「……全ての蜘蛛達に感謝する」
その言葉を聞いた全ての対象となった者達が思わず初めて複眼を潤ませた。
少年が呟く。
「【ヴェルゴルドゥナの高配】……」
少年が己に能力の全てを集約する。
「抗神抗体化率8443%増加(再上昇可)。抗魔抗体化率432%増加(再上昇可)。観測者キャップ開放……宇宙紐及び量子紐の全バンド帯への位相欠陥生成機能を獲得。ドメイン・ウォール・コード取得。モノポール生成機能取得。テクスチャー形成による“完全破局”生成機能取得。妖精瞳の機能キャップ開放……全機能開放。後続補完機能として“无”の領域の疑似生成能力を使用可能化……【呪紋掌握】コードを生成……全呪紋使用可能化」
『(・∀・)(……何かサラッと今、位相欠陥を生成して場を自在に崩壊させつつ、宇宙を消滅、創生する機能を手に入れたって聞こえたような……という顔)』
『(∩´∀`)∩(あ~あ~なにも~き~て~ないですよ~と耳を塞いでおくジェスチャーをする顔)』
『( ^ω^ )(ま……我らのちちだからいいんじゃないと実際の効果範囲を推定で計算してみるという顔)』
『(´・ω・)(あれ……これって因果律をいきなり終焉させてくるって噂の救世神と同じような能力何じゃ……と脳裏で確認しつつ首を傾げる顔)』
そして、何も変わらぬように見えて、明らかに気配が変わった事を蜘蛛達は感じ取りながら、残っていた蜘蛛達が少年の周囲に集った。
姿は見えないが、全ての蜘蛛達を統括する本来、別の時空にいるはずの全蜘蛛に声が響く。
「天上蜘蛛達を改め【
少年が片手を頭上で握り締めた時。
真菌に覆われた巨大な以外の繭は根の如くその真菌と融合しながら世界を圧する大きさへと膨れ上がりながら巨大な円錐形の領域を形成して伸び上がっていく。
「外大陸で多くの知見と学びと力を得た全ての蜘蛛に殊更の祝福を……」
少年の言葉に「(>_<)(いーなーこっちもがんばらなきゃーという顔)」をした蜘蛛達が外で大冒険しているらしい者達の情報を脳裏で仕入れ始める。
それを見ていた多くの両地域の避難所の者達は思う。
これがニアステラの英雄。
いや、新たな時代に神の後始末をする最新の英雄であろうと。
何が変わったのか。
音声すらも届かないが、確かに彼らは新たな時代の英雄を、あるいは英雄という枠にすら収まらないだろう存在の誕生を見届けたのである。
隕石落下1日前。
その島の西部から遥か天を衝くように伸び上がった黒蜘蛛の巣を全ての領域にある時間の中に在る者達が見上げた。
南西部を隔てる小神と成り上がった槍の男の山よりも遥か高く。
天を覆う偉業の人造神を獣の如く睥睨するように高く。
島そのものを覆う程に巨大な双柱の主神達にすらも届くような遥か高き塔。
これを正しくゼート大陸中央部。
聖域外延部からも観測した先進大陸の要塞戦艦は大陸最後の切り札が転移によって、その威容を露わにしていながらも、半ば目を奪われていた。
『こちら“イレギュラー”……これより旗艦の直掩に付く』
『ま、まさか、あ、あれが敵、なのですか?』
『……ははは、神の力を観測する為のシステムは組み込まれているのだがね。あの塔……どうやら、我らがイレギュラーの駆るコレの数万倍の出力がありそうだ』
戦艦に登載された電脳たる男が呟き。
これ以上の測定は不可能との文字をディスプレイに見て、苦笑した。
『ははははは!!! 遂に帰還したか!! 大神の攻撃で滅ぶかと思えば、まったく……度し難い程に危機に対する嗅覚が鋭いな。ニアステラの英雄殿は……もはや、神という括りに収まらなくなるとはな……アレは一体……何と呼べば』
南部、人馬の邦で宰相業務に追われながら、現場を観察していた六眼の男は遂に大神との決戦に臨む英雄とその配下達の様子に唇の端を吊り上げた。
『オイオイ……あんなのと付き合ってかなきゃならねぇのかよ……』
ヴァルハイルの首都。
高都外延部。
今や軍を退役した幼女化したおっさんの屋台で串焼きを齧っていた白い髪の青年、四卿である白鱗の忘れ形見が遥か高き漆黒の塔を見て、肩を竦める。
『伝令!! 伝令!!』
巨大な船。
島の東部外洋に在り、遂に五大災厄の一角を聖杯が落としたという伝令に沸いていた教会上層部。
その法王の玉座にて、少女が一人。
自分と同じ顔の少女とヒソヒソと何かを会話しながら、伝令を受けていた。
『分かっておる。まさか、この段に至ってまだ神を滅ぼす新たなる力が登場するとはな……やれやれじゃ……』
『で、どう致しますか? 我が主よ……』
『………』
西部の方面を見ていた二人の少女以外には見えない少年のような何かが初めて、その顔を僅かに歪めた。
『イエアドの成果が実った……アレは救世神にすら届く……』
世界が動き出す。
暮れなずむノクロシアに惹かれて全てが集う舞台の幕が開こうとしていた。