流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて-   作:Anacletus

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第94話「暮れなずむノクロシアⅩⅢ」

 

―――旧高都王城跡【聖域の階】

 

 嘗て、高都の城は王群を押し留める為に時の四卿となって初めての仕事をしたヴェルゴルドゥナが設計施工する事で現実となった夢の城であった。

 

 呪紋式の通信を行う呪具の開発とソレを用いた通信網の構築。

 

 呪霊機による物流の時間短縮と量の増大。

 

 間違いなく。

 

 城の造営が終った時がヴァルハイルの黄金時代の幕開けとなった。

 

 その築城時、選ばれた地域こそが高都のあった場所であり、其処には最初から遺跡が一つ置かれていた。

 

 それこそが聖域に至る道の一つ。

 

 巨大な聖域の中央部に直通路となる時空間の歪みがあり、そこへ直接向かう事が出来るというソレは正しくヴェルゴルドゥナが初めて遺跡に入る随分と前にヴァルハイルの者達が使った代物だったのである。

 

 しかし、第一次調査は調査隊の未帰還により頓挫。

 

 以降、王城の聖域への道は厳重に管理され、ヴェルゴルドゥナが王家から委任されて管理し続けていた。

 

 それが変わったのは聖王と呼ばれた偉業を成し遂げた青年が王に即位してからの事であった。

 

 彼の王は器廃卿と共に更なる軍事力の拡大と他の亜人達との抗争に勝利し続け、黄金時代全盛となった数十年前の時点で登場した新たな四卿達の力を用いて、周辺領域から亜人達を駆逐した。

 

 黒征卿と呼ばれた男が最新式のモルドを用いて辺境伯達と共に完成させた巨大領域には次々に入植地が出来て、衛星都市となった。

 

 これを以て大帝国たるヴァルハイルは完成し、聖域への信仰と共に亜人達にも技術的な恩恵や取引の出来る相手として一定の地位を確立。

 

 最強の軍隊の象徴としてヴェルゴルドゥナの動く城ドラグリアの運用の開始と共に周辺国は今までの相争うような小規模な騒乱を止めて、対ヴァルハイルを仮想敵とした種族連合の前身である協商協約を発行した。

 

 こうしてある意味で最大の力を持つヴァルハイルの登場によって北部の乱世は事実上は終息へと向かっていったのである。

 

 しかし、今や高都はもはや無く。

 

 溶け崩れた山岳部には黒い蟲の消し炭が砂漠の如く広がっている。

 

 灰にならなかっただけでその蟲達の怖ろしさが分かろうというものだろう。

 

 グラングラの大槍の連弾が直撃した地域で灰になっていないという事はもはや普通の生物とは王群は違うという事を意味している。

 

「………来てやったぞ」

 

 その溶けた山の中腹。

 

 遺跡への入り口付近には巨大なドラグが浮遊し、まるで陸地の如く寝そべった様子で接岸していた。

 

 そこから降りて来たのは黄金のモルドに身を包んだヴァルハイルの皇太子。

 

 ヴァメルであった。

 

 彼のドラグであるルーベルシアの遥か後方地帯には複数のヴェルゴルドゥナの動く城が待機しており、周辺領域での王群の動向を監視していた。

 

 遺跡内部は幾分溶けてはいたが、洞窟のような内部の奥に進むに連れて、硬質な床や壁面、天上が目立つようになり、その周囲は柔らかな蔦が幾分か茂って覆われていた。

 

「ヴァメル殿下。ザンネス様がお待ちです」

 

「ヤツと複製体は何処だ?」

 

 その言葉に僅かに瞳を細めた数名のヴァルハイル。

 

 彼の弟であるザンネスの郎党だったが、すぐに奥へと案内していく。

 

 数百m程歩いた先。

 

 空間が開けた。

 

 巨大な円筒形の岸壁に囲まれた小さな泉と大樹がうねる山林。

 

 その中には金属製の未だ錆びない通路が掛かっており、その奥へと彼らが向かうとヴァメルの弟その人が小さな丸いテーブルの横で優雅に紅茶を飲んでいた。

 

「ザンネス!! 生きていたか!!」

 

「ああ、兄上か」

 

 薄緑色のモルドを纏う男が静かに鋼鉄の口内に紅茶を流し込む。

 

「……貴様、何処か頭でも打ったのか? そんな態度、子供の時以来ではないか」

 

「まぁ、座れ。どの道、まだ時間が掛かる」

 

「どういう事だ?」

 

 ヴァメルが進められた椅子に腰掛ける。

 

「アイツは何処だ? ヴェルギートは!! あの複製体は!!」

 

「そう活きり立っても何も変わらないぞ」

 

「お前……今がどういう時か分かっているのか?! 何だその落着き様は!!? アレから貴様とヤツに何があった!!?」

 

 ヴァメルの苛立った様子にザンネスが付き合うでもなく。

 

 紅茶を平らげてから、小さな白い棒状の呪具をテーブルの上に置く。

 

「?」

 

『―――ヴァメル。お前には知らせていない事を幾つか遺しておこう。最も生き残るお前に……何れ、お前が王になるか。あるいは別の道を征くのか。それは分からないとしても……初めて儲けたお前を……抱いた時の決意を護る為に……』

 

「陛下?! あの父が言葉を遺していたのか!?」

 

 ヴァメルが思わず、その棒を掴んで目の前に持ってくる。

 

 そこから聞こえて来るのは間違いなく聖王その人の威厳のある声だった。

 

 しかし、いつも彼が相対していた時とは違う。

 

 何処か穏やかな声に僅か彼は戸惑う。

 

 こんな声を一度たりとも彼も、恐らく兄弟全員が聞いた事は無かった。

 

 ザンネスが指を弾くと声が途切れる。

 

「とにかく、まずは陛下の……父の声を聞け。兄上……全てソレからだ」

 

「……分かった。いいだろう」

 

 ヴァメルが椅子に座って聞く姿勢となった。

 

 再び声が呪具から発される。

 

『ワタシが初めて王になった時、このヴァルハイルは崩壊寸前だった。国の立て直しの為にワタシは奔走し、多くの民を護り切れず、巨人の軍勢に国家を奪われ、惨めに奴隷として死んだ』

 

「………は?」

 

 思わずヴァメルが絶句する間にも声が続ける。

 

『そうして、ようやく始まったのだ。我が人生の永い永い旅路が……その時、初めてワタシはカルトレルム神の声を聴いた。彼の神は言った。時を巻き戻し、やり直せ……お前はヴァルハイルを育てなければならないと』

 

「と、時を巻き戻す?」

 

『そして、ワタシが即位した80歳の頃とは違う。3歳の時節に戻った』

 

「ちょっと待て!? 父が即位したのは16の時のはずだ!? 何だこの声は!? 貴様か!? ザンネス!!?」

 

 そう怒鳴ったヴァメルに対してザンネスが首を横に降り、強い瞳で兄に座れと促して再び声を再開させる。

 

『お前は“父が即位したのは16の時のはずだ!? 何だこの声は!? 貴様か!?”とお前の弟に言うだろう。当たっているか?』

 

「―――馬鹿な?!」

 

『お前は続けて“馬鹿な?!”と戦き。今、自分が聞いている声の信憑性に揺らぎ。本物か。そうでないのか。その判断を最後まで保留するだろう。だから、聞け……お前の父が何者で……お前に何を託すのかを……』

 

 声がザンネスによって止められる。

 

「……いいだろう。最後まで聞いてやる。まるで今、この場を見ているような口ぶり……正しく、あの父のもののようだ」

 

 少なからず。

 

 聖王と呼ばれる男は何物をも超えて、全てを見通すと呼ばれた見識を持っていた。

 

 まるで全て最初から何が起こるか分かっていたかのようだと言われる程に。

 

 そんな声が再生される。

 

『ワタシは3歳からやり直した。だが、やり直したからと何もかもが上手くいくわけではない。何かを変えるには権力がいる。だが、即位を早める為には我が愛するべき家族を殺さねば……到底、そこまで歩けぬ。だが、それでは国力も人材も維持出来ぬ。故に最初の一回目でワタシは手柄を立てる事に奔走した』

 

「手柄……」

 

『だが、間抜けにもワタシは己を過信した。結局、巨人に殺されたのだ。それ以降、神の声は聞こえなくなった。しかし、同じくやり直す人生が始まった』

 

「人生……まさか、父は幾度と無く己の人生をやり直していたのか?!」

 

『幼いワタシは己を鍛えた。鍛えて鍛えて、あらゆる物事を学習し、嘗ての無能王と呼ばれた老人だった頃の己を塗り潰すように学問と武術を学んだ』

 

「父は……才能の人だと誰もが言っていた……だが、まさか、それは違うと?」

 

『過去の記憶を頼りにあらゆる叡智を磨いた。武名に秀でた者達を家臣とし、多くの貴族の家系達の手を借りて、己を鍛え上げる。それがワタシの青春となった』

 

 声は何処か懐かしそうな声となった。

 

『ワタシはその三回目の生で武勇と学問に秀でた王となった。35歳の時だ。そして、174歳まで生きた。国は栄えたよ。子供も出来た。ヴァメル……初めて出来たお前を抱いた時、ワタシは自分の人生はこれで幸せだと思った。そうして、何もかもを上手く行かせた王国の未来で死ねた。幸せの絶頂期だ……そして、ソレがワタシにとって最も愉しかった日々の思い出でもあった』

 

「………」

 

『だが、ワタシは3歳に戻った。何故か? 分からなかった……でも、やるべき事は明白だった。極めた内政と軍事の手腕はあった。だが、今ならば、もっと嘗てよりも上手く出来るのではないかと思った。そうして、人生を繰り返す事、数度は幸せなままに死んだ。だが、ようやく何度目かの転生の時、転生する理由がただの王国の繁栄の為ではないと悟ったのだ。育てるの意味合いが神とこの矮小な身では違うのではないかと』

 

「単なる繁栄の為ではない? カルトレルム神が望んだのは別の事なのか?」

 

 思わずヴァメルが呟く。

 

『そこでワタシはカルトレルム神の寝所を初めて訪ねた。だが、其処にあったのは……神の骸だけだった』

 

「骸!? 死んでいたのか!!?」

 

『他にもワタシは北部のあらゆる情報を見て回り、多くの出来事を年表として脳裏に叩き込み。あちこちに出掛け、とにかく情報を得ようとした。数多くの遺跡、数多くの時代の遺構をワタシは見た。命掛けの事は多かった。だが、嘗ての記憶を頼りに最善の方法で鍛え上げたワタシは命を落とす事は無く……自分に出来る限りの情報を集め切った』

 

「……何を知ったというのだ。父よ……」

 

『ワタシに推測出来た事は4つ。妖精が今も何処かに生きて何かの情報を隠している。竜神は骸になっていたが、この世界には存在している。神々の力によって封鎖……いや、隔絶している地域に手掛かりが恐らくある。そして……この世界は幾度と無く滅んでいる。それが結論だった』

 

「滅んでいる? いや、時間をやり直すのが世界が滅んでいるから? だが、そうであるならば、父の死ぬより未来での事ではないのか?」

 

『お前は今、この身が死ぬより先の未来の話だと思っただろう? だが、そうではないのだ。過去にもう滅んでいる世界があり、その先に我らがいるのだ。この世界の時空の構造が繰り返しになっているおかげで未だこの世界は存在を続けている』

 

「繰り返し……」

 

『ワタシは世界が滅びる理由を探した。そして、遂に見つけた。それこそが聖域……ワタシの王国はいつも平地にあった。だが、聖域には触れて来なかった。そうして、その事実を知って初めて聖域へとワタシは足を踏み出したのだ』

 

「聖域が鍵、なのか……」

 

『だが、その先の事は酷い有様だった。ワタシは聖域に到達した瞬間に死んでいた。やり直しだ。理由も分からない。そうして、幾度と無く聖域に脚を踏み入れる為に大量の準備をし、様々な調査をする。同時に必要なものを掻き集めた』

 

 王の声が僅かに沈んだモノとなっていく。

 

『その頃からだ。ワタシの知らない過去が増え始めたのは……』

 

「知らない過去?」

 

『神々の事は分からない。だが、受肉神も頑として口を割らなかった。幾度かヴァルハイルの総力を以て捕らえた受肉神から情報を引き出そうとしたが、その多くは自身を殺して息絶えた』

 

「―――神が自分で死を選んだのか?!」

 

『そうして、知らない過去が増え始めた事に気付いた時には見知らぬ過去の偉人や見知らぬ過去の事件が多くなり、更には3歳時点のワタシが知っていた過去の事象が確実に変化しているのも観測した』

 

「そんな事が……」

 

『そして、更に40億回程……ワタシは繰り返した、らしい』

 

「よっ―――らしい?」

 

『記憶を途中で自分で消去した形跡がある。魂から必要の無い情報を削除した形跡がな……』

 

「そんな―――」

 

『ワタシは思っていたよりも凡人だったようだ。永い永い繰り返しに耐えられず、何度か狂ったような形跡もある。結果として、ワタシは過去の正常だった時の記憶だけを引き継げるよう要らぬ記憶を削除したのだろう』

 

「父上……」

 

『それからワタシは過去が変わっている理由を探した。そして、やはり神々の仕業だと結論した。この繰り返しの最中に神々はワタシよりも長大な視野で物事を見ているはずだ。つまり……この繰り返し以外にも同じ繰り返しをする誰かを神々が用意していたのではないかと思った』

 

「同じく繰り返すモノが過去に?」

 

『恐らくは使い捨てだろう。一度変わってしまった過去が元に戻らないのを確認している。つまり、ワタシがいる時間軸は過去からの改変に対して無防備だ。更に言えば、過去が改変されているという事はワタシが改変した未来は自分で思っているよりも更に多い可能性がある。何故なら、過去の改変されていないワタシの時空と過去が改変されている時空で別のワタシが未来を変え続け、世界が破滅して戻っているはずだからだ』

 

 もはや、その言葉にヴァメルの想像力は追い付かなくなりつつあった。

 

『そうして、過去が改変され続けた。過去が改変されなくなった時点をワタシは記憶している。そして、その時点からの“繰り返し”に関してだけは特筆するべきであろうと情報に遺す事とした』

 

 白い呪具が光を放つ。

 

 それと同時に世界が炎に包まれた。

 

 高都もアルマーニアの首都も北部も放棄された東部も西部も島の全てが何もかもが燃えている。

 

 そうして、無数の亜人達が隊列を成し、無数の呪霊機が、無数の城が、動きながら、蠢きながら、東へと進軍を開始し、それと同時に今まで戦っていたはずの王群までもが同じように動き始めた。

 

『ワタシの過去が改変されなくなった初めての回。その時、起こったのだ。破滅が……遥か先にあるはずの破滅が……空を見るがいい。夜ではないぞ。アレこそが救世神……聖域に眠り、聖域より現れ、全てを蹂躙し、世界を己の欲しいがままに改変しようとする存在』

 

「聖域……空は夜ではない、だと……」

 

 ヴァメルの見る前で僅かに発光した空。

 

 いや、空に在る何かが発射したと思われる光が遥か島の外へと消えた時、着弾した何処かが消え去ったのか。

 

 世界が眩い夜明けの如き光に照らされる。

 

『それから、西部をワタシも蹂躙した。そうせざるを得なかった。何故か? 命令だ……聖域から蘇った救世神はあらゆる事象を自由自在にする力を得ていた。その力は正しくワタシの如き小さな存在など言うまでもなく操れる。因果律制御……全ては救世神の力の前には無力なのだ……ヤツは無かった事を有った事にし、有った事を無かった事に出来る』

 

 ヴァメルが震え始めた体を抑えよるように体を掴む。

 

『それから世界は変貌した。あらゆる出来事は都合よく救世神の望む世界へと変貌していった』

 

 ゴクリとヴァメルが唾を呑み込む。

 

『信じられるか? ワタシはこの星の王となった。この世界の生物は何一つ死ななくなった。増える事はあれど、減る事もなく。増えても飢えず、致命的な戦争も起こらず、病も無く……アレがもしも楽園だとするならば、世界は楽園となったのだ。何一つ変わらぬ怖ろしき“無謬の楽園”……生命が辿り着いてはならぬ世界だ』

 

 ヴァメルの頬に汗が滴る。

 

『そして、ワタシはこの星を統一した初代の王として君臨し―――何もかもが白く消え去った』

 

「消える……?」

 

『救世神……その力は使い過ぎれば、世界を破滅させる。何もかもを白く白く消失させてしまう。そうして、3歳に戻ったワタシはそこからはもう変わらぬ過去と必ず起こる救世神の復活に対し、どうにかしようと足掻く人生を送る事となった』

 

 その声は何処か空しさに覆われている。

 

『そして、ワタシは過去が改変されない時空における時間切れに対して変わった過去の中でも最大の変化たる男を相棒としたのだ』

 

「ヴェルゴルドゥナか!?」

 

『そうだ。分かるな? ヤツはワタシよりも数百歳も年上だが、始まりの回ではいなかった役者だ。だが、その力はワタシを超えて余りある。ヤツが協力する事で嘗てのトカゲモドキだったヴァルハイルは今や鋼の竜モドキとなった』

 

「まさか、最初我らはこのような姿では無かった……?」

 

『過去、血を流してすら統一する事は敵わなかった北部の殆どを制圧するだけの威容をヴァルハイルは備えるに至った。分かるか? お前に与えたルーベルシアは元々、馬の名だ。だが、今は違う。お前の半身……今のお前は、お前達は……ヴァルハイルの遥か果て、数千年後の未来、そのものなのだ』

 

 ゾワリとヴァメルが己の肉体、モルドを見やる。

 

 黄金に輝く肉体。

 

 だが、それは本物ではない。

 

 全ては創られた代物だ。

 

 だが、それは幼い頃に機械に体を置き換えたからである。

 

 しかし、そうではなかったら?

 

 もしも、それが本来の歴史では無かったら?

 

 考え始めれば、今の常識は正しく異常なのかもしれず。

 

『ヤツがヴァルハイルに齎した高度先進技術とは過去の改変によって神々がこの地に齎したノクロシアの代替技術。数十世代程度では到達しないだろう技術革新の果てにある。ヤツこそが我らに齎された神々から与えられた最大の切り札だったのだよ……』

 

「そんな、では、器廃卿亡き今、もはやヴァルハイルには―――」

 

『……ヴァメル。フィーキス。ベゼール。ザンネス。幾度と無く死ぬお前達を眺め続ける事は……我が人生においての悲嘆そのものであった。だからこそ、ワタシはお前達にもう王位など目指さなくていいと言える者になりたかった。だが、現実は残酷だ……』

 

 項垂れたかのような沈黙。

 

『……力無きお前達は破滅の日を乗り越えられない。力あるお前達は救世神に操られ、もはや過去の優しかった人格すらも無くして救世神の敵を討つだけの残虐な手駒に成り下がる……お前達の未来に……向き合う勇気がっ、ワタシには……無かったっ……済まない……っ……っ……』

 

 その余りにも嘗て自分が見ていた父とは違う1人の男の独白に思わずヴァメルのもう涙すら流せないはずの瞳から魔力が漏れて転化光が零れ落ちる。

 

「父上ッ」

 

『だから、ワタシはワタシの代わりとなり、救世神に抗える者をしばらく前の回から作り続けて来た。ようやく、その完成系を今回投入する事が出来た』

 

「まさか……ヤツはその為に―――」

 

『【正当なるヴェルギート】とはワタシの代理人だ。ワタシが本当の意味で終焉を迎え、この世界に本当の意味で必要なものとなって遺せる二つ目のものだ』

 

 情報が浮かべられる。

 

 それは正しく護る為に作られた男の分身。

 

 戦えなくなった場合の己の代わりとして設計開発された最高傑作たる複製。

 

『だから、お前達はヤツと共に戦え。幾度繰り返そうとも今回のヤツがいる限り、お前達は救世神には左右されないだろう。“繰り返し”の方法も幾らか解明した。お前達にはワタシの記憶と“次の世界”へと己の記憶を送る装置を用意しておく。その為の力は全て組み上げた。救世神を屠る事は出来ずとも、その力に抗い。己の手でいつか未来を、手に入れろ……』

 

「父上……貴方は……」

 

『お前達の妹を……お前達の母たる彼女の……ワタシが救えなかった人の……未来をっ……どうか頼む……』

 

 その声は最後に僅か涙ぐんでいた。

 

 そんな光景を想像も出来なかった男が拳を握り締める。

 

「―――我らの母は……死んだと……私生児だからと父は我らにすらも名前を……そうか……父は……ヴェルゴルドゥナに母を……自分と同じように……複製を依頼したのか……」

 

 兄弟が僅かに沈黙する。

 

 彼らは母の顔を知らない。

 

 だが、父からいつも優しい女だったとだけ聞いていた。

 

「救えなかったのか……それ程に繰り返して尚……いや、あるいは……救わなかったのか……何かしらの結果の為に……」

 

 ヴァメルが今までの父の言動とこのメッセージにようやく自分達への態度に説明が付いたと無い唇を噛む。

 

 要は見て居られなかったのだ。

 

 奪われる事が分かっているならば、関わる事は絶望を深めるだけなのだから。

 

「兄上」

 

「ザンネス……お前はコレを聞いていたのか?」

 

「ああ、先にな……」

 

「それで? ヤツは……ヴェルギートは何処にいる?」

 

『殿下……』

 

 思わず振り返ったヴァメルが通路の一つの先からやってくる蒼い鎧を見付ける。

 

 立ち上がった彼が近付いた先。

 

 鎧の男は膝を追ってヴァメルを出迎える。

 

『申し訳ありません。聖王陛下の遺産を受け取りに行っておりました』

 

「遺産……例の繰り返す為の機構とやらか?」

 

『はい。此処にしばらく退避して、色々と探索しておりましたところ。その呪具を発見し、数日前にようやく必要機材のある神殿を開放したという次第で……』

 

「そうか……」

 

『聖王陛下は……もうこの世には存在しません。ですが、そのお力の全てを受け継ぐ為の準備がこの奥に為されていました。ヴェルゴルドゥナ卿が用意していた謹製部品を使い、陛下が独自開発した代物です』

 

 立ち上がったヴェルギートが自らの胸元の鎧を僅か上に上げるようにして強固なロックを外し、展開する。

 

 その中心部の機構内部には球体の虹色の水晶らしきものが嵌っていた。

 

「コレ、は……いや、いや……この魔力……まさか?!」

 

『―――陛下、です』

 

「「?!!」」

 

 兄弟の顔が歪んだ。

 

『救世神の力を抑止する為、己の全てを用いて造り出す因果を束ねる結晶……嘗て、神々によって“特異点”と呼ばれていたモノへ……ご自分を……』

 

「ッ~~~父上?!」

 

 思わず崩れ落ちそうになりながらもワナワナと震えた手がヴェルギートの胸元へと寄せられた。

 

 その背後では同じように俯きながらも拳を握り締めたザンネスが瞳を閉じる。

 

『恐らくですが、あの情報から察するに……この物体となった場合、もはや陛下はやり直しが出来なくなるのではないかと考えられ、それが己の終わりであると覚悟し、そうしたものと思われます』

 

 2人が思わず片手で目を覆って俯く。

 

 ヴェルギートが胸元に再びソレを格納し、ヴァメルを立ち上がらせる。

 

『遺されていた研究資料から多くの事が分かりました。陛下の特異点では恐らく救世神とやらの復活を後1年も遅らせられません。それと今のところ、我らには救世神とやらを討つだけの力が無い。ソレを可能にす―――』

 

 彼らが話し合う途中、巨大な魔力と霊力の高まりによる波動が島を覆い尽くし、すぐに異変を察知したヴェルギートが周囲にある観測機器の映像を虚空に出した。

 

「な、何だ!? 西部が―――」

 

「コイツは―――」

 

 2人の皇太子が驚く前で西部で天を衝く勢いで伸びる巨大な漆黒の塔が成長し、遥か雲の上へと伸び上がっていく。

 

『お二人とも……今、救世神に一矢報いるだけの力が出現した模様です』

 

「何!?」

 

「ま、まさか!? 西部という事は―――」

 

『種族連合、アルマーニア、あるいはニアステラの英雄……彼らの領域はどうやら神どころか。滅亡すら殺す力を得たようです』

 

「本当なのか!? ヴェルギート!!?」

 

『はい。島内の時空の変動が是正されていきます。もしやノクロシアの技術を彼らが手に入れたのでは? 莫大な力を感知しました。それとエレオール様の反応をニアステラより確認。他にも数多くのモルドの情報が共に在ります』

 

「連れて行かれたという捕虜達か……」

 

「奴らは滅びの事を知っているのか?」

 

『……コレは? どうやら現在、両地域にて大規模な襲撃が発生している模様です。大神連合? 各モルドからの情報を収集……通信の復活をまだ悟られてはいないようです。この情報……』

 

 ヴェルギートが鎧の中で目を細める。

 

「どうした? ヴェルギート」

 

「何があった?」

 

『どうやら、現在の両地域はこの島を亡ぼし、救世神を破壊しようとする外界の大神勢力によって襲撃され、それの第一波を撃退したとの事。地域が焦土と化した模様ですが、捕虜達も含めて、全ての人員は地下に退避したようです』

 

「な―――救世神とやらを討つ為だけに地域毎、外界は滅ぼしに来るのか!?」

 

 ヴァメルが思わず渋い顔で苦々しい様子となる。

 

『聖姫殿下のバックアップ情報から色々と拾いました。この状況はとてもマズイかと。あの地域にはヴァルハイルの殆どの技能者がいる上、聖姫殿下を筆頭にして現在の高都の重要人物達が揃っているようで……』

 

「分かった。助けに向かうぞ。ヴェルギート」

 

「な!? 兄上?! 分かっているのか!? あそこは―――」

 

「敵地ならば、敵地でいい。だが、妹殿を死なせては父上に顔向けが出来ん。それに今のヴァルハイルの技術は奴らにも必要だろう。我らが地位や国の事は全てが済むまでは棚上げすると宣言すれば、共闘くらいは可能なはずだ」

 

「―――あの兄上の言動とは思えないな。さっきの言葉はそっくり返そう」

 

「フン。父上の心残りはせめて我らが引き受けよう。ヴァルハイルの民を、妹殿を……未来に……良いな? ヴェルギート。ザンネス」

 

『勿論です。新たなる王よ』

 

「まぁ、もう王位だの何だのに関わる気もあの言葉を聞いては失せたからな。自由に生きるにも未来が無ければ、どうにもならないのは分かるとも……いいだろう。兄上……今は我らの上に立て。何れ、どっちが上かはケリを付けよう」

 

「ほう? 我に挑むか?」

 

「あの優秀過ぎて困る妹が悲しまない程度にな」

 

「何だ? 今までのあの妹殿への態度は嫉妬だったのか?」

 

「う、うるせぇ!?」

 

「まぁ、いい。どの道、我らに多くの道は無い。王群もしばらく大人しいようだ。奴らが動き出す前に西部のゴタゴタを片付けるぞ。此処の護りにはヴェルゴルドゥナの配下連中を置いていく」

 

「例の複製体達か?」

 

「意識まで完全に複製された代物だ。普通の生命と何も変わりは無い。奴らが最後のヴァルハイルの砦となる。高都への連絡だけは入れておけ。ヴェルギート」

 

『承知しました。お二人には渡したいものがあるのです。こちらへ』

 

 ヴェルギートの先導で二人が今までヴェルギートが来ていた道の先へと向かう。

 

 そこには複数の最先端の呪具の製造装置らしきものが幾らも並ぶ巨大な神殿の如き設備が置かれていた。

 

「此処が父上のいた……」

 

「此処が最後の……」

 

 2人を先導したヴェルギートが奥の暗がりの最中にあるものを見せる為に壁のスイッチを入れる。

 

「「!!?」」

 

 皇太子達が同時に驚く。

 

 そこには四機のドラグが並んでいた。

 

 どれも銘在りだと分かる。

 

『四兄弟の方々にご用意されていたもののようです。其々の専用機ですが、設定の初期化には時間が掛かる為、お二人の分以外はルーベルシアに載せて運びながら、こちらで調整を……』

 

「父上……」

 

「誕生日の贈り物もまともに寄越さなかった父上が……最後にオレらへ送るのが命を護る為の装備とは……」

 

『運び出しは問題ありません。1時間で出発出来ます』

 

 ヴェルギートの言葉に二人が互いを見てから彼に頷いた。

 

『では、ルーベルシアに搭乗後、ニアステラとフェクラールへと向かいましょう。連絡はこちらから聖姫殿下を通して』

 

「ああ、分かった。頼む」

 

『今は少しでも戦力が必要だろうとあちらの上層部にも打診を掛けます。どの道、本気を出した神格相手では幾ら戦力があっても足りないでしょう。制約は付いても入る事は可能なはずです』

 

 こうして三人を見ていた彼らの部下達は次々に動き出し、ルーベルシアに残っていた多くの人員達もまた今までの話を聞きながら、すぐに地域越えの準備を始めるのだった。

 

 皇太子の部下達は思う。

 

 新たな目をした彼らの主は確かに前よりも何処か、ちゃんと前を向いていると。

 

 こうして、ヴァルハイルの歴史を繰り返し続けた一人の王が辿った数奇なる運命。

 

 その新たなる幕もまた島の歴史として刻まれ始めるのだった。

 

 *

 

 ―――???

 

 ふと、午前零時に全てが消えてしまうとしたら、世界に意味は有るだろうか。

 

 在ると答える者は少なからず繰り返す事に向いていない。

 

 意味が在ると感じる限り、其処にある価値は決して失われないと言う限り、繰り返す事に意味が有っても無くても価値の暴落に巻き込まれる。

 

 世界はゼロサムゲーム。

 

 全ては取って取られてでしかない。

 

 というのが、この世の本質であり、それは結局のところは前提となる法則的に考える必要がある。

 

 無は有に成らないし、有も無に成らない。

 

 どれだけ喚いても過去は変わらないし、あるいは変えたとしても結果に左程の違いが出ないというのもよくある事だ。

 

 永遠を繰り返すとしても、信じる事と現実が違う事は覚えておくべきだと裏切られる事に慣れた少年は理解する。

 

 意味を持つと考える限り、それは消失するものだ。

 

 生と死が等価ではないと感じる多くの命は意味に価値を求める。

 

 だが、それは繰り返すモノにとっては罠だ。

 

 何かを大切にするという事は同時に絶望するという事だ。

 

 意味に価値があるから、その暴落は耐え難く、その意味を感じる知性を容赦なく破壊するだろう。

 

 破壊され切って尚、希望を得た少年は少しだけ忘れていた報われぬ“いつも”の空気に大きく息を吐いた。

 

「………」

 

 少年は―――ふと、自分から消されたものを脳裏で確認する。

 

 ソレが何なのかは少なからず。

 

 まだ分からない。

 

 例え、世界から何かが抜け落ちても、過去が変わっていても、そこに意味はあると信じるならば、絶望は不可避だが……生憎とソレをこそ悟ってしまった少年には今更な事でもあるだろう。

 

 全ての不確定な脅威を徹底的に潰す。

 

 それは身に染みて決して覆らない少年の指針だ。

 

 出来る限りの事をするとは、それらを尽くすとは、少なからず醒めた視線で結果を見るという事だ。

 

 過去に教会騎士を出来る限りの範囲で殺し尽くしても変えたい結果が変わった事は殆ど無かった。

 

 最終戦闘に向けて準備していた全てを使って無限のようなドラクと鋼の城を撃破しても覆せた過去は殆どなかった。

 

 人事を尽くしていて尚、そうなってしまうのならば、力が足りないか。

 

 あるいは何かしらの理屈を知らないか。

 

 または己の技能不足という事だ。

 

 叫ぶ事に意味は無い。

 

 何故だと問う事は少なからず建設的であるべきだ。

 

 3か月目に届いた頃から、あらゆる敵が押し寄せる最後によく少年は意味も無い問いを絶望しながら叫んで戦い続けていた。

 

 仲間であったはずの者すら、停戦合意したアルマーニアすらも襲って来るのだ。

 

 結局、多くの戦いは無駄骨であったのは間違いない。

 

 だが、それも今は昔。

 

 少年は結果として多くの敵を広範囲に限りなく安定化して無力化する術を揃えた。

 

 “―――”化も“―――”化も最善ではないが、全てが終るまでは殆どの不確定要素を圧殺した上で人材の有効な活用が可能な手札であり、恐らく現状より更に良い案が浮かばない限りはシステム的に“―――”達によって維持されるだろう。

 

 一瞬の微睡み。

 

 何故、こんな事を考えていたのか。

 

 その答えが顔を上げると存在していた。

 

 二人の男が自分を見下ろしているのを見て、少年が目を細める。

 

「ご主人様。どうした?」

 

「……因果律が書き換えられた? その姿はいつから?」

 

「何を言ってるのか分からんが、時間だぞ」

 

 蜥蜴っぽい老人がそう肩を竦める。

 

 だが、その姿は少年が施した“―――”した姿では無かった。

 

「……隊長、辺境伯」

 

「「?」」

 

「手札を失った。総数を確認する」

 

「何か攻撃されたのか!?」

 

「我らを超えて攻撃されたというのも蟻共がいては考え難い話だが」

 

「“―――”は蟻じゃなかったはず……」

 

「一体、何を言っているのか分からないが、時間が無いぞ? もう大神共の大部隊が宇から降下してくる」

 

「―――最初期状況からの書き換え……こちらの戦力は?」

 

「蟻が数千匹では……さて、どうなる事か」

 

 老人が肩を竦めた。

 

 少年が目覚めた場所は小さな塔の天辺。

 

「シナリオ3293‐302に近い……カルマン・フィルタによるシナリオ観測を開始……能力値が初期形成から4000以下? 最初期の400万回とほぼ同じ……でも、違いが観測出来てる? つまり、主観の書き換えが不可分で限度的な制約に引っ掛かった?」

 

 少年は空を見上げる。

 

 天使がワラワラと攻めて来る様子であった。

 

 だが、その背後には巨大隕石なんてありはしない。

 

 ただ、熱量が落ちて来る。

 

 それは少なからず、今の少年にはどうしようもないという事を覗けば、大抵のよく見た死に際の景色だった。

 

「遠征隊は無事?」

 

「遠征隊? 何の話だ? 我らを貴様が生かし、導いた。お前のいた野営地は全滅だったと聞いているが、ようやく倒した化け物のいた糸の上の塔で最後を迎えると言うのはさすがに苦笑せざるを得んな」

 

 老人の言葉に少年が頬を掻く。

 

 まるで白昼夢のようにも思えるがそうではない。

 

 実際に現実はこうなのだ。

 

 少年がチラリと隊長を見やる。

 

 中年男はポリポリと頬を掻いて、どうするといつでも剣だけは抜けるように自然体で空を向いていた。

 

「剣、貸してくれる?」

 

「構わないが……どうするつもりだ? ご主人様」

 

「服従の呪紋は?」

 

「まだ、存在しているが、何が言いたい? 此処で一緒に心中とはお前に倒された仲間達にあの世で言い訳も難しそうだな」

 

 苦笑する隊長が剣を少年に手渡す。

 

「この剣だけは同じ……ノクロシアのものは干渉出来ない? 違う。時空の固定化。武器の時間が止まっている程度じゃ、恐らく問題は―――」

 

 ブツブツと呟いていた少年はその塔。

 

 フェクラールにある糸の上の“―――”の塔の最上階で天使でも、巨大な太陽でもなく。

 

 東の方面を向いた。

 

「現実を凌駕する因果律の操作。手品の種は割れてる。もしも、存在を最初から無かった事に出来るなら、そもそもこんな状況に置く必要も無く消せばいいだけ……どうして、この二人なのか……答えは単純」

 

 少年が瞬時に剣を振り被って、ニアステラ方面にあったノクロシアへと投げ放つ。

 

「不可分となった事象への干渉は限度がある。なら、そこに矛盾を叩き込む」

 

 威力を投射した瞬間には半身が爆裂していた。

 

 そのままに遥か糸の上の塔から落下していく。

 

「消せないものが操作の邪魔だから、此処に置く。繋がるものを徹底的に排除すれば、残るのは不可分となったモノのみ」

 

 少年の剣が遥か音速を超えて……しかし、彼の部下の“―――”達よりも遥か遅く……その時間の止まった剣を海へと届かせた。

 

「本当に……持ってる人間は持ってる……」

 

 自分が持ってない側だと自覚する故に少年は二人に感謝した。

 

 自分一人ではどうにもならない事も誰かと一緒ならば、突破出来る。

 

 それは少なからず他の少女達に言ったら、怒られそうな……何も頼ってくれないと言われそうな話ではあるが、少年にとっては事実であった。

 

 全滅した野営地の跡。

 

 その先の先の先の海にポチャリと落ちた剣は威力を減んじながらも潜り続け、少年が地面に激突して砕け散る寸前、カツンと浜辺の先の黒鉄の表面に突き当り。

 

―――現実が捻じ曲がる。

 

 それと同時に不可分ではなかったモノが本来の状況へと浮上する。

 

 それはまるで歪んだ景色が元に戻るかのような安直さで帰って来る。

 

 何かしらの不備に気付いて、舞台装置を復帰させるかのように。

 

「ご主人様!! 何を立ちながら寝ている!! あの大岩の落下までもう時間が無いぞ!!」

 

 今度は十代の少女が少年の前で叫んでいた。

 

 その横では同じような機械蜥蜴っぽい少女が同じように叫んでいる。

 

「行くぞ!? 蜘蛛共が時間を告げている!!」

 

「分かった……」

 

 少年が脳裏で確認する。

 

 自分と繋がる大量の蜘蛛達と服従の呪紋を刻印した幼女化済みの存在の総数。

 

 蜘蛛の人数は減っていなかった。

 

 しかし、幼女の数は複数の地域で2割以下にまで減っていたが、服従の呪紋そのものは幾つかの効果が削除された上で同じようなものが繋がっていた。

 

「オリジナルより能力が下がってる? 理由は―――霊薬が無いと性別反転以降の効果が減少する制約……」

 

 少年が目を細める。

 

「精神構造の変容を伴わない場合の効力減少で脳の変容で無理やり呪紋構造の効果を補う。真菌による霊薬の代替?」

 

 少年は塔の最上階へと向かいながら、現実が確かに変化した事を理解し、同時にゆっくりと自分のいる世界を侵食する相手の能力が如何に万能に近いかと再認識するに至っていた。

 

(不可分だったのは恐らく神の力を持つ構造体と接続された上に聖域の勢力である王群を殲滅した因果律が大き過ぎたせい)

 

 歩き続けながら少年は先程までに少女達も仲間も野営地毎消えた挙句に殆どの手札を失っていたという事実に内心で溜息を吐いた。

 

(本来は変化を来さないはずのノクロシアにまで干渉した以上、次の干渉は大分遅れるはず……因果的な現在における不可分となる物体や事象に矛盾を接触させれば、今のように恐らく戻れはする。でも、一部でも何かしらの変更が入るのは避けらないとなれば……)

 

 結局、どれだけ力を得ようとも左程に意味は無い。

 

 最低限の手札すら無く。

 

 単なる褒賞で偶然に手に入れ、与えた剣一つが無ければ、また繰り返す事になっていたのは間違いないのだ。

 

 今回は上手くいった。

 

 だが、次は分からない。

 

 準備という準備もまた少年が積み上げて来たものを積み木崩しする救世神とやらの遊びに消費されているかもしれず。

 

 脳裏で手札の数を数えながら、大神もまた自分の身に起きた事実を把握しているのだろうかと少年は遥か堕ちて来る大岩を見上げたのだった。

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