流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて- 作:Anacletus
―――アザミナス北西地下20km地点【彷徨える大墳墓】
氷床によって形成された大陸。
その地下には嘗て大陸が神々の手にあった頃に戦っていた者達を祭る墳墓がある。
今や邪神崇拝が標準化した時点で恐ろしき魔窟と称されて人々が恐れる場所も昔は英霊の墳墓だと敬意を以て管理されていた。
それも随分と前の事であり、今のところ……地下栽培される食料が凍り付かないように貯蔵する保管庫として改築されている。
其処は同時に市場、交易場所としても運用されていて、各地の凍り付くだろう街の住人が大寒波の到来時にだけ住まう避暑地ならぬ避冷地としても利用されている。
墳墓そのものが幾つかのブロックに分かれた巨大な迷宮のような施設であり、他地域が管轄する墳墓を攻めれば、食料を強奪する事も出来る場所だ。
大人数を使う事が出来ない為、地域単位で見ても戦力の差が殆どなければ、どんな小さな集落でもある程度の数が在れば、護るに易く攻めるに難い。
それでも生存の為に墳墓内では争いが各地域間で数年に数回程度は起こっている。
「オイオイ。どうしてこうなった?」
「アンタが避難しようとして親とはぐれて泣いてたお嬢ちゃんを負ぶって届けてやりたいとか抜かした上に戻ろうとしたら、洞窟の入り口が爆破されたって話を爆破されてから聞いたって大ポカをやらかしたからだよ」
呆れた視線でメイジェーンがランドの頭をギリギリと片手で締め上げる。
「うぐぅ!? で、でも、ほら!? オレ達にはあの頭の螺子が全部抜けた心強い狂人が付いてるって!!? いでぇ?!」
メイジェーンが仕方なく片手を下した。
送り届けた少女は無事に母親と抱き合っていたが、すぐに頭を下げてお礼を言われた後、自分達の避難ルートに向かってしまい。
何一つ分からない彼らは洞窟内は危ない箇所もあるからと人々に付いて安全な場所へと移動していた。
下り坂を延々降りて数十キロ近い道を歩いたわけではない。
途中から数十人は座れそうな巨大なトロッコで降りる事になったのだ。
必要以上に加速しない一定速度で降りていくソレの端に詰めて座った二人はこうして地下深くの大陸の本当の姿を見る事となった。
「デカイなぁ……」
「色々と聞き耳を立ててみたけれど、どうやら大昔の戦争で使われてた墓みたいだね。今は大き過ぎて誰も全容を把握してないみたいだけど」
彼らがトロッコでトンネルを抜けた先。
怖ろしく広い空間に出た。
凡そ1辺が地平の果てまで続く10km以上はあるだろう地下世界と呼んでよいだろう場所は天井付近からなだらかに壁面を降りていくトロッコから下を見ても400m以上の落差があり、もしも落ちれば一巻の終わりだろう。
しかし、木製や石製の古びれたトロッコのレールが敷かれた橋脚が幾つも欠けられており、まるで城のような建造物が幾つも置かれていて、それらを結んでいる様子は奈落に浮かぶ城と城を橋が結ぶボードゲームのマス目のようにも見えた。
「崩れねぇだろうな……」
そのランドの呟きが誰かの耳に届いたのか。
『そういやぁ、前に橋を補修したのは30年前だっけか?』
『そうだなぁ。あの時は崩れた橋の下に400人は落下したっけ』
『昔、ウチの親父も巻き込まれたんだ……そろそろ補強しとかねぇとな』
『お、見えて来た。やっぱ、小っちゃいよなぁ。アザミナスもエゼンドぐらいの大きさの城がありゃなぁ』
『文句言うなよ。城があるだけいいだろ。“落ち人”や連中の子孫はみんな【奈落街】だ。生きていけると思うか?』
『……はぁ、これから数年は牢屋暮らしか』
『自分で鍵が掛けられるだけ上等だ。少なくとも死者に襲われないしな』
男達の会話を聞いていた二人の旅人が思わず渋い顔になる。
これから明らかに大冒険(死にそう)な状況に置かれるのが分かったからだ。
ランドは遺跡の専門家であり、最低限の戦闘は出来るが、本格的な戦いには向かないし、メイジェーンはそもそもの話として戦闘の素人である。
遺跡探検で即死するのは目に見えており、さっさと戻らないとヤバイのは間違いないのだ。
彼らは城の中央部に続く橋脚がボロいのに戦々恐々としながら、どうか落ちませんようにとお祈りしつつ、ゆっくりと速度を落としたトロッコで入場するのだった。
*
少年は地下に続く遺跡の一つ。
彼が最後に街へ来る前に踏破した場所の最奥部に来ていた。
本来ならば、最奥に到達するまでに様々な罠を潜り抜けて、怪物を倒してという面倒な手順を延々繰り返して40時間程掛かる場所であるが、歴戦の遺跡破壊者(神話級)な少年は大規模な真菌操作が可能になった状態で戻ったので凡そ2分で最深部まで到達した。
方法は至って簡単である。
即死トラップ(横から無数の槍や自動で対象を圧し潰す自動圧搾機付きの落とし穴)に真菌を流し込んで機構そのものを不全にしつつ、自由落下したのだ。
最深部にいた人間だった何かは討伐済みだったし、ちゃんと解体して美味しく呪紋の触媒や材料にした。
残りの遺体も真菌の餌になったのでもはや何の危険も無い。
最深部には巨大なトロッコの発着場らしきものがあったのだが、地下に潜る理由が無かったので放置されていたのだ。
スライム・クッションとして真菌を先に流し込んでおいたので安全に着地。
真菌を肉体の周囲に柱の如く展開しつつ、発着場内部に入った彼は何もない暗いレールの敷かれた坂道を見やり、地表で移動時に使っていたようにスライム化した真菌を車輪状に形成して、トップスピードで高速下降形態に入った。
トロッコなんて目じゃない速度は上がり続け、時速300kmに達して数分後には彼の行き先から明かりが零れているのに気付く。
ソレが墳墓に自生し勝ちな光苔の類だと少年は知っていた。
しかし、光の先へと車輪が飛び出た時、ようやく彼は気付く。
橋が無い。
壁のトロッコが通る為のレールが落盤で崩落していた。
勢いのままに落下しないよう飛び出た時には壁面にスライムの触手が伸びて接着。
数百m下に落下するのは防いだが、少年は自分の周囲に景色を見て僅かに驚く。
「冥領に似てる……神々の大陸の標準的な墳墓に近い?」
少年が目を細め、新たな標的となる敵性存在がいないか観測情報を精査した時―――その岩肌の一部が爆砕され、内部から猛烈な勢いで水が噴き出し、その落盤で真菌毎吹き飛ばされた。
(出水? この場所そのものが地下水脈の類と隣接してる? いや、この大陸の水はほぼ氷の形で地表に形成された氷河や凍り付いて隆起した氷床そのものに寡占されてるはず……コレは……分析―――水じゃないッ)
少年が刹那の思考で透明な液体が何であるかを理解した。
その時にはもうほぼスライムな真菌の表面に内部に溜め込んでいた一部の資材による分子構造を並べて被膜を張らせた。
透明な水のようなものが大量に地下へと流れ込む。
その合間にも吹き飛んだ体勢を虚空で立て直し、巨大な虚空。
落下先を赤外線で観測した少年は下が水ではない透明な液体。
高純度の硫酸で満たされているのを確認する。
「はぁ……」
溜息一つ。
こういう理由で遺跡が放棄されたのかと理解した少年が巨大な硫酸湖に着水する。
水柱ならぬ硫酸柱の中。
真菌を防御用や複数の道具の制作用に作っていたガラスの完全被膜で防護。
能力が極限まで落とされた少年が使える技能では真菌の細胞単位からの遺伝子操作から細胞壁に硫酸に耐える作用を組み込む事も出来ない。
結果としてガラス被膜による防御が選択されたのだ。
基本的にガラスは固体のように見えるが実際には粘度の非常に高い液体である。
ついでに言えば、液体状態は密度以外にも性質を決める物理量がある。
それが空間そのものに掛かる量子的な“圧”である事を少年は知っているし、実際に少年がガラスを用いれば、正しく液体よりも自在に操れる。
そう、嘗てならば。
今のところ、最適な防御手段を知識に頼り続ける少年はイソイソとガラスを僅かな重力呪紋を肉体から発して変質させた気圧ではない“空間圧”とでも呼ぶべきソレを変動させ、真菌表層をコーティング。
自身を覆う船にしてスクリューを魔力転化した運動エネルギーで回転させ、そのまま湖の端へと向かった。
高度な呪紋を超低出力で使うのは言わば物凄く無駄が多い行為だ。
100の水を沸かすに1000のエネルギーを入れても動かないので、1万を投入して10沸かすみたいな効率の悪さだったりする。
溜息の理由はソレである。
ほんの僅かとはいえ、ガラスの粒体操作で失われた魔力量は膨大で、現在の1割相当にも達する。
物質の相転移関連の事象に掛かるエネルギーは一定出力以上でなければ不可能だったりするので扱う物質によっては相転移に掛かる力が馬鹿高いのだ。
湖の端までやって来た少年はガラスは割ってから真菌で溶かして再び回収しようと現場を抜けようとした。
が、そうは問屋が卸さないとばかりにまた別の方面から大事故気味の事象が湖を襲った。
「硫酸に住む怪物……」
少年のガラスの船を背後から襲ったのは巨大な魚というよりは魚と竜の相の子みたいな黒い何かだった。
尾ヒレと背びれが付いている以外は黒ずんだ魚顔の竜みたいなソレが大口を開けて硫酸ごと船を呑み込もうとして、少年が背後の船の内壁に手を付いた瞬間。
ドパッと口内から波及する猛烈な振動波によって細胞を分解され、放射状に抉れて全てが反対側へと散った。
ガラス越しに魔力を全て一瞬で転化して、衝撃にしてはなったのだ。
「魔力のロスが大きい……」
王群の中型個体程度の戦力を即殺した少年がまた渋い顔になる。
特殊な極限環境下では基本絶対に不必要なエネルギーを使わないというのが鉄則なのだが、そうも言っていられない。
少年の現在の肉体の力は自分の持っている技能を全て使用可能な程に強くなく。
無傷で現場から戻るには魔力を用いるのが必須。
結果として、通常環境ならば、今の肉体の状況でも掌底一発で済むところをガラス越しに威力を伝達させる神業の類を魔力まで使って再現する嵌めになった。
肉体の強度や摩耗具合諸々のコントロールは嘗ての島の環境ならば、まったく問題無かった。
何よりも既存情報や予測による極限の節制をしながらでも出来る程に熟達していたわけだが、此処ではそうもいかない。
空間に満たされた神の力の質や量、島そのものの環境とは違うという事は既存知識の応用は出来ても、予測や諸々を試す為の試算、試験の類が出来ない。
此処は外界。
やり直す事が可能かも分からないし、全て一発で何もかもを越えねばならない関係上、消耗は正しく敵そのものであった。
「………」
仕方なく諸々の消耗を考慮に入れて、行動予定を組み替えながら、少年が手札を最大限使って、気を抜く事なく湖を渡り切る。
渡り切ったと同時にガラスに付着していた肉片の一部を真菌に食わせて、足早に現場を後にした。
光が殆ど届かない地下であるが、ポツリポツリとヒカリゴケが自生している場所があり、薄暗い程度で移動するには問題なかった。
赤外線による視認も絶対ではない。
あらゆる観測可能な情報を複数処理しながら、少年が道らしき踏み固められたような跡を辿って、樹木の根のようなものが大量に壁や上空の建物に伸びているように見える領域を歩く。
その色合いは植物というよりは無機物に見えたが、有機的な構造や造形からして、何かしらの植物、生物である事が伺える。
「………」
少年がイソイソと歩き続けているとカーンと何かが響く音。
ソレが剣戟のものだと気付いて、その方角へと歩いていく少年が見たのは数人の男女混合のパーティーが全滅し掛かっているところだった。
『ガハ!?』
中年の男が吐血して、後方に下がりながら切り裂かれた胴体に治癒用の魔力運用体系なのだろう囁きのような詠唱を向けていた。
(……詠唱特化の魔力運用体系。蜘蛛達に集めさせてた各大陸のものだと詠唱そのものに力が宿る形の……少しアヴィのに似てる)
だが、男が魔力を使い果たしたのか。
剣を下げこそしないが、明らかに顔色を悪化させて壁に寄り掛かる。
回復まで凡そ40秒弱。
しかし、その間にも仲間が全滅しているだろう事は少年には見れば分かった。
現在、戦っている主戦力は20代の男1人に10代の少年が一人。
背後には支援役らしい10代の少女が一人。
ただし、誰も彼も魔力が欠乏寸前。
戦っているのは明らかに霊体らしい敵であり、骸骨がフードを被った何かであったが、その力は恐らくアルマーニアの3人から10人程度の分隊なら屠れそうな程度。
最低階位の呪紋を30発くらいブチ込めば沈黙するだろう。
敵は鎌を使用していたが、明らかに霊体にした呪具の類だった。
その力が魔力の収奪である事を見極めた少年が剣に最低限度の魔力を使って刃先の一点に力を集約。
纏めて薙ぎ払われて死にそうだったパーティーとは反対側から骸骨を切って捨てた。
真っ直ぐ行って切り伏せる。
まったく無駄の無い普通の速度での接敵からの一撃。
あまりにも遅過ぎて、倒されそうだったパーティーが目を見張る余裕すらある程度の3秒程の出来事。
しかし、少年を探知出来なかった骸骨は一瞬で霊体を真っ二つにされて沈黙し、蒸発していく。
転がる前に鎌を霊体のまま掴んだ少年が魔力を手に込めた瞬間。
幽世側に置かれていた置換先の本体が顕現し、エルミに渡していた弓が霊体になっていた時の逆作用で少年の手に収まる。
鎌を瞬時に鑑定しながら、少年が目を細めた。
「『暗脚の鎌』魔力吸収効率が大本1に対して吸収が0.4未満……これならヴァルハイルの地脈から魔力を収奪積層化する方式の方がまだ使い勝手がいい……邪神の加護が32.3%上昇。大半の状態変化を拒絶? 拒絶率68.88%……定理環境の変更を留める防御機能? でも、この加護……暗闇で持って歩いた歩数分だけ加護が上昇……10割を超えると最終的に邪神と対面……食われて死ぬ系の即死トラップ?」
少年が歩かなきゃいいのかと仕方なく使う事にする。
島での呪具の大半はかなり有用なものが多かったが、此処は生憎と邪神の世界であり、その系統の力が蔓延っているのは想定内だ。
ただ、邪神本体でなくても、分体といつでも戦えるならば、有用な召喚もしくは召喚される触媒として申し分ない。
鎌を背後からやってきたスライムに突っ込んで、真菌をボール状にして転がし、歩数に数えられない事を確認した少年がそのまま現場を去ろうとした。
唖然としていたパーティーが何かを喋ろうとしたので指が弾かれる。
途端、光学迷彩が起動。
真菌の光の屈折を用いてすぐに消え去った少年はイソイソと現場を後にしたのだった。
生憎と誰かと話している暇は無い。
彼の往く手には大陸からの脱出の手掛かりとなる船の所有者2人の反応がしっかり出ていた。
凡そ50km先。
スライムを引き連れて少年が最小限の消耗で向かえば、凡そ3時間の旅。
さっさと氷の大陸から脱出するならば、一秒たりとも無駄には出来ない。
「殆ど移動してない。何かの構造物内部っぽい……」
こうして少年は跳躍しながら現地へと急ぐのだった。
*
―――4時間後【エゼンド】城下冒険者の酒場ドミナン。
氷の大陸において地下は最大の禁忌であると同時に身近な食料供給地域であり、内部に住まう種族や特化して生きる者達は多い。
とにかく外は寒過ぎると数千年近い世代交代で地下暮らしを堪能した人類の奇形種達の多くは光が無くても生きていける体へと変化した。
子供の頃から日の光を浴びなければ、ロクに成長出来ずに死ぬ人間とは裏腹に日の光を浴び過ぎたら危険という程度の適応を果たした彼らの多くは“落ち人”と呼ばれている。
これは侮蔑の意味も込められているが、汎用的な一般用語でもある。
その多くは白い肌と赤い瞳。
それから“普通の人々”とは違って、足が二本、腕が二本、頭部が一つ、他には何もないという“奇形”である事が知られており、多くの外に生きている者達にとっては畏れの対象だ。
だが、彼らがいなければ、墳墓から湧いて来る怪物達を退治出来ず。
食料生産も満足に出来ない関係上。
多くの大陸住民は彼らの事を恐れながらも対等な相手として互いに利用し合っているというのが現状だったりする。
地表から犯罪を犯して逃れたり、放逐されたり、様々な理由から外の世界から追い出された者達もまた“落ち人”と呼ばれており、総じてずっと地下暮らしをしている者をそう呼んでいるのである。
そんな彼らが相互扶助によって団結し、集団の力を最大限効率的に使う為に戦闘技能に特化した集団を運用するのは正しく数千年前からの習いだ。
食料生産現場にして貯蔵庫。
その守護を行う各地の墳墓近くの城の多くは城下町を形成し、数年間だけ外から来るお客さん……地表の人々がやってくるという季節になると活気付く。
外からは大量の海産物、食糧が持ち込まれる上に労働力としても外の人間達が地下での生活の為に働くからだ。
これらを護る為、冒険者なる職業は今も古より存在している。
危ない怪物の討伐。
別の城下町からの略奪阻止やシマの奪い合い。
各地域の城の間では地表から来た人間達がいる期間だけ、戦争をするという状況も多くはないが発生する為、各地の地下墳墓の周囲は群雄割拠の乱世状態。
正しく冒険者とは兵士であり、衛兵であり、城を護る騎士であった。
「だぁ~かぁ~らぁ~~!! 本当なんだって!? 邪神様の転移魔法でようやく戻って来たんだから!!」
ローブを羽織った伝統的な白と黒の巫女装束。
【魔歌】と呼ばれる魔力運用体系で詠唱する際の正装を纏った十代の少女が酒場で声を荒げていた。
「本当にエス・ランクの怪物が倒されちゃったの!!」
「あのねぇ。もう少しマシな嘘付いてよ。エスって言ったら冒険者400人分よ。400人分……一体、何処の誰が神の使いとすら言われる【オールリッチ】を殺せるって言うの?」
「し、知らないけど、若かったよ。男の子だった」
少女に呆れた視線を向けるのは先輩冒険者らしき30代の女剣士であった。
「あのねぇ。オールリッチは知られている限りでも聖騎士相当が8人で倒す怪物よ? 正式には軍隊規模の戦力が必要なのよ? 邪神様の力を込めた聖剣が二本以上必要な上に馬鹿高い聖水で弱体化させた後に倒して、ようやく復活しなくなるんだけど。というか、これだって殆ど伝説みたいなもんよ? この100年、全然話も聞かないって言われてる伝説の怪物がいきなり現れてアンタらを襲ってたって言うのもアレだし、更にあの禁足地の神獣が倒されたって言うのも馬鹿言えって話よ?」
「でも、本当なのぉ~~~!! 何とかお仕事だからって見に行ったら死んでたのぉ!! 今、他の奴らが確認取りに行って、すぐに事実だーってやってくるんだから!!?」
「はぁ~~法螺吹きもいい加減にして欲しいものね。神獣なんてもはや神の一歩手前の能力よ? というか、あの全て溶ける泉の中で戦えるわけないでしょ? そもそも魔力を一切受け付けない相手よ? 殆どの攻撃は直撃したって意味ない上に硫酸でどんな金属も瞬時に解けるのよ? 唯一巨大な衝撃とか、巨大な落盤とか。その辺りなら何とかなるかもしれないとか聞いたりはするけど、実現したって話はまったく効かないわね」
「むぅ~~ホントだもん。嘘じゃないもん」
「……じゃ、オールリッチの感知に引っ掛からなかったって言うの? そいつは?」
「う、後ろからスタスタ歩いて来て、普通に斬ってた」
「はぁぁ……」
女剣士がジト目で溜息を吐く。
「あのね? リッチは例外なく霊力感知が出来るの。つまり、生きてるモノとか。霊力がある全てのモノが感知出来るの。目や耳で見てるわけじゃないのよ? もし、そんなスタスタ歩いて切れるヤツがいるとすれば、自分の霊力を一切合切掌握して、あらゆる霊力を吸収するか反射せずに素通りさせるか。みたいな話になるのよ?」
「で、でも……本当だもん……」
「そもそもリッチの復活は霊体を破損しても行われるのよ? 魔力で吹き飛ばしても無駄なの。もしもソレが可能だとすれば、魔力によって霊力を操る伝説の技能が必要だし、そんなの神話時代の御伽噺よ? アンタ、死者を楽に復活させたり、大量の人間を転生させたり出来るヤツがいるって言ってるのと同じなのよソレ」
「ぅ……ぅぅ……」
さすがに少女がシュンとしてしまう。
魔力によって明かりを灯すランプの下。
ため息交じりの女騎士が何かの見間違いだと言おうとした時。
ガランと音を立てて、酒場の扉が慌てた様子の男達に開かれ、何やら酒場のマスターに報告が成されていた。
「あら、騒がしい」
「あ、あいつらだよ。確認に行ったの」
「……何かあったみたいね」
そして、話を聞きに向かった女剣士の思わぬ叫びが聞こえて来て、ほら見ろとばかりに事実を伝えていた少女は胸を張るのだった。
そんな酒場の傍らの通りでは武装した者達が複数の集団となって、次々に正門前に整列していた。
戦争の前準備。
近隣の城へと向かい。
食料及びシマの明け渡し。
もしくは己の領土に組み込まれるよう勧告を出しに行くのだ。
ここ数年、海賊からの略奪で食糧難な者達が多く。
地表からの退避者達の多くが腹を空かせている上に海産物の持ち込みが少なくなっていた。
結果として引き起こされるのは他の城からの食糧の奪い合い。
もしくは食料生産地域であり貯蔵庫たる墳墓に持つ領土を寄越せという主張。
今年は激戦が繰り広げられるだろうというのは真っ当な者達からすれば、殆ど確定事項であった。
何せ最弱にして最果ての港街が魚もロクに持たず。
地下に海賊達から逃げ込んでいるという話があったのだ。
これはすぐに対処せねば、攻められてしまうのではないかと一部先行してやって来ていた男達を筆頭にした守備隊が先んじて相手の出鼻を挫こうと城へと攻めていくのはまったく道理であった。
「これより、威力偵察に出る!! 各自、装備の点検を怠るな!! 時間が無い!! 相手が防備を固める前に攻める!! 道すがら準備を終えるように!!」
とにかく、時間との勝負であると本隊が街から来る前に最低限の仕事はしなければならない守備隊の者達が主導した侵攻はこうして開始された。
そして、20分後には瞬時に頓挫する事となる。
凡そ800名の守備隊が出会ったのは何故か伝説の類であった。
『うぁああああああああああああああああ!!!?』
多くの男達が次々に巨大な口に飲み込まれていく。
怖ろしき蛙。
20m近い威容を誇る蒼白い饅頭のようなソレが口を開いた時には空間が歪んで引き寄せられた兵隊達は口の中。
寂れた剣のような色合いの瞳が細められ、グゲッグゲッと鳴く様子は正しく餌が来て喜んでいるものと彼らには分かっていた。
口の中は無数の乱杭歯が放射状に並ぶ磨り潰し御用達のミキサー染みた形状。
喜悦を讃えたような瞳の色はまったく彼らを敵とは思っていないのが丸分かりであった。
「【デルマークの怪物】だと!!? 南部の大物がどうしてこんなところに!? クソ!? 本隊がいてどうにか倒せるレベルの化け物だぞ!? 詠唱せよ!! 魔歌隊!! 凍り付かせて動きを止めろぉお!!?」
現地の指揮官がさすがに自分達が壊滅する危険から【魔歌】技能を持つ女性比率の高い部隊に号令を掛けた。
数十名がまるで輪唱する聖歌のような音色を響かせた途端。
蛙の上から霜が体表を覆い。
動きが鈍くなっていく。
「一時撤退!! 撤退ぃいいいいい!!! 動けぬ者を担げぇええええええ!!! 立て直して別の道を征くぞぉ!!」
こうして威力偵察が頓挫した光苔に覆われた通路の最中。
数十秒で効果が切れた蛙がギョロリと餌を追うかどうか考えたが、すぐに今みたいな事をされるのならば、無防備な餌を狙うべきだろうと切り替えたか。
最も近場で人の気配が大量にある場所へと向かう事とした。
動き出した巨体。
その方角は間違いなくアザミナスの城がある最北端領域であった。
*
城と言うと基本的に兵を駐屯しておく為の場所という意味合いが大きい。
その為、居住性能は劣悪というのが相場だが、カダスでは数千年規模で用いられてきた成果として古過ぎる城の基礎はどうにもならないとしても上の構造物の多くは改修が加えられている。
特に牢屋を部屋に改築し、内部の居住性を上げる為に資材で床を張ったり、石製の壁を覆うように熱を遮る類のシートが張られたり、神話時代の遺構である上下水道を引いたりと『ご先祖様の代から改良を重ねられている城である!!』と所有者達が誇るくらいには内部の居住性は高い。
外に比べれば、気温は0度から8度程とかなり高く。
ついでに寝具の類も揃えられているので食料が無い事を除けば、 アザミナスの住人はホッと一息入れた状況であった。
しかし、街の食糧は全て持ってきたとはいえ。
数日間の間に大量の漁獲がある前提で食糧計画を立てていた街は明らかに食料事情が逼迫している。
本来は凍り付く最後の数日間、よく魚が取れるようになるという事で多数の船が莫大な量の魚を漁場から陸揚げし、そのまま凍らせて地下に搬送する予定だったのである。
これでは数年もの期間を生き残れるのか怪しいというレベルの食糧備蓄は正しく瀬戸際であり、墳墓に持つ食料生産地帯に大増産の指示を出して尚限界がある。
という事で小さな城下町は正しく墳墓への大規模な遠征。
食料調達部隊を派遣する事となっていた。
当面の食糧を同じ墳墓のある街の領土から略奪。
ついでに何とか立て直しを図る為だ。
3日で墳墓に到達し、1日で積み込んで他の街の場所を小規模に略奪、3日で帰って来る……という一週間の旅程である。
そして、街存亡の危機であるとして、全ての人員……女子供を置いておくと他の街に滅ぼされかねないと食料を持っての総員大移動が開始されようとしていた。
「な、なぁ……一息吐いたと思ったら、オレ兵士にされたんだが……」
「しかも、何か白い目で見られてたねぇ。やっぱり、足が三本無いとダメなのかね?」
「アネさん……そんな落ち着いてないでもっと驚いて欲しいんだが……」
「というか。“落ち人”でも構わないから、とにかく貢献しろって装備渡した連中も何か横柄ながらも余裕が無さそうだった。此処ってもしかして今マズイ状況なんじゃ?」
「………逃げるか?」
「何処にだい?」
「う……」
2人の男女は正しく絶体絶命。
考古学者と良いとこのお嬢さんが見知らぬ地下世界の生存闘争に投げ入れられたら一瞬で消し炭……いや、この場合は死体まで氷漬けになるのは確定的であった。
彼らが仕方なく何処か適当な別の街でやり過ごそうと画策し始めた時。
城の城門付近で巨大な地震が起きる。
『な、何だぁ!!?』
叫び声が城門前で木霊した。大きな鉄製の正門。
正しく神話時代から使われ、邪神達の侵攻軍を阻止したと伝わるソレが急激な空間のゆがみによって拉げる事は無かったが、周囲にいた者達が次々に歪んだ空間に引き寄せられて城門に張り付けられ、ゆっくりと圧し潰されて血の染みになっていくというホラー映像がお届けされ―――。
ドッと最前線の男達が全身が押し潰される一歩手前で空間の歪みから開放された。
それと同時に城壁が丸く刳り貫かれ、とてもニブイ、ズズズという音と共に内部へドスリと落とされ転がった。
そこから大量の蒼白い血潮が溢れ出し、その最中を歩いて来る相手が一人。
「「!!?」」
少年が迷う事なく歩き出し、思わず止めようとした全ての兵士達がバタバタと倒れ伏し、同時に女子供が退避していくのも構わず。
棒立ちの男女の前に呆れたというよりはジト目な青年がやって来た。
「何してるのか聞いても?」
「アンタ……本当に滅茶苦茶強いんだね。というか、その血は何なんだい?」
「何かデカイ蛙が城門に張り付いてたから、処分してきた」
「……その言葉より何より、どうしてオレ達の居場所が分かったんだ?」
「もしもの時の為に居場所が分かるように魔力で細工した」
「ああ、そうかい。で、帰れるのか? オレ達」
「来た道を確認してきた。20km近い坂道を上がればいいだけ」
「あのなぁ……爆破されてただろ?」
「問題ない。埋まった土砂を掘り起こすのに今の状態なら7時間有ればイケる」
「海賊本隊が来るより先に逃げられるわけか?」
「そう。この領域に留まる理由は無い。そっちがいないと船が動かない以上、一緒に脱出する以外無い」
「分かった」
人々が遠巻きしている最中。
三人が取り合えず、とっとと此処を出ようと城から逃げ出そうとした時だった。
城の外壁が壮絶な破壊音と共に粉砕される地響きが広がった。
「何だい!? 今度は一体」
少年が外の繋がっている真菌に瞳を複製して、ギョロリと周囲を覗く。
すると、遠方から火砲らしきものが大量に進軍している様子が映し出された。
別の街から城攻めをしに来た強襲偵察部隊が撤退後に戦力を揃えて戻って来たわけだが、何故か城門前に化け物の死体があるわ。
正門が破壊されている様子だわでコレはチャンスとばかりに攻めてきたのである。
何となく状況を察した少年が魔力や諸々の相手側の戦力を確認。
咄嗟に正門前の真菌で砲弾を受け止めて防御したが、周囲に着弾した流れ弾の一つが巨大なトロッコの線路と壁面を、地下への入り口を……大規模に粉砕した。
どうやら古くなっていた周辺は壁が脆くなっていたらしく。
呆気なく全てが崩落したのである。
同時に壁面から大量の硫酸が吹き出して、周囲が猛烈な白煙に満たされていく。
陸橋を渡って来た少年が正面の橋が落とされていないのは地下から這い上がって城を攻めるのが無理筋だと相手が理解しているからなのだろうとポリポリ頬を掻く。
現在の魔力と真菌量で凡そ1週間は掛かりそうな破損。
かと言って、生身の単なる人間である2人を硫酸の湖から安全に引き揚げるのは魔力を大幅に失った状態で外に出る事になる。
それもそこから2人を連れて地下遺跡最下層から最上層まで迎えたとしても、地下遺跡そのものが街から40km程離れた立地にあり、真菌を用いて移動しようとしても、難しいのは間違いない。
増やした殆どの真菌は船の防護に当てて身軽で来た。
ついでに言えば、魔力を大量に消費して、もしもの時に戦いが不利になる可能性が高いのはマズイ。
海賊船からレリーフの怪物が大量に徘徊し始めた地域の事を少年は知らないが、同じような怪物が徘徊する地域になっているかもしれないとは予測する場所の傍を通ってやってきたので完全に単独ならばまだしも2人の足手まといを連れていると死に兼ねない。
「魔力量が足りない……はぁ……」
溜息一つ。
少年が二人を連れて外に出ていくと真菌のスライムに二人を押し込んだ。
「そこが一番安全。終わったら、別の道を探して船の場所まで行く。今度は大人しく待っててくれると助かる」
少年がさっき手に入れたばかりの即死トラップな魔力収奪用の鎌を小さなスライムに持たせて随伴させ、陸橋をスタスタ歩き出した。
『た、隊長!! 何者かが陸橋の上を!!』
『ええい。馬鹿め!! あの怪物を倒した後ならば、恐らく城攻めは容易!! 白旗も持たずに来るだと!! 自信過剰か!! 火砲が使えずとも白兵戦で一人倒す事など容易いわ!! 橋に傷を付けるな!! 化け物はもういない!! どうやって倒したかは知らんが、相手は満身創痍のはずだ!! 今の内に突っ込むぞ!! 十三歩兵隊前へ!! 魔歌隊は援護しろ!! 速度と防御を上げてやれ!!」
怪物に先遣隊の一部が撤退してきた為、戦力を再度整えて急いでやってきた指揮官の判断は正しかったが、だからと言って全てが上手くいくわけではない。
彼のやらかしは3点。
一つ。
怪物を倒したという事は倒せる戦力がいるという事。
二つ。
城門は怪物にも耐久出来ると知っていながら、破壊されているのならば、神話時代の城の門を破壊出来る存在がいるという事。
三つ。
以上の二点を総合すれば、たった一人で旗も上げずに鎌らしきものを横の良く分からん生物に載せてやってくるソレが明らかに怪しいはずなのに一切考慮せずに力押しを命令した事。
戦場では常々言われる事である。
有能な敵よりも無能な味方が怖い。
全身武装のフルプレートの男達が魔力運用体系である魔歌の援護を受けて、外見上は何も変化は無くても明らかに速力を増して走り出し、相手を叩き潰さんと迫る中も少年は立ち止まる事なく。
接敵寸前に脚を止めた時にはその敵の刃は少年の目と鼻の先。
しかし、真菌のスライムから手に取った鎌が振られた。
一瞬後には陸橋を圧し潰さんと迫っていた全てのフルプレートの最前線にいた者達が吹き飛ばされ、鎧を完全に胸元から切り裂かれ、数十mも後方に砲弾のように直撃し、絶命寸前で気絶。
押し寄せる者達が次々に留まっている少年の一振りで橋の結節点となる場所に“優しく”吹き飛ばされて気絶しながら増えていく。
指揮官が呆けるのも無理は無い。
フルプレートは40kg近い装甲なのだ。
ソレが大の大人と共に100kg近い重量で迫っているのに数十mも吹き飛ぶという事は相手の腕力はそれだけで怪物並み。
次々に最前線から兵が後方の陣営に堕ちて来て、巻き込まれて圧し潰されたり、骨折したり、内臓圧迫からのショック状態で戦闘不能になっていく。
さすがに30人近くが人間砲弾にされて陣地を蹂躙した辺りで多くの兵が盾を構えて下がり始めた。
鎌を再びスライムに戻した少年が黒い大剣を背中から引き出して、一瞬で掻き消えてしまう。
次に指揮官が見たのは橋の上から降って来る人の雨。
吹き飛ばされた全ての兵隊が猛烈な勢いで後方を直撃。
壊滅的な被害を受けた部隊は血を吐く人の山となった。
彼が吹き飛んだ自分が横たわり、息も出来ない状態でいる場所までテクテク歩いて来た青年を凝視する。
黒い大剣が彼の頭の真横にダンッと突き刺された時、全ては決した。
「あ、が、ぐ、ご……っっ」
気絶した指揮官の周囲。
満身創痍で絶命はしていない兵達は立ち上がる事も出来ず。
へたり込んでいた。
「この男を叩き起こして交渉役にして立てろ。5分以内に交渉が始まらなければ、ここにいる全ての人間には死んでもらう」
少年がスライムに刺さった鎌を背凭れにして座る。
そうして数瞬後。
大慌てで指揮官の男は部下達に叩き起こされ、治療をされながら、交渉役に立てと脅される事となる
生憎と強者が弱者に交渉しろと命令するのは“優しい方”であり、問答無用で皆殺しにされていないだけマシというのは力を見せ付けられた彼らには言わずもがなであった。
*
「は、はぁ、あのぉ、それで……我々の処遇は……」
「全員の魔力と引き換えに見逃す。軍事用の地図と周辺環境、外への出入口の全情報を提出して、速やかに自領に引き上げれば、追撃しない」
「わ、分かりました……」
少年が鎌をスライムから引き抜いてスライム状の真菌を腕に掴んでヒュンと一振りした。
瞬時の早業は鎌を自在に集団の中を通り抜けさせ。
その最中にもバタバタと兵士達が倒れ伏していく。
しかし、倒れ伏した者達が魔力の枯渇に僅か動けなくなるも呻いている様子でゆっくり立ち上がり始めたのを見て、安堵する者達が大半だった。
鎧なんて少年の前には無いに等しく。
動かずに使う方法なんて五万とあるという状況。
数百人分の魔力を吸収後。
鎌を再び引き戻して、スライムに突っ込んだ少年が手を振る仕草をした。
同時に軍勢がスゴスゴというよりは大急ぎでフラフラしながら現場に背を向けて捌けていく。
「「………」」
「このまま、連中の街の入り口から戻れば、眠らず踏破出来る。1日掛ければ、大陸が凍結するまでに脱出可能」
少年が必要な資材一式を敵軍から戦利品として引き受けた三人分の数日の食糧と装備を後ろからやってくる2人に渡した。
「何だか、ねぇ?」
「まぁ、な」
「相手に同情してる暇があったら、歩いた方がいい。二度と自分の家に帰れなくなる方が見知らぬ誰かが何処かで死んでるよりもずっと大事なはず」
「「………はぁ」」
2人が同時に溜息を吐いた。
「何か最後可哀そうになったよ。あたしゃ……」
「というか、逃がして逆襲されるのはよくある話じゃないか?」
「その前に外へ出てれば問題ない」
ランドとメイジェーンが反抗しようと背後から襲った兵士達を真菌のスライムでしばき倒して指揮官に寿命で死ぬか今死ぬか決めろと脅していた少年の姿を思い浮かべる。
完全に相手が圧し折れたのを確認後、カツアゲよろしく装備を奪い。
死に掛けの連中の治療をやっているのを黙って見ていた様子は正しく誰も彼も敵にしてみれば、生きた心地がしなかっただろう。
魔力を治療の後に奪ったのがせめてもの情けか。
「取り合えず、此処から一番近い道を最短で行く。少人数用の車両を貰ったから、これに魔力を通して、さっさと脱出する」
4人乗りの軍用トロッコ……さっきの敗残兵達から奪ったソレに乗り込んだ少年に続いて二人が遺されていた荷物を積んで自分も乗り込み。
着替えやら装具やら外套やらを着込むのを確認した少年が出発させた。
ギュラァアアアアアアアアアッ。
という音がしたかもしれない。
少なからず金属製のトロッコの車輪が猛烈な火花を散らしてレールと車輪の中間から吐き出され、ギュンッと猛烈な加速を開始した車輪が今もえっちらおっちら歩きでけが人を運んでいる者達の横に奔るレールを軽く削る勢いで通り過ぎた。
時速80kmは出ているような速度だが、少年はお構いなしだ。
「速い速い速いって!?」
「この速度はさすがに危ないよ!? 坊や?!」
だが、少年は聞く耳も持たず。
何か面倒事に巻き込まれる前にさっさと大陸から脱出する為にトロッコの後ろに接着したスライムを上手くブレーキやカーブで用いて曲芸的に乗りこなしながら一切の躊躇なく加速。
最終的には長い直線に出た辺りで背後から冷や汗の止まらない2人の恨みがましい視線を感じつつも1時間程でレールが続く城下町へと到達したのだった。
無論、城下に入ったりせず。
その前でトロッコを乗り捨てて、ようやく見つけた大きな外への出入口を確認。
階段の上の巨大トロッコのあるレール上から向えるのを確認し、指を弾いて背後の二人と共に自分を真菌の光学迷彩機能で消して、イソイソとレールを辿り始めようとし―――。
いきなり、城下町を要する城の下層域の一角が爆砕した。
それと同時に猛烈な吠え声が響き渡る。
城の中腹。
城下町が置かれた空中回廊で繋がれた領域の一部が城内部から吹き飛ばされた様子で中から何やら熊のような生物が一体……その巨体で跳躍し、少年達の方へと橋を崩落させながら向かって来る。
その大きさは凡そ13m弱。
多数の死傷者が出ているだろう現場からは絶叫と悲鳴が聞こえて来る。
(………誰かが留めようとしてる? もしくは因果律操作の方で嫌がらせされてる? でも、あの干渉が可能な時点でわざわざ倒せる程度の敵を連続で仕掛けて来る意味が無い)
運が悪いでは済まないだろう。
明らかに何者かの意図を感じざるを得なかった少年は背後の二人とチラリと見やるが、二人は顔を真っ青にして「前向けー!!?」みたいな顔をしていた。
「はぁぁ……」
熊は硬質な幾何学模様の黒い入れ墨のようなものが毛の内部から鈍く発光しており、ソレが神の力の類だと気付いた少年が漆黒の剣を落として、獣の早さに対してリーチよりも一撃即死の高速戦闘を選んだ。
真正面から少年が突撃してくるのを熊っぽい生物が真上から巨大な爪の振り下ろしで迎撃する。
しかし、獣の瞳には幻惑された後の残像しか映らない。
相手の動体視力を一瞬だけ上回り、真正面から相手の懐に最速で奇襲を仕掛けるという自分も即死する可能性もある攻撃ではあった。
だが、少年の掌は相対速度を全て威力に変えた上で掌から真菌層を表出させ、相手の剛毛に負けぬ被膜を生成。
ついでに重力呪紋の極弱化版を織り込んだ層による重力偏向で威力を局所的に集中する。
少年の瞳が見極めた内臓を内部から破砕する為、猛烈な掌からの振動波が相手の分子結合を解くように極小の重力レンズによる一点集中から魔力やら神の力という類の防御を貫通。
衝撃が敵の水分を揺らしながら内部に浸透し、最後には熊の胴体部を掌の着弾地点からクレーター状に抉って体積の半分近くを単なる肉と骨のミックスジュースが入った革袋にし、背中側から爆発的に吹き出させた。
直撃だけでは満足せず。
少年が吹き飛ぶ相手に追撃を掛け、頭部を手刀を抉り込むように延髄部分から突き込んで刈り取り、頭部をポーンと真上に飛ばし、それでもまだギョロリと瞳を動かす獣を躊躇なく拳で破砕し、血潮の破片として近場の壁に張り付かせた。
(これで神の力でも容易には再生しないはず。周辺残存部位を全て真菌で取り込んで消化……)
魔力を先程ちゃんと得ていたおかげで苦戦する事もなく。
必要なだけ肉体や精神、姿勢の補強に使えた事で精密打撃と振動波による敵の分かり易い耐久力を無力化する内部からの爆砕を終えた少年はあんぐりと口を開いている2人にさっさと行くぞと合図した。
少年がチラリと向かうべき街の巨大なトロッコが通るトンネル方面を見やる。
「………」
熊が粉砕した城下町の破片が当たったらしいトンネルの出入口は見事に崩落し、少なくとも少年でも掘り返すのに3日は掛かりそうな勢いで崩れた後であった。
―――数十分後【エゼンド】城下冒険者の酒場ドミナン。
「うぞじゃない゛んでずぅうう~~!!? 信じてマスタァー!!?」
30代の女剣士が一人。
二階の書斎で恰幅の良い冒険者達のまとめ役の50代男に泣きべそを掻いて報告していた。
「君ねぇ? もう30代だろう? 剣士なんかやってるから婚期逃してるのは分かるだろう? それでも置いているのは君が優秀だからなんだが……どうやら、この関係もそろそろ見直す時が来たようだ」
「嘘じゃないんですよぉ!!!? 本当に!! この目で見たの!? トロッコから降りて来た三人組の1人が神獣様を!! 素手で倒してたんですぅう!!?」
「あのなぁ? 神獣【ウルエント】様は元々が邪神様が遣わせた御使いなのだぞ? このエゼンドに眠る守り神だ。その表皮は鋼や邪悪なるミスリールよりも固く柔軟な上に魔力と神の力で守られている。あらゆる攻撃は魔力を用いても殆ど通らず。攻撃が届いたとしても、恐ろしい再生力によってすぐに傷は塞がる」
「でも、本当なんですよぉ!? 打撃で一発で神獣様の内部を破壊して背後から吹き飛ばして、首を狩ってたんですって!!?」
「そもそもだ。ダブル・エス・ランク相当の神獣様を素手でどうやって破壊するのかね? 君が破壊された城下町の門の外から戻って来たから話を聞いたわけだが、神獣様は今も周囲にいるのではないかね? 何故、いきなり暴れ出したのかの原因究明もしなければならん。魔歌隊の数が足りんから部隊が戻ってから捜索になるだろうが……そもそも君の言う通りなら、欠片でも死体の一部を持って帰ったのか?」
「ですからぁ!? その青年が連れていた魔物に溶かし喰らわれて!!?」
「あのなぁ? 神の力を得た獣を喰らう生き物なんて存在せんのだ。神獣様と戦える程の強敵すら殆どが毒となった神獣様の血や肉によって汚染され息絶える。それも相まって無敵の守護者として我らの城を護っていたのだぞ? 北域の神獣が倒された等と信じられん話が来たばかりだと言うのにまったく……」
「う、うぅぅぅ、本当なんでずぅ~~~」
「調査隊が返って来て、君の話が嘘だったら、相応の処分を覚悟したまえ。おや? アザミナスにやった部隊が帰って来たようだ。やたら早かったな」
執務室の窓から見える外部の大通りには兵達が走ってくるのが見えた。
「まったく、街の人員の受け入れ準備に“落ち人”連中を動員しているとはいえ、やはり地下住まいは大変だな。高が最果ての街一つ。冒険者も雇えん街ではどうにもなるまい。多少数を減らせば、やつらも我らの食糧を墳墓から強奪しようとは考えないだろう……下がっていい」
女剣士がトボトボと戻っていくが通路からは逆に大慌てのボロボロな者達が数名走って部屋へと駆け込んでいく。
『は、はぁあああああああああああああ!!? 部隊が敗北したぁ!? は!? へ!? トンネルの壁面が崩れただとぉおおおおおおおおお!!? げ、現場に向かう!! 落ち人を集められるだけ集めろ!! 街の人員の受け入れ準備は後でいい!! とにかく寒波が来る前に入り口を掘り起こすんだぁああああああああ!!?』
部隊の早馬によって齎された凶報に現場は騒然となっていくのだった。