流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて-   作:Anacletus

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第95話「暮れなずむノクロシアⅩⅣ」

 

 遂に大気圏に接近してきた巨大な世界そのものにも思える大岩。

 

 それの真下に位置する島は統一されつつある時間軸の最中に他の地域でも巨大な岩が見えるようになり、正しく神々との戦いは佳境を迎えていた。

 

 崩壊し始めた巨大隕石の一部が流星雨となってあちこちに降り注ぎ始め、馬鹿みたいな量のクレーターが増産され始めたからだ。

 

 完全な質量攻撃の序章。

 

 これで島が壊滅してくれれば、大神側としては有難いのかもしれず。

 

 黒蜘蛛の巣では直撃と至近弾のみを呪紋の掃射で撃ち落としていた。

 

 と、言っても……一発一発の威力が100mを超えるクラスになると迎撃するだけでも骨であり、観測手と砲撃手が対となった蜘蛛達は他の蜘蛛達と共にグラングラの大槍を上空に射爆して大規模な流星を消し飛ばし、残る小さなものは放置するというスタンスを取った。

 

 北部でも多くの蜘蛛達が総出で残っている亜人達の地下施設への避難を終えており、残った地表の設備を用いて迎撃。

 

 しかし、やはり最大の質量という武器を前にしてはグラングラの大槍を連射する為の砲塔の増産くらいしか出来る事は無く。

 

 それも有効な打開策では無かった。

 

 これに北部で居を構えた神々の戦力の多くもまたニブルヘイムへと避難しており、これから始まる攻撃が神々最大の攻撃であると告げられて、固唾を呑んで見守っていた。

 

 もしも、この島を落とす事が出来るならば、ニブルヘイムそのものが島から退避する為の避難装置になると言われていた為、混乱は無かった。

 

「(/・ω・)/(おーえす、おーえすという顔)」

 

「(・∀・)(最後の追い込みかけろーという顔)」

 

「(≧◇≦)(ま、後は待つかという顔)」

 

 蜘蛛達が作業する巨大な塔の天辺。

 

 付けられているのはノクロシアから削り出された大量の鋼材で造られた屋根。

 

 鋭い切っ先は正しく剣のように見える。

 

 ソレが真菌と癒着してガッチリ固定化されたのを確認した蜘蛛達が準備完了を前脚の先をグッと立てて告げる。

 

「(´・ω・`)準備完了」

 

 彼らの多くが退避したと同時に塔の最上層階が伸び上がっていく。

 

 遥か音速を超えて猛烈な勢いによる塔の先端がまるで刃が伸びるように天を貫きながら上へ上へと大気層を貫いていく。

 

 その為に必要とされる真菌量は全て、冥領の地下に蓄えられていた巨大な真菌溜まりから吸い上げられ、莫大な量がパイプラインを通って塔地下から加速して大気層100kmよりも上へと―――。

 

 猛烈な加速するソレに対して明らかな迎撃が開始された。

 

 剥落する巨岩の幾つかが赤熱しながら軌道修正され、次々に塔へと殺到した。

 

『Σ(・ω・)!!』

 

 瞬時に塔最上階内部から紅の糸が奔る。

 

 糸が細く細く無数に湧き出したと同時に乱舞した。

 

 凡そ300m以上の巨岩が次々にバラバラに割れて塔に着弾。

 

 しかし、多くの質量が細切れになったせいで伸び上がった部分を折る事が出来ず。

 

 そのまま超速で対流する表面の真菌層に削られながら取り込まれ、塔そのものに表面装甲の如く隕鉄の粉末を含む粒体で強化の材料とされていく。

 

 その合間にも遥か吹き伸びた切っ先は真正面から迫る岩すらもノクロシアの外壁の傘を回転させながら割砕き、遠目から見れば、地表から伸びた糸の先がドリル状となって巨大な岩へと繋がったかのように見えただろう。

 

 だが、高度300km地点までに到達するまでの35分間。

 

 相手の隕石攻撃が止む事は無く。

 

 それを細い塔のあちこちから伸びる紅の糸が切り裂き続けて何とか対抗しているというに過ぎなかった。

 

 今も落下する巨大質量にソレがブチ当たる寸前。

 

 その屋根を抑える者有り。

 

『―――ッ』

 

 黄金の魔力を纏う存在である神格。

 

 しかし、その姿はアマテラスと名乗った者ではなかった。

 

 だが、顔も見えない輝く粒子で象られた何か。

 

 アマテラスと同じ文化圏の着物らしいものを着込んだ人型らしいものが屋根の回転を抑え、落下する隕石の横に逸らそうとし、更に同じような人型が数名、数百名と増えながら地表からの迎撃を更に迎え撃つ。

 

【……お前達……】

 

 アマテラスの声が響く。

 

 彼女の一族。

 

 今は滅びた神々の残渣。

 

 その最後の一欠けら。

 

 人の世を護る為に散った護国の守り人達の一滴。

 

 それが国を護る為ではなく。

 

 新たな世を造る為、最後の力を尽くす始祖の下に集う。

 

 これが美談でなければ何だろう。

 

 無論、島の住人達からすれば、余計な事をという感想しか出ない。

 

 生憎と彼らには自分達を害する相手への共感性とか皆無である。

 

 それがもしも島の全土に放映されていたらブーイングの嵐だっただろう。

 

『シスター? 蜘蛛さん達のお水の配給行かないの?』

 

『ごめんなさい。ちょっとだけ、“自分の為に”祈らせて?』

 

『ぅん………』

 

『……ごめんなさいね。貴方達はこんな悪い大人になっちゃダメよ?』

 

『……みんな、そうだよ。きっと……だって、此処は……』

 

 基本的に野営地の追放者達は自分と周囲が良ければ、ソレでいいというのがデフォである。

 

 地獄を地で行くような社会からの弾圧やら人の心が無い仕打ちを受けて来た彼らが他者に優しく出来るのは優しいからではない。

 

 荒んだ心の傷は簡単に治ったりはしない。

 

 優しいのはそれが生き残る為に必要だったからだ。

 

 身体的な事だけではない。

 

 精神的にもそうだ。

 

 荒んだ心が物資の余裕で表面的に癒されはしても、彼らの内部にある憎悪に代わる感情なんて無いし、何なら善人面をしていられるのも結局は本当に追い詰められてはいないからだという自覚も彼らにはある。

 

 誰もが卑しい自分なんて知りたくはないし、誰もが卑しい己を相手に理解して欲しくも無い。

 

 その分断は人を孤独にし、同時にだからこそ多くを連帯させていた。

 

 それを受け入れるにしろ。

 

 受け入れないにしろ。

 

 結末に僅かでも自分の意見を反映させたいのならば、やるしかない、のだ。

 

 生憎とソレを可能にするだけの力や状況、社会的な環境はお膳立てがされている。

 

『カラコム。遂にだな』

 

『ベスティン……行かなくていいのか? あの子達が不安がっていたぞ』

 

『今更だろう……いつもあの子達の面倒ばかりは見られんさ。それに今、上じゃ信じるに値する誰かが戦ってる……まだ最後にはさせない。させたくない。あの子達の傍にいるよりもまずやるべき事が我らにはある』

 

『はは、お互い合理的な判断とやらが出来る悪い大人になっちまったな』

 

『最初からだろう。此処に来て、ようやく自分の醜さが分かるようになった』

 

『人殺しを生業にしてた騎士だの傭兵だのはまぁ、そうかもしれん』

 

『誰もが納得せざるを得ない状況を造る。我らがニアステラの英雄は……本当の意味での名君……いや、君主という柄ではないか。彼は……』

 

『だから、統一するとも統治せず、なんだろうよ……どれだけの悪辣を統治方法に煮含めてもな……』

 

 ニアステラの追放者達だけではない。

 

 祖国を捨てたアルマーニア。

 

 祖国の敗北に屈したヴァルハイル。

 

 他にも多くの悲惨を極めた旅路を歩んだ種族がニアステラとフェクラールでは穏やかに過ごしているが、その殆どはガワだけのものに過ぎない。

 

 誰かの欲望の犠牲になり、誰かの希望を踏み躙り、それを互いに繰り返してきた島の内部の者達は基本的に仲が悪い。

 

『ヴァルハイルか。此処はもう立ち入り禁止だぞ』

 

『今更、死ぬかもしれんというのにアルマーニアは歩哨かね?』

 

『それが我らに“出来る事”だ。貴様は貴様の立場に戻るんだな。竜モドキ』

 

『フン。だが、世界が滅ぶにはまだ早そうに見えるぞ。あの塔の切っ先に何もかもが載っているようにも思えるしな……』

 

『はぁ……好きにしろ……』

 

 それでも纏まっていたのは巨大な敵であるヴァルハイル。

 

 それが沈んで後は王群を要する聖域からの脅威。

 

 更には教会という共通の敵がいた上に自分達を纏めて表面上は戦ってくれるという話をした上でちゃんと衣食住で懐柔してくれる蜘蛛達を筆頭としたニアステラ勢力がいたからに他ならない。

 

 善意や優しさで世界は回らない。

 

 妥協と打算と欲望を最も理解し、同時に相手に飲み込ませる手練手管。

 

 それこそが少年の造った体制であった。

 

『おう。どーした?』

 

『いや、お前は幼女になったが、オレらは服従の呪紋だけ……違いは何処だったんだろうなーと思ってよぉ……』

 

『さぁな。だが、オレをみればわかるだろ?』

 

『あん? 何だってんだよ』

 

『しあわせにはみえないだろ? あいにくとじぶんでいっててかなしい。でも、あのころよりもよいせいかつができてる。しあわせってのはわからんもんだな……ホント……とつげきへいだったころより、よくねむれる……』

 

『ああ、そうかよ。だが、お前の不甲斐ない姿のおかげでオレはまだ戦えそうだ』

 

『たにんのふこうでめしをくうとはふとどきなヴァルハイルだな。くもたちにチクるぞ?』

 

『はははは、構わんさ。どの道、ヴァルハイル自体が籠の鳥だ。だが、その主人は餌も水も鳥かごも上等なのを用意してくれるわけで……しばらくは此処に居よう。いつか……故郷へ帰れるようにな』

 

『ふん……ほろばなかったら、だろう?』

 

『それこそ、あの害虫共の十八番のはずだ。滅びすらも滅ぼすモノ。オレ達が戦って敗北したのは単なる戦場の糞尿に沸いた蛆虫か? オレは今攻めて来てる神様とやらに同情するぜ? あいつらは知らない……本当の絶望と諦観を……』

 

『……しぬときはいっしょだぜ? あいぼう……』

 

『ははは、男だった時ならまだしも幼女姿じゃ御免被る♪ 蜘蛛達に「(≧◇≦)(タイーホという顔)」をされちまうよ。がははははは!!!』

 

 蜘蛛達によって蹂躙された者達の内心は自己嫌悪と心痛で悲惨を極めるし、蜘蛛になったのはともかく幼女にされたら、体の良い洗脳済みの自分にされるのだ。

 

 これに文句が出ていないのは彼女達が少年に好意を寄せるようになったから“ではない”。

 

 単純に“ソレらの捕虜”を“統治する体制”が存在せず。

 

 ただ、洗脳された者達の自我が有る程度は認められ、ついでに見せしめとして“自発的に”活用された事で少年が敷いた“統一するとも統治せず”という実態が行き届いたからである。

 

 感情を自分に傾けるという服従の呪紋の効果の本当の使い方はイエスマンを造るというよりは“洗脳されているという言い訳”……“過去よりも全うな生活”への動機を与える為である。

 

 それが当事者達に“物凄く後ろめたいが今までよりはマシ”と受け止められているのだ。

 

『聖姫殿下……アヤツが配置に付きました』

 

『そうですか。あの方にも苦労を掛けます』

 

『もしもとなれば、幼女化していない者達を率いるつもりだと』

 

『どうして、彼は殺しもせずに洗脳など回りくどい事をしているのでしょうね……この状況下で兵を遊ばせておく余裕などあるはずもないのに……幼女とはいえ、元に戻せるはずのヴァルハイル兵を動員すらしない……今もまだ彼の見通す先が理解し切れません……』

 

『ヤツは本当の絶望と諦観を……兵に本当の己への失望を植え付け、その上で言い訳を与えているのですよ。狡猾で邪悪なヤツだ……』

 

『邪悪? 今までの多くの出来事は合理的な判断に見えましたが……それに失望とは一体……』

 

『兵は確かに洗脳されています。好意的にもなっているのでしょう。ですが、それは単なる動機、兵達を本質的に無力化した上で戦えなくし、自分の為に利用出来る形で生かす為のものです』

 

『……詳しく聞きましょう。角の騎士……こんな時ならば、蜘蛛達も聞いていないでしょうから……』

 

 生憎と捕虜された殆どの幼女達は戦闘技能のある戦闘系人材である。

 

 彼らにしてみれば、最初こそ生温いと思っていた洗脳捕虜生活であるが、それが存外に“洗脳されているから”という名の言い訳で多くの心理的な負担が減る。

 

 つまり、心が軽くなる。

 

 敗北した言い訳も立つし、敗北してはいけなかったという事実も有耶無耶に出来るのは正しく彼らにしてみれば、誇りを捨ててもいい理由だった。

 

 彼らとて理由も無く死ぬかもしれない戦に出たわけではない。

 

 だが、その内実は基本的に死ぬか生きてもまた多くを失う。

 

 最も人的資源の摩耗が少ないヴァルハイルですら、戦時下の後送された負傷兵の現実は悲惨なものだった。

 

 戦争用のモルド生産のせいで民生品でも片腕片足が足りず。

 

 普通の傷病兵よりはマシというだけの木製の義足や義肢を付ける者が大半であり、殆どの帰還兵は重症ならば、寝た切りなのは他の国々と変わらなかった。

 

 だが、霊薬や秘薬はヴァルハイルにも等しく配給された。

 

 高都や衛星都市にもだ。

 

 理由は単純明快。

 

 依存出来る先が無くなったら、次は無い。

 

 次にお前達を治す者はないと暗示する為である。

 

『誇りを捨てて、実を取る、ですか……』

 

『兵は民です。民は国です。いいですか? 聖姫殿下……あの男は本当の意味で国を殺す猛毒……諦観、妥協、堕落、そして見かけ上の平穏を与えたのです』

 

『それがヴァルハイルへの攻撃だったと……』

 

『今も民は攻撃に晒されている。それは目に見えず。心の戦いです。ですが、その多くは敗北するでしょう。何故ならば……』

 

『?』

 

『……誰も敗北したくないとは考えていないのですよ。ヤツは人の感情と心を動かす為の統治方法を本当の意味で究めようとしている。それを可能にする手先こそが蜘蛛達であり、その本質的な戦いにおいて島の亜人は既に敗北してしまった』

 

『ならば、どうせよと?』

 

『諦めなさるな。それ以外にどんな対処療法も無い。その点でヤツは恐らくこの島の誰よりも諦めが悪い。いや、本質的な意味での“明らめる”を体現するからこそ、ヤツはあの恐ろしき魔蟲……蜘蛛達にすらも崇められているのですよ』

 

 ヴァルハイルよりも遅れている国ならば兵の悲惨は猶更だ。

 

 祖国や誇りの為に己の生活を投げ出させられた彼らにしてみれば、本当の一部の意識の高い幹部級やその下の上位層でなければ、そこまでの忠誠心は無い。

 

 最善でも最良でもないが、認めざるを得ない、妥協せざるを得ない。

 

 それが自分の誇りを、祖国を奪った相手だとしても、“洗脳されているから”とまともな衣食住を受けて、楽しく暮らしていても問題ない。

 

『ああ、この捕虜生活もそろそろ終わりかもなぁ。岩が落ちて来てらぁ』

 

『技術者だからな。本来はもっと地下にいてもイイって言われたけど、死ぬならやっぱ外で死にてぇよなぁ』

 

『オレら……ヴェルギート様に必要なものを送れなかったし、まぁ……隕石の欠片でも当たったら仕方ない。その時は諦めよう』

 

『裏切りものか。オレ達の……末路としては相応しいかもな』

 

『でも、案外此処も居心地は良かったよ。飯も旨いし、ヴァルハイルだからって他の亜人共に石も投げられなかったし……思ってたのと何か違って穏やかだったな』

 

『オイオイ。反抗勢力で幹部やってるヤツのセリフか? ソレが♪』

 

『あんなのどうなるか分かるだろ。フリだよ。フリ……そういう空気なのは熱心なのには伝わらなかったようだが、器廃卿の遺言にもあったろ。ちゃんと生き残れってさ……』

 

 実際の反抗活動や反抗勢力をヴァルハイルが組織しているのも半ば『ちゃんと、反抗していますよ!!』という嘗ての所属社会へのデモンストレーションでしかなく。

 

 多くの民への言い訳、アリバイ作りの面がある事を参加している半数程の個人は自覚的であった。

 

 無論、狂信的な層もいないわけではないが、その率が高いというだけで根本的に半分近くは今の状況への妥協が堕落だと知りながらも問題は無いと考えていた。

 

 島内部を纏める際に少年が得た結論が正しく彼らを捕らえ離さない。

 

 己への失望と絶望と諦観の三重の檻はしっかりと機能している。

 

『ねぇ、お母さん。此処無くなっちゃうの?』

 

『いえ、最後まで諦めずに見て居ましょう。もしもの時は抱き締めてあげます』

 

『……お父さん達、何処かに行っちゃったね……』

 

『帰ってきますよ。自分のロクでもなさに失望しても、生きてさえいれば……仕事終わりみたいにこちらのご機嫌を取る為に……あの温かい露店の料理でも袋に詰めてね?』

 

『わーい!? アレ好き!! 蜘蛛さん印のお肉が入ったおまんじゅう!!』

 

『ふふ、帰って来たらいつでも晩酌出来るように準備しておこうかしらね』

 

 人材の有効活用。

 

 たった、これだけの為にあまりにも回りくどく立ち回る事を余儀なくされていた少年がヴァルハイルを研究していたのも今までの陰謀や策謀の類が通じるかどうかを確認する意味合いもあった。

 

 そして、亜人達に通じる手練手管は確かに通じた。

 

 幼女化も洗脳も捕虜の活用というには悪党の考えそうな事であるというのは少年自身認めるところだろう。

 

 それが心優しい少女達や仲間達を悲しませない為の見かけ上の方策だなんて知ったら、多くの国家上層部は憤死するかもしれない。

 

 彼らの祖国は少年にとって傍にいる誰かの感情より遥かに優先度が下なのだ。

 

 しかし、国家の政治的な敗北は覆らず。

 

 もしもとなれば切り捨てられるという事実をやんわりオブラートに包んで幼女という形にした少年を倫理的に糾弾する者は誰一人も無く。

 

 精々、六眼王が皮肉げに少年へ嫌味を言うくらいに違いない。

 

【自分よりも上手くやったじゃないか】と。

 

『まるで見て来たような……いや、見て来たのでしょうな。己の悪を、卑しい己を、打算も妥協も悲惨も見て来た。だから、相手を決して油断なく陳腐化させる。嗤われようが、お前は単なる卑怯者だと謗られようが、ただの陳腐な好色者と貶められようが、勝てばいいのです。その勝利こそをヤツは決して諦めない』

 

『………勝利への渇望。何をしても勝つ、ですか』

 

『いえ、何もかもをしなくても勝つ。卑怯でもいい。陳腐でもいい。ヤツがそうあろうとも心を動かされる者が何も言わなければ、ヤツには問題ではない』

 

『……彼女達、ですか?』

 

『我らは本気でヤツのように考えるならば、ヤツそのものよりもヤツが大事にする周囲に蜘蛛達やヤツ本人が制止しないだろう範囲で働き掛けるのがよろしいかと』

 

『それが最善ですか?』

 

『恐らくは……女一人より大事な事は何もない。アレはそういう男です』

 

『まるで全てを知っているかのようですね』

 

『生憎とその筋の先達でしたもので……』

 

『失礼しました。そうでしたね……考えが至りませんでした』

 

 今までの島の常識が“奪われる支配”という図式だったのが“与えられる支配”に切り替わった事をヴァルハイルの上層部や六眼王を筆頭にしたアルマーニアや種族連合の上層部は苦渋の顔ながらも受け入れた。

 

 与えられたものを活用する限り、肉体的には平穏が得られる。

 

 心を束縛するという最も難しい支配体制を確立した少年はこれが今現在は最も相手に“妥協という名の諦め”を覚えさせるのに効果的だと知っていた。

 

 あまりにも卑怯。

 

 女を騙して犯す色狂いと謗られる程度には卑怯。

 

 それが事実だとしてすら、少年は何ら自分を糾弾する言葉を1ミリも歯牙に掛けないだろう。

 

『卑怯な強さ、か……相手の心を折る手管に長けてるよな。あの英雄とやらは』

 

『その話、今にも死にそうな此処でします? 先輩……』

 

『高がヴァルハイルの歩哨の愚痴だぜ? 今なら蜘蛛も見咎めなさいさ』

 

『街が消し炭になっても蜘蛛連中、まったく気にしてませんもんね。あいつらなら、正しく寝てる間に立て直してくれそうだ』

 

『ははは、言えてるな。だが、その優秀さに救われてしまった。そういうのも控え目に言ってあるんだろうな』

 

『そうですか?』

 

『ああ、そうだよ。幼女連中だってそうだ。自分の衣食住をどうにかしてる相手を罵倒するのは定まりが悪いだろ? 良心に付け込まれてんのさ。卑怯卑怯。ああ、卑怯王。あるいは卑怯の英雄のしもべ達、ってな』

 

『卑怯ついでに死ぬかもしれない外回り依頼されて頷いてるオレらもどうかと思いますよ? 先輩』

 

『断れないだろ? 装甲はモルドをちゃんと貰ってるしな。それにうちの家内は滅茶苦茶祖国愛が強くてな。あんまり一緒にいると愚痴られるんだよ。これが終わったら、地下通路の露店で肉入りのまんじゅうでも買って帰るさ』

 

『ニアステラの英雄に胃袋から懐柔されてますね。間違いない……』

 

『ヴァルハイルの飯よりも旨いからな……あの蜘蛛の何処に美食の美の字が詰まってるんだか。オレは生まれて初めて家内の手料理より旨いもんを此処で食ったよ』

 

 少年は生憎と善人ではないし、誰かから好かれたいとも思っていない。

 

 少女達からの好意すらもそうだ。

 

 ソレは少なからず。

 

 少年がもう諦めているものであり、少年の本質ではない。

 

 誰かからどう思われるかではなく。

 

 自分が特別だと思う誰かに何を遺せるか。

 

 それが少年の本題であり、行動の根本となっている。

 

 それを具現化したような手先こそが蜘蛛達なのであり、彼らの人類への“お世話”とは“邪悪さ”に満ちており、人も亜人も巻き込んで拒絶出来ない精神への致命傷を与える“攻撃”なのだ。

 

 相手への拒絶という誰もが持てる権利を社会と人々の間の常識から奪う。

 

 その結果は正しく互いに絶滅させねば気が済まないような亜人やヴァルハイルを表面上だけでも融和させ、ニアステラとフェクラールを一つの共同体として纏め上げ、打算と妥協と逃れられない柵で強固な結束を産む直接的な要因となった。

 

『蜘蛛さんと遠征隊の皆さまがきっと助けて下さいますよ』

 

『うん。蜘蛛さんにお任せー』

 

『おまかせー』

 

『ええ、お任せしましょう。他の大勢の方々へも……でも、いつか貴方達にも分かる日が来るわ。それだけじゃダメなのよ?』

 

『だめー?』

 

『ええ、だから、真剣に祈りましょう。いつか、蜘蛛さんの下から巣立って立派になれるよう……ソレが貴方達の復讐なのです。貴方達の父親が戦場で勇敢であったように…あの魔蟲達を相手に立派に戦い続けたように……いつか貴方達も……戦場は変われど、否と言えるようにね』

 

『ん~~? わかんない……』

 

『ふふ、今はいいの。さぁ、祈りましょう。器廃卿の言う通り……今を生きねば、明日は無いのですから……』

 

 地下の避難所内。

 

 仕事の無い女子供は“適当に祈っておいて”と蜘蛛達に言われて、“本気で祈る”ようになったし、仕事のある大人達は“真面目にやって”と言われて“適当に見えて真面目にする”事が普通となった。

 

 それは正しくとても分かり難い為政者の一部くらいにしか理解されない異常な光景であり、同時に人々が本質的な恐怖を理解するからこそ、全力を尽くす事を熟知した手練手管だと敵対者だった者達を絶望させた。

 

 その成果は今正に……そう正に……常人も神も邪神ですらも諦めるかもしれない星を亡ぼす威容となった天大岩(あまのおおいわ)の威容すらも、凌駕する。

 

『今の我ら、ヴァルハイルは絶望している。きっと、蜘蛛に蹂躙された全ての者がそうだろう。なのに、最も優れた仕事が今出来ている気がする……』

 

『ははは、地獄でこそ輝くものもあるでしょう? 主任殿』

 

『敵に養われ、敵に下り、家族の為だと妥協と打算の為に誇りを捨て去った。その結果が最善だと己を騙し……なのに、あの祖国での日々よりも我らは……』

 

『ならば、見続けようではありませぬか。我らの地獄の日々に生まれた力が真に神々すらも地獄へ叩き込めるかどうか。で、あれば……』

 

『ふふ、そうだな。カルトレルム神も案外許して下さるのかもしれぬ。卑怯者で裏切者の蜥蜴モドキが我を超える力を敵に与えたかと……あの蜘蛛共の呪紋方陣に協力した以上、我ら剣の一派も……もはや言い逃れは出来ぬ』

 

『ははっ、ははははははっ』

 

『あははははははっ♪』

 

『く、くくく、ふ、ふふっ……』

 

『何れ、答え合わせはされるだろう。我らは裏切者なのだから……さぁ、魔蟲共よ……我らの力を超えて、貴様らは全てを護り切れるのか?』

 

『おーい!! 君達~~ちょっと上の蜘蛛達の映像を見る為の機器が故障してて直してるんだー。手伝ってくれないかー』

 

『おっと、我らの上司殿たるエル卿のお言葉だ。さぁ、行こうか』

 

『あの方のようにこの世には敵も味方も無いと悟れていれば、良かったのですがね。我ら一同……』

 

『生憎と天才の狂人と絶望しただけの凡人の間には案外大きな溝があるという事だ』

 

 人々は幸せの定義を見失っている。

 

 分かり易い幸せを蜘蛛達は提供したが、それが幸せではないと定義したくても今までが酷過ぎたという点で誰一人としてソレに同意出来ない。

 

 己への保身、失望、相手を罵倒出来れば清々しいだろうに……実際には陰口すら事実として彼ら自身が自制していた。

 

 だからこそ、滅ぶかもしれない可能性を前にして蜘蛛達はその“愚痴”を聞きながら、全てが歴史になるまでコレを続けようと今までの事が間違っていなかった事を確信する。

 

『(・∀・)(これで過去起きてた面倒な事件の発生確率はほぼ0%でしょという顔)』

 

 自由と規律、平等と差別、博愛と偽善、あるいは憎悪と絶望。

 

 何もかもが紙一重なニアステラの毎日は全て一緒くたにされて混沌としてある。

 

 それは神々ならば、悍ましいと。

 

 いっそ、滅んでしまえと言うかもしれない“地獄のような楽園”であった。

 

 それは人の本質を抑止する事を目的にして運営されている。

 

 愚かさを極めた感情に左右され易くて滅び易い凡人。

 

 少年が繰り返してきた世界のアルマーニアを筆頭にした教会も亜人も群れれば暴力に酔い、個人では媚びるような卑しさ満点の者は決して少数派ではなかった。

 

 それが同時に“普通の人”であり、“良い人”であり、良心を持ち、隣人である事もあれば、親しい者からは問題のある人物と思われていたりもした。

 

 だが、それは程度の問題である。

 

『(`・ω・´)(みんながみんな聖人なら、ちちも毎回毎回、人の感情に振り回されて苦労してないんだよなーという顔)』

 

 百人聖人を集めたら、50人以上が極限環境の島で倫理的に正しい行動を取れるかと言われれば、答えは明らかにイエスではない。

 

 帰属する社会、所属する集団におけるしがらみ。

 

 相手に対するラベリングという名の差別から始まり、島の現状では多くの場合、異物である者が弱いならば、大半の兵士も多くの民間人も蹂躙して敵は殺せの大合唱を奏でるのだ。

 

 だって、それが一番集団を纏めるのに簡単で気持ちいい感情の捌け口だからだ。

 

 ソレこそが少年の辿って来た歴史だ。

 

 少女達を囚われ、暴漢や悪漢達に散々に強姦された後、アルマーニアが行った“処刑”が如何なるものであったか。

 

『(・ω・)(“あのルート”はもう随分と前から辿ってないんだっけ。でも、あれで人間を全部悟った感じになった気も……という顔)』

 

 拷問のレパートリーに“詳しい”少年は勿論、力を持ってから、同じ事をアルマーニアの“全ての構成員”にした事もあるが、結局は空しかっただけだ。

 

 激情に駆られた自分も彼らと同じと悟っただけで疲れてしまった少年は“誰かを幸せにする”という感情論が暴走するアルマーニアの様子にソレを一々追及する必要は無い事に着目した。

 

 陰謀をグダグダしていた時なんて、相手を如何に悪役に仕立て上げ、自分を如何によく見せるか、みたいな事だけで面倒過ぎる手順が必要となっていた。

 

 が、圧倒的な暴力が可能となって以降の回からは統治方法の改善で出来る事よりも相手の欲望や希望を抑圧し、暴走せずに“大人しく生かされている内が華である”という事実を押し付ける方が効率的な事を発見したのだ。

 

 必要な事ならば、取り合えず殺すだけでいいのだから、何よりもまずは己の立場や周囲の状況を好転させる為に人を出来る限り、分かり難く、同時に誰もが納得したり、納得せざるを得ない状況で無力化する事を是とした事は正しく。

 

 現在、その極限系の手練手管が蜘蛛達によって現実へと昇華されている。

 

『(´ω`)……(御伽噺の理想を実現するより、時間が無い時は優しい地獄を押し付けた方が効率的だし、合理的という……夢も希望も無い話だけど、コレが数値的な上限を叩く方法だからね。仕方ないねという顔)』

 

『(´|ω|)(その代わり、滅びそうな時に住民からの熱い声援とか応援は得られないけどねという顔)』

 

『(^◇^)(それで何か野営地の心情と自分の心情がちょっと上がる以外の効果ありましたっけ?という顔)』

 

『(T_T)(結局、生存時間単位で見ても地獄を押し付けて、“優しく”諭した方が仕事の効率も数倍良い上に暴走する感情論主体の民間人の鎮圧時間も要らず、そいつらの生き延びられる数も時間も3倍弱まで増えたんだよなー……という顔)』

 

『(/・ω・)/(数字は嘘吐かない。嘘を吐くのは感情だからね。世界を地獄の方法論で回した方が案外、管理された楽園よりも効率的だし、不平等な事象が減る上に一々反逆者も出ないという……ジレンマだよねーという顔)』

 

『(^ω^)(ま、色々やってみた結果としての結論だからね。人間は安穏した日々でこそ大人しいけど働きが鈍るし、地獄でなければ死ぬ気で働けないという事実は人類にとって不都合だろうさという顔)』

 

 蜘蛛達は人間を本当の意味で理解しているからこそ、自由に死ぬよりも不自由に生きる事を彼らに強要するのである。

 

 その日々は虹色染みてドラマティックでも無ければ、ロマンティックでもないが、蜘蛛が何食わぬ顔で横にいてパンや雑穀をモシャッている安心感のある嫌な灰色の日常である。

 

 案外、それくらいの塩梅の方が納得もされるという蜘蛛達の実体験も含めた情報は脳裏で繋がった彼らの呪紋上の空間に集積され、今後の“世界運営”に関する礎石として運用が開始される運びであった。

 

 生憎と島は極限環境状態であり、日常そのものが戦乱に沈んでいたせいで誰もこのあまりにも魅力的な地獄から脚抜けしようとは思わない。

 

 いや、出来る状況ですらない。

 

 個人の感情を抑圧しつつも、それが抑圧に見えない上に言語化してもロクな事にならないのを本質的に人々は心の底では理解しているので異を唱える者も無い。

 

 だからこそ、ここまでやってようやく安心して戦場に最大戦力を向かわせられるというのが蜘蛛達らしい話であった。

 

『(´っ・ω・)っ(セブンス・ヤーン発射準備ヨシッ!!という顔)』

 

 完全武装の四人。

 

【蟲畜のフレイ】

 

【大霊蛛ゴライアス】

 

【後塵のヘリオス】

 

【百援のイージス】

 

 何か勝手に蜘蛛達の間で名前が人気投票されたらしい四人。

 

 二つ名を頂く天上蜘蛛達は気兼ねなく戦闘能力の限定解禁を言い渡されて迎撃態勢を取った。

 

 一次目標は巨大隕石の無力化。

 

 二次目標は真正神一体もしくは複数体の全力状態の戦闘不能化。

 

 その先陣を切ったヘリオスの分体は今も塔の最上階で獅子奮迅に活躍中であった。

 

 無数の紅の糸による猛烈な隕石の粉塵化。

 

 更に塔を隕石にまで届かせるまでが彼の役割であり、そこから更に先は他の蜘蛛達への情報共有や能力による支援が開始される。

 

『(T_T)我ら蟲畜の輩、これより行動を開始する』

 

 四人の姿は10m程のウルに身を包んだ姿であった。

 

 その姿は多くの者達からすれば、そんなに大きく無いというのが本音だろう。

 

 だが、彼らの纏うウルが霊力掌握済みの猛烈な質量を凝集した装甲である事を蜘蛛達は知っている。

 

 並みのウルの数百倍近い質量がドラクを主軸として様々な機体の装甲材質から集められて一体化された上で数万匹の蜘蛛達が限界まで凝集したソレは正しく数kmくらいの島に近しい質量がある。

 

 その重量を鋼鉄製の船数隻分くらいまで減らしてはいたが、それでも十分に過重であった。

 

 普通の蜘蛛ならば5分着たら、体が摩耗するだろう重さはノクロシアン化した最精鋭でも30分着られるかどうか。

 

 しかし、その代わりに彼らに絶大な力を齎すものだ。

 

 圧倒的な質量と重量と剛靭と呼ぶべきだろう鋼の極致。

 

 粒体金属。

 

 いや、超重粒体金属と呼ぶべきだろうソレは一種の中性子星に近しい性質を持つ。

 

 宇宙内部の限界圧力、ブラックホール寸前の加圧へと近付いている物質であるソレは常温常圧で中性子一つ吐き出さずに形を保ち、重力異常以外には外部に星の煌めきを零すのみという代物だ。

 

 彼らが軽く音速で走ろうものならば、大地が割れ、地震が起き、ついでに重力異常による変動で周囲のあらゆる物質が極めて“ヤバイ”と表現する以外無い状態へと移行してしまうだろう。

 

 そんなのが四体。

 

 瞬時に塔の四方から消えた。

 

『(キタ――――(|∀|)――――という顔!!!)』

 

 それと同時にニアステラとフェクラール中央塔から起きた猛烈な地震。

 

 震源地の地下から波及した衝撃にドンッと大きな揺れが全ての避難所内に響いた。

 

 その場から消えたウル四体を外部活動していた蜘蛛達が手を振って見送る。

 

 彼らの姿は音速を超えて衝撃波を置き去りにしながら塔の最上階へと急速上昇。

 

 加速し続ける装甲表面が断熱圧縮で赤熱化すらせず。

 

 ただただ空気を貫く柱の如き白い尾を引いた弾体となって途中から螺旋を描く。

 

 離発着現場の塔の四方の現場は赤熱化した鋼板が溶け崩れていた。

 

 だが、それで済んだのはヴァルハイルの研究者、技術者達のおかげだろう。

 

 蜘蛛の加速時の衝撃に耐えられるようにと現場は設計されたのだ。

 

『( |ー|)ノ(次の台座急げーという顔)』

 

『(; ・`д・´)(設置班、ヴァルハイルとアルマーニアの技術者に傷一つ付かないように注意しろーという顔)』

 

『(>_<)(小隕石の雨、激し過ぎぃーという顔)』

 

『(´ρ`)(くもーいやーはじごくみみーくもーあいはせんりがんーくもーきっくはそらをわりーくもーぱんちはいわもわるーと隕石群を叩いて砕く顔)』

 

 使い切りの台座は今も失意の中にあるヴァルハイルの研究者達がエルの下で得た成果が使われ、ヴァルハイルの工員が主体となってアルマーニアが手足となり固めた現場で建造された。

 

 この短期間での工事は正しく地獄。

 

 数千名が蜘蛛達と共に働いてようやく作った発射場であった。

 

 四人の蜘蛛達以外ならば、それこそ数万回使っても摩耗しないはずのソレは一撃で壊れたわけだが、すぐに次の射出に備えて、蜘蛛達が予め用意していた新しい巨大な鋼板を重ねた分厚いソレの交換へと入る。

 

 彼らの傍には測量や計測、諸々のフォローをするヴァルハイルとアルマーニアの人員も一緒だ。

 

 今も隕石が降り注ぐ現場は正しく地獄の流星雨の最中にパーティーしているのと変わらない現状であり、あちこちで小さな破片が音速を遥かに超える速度で雨霰と落ちて文字通りの火の玉となって降り注いでいる。

 

 が、その全てを蜘蛛達が上空で能力や呪紋、徒手空拳、あるいは流星より速そうなキックで粉々にし続けていた。

 

 その粉塵が落ちて来る現場は視界も悪い。

 

 それでも安全を確保された現場でマスクをした者達の工事は続けられていた。

 

 増派となるノクロシアンになれる蜘蛛達が次々に現場の後ろには控えており、ウルの装着も終わった様子で待っている様子はまったく笑うしかない。

 

 大気圏を突破する為の方法は跳躍。

 

 大気圏に侵入する為の方法は呪紋。

 

 あらゆる物体の軌道計算は暗算。

 

 帰って来る時は天上蜘蛛の一体が体内で分体として融合している為、すぐにでも可能。

 

 そして、ロケット発射場ならぬ蜘蛛発射場は大気圏外に戦力を送る為の重要設備という……これを見たら先進諸国の宇宙開発事業者達は変な笑いが出るだろう。

 

 彼らが未だ出来ていない事を蜘蛛が何故かロケット一つ使わずに自力でやっているとなれば、いっそ蜘蛛に宇宙開発をやらせておけと言うかもしれない。

 

 新人類なんてきっと悔し涙を流して、『嘘だ!! こんなの現実じゃない!?』と言うかもしれないが、それが現実であった。

 

 生憎と人類の宇宙開発は新人類アークが一番乗りしたと思った瞬間に爆破。

 

 計画が一時的に頓挫しており、彼らが今後も宇を目指すのは確定としても、その前に世界が滅びる方がきっと早いという有様なのだ。

 

『(; |`д|´)見えて来たな……敵高度凡そ1000km。加速中か……』

 

 四人の天上蜘蛛達が塔の上層部から降り注ぐ粉塵の残渣を塔のあみのように広がった中層階から上の真菌の幕が受け止めて吸収している最中を潜り抜けるようにして上空を目指す。

 

 彼らはもう島の圏外へと出ており、周辺は完全に真空に近く。

 

 落下してくる巨大隕石は正しく惑星の回転に追随しながらも真上から落ちて来るという笑えない軌道で流星雨を表面の剥落のみで行い続けていた。

 

 このまま下の島で迎撃し続ければ、やがては粉塵そのものが大気圏に拡散。

 

 全てが寒冷化した惑星になるだろう。

 

『(|`д|´)(各自、索敵と共に最上階でこちらを迎え撃つ敵を排除せよ。指揮はこちらで執る。ゴライアスを中核にヘリオスは分体を派遣して広域の隕石迎撃網の構築を優先し、後続部隊用の戦域確保に努めろ)』

 

 情報を糸でやり取りしながら、四人が散開した。

 

 ゴライアスはそのまま黄金の人型達が集う地点に加速しながら高速回転しつつキックの姿勢で突撃。

 

 ヘリオスはその後ろから分裂し、次々に己を糸の如く伸ばして展開して蜘蛛の巣の如く岩塊を受け止める真菌層に同化して粉塵を取り込み始めた。

 

 イージスはゴライアスの後方から追随。

 

 フレイは現状をイージスの観測した情報から最適な戦術と呪紋の組み立てに入る。

 

『(=∴∵д∵∴=)(この岩石……月程の質量が在りながら、観測可能な星系内から持ってきたようには見えない。神々は宇宙にも拠点を持っているのかもしれんな)』

 

 フレイのいつもは閉じている複眼が全開にされ、開かれた瞳に重ねられた妖精瞳と第三神眼による精査は数千キロにも及ぶ巨大質量が自分達のいる世界の遥か果て先より齎された事を理解する。

 

『(|д|)(ケイ素と鉄が殆どか。ホウ素やリンも含んでいるようだ。主要元素の融点が1400から1500度程度……融かす為の熱量自体は……産出出来るが、太陽の神相手に熱量制御合戦は無謀。それよりやはり分のある方面で電力を用いるべきか。だが、何処から捻出……いや、それも先日溜め込んでいたか)』

 

 フレイが次々に持てる手札を確認しながら、脳裏で現場での対処方法と最終目標の為のプランを複数個練り上げていく。

 

 その合間にも紅の鞭と化したヘリオスと戦い続けていた黄金の人型達が次々にゴライアスの突撃によって霧散していた。

 

 神の力を纏うのは互いに同じ。

 

 ならば、後は質と量。

 

 だが、量はあっても質が無い朧な人型達は次々にゴライアスの獅子奮迅の近接格闘戦において脚に貫かれ、吹き飛ばされて散逸し、半数までもが脱落していた。

 

 実体を持つゴライアスに比べれば、神の残渣は力を貯め込んでいなければ無力。

 

 しかし、最後の欠片達が吹き飛ばされる前にいきなり、その朧な姿が次々に形を取り始め、砕けたはずの人影もまた再生が始まっていた。

 

「(。-`ω-)(神の力を融通している? 蓄えた力の譲渡……それはそれで有難い話だが、こちらは時間制限が追加されたか)」

 

 ゴライアスの攻撃が初めて、形を取り戻しつつある男達に止められる。

 

 現在のウルを着込んだゴライアスの打撃は岩山程度ならば砕ける威力。

 

 だが、物理量である限りは神の力を中和する為の最低限の力と技能による貫通が絶対条件であった。

 

 今までは神の残滓に総量で負けてはいなかった。

 

 しかし、恐らくはアマテラスとやらから力を融通されたのだろう者達は明らかにゴライアスに比肩する程の力を一体一体が受け取り、嘗ての力を一時的とはいえ取り戻し始めていた。

 

 猛烈な黄金の放射が、魔力の残渣が、神格群から放たれ、周囲を圧していく。

 

 それと共に隕石群の威力が底上げされたか。

 

 次々に塔を折らんと殺到する大岩が粉微塵になる前にぶつかり、塔を次々に震わせて表面から同材質の質量の流動障壁で削られて、今までよりも取り込みに時間が掛かり始める。

 

「(。◎`ω◎)(だが、同程度で止められるなら、我らは神を屠る事を決めたりはしないのだがな……)」

 

 再び、神格群とゴライアスが激突する。

 

 360度からの神格達の突撃。

 

 圧倒的に内包する力の総量が違うのならば、その力そのもので蟲一匹を圧し潰すというのは明らかに普通の戦闘ならば正解だろう。

 

 彼らは捨て身。

 

 ならば、力を全て威力に変えれば、自爆する爆弾と何も変わらない。

 

 これで一匹を討ち取った―――そう神格群が考えたのならば、明らかに下策であったのは間違いない。

 

 ゴライアスの姿が掻き消えた。

 

 そして、次の瞬間には神格群の2割が爆発し、その頭部だけが驚愕に目を見開いて、自分達の肉体の爆発に耐えるどころか。

 

 モグモグと口を蠢かせる真なる魔蟲の悍ましき“捕食対象”になった事を悟った。

 

「(。◎`▽△▽△◎)(さすがに隙を見せ過ぎる最大開口でなければ、爆発程度で済むか。物理量へ転化しても、意志が通わぬ力の塊ならば、幾らでもやりようはある。例え、神の力が増えてもそれを制御する魂の総量が爆発的に回復せねば、どうにもなるまい)」

 

 ゴライアスのやった事は単純だ。

 

 相手の神格群の首を絶ち。

 

 相手が反射的に自爆した際にその肉体が全て威力に転化し切る前に捕食して己の内部に取り込んだのである。

 

 その口内には恐ろしい程の力が荒れ狂っているが、ちち譲りの胃袋と霊体を捕食する事で全ての存在に対する魂への直接侵食が可能な個体であるゴライアスには一部でも直喰いすれば、それで十分であった。

 

 瞬時に相手を復元させるべく。

 

 大量の神の力が流れ込んで来るのは魂の器である頭部。

 

 しかし、頭部そのものが既にゴライアスの捕食時に魂への侵食を許している。

 

 どうなるか?

 

「(。∴◎`ω◎∴)(来たな。出来る限り、蓄えさせて貰おうか)」

 

 ボフンッとゴライアスそのものの体躯がウルを着込んでいながら、数倍にまで膨れがっていく。

 

 50mを一気に超えた辺りから今度は逆に小さくなりながら、その肉体の星々の煌めきが、中性子星に近付く加圧が、強固に、より凶悪に己の存在によって全てを重力で歪める程に重く重く重く。

 

 制御を誤れば、正しく重力の特異点と化す程に重く。

 

 それに気付いたか。

 

 力が途絶された途端、侵食されていた神格群の二割の頭部が変異し、小型のゴライアスの如く変貌。

 

 結果的に30m程まで縮まったが、質量とエネルギー総量が数百倍近く膨れ上がった本体の指示で高速で神格群を分断するように個別戦闘へと入っていく。

 

『(。◎`Д◎)我らの島にも神はいる。だが、奴らは我らが父に資するのみで何も口出しはして来ない。それは正しい。そうでなければ、我ら蜘蛛が最初にやっていたのは不確定要素たる神の駆逐だったはずなのだから』

 

 ゴライアスの吠え声が魔力の波動となって真空を揺るがす。

 

 それで遂に今まで塔を直撃していた隕石群が今度はゴライアスに向けて殺到し、神格群を庇おうと援護し始める。

 

 更に大量の力を与えられた全盛期だった頃の姿を取り戻した着物やら鎧姿の男達が刀を片手に遠距離射撃戦を光弾で演じ、同時に小型のゴライアスを切り裂こうとするが、その大半が攻撃を回避された後に気付く。

 

 自分達の周囲に何かが張り巡らされている。

 

 それは小規模な破片や諸々の粉塵や今も彼らを掩護する隕石群の間に張り付けられているものだ。

 

 それが急激に絡まった途端。

 

 ゴライアスの引力、重力に引かれながら複雑に絡まった塊と化して、あちこちから神格群へと降り注いだ。

 

 糸は蜘蛛のお家芸。

 

 だが、神の力を大量に蓄えたゴライアスはその力を糸へと還元し、今まで力の総量で手出し出来なかった隕石群に糸を通して軌道を変更。

 

 更に相手の隕石に働く神の力を同じ神の力を通す糸で吸い上げ始めた事で同じように力の供給を切ったアマテラスは隕石の操作権を喪失。

 

 巨大な隕石に当たった程度ではまるで死にもしないだろう神格群ではあったが、物理的な世界に干渉している以上は物理的な干渉を受けている。

 

 つまり、隕石による空間の占有によって身動きが制限される。

 

『ッ―――!!?』

 

 隕石を迎撃した彼らが瞬時に殺し間となった捕獲されたに等しい空間からの脱出を図るが、二手、三手先を読んでいるのは蜘蛛も同じ。

 

『(。◎`д◎)イージスより情報を取得。了解した』

 

 彼ら神格群が瞬間的に転移で逃れた200km程先の近場の宙域。

 

 超高速で弾丸の如く糸を引いて己を打ち出したゴライアスの分体が10体。

 

 己の体を槍の如く流星と化して蹴りで相手を貫通ついでに内部から一部を齧り取るように捕食し、強度を増していた相手の肉体を両断しないように糸の限界距離で横運動を開始。

 

 相手へ巻き付くように周囲を旋回しながら、その鋭い前脚を伸ばして、相手を回転しつつ切り刻んでいく。

 

 刻む度に傷の周囲を抉り取って剥離させるか。

 

 もしくはワザと切られて、胴体を分離し、糸の捕縛を逃れれば問題ないという事にならなかったのは先程の事があったからだ。

 

 無論、その結論は正しい。

 

 ゴライアスの分体はゴライアスの能力を秘めている。

 

 貫通した場所から魂を侵食するゴライアスに力の総量によって抗ってはいたものの、肉体を分割すれば、魂と思考が最も集中する頭部以外は掌握され、同時に侵食が加速するのだ。

 

 前脚による蜘蛛脚の神格侵食機能は総量で上回る限りは侵食部位を剥ぎ取ればいいだけの話であるが、貫通している上にもう一回転は巻き付いた後。

 

 糸を肉体から引き抜くにはバラバラになりながらバラバラになった肉体全てを己の意志で完全制御しなければならない。

 

 だが、魂の総量があまりにも小さく。

 

 力を受けて一時的に増やしてはいた神格群もその増殖率は高くない。

 

 一次的にも神の力の掌握を手放した肉体は蜘蛛に変質するだろう時点で捕獲された後に出来る事は―――。

 

 男達の目は真摯に遥か天の大岩に向いていた。

 

 カッと爆発した黄金の爆風が燐光を零して散逸し、近場の分体と糸を諸々吹き飛ばして太陽の如く発光した。

 

 その光に呑まれながらも分体が焼かれ爆ぜた肉体を瞬時に再生―――出来ずにボロボロになった肉体を即座に脱皮させる。

 

 内部から出て来た分体の体は体積が減少。

 

 それでも損傷部位の3割程度しか回復しておらず。

 

 ゴライアスの吹き飛んでいた糸の先が更に伸びて分体の蜘蛛達の伸ばした糸を網状にしたものに接着し、蜘蛛達を回収……高速で引き寄せ始めた。

 

『(。◎`ω◎)(最後まで武人だったか。最盛期の神格だったならば、分体は全滅していたな)』

 

 ゴライアスが残る討ち漏らした神格群の一部を渾身の打撃や貫通する突きで攻撃し、蜘蛛にならず爆発するのを正面から受けながら、物理量と神の力の総量で耐え切って処理を続行。

 

 もはや、纏まった数がいない神格群は次々に最初と同じようにゴライアスによって討ち取られていった。

 

 相手の起死回生の一手、逃げの手札を潰す。

 

 イージスによる観測領域は今や最大領域をカバーしており、近場ならば、転移で逃げて立て直せると踏んだ神格群は甘かったと言える。

 

 今も各蜘蛛が糸で連結され、情報をリアルタイムで共有しているのだ。

 

 蜘蛛の巣を張りながら、あやとりのように複雑な形状の見えない糸の陣地を広げているのである。

 

 ヘリオスが今回は塔の防御と後続戦力の受け入れ用の仕事に掛かり切りである事を思えば、ゴライアスは本気は出していても最大火力には程遠い戦い方をしている。

 

 背後からはフレイが先兵となったゴライアスの不備をカバーしており、打ち漏らした敵の退路を断つ位置に隕石を移動させたり、神の力の配分をサポートしながら、アマテラスによる横やり、支援攻撃を防ぐ役割も果たしていた。

 

 一連の攻防は完全な分担制による軍事体系。

 

 如何に分業制が重要かが分かる事だろう。

 

 神格群は戦力ではあっても、その大半が最前線で戦う“兵”しかいなかったが、四人の蜘蛛達は其々、その強大な能力によって、後方支援と観測、戦力差配と防御、前衛としての機能全てを有した“軍団”に匹敵する働きをしたのだ。

 

 どちらが機能的で合理的か言うまでもない。

 

【―――許さぬ。断じて、許さぬ】

 

 その怨嗟の声にようやく重い腰を上げたかとゴライアスが今も地表に向けて加速を続ける隕石の真下。

 

 そろそろ塔の最上階に接触しそうな場所の付近に黄金の輝きを見やる。

 

『(。◎`Д◎)許さぬと言うのならば、何故ヤツらを投入した? 己の意見を、己の意志を曲げぬ為だろう? それは誰も同じ。そこに善悪や倫理を語るならば、語れる程度に融和的な戦闘を心掛けて欲しいものだ』

 

 その言葉に何処か歯噛みしたような顔の大天神が降臨する。

 

【邪神の使徒……彼奴らの傀儡め。神すら倒すか】

 

『(。◎`Д◎)心外だな。我らの心は父と共に……その前途に立ち塞がるのが神だろうと邪神だろうと人間だろうと亜人だろうとそこに違いはない』

 

【―――ならば、全てを亡ぼすか? 畏れるべき魔蟲よ】

 

 ゴライアスが真空の海で灰色の礼服を来た老人の形へと変貌していく。

 

『我らが人の形を取ったのは呪具の力に過ぎない。だが、その因果は必ず我らを人の終わりまで導くだろう。今まで奪われ、奪い続ける事に疲れた手で戦い続けた我らの父の前途にまだ奪い足りない貴様ら神格は不要だ』

 

【奪われる事に疲れたならば、何もせずともいいだろうに……】

 

『それが神格の言葉か。どうやら邪神は貴様だったようだな。太陽の女神とやらよ。それとも我らの父と同じく人を導く神の身でありながら“疲れた”とでも?』

 

【―――】

 

『我ら蟲畜は人に寄らず、人の性に惹かれ、また人を害する。しかし、奴ら“人類”が愚かで残酷でどうしようもない偽善者だとしても、単なる善良な隣人だとしても、何も行動を変えるものではない』

 

【……その父、あの少年がそんなにも重要だと?】

 

『そうではない。人間及び人型知性体の大半、そういった種族に我ら蜘蛛は“心底うんざりしている”が、同時にその心と行いには見るものがある。そう思っているという事だ』

 

【うんざりしているのに見るものがある? 一体、どうすれば、そのような結論になるのやら……】

 

『ソレを本当の意味で実感出来るようになれば、我らは人を超えて新たな時代の覇者へと立てるだろう。だが、それに何の意味も見出しはしないのだ』

 

【己の覇権をどうでもいいと? 何を目的としているのです。ただ、あの少年の為だけに生きているとでも!?】

 

『分かっているではないか。我らは蜘蛛となった時、その人の果てに憧れた。故に我らの命に一片の価値があるならば、それはあの果てに朽ちて尚立つ姿にこそ、人の果てに全てを悟って尚、戦い続ける事を決めた姿にこそ、在る!!』

 

 老人は片手を硬く手前で握り締めて見せる。

 

【人の果て……あの小神達が生み出した閉ざされた世界で一体どれだけの……悟るというのは生死を超越し―――】

 

 そこでようやく女神の顔色が悪くなった。

 

【辿り着いた? 生命の終焉。その先の真理に? たった一世代、単独個人が? 旧き者達が求めていた……答えを知っている?】

 

『それは諦めではない。“明らめる”であり、人を超えて尚人に留まる。“選べる”というのは神にも邪神にも出来ぬ事だろう。貴様ら人造らしい“神の紛い物”には及びも付かぬ境地だ』

 

【………………】

 

『さぁ、互いに時間稼ぎはお終いとしよう。我らに構っている間に準備を整えたというのはこちらとて同じだ。この大岩は我らが止める』

 

 老人の姿が再び蜘蛛へと戻っていく。

 

【………【高次元駆動術式体】。それが我らの本当の名です。ですが、そうですか……ようやく繰り返す事の意義を譲らなかった彼らの考えていた事が分かり始めました。あの島に追いやられた神々は……】

 

 遥か天から降り落ちる巨大隕石。

 

 いや、大きな惑星の欠片が倍速で真下の引力圏内へと落下していく。

 

 そして、遂に塔の最上階へと接触し。

 

『境涯の果てに行けぬ貴様らに我が父を語る資格無し―――』

 

 その時、蜘蛛達が遂に動き出す寸前。

 

 彼らの前に突如としてアマテラスと同格とも思える存在が出現する。

 

 事前に備えていた四人が瞬時に連携を分断されるのを理解しつつも、だからこその後続であるとその人影を現場から遠ざけるべく。

 

 魔力と霊力を凝集し、己を強化しながら、ソレらを糸で引き連れて高速で現場を離れていく。

 

 その合間にもウルは次々にその表層を其々の神格達の方法で破壊されていた。

 

【召喚に応じ、参上した。アマテラス】

 

【我らもまた己を賭そう。この難敵を相手に独りでは如何に天下の一柱も寂寥に敗北するというものだろう】

 

【ヤハ様にはお暇を頂いた。後は任せるがいい】

 

 アマテラスよりも遥かに強い神の力を宿した巨大な黄金の光が柱の如く天を貫き。

 

 三柱の男神が顕現した。

 

 先日から襲撃していた神々。

 

 一度は殺され、撃退されたはずの神々。

 

 あるいはその残渣。

 

 今、アマテラスの招集に応じた彼らが名前も姿もほぼ朧げに失いながらも、嘗ての自分を象りながら猛烈な勢いでゴライアス、ヘリオス本体、フレイへと突撃。

 

 高速で駆け抜け分断しながら、ウルに取り付き、表面装甲を無理やりの己のエネルギーの転化によって引き剥がしていく。

 

 ソレは定理側の己の全てを掛けた突撃に違いなく。

 

 神が連帯するというのは死を賭した行為に他ならない。

 

『(。◎`ω◎)“出て来たか。真正神共……貴様らに我らが通じるかどうか。試しても良い頃合いだ。イージス、厳命する。全てを観測し、情報を全同胞に共有し続けろ。フレイ、ヘリオス……抜かるな。我は大霊蛛ゴライアス……真正神を屠る為、力磨きしもの”』

 

 アマテラスが戦場にある全ての隕石群に再び力を注ぎ始め、その破片が次々に糸の強度を無理やり突破して引き千切りるように集積すると燃える火の玉と化して、数km近い質量へと変貌。

 

 そのまま塔に横合いから投げ飛ばされた。

 

 ヘリオスの分体一体では身に余る巨大さ。

 

 ついでに言えば、神の力を隕石本体の加速ではなく。

 

 戦闘へと遂に使い始めたアマテラスの巨大な出力は分体程度の力では防ぎようも無かった。

 

 ヘリオスは一度見た攻撃ならば、耐えられ、超えられる。

 

 だが、それは確実な生存と後手に対しての話であって、初手必殺の攻撃に対しては分体を用いる。

 

 だが、この局面で分体が滅びる事自体、現状の天秤を神側に傾ける。

 

 である以上、追い詰められたというのは間違いない事であった。

 

 そう、それが一体での対処であったならば―――。

 

 巨大な岩塊が遥か下から打ち出された複数のグラングラの大槍に貫かれて爆散し、塔の周囲には再び粉塵と小規模な隕石が飛来。

 

 今までと同じように紅の糸で細分化され、塔の流動障壁によって削り尽くされ、真菌に取り込まれていく。

 

『(>_<)/(天上蜘蛛さん御届け物でーす!!という顔)』

 

『(;^ω^)(ノクロシアン1000個体、精鋭大隊の戦力如何っすかーという顔)』

 

『(T_T)(でも、一千じゃたぶん真正神平らげるのに足りなくね?)』

 

『(-ω-)(ま、そこはノクロシアの超兵器でカバーするという事でという顔)』

 

 遥か地表から打ち上げられたノクロシアン達の軍団が遂に後続から次々にやって来ていた。

 

 彼らはメタリックな外観の機械蜘蛛であり、ウルを着込む事で更に巨大化。

 

 ついでに後続部隊の中でも超兵器を取り込んだ者達がその射線を大岩やアマテラスに向ける事で当人の防御に力を引き出させた。

 

【ノクロシアの―――あの力まで取り込んだか!!?】

 

 アマテラスは即座に神の力による神を超える兵器達の掃射に耐える為の策を講じ、次々に肉体を多数生み出し、全天の星の如く分体を増やしていく。

 

 神は定理側の存在。

 

 その力に限界はあるが、時空間に対する自身の存在を生み出す事自体は幾らでも処理が追いつく限りは可能だ。

 

 ノクロシアの追放兵器や定理兵器の類を受ければ、神とて致命傷。

 

 しかし、その大半の力は分体に直撃してもその分が定理からすら“削れる”だけで実際には一個体でも残っていれば、攻撃の遂行は可能。

 

 つまり、力を割るというのはノクロシアの兵器に対して極めて純粋な威力を発揮するのである。

 

 一回でも失敗すれば終了という事は何回でも失敗出来れば問題ないという事。

 

 そう、まったくの道理である。

 

『(^u^)(う~ん。一回の失敗を恐れるのは正しいけど、その点でこっちは千回失敗しても必ず仲間が後を継ぐというスタンスなので、積極攻勢ではない時点で戦術的には後手後手。女神さん負けてますねという顔』

 

 どの道、アマテラスは今までの事からしても、ほぼ間違いなく命を賭している。

 

 死んだ後の事は知らぬとばかりの特攻なのだ。

 

 故に分体が吹き飛ばされるのを覚悟した数を全面に押し立てるのは合理的と言ってもいい。

 

 だが、その自身を割るという選択肢が絶対に失敗出来ない事柄に対しての安全策という点で戦略的には正しくても、戦術的には間違っている。

 

 というのは……彼女も自覚していた。

 

 そう……あの少年。

 

 父と蜘蛛達が仰ぐ存在による出掛かりを潰された時よりも更に入念な数を揃えて見ても、魂の総量の増殖率が大きく変動しないアマテラスにしてみれば、最低限で蜘蛛達を破壊出来る力があれば良しという事で分身した。

 

 だが、力の制御は魂依存であり、長く持たない分身は過剰な力を持たされた爆弾扱いされるような代物であった。

 

『(>_<)(分かってても対抗策がこれしかないとか。そういう事ってあるよね!!とさっそく少年の記憶にもある戦術的悲哀塗れの“悲しい確定事項”を背負った女神に対して連携攻撃動作へと入る顔)』

 

 一発で大陸が消し飛ぶ爆弾が星の数ともなれば、一気に蜘蛛達が不利……かと思われるが、ソレこそが蜘蛛達にとってはまったく笑いが止まらない致命的なミス。

 

 彼らが1個体で1体を屠れるならば、1万体でも10万体でも変わりはないのだ。

 

 彼らは最初から己の命をこの段階に至ってはまったく考慮しない。

 

 数で割り切り、死んだら、それまでと覚悟して此処にいる。

 

 もしもとなれば、相手の定理を削り切るまで自爆特攻する爆弾女神相手にガチンコで殴り合う事など想定済みである。

 

 更に言えば、出力の分割によって調整の甘い能力をただ放射して使うだけのでくの坊なんて今の彼らには正しく“餌”以上では無かった。

 

 無論、その戦闘行動が可能なのは“お膳立て”が延々と隕石を捌いていたヘリオス分体によって既に終わらせられていたからだ。

 

 紅の糸が遥か天の大岩にいつの間にか絡んでいる。

 

 加速した巨大隕石が遂にドリルのような最上階の屋根に接触しようとし、無数のアマテラスによる熱量の光弾によって光の中に眩く消えた。

 

【何もさせぬ。その細い塔を砕き終われば、何一つ―――】

 

 そう呟いた途端。

 

 “隕石の後方”から猛烈な勢いで紅の糸が音速を超えて巨塊の表面を這い始めた。

 

【ッ―――小癪な!!】

 

 最初から囮である。

 

 実際には最上階内部の必要な者を以て、分体は更に分体を生み出して、逃げ出した後である。

 

 すぐに隕石自体が太陽の如く熱を帯びた途端。

 

 熱量そのものが隕石から吸収されているかのように消え去っていく。

 

【何を―――我が熱が奪われる!!?】

 

 岩内部から急速に熱量が奪われていく。

 

 熱量そのものと核融合反応自体は女神の制御を離れない。

 

 しかし、熱量の転化した先まではそうではない。

 

 ついでに熱量を別空間に強奪されてはさすがに制御を離れざるを得ない。

 

 そして、その莫大な熱量をどうしたのか。

 

 それは急激な稲妻となって顕現する。

 

 数秒で巨塊の内外を走り抜けた金色の雷鳴が熱量に代わって巨大隕石を呑み込んでいく。

 

【我が熱を奪い、雷に?!】

 

 莫大な熱量そのものが紅の糸に吸収された時、糸そのものが行っていたのは内部構造そのものの空間内に広げられた巨大な領域での変換作業。

 

『(∵_∵)(空間歪曲用呪具【アルゼーラ】に魔力を充填。敵制御事象からの干渉離脱を確認。呪紋解析完了……全アップリンク出力最大。本体の勝利までに全分体へとリアルタイム対処情報を入力。情報感度全開。躯体変質制御開始……躯体構成物質の名称指定を呪紋出力……【デミ・ストレンジ・レッド】半励起開始)』

 

 本来は隕石そのものを呑み込む為に空間を歪める為の装置を用いようとしていた彼ら蜘蛛の軍勢であった。

 

 が、途中からやたら対応力が高い神側を警戒したヘリオス分体は己の肉体の細胞内部に呪具で無数の空間を生み出し、その巨大な容量を誇る場所に熱量を投棄して、同時に制御を離れた熱量を別の物理量に変換、相手の制御を遮断するという離れ業をやってのけていた。

 

 元々、ヘリオス自体が霊力を特殊な形で物質に作用させ物理現象として存在を保つという機能を有している。

 

 その変幻自在さは正しく半分霊体のスピィリア達よりも高度であり、装置そのものを装置が生み出す歪曲空間内……つまり、ヘリオス内部に置く事で神の力の影響から守りつつ、同時に相手の発する物理量……熱量や運動エネルギー、光のような力を相手から遮断しながら転換し、無力化して己の力に変えるという芸当に到達していた。

 

 それは正しく四卿と戦っていた時よりもヘリオスが更に進歩している事を意味しているが、そんなのは蜘蛛達以外に知り用もない。

 

【我が太陽を喰らい尽くすのですか!?】

 

 熱量を核融合で無尽蔵という程に桁を跳ね上げ続けながらもギリギリで隕石が融解しない温度で完璧に制御し、形を保持させ、そのまま落下速を載せて塔を融解させながら砕き折る……というアマテラスの目論見はこの時点で頓挫した。

 

 だが、熱量の無尽蔵な供給が無尽蔵な消費によって打ち消され、それと同時に蜘蛛達が正しく全天に増えたアマテラス達に対して数百にも及ぶ追放兵器の砲口を向けて掃射を開始する。

 

【ッッッ】

 

 無論、アマテラスは避ける。

 

 更には自分が事象の制御を及ぼせる領域の限界まで遠方に出現させた分体を用いて、現場にいる分体の支援もさせる。

 

 だが、それでもその遠方にいるはずの分体すらも次々に追放兵器によって消滅。

 

 彼女達が制御していた神の力が、核融合による熱量防御膜が暴走。

 

 制御を離れて爆発。

 

 巨大に過ぎる400万km近い異常な規模の惑星の夜空に咲く花火となった。

 

 発現した太陽は全てが分体に割いていた定理が消失した事を意味する。

 

 現場に残された制御不能の物理量が野放図に自然の成り行きとして拡散している時点で中性子は垂れ流し。

 

 であるが、瞬時に収まったので地表の生物を病気にしたり、グズグズのタンパク質の汚泥にする程ではないだろう。

 

『(一_一)(これは……限界が近いな。恒星一つ分どころではない。この熱量……30万km四方を呑み込む装置にまで届きそうな程に……だが、我が肉体の本当の力ならば……)』

 

 ヘリオスの肉体そのものである紅の糸が緋色……鮮やかに変化していく。

 

 太陽を遥かに超える熱量を収奪し、己の空間内部に押し込めた蜘蛛はその細い糸となって、締め付ける隕石内部へと浸透し、ようやくドッキングに成功した無くなった塔の残存部へと雷撃の如き速度で奔る。

 

 熱量を奪い尽くしていく紅の網に包まれていくソレは正しく在り得ない程、瞬間的に色合いが似ていく。

 

【これは―――場が揺らいでいる!? この質量を相転移するですって!?】

 

 彼女が驚いた次の刹那。

 

 紅の物質は全てを呑み込むように黒い質量を緋色へと染め上げた。

 

 安定性を保持したまま塔の全てを侵食し、遂には瞬間的に地表に到達―――その惑星を呑み込むより先にカチンという音を立てて制止した。

 

【ッ】

 

 アマテラスの約5割が最大戦速による乱数回避軌道を取った。

 

 だが、緋色の塊と化した巨大な隕石が元の色に戻った。

 

 一度変質したものが更に偽装を重ねたのだ。

 

 それは心理的なものでしかないが、極限環境状態では僅かなミスが致命傷となる。

 

 それをよく少年の実体験として知るヘリオスは“相手の緊張感を永続させる事”を意図して偽装を施した。

 

 巨大な数千キロにも及ぶ物質は今や彼の肉体の如く自在に同質の物質と化しており、それを強く意識させれば、相手には余計な事を考える暇が無くなる。

 

【ソレが何かは我が叡智には測り兼ねますが、それでもソレ自体への加速も影響力も保持は出来て―――】

 

 途端―――クシャッとアマテラス達の肉体の一部が緋色となり、硬質化した。

 

 生物のようだった女神の実体が、緋色の物体へと置き換わった途端、瞬間的に彼女達が変性し、己の肉体を維持出来ず。

 

 ポップコーンのように粉末を飛散させながら巨大な爆発を無数に連鎖させていく。

 

 その微細な結晶に当たった女神だったモノの多くが連鎖的に同じ末路を辿った。

 

【(ッ―――物質への干渉制御で抗えない?! より安定化するのはあちらだと!? 蒸発してすら、原子一つ分でも接触すれば、侵食は不可避なのですか?!! 次元を超える神の力を、極限の物理干渉で撥ね退ける物質がこの世に在ると!?)】

 

 女神が己の防御で唯一聞いているのが熱量操作による融解である事は察していたが、その熱量で蒸発した緋色の物質に塗れた宙域そのものが彼女を変質させ、僅かでも防御が消えた瞬間にはその消えた場所からの侵食で吹き飛ぶと悟る。

 

 最初の隕石は元に戻ったように見せ掛けていたが、今や宙域そのものが殺し間となり、隕石そのものが彼女の実体を殺す殺意の塊となったのだ。

 

【(これは―――こんな物質が地表に落下したら!? いえ、そもそも大気層に接触した時点で……つまり、コレを制御するヤツの分体自体が消滅すれば、この星が全てコレになる?! こんなッ、世界を亡ぼしてもあの島を護るというのですか!?)】

 

 ただ、全ての緋色の硬質なソレの破片、その全てに複眼がギョルンと開いた。

 

【―――燃やし尽くす!!】

 

 無数の太陽が猛烈な熱量を以て隕石の周囲で乱打された。

 

 核融合の炎は正しく燃え尽きない熱量となり、全てを焼き尽くすかに見えた。

 

 しかし、緋色の結晶が次々に周辺宙域のアマテラスを侵食、結晶化して拡散しながら、規模を拡大していく。

 

 何だか分からんけど『(ΦωΦ)σ(とにかくヨシッ!!という顔』になった蜘蛛達が緋色の領域に護られながら、追放兵器を乱射した。

 

 数百万度から数千万度以上の熱量、その全てを完璧に制御するはずの分体群の一斉攻撃は蜘蛛と塔を呑み込んだ。

 

 その上で飛び出す中性子も熱量による物理的な大気層と地表への影響も遮断するのはさすが太陽の女神と言えただろう。

 

 しかし、熱量と中性子の多くが宙域全体に広がった緋色の大気層。

 

 正しく、大気層としか言えぬ程に蒸発して広がったヘリオスの肉体の変質した気体の分子構造に接触し、プラズマにもならず。

 

 その莫大なエネルギーを伝導されながら一点へと吸収されていく。

 

【そこか!!?】

 

 熱量を吸収するにも限界があるはずだと相手の熱量の吸収地点。

 

 隕石の背後ではなく。

 

 横合いの宙域に突如として太陽が乱打された。

 

 全ては呑み込めないはずだという程の熱量と粒子線は星すら貫くような閃光としてその吸収地点を直撃……隕石すらも当たれば融解し切るだろう一撃となった。

 

【―――!!?】

 

 しかし、既に展開されていた蜘蛛達の精鋭はソレを許さない。

 

 数百匹の蜘蛛達の中隊が転移で咄嗟にその地点に整列し、ミラーのように己を並べて、大口を開け、巨大な熱量を共に吸収し始めていた。

 

 空間制御を用いるエネルギー吸収はノクロシアの兵器の基本性能だ。

 

 粒子線も熱量も実際のところは何一つ通さない吸収方法だが、神の力の干渉は避けられない。

 

 だが、同等以上の神の力を得てさえいれば、干渉は防げる。

 

 という事は―――分体による神の力を付与した程度の攻撃では例え星を貫く一撃だろうとも単なる物理攻撃以上ではなく。

 

 完全に吸収が成功するという事実のみが後には残った。

 

【~~~ッ】

 

 此処で自分を割った事が響いて来るという事実を前にして女神の顔が歪む。

 

 己の使命を完遂する為には一撃も追放兵器を貰わない回避をしながら、自分の全力を出せる魂の総量の大半を集めた本体が必要。

 

 しかし、追放兵器である程度の魂が削れた上に分体を次々に生成し続けている女神そのものが消耗を余儀なくされており、もうすぐ魂自体の総量が初回襲撃時から見て8割、そこから更に7割を切る。

 

 分体は複雑な思考が出来ない程に魂を分割し、単一の砲台とほぼ変わらない為、攻撃、制御、攻撃地点の選定等の役割を分担する以外は基本的に思考しない。

 

 本体となれば、それは解決するが、追放兵器の直撃は絶対に受けられない。

 

 どちらを選んでも一長一短であったが、本体を生成して攻撃しなければ、蜘蛛達の防御は貫けないというジレンマであり、女神は選択を迫られていた

 

【……ならば……ならば……遂に覚悟は決める時が来たようですね】

 

 女神が己の戦術的な不利を完全に理解し、拳を握る。

 

 結晶化して戦域の宙域全土を護るヘリオスは次々に太陽そのものを受け止め。

 

 緋色の粒子が舞う領域の中から口内から追放兵器を蜘蛛達が乱射し、女神分体を砂として討ち果たしていく。

 

 正面宙域のアマテラス達を消し飛ばし、太陽そのものたる花火にしていく光景の最中、それでもヘリオスと蜘蛛達は相手が一切油断ならない真なる敵であると構えた。

 

 核融合による熱量と粒子線が届かないのは緋色の宙域の最中。

 

 落下していた隕石が再び動き出すと同時に全ての分体が自分から解消されて、消え失せていく。

 

『(∴ω∴)第三神眼による観測を強化せよ。敵顕現に合わせて掃射準備』

 

 ヘリオスと周囲に集まった蜘蛛達。

 

 更には周辺の遠方宙域から、隕石のある宙域に干渉していた女神の分体達を討ち取っていた蜘蛛達、誰も彼もが女神の反応を探す。

 

『(・ω・)(………約3000万km先に反応を検知。相対速度と軸合わせも完璧っぽい。惑星の自転速度に合わせて動いてる。これは超々遠距離からの攻撃?という顔)』

 

 その時、1億度を遥かに超える熱線が光の速さに近しい速度で精密に紅の宙域を薙ぎ払った。

 

 猛烈な一撃に蒸発して尚大気層を形成していたヘリオス分体が侵食した質量の7割が消し飛ぶ。

 

 ギリギリで大気圏を霞めた熱量の閃光が遥か虚空の先に消えていく。

 

『\(゜ロ\)(/ロ゜)/(ちょ、熱量が光の速さ以上で到達とかありえないでしょ!?という顔)』

 

『(T_T)(今ので侵食質量の8割近くまで体積吹き飛んだ?という顔)』

 

『(´Д`)(光の速さで熱量は飛ばない。そもそも真空中だし、定理が書き換わってる様子も無い。つまり、熱線という形にしてるけど、こちらがいる宙域に光の速度で数分以上掛かる地点に本体を置いて、媒質となる物質と一緒に熱線という事象そのものを部品みたいに高次元から現実に置いたって事という顔?)』

 

『(T_T)(あ、これ恐らく最終手段だな。高次元からの干渉はかなり雑に現実の処理量を食うはずだから、近場からしか攻撃してなかったはずという顔)』

 

『(>_<)(時空間へ置かれた“高次元からの攻撃”の熱量版……第三心眼と妖精瞳があれば、見えるけど、本体に攻撃が届かない?という顔)』

 

『(´-ω-`)(少しでも雑な処理するとこの星に直撃して全部吹っ飛ぶわけだから、かなり追い詰められてるねという顔)』

 

『(・ω・)(この追放兵器射程距離あるんだよなー。こんな恒星間距離レベルまで離れた物体を狙い打つ用途じゃないから、仕方ないけども)』

 

『(・∀・)(相手が攻撃を少しでもミスったら、この星滅ぶわけね。でも、この状況で離れるのは―――という顔)』

 

『( ̄д ̄)(そもそも、熱線をわざわざ長距離から時空間に置く必要無くない? 遠方に本体置いて、現場に攻撃置けばいいだけじゃんねという顔)』

 

『(◎д◎)(あ、ヤバ……本体じゃないわコレ。本体は―――総員、隕石から離れ―――)』

 

 蜘蛛達が瞬間的に空間転移で隕石の周囲から離れた途端だった。

 

 数億度の炎の帯、プロミネンスが隕石を包んだ。

 

 呑み込まれた数百匹の蜘蛛達が真空呪紋による断熱と体細胞から発したガスを真空の壁内部に纏う事で猛烈な粒子線を電子に変換し、肉体に巨大な超電圧超電流の雷撃数百発を喰らったように焼け焦げるだけで何とか耐える。

 

 全て吸収出来た個体は半数にも満たず。

 

 その状況で再生中にも隕石の落下が数倍の速度で加速。

 

 次々に緋色の塔を割砕き、拉げさせながら、遂に島の直上へと落ちていく。

 

『Σ(・ω・ノ)ノ(本体が隕石の中心核にいる!? 自分の本体で侵食を受けながら、隕石だけでも落下させるとか。遂に捨て身かよという顔)』

 

 蜘蛛達を一瞬でも欺いた女神の本体は顕現した隕石内部で己の全ての力を対侵食と隕石の落下速と熱量の増加に傾け。

 

 遠方にある分体を消した。

 

 侵食されながらも、侵食されているのは魂ではなく肉体であるという点で処理量自体は食わない簡単な事象への干渉処理のみに特化した為、女神は硬質化して砕けながら目に光は無い。

 

 侵食される生身と緋色の物質の混合物。

 

 崩壊と再生を繰り返すだけの有機物と無機物の塊と化しつつ、女神は叫ぶ。

 

【この世界に明日を!! 我が大陸の子らが遺したかった未来を!! 例え、今の犠牲の上に我が命朽ちたとて!! この意志は曲がらず!!】

 

 隕石の偽装が剥がれて、緋色と化していく。

 

 もはや、偽装する意味は無い。

 

 女神の捨て身は最終段階へと到達しているのだ。

 

 巨大な質量が太陽と化しながら堕ちていく。

 

 熱量を封じ込めた爆弾と化したソレが塔の真菌を蒸発させながら引き戻そうとする大気層―――ヘリオス分体と蜘蛛達の猛烈な反対側へと引っ張る推力をものともせずに綱引きのように全てを牽き込んで落下していく。

 

『(´Д⊂ヽ(これ落ちるわ……ちちの手を借りないとどうにもならないっぽいという顔)』

 

『(´|ω|)(これが真正神の捨て身。本体を追放兵器で処分すれば、制御を離れて放散される数億度の炎で星全体が朽ちるわけねという顔)』

 

『\(゜ロ\)(/ロ゜)/(あーもう滅茶苦茶だよぉ!? 天井蜘蛛さんは―――まだ、惑星の裏側で真正神相手に大激突中!!? 他の天上蜘蛛は時間差の改善で島の中央に集結し始めてるけど、他の地域に天使の巨人が無限落下中!? 天使は使い捨てなわけね!! ちちに約束した事も守れない堕蟲って呼ばれちゃう!?という顔)』

 

 第二波のノクロシアン達が打ち上げられながらも、数億度の炎の帯を高速で横合いに避けていく。

 

 さすがに少年が出張る事態かという時だった。

 

 その隕石の中心核を通って巨大な光の筋が立ち昇り、通過していく。

 

 あまりにも高密度の魔力と呪紋の集合体。

 

 通常のグラングラの大槍を遥かに超え、数億度の熱量すらも物量で吹き飛ばす威力が貫通したというだけで、正しく惑星を貫くに足るものと分かる。

 

『(/・ω・)/(別の時間軸から攻撃飛んできた!! これぞ天ならぬ蜘蛛仲間の助け!! 本体観測!!という顔)』

 

『(◎_-)(本体健在。数億度の熱量の制御が一瞬もブレないとか。さすが真正神……あのグラングラの大槍の収束攻撃でまだ形を保ってるとかマジで神の力は干渉中和されてるの? 出力どうなってんのさという顔)』

 

【――――――】

 

 もはや人の形をした何か。

 

 そうとしか分からぬ溶解したソレはしかし一切の躊躇なく落とす隕石の巨大な大穴の最中、莫大な自分のものではない熱量による融解した中心域で遥か地表の塔の横に佇む少年を見下げる。

 

 どの道、彼女が制御を誤った瞬間には少年が何とかしていたのだ。

 

 だが、そんな事……正しく恥も外聞も捨てた女神だとて、敵の手を借りて己から世界を護らせるなんて……不義理に過ぎる仲間達への裏切りは犯せない。

 

『クソがぁあああああああああああああああああああああ!!!?』

 

 だが、その世界終焉級隕石落下中という事態にも関わらず。

 

 北部方面には無数に天使の巨人が遥か上空から無限に全てを圧し潰すように落下速を付けて降下中であった。

 

 上空からの強襲降下部隊は翼を開く事も無く。

 

 己を弾丸に変えて遥か島の直上から空間転移で打ち込まれ続けている。

 

 あの世の国からの軍隊。

 

 天使の軍勢。

 

 最終決戦用戦力は明らかに先日よりも遥かに強固なこの世のものでは無さそうな不思議な色合いの金属で造られた全身鎧姿であり、翼にも生身の部分は一つも見えない。

 

 全てが鋼に融合されたソレは天使と実際には分からぬ程の変貌を遂げている。

 

『雑に人を拘束してんじゃねぇえええええええええええええ!!!!?』

 

 何もかもが面倒なアマテラスへの支援。

 

 敵の増援を阻む為の遅延策であった。

 

 全力の樽の人ことガシン・タラテントは血管が切れそうな形相で叫びながら、己の霊力を全開で北部上空へと広げ、入り込む天使達を次々に霊力掌握によって拳大の煌めく結晶へと変化させていた。

 

 彼にもっと力が有れば、北部どころか。

 

 ニアステラとフェクラールまでも覆い尽くす霊力体を牽き出せたかもしれないが、生憎とそこまで未だ力は育っておらず。

 

『ッ―――霊力掌握だけでこの摩耗かよ!!? 我慢比べしてる場合じゃねぇんだ!? オレをあいつらの場所に行かせろぉおおおおおお!!?』

 

 ガシンが膨大な質量の霊力掌握で霊体の摩耗、霊力の消耗による疲労に全身を細らせながら、汗を滝のように流して回復しつつ抗う。

 

 黒き霊体は更に黄金の輝きを混ぜ込み始めていた。

 

 ソレはもはや神の魂の位に近いという事。

 

『掌握しろッ、掌握しろッッ、掌握しろッッッ。オレの拳が天を突き抜ける拳だと証明しなきゃッ、何の為に此処までお膳立てされてたんだ!!!!』

 

 叫ぶガシンは知っている。

 

 仲間達と共に征けないのも、己を鍛えさせ続けた少年が……ただ、本当にただ必要だから、備えさせていたという事を。

 

 そうでなければ、ガシン・タラテントが何処かで死ぬと思っていたからだと。

 

 それは正しく今現実になろうという程に彼を圧し潰そうとして、それでも仲間達と行けなかった時間の分だけ……彼を遥か強固に抗わせる。

 

『ヘルメェエエエエエス!!!』

 

『(/・ω・)/りょーかい!!』

 

 ガシンの背中に翡翠色の蜘蛛が溶け込むようにくっ付き。

 

 同時に開かれた多碗に更に蜘蛛の脚が加わる。

 

『この邪魔な雨粒を全て、単なる石ころに変えて、オレはあいつらの下に行く!!』

 

『(◎ω◎)能力連続励起開始。蜘蛛でも能力の多重連続同時顕現は即死する負荷が掛かるから、がんばって、たえてー』

 

『オレがその程度で死ぬかよ!! やれ!!』

 

 処理という点において無限に降る天使達はあまりにも面倒な手順をガシンに取らせており、圧縮し切れていないせいで人の拳大までしか凝集されておらず。

 

 同時に重量もその体積にして家一個分にもなっていた。

 

 次々に降る隕石に混じり、無限の天使の雨……否、天使の宝石が大地を覆い尽くしていく。

 

 その最中もはや、何でもありの北部からガシンが消えれば、即座に転移でニアステラへ向かおうものならば、天使の重量によって全ては圧し潰され、黒蜘蛛の巣すらも圧縮されて埋もれるに違いない。

 

 それでも仲間達の下に向かおうと言うならば、全てを呑み込む度量、全てを使うだけの器が必要だ。

 

 器が壊れれば、霊力は一気に散逸し、ガシン・タラテントの霊力は単なる人格も持たぬ環境と成り下がるだろう。

 

『―――(^◇^)(今までやって来た事……一つも無駄な事はないみたい……コレもきっとちちの……)』

 

 ガシンの背後でヘルメースが気付く。

 

 北部と南部、西部の各地で呼応するように無数のガシンの霊力が脈動し、次々に網の目状に人のいる場所を通じてネットワーク化されていく。

 

 それが遂にガシンの霊力と全て接続された。

 

 ゾティーク。

 

 地域に跨り、流通した全ての通貨が発する霊力はまるでガシンの予備の霊力の如く大河となって地域を繋いだ。

 

『ッ、【融霊肢】………いや、そうじゃねぇ。オレの拳―――【幽令拳】!!!!』

 

 ガシンの全身に紋章が浮かび上がる。

 

 今まで彼が階梯を上がる度に変異してきた【レキドの印】は誰にも見られる事も無かったが、ソレは今や全身を覆い尽くす円環と流線形の肉体の力の流れを心臓を含む五臓の円を中心とし巡る曼荼羅のような図を露わとしていた。

 

 ソレが黒金の輝きへと至り、溢れ出した真菌がその印から肉体を侵食するように青年を飾っていく。

 

 弾け飛んだ衣装に腰布一つ。

 

 弓なりに引かれた右手が遥か天上へと狙いを定め―――。

 

『どいつもこいつも繋がってオレになれ!!!』

 

 牽き絞られた弓の矢の如く拳が打ち上げられ、それと同時に地域全てに跨る霊力が遥か天に向けて放出―――否、繋がったままに天を貫く濁流と化した。

 

 その時、青年の意識から音が消えた。

 

 同時に彼の目の前に己の霊力が取り込んだ全ての魂の記憶が流れ去っていく。

 

 赤ん坊の記憶。

 

 老人の記憶。

 

 女の記憶。

 

 男の記憶。

 

 誰かの記憶。

 

 そして、天使達の記憶。

 

 ソレは正しく天を覆う軍勢。

 

 島どころではない。

 

 この星を覆い尽くして余りある巨大な神々の軍勢。

 

 兆を超えて、京……京を超えて乂……正しく無限に等しい軍勢があの世を埋め尽くし、小さな小さな島に向けて濁流の如く流れ込んでいた。

 

『ふ……上等じゃねぇか!!』

 

 それと同時に青年は少年の記憶までも見てしまった。

 

 それは自分に関係のあるものだけなのだろう。

 

 幾度と無くぶつかり、時には殺し合い、あるいは笑い合い。

 

 でも、最後にはいつも悲しそうに俯いた顔。

 

 共に背中を預け合った日も、共に向かい合って強敵と戦った日も……いつも彼の視線は少年の背中しか見ない。

 

 必ず倒れた青年を背後に少年は振り返りもせず戦い続けていた。

 

 いつの間にか。

 

 何も言わず。

 

 ただ、示すのみで鍛えるようになった。

 

 手間の掛かる兄貴分を何処か眩いものでも見るように見つめ続けていた視線。

 

(ああ、何だ……オレは最初から……)

 

 悲惨を、残酷を、諦観を目の当たりにしながらも、いつもただ強く強く全ての光景を己に刻み付けて、目の前を進んでいた少年の背中を……ガシン・タラテントはようやく手を伸ばせる距離にまで―――。

 

『(≧◇≦)/がしーん』

 

 青年の頭部に今度は紅の蜘蛛の記憶というか意識が殴り付けるように飛び込んで来る。

 

『おわ?! ルーエル!? 重症で寝てるんじゃなかったのか!?』

 

 人間形態の少女がガシンの頭に両手、肩に両足を掛け、肩車して引っ付く。

 

『(≧◇≦)/助けに来たよー』

 

『ああ、そうかよ!! じゃあ、オレの背中のヤツと仲良くな』

 

『(≧ω≦)はーい。へるめすくん。仲間に入~れ~てー』

 

『(◎ω◎)(これが長姉のイゲンかーとガシンの重要回想シーンに割って入った押しの強い天真爛漫系の実力を頼もしく思う顔)』

 

 全員が互いに視線を交わして頷いた。

 

『行けぇえええええええええええええ!!!』

 

『(≧▽≦)いっけー!!』

 

『(◎▽◎)全能力稼働率27%とっぱー!! ちち以外ならたぶん世界しんきろくー』

 

 三位一体。

 

『アレ? 旦那様? どうして、あたし此処にいるのさ? と、とにかくいけーって感じでいい?』

 

 三人の声+一人が重なった時、天を貫く天使の雨が逆巻き、渦巻き、逆流しながら上空の繋がった空間先へと今まで大地を覆い尽くしていた天使の宝石までも舞い上げて押し戻していく。

 

 その宝石自体が空間を超えて別の場所へと至った。

 

 その時、全てのソレが崩壊し、霊力の爆圧が繋がりながら空間という空間の全てを覆い尽くすように音速を遥かに超えて連鎖した。

 

 霊力の渦―――否、巨大化し続ける青年の拳で周辺の天使の軍勢を呑み込み続けて“あの世”すらも揺るがすような、よく見れば傷だらけの霊体を顕現させる。

 

 それは自身の許容量を遥かに超える霊体を天使達の取り込んだ霊力で一瞬だけ行使する限界を超えた一撃。

 

【―――ッッッ】

 

 天使の軍勢が拳に飲み込まれ、宝石と化してあの世を埋め尽くしていく。

 

 巨人で埋まったはずのあの世そのものが今度は宝石によって埋まり、神々すらも手出し出来ない程に高められた五指が、腕が、まるで巨人達を浚うようにして数万キロ近い領域を横凪に払った。

 

 空間の接続が恐ろしい質と量を誇るガシンの霊体通過による負荷で切れそうになり、その前に限界を超えて崩壊し始めた拳が引っ込んでいく。

 

『っ。く……』

 

 ガシンが顔を歪めながらドッと後ろに倒れると同時に霊力の腕は収束した。

 

 霊体内部の無数の宝石達を砕き散らしながら呑み込んで天の空間が閉じるより先に青年の元へと戻っていつものサイズまで収まったのだ。

 

 ヘルメースが背後を蜘蛛脚で支え、ルーエルが上から降りてガシンを抱き留める。

 

 一瞬だけニアステラの地下から意識だけ繋がっていたガシンの嫁(既成事実)みたいなアルマーニアの女戦士の姿は無いが、きっと旦那様~~と地下でどうなったのか分からずにヤキモキしているだろう。

 

『クソ……限界、かよ……霊力が溢れて動けねぇ……』

 

 過剰な霊力を天使達から奪い取り、己の肉体に押し込めた制御能力は今まで少年がやらせていた霊力の大規模運用による熟練で何とか様にはなっていた。

 

 しかし、それでも今にも黄金へと変化しつつある霊力そのものが溢れ出した肉体は少しでも突けば割れる風船の如く。

 

 霊力の急激な増加によって鎮静化するまでの行動不能を彼に強いる。

 

 この天使達の莫大な力を得た霊体から安全に霊力を引き抜いて固定化しなければ、何日肉体の制御を取り戻すのに拘束されたものか。

 

 同時にヘルメースが蜘蛛の能力をやたら付加して肉体の許容量を大きく引き上げ、霊体を少しでも安定化させていたせいで背中の多碗は腕ではなく。

 

 もはや蜘蛛脚の翼となっている。

 

 能力をゆっくりと停止してガシンへの負荷を減らしているが、それでも残った影響はガシンの背中から広まり、全身に広がったレキドの印と真菌の紋章に沿うようにして硬質な装飾のように肉体を侵食していた。

 

「クソ……あいつの記憶まで見ちまったってのに……何だよ……もう失せてきてやがる……オレが……薄ま……っ……悪りぃ……………」

 

 最後に仲間達に僅か呟いて、青年が気を失った。

 

 天空の空間の歪はもう残っていない。

 

 しかし、天使の宝石は大半ガシンに取り込まれて尚、道端に敷き詰められたような数がゴロゴロしているし、アルマーニアの首都に置かれたニブルヘイムでは地域を覆っていた巨大な霊力が消え失せた事……つまり、ガシンの威圧が失せた為に内部に避難していた者達が神々の手先として活動を開始。

 

 死ぬかもしれずとも戦うという勤勉さで颯爽と出撃し始めていた。

 

 流星雨は未だ大地に降り注いでいるのによくやると感心するヘルメースであるが、今から此処を放棄出来るものでもないと後の事をルーエルに任せ、周囲に隕石を分身するかのように避けて残像を残してやって来る部隊と合流した。

 

 ノクロシアンの殆どがニアステラ方面へと招集されていたが、それ以外の者達もいるにはいる。

 

 黒蜘蛛の巣から隕石を鼻歌交じりに回避する移動得意系蜘蛛達がヘルメースにコクリと頷いた。

 

「(^◇^)しばらく、あのお庭に黙って籠っててもらうことにさんせーのひとー」

 

『(/・ω・)/(はーいという顔)』の数百人。

 

「(^▽^)ちょっと、今いそがしーから、しかたないね」

 

 まぁ、殺しはしない。

 

 蜘蛛にも幼女にもしない。

 

 何故なら、新人類の偽英雄との取引で色々と手加減して必要な時以外は“死なないように無力化する”と取り決めがあるからだ。

 

 だが、それにしても今の現状で攻めて来るとか蜘蛛達にしてみれば、空気読めねーなーというのが本音であった。

 

 どの道、勝てない相手が滅びるかどうかの瀬戸際ならば、普通に黙って見ていればいいのに自分がやってもほぼ負けるのが確定な出撃なんて時間稼ぎ以外には意味が無い。

 

 そして、今の蜘蛛達相手にニブルヘイムの戦力が時間稼ぎ出来る状況でも戦力でも無いのは火を見るより明らかであった。

 

 こうして北部では次々にニブルヘイムから飛び出した自称神の使徒達相手の蜘蛛による封じ込め作戦が展開される事となるが、全体としてはガシンの主戦闘終了後の残業扱いである。

 

 無論、そうではない戦域も確かに存在する。

 

 それがニアステラとフェクラール二つの地域を護る為に直接利害を持たないような人物達による世界の崩壊を食い止める為のものだとしても。

 

【こちら“イレギュラー”……隕石落下阻止のオーダーを継続、周囲の敵性存在を排除する】

 

 数キロにも及ぶ巨大構造物が音速を超えて駆動していた。

 

 聖域中央部の外殻。

 

 真正面から蟲達の領域を突っ切って、隕石の衝突地点に向かっていた先進大陸御一行様は此処で無数の巨大昆虫の群れに出くわしていた。

 

 向かう先にあるのは巨大な紫色の沼地であるが、その大半が溶解液らしいというのは偵察したドローンによって判明している。

 

 しかし、聖域のある島の中央部から別地域に抜けるには空間の捻じ曲がった地域を突っ切らなければならず。

 

 本来は国家首都拠点防衛用だった超巨大ゴーレムに神器を複数詰んだソレは大き過ぎるせいで要塞戦艦の支援が無ければ、他地域に入れない。

 

 つまり、本拠地を引き連れての行軍とならざるを得なくなっていた。

 

『―――見てるだけでも悍ましい!!?』

 

『おや? そういう感性はまだ有ったのかね?』

 

 艦内部では忙しく艦の自動制御端末であるドローンが行き交っているが、メインスクリーンのある司令部内では女と男がそんなやり取りをしていた。

 

 普通の人間ならば全身が毛羽立つ事請け合いの外部映像は一面敷き詰められた大地の如き蟲の大群。

 

 しかも、イレギュラーとコードを名乗らされている操縦者が駆るゴーレムによる光弾の掃射や近接格闘するビルの如き腕先のブレード、多脚の全てから放たれ引きずられる無数のワイヤーの如き対地掃討用爆導索が猛威を振るっている。

 

 地表が見る見る地面の色を取り戻している直進上の領域は多脚の上半身人型であるゴーレムが回転する度に彼らの大陸にあるお掃除用ドローンで綺麗にしたように大地から蟲を駆逐していた。

 

『あの沼地をイレギュラーの機体が超えるにはこの戦艦と接続して浮かばせて運ぶしかないのだが……戦闘行動で落下までに間に合うかどうか正直ギリギリだな』

 

『並みの国家なら、この3分の戦闘で国土全域が壊滅してるはずでは? この蟲達……多過ぎる!!』

 

『HAHAHAHA、何か私怨が入ってないかね?』

 

 戦艦内で男女グダグダしている合間にもその無限に爆破出来ると技術者に豪語されていた神の力を用いた無限爆導索が使い過ぎで焼き切れた。

 

 無限にエネルギーが供給出来ても、使い切りではないだけで耐久値の使用限界は存在するという事であった。

 

『ん? 南西域に高エネルギー反応!!! 全出力を防御膜に!!!』

 

 その声が叫ばれた時、遥か遠方からの光の槍が数本。

 

 一気に彼らを飛び越して周辺領域の蟲達を次々に巨大な衝撃と熱量で蒸発させ、融かし、焼き尽くしていく。

 

 その後、彼ら当てに電波が飛んできて、勝手にシステムが拾った音声を処理して、敵性存在からの声明として中枢で音声が自動再生された。

 

【こちらヴァルハイル軍。外界の者達と見受ける。今のを当てなかったのは当てても意味が無いからだが、貴君らの所属と目的を開示せよ】

 

 その言葉に一瞬で電脳な上官が渋い顔になるのを見た女が肩を竦める。

 

『何て言うつもりです?』

 

『世界を救った後に戦うつもりだが、今更にあの大岩が振って来る場所で殺し合いをしたいものでもないだろう。今のところは……』

 

『……撃たれますね。間違いない』

 

『ならば、ウチのイレギュラーに丸投げだな』

 

【こちら“イレギュラー”……現在、交戦する意志は無し。あの大岩をどうにかした後、然るべき場所、然るべき時間に再び相見えよう。と、上官殿が遂せだ】

 

『おいおいおーい!?』

 

『ははは、やられましたね。ですが、意訳すればそんなものでしょう?』

 

『はぁぁ~~これでも灰色の頭脳は大事にしているんだが、どうやらウチにはストレスを理解しない者しかいないようだ……』

 

 背後から撃たれないだけマシの状況の最中。

 

 外界からのイレギュラー達とヴァルハイル最後の王子はスレ違い。

 

 同時に同じ西部を目指して流星雨の最中に疾走を続ける。

 

 王群が未だ残存する北部方面から中央部の南西域を横断して最速最短で突っ切るルートを取ったヴァメル達はルーベルシアを横に寝かせた巡行形態のままにグラングラの大槍を遥か遠方に曲射した後、殆ど王群を見掛けない領域の上空を急速に進んでいた。

 

「間に合うか? ヴェルギート」

 

 接続者以外も入る事を許可された制御室内。

 

 四肢をサブの制御室で繋いだままのヴェルギートが動かすルーベルシアは限界域の能力を発揮して飛行し続けていた。

 

『微妙かと思われます。時間差が消失していく状態で移動している為、時間変動の値が極めて観測し難く。直撃時までには間に合いますが、阻止行動分の時間があるかと言われると……』

 

 その答えに自分もまた四肢を繋げていたヴァメルが目を細める。

 

「妹殿と他は?」

 

『現在、蜘蛛の親玉であるセブンス・ヤーンと呼ばれる七匹の蜘蛛達による各地の防衛戦が展開されているようです。その影響を地下で観測しながら、角の騎士と最古の四卿の方が落下阻止の為の蜘蛛達の行動に協力しているようで』

 

「あの世界を圧し潰そうとする大岩をそもそもどうやって蜘蛛達は止めるつもりなのだ? 見る限り、世界を覆い尽くす程に巨大なのは分かるが……」

 

『―――現在隕石そのものの制御権と落下中の諸々の状況を有利に傾ける為、互いに攻防の最中のようです。隕石そのものは変質させて掌握度合いならニアステラ側が優位ですが、その落下に全力を注いだ大神が隕石中枢に陣取……っ』

 

「どうした?」

 

『来ます。着弾まで1秒―――到達、貫通しました』

 

 ヴァメルもまたルーベルシアの観測機器を通して見ていた。

 

 巨大な光が何処からか。

 

 一瞬で現れて、隕石を貫通して過ぎ去っていく。

 

『落下速は変わらず!! 神格に直撃したようですが、どうやら倒すまでには至らなかった模様。更に増速。阻止限界点を突破しましたが、変わらず蜘蛛達は何かを狙っているようです』

 

 巨大なプロミネンスが地表へと遂に堕ちて来る。

 

 その熱量の帯が島の周辺海域へと直撃した時、海そのものが猛烈な熱量に蒸発した場所から焼結。

 

 更には巨大な熱量は地殻をも融解させていく。

 

 だが、島そのものはその近くにありながら、まったく影響を受けている様子が無い為、明らかに島そのものが空間的に隔絶されている事が分かるだろう。

 

『―――なるほど、破壊も蒸発もさせられないのならば、そういう事になると』

 

「何だ? どういう事だ?」

 

 ヴァメルに声だけが返される。

 

『蜘蛛達はあの隕石そのものを受け止めるつもりです』

 

「はぁ!?」

 

『恐らくですが、空間制御用の呪具を用意しているはず。エル卿の手によるものでしょう……隕石の落下は最初から止める気は無いのですよ。受け止めて、その質量そのものの影響を極限まで減らし、維持する。ソレこそがやつらの狙いです』

 

「……この世界が潰れるか否かの質量だと思ったが?」

 

『霊力掌握の類です。奴らの機体に使われている十八番の力で重量を極限まで減らし、隕石そのものの質量を己の為に利用するつもりなのでは?』

 

 ヴァメルの開いた口が塞がらない様子となりつつも、何とかなるかと世界を圧し潰す質量を前にして沈黙する以外無かった。

 

 *

 

 遂に上空から大気層を割りながら隕石の大穴が開いた中心点から地表までが2500km近くまで迫っていた。

 

 残り30km程で地表に到達する隕石の真下には誘導された岩石が次々に降り注ぎ、猛烈なグラングラの大槍の射爆で全面的に島の上空はパーティー会場と化しており、花火には事欠かない。

 

 宙に上がった蜘蛛の一団はプロミネンスに掛かる神の力の中和が出来なければ、蒸発する温度に突っ込む事も出来ず。

 

 空間を捻じ曲げて制御する事である程度の時間は活動可能だろうと推測していたが、それにしても神が消えねば中々に難しいと判断。

 

 ヘリオス分体の最後の働きを待っていた。

 

 しかし、最終局面。

 

 もしも、ソレを行っているのが大神達ならば、彼らはよく戦というものを弁えていたと言えるだろう。

 

 ダメ押しとしての攻撃が地表には現れていた。

 

 影……蜘蛛達を狙って現れたソレは神の力を持った疑似神格。

 

 神の力を中和せねば、物理的に倒せないノクロシアの守護者達と同じもの。

 

 ソレと共に無数の機影が空間を捻じ曲げて押し込まれて来た。

 

 ゴーレム。

 

 否、真なる旧き者達のゴーレムだ。

 

 少年達が戦い。

 

 何とか討ち取る方法を確立したソレが天使の軍勢の如く隕石の最中に共に落下して蜘蛛を狙って攻撃を開始していた。

 

『(´Д`)(解体するには手が足りなさ過ぎる……影を体表からの光波放射で消しつつ、万単位の敷き詰められたゴーレムを一人頭30機解体……今の制限だと音速超えて動き続けても回避が必要なせいで一機当たり4分以上かかる計算になるよなーとぶっとい剣で頭部を一刀両断……変形回避しながらゴーレムの腕を切り飛ばす顔)』

 

 次々に現れるソレらが地表へと出撃した蜘蛛達によって次々に撃ち取られていく。

 

 攻撃手順、攻撃方法、相手の致命部位、戦術、全て蜘蛛達にとっては既存のものであり、少年が脳裏で構築した対処戦術は間違いなく有効。

 

 だが、最大にして最強の……蜘蛛達にも利くだろう力。

 

 “物量”という点において、現場を支え切るにはその蜘蛛の数は圧倒的に足りていなかった。

 

 地下の護りを放棄すれば、両地域を一定時間護り切れはするだろう。

 

 しかし、地下へと浸透してくる影達を神の力で照らして消し続けるという役目を負った蜘蛛達が動く事は出来ない。

 

 殆どの隕石は巨大な岩盤の上で遮られてはいた。

 

 クレーターの大半は山岳部がほぼ消失した中央地帯の塔の周囲に堕ちている。

 

 しかし、巨大な熱量によってランダム性の高い金属光沢の大地となった天井から上でも崩落するような衝撃が奔れば、落盤の危険性は高まる為、蜘蛛達は二層に分かれて戦い続けている。

 

 上の蜘蛛はグラングラの大槍を連射するので手一杯だし、下は蜘蛛達もまた空間の歪みから現れるゴーレムと影を延々と駆逐する仕事に拘束され、何処もとにかく数が足りていなかった。

 

 両地域の全土が戦場と化した今、あちこちで影を全身からのイゼクスの息吹の超弱化版の光で瞬時に消して歩く蜘蛛達が援護に付いて尚、正直次々に追加されるゴーレム達の対処は飽和しつつあった。

 

『(^o^)丿(これでこそ戦場。技能全開放してもいいってお達しも出たし、そろそろやっちゃう?という顔)』

 

『(・ω・)(ちちの戦闘記憶って実演出来る限界で体を駆動すると寿命縮むんだよなーという顔)』

 

『(^◇^)(でも、寿命自体は霊薬で伸ばせるから、言う程に使用に躊躇う理由は無いという顔)』

 

『(( ̄д ̄))(全技能使用可能化。肉体の意識下のリミッターを全て解除。全戦闘パターンを解禁。目標は敵主力ゴーレムの一時解体による行動不能化。魔力消耗を緊急時以外固定―――質量開放、凝集開始)』

 

 ぬいぐるみ化していた蜘蛛達の大半。

 

 ノクロシアン以外が次々に身体を小さく小さく変貌させていく。

 

 しかし、同時に彼らの姿がノクロシアンのように変貌しながらも機械というよりは有機的な機械染みた金属光沢の装甲に覆われていく。

 

 あらゆる部位を帷子……装甲を重ねたような容姿へと変貌した彼らは体長が50cm程までに縮小した。

 

 それはスピラスを纏った蜘蛛に似通っていたが、生体構造を武器化するというノクロシアンのやっている事を蜘蛛達が真似た結果であった。

 

 そんな者達が蜘蛛の4割以上に達し、一斉に増えた瞬間。

 

 両地域の地盤そのものが1cm近く沈み込んで地下区画が僅かに軋みを上げると同時に莫大なゴーレムの重量よりも更に重い慣性が掛かった大地が揺れた。

 

【―――???】

 

 ゴーレム達が認識した時には己の図体の幾つかの地点が完全に抉り取られていた。

 

 それも直線状にあちこちで胴体や頭部が横から前から後ろからという具合にだ。

 

 だが、再生するよりも早く。

 

 ほぼ一撃にしか聞こえないような想像を絶する高周波が国土全域で響く。

 

 人間の時間認識は1000分の8秒間の出来事を目で認識可能だと言われている。

 

 それに比べてゴーレム達の認識用の観測装置と情報処理中枢は1万分の1秒以下の出来事を認識出来る。

 

 だが、今現在……蜘蛛達の一斉連携攻撃はその速度を遥かに上回っていた。

 

 目にも留まらぬ速さとは人が認識出来ない速度を言うわけだが、存在を検知出来ぬ速さをゴーレム達は推論機構から辛うじて解析出来ていた。

 

 しかし、その一撃で自分達の質量の3割までもが消し飛んだ理由までは分からず。

 

 ただ、彼らが攻撃していた蜘蛛達が体を変化させ、次の瞬間には消えて、クレーターと化した所在地だけが彼らの認識には存在していた。

 

 雷速を可能にする脚力。

 

 真空を肉体に纏う加速力。

 

 慣性を無視する呪紋。

 

 そして、ノクロシアの外壁を取り込んだ後に神の力までも得て、同時に己の存在を霊力掌握で強制圧縮しながら、今まで溜め込んで来た魔力による物質化、質量補填を同時に行った結果。

 

 蜘蛛達は硬く強固でありながら柔軟な生命体として有機生命の一歩先へと歩き出していた。

 

 無機生命体。

 

 お手本となる敵。

 

 元々は武器だったらしい“ミスリス”とやらを捕虜にして調べ尽くしていた彼らにしてみれば、物質的な構造を更に天井蜘蛛のヘリオスからも輸入し、自分達に最適な肉体をデザインする事は正しく当然の義務に近く。

 

 その体では変形回避の為の方法が確立されていない事を除けば、恐らくノクロシアンに迫る肉体能力を手に入れたと言っても間違いではない。

 

【―――!!?】

 

 速い、硬い、膂力が違う。

 

 正しく、ゴーレム達にも劣らない物理量を出力出来る肉体がゴーレム達を遥かに凌ぐ速度で弾丸の如く跳躍し、彼らが認識出来ない速度でその回転しながらドリルのように敵装甲の構造を足先の一点の単一分子から蹴り崩していく。

 

 真なるゴーレム達の多くの材質は無用な熱量や運動エネルギーそのものを受け付けない分子構造となっているが、それにも限度はある。

 

 そして、砕かれて尚赤熱化するどころか。

 

 プラズマになっていないとオカシイだろう物質が常温常圧で安定の砂の如く在るのはさすが本当のゴーレムと言ってもいい性能だろう。

 

 過去の旧き者達は相手からの攻撃によって分子原子単位から敵の影響を極力排除する能力をソレらに与えていたのだ。

 

『Σ(≧▽≦)≧≧≧(てりゃーと回転ドリルキックを決めつつ、仲間とぶつからないように交差しながら地域の端から端までをほぼ1秒内で突き抜ける顔)』

 

『ゞ(^o^)へへへ(壁に着地ヨシ!! クレーター中央で再度連携攻撃を準備する顔)』

 

 ゴーレム達は遠方の遥か山岳地帯やノクロシアの外壁、岩盤の天井、もしくは海側で巨大な水の壁のようなものに吸い付いた蜘蛛達を確認する。

 

 その時にはゴーレム側も自分達と相手の位置関係から自分達が蹴りで質量を削られたと理解していたが、防御姿勢を取るより先に両地域の壁という壁……蜘蛛脚の巣を含めて全ての壁が足場として使われた事を察した。

 

 彼らが砕けた頭部の観測装置で捉えたのは罅割れ砕けながら、空中に散逸していく肉体。

 

 再生しようとした瞬間にはもう彼ら物言わぬ機械にも分かっていた。

 

 自分達の肉体が蜘蛛達の航跡を辿るようにして牽かれた見えざる糸によって編まれた無数の網によって再生の為の移動も復元の為の位置情報の確定も全てが全て阻止されたと。

 

 再生の為に必要なのは神の力の魔力化と魔力からの物質化。。

 

 復元の為に必要なのは復元の為の物体の絶対座標、相対座標からなる互いの欠片の位置を相互補完する情報。

 

 しかし、どちらも少年が対処方法を構築済みだ。

 

 物質から再生するならば、再生の為の物理量や魔力のようなエネルギーを収奪すればいい。

 

 高次元から直接影を投射して質量があるように見せ掛けるならば、座標の確定は絶対に必要であり、その現実での座標そのものが僅かに空間を歪める重力呪紋の通う糸によって変化し、投射位置を固定化出来なくなる。

 

 どちらでも結果は同じである。

 

【―――】

 

 無限にも等しくゴーレム達は繰り返される蜘蛛達の芸術的なまでに交錯する蹴りで砕き散らされながら、再生も復元も許されず。

 

 しかし、高次元からのエネルギーと物量を本来とは異なる指定空間に表出させ続けるという状況によって戦力の再生機会を失った。

 

 意味も無い場所へのエネルギー顕現、間違った空間情報の指定先が無数に発生した事で突如として現れるエネルギーや物質によって両地域が埋まっていく。

 

 それ自体が意味を持った形にならない砂と化してしまえば、後はワンサイドゲームである。

 

 見えない糸の層に編み込まれて膨れ上がり、両地域を埋め尽くさんばかりに砂が縫い込まれた布地が大量に積み重なっていく。

 

 そのままでは両地域は完全にゴーレムの砂と布で埋まった事だろう。

 

 だが、そうはならない。

 

 何故ならば―――。

 

 分子構造からして破断するしかない糸の檻に囚われ、次々に糸そのものから神の力を吸い取られ、糸そのものがヘリオスの如く分子構造を分解しながら侵食しているならば、それは相手の質量とエネルギーを制御しているに等しい。

 

 そして、高次元から延々と送られてくる“消えてしまうエネルギー”であろうとも事象として確定した事実を挟み込めば、“消費”が可能だ。

 

 全ての物質をエネルギーに変換しつつ、送られてくるエネルギー自体を別の事象へと変換し、確定させる。

 

 それは今まで蜘蛛達がやって来た事と左程に代わりが無い。

 

 鹵獲兵器の利用、相手を物資とした再利用は正しく蜘蛛の真骨頂。

 

『(´・ω・`)(ちちの知識にも有ったなーそう言えば……物質からエネルギーを完全に取り出す方法。重力式圧縮技術、ブラックホール機関では4割くらいが限界。核融合でも不可能。原子核の中身に殆どエネルギーは無くて、内包してる殻の部分に大半エネルギーがあるんだよねーという顔)』

 

 魔力を物質として顕現する事は不可糸で習熟し、今や一個体が行える技量で物質と魔力の変換は相互にロスが極めて小さい状態で行う事が可能だ。

 

 霊力を魔力に変換する呪紋から始まり、その変換そのものを体内の細胞に付与する呪紋で行えば、事実上はロスを出しながらも呪具に頼らず己の五体でソレも可能。

 

 物質、魔力、霊力の相互置換のロスは最小限度で現在も最大の置換効率でのロスは1割にしか過ぎない。

 

 魔力を物質にする事の逆。

 

 物質を魔力にするのも可能なのだ。

 

 幾分かロスは大きくなるが、それでも十分な力だろう。

 

 ソレは中性子、陽子、電子、原子核の創造。

 

 物質を霊力による掌握技能で延々と変質させ続けて来た彼らはソレの領域にまでもはや届いていた。

 

 ダメ押しとして今、目の前にお手本とするべき事象が、太陽の原理と同じものが神の力で延々と再現され続けている。

 

 核融合反応。

 

 物質からエネルギーを取り出す力は同時に物質そのものが内包する力を絞り出す事が如何に難しいかという課題でもある。

 

『(|◇|)(つまり、それって霊力も物質だから普通の物体に作用出来るって事と同義だよね。霊力掌握した分の質量の重さは何処に行くのか? とか、考えて欲しくないよねー人類には……という顔)』

 

『(>_<)(ま、人類が知らなくてもいい未来の一つだろうしね。ちちの霊力掌握は本来“消去されなければならないはずの事実”を一部世界の定理に上書きしてるっぽいから、あの出力なんだろーなーという顔)』

 

『(T_T)/(この宇宙の本来の定理にある“論理的じゃない部分”の消滅処理が挟まれてないんだっけ? この事実意識される事殆ど無いけどという顔)』

 

『(=_=)(物質からエネルギーを全て取り出す方法は単純なんだよなー。ちちがやってたニュートロニウム・テトラ……霊力凝集体の中性子核集団で他の物質の陽子を全部引っこ抜けば、原子核の殻を一時的に解体出来るっていう……という顔)』

 

『(;^ω^)(ちち以外がこの事に気付いて定理停止済みでやったら、恐らくこの星こわれちゃーう(蜘蛛は例外とする)という顔)』

 

 物質からエネルギーを限界まで搾り取る事が出来れば、無限機関も真っ青の再利用方法が確立されたに等しくなる。

 

 ソレは正しく蜘蛛達の掌にあった。

 

 一握の砂は世界を亡ぼす力。

 

 それを真に理解し、利用するならば、今から蜘蛛達は一匹で惑星一つを破壊出来る爆弾を弄っているに等しい。

 

『(>_<)(あ、増援だ♪という顔)』

 

 そろそろ蜘蛛達が本気で隕石を世界を破滅させかねない叡智と力で破壊しようか悩み始めた時。

 

 空間転移で現れ続けていた大量のゴーレム達の搬出口。

 

 天井付近の空間の歪みが無理やりに破壊された。

 

 巨大な10mはあるだろう船のアンカーの如きものが空間に捻じ込まれるようにして地表から射出されたからだ。

 

 ソレが歪みに接触した瞬間、本体が空間を飛び越えたと思ったら、閃光を零して空間の先が爆発すると同時に更なる歪みが天井付近で無数に発生し、次々にゴーレム達の構造物質の砂を虚空から落とす場所へと早変わりした。

 

 アンカーの出所は地面だ。

 

 その傍の地表付近からは次々に蜘蛛達が溢れ出していた。

 

『艸(-ω-)艸(待たせたな!!という顔)』

 

『\(|◇|)/(来てくれたのかー冥領の精鋭たちーという顔)』

 

 ノクロシアン化した精鋭とは違う。

 

 別系統の能力を極めようと研鑽していた蜘蛛達。

 

 魔族系の時空間能力を取得し、大海に罠を施して回っていた個体。

 

 黒い悪魔の硬質な翼を持つ蜘蛛達。

 

 彼らが次々に虚空から現れ、お手製の霊力掌握済みの重力呪紋を山程分子単位で織り込んだ白霊石製のアンカーをゴーレムの出現位置に発射していく。

 

 仕掛けは簡単だ。

 

 重力呪紋による超絶加圧によって出現するはずのゴーレムを最初の部分から完全に分解した状態で空間の先から出力させる。

 

 更にゴーレムが分解された状態から吸収出来る神の力、通常の物理量、物質の位置情報を諸々歪めて策源領域として敵の出現ポイントを確保。

 

 吸収された力は全てアンカーに繋がる鎖を通して各地の黒蜘蛛の巣に充填。

 

 砂の質量は再生復元されないが、同時に現実に残っている場合は全てノクロシアの技術的な遺産の復元用途に再利用。

 

【―――!!?】

 

 こうしてゴーレム達はアンカーを破壊しようとするも、その攻撃の隙に被せられた蜘蛛達の超速の致命突撃攻撃の餌食になった。

 

 最後のゴーレムが破壊されるまで2分弱。

 

 焼き滅ぼされ、無数の金属光沢の砂で埋まった両地域には黒蜘蛛の巣だけが天井と繋がって上部構造を見せていた。

 

 しかし、その砂もまた猛烈な勢いで黒蜘蛛の巣の周囲から出現し続けている冥領の蜘蛛達……嘗て、魔王と呼ばれた個体の能力を天井蜘蛛達と共に己へと上書きした言わば【魔王蜘蛛】と呼ぶべきだろう個体達がとんでもない勢いで口に吸い込んでいく。

 

『艸(|◇|)艸(これでも小食なんだけどなーという顔)』

 

 嵐の如き空間制御の極致。

 

 巻き起こされた竜巻はあらゆるものを呑み込むブラックホール並みの理不尽。

 

 その金属砂を1個体で秒間数万トン近い速度で口内へと消していった。

 

 そんな合間にも両地域の中間点。

 

 巨大な塔とその上にある隙間から覗く世界は灼熱にして炎獄に没している。

 

 上空でも無数のゴーレム達が魔王蜘蛛達から同じ目に合わされていたが、それでも最大級の大神にして真正神の攻撃は物量という一点において持て余している。

 

 だが、それでもプロミネンスが覆い始めた島の外周からいよいよ熱量が押し寄せて来る事になれば、防御は彼らが行う事になるだろう。

 

『(>_<)/(最終局面攻勢来るぞー備えろーという顔)』

 

『(・∀・)(遂に真正神の本気相手に蜘蛛だけで押し留められるかどうかの瀬戸際。残り15km。後、1分で落着……という顔)』

 

『( ̄д ̄)(天上蜘蛛さん遅いね何やってんの?という顔)』

 

『(´・ω・`)(真正神の正味5割の個体相手にまだ勝ててないっすねという顔)』

 

『(T_T)(ま、しょうがないね。後はオネイロスさん達に任せよっかという顔)』

 

『(´・ω・`)(例の呪紋と結界の発動用意しときますかーという顔)』

 

 彼ら蜘蛛が最後の瞬間へと向かい準備を続ける最中。

 

 塔の岩盤の上辺りからコロコロと白い塊が窓の外にボテッと落ちた。。

 

 今や歪み砕け溶けている真菌の塔。

 

 その周囲はゴーレムを処理する魔王蜘蛛達と通常戦力の蜘蛛達が戦闘中であったが、彼らはようやく出て来た蜘蛛達の切り札が寝起きで蒼くなるのを確認。

 

『( ̄▽ ̄)(………………)』

 

 起きたまま寝ているように見えて、思わず脳裏で『(゜д゜)/オイオイオーイ』とツッコミを入れた。

 

 そうして、オネイロスの複眼がようやくキロリと開き。

 

 その甲殻が蒼く染まる。

 

 途端、落下中の隕石が突如としてビタリと今までの落下速など嘘であったかのように上空1km地点で停止する。

 

 自由落下すらしない。

 

【―――ッ!!?】

 

 変質した肉の塊に近しい女神が再生しながらも侵食される瞳で蒼い蜘蛛を凝視していた。

 

 何をされたか。

 

 分からなかったのだ。

 

 今も彼女の力は隕石を落下させる事に費やされている。

 

 しかし、隕石はビクともしない。

 

 1mmも動かない。

 

 惑星との相対位置を維持したまま慣性と速度だけが消えていた。

 

(慣性制御? いえ、違う。この質量の慣性を殺す程の魔力運用体系の気配がしない。なら、何故!? どうして!!?)

 

 女神がさすがに動揺した。

 

 これ程の質量の動きが止まる事自体、本来在り得ないのだ。

 

 その時、女神がハッと隕石の後ろを確認した。

 

 今も彼女を侵食しようとしている隕石はヘリオスによって変貌した代物だ。

 

 その力で編まれた糸が別の場所へと延々と伸びていた。

 

【何よ。それ……】

 

 言葉は絶望よりは諦観を帯びていた。

 

 女神の力が猛烈に働く隕石。

 

 ソレが緋色の糸で繋がった先は―――月であった。

 

 直径5000kmオーバーの巨大物体は今やそれとほぼ同等の惑星最大の衛星である月に引っ張られていた。

 

 その力の出所は明らかだ。

 

 女神は運動エネルギーを隕石に与え続ける単一特化の出力制御を行っている。

 

 しかし、その運動エネルギーが与えられている隕石の構造そのものはヘリオス分体によって自在に己の肉体とほぼ同義の物質デミ・ストレンジ・レッドに置き換えられている。

 

 これから分かる事は唯一つ。

 

 そのエネルギーは収奪され放題という事だ。

 

 それでも延々と落下していたわけだが、糸を後方へ遥か伸ばした天の階―――巨大な綱で月まで伸ばしたルートから収奪したエネルギーを出力していたのだ。

 

 月まで糸を届かせたのはさすが天井蜘蛛と言うべきだろう。

 

 全てはオネイロスによる両地域の地下に奔らせた呪紋の方陣。

 

 無数に竜骨へ織り込まれた重力呪紋を延々と送られてくるエネルギーで駆動し、繋がったデミ・ストレンジ・レッドをヘリオス分体と共に限界まで操る技にある。

 

『(∴∵◎≧△▽△≦◎∵∴)(全質量による接触質量のオーバーライド開始。呪紋による慣性制御を内在化。オネイロスとの相互支援リンク接続良好。天文単位方陣呪紋【タイタンの階】を起動。全意識を月面投射開始……本体へ情報を更新。塔の防衛を任務に追加)』

 

 元々、塔が備えていた全ての神の力は正しくオネイロスによって従えられて、巨大なヘリオス分体の仮の肉体に等しい物質を星間距離を超えて制御する為のバックアップ体制に費やされていたのだ。

 

 が、その緋色の糸はもはや侵食を完了。

 

 この超短期間で数十万kmもの距離を空間転移も用いて繋げたヘリオスは正しく槍の切っ先として隕石と月を繋ぐ糸を紡ぎ上げた。

 

 そう、隕石から女神を侵食していたのは止める為ではない。

 

 女神の現実での観測能力を持った躯体から五感を奪い。

 

 月への到達計画を悟らせない為の欺瞞工作だったのである。

 

【………星すら動かすとは……っ】

 

 侵食した月が満点の星空に煌めく緋色のルビーと化し。

 

 夜の満月は今や伸びる糸からの侵食で地表を完全に染め上げられ、その地球に向けた正面に複数の巨大なバーニアの如き排気口を開き。

 

 女神から頂いたエネルギーそのものを質量を気体化させた媒質である大気層を吐き出しながら、外へと引っ張っていた。

 

 月面方面は正しく緋色の運河が莫大な排熱による加熱で煌めく天の紅蓮大河を形成していく。

 

 更にはその釣り合う隕石の周囲が無数の糸で絡め取られ、地表の塔から地域全土に延ばされた糸、伸び上がるソレらによって縫い留められ、月と地表の間で均衡させるように繭の如く覆われていった。

 

【こんな馬鹿な事が、こんな事実がッ、あってたまるものですか!? 旧き者達とて時間が掛かる事を―――こんな邪神の手先がッ!!?】

 

 少年がフゥと溜息を吐いた。

 

 ソレが自分へのものだと理解した女神の操るプロミネンスが伸びて塔の根本の岩盤を焼き払おうとしたが、フッと消え去る。

 

 いや、それどころか。

 

 全ての隕石周囲のプロミネンスが消し去られ、緋色の糸が完全に隕石を取り込んで―――否、それから紡ぎ出した糸が女神の超高温で出来なかった変性を成し遂げ、遥か隕石を細らせる。

 

 その質量は月と惑星の地表を繋ぐ巨大な糸の塔へと変貌を開始していく。

 

【貴方は!? 貴方達は一体何なの!!?】

 

 遂に自分の悲願が朽ちたという事に気付いて、即座に彼女が侵食する巨大な大穴から抜け出し、本来の姿を取り戻しながら自身を護るプロミネンスを纏い。

 

 高速で地表へと突出した。

 

 少年がキロリと女神を見やる。

 

 その女の顔には悲壮よりもまた絶望よりもまた人間らしい衝動。

 

 悲惨に嘆く顔があった。

 

「お前は自分の諦めの糊塗しかしていない」

 

【!!?】

 

「悲劇に酔えば、何をしてもいいし、惨劇であれば、被害者ぶっていられる」

 

【ッッッ】

 

「神がその程度の覚悟、己の悲惨さに溺れて人を護ると嘯くならば、そんな加護は要らない。お前は此処の人間には単なる偽善者に過ぎない」

 

 少年の言葉が逆鱗に触れたか。

 

 神の力を最大源に発揮したプロミネンスが半球を覆う程までも拡大し、その全ての出力を一瞬で収束、女神の向かう真下へと放った。

 

 だが、その熱量砲撃がまたフッと消え去る。

 

【??!!!】

 

「全て滅んだならば、滅んだ全てを蘇らせる努力をするべき。こっちはそうした。その為の全ても今は此処にある」

 

【そんな事が―――神にすら不可能なこ―――】

 

 女神の視界が左右で上下にズレた。

 

 妖精剣による女神への一撃は確実に相手の隙を見逃さず。

 

 その力を高次元から削り取る。

 

「例え、繰り返せなくなったとしても、自分が見たい光景が見られないなら……自分が死んでも、宇宙が終っても、またやり直す。例え、どれだけ時間が掛かっても、無限に圧し潰されても、取り戻す。覚悟じゃない。そうしたいと願い、そうしようと思い、そうすると努力してる。この繰り返しすらも自分でやれるようになるまでもう少し……お前の言う不可能は単なる言い訳に過ぎない」

 

【ッ】

 

「定理、法則があるから不可能? ソレは全てやってみてからじゃなきゃ分からない。分かったとしても諦める理由にもならない。お前は諦めたから己の無能を棚に上げる理由を探しただけだ」

 

【………………ッ】

 

「お前は諦めて、他人に八つ当たりして、取り戻す為の努力を放棄した。無駄でも無謀でもいい。例え、この星が消え去り、この宇宙が終ってもやり遂げようという気概さえあれば……神にはこっちと違って時間も魔力もあったはずなのに……そうしなかった」

 

【ッ―――】

 

「ただ、憂さを晴らそうとしてるだけなら、それ自体は否定しない。でも、生憎と此処にはソレに屈しないだけの存在が五万といる。お前はその全てを敵に回した」

 

 少年が妖精剣を初めて剣身を復元した。

 

 今までプロミネンスを発生させていた定理そのものを切っていた剣身は高次元領域で何かを切った反動かボロボロになって焦げ付いていた。

 

 だが、その部分にプラチナルの白い輝きが補填され、まるで系統樹の如く、枝分かれした刃へと変貌し、あの五大災厄たる男に威を示した時と同じ形態を取る。

 

 だが、その剣身には僅かにプロミネンスの残渣が残っていた。

 

 女神の頭から一刀両断された左右の全身が彼女の制御を離れて発火する。

 

【~~~ッ】

 

「激高したお前の定理を一部剥ぎ取る事に成功した。お前の定理を停止したと同時にさっきの熱量は全て、あの大岩に封じさせて貰った」

 

 女神は背後で感じていた。

 

 先程まで自分がいた巨大な空洞。

 

 その中心に太陽が産まれている。

 

 莫大な質量の内部に熱量が投入され、太陽の如く力を生み出し、その力を用いて自重を支え、同時に自身の引力をデミ・ストレンジ・レッドとなった物体そのものの意志、ヘリオスの意志によって停止。

 

 自由落下し続ける隕石そのものを月に引っ張らせ続けている。

 

 惑星の力を使ったスイングバイを月を用いて行う如き所業に太陽の力、核融合炉そのものと化した巨大隕石の中心部で生み出された出力が加算され、月に引っ張られた大岩は確かに止まっていた。

 

 その本体は細り続け、新たな塔と化していく。

 

 軌道エレベーター。

 

 否、星間エレベーターの如く月と地表を繋ぐ緋色の塔は正しく真正神の目論見が破れた事を現前と誰にも否定させない。

 

「何かを護ろうという体裁を取るなら、そもそもこの手段は悪手……ただ、何もかもを破滅させる事だけなら出来たのにそう出来なかった良心は評価してもいい」

 

【何を、今更ッ、真正神を前にして、貴方は!? あの救世神に勝てるつもりですか!!?】

 

「少なくともお前みたいに負け犬となったまま死にたいとは思えない。諦めたまま消えたいとも思えない。誰もが思ってる事を誰もが望んだ事をただ諦めるだけで終われる程、お前みたいに……諦めは良くない」

 

【分かったような事をッ】

 

「この世に絶対も完璧も無い。それは救世神も同じ。ただ、お前は諦めない……たったそれだけの事ですら、恐らく救世神に負けてる。それでどんな万能の道具を得たとしても勝てるわけがない」

 

【ならば、貴方は―――】

 

 そこで神を名乗る女神は沈黙せざるを得なかった。

 

 少年の瞳には嘘偽りなく。

 

 ただ、自分を負け犬呼ばわりするだけの色しか見えない。

 

 それ自体を何とも思っていない。

 

 品性や良心。

 

 そういうものとは掛け離れた色はまるで……ただ、目の前の困ったヤツを迷惑そうに見ているというものでしかなかった。

 

「百億の敗北と千億の惨敗、兆の終焉の先で今も此処にいる」

 

【――――――ッ】

 

 女神の顔が思わず歪んだ。

 

 人の果て。

 

 悟りの境地。

 

 終わりの先。

 

 境涯。

 

 全ての事を知った上でも未だ折れぬ心。

 

 繰り返す事の意義そのものが其処にいた。

 

 それは明らかに人間を不幸にしてしまう何かに見えたが、全てが破滅してしまうよりは良いと受肉した小神達は考えているのかもしれず。

 

 その強さが、異常さが、悍ましさが、悲しさが、何よりも己が抗っていた時に被るからこそ、分かるからこそ……女神はその全てを超えて来たと豪語する細身の少年を傍で真っ直ぐに見やる。

 

【勝てると、言うのですか?! 全てを思いのままにする力を前にして!! アレに相対していないから、貴方はそんな事が言え―――】

 

「勝てるかは分からない。勝つつもりならある。いつも同じ。勝てるように努力する……お祈りをしなくて済むように……己の全てを賭して準備しながら……」

 

 ギリッと女神の唇が噛み締められる。

 

 少年はただ目の前の相手に素直な気持ちを語っているだけだ。

 

 何の衒いも無く。

 

 淡々と事実を言っているだけだ。

 

 そして、それこそが彼女には……致命傷に違いなかった。

 

【先程、救世神の力を感じました。貴方は、まだ……貴方ですか?!】

 

「生憎とそれを証明する手段が無い。記憶だけなら見せられる」

 

 そう軽く言った少年が指を弾いた。

 

 途端、少年の周囲に先程の全てが変質した世界での出来事が映し出され、女神が目を見張った。

 

【は、はは……何故、こんな状態で……こんな……即断即決なのですね。死すら厭わない。最適解への到達方法……ソレはもはや人の域ではありません】

 

 何処か唇を震わせて女神は言う。

 

【これ程までも貴方が戦力を高めても最後には鉄の錆びた剣、あるいは枝一つで救世神に立ち向かう事になるかもしれない】

 

「別に救世神じゃなくても、そこらの蟲に食われて死んでたっておかしくない。それはもう随分と昔からよくある末路の一つに過ぎない」

 

【……今見た通りなら……仲間達は死んだ事にされ、何もかもを失って力もほぼ無い。そんな状況でも貴方は戦う意味を持つと言うのですか】

 

「例え、武器が枝一本であろうと、四肢が無くなろうと、この頭一つになっても、仲間達が悲惨な最後を遂げていても……何一つ諦める理由にはならない」

 

【心を動かされないと?!】

 

「付け込まれるだけの隙は要らない。アレが事実になったとしても、自分を見失わないよう出来る限りの事をする。たったそれだけの事ですら、力と意志が無ければ……悪意と人の業を前に幾度も朽ちて来た」

 

【………ッ】

 

「出来る事をしてダメだったとしても、負けた事を糧にして必ず辿り着こうと決めてる。心が、魂が、今までの時間が全て失われても、どうして諦められるのか分からない。諦められるなら、最初から目指す必要は無かった。違う?」

 

【………死すら厭わぬどころか。己の全て、己の時間、何もかもが失われるのも厭わない。ふ、ふふ……現実に圧し潰されていたのは私の方ですか……】

 

 女神がゆっくりと肉体を復元し、己の防御の要であるプロミネンスを消した。

 

 あらゆるリソースを防御に割くのを止めたのだ。

 

 それはつまり、相手の全ての攻撃を攻撃で打ち砕く。

 

 攻勢防御……一歩、一手違いで死ぬ道に入った事を意味した。

 

 女神が降り立ち、ゆっくりと少年に向かい合う。

 

【……ようやく彼の言っていた事が分かりました。いいでしょう……ならば、神として全ての命に拘らぬと言いながら、この大地に住まう人々を生かし、支配せずに統治する者に問いましょう】

 

「それは神としての試練?」

 

【言葉は要りません……見せて下さい。貴方が本当に救世神にすらも諦めぬという狂気……いえ、勇気ですらない。悍ましき生き方を!!】

 

 溶け切った岩盤上のクレーター中心地。

 

 未だ赤熱するバトルフィールドの中心で、遥か緋色の塔を背景に彼と彼女は向き合っていた。

 

 女神が徒手空拳に切り替えた途端。

 

 少年が剣を手放した。

 

【(躊躇が無い。こちらの手札を知ってすらいなくても、それを選ぶ。これが人の極致の読みに該当するとすれば、此処から先は―――)】

 

 女神は今まで神として戦っていたが、あまりにも大雑把に出力だけに制御を絞って運用していた。

 

 しかし、そうではない。

 

 最古の大神の一体として全うに全力で戦うスタイルを取った。

 

 今にも崩壊していく光の粒子を零し始めた女は嘗て大地に生きて戦っていた時と同じく、拳を武器に選んだ。

 

 それに対しての少年の答えは正しく、正解であった。

 

「(接近戦。打撃戦。理不尽ならば、制御は熱量に絞られて干渉される。熱を奪われれば、何もかも危うい。分子運動だけじゃない。空間に在る熱量の密度制御次第で一瞬で氷漬けの干物にされる……ソレを最速で神の力で無理やり叩き込む……この体だと出力が足りない。でも、再転生してる暇も無い)」

 

 超接近戦では武器の間合い自体不利。

 

 自分の長所を押し付け合う戦闘において汎用性の高い攻撃方法は同時に不利を打ち消したりはしない。

 

 如何に距離を制圧する妖精剣もまた必殺の間合いだけ使っていては見切られ、真正神に押し切られる可能性は高かった。

 

 高次元領域へと侵食し、定理を破損させた結果として妖精剣の限界は近く。

 

 補修して何とか同じだけの力を取り戻させてはいたが、今の本当の精神性を取り戻した女神相手では恐らく燃やし砕かれると少年は判断する。

 

【よいのですか? その剣は貴方の生命線ですよ】

 

「問題ない。使い処が終った道具に拘って負ける方が問題」

 

「【―――】」

 

 蜘蛛達が遠巻きに見守る中。

 

 真正神による出力の全てを込めた零距離での格闘戦が開始された。

 

 当たれば、全て必殺。

 

 本来、力の制御圏域に入った瞬間に全ての存在がプラズマ化して蒸発するはずの肉弾戦は互いに半歩脚を出して半身に構えた2人の間で発生した。

 

「【!!!】」

 

 打撃が激突する。

 

 蜘蛛達には見える。

 

 凡そ秒速30kmの世界。

 

 己の肉体を物理量で加速。

 

 加速しながらも物質としての実体を維持し、超高温高圧化する肉体を保持し続けて敵の速度を上回る打撃を叩き込もうとする応酬。

 

 神の力の出力では未だアマテラスに分が有る。

 

 だが、呪紋在りでの格闘戦の技量と精密さや先を読む力は間違いなく少年が上だ。

 

 蹴り、投げ、関節技を駆使し、インファイトで殴り合う女神と少年の体はもはや衣服すらも弾け飛び、空気の断熱圧縮すらも生温いプラズマ化した周囲の空気の最中、輝く人型としか分からない。

 

「(打撃戦における練度が高い……必ず攻防のフェイントを織り交ぜて来る。心理的にも何処が弱点か分かり難い。神の五体そのものが武装であり、弱点は無い。肉体は仮初に過ぎない事を意識させない為の……)」

 

 とにかく、戦闘の組み立てが拮抗していた。

 

 技量と力の組手染みた打撃を捌き。

 

 捌かれた打撃から次の打撃や技を予想し、変幻自在に五体を用いた総合格闘。

 

 肘を膝が受け、拳を肘が迎撃し、足先が刃となれば、太ももが加速し切る前に同じ脚で相手の脚を止める。

 

 投げる為に関節を取れば、取られた関節が外され、同時に組み付いた相手の無防備な部分に腕が付き込まれそうになり、離れて仕切り直しながら肉体を再び繋げるという常人ならば精神が持たないだろう一撃、必殺となり得る応酬の連続。

 

 その緊張感を感じていながら、互いに己の威力と能力を相手に利用されないよう予測し合いながら打撃以外の時間すらも肉体は常に嫋やかであるような緩さを持ち。

 

 一瞬で相手の攻撃に対応出来るようトップギアにいつでも入れる状態となって、迎撃の準備を終えている。

 

「【ッ】」

 

 たった一撃の応酬が一発で何もしていない蜘蛛ならば蒸発させる威力。

 

 未だ、他の大神達と戦闘中の天井蜘蛛達は戻って来ないし、周囲の蜘蛛達にしてみても余計な事をして、地表を燃やされては困るし、防御態勢を解けない。

 

 ついでに現在、現場にいるセブンス・ヤーンは全て月面の制御で手一杯。

 

 一騎打ちしている彼らの周囲を蜘蛛達が囲んでリングのように呪紋式の結界で封じ込めていなければ、両地域のあちこちがノクロシアのある地下まで全ての防御を貫通して蒸発していたかもしれない。

 

「(読み合いでは負けてない。でも、咄嗟の瞬間的な読みで勘が鋭い……)」

 

【(技量で負けているのは認めるしかない。でも、力で圧し潰せない以上……)】

 

 打撃と打撃がぶつかる度に込められた数億度の女神の熱量による一点集中打撃が少年を打ち据え、その力を神の力と同時に呪紋による空間制御。

 

 重力呪紋の応用による歪みによって熱量毎、別空間に投棄して蓄えている少年は正しく神にも匹敵する性能を見せ付ける。

 

『(´・ω・`)―――』

 

 女神はもう地域そのものへの攻撃を意図していない。

 

 だからこそ、目の前の存在を滅ぼす為だけの攻撃の余波すらも漏らさず。

 

 全て少年に叩き込み続けている。

 

 殴り合いは終始、対等ではあった。

 

 が、少年の受けが多く、女神が優勢で事が進んでいた。

 

 まず何よりも防御方法が少年には限られているのが原因だ。

 

 熱量を完全制御している女神は自分の生み出した熱量が通ってさえいれば、全ての物質へと干渉してくる程の理不尽。

 

 一撃でも喰らえば、少年の肉体は制御を奪われて敗北。

 

 しかし、同時に熱量だけを遮断するならば、空気の無い真空を造ればいいだけなのだが、神の力を全凝集した拳は少年の神の力では完全打ち消しが出来ない。

 

 神の力の理不尽さはあらゆる物質と事象に干渉する事であり、呪紋式の防御は少しでも乱れたら、この高速戦闘の中では致命傷。

 

「(これが最古の大神の全力……恐らく出力6割でコレなら、単独で相手に出来るのは凡そ40人が限度……此処が島じゃなかったら、20人が限界……)」

 

【(これが人の果て……未だ強く成り続けている。私の力を利用し、見切り、倒す為ではない。コレは―――私を糧にされている!?)】

 

 少年は速度と防御に性能を極振りして、とにかく己の呪紋を干渉出来ぬ程に高める必要に駆られて、打撃の威力がどうしても女神に劣っていた。

 

 それでも少しずつ女神の出力は落ちて来ている。

 

 少年が敷いた契約による見えざる防護による出力制限を無理やり無視した上に今までの神らしからぬ所業で攻めて来たという状況。

 

 更に多くの民を殺し、救世神と戦う為の道具にするという目的によって、彼女の中の神としての制約が自己崩壊へと向かっているからだ。

 

【どうしたのです? 勇ましいのは言葉だけですか?】

 

「(今まで溜め込んだ神の力を出し惜しみしてる。最後にぶつけて来るのはこんなの比じゃない一撃……溜め込んだ出力が惑星を燃やし砕いて余りあるなら、数億度を僅かだけ超速顕現させ続けるだけの戦闘に意味は無い。これは最後に大技で来るのが確定……隙の無い打撃。いつ来ても返し技で倒せないなら、大神の連合相手に独りになった時、勝てない……)」

 

 少年は油断しない。

 

 油断しないという油断もしない。

 

 事実を積み重ね、推測を立て、準備を常にしながらも、それを引っ張り出し、対処療法と同時に次の一手を紡ぎ続け、己を高め続ける。

 

 少年は最初から一人ですら同じ状況でも勝てるよう己を高め続ける事を選んでいたのだ。

 

 そうでなければ、もしも次があったとしても、少年は勝てないと知る故に。

 

【(これ程までに見事な体術。しかし、伝わって来る。悲しみ、憎しみ、痛み、切なさ、何もかもを置き去りにして強さを求めた渇望が……)】

 

 そもそも神格自体、本来は肉体を持たない存在だ。

 

 ソレが肉体に拘る理由は物質への干渉媒体として、どうしも高次元からの出力を出す為の基点が必要だからだ。

 

 精密制御や精密干渉の類を神の力で行うのは必ず現実での基点が必要。

 

 そうでなければ、大雑把な出力制御を強制されるし、目が見えないままに蟲を圧し潰すが如く……大神ならば、惑星そのものを崩壊させかねない。

 

 だから、神々の大半は肉体を長く運用し、その肉体で運用できる物理量を己の制御する空間に貯め込み、運用するという手法を取る。

 

【(探られている。神を超える為の糧にされている。これが、これがあの邪神の手先を統べる者……いえ、統べられる事を彼らが望んでいるなら、もはやこの少年はあの邪神達すらも超えているの?)】

 

 神が有史以来、己の制御する空間に溜め込んだ出力は正しく惑星規模である事が大半である。

 

 とある大陸の神オールッドが分体の死に掛けの身でありながら、恐ろしく広い空間を生み出し、莫大な天使達を養えていたのも、本体が使っていた力が残っていたおかげだ。

 

 それは大半の神に言える。

 

 この小さな惑星、世界が神の力で滅びていないのは一重に神々が慎重に力を使っているからに過ぎない。

 

 ただ、神の力に関しては定理そのものから引き出している関係で現実に躯体が無ければ、溜め込めない。

 

 霧散しないように大規模に溜め込むには制御の要として現実に頚城となるものが必要なのだ。

 

 神の死体が神器に加工されているのもそういう理由に過ぎない。

 

 死んですら神の残された肉体は神の力を貯め込める貯蔵庫であり、同時にその先の溜め込んだ力のある空間にアクセスする鍵なのである。

 

 高次元領域には溜め込むという概念がそもそも適応出来ないからこその弱点と言えるだろう。

 

 神の本体がいる世界は距離や量が意味を成さない領域なのだ。

 

「(溜め込んでいた出力の大放出による一点集中で防御を瞬間的に破壊。もう島を道具化出来ないなら、島自体を消し飛ばさないように威力集中は限界を超えて定理限界の圧力に達する可能性が高い。物理限界の先……論理の世界……極限環境……救世神の“あの攻撃”も恐らくソレ……この神の一撃を受けられるならば、アレも受けられるはず―――)」

 

 少年は己の正面から来る打撃を肘や手でいなしながら、一切の躊躇なく相手の懐に飛び込む。

 

 反撃を誘って大技を使わせる為のブラフだが、そんなのはアマテラスも承知していて、後ろに下がりながら、致命傷となるだろう両手の指先に光が灯る。

 

 一瞬でも少年が無防備に受ければ、バラバラだろう一撃。

 

 長い鉤爪の如き輝く指先が薙ぎ払う。

 

 しかし、少年は攻撃が当たるより先に相手の腹部を拳で撃ち貫き。

 

 神が攻撃は相打ちかと相殺しようとし、ゾッと背筋が凍るのを感じて、咄嗟に自身の全方面へと黄金の魔力を爆発的に放出した。

 

 ドパァンと巨大な津波の如き波動が塔の根本で溢れ、巨大な蜘蛛達の結界のリングに阻まれて、周辺に吸収されていく。

 

 少年の爪の先が僅かに緋色と化していた。

 

【(あの蜘蛛の能力!! そうか―――この男は蜘蛛達の親玉。その力が使えないのはおかしいと……危なかった)】

 

 僅かに彼女が内心で震えた。

 

 神すらも抗い切れない物理侵食機能。

 

 当たれば、一撃で彼女の肉体は敵の手に堕ちていたのだ。

 

 それはつまり熱量で何もかもに干渉出来る彼女と同じく。

 

 一撃でも相手に当たれば、無力化出来るという事。

 

 それを隠してここぞの時に相手側にブチ込む。

 

 その手札の隠蔽と運用方法は正しく暗殺者にも見える。

 

 奥の手ですらない必殺が織り交ぜられた打撃戦は正しく彼女にとっても決死と化している事をようやく実感出来る状況だった。

 

【蜘蛛達の能力ですか。ですが、それは一度見ました。喰らいはしません】

 

「当たらなくてもいい。これで……条件は揃った。領域の物理侵食完了」

 

 少年の言葉が終った途端だった。

 

 クレーターの中心部から地面を伝って緋色の巨大な呪紋の印が無数に鏤められた方陣が次々に岩盤と山脈の残りへと侵食し、塔を中心にして巨大な曼荼羅の如きものを描き上げていく。

 

【―――何をするつもりですか!?】

 

「ヘリオスの仕事は確か……お前にもう見るべき技能は何もない。大技は好きなだけ出せばいい。ただし、此処で滅んでもらう」

 

【ハッタリでは無さそうですね】

 

 蜘蛛達が慌てた様子で現場から岩盤下の結界以外を解いて捌けていく。

 

「アヴィラーシュ。時間」

 

 少年の言葉が呟かれた時。

 

 遥か宇宙の彼方。

 

 月面付近に漂っていた黒い繭に罅が入った。

 

 それと同時に内部から巨大な両翼、背中、尾のヒレを持った鳥とも竜とも付かないモノが繭を弾き飛ばすようにして内部から数万倍は巨大化した様子で膨れ上がりながら、丸まったままに目を薄っすらと開いた。

 

 途端、その全身に黒い鱗というよりは装甲が浮かび上がり、嘗て彼女が無数の生物達を従えて変身していたモノよりも遥かに大きく数百mはあるだろう全身が蠢く。

 

『………おはよう』

 

 呟いたアヴィラーシュが体をゆっくりと展開していく。

 

 遥か月の方面から巨大な気配が立ち昇るのに思わず女神が天を仰ぐ。

 

【この気配ッ、この気配は―――】

 

 彼女が嘗て相対した事もあるソレの気配に戦慄を禁じえなかった。

 

 だが、何かを少年へと伝えるより先に少年が指を弾く。

 

 それと同時に両地域の色合いが反転したかのようにおかしな変色を来し、同時に光の速度を超えて巨大な黒いソレが少年の背後に現れる。

 

「マス・シフト完了。次元下降現象を確認。領域接続良好。本体露出」

 

 少年の言葉が終えられた時。

 

 塔以外の領域の全てが岩盤の上の荒涼とした大地に覆われ、何処までも何処までも続く無限の空間へと変貌していく。

 

 オネイロスが仕掛けていた神殺しの為の切り札の一つ。

 

 ソレは今の広大な領域を媒体として新たな世界を生み出し、高次元領域と接続して、敵本体である定理を物理的に破壊出来るようにする領域接続と次元下降を用いる大儀式呪紋。

 

 元々はヴァルハイルの四卿たるヴェルゴルドゥナが受肉神に対しての切り札として残していた代物だった。

 

 ソレをヴァルハイルの全情報を取得後に天上蜘蛛達と共に精査、各地で罠を仕掛け続けていた冥領の蜘蛛達と共に密かに敷き終わっていたのだ。

 

 両地域の地下施設最下層の基礎に組み込まれたコレらの呪紋群は容易に侵入した神の本体を露出させ、マスシフト……特定の人員を接続領域へと移行させて神本体である定理を討つ事が可能な儀式場へと仕立て上げる事に成功していた。

 

 その場所は島の景色を模倣してはいたが、島ではない。

 

 少年の背後の魚のような鳥のような竜のようなアヴィラーシュは一瞬の瞬きの内に馬ほどの大きさへと縮小していた。

 

「アヴィラーシュ。露出した本体を叩く。他は無視していい」

 

 少年が黒き獣に飛び乗って跨る。

 

 ソレにジト目になった彼女アヴィラーシュだが、自分がすべき事はすぐに分かったので瞬時にトップスピードでその場から現場へと直行した。

 

 遥か彼方の場所に感じられる巨大な気配へと向けて―――。

 

【この領域は!? 高次元領域を仮想構築した!? せ、接続先は私の本体ですか!?】

 

 女神が思わず度肝を抜かれながらも瞬時に慣れ親しんだ定理の世界。

 

 己の本体がある場所がいきなり通常次元に堕ちて来たのに瞠目しながらもその自分そのもののある場所へと転移で移動する。

 

 彼女の本体は今も傷付き、光を零しながら崩壊している最中だった。

 

 光の文字群。

 

 まるで文章の如く書かれた虚空の輝ける条文。

 

 現実世界へと強制顕現させられた高次元存在の認識はそのようなものにされていたが、ソレの条文や文面には読めない傷―――刃で削られたような文面が多々あり、その前で彼女は相手がどうして自分の本体に言及したり、地表付近での戦闘を選んだのかをようやく理解していた。

 

【最初からコレを狙っていたのですね……神の認識すら使うわけですか。直接屠って見せると豪語したのは伊達でも酔狂でもない。確かにこれならば、あの妖精神ですら―――ッ】

 

 アマテラスが恥も外聞もなく。

 

 全力で防衛せねば、瞬時に自分が砕かれると知り、全力を……絶叫と同時に全ての力を開放した。

 

 猛烈な熱波は神の力を伴い。

 

 無限に続く世界の最中に巨大な熱量で出来た彼女を顕現させる。

 

 数kmにも及ぶ巨体が超高速で近付いて来る黒き獣と少年に巨大な数百kmは蒸発させられるだろう熱球を無数に全方位から誘導射撃で乱打する。

 

 その攻撃を雷にも等しい速度で虚空を抜ける獣が超スローの世界で見やる。

 

 当たれば、即死。

 

 だが、自然と不安は彼女には無かった。

 

『(ああ、やだなぁ……ボク、全然怖くないや……あの宇宙とか言う場所で戦うのかと思ってたら、こんな良く分からない場所に連れて来られて、当たったら死ぬ攻撃を沢山撃たれてるのに……全然、不安じゃないとか)』

 

 何処か自分に呆れながらも僅か笑みを浮かべて、自分に跨り、両手に蜘蛛脚と黒い大剣を二刀流で持った少年が彼女を脚で挟み込みながら指示を出す。

 

 それに反応して見せた彼女は正しく熱量球の雨を縫うが如く。

 

 時間が停止したようにすら感じる遅いソレらを避けながら数秒で女神の熱量で出来た巨人の上空まで到達。

 

「―――三秒稼いで」

 

『はいはい……』

 

 少年が大技を用意する時間を告げて集中する間にも無数の熱線が彼女達を貫く。

 

 あるいは檻のように逃げ場を無くすべく女神の全身から殺到。

 

 更には熱量球が無数の遥か頭上の領域から落ち続けていた。

 

 巨大なソレが分裂し、雨の如く、弾丸よりも早く。

 

 光にも似て降り注ぐ。

 

 しかし、女神に肉薄するように相手の攻撃が生み出されるよりも早く相手の背後に抜けたアヴィラーシュは避け切れない布地のようなオーロラ。

 

 巨大なプロミネンスを翼を展開して、少年を護るように屋根のように覆い。

 

 神の力に押し負けない黒い真菌の層と魔力で隠して潜水艦の如く熱量に潜って突破する。

 

「ッ」

 

 数億度のプロミネンスの内部を泳ぐ魚。

 

 焼き魚になっていないのは呪紋と魔力による効果に断熱する真空の層を纏い。

 

 相手の熱量そのものを全て表面で熱量以外にする防御方法を使ったからだ。

 

 粒子線を全てガス式の変換で防ぎ、電力として吸収すれば、大抵の問題は全て解決。

 

 蜘蛛達の熱量防御方法を彼女は自然と実践していた。

 

 あの黒い真菌には蜘蛛達に分け与えられた全ての能力がある。

 

 そして、それを身に受けた彼女は本来蜘蛛達と同等以上の力が引き出せるはずだった……それが出来なかったのは彼女の制御が自己保存、自己継続に注がれていたからであり、その行動理念はもう変化している。

 

 今や彼女が与えられた真菌の一形態。

 

 名前も思い出せないが“獣となった真菌”は制御するのが恐ろしく難しいじゃじゃ馬な性能をしており、必死に彼女は意識下で制御し、形を獣のままに留めて動かしていた。

 

 いや、動かしていたというのは語弊があるかもしれない。

 

 殆ど真菌が彼女の意志を反映して勝手に動いているというのが正しいか。

 

 プロミネンスの最中を抜けて神の巨人の頭上へと抜けた時。

 

 アヴィラーシュの全身は焼け焦げており、それでも再生すら出来ず。

 

「ありがとう……」

 

 ただ、その自分に載る頭上に飛んだ少年の言葉に何処か胸底が震えていた。

 

【ッ―――】

 

 全ては一瞬、刹那以下の攻防。

 

 この世界に飛んで20秒すら経っていない。

 

 女神が全力防御形態として己の巨人そのものの範囲を爆発的に開放し、己の本体を護ろうとした。

 

 だが―――遅い。

 

 少年が刃を己の背後に振り被った時にはもう地表の条文がある場所の地面はクレーターと化し、少年は二剣を振り終えていた。

 

「【無尽斬・閃】」

 

 真菌の刃と蜘蛛脚が同時に罅割れて塵も残さずプラズマ化して少年の手から消え去り、黄金の魔力、神の力の残渣が剣の刃のあった場所から揺らいで蒸発。

 

 凝集した力のほぼ全てが剣を通して使い切られたのだ。

 

 少年がゆっくりと立ち上がって上を向いた。

 

 光の条文はサラサラと崩れていた。

 

 中央部が完全破砕され、その部位からブレるように震えていた。

 

 震えが激しくなる程に条文が砕けて光の砂となって零れ落ちる。

 

 熱量の巨人……女神が一瞬で解けるように消え去り、少年が人間の体となって膝を付いた……戻って来た背中を見ても微動だにせず。

 

 サラサラと肉体を光の砂として同じように零していく女は呟く。

 

【………合格です】

 

「救世神は必ず倒す。道具とやらの作り方も想像は付いてる」

 

【これで貴方は神にすら成れない。本来占有するべき場所を貴方は破壊してしまいましたから……】

 

「構わない。この段に至っては防御力なんて求めてない」

 

【ふふ、そうですか……どうやら、要らぬお節介だったようですね】

 

「今までお前は此処まで辿り着かなかった。でも、島に来たいとは思っていたはず。それが可能になったから、お前は此処に現れた……悪手でも抗いたかった気持ちだけは認めてもいい」

 

【く、くく、あはは……そうですか。ああ、ようやく分かりました。随分と長い間、私は……神として多くの者を認めて来ました。ですが、そのように等身大で認められたことは無かった……ああ、あの子はそういうところが気に入ったのかもしれませんね】

 

 女神がようやく少年に振り向く。

 

 顔が半分以上崩れた女の表情は晴れ晴れとしていた。

 

【同胞よ。我が子達よ……今行きます。今世の憂いは晴れました。後は……】

 

「任せておけばいい。時代は過ぎ去る。神がいなくても、命は好き勝手にやる。滅びるのも繁栄するのも……何を選ぶのも……指図されずとも結果は出る」

 

【―――ヤハ様。ようやく貴方があの判断をした理由が分かりました。烏滸がましい事だったのですね。我らの介入は……ふふ、最後に一つ】

 

 目元を伏せたアマテラスが静かにただ少年を見ていた。

 

【妖精神……あの子には彼ともう一つ好きなものがありました】

 

「好きなもの?」

 

【ええ、冷たい氷菓が好きだったのです。彼とよく食べていましたよ。お腹を壊す彼を悪戯っぽく見て、お世話するのが好きだったのです】

 

「性悪?」

 

【ええ、だって……悪戯好きの神様でしたから……】

 

 女神が完全に最後に微笑んで崩れ、光砂が遺された熱量を含む風に舞い上がる。

 

 いつの間にか全裸に戻っていたアヴィラーシュが黒い真菌を纏って、同じく全裸のままに戦っていた少年に腰布の如く真菌を巻き付けた。

 

「……何で全裸なの? ボク」

 

「あの形態は真菌で造ってたから。衣服は残らない仕様」

 

「残る仕様にしてよ!? は、恥ずかしいでしょ!?」

 

「後で自分で方式は考えてくれれば。それと先に帰ってて欲しい。此処が崩落する前にやる事がある。ただ、島に直接戻れるか怪しい。時間軸は調整出来るはずだけど、恐らく1か月以内のこの星の何処かに戻る事になる」

 

「へ!? ど、どどど、どういう事!!?」

 

「神の力を使い果たした。さっきの攻撃に全部力をブチ込んだせい。帰り道は片道一人分しか残ってない」

 

「ちょ!? ボクが残るよ!?」

 

「死なせるわけにもいかない。まだやってもらわないとならない事がある。今のアヴィなら、遠征隊と一緒にノクロシアで下位の邪神の破片も狩れる。隊長はガシン、副隊長はアヴィでいい。全員で下位の破片を破壊して、救世神を倒す武器の素材にして欲しい。それと因果律的に蜘蛛のいる何処かに出る事になると思う。蜘蛛達に捜索をお願いしたい」

 

「わ、分かったっ。分かったけどさ!? 自分で戻って来られないの?!」

 

「……あの女神に最後、してやられた」

 

 少年が片手を突き出す。

 

 そこには三神の印が変化して四つ目の光と象形。

 

 白い炎の印が宿っていた。

 

「これって……」

 

「本体からの反撃で呪紋中核に強制刻印されてる。加護というよりは呪い。力を封印して、高める仕様……途中で死んでも封印されっぱなしで恐らく自力で転生も出来ない」

 

「な!? 本当に呪の類でしょソレ!!?」

 

「今までの技能以外の能力を強制的に抑圧して一体化、融合されてる。途中で解除すると恐らく能力が全部破損される仕様。もし、死んでても魂は残ってるはずだから、再度転生させて欲しい」

 

「どうするの!? 何処に出るかも分からないのに島に帰って来られるの!?」

 

「分からない。でも、時間内には必ず帰って来る。約束は出来ない。でも、出来る限りの事はする」

 

 少年がいつも通りにケロリとして言うものだから、慌てていたアヴィもまた渋い顔ながらも何とか現状を受け入れる。

 

「……分かったよ。じゃあ、先に戻ってる。必ず島に戻って来てよね?」

 

 少年が頷いた。

 

 それと同時に今まで戦っていたバトルフィールドが無限の広がりを否定されたかのように黒い侵食で周囲から空間が崩壊していく。

 

 最中に少年が真菌のドレスを纏ったアヴィの胸に変化した印の刻印された手を押し付ける。

 

「……フィーゼとレザリア、後アマンザ達に心配しなくていいって伝えて欲しい」

 

「君を置いていくんだ。恨まれたら、ボクが君を恨むからね?」

 

「……うん」

 

「っ」

 

 その何処か淡く苦笑した年頃らしい感情の籠った笑みに胸が熱くなり、慌てて彼女が横を向いた。

 

「じゃあ、また」

 

 少年が軽く言うと同時に黄金の輝きが最後の一滴。

 

 アヴィラーシュの胸から浸透し、その力が全身を包んだ瞬間に姿が掻き消えた。

 

 残された少年が崩壊した神の遺灰。

 

 女神の砂を掬い取って恥も外聞もなく口に詰め込み始める。

 

(砂は砂の味……粘膜の破壊能力も失われてる。でも、神の力が少しでも残渣として残っているなら、取り込んだことのある体は力の気配を漂わせるはず。蜘蛛達なら見付けられる……たぶん……“接続”は完了した。後は時間一杯情報を……)

 

 少年が一心不乱に砂を口に両手で詰め込んで呑み下している最中。

 

 遂に空間の崩壊はその足元までも及び。

 

 砂と共に少年は暗闇に呑まれていく。

 

 その腕には印が煌々と灯っていた。

 

 白い白い炎。

 

 女神のささやかな悪戯はこうして少年に初めて島の外を見せる事となる。

 

 だが、それを黒い世界で見届ける者が一人。

 

 ノクロシア。

 

 巨大なる島の根幹。

 

 その全容を知る者は今や殆どいないが、もしも黒く崩壊していく世界にポツンと置かれた全長800kmの巨大な菱形に小さな菱形を四つ付けたようなソレを見た者があったならば、懐かしいと呟いたかもしれない。

 

「何ともイレギュラーじゃないか。あの女神……島の因果から因果の中核を外してしまったか。ははは、面白い。これで我ら邪神と呼ばれし者にもどうなるかは分からなくなった……幾兆、幾京、幾乂の世の最中でも無かった。コレが“イレギュラー”か……存在の特異点が集まった効果なら、面白い」

 

 声がノクロシア……そう、菱形を集めた巨大宇宙船とでも呼ぶべきだろうソレの内部から響く。

 

 その南部の小さな菱形の一つは一部が破損しており、今にも脱落し掛かっていた。

 

 が、その最中で声の主が唇の端をニィッと曲げた。

 

 ノクロシアの住人の隣人にして邪神と名乗った何かが笑みを浮かべる。

 

「我らの始祖もこんな気持ちだったのかもな。この世界を創りしもの、ファースト・クリエイター……邪神の力と共に在る事を選んだ者……お前はよく似ているようだ……我らの記憶が言っている……本当にお前はあの方とやらの……いや、蛇足か……」

 

 呟きは闇に溶けて。

 

 ノクロシアが輝き始める。

 

 その島の領域内で行われた莫大な戦闘の余波、あらゆる力の残渣、全てを貯め込んで雑多に何もない世界へと投棄する為に。

 

 その輝きはすぐに黒い世界を覆い尽くす程に拡大して広がり続けて全てを白く染め上げ、必要な力を用いてか。

 

 ノクロシアの脱落しそうな部位を、外壁を修復していくのだった。

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